久保主従の虎狩り

2014年12月12日 18:35

346 名前:人間七七四年[] 投稿日:2014/12/12(金) 02:00:14.52 ID:on4xVGIO
 久保主従の虎狩り

 文禄元年(1591)初冬の頃。江原道(カンウォンド)の金化(カムファ)に在番する事になった島津義弘・久保父子。
 
 この城は咸鏡道(ハムギョンド)・江原道・慶尚道(キョンサンド)の三道が交わる敵地の只中。
十二月に永平(ヨンピョン)から島津勢が移動して以来、金化城の背後に聳える高山に敵の大物見が現れて久保自ら馬上二十騎、
鉄炮足軽二百を率いて敵兵二十九人を討ち取る(『島津久保と木に吊るした首』参照)ような油断できない状況に置かれていた。

 そんなある日。

 久保は鷹狩りを行う為、城外の広野へ。ところが、勢子を勤めさせようとした現地の樵や草刈りの者らは、「この山中には虎が出る」と
口々に訇(ののしっ)て静止した。

 ここにおいて久保、

「ならばその虎、射止めん!」

 と下知して自ら大鉄炮を下げて山へ。こうなると供奉の人々も此処彼方(ここかしこ)に馳せ散って暫時の間に虎が潜む小山を取り囲んだ。

 二~三町の距離まで包囲の輪を縮めた時、山の頂に巨大な虎が姿を現す。その姿は猛虎が山岳で吼える姿そのもので、眼光は鏡の如く煌き、
尾を揺かし身を縮めたかと見るや、疾風の如く小山の頂から久保まで突進を開始。

 供奉の人々が手に汗を握り、固唾を呑み硬直する中で、真っ先に動いたのは大山新藤だった。

 彼は久保の御前に跪き、

「殿! 御鉄炮を某(それがし)の肩にかけられ、あの虎――」

 自身の肩を大鉄炮の筒先を固定する支点として、あの虎を撃ち遊ばされよと言い終わる前に、久保も新藤の意を察して彼の肩に銃身を据える。
(こんな事をすると鼓膜は避けるし顔も火傷するけど、覚悟の上なんだろうな…)

 が、虎は迅い。早すぎて発射が間に合わないと、誰もがあわやと思った瞬間。

「蓬(きたな)し! こなたに来たれ!」

 供奉の一人、大田吉兵衛忠綱が眼前を横切る虎を怒鳴りつけたのだ。抜刀して怒鳴りつけてくる大田に、
突進していた虎が反応して身体ごと振り向こうとした瞬間。

 その静止の間を久保は見逃さなかった。

 久保の大鉄炮が虎の頭部を打ち貫く。急所を一撃され、宙に躍り上がる虎の巨体。その身が地面に落ちるよりも早く、大田の一刀が虎口を鍔本まで貫いていた。

 主従の同時攻撃を受けて、さしもの猛虎も即死していた。

 以上、『征韓録』より「久保主虎を射る事」の抜粋です。




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騎射放鷹の禁止

2014年12月12日 18:34

994 名前:人間七七四年[] 投稿日:2014/12/12(金) 02:42:16.58 ID:on4xVGIO
 騎射放鷹の禁止

 いい話スレに投降した島津久保の虎狩り、その続き。
 本当は一つの逸話として悪い話スレに投稿する予定でしたが、長くなったので二分しました。 

 文禄元年(1592)初冬、金化城外の広野。鷹狩りの筈が虎狩りになってしまい、しかし首尾よく猛虎を仕留めた次の瞬間、
悲劇は起きた。

 虎が疾風怒濤の勢いで小山から駆け下りてきた時、咄嗟に反応できたのは大山、大田の両名だけでは無かった。

 ここに今ひとり、羽生(はふ)某と苗字のみ記録されている士も、主君の危機に置いて虎を射止めるべく、鉄炮を発射したのだ。

 今まさに、大田吉兵衛が虎の口に一刀を突き込んだ瞬間に。

 銃弾は誤って吉兵衛の股に命中。
 ……不幸中の幸い、傷は薄手にて傷まずと『征韓録』には記されている(当時というか、幕末でも現代の重傷も浅手なので疑問だ)が、
羽生は一発だけの誤射でも深く恥じた。

「楚忽(粗忽)の至り、面目なし」

 と腹を切って死んだ。


 この虎狩りの顛末を聞かされ、島津義弘は嘆いた。

「暴虎馮河で死して悔いなきとは、君子の取らざる所なり」

 以下、故事成語を引いて戒めた後さらに続けた。

「すべて久保の粗忽の儀、今に始まらぬ事なり」

 かつて忠清道(チュンチョンド)の普天(ポチョン)に在城した時、久保は島津の御家芸である騎射を練磨すべく原野に出た時。
 敵兵の大物見数十騎が出現し、島津家の秣を狩りに出た小者を二~三人ばかり討ち取ったと聞くや、即座に追撃を決意。

「その時も、供の集まるのを待たず一騎懸けで一里余りも追撃したり」

 遂に追いつくや、敵兵二騎を討ち取る。その頃、漸く川上休右衛門久智らの駆けつけたのだが……。

「休右衛門まで一緒になって敵の首を得て帰ってきた」

 往時といい、今日の事といい、彼これ将の器に当らず。能々(よくよく)慎まれるべし、と義弘は久保に騎射放鷹の禁止を申し渡した。

 その後、石田三成まで伝聞で事の顛末を知るや、使者を送って久保に放鷹を誡めた。

 以上、『征韓録』より。



997 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2014/12/12(金) 23:01:42.80 ID:guHhG1L/
失敗を恥じて切腹するくらいなら敵に特攻して死ぬべきだよな
もう20年くらい昔の侍なら敵地で自害しなかったと思う

998 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2014/12/12(金) 23:16:07.57 ID:M09AsNsX
中川秀政「戦場で鷹狩りとか余裕ですわ」

島津久保と木に吊るした首

2009年06月29日 00:12

849 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/06/28(日) 04:20:18 ID:w+HcOaLF
島津貴久の逸話って少ないよな
ザビエル絡み以外で何かあればプリーズ



851 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/06/28(日) 13:04:12 ID:uP/JlwNl
>>849
貴久って前半生は分家とシバキ合い、後半生は伊東・肝付とドツキ合いの話ばっかで
(しかも出陣してるのは家臣や息子達)逸話らしいお話ってないんだよねー俺もプリーズ
というわけで貴久じゃないけど島津の珍しい人のお話

文禄の役の時のこと。『明軍来る』の報を受けた日本軍は、江原道・慶尚道の入口に近い
金化城での防衛を決定した。しかし諸将は、近くに都市が無く孤立しやすい金化へ行くことを
渋り、結局奉行らの指図で島津家がこの任に当たることになった。。

伊集院幸侃は、島津義弘に進言した。
「諸将が『防衛し難い』と言っている城を、我らだけで守るのは、賛成できません。
わが薩摩兵とて、金石のごとく固いわけではありませぬ。この任は辞退するべきです。」
これに義弘の嫡子・島津久保が反論した。
「『士は勇を尊ぶ』、と言う。諸将が断ったのは、勇なきが故だ!これに習えば、我らもまた
勇なき者ということだ。恥ずべきである!」義弘は久保の言葉に従い、金化に移った。

しばらく後、ついに明軍が来て金化城近くにある山に登り、城中をうかがった。
久保はみずから鉄砲隊200を率いて山を奇襲してこれを追い払い、首30余を得た。
思わぬ手柄に喜ぶ兵たちに、久保は言った。
「この程度の首を持って帰り、功を誇る気は無い。」
そこで首を全て木の枝に吊るし、銃創のある敵の遺体を木に縛りつけ、金化城に戻った。

これが良い敵への威嚇となり、敵は再び金化城を伺わなかった。
その事を知った義弘は久保を激賞し、諸将はことごとく久保の武勇に感服した。


ああ、この人が長生きしてくれれば…




852 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/06/28(日) 13:10:45 ID:Sskq/thZ
こんな剛毅なお兄ちゃんがポックリ逝くとは思わなかったろうなぁ
家久(悪)が油断しまくってたのも無理ないかもしれん。

853 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/06/28(日) 13:19:33 ID:ELyd+h32
>>851
オレ的なぜ死んだしランキング二位のクボじゃないか!(一位長宗我部信親)
早くに病死したからはかないイメージだったけど猛将タイプだったのか・・・

854 名前:人間七七四年[] 投稿日:2009/06/28(日) 13:42:56 ID:7LLTIife
>>そこで首を全て木の枝に吊るし、銃創のある敵の遺体を木に縛りつけ、金化城に戻った。
ああ、ここはやはりなんとなく家久(悪)と血を共有しているなと感じたw


855 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/06/28(日) 14:07:51 ID:z8oC9o8m
死体吊すなんざ中国じゃ昔から、アメリカの西部開拓時代じゃ当たり前にやってた事。
さらし首だって似たようなものだし、何も特別じゃないじゃん


856 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/06/28(日) 14:19:05 ID:yz7Bynyz
>>855
それはその通りだけど、日本の文化としては死体を吊るすのは一般的ではないような…
死体に触るのは穢れるとされてた時代だし

相手が日本兵じゃないから、向こうの風土に倣ったのかな

857 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/06/28(日) 14:21:19 ID:Ka59w4PW
磔のつもりだったんじゃね。
戦場ど真ん中で忙しかったから、磔の簡略版というかそんな感じで。

858 名前:人間七七四年[] 投稿日:2009/06/28(日) 15:21:43 ID:Ifb/F+VP
明軍兵士「俺は見た。朝鮮には人の首が実る木があるんだ」

859 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/06/28(日) 17:17:55 ID:kds82dkt
悪久さんならさらし首どころか討ち取った武将を剥製にして晒しそうだ

860 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/06/28(日) 17:23:47 ID:J1W0FazY
スレ違いなんで結論だけ書くと、日本中で死体をゴニョゴニョなんてのはやってることですよ

861 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/06/28(日) 17:53:18 ID:NI5eE6km
信長「まったく死体を辱めるなど言語道断」


864 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/06/28(日) 19:21:23 ID:ssn2bPU+
>>858
It's strange fruits

明兵は世界最初のジャズメン

866 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/06/28(日) 19:46:36 ID:5XbRp6Vs
>>851
300って映画で死体で飾った木があって、スパルタ人がビビっていたのを思い出した。

870 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/06/28(日) 19:56:24 ID:StcR6+CV
まあ、ビリーが子供の頃はリンチされた黒人は木に吊るしておくのが当たり前だったみたいだし

873 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/06/28(日) 20:23:48 ID:hSDVW8B5
>>866
ペルシャの不死隊がどう見ても忍者なあの映画かw
ラストの3倍の敵?楽勝じゃん!と言ってのけるスペルタ兵は格好良かったが

876 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/06/28(日) 20:40:30 ID:cTJvo23f
屍体を見せしめにというと、某吸血鬼な串刺し公を思い出す。