国友村、鉄砲尾栓異聞

2010年07月09日 00:01

106 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/07/08(木) 16:05:16 ID:RTmRRkE2
鉄砲伝来に関する逸話といえば有名なのが、種子島時堯から鉄砲の製造を命じられた
刀鍛冶、八板金兵衛が銃尾をネジで塞ぐ方法がどうしてもわからず、ポルトガル人に娘を与え、
それでようやく尾栓のノウハウを得ることが出来た、と言うもの。

が、この尾栓に関して、畿内の鉄砲の大生産地であった国友村では
全く違う逸話が残っている。

室町幕府より鉄砲の製造を命じられた国友村の刀鍛冶達。が、やはり尾栓の構造が
わからず、皆、困り果てた。

そんな時、刀鍛冶の一人、次郎助という男が大根を向こうとした。
ところが近くにあったのは、刃のボロボロにかけた脇差だけ。

「まあ大根だし、これでも構わないだろう」

と、その脇差で大根を繰り抜いた。…と、ふとその切り口を見ると

「…これは!?」

ギザギザの刃でくりぬいたその断面には、見事な螺旋が刻まれていた

「これだ!この仕組みだ!」

次郎助はこれを元に工夫し、見事ネジの原理を解明、鉄砲の生産に成功したと言う。


国友村に伝わる、ネジの秘密解明のおはなし。




107 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/07/08(木) 17:10:08 ID:wkFukNvu
くりぬいてどういう風に調理するつもりなんだろ

108 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/07/08(木) 17:22:33 ID:VDEOtN/0
”す”が入ってたんじゃね?

109 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/07/08(木) 17:27:39 ID:QWQIhkLv
穴の中にある”す”って・・・
どうして、オトコの人って下ネタに走るのかしら。。。

110 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/07/08(木) 17:36:53 ID:OYDH+XFy
薹が立ったから皮を分厚く剥こうとしたんだろう

111 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/07/08(木) 19:38:27 ID:NbjVbkSM
忍たま乱太郎で刀で大根かつらむきしてた気がする

112 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/07/08(木) 20:06:03 ID:23bzzgHb
一応マジレスすると
「す」は「鬆」と書く。骨粗鬆症の鬆と同じで
すっかすかのスポンジ状になる現象。
大根のほかにも水分が抜けて空洞が出来た野菜や、
調理不良の茶碗蒸しや豆腐にも
スポンジ状に穴があいたら「す」が入る、と言う。
大変食感がよろしくない。
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雑兵物語より、馬取、藤六の証言

2010年04月06日 00:00

878 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/04/05(月) 06:09:28 ID:Odk9P7+b
雑兵物語より、馬取、藤六の証言

「わしの曾祖父さんが言っていたのだが、昔戦の時陣中でハツカネズミを捕まえて
首に紐をくくりつけつないでおいた。

ところがそのネズミが逃げ出した。そっちに逃げたこっちに来たと2,3人で騒いでいるうちは
良かったのだが、その陣が先備(先頭部隊)だったので、その騒ぎを聞いた後方の部隊は
敵が攻めてきたので騒ぎが起きたと勘違いし、次々と後ろの部隊が逃げ出した。

もっと後方の陣では踏みとどまって守りを固めようとはしたのだが、
前の陣の崩れに巻き込まれてどんどん崩れて行く。

先頭の部隊は少人数で、部隊全体から言えば小人のようなものだ。
それに対して大人数の後方の部隊は大仏様のようだが、前のほうがおじけづいて
逃げてくると、後ろの部隊もその恐怖が伝染して悲鳴を上げて逃げ出す。

その時は5,6万もいた大軍が10日がかりで攻め込んだ道のりを逃げ帰ってしまったのだと、
曾祖父さんの彦惣は言っていた。
ハツカネズミが1匹逃げ出しただけでも大軍が10日分の道のりを逃げ戻ってしまったのだから
ネズミの4、500倍も大きい馬が逃げ出したら大変だぞ。5,6万の大軍千日分の道のりを
逃げ帰らないといけない。西国の端から蝦夷間で逃げても道のりが足りないわい。

そういう事だから、馬の管理は特に念入りにしないといけないわけだ。」

水鳥の羽音で軍が崩れたといえば平家物語富士川の戦いだが、戦国時代には
ハツカネズミ1匹で大軍が崩れたことがあったらしい。




879 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/04/05(月) 06:15:07 ID:6qh26/Ss
5、6万の大軍が動員された合戦なんて関が原とか、大阪の陣くらいだろ、沖田畷は人数嘘っぽいし


しかしハツカネズミを捕まえて何がしたかったんだ?

880 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/04/05(月) 08:55:49 ID:iGrWwVwX
ゴンベさんもあの逃走っぷりはタヌキでも逃がしたのかもね。

881 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/04/05(月) 11:10:43 ID:XVsTA12p
>>879
後期の信長、北条、秀吉とかが5万くらい動員してない?
秀吉は小田原とか九州とか10万単位だけど

882 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/04/05(月) 11:46:54 ID:snN+1S+V
史料の数字でよければ、元亀の頃に信長は七万とか九万の軍勢を動員している
伊勢北畠攻めで史料により七万から十万。
江北浅井攻め&信忠初陣で五万。
長島攻撃でも五万から七万。
槇嶋で将軍義昭追放戦で七万。
話半分としても四万~は動かしていることになるね。あくまで史料の数字は。

883 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/04/05(月) 12:12:32 ID:kQ3RJYcx
動員可能人数よりも買い付け可能な兵糧の量に左右される感じかね>最大動員数
小田原の陣の豊臣方でも「飯足りねー。疫病大量発生」とか誰かの日記に残ってた記憶が。


884 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/04/05(月) 12:15:42 ID:SbUlZqYp
頼朝の奥州征伐とか

885 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/04/05(月) 13:01:11 ID:DdSYBUiC
太平記の動員兵数は基本信用できないが30万とか普通w

886 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/04/05(月) 17:32:11 ID:XVsTA12p
鎌倉方28万騎vs奥州藤原17万騎

まあ、幾ら全国動員としても時代的に実際は10分の1位かねえ
従者とか含めればもうちょっと行くかもしれんけど

雑兵物語より、我慢をする話。

2010年04月06日 00:00

887 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/04/05(月) 18:31:43 ID:Odk9P7+b
雑兵物語より、我慢をする話。

昨日、よその部隊の挟箱持ちが挟箱を運んでいると、柄の長い箱だったので
人ごみに引っかかったとき、柄が人に当たってその場でぐるぐる廻っていた挙句、
箱を投げ飛ばしてしまい、箱の中の品物や道具をぶちまけてしまった。
そのため中の物はみんなに拾われ盗まれてしまい、その上慌てたものだから
滑って転んで、集まった連中に踏みつけられ蜘蛛のようにぺちゃんこになってしまった。

その男、しばらくしてようやく気を取り直したが、腹がたってしょうがない。

「酷い事をしやがって!こうなったら誰でもいいから一匹喧嘩相手を選んで、
そいつをぶち殺して気を晴らしてやる!」

そんなふうに思ったものの、その部隊では味方同士の喧嘩や争いは固く禁ずるという
命令が出ていたことを思い出し、仕方なく平気な顔をして我慢したのだそうだ。


この部隊に限らず、どこでも戦の時の喧嘩はもちろん禁止されているが、
戦場だけでなく、行軍している時や宿営する時も、仲間同士の喧嘩や言い争いすら
固く禁止されているんだ。

ところで、そうしてそんなに厳しく止められていると思う?

お前がもし、敵にも出会わず死ぬことも無く、戦が終わって生きて国に帰れたら、
帰ってから、思いっきり仕返しをしてぶち殺してもかまわないんだってよ!
『それまで待て』って言うことなのさ!HAHAHAHAHA!!!


雑兵はこうやって喧嘩を我慢したのだ。





「仏もまた塵」

2010年03月27日 00:06

49 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/03/26(金) 20:28:40 ID:sRc8Lis8

最近切支丹ネタが多かったので便乗して小ネタを一つ
昔読んだ本に載っていたものでうろ覚えだけど割と好きな話なので失礼しますよ。

宣教師が歩いていると、道にある小さな仏像に手を合わせ、熱心に祈っている男がいた。
宣教師は早速この男を教え諭してやらねばと思い「そこに神はいない」と教えてやった。
すると男はびっくりした顔で「勿論いない」と言った。
その答えに宣教師は驚いて「では何故祈るのか?」と聞くと、
男はしばらく考えた後「仏もまた塵」と呟き、そのまま立ち去ってしまった。

宣教師がその答えに対してどう思ったのかは謎。




55 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/03/26(金) 22:51:26 ID:TEOUVpLd
>>49
祈ってる男の答えが良く判らないなぁ
仏典にこういう説話があったりするのか?

56 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/03/26(金) 22:58:32 ID:m2hqz2yi

>>55

華厳経ですなググッテみるヨロシ

59 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/03/26(金) 23:19:06 ID:TEOUVpLd
>>56
世の中の全ては塵一つでさえ奈良の大仏さんの一部なんだから
俺の拝んでる仏像だって仏の一部
全ては仏の一部なんだから拝む対象が何とか仏がどこにいるかとかこまけぇ事はいいんだよ
ってことかな?

掠奪ワンポイント講座

2010年03月20日 00:02

425 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/03/19(金) 00:13:58 ID:Prhpj0nh
「さてさて雑兵の皆さん?私たち雑兵が戦場に到着したとき、先ず最初にやっておくべきものは何でしょうか?

戦場の確認?そんなものは物見の将校のやることです。野戦陣地の設営?使役で連れてこられた連中が
なんのためにいると思っているのですか?
われわれ雑兵が先ず最初にやること、それはもちろん、戦場周辺の村からの、家財の掠奪です!
いちはやく掠奪に向かわないと、価値のある物は他の連中にとられてしまいますものネ!当然です。

しかしちょっと待て下さい。いくら早く村についてもそれだけじゃ掠奪は出来ません。
百姓達もさるもの。あいつら近くで合戦があると知ると、財産を土の中に埋めて隠すんです。
この事をちゃんと頭に入れておかないと、せっかく略奪しに行ったのに手ぶらで帰陣、なんて悲しい思いを
することになっちゃいますよ!

でも埋めた物なんてどうすれば見つかるんだろう…?雑兵初心者のキミはそんな心配してるんじゃないかな?
大丈夫!百姓どもの隠し方には、ある一定のパターンが有るんだ!

百姓たちは米屋衣類を隠す場合は、だいたい家の中の、床下や縁の下に埋めている。
だから掠奪に行ったときは、先ず最初にそこをよく探すんだ!

ところがたまに小賢しいのがいて、家の外に隠す奴がいる。そういう連中は鍋や釜に家財を詰め込んで
穴を掘って埋めるんだ。これは非常に見つけにくい。が、それにも方法がある!

冬の合戦の時、略奪したい村に朝早く行ってみよう!土をよくよく観察すると、掘ったばかりの土は凍らないので、
そこだけ霜が降りないんだ。そう、そこに家財が隠されている!
だけど埋めてから日数がたった場所の土は、他と同じように凍ってしまうのでこの手は通用しない。気をつけて!

こういったポイントに注意して、キミも雑兵として今日から掠奪を楽しもう!戦場でどれだけ儲けられるかは、君次第だ!」

『雑兵物語』より、雑兵のための掠奪ワンポイント講座でした。




430 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/03/19(金) 10:48:46 ID:o5MRlCOo
>>425
土佐兵「ふむふむ。成る程。じゃ大将、行きやしょう!」

431 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/03/19(金) 12:53:56 ID:GHk7/0Bw
>>425
うちの田舎の方じゃ「餓死囲い」といって天井裏に救荒食を溜め込んでたな
足下だけ探してたらカラ手で帰ることになってたかも

お金を借りたい

2010年01月17日 00:10

752 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/01/16(土) 16:25:58 ID:ZYcHOQUs
お金を借りたい


弘治四年(1558)、大和宇智郡(現奈良県五條市)でのことである。

百姓一揆「国人一揆さん国人一揆さん」
国人一揆「なんだ!?徳政令ならお断りだぞ!」
百姓一揆「いや…、それもちょっと関係あるんですけどね、去年酷い日照りだったじゃないですか?」
国人一揆「ああ、ひどかったなあ」
百姓一揆「あのおかげで不作になって、生活がめちゃめちゃ苦しいんですよ。それでお金が無いので
      金融業者から借金しようと思ったんですが…」
国人一揆「借りればいいじゃないか。」
百姓一揆「それが業者の奴ら、徳政を警戒してわしらに金を貸してくれないんですよ!」
国人一揆「そりゃあそうだろうなあ。おまえら困ったら徳政一揆起こすもん。
      俺らもずいぶんひどい目にあった。」
百姓一揆「で、国人一揆の皆さんに、誰か金の貸し手を斡旋してもらいたいんですが?」
国人一揆「俺たちが!?なんでそんな事を!?」
百姓一揆「もうあなた方しか頼れる所がないんですよ!お願いです。高野山の僧でもなんでもいいので
      誰か斡旋してください!」
国人一揆「そう言われてもなあ…。紹介したあと徳政一揆なんて起こされたら、
      我々の信用問題になるし…。」
百姓一揆「金さえ貸してもらえれば、今後最低10年間は徳政の訴訟を起こさないことを誓います!
      それにこのまま我々が困窮して村から逃散でもしたら、国人のみなさんも困るでしょ?」
国人一揆「まあ確かに…」

と、まあこんな事があり、宇智国人一揆はその影響力を行使し金融業者に百姓への貸付を承認させた。
その上で国人一揆と百姓一揆は相互に、お互いの中で徳政一揆を企てる者がいたら、その者を
処分すること。幕府や守護が徳政を実施してもそれに従わないことを誓い合った。


まあ、いい話とも悪い話とも言い難い感じですが、
百姓などに取って良いことのように思われがちな徳政令には、こういうマイナス面が有ったんだよ、
と言うお話。




754 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/01/16(土) 16:54:35 ID:IDWtn/N5
>>752
面白い

常陸国下妻の敵討ち

2010年01月08日 00:05

528 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/01/07(木) 15:55:43 ID:hxpW6pz8
常陸国下妻に、三郎左衛門と言う大百姓がいた。
彼は配下に数十人の百姓を従えていたが、不義のことがあったとして、そのうちの
一人の百姓を殺した。
殺された百姓には6歳の子があったが、この子と百姓の下人の5歳の子の二人が、
この後逐電し、そのまま行方不明となった。
三郎左衛門も彼らを探し出そうともせず、そのままにしていたと言う。

10年後、深夜。

何者かが三郎左衛門の屋敷に侵入、彼を殺して逃亡した。

在所の者たちこの騒ぎに集まり犯人を探し、一人の怪しい男を討ち取った。
夜が明けてその死骸を見ると、なんとそれは、10年前に三郎左衛門に殺された百姓の
息子であった。10年の間行方不明であったが、百姓でありながら今父の仇を討ったのかと、
ある者は感心しある者は恐ろしく思ったが、ともかく穴を掘って遺骸を埋め、印を立てて
墓とした。

さて、殺された三郎左衛門家だが、ここでは配下の百姓たちが嫡男を盛立て、
嫡男が新たに三郎左衛門を名乗り家を継いだ。その頃、
あの墓の前に、板札が立っていた。そこに書かれていたことは

『ご主君の父の敵をとるため年来付き従い、ついにその目的を果たし引き上げていたところ、
追っ手に迫られた為松明を消したせいで、離れ離れになりましたが、ご無事に落ちられたと
思っていたのに、このような事になってしまうとは。

最後を見届けることも出来ず、不義の思いに、この墓の前で腹を切って後を追おうとも
考えました。
ですが考えてみればそれも詮無いことです。ここで死なず、御主君の敵を取って
恩義に報います。

牛坊』

人々驚いた。牛坊とはあの百姓の子と共に行方しれずになった、当時五歳の下人の子であったのだ。
これを見た人は、健気な事だとも恐ろしいことだとも感じた。

その四、五年後、当代の三郎左衛門が屋敷で酒宴をした夜、牛坊は密かに侵入し主君の敵を討ち、
さらに家の中の者たちを尽く切殺して、その後難なく逃げおおせたと言うことである。

ちなみにこの時牛坊を、とどろきの彦右衛門という百姓が助けたのだそうだ。
彦右衛門はその夜の押込みの前日、三郎左衛門の在所に鶏を3、4羽かかえて赴き、
わざとこれを取り逃がし、三郎左衛門の屋敷に鶏が逃げてこなかったかと言って敷地の中に入った。
この時彦右衛門は屋敷の構造を見てそれを牛坊に教えた。このおかげで牛坊は夜討に
成功したのだと言う。この彦右衛門、元は盗賊だったそうだ。

歴史の表舞台には関わりがないが、激しく又恐ろしい、とある敵討ちの話である。




529 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/01/07(木) 18:28:13 ID:7fsouSY6
明治政府があと一歩早く仇討禁止令を出していれば・・

530 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/01/07(木) 18:37:03 ID:CN4QBpTP
そんな最近の話じゃないだろ

533 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/01/07(木) 19:57:39 ID:xlhHVVdD
>>528
熱い百姓主従って初めて聞いたわ、面白え
これいつ頃の話?

534 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/01/07(木) 20:22:29 ID:hxpW6pz8
>>533
何せ伝承なんではっきりとした時代はわからないんだけど、おそらく戦国から、
遅くても江戸初期くらいの話らしい。

当時の農民について・雑談

2009年05月05日 00:11

262 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/05/04(月) 13:48:23 ID:4QWdzgkb

それがよ
宣教師のローマ宛の通信に
この国では路辺の農夫でさえ詩を詠むって書き送ってるんだぜ
農村が豊かで清潔ってさ
室町時代の推定人口の増大から類推すると農業生産が飛躍した時期
テレビドラマみたいな貧乏飢餓農村ってえのはどうもね

267 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/05/04(月) 16:56:50 ID:LDDO5JS0
基本的に進歩史観の教育受けてるから近代以前の農村なんて
大暗黒社会としてしかイメージ出来んのよね
アジア諸地域で見られる貧困丸出しの農村の延長でイメージしちゃうんだけど
そうではない日本独自の農村てものがあったんかねぇ

268 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/05/04(月) 17:36:40 ID:CUX8bANZ
>>267
あったと思うよ

地方に小作人がたくさんできたのは 明治以後でそ

小さな田畑でも 先祖代々守ってきて 長男以外の男は ほとんど奉公に みたいな


269 名前:人間七七四年[] 投稿日:2009/05/04(月) 17:40:31 ID:cu+Phync
江戸なんて奉公に出された次男三男ばかりなんだろうな


270 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/05/04(月) 17:49:34 ID:5fM8VKyH
>>262
さすがにほんの100年前まで世界のド田舎だった西欧人から見れば
世界の半分以上の農民は豊かになるんじゃないの
まして近代化始まったりしたら底辺が真っ先に貧しくなるんだしさ
(明治期の日本の農家の落ちぶれ具合を見れば分かるはず)。

271 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/05/04(月) 19:15:15 ID:a2RmFuzv
>>267
 少し前に読んだ本(学術系)によれば、
農民が戦場に出るのは乱取り(奴隷として敵を売り飛ばす)のが目的で、
必ずしもみんな武士になろうとはしてなかったらしい。
んである程度豊かになると自分の代わりに流れ者傭って訓練やら戦場に行かせていたとか。
 ここから考えるに、当時としてはそれなりに旨みのある職業だったと言えなくもないと思う。
 なんせ米の栽培は元の100倍が望めるみたいな話も聞くし。
 収穫高とかいろんな意味で>>270の言うように西洋の農民とは違うと思う。
 だって西洋の土地の痩せっぷりはスサマジイからな。
 土地が痩せすぎているせいで芝刈りしなくても芝生の草自体が成長しないとか。

272 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/05/04(月) 19:22:02 ID:fQoUe2rl
米と麦じゃ同じ面積でとれる量が段違いだって聞いたなあ
西洋の百姓は大変だね

273 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/05/04(月) 19:32:50 ID:FKahq63f

灌漑整備必須→土が痩せないので狭い農地で重層的生産を発達させる


灌漑いらない→土が痩せるので土地を広く使う輪作を発達させる

274 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/05/04(月) 19:32:57 ID:Z0kSDEgK
その上小麦は連作出来ないからな
ただ100年戦争とペストで人口が激減して以降、西洋では農奴が農民にジョブチェンジしてるから
戦国の頃なら東欧と比べてまだマシな方

275 名前:人間七七四年[] 投稿日:2009/05/04(月) 19:44:02 ID:cu+Phync
でも向こうは牧畜も盛んだったから栄養面では何とかなったんじゃないの?
男はエール(酒)でカロリー摂取してたって話も聞いたし

276 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/05/04(月) 20:34:26 ID:Z0kSDEgK
酒飲んでたのは清潔な水が確保出来ないから水代わりにって理由もあるけどな
中世ヨーロッパは貧しさのあまり農民が50過ぎの妻を一輪車に乗せて体売らせたり
領主に初夜権があったり
両親がいようが鍵がかかってようが男が強姦目的で徒党を組み
無理矢理家に侵入したりするのが日常化してたり
キリスト教の教えを守る為に女性を男性に接触させないように結婚まで家に隔離してたら
ゲイが爆発的に増えて教会経営の娼館作るのを真剣に検討されたり色々あるけどスレ違いだろう

277 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/05/04(月) 20:37:18 ID:tFn6xOgJ
自分は散々好きなだけ語っといて誘導とかw

278 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/05/04(月) 21:00:12 ID:3BRDPUij
>>272
だから現在のアジアはやけに人口多い国が多いのか
ヨーロッパの国って意外と人口が少ないし

>>276
領主の初夜権は我が邦の地方にもあったって聞いたことがある
どのくらい一般的だったかは知らないけど

279 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/05/04(月) 21:33:46 ID:j+ZmCmvs
>>275
考え方が逆かな
非効率な牧畜や不安定な狩猟に頼らなくてはならなかったのは、農作物が貧弱だったから
玄米五穀でほとんどのエネルギーやビタミンとれる日本が恵まれてたというか

280 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/05/04(月) 22:02:01 ID:khmOfjre
麦の倍率が

ヨーロッパが
中世で三~五倍
近世で十二~十三倍
現代でも二十倍くらい

に対して日本が
平安の頃に七~八倍
江戸時代に二十五倍
現代で五十倍
と聞いた。
まあ品種の違いもあるだろうし、ヨーロッパも日本も場所で変わってくるだろうが。

ちなみに日本では古代から文字の普及がハンパでない。
平安時代にすでにものすごい文書行政を確立し、農民でも訴状から生産収支その他の
報告文書を自前で作成している。

281 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/05/04(月) 22:15:44 ID:fsgwyYnv
>だから現在のアジアはやけに人口多い国が多いのか
>ヨーロッパの国って意外と人口が少ないし
江戸の人口が100万を越えて、世界最大の都市に…ってのを
昔授業で習ったときは、意外だったけど
(他にも江戸くらいの都市があるんじゃないの?と思ってた)
ここの遣り取りを見てると納得だな~。

282 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/05/04(月) 22:15:46 ID:9bPVB1Jt
ヨーロッパの収穫率の低さは土壌と気候が原因だなぁ。
メソポタミアなんて麦でも収穫率80倍あったんだし。

村の軍師と、名も無い合戦

2009年04月30日 00:07

109 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/04/29(水) 00:17:58 ID:KURZYAm1
近江でのこと

ある旱魃の年、隣り合う村同士で水論があり、ついに一方の村が、隣村への水を堰き止めるため
堤を作る。そこで双方、出入りとなった。

水を止められた隣村の方、大勢を出してこの堤を切りに来る。
堤を作った方の村は、人数では少なく甚だ不利であった。

その頃この、堤を作った方の村には、一人の牢人が住んでおり、村人は彼に相談した。
牢人、地下の者たちのうち、老人達を大勢集め一隊とし、少数だが壮健な若者達も又一隊とした。
そして老人の部隊には、堤の所に小石を多く集めさせ、若者の部隊には竹槍を持たせ、
川の下のほうにおいて合図を待たせた。

さて、隣村の勢が堤に近づく。
彼らは集まっているが老人達ばかりであるのを見て侮り、これを蹴散らさんと一気に近づいた。
矢ごろの距離まで来た、その時である。老人達は一斉に小石を取って投げつけた。
これに隣村の衆、辟易して足が止まる。ここに牢人の合図と共に隠しておいた若者の部隊が現れ
竹槍で散々に突く。

これには隣村の衆もたまらず、ほうほうの体で逃げ帰ったとのことである。

村の軍師と、名も無い合戦のお話。




110 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/04/29(水) 01:03:04 ID:jJ/wGlDg
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114 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/04/29(水) 08:59:25 ID:L05OLb4I
>>109
牢人って浪人のこと?

115 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/04/29(水) 09:02:53 ID:7XZsnuGM
>>114そだよ。俗字かもしれんが牢人て書き方もある。

118 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/04/29(水) 11:58:22 ID:kXn74eZv
>>114
古代中国じゃ主家が潰れたり職を辞したら自宅でヒキッて晴耕雨読がフツー、
これを「牢籠(ろうろう)する」と言った。
「牢人」というのは、ここから転じて、宮仕えをやめて落ちぶれた人のこと。

対して「浪人」ってのは本来は戸籍を離れた「浮浪者」つまりホームレスのことだった。
江戸時代中期から「牢人」もフラフラするようになって、ゴッチャになったらしい。

121 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/04/29(水) 12:54:21 ID:+QXUItJN
>>118
>>114じゃないけど、トンクス。
知識が一つ増えたよ。こういうのを教養っていうんだな

122 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/04/29(水) 13:09:41 ID:L05OLb4I
>>115>>118
私が114でございます。
勉強になりました。
わからないことは質問してみるもんだね

123 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/04/29(水) 13:46:15 ID:68zAVEv8
おれも牢籠してー

124 名前:人間七七四年[] 投稿日:2009/04/29(水) 14:59:47 ID:xLxrkhBd
>>110なんと言う七人の侍w

125 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/04/29(水) 15:03:42 ID:T5Qybrp8
>>109
こういうのって各地でありそうだな
俺もちょっと郷土史漁ってみようかなぁ

摂津国鳴尾村と瓦林村の用水争い、顛末・悪い話

2009年03月23日 00:13

122 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/03/22(日) 18:34:52 ID:V0J6xH8e
流れぶった切って悪い話

戦国日記魔の一人、多聞院英俊
隣国で起こった大騒動を聞きつけ、書き残していた
その騒動→「命より水を」
http://iiwarui.blog90.fc2.com/blog-entry-1542.html

摂津国鳴尾村と瓦林村の用水争いは、近郷が加勢に馳せ参じ、
弓槍、騎馬まで持ち出した一大合戦となったらしい
結局、豊臣政権のお裁きとなり、多くの磔刑が出て鎮圧された
この時、噂では親の身代わりにと、十三歳の童が犠牲になった
「こんな世の中に…( ;∀;) イイハナシダナー」
と英俊さんもひとしきり感動した

…と、ここで終わればいい話
言い伝えによれば、他にも身代わりはいた
それは加勢に出向き、処刑されたはずの近郷の庄屋達
彼らは乞食の装束を改め、代わりに突き出したのだ
哀れ、乞食六人が磔で殺されてしまったという



123 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/03/22(日) 19:04:30 ID:RarY/7WS
それは中世の村ではよくあることだなあ。

村人ではないプーを村で養って、
労役や兵役に出すことはもちろん、
いざというときは解死人として村人の代わりに殺された。

124 名前:人間七七四年[] 投稿日:2009/03/22(日) 19:05:39 ID:R1GQO2VC
>>122
川中島の百姓「他人を身代わりにするなんてそんな酷いことできません」

125 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/03/22(日) 19:46:34 ID:J/0kaOxd
中世の村人のキレやすさとしたたかさは異常
秀吉が刀狩りしたがるのも当然だわ

村方、強訴をする

2009年02月09日 04:53

466 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/02/08(日) 20:40:38 ID:/cbt+fIP
うまく自治体間の調整をしてくれる者が公儀って感覚だったろうからなあ

北条氏の治める武蔵国関戸郷
重臣の松田氏の下、在地領主の森岡という者が代官となって、治めていたのだが…
天正14年、松田氏は関戸に布告を発した
「森岡は最近非分があったらしく、百姓の書付に驚いて逃げ出してしまった
森岡は成敗(死罪)したので、郷中のことは百姓六人に預ける
当年分の租税をつつがなく速やかに納めれば、代官をやめ、後々まで六人に預けることにする」

村方が強訴で領主を追い出せてしまったお話



467 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/02/08(日) 21:38:00 ID:SJ5DmSJu
黒澤明の「7人の侍」、戦国時代なら普通の百姓が、野武士、野盗に
すかさず武装、反撃するから、ありえな~い話、というのは聞きました。

映画のモデルとなった因幡国の何処かの村で、80石の50%を
傭兵に渡して防衛したのも、戦国ではなく鎌倉時代だったとか。

してみると秀吉の統一というのは、絶対王制みたいなもんだったのでしょうか。

468 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/02/08(日) 21:58:06 ID:XcyQM7Jp
『喧嘩両成敗の誕生』って本で、中世から近世への移行の法の例で秀吉の法をあげてたな。
ある集団が自分達のルールで自分達を守っていく法から、政府が作る法へ。
中世の幕府がいかに国を統制しようと四苦八苦していたかがわかって面白い本だった。

469 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/02/08(日) 22:24:49 ID:yzmKcN0q
日本だと地主は農民だけど、西洋だと地主は貴族になる(日本の平安時代と
同じ)なので、土地の利用や領民の生活は完全にその領主の自由裁量、って
なんかの本で読んだ気がする。

470 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/02/08(日) 22:57:02 ID:Kc2mALPG
ハイランドクリアランス

471 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/02/08(日) 22:58:47 ID:BySo423K
それも違うかなぁ。
日本の貴族ってのは官僚だしね。
むしろ、日本は農民というか村という自治組織(一揆)を統治したのが大名で
西洋は貴族の私有地に農奴が働かせてもらっているって感じかなぁ。

京都、下京四条小結町殺人事件・悪い話

2009年01月25日 00:01

732 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/01/24(土) 19:50:41 ID:AZrkMlZg
「次の話題は、京で起きた殺人事件です。レポーターの太田さーん!?」

「はい、太田です。事件は、下京四条小結町の商家、糸屋で起きました。
糸屋では、隠居(70)とその娘、そして下女の三人が生活していたと伝えられています。

天正7年(1579)4月24日の夜、娘は酒を大量に買い入れ、隠居に飲ませました。
隠居が「もう、飲めない。」と言うのにもかまわず飲ませ続け、酔いつぶれたところで、
裏の土蔵にかつぎ込みました。

そして真夜中、周囲が寝静まったのを確認すると、包丁のようなもので刺し殺した模様です。

娘は夜が明けると僧を呼び、隠居を埋葬し、証拠隠滅をはかりました。
この時、事件の発覚を恐れた娘は、顔見知りの法華宗の寺に運ばず、浄土宗の僧を呼び、
のちに事件の裏付けにつながっています。

さらに娘は、口封じのために下女へ金品を与えましたが、下女は即日、京都所司代に出頭。

娘は逮捕され、事件を否認しましたが証拠・証言が出揃い、4月28日、市中引き回しの上、
六条河原で打ち首獄門となりました。

前代未聞の事件の背景には、何があったのでしょうか?動機は未だわかっていません。
京から、太田牛一がお伝えしました。」  (信長公記より)


武士階級あたりは、ケンカだの何だのでカンタンに人死にが出た戦国時代でさえ、
庶民のこの手の事件は『前代未聞』(信長公記の原文にもそう書かれてる)だってェのに、
現代人ときたら・・・




734 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/01/24(土) 19:53:13 ID:iDXdM0sr
現代は情報社会だから、多くの事件が明るみに出てるだけであって
現代人は昔の人と違って、凶悪犯罪を犯しやすいって理屈にはならない

水戸、生瀬騒動について・悪い話

2009年01月09日 00:04

87 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/01/07(水) 23:33:26 ID:vJLM2Dul
水戸徳川の悪政の際に必ずといっていいほど語られる生瀬騒動

この事件が発生したのは佐竹が移封されてすぐの慶長7(1602)年の頃というのが有力。
だが慶長7(1602)年ごろの水戸藩の当主は武田信吉であり、水戸徳川家ではない。




99 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/01/08(木) 06:30:07 ID:EOhSz9Nf
>>87                                             
長男、6男と同じく5男もDQNだった可能性があったのか……(;´Д`)

103 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/01/08(木) 11:30:00 ID:v17jbSvb
>>99DQNというか武張ってたんだろな。

信康については(築山殿が既に旦那と険悪だった影響が大きいだろうけど)
五徳との仲がこじれた理由がよう分からんもの。

……実は冬彦さんみたいな岡崎三郎信康、だったりしないか

酒屋さん、室町幕府侍所と戦う・悪い話

2008年12月03日 00:03

948 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2008/12/02(火) 05:04:22 ID:gdqST2Tv
酒屋さん、侍所と戦う。


応仁の乱も終わり、ようやくの平和を謳歌しだした京の都。
文明十一年(1479)五月、五条坊門油小路にて、とある殺人事件が起こった。

五条烏丸にあった梅酒屋という酒屋の主人が、その妻と甘草某という男が密通している事に気がつき、
この甘草と言う男を殺害したのである。

が、この当時の慣習では、これは犯罪ではない。
妻を寝取った間男を、その夫が殺害する事は「妻敵討(めかたきうち)」と呼ばれ、社会的に
許容される行為であった。

が、それも人による。この殺された甘草が、当時の京の治安維持機関の最高責任者、
侍所長官である赤松正則の被官であったのだ。この時代、侍でなくとも武家などの有力者の
被官になるのは普通の事であった。

赤松正則は被官を殺された事に激怒。「たかが酒屋の癖に我が被官を殺すとは不届きな!」
彼は副長官の浦上宗則に命じ、梅酒屋の主人を捕らえるため軍勢を梅酒屋に向かわした。
たかが酒屋に、である。
五条烏丸に向かい来る、武装した大勢の侍達。応仁の乱の記憶もまだ浅い京の市民達は、それを
不安げに眺める。

が、梅酒屋で彼らが見た物は!



ここで梅酒屋について説明しよう。この酒屋、ただの酒屋ではない。
当時、京都第二の規模を誇る、大酒造メーカーだったのだ。そしてこの大店の息子は、
幕府前管領、斯波義廉の重臣、板倉氏の被官でもあった。
先にも言ったようにこの当時、侍でなくとも有力者の被官になるのは、普通の事なのだ。

板倉氏は侍所の動きを知ると、被官である梅酒屋を助けるために駆けつけた。
しかもそれだけではない。この板倉氏、有力大名である山名政豊の家臣、垣屋氏や太田垣氏、
塩治氏といった錚々たる人々と、親戚であった…



そう、侍所の軍勢が見た物は、梅酒屋を守る、斯波氏、山名氏の被官たちの大軍勢だったのだ!

彼らはこの、想像を絶する光景に驚愕し、何も出来ずに慌てて撤退した。
いつの時代も、コネのあるものは強いのだ。



950 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2008/12/02(火) 07:13:41 ID:KphK7Fvx
>>948
これは素晴らしい。
甘草側にとってはかっこ悪い話だけど、酒屋側にとってはかっこいい話だな。

951 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2008/12/02(火) 09:50:17 ID:hIYnjN9r
>>948
政豊と政則ってつくづく天敵同士だなー
こんなとこでも揉めてるのかよ・・・w

赤松政則って結構面白い人だよね

952 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2008/12/02(火) 09:54:56 ID:gdqST2Tv
>>951
細川政元の姉を娶った時の話が…w>赤松政則

大名としてよりも、刀工としての方が有能だったりw

953 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2008/12/02(火) 17:05:42 ID:VgyC8xKU
>>951
>>952
ちょいとお二方、その政則公の逸話とやらを話してはくれまいか。
名字が同じで他人とは思えないんだ。

「山城国一揆」守護大名の追い払いかた・いい話

2008年11月24日 00:02

685 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2008/11/22(土) 20:56:45 ID:WkcwqPKN
守護大名の追い払いかた


国人と土民が結束し、守護大名畠山氏を排除し、大名なき自治を実現したことで、
日本史の教科書にも必ず載っているほど有名な、文明十七年(1485)の「山城国一揆」

その一揆は、どのように、戦争中の畠山義就、畠山政長を追い出したのか?
その交渉の様子。

一揆代表「義就はん、長政はん?あんたら、いつまでも戦しとっても、金ばっかりかかるやろ?
わしらも迷惑しとるわけで。で、どうやろか?今引けば、出しまっせ、金。
示談金を一揆の方で用意させていただきますよって、ここで双方、引き下がってもらえまへんか?

ただ、もしどちらかが嫌だとおっしゃれば…、わしら、もう片方にお味方して、その人を
攻め滅ぼします。

さ、金か滅亡か、どっちになさいます!?」


両畠山、ほうほうの体で南山城より撤退。守護大名相手に、飴と鞭で巧みな交渉をする
一揆衆であった。




686 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2008/11/23(日) 01:14:50 ID:V4uJMFwi
うめぇw
その一揆のブレーンは、生まれが違えばあるいは名将として知られていたかもしれんな。

687 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2008/11/23(日) 01:21:06 ID:xyvDeahL
つーか、この山城一揆の中心にいた三十六人衆は、全員細川京兆家の被官だったわけで、
この交渉も、京兆家の力をバックに成立しているんだよね。

ただの国人、土民の集まりじゃ不可能。

689 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2008/11/23(日) 19:13:54 ID:pB9cxywG
>>685
>>687
官位だけでもダメだろうし、金と権力揃って出来たことだよな。
でも、それを効果的に運用(?)するのにも頭が必要なわけだし
良い手腕してたんだなあと思うわ。

そしていつの世でも金は最高の武器の1つだな・・・

庄内の盲人と町民・いい話

2008年11月09日 00:02

204 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2008/11/07(金) 23:37:58 ID:QDVpm69W
農民じゃないが、盲人と町民のおはなし。

最上改易後、庄内には酒井氏が入部。
一説では四公六民をエンジョイしていた民だったが、酒井氏は増税し
えらい負担がかかることになった。
酒井氏は最上最上uzeeeeeと関係書類の焼却を指示し、
「最上がよかったと言うの禁止な?」と強い態度をとった。

そんな中、殿様が領内視察中にひとりの盲人が歩み出て歌い始めた。
「最上源五郎(義光)は役をばかけぬ 今の殿様 雑魚・かじかこまで 役かける」
これにはさすがの相手も参り、「今は入部したばかりでものいりだから」と釈明したという。
酒田の豪商・三十六人衆は武士でもないのに最上改易後は
「おらたちは二君にまみえねっス」と仕官の誘いをすべて断ったと伝わる。

山形では…鳥居忠政の早死には祟りだザマアと町民が罵ったり、怨まれまくった。
一方で最上三十六観音の由来は最上家の美少女・光姫だと伝説を作ったり、
最上はえがっただなムードは地道に残った。
そのせいか代々の殿様は最上uzeeeeとけなしまくったから、
旧最上家臣はとても言いづらくなったともいう。

以上、領民の殿を慕うちょっといい話でした。
有名な話だが、義光は撫で斬り実績ゼロ、一揆派生ゼロの珍しい太守。

まあ、寒河江や谷地では義光、嫌われ者なんだけどね_| ̄|○



206 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2008/11/07(金) 23:51:13 ID:Gj6fhBdu
>まあ、寒河江や谷地では義光、嫌われ者なんだけどね_| ̄|○
何でですか?

207 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2008/11/07(金) 23:53:31 ID:QDVpm69W
>>206
寒河江と谷地は義光が領主を倒して領土に組み込んだから。
んなもんどこの大名もやっているんだが、義光の場合改易時期が早すぎて、
世論をいい方向に持って行けなかったのです。
谷地なんて義光の紅花奨励でがっつりうるおっておいて、そりゃないぜ…。

208 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2008/11/08(土) 00:10:26 ID:DpC5k0pt
>>207
そうだったんですか…タイミング?が悪かったんですね。
詳しくどうもです。

蔚山の商人・悪い話

2008年10月16日 12:59

693 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2008/10/15(水) 12:33:42 ID:SN2/BJQ+
では悪い話を

蔚山の地獄

朝鮮役の有名な蔚山篭城戦。物資が底をついた篭城衆の環境は真に悲惨であった。
しかし、そんな所にすら、商人は入り込んでいた。

加藤清正の陣では、大声で米を売り歩いている商人がいた。「米五升で黄金十枚!」
恐ろしい暴利である。これを見たある侍は、「篭城中に黄金などあるものか!」と、商人を怒鳴りつけ、
自分の刀を鞘ごと突き出し、「これでその米を売れ」と、凄んだ。
商人は恐れをなし、米と刀を引き換えた。
丸腰になった侍はその米を、餓えた同僚達と5粒、7粒づつ分けた。

また、毛利の陣には水商人が現れた。
「盃1杯で銀15匁」
毛利秀元はそれを見かけると烈火のごとく怒り、槍を突きつけ水を没収したと言う。

この陣にいた者の、このような呟きが、記録に残っている。

「みんな行き倒れて、死ぬだけだ。」




694 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2008/10/15(水) 12:59:33 ID:/Bk7/hCK
そんな殺気立ってる状況で物を売りに来る商人の根性もすごいけどな

695 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2008/10/15(水) 14:50:37 ID:Z/yf6IGc
剥き出しの札束を抱えてスラム街を歩くようなものだ

一日の投降数規制があったので、まだここまでしかまとまっていませんが、
何か気が付かれた点などありましたら、指摘していただけると幸いです。

697 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2008/10/15(水) 15:11:28 ID:JOvVLTAi
包囲側の敵将兵を買収して物資を横流しさせたり
あるいは運び込むのを黙認させたり
そういう商才もまた武辺とは違った才能である。
買う側の将兵も全部力ずくで取り上げてしまうと
次から運び込んでくる人間がいなくなってしまうので、
暴利と解っていても金を出して買わざるを得ない。

徳政令、宿屋の主人と旅人・悪い話

2008年10月16日 12:41

470 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2008/10/04(土) 09:22:54 ID:Ma7kKQZI
応仁の乱が起きる少し前、当時の京都では借金を帳消しにする徳政令が頻発していた。
京にある宿屋の主人は近いうちに徳政令が出るらしいとの噂を聞きつけると、自分の宿に泊まっている
旅人たちをうまいことを言ってだまし、彼らの荷物を借り受けることに成功した。ほどなくして徳政令が出ると
宿屋の主人は旅人たちに「残念ながら徳政令が出たため、あなたがたから借りていた荷物は私のものになった」
と言った。当然、旅人たちは怒ったが、そのうちの一人がこう言い返した。「そうなると、我々が泊まっているこの宿も
主人であるあなたから一時的に借りているものですから、徳政令が出た以上、この宿も我々のものになりますな」
主人はこの返答におどろいて口論となり、結局は都の役人が調停することなったが、宿屋の主人のせこいやり方を
憎らしく思った役人は宿は旅人たちのものだと判断を下し、宿屋の主人の一家は追い出される羽目になった。



471 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2008/10/04(土) 09:25:29 ID:i5/csjXg
>>470
逆大岡裁きだなw
ひでえwww

472 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2008/10/04(土) 09:34:32 ID:uCx/U3Ly
宿屋の主人の悪事が自分に返ってきたんだろw

473 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2008/10/04(土) 10:33:23 ID:uR13tOTO
これ落語かなんかで聞いたような・・・w

474 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2008/10/04(土) 10:37:29 ID:KMMByJPC
>>473
つーか、落語の祖と言われる、策伝和尚の醒睡笑にある話だね>>470

475 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2008/10/04(土) 11:30:15 ID:ZZd0ko/A
金森さんの弟ですよね

476 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2008/10/04(土) 11:37:32 ID:KMMByJPC
>>475
そそ。兄貴が武闘派戦国大名で弟がお笑いの祖という変な兄弟w

477 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2008/10/04(土) 12:50:30 ID:V5Cwniew
>>474
落語にも起源があったニダね

醍醐寺の山林・いい話

2008年10月16日 00:36

山をまもった話

関ヶ原の伏見城攻撃の時の話。

醍醐寺に石田軍の徴発部隊が、攻城戦に使う木材の伐採にやって来た。しかし醍醐寺領内は豊臣政権により
「山林竹木等守護不入」の権利を確認されていた。当然醍醐寺の側は徴発を拒否。だが石田側は武力に任せ
強引に山林の伐採を開始。醍醐寺側はこの暴挙に、寺の数少ない寺侍たちが出てきて抵抗をしようとするが
多勢に無勢。それどころか醍醐寺への攻撃すら仕掛けてくる始末。このまま醍醐寺の山林は禿山にされるのか。
その時である

醍醐寺領内の村々の半鐘が、一斉に鳴った。
それと同時に武装した村人たちの軍勢が石田軍の部隊を包囲したのである。
形勢は逆転した。石田軍は既に伐採した木材も打ち捨て、ほうほうの体で逃げて行った。

醍醐寺の山林はその後も長く、山里の村々を潤した。
表舞台では語られない、歴史の一コマ。