皆川広照、松平忠輝への進言に

2009年07月12日 00:00

308 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/07/11(土) 20:08:30 ID:/EOXAs0U
皆川広照は松平忠輝の付家老だったが、いくら諫言しても改められない忠輝の行状を
家康に訴えたところ、逆に「家老として不適格」として改易されてしまい、老甫と名乗り
京は知恩院に隠棲した。

その後、大阪の陣が起こり、出陣した忠輝の前に広照が現れた。
「拙者、追放の身ではありますが、なにとぞ殿にお供して軍略の一つも申し上げんと、
恐れ多くも参上いたしました。」
忠輝はかつて筆頭家老として仕えた男が、洗いざらしの衣を着ているのを悲しみつつ
軍略を尋ねた。広照は答えた。

「この度こそ諸将に先駆け、抜きん出る働きなくば幕府のウケが悪い当家の開運は
叶わずと思いまするが、殿はいかがお思いか?」
「オレもそう思うが、先鋒は井伊・藤堂とすでに決まっておる。どうすれば良い?」
「抜け駆けしなされ。」「なにッ?!」
「先に出て戦さえ始めてしまえば、井伊・藤堂と言えども、味方である殿と争うことは
ありますまい。」
「うーむ、よく言ってくれた!しばし待て!」

忠輝は現在の家老、玉虫対馬守・林半之丞に今の話をした。二人は口をそろえた。
「以ての外です!軍法を犯すのみならず、後々井伊・藤堂に対しても、いかがなものか。
その考えはお捨てください!」

「そういう訳で、両家老に反対された。」「…然らば、そうなされよ。拙者は、これにて御免。」
忠輝の陣を去った広照は、同行の息子・隆庸を呼び寄せ、
「もはや、これまで。お前は井伊の所に行って、陣借りして働け。」
とだけ命じて、自分は知恩院に帰ってしまった。


捨て童子に忠義を尽くした人もいた、という話。通じなかったけど(´・ω・`)
井伊隊に加わった隆庸の戦功で皆川家は幕府から許され、大名に復帰していますが、
この返り咲き、広照は素直に喜べたかどうか…




309 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/07/11(土) 20:27:33 ID:9qYO+XuX
>>308
忠輝が抜け駆けしないのを確認してから先陣で働ける場所に陣借りしたんだな。

310 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/07/11(土) 21:06:00 ID:jMVzE5bE
>>308
自分の諫言は聞かなかったのに、現在の家老の諫言は聞き入れる…。
もうどうでも良いや。って感じかな?
たしかにこれは、広照の不満爆発だろうな。

311 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/07/11(土) 21:49:12 ID:/XeTczRW
まぁ「井伊を出し抜け」って話を忠輝に聞いてもらえなかったら
井伊の力を借りるってのは意趣返しを感じる


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