原美濃、奥方の前でビクビクしているのは

2013年05月07日 19:51

原虎胤   
561 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/05/06(月) 20:46:59.76 ID:kxP2U/jl
武田信玄の武者奉行であった原美濃(虎胤)といえば、鬼美濃、夜叉美濃とも呼ばれ、
その器量の優れていること、また厳しさ類ない事については、戦場において数度の誉れの場数を
踏んだ事からも、推量すべきである。

そんな原美濃にある人がこんなことを尋ねた

「誠に、原美濃殿は武辺の将として近国他国にまでその名が響いておりますが、
そんな貴殿が奥方に対してはどんな事も恐れ、良いことであっても悪いことであっても、
奥方の前ではビクビクしていると言います。これは全く心得難いことです。

貴殿は、昔の渡辺綱、鎮西八郎為朝といった者達ですら、貴殿に勝ることはないとまで評判されています。
であるのに女房方に在っては心疎い人物のようですぞ?」

原美濃、これを聞いて
「その事についてだが、くちばみ(マムシ)という物は、人に出会うと噛み付いてきて、些かでも
その歯が刺さればたちまち命を取られるものである。であれば、虫の分際で人を従わせるほど恐ろしい
物である。

であるが、藪の中に居るなめくじり(ナメクジ)と言うものは、ふのりを溶いたようなものを、
くちばみが伏している周りを、遠がけにしてそろそろと輪を回すように地面に塗りつける。

くちばみはこれに気がつくと逃げようとするが、輪の上を越すことを恐れて、輪が狭まるごとに
自分の身をひたすら小さく巻いていく。
なめくじりはそのまま輪を描いていき、最後にはつくばみに這い懸るが、この時にはもう、くちばみは
五体へたへたと崩れ、腐って死ぬのだという。

これはくちばみの立場から見れば大いにもどかしい事であるが、深く分析すると、
『弱き者は強き者に勝つ』という道理によってこの様になるのだ。

私も、強き者に出会った時は心も、鬼であろうと組んでやると勇むのであるが、
女房は弱々とした風情で私に向かってくる。この時私はくちばみで、なめくじりに輪を回されているのと
同じなのだよ。」

そのように言ったそうである
(義殘後覺)

原美濃、奥方に頭が上がらない事を適当な理由をつけて正当化する、というお話





564 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/05/06(月) 22:43:36.92 ID:ULVT3vPS
つまり妻に舐めまわされて逝っちゃう体質だと・・・

565 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/05/06(月) 23:45:44.66 ID:UB2jQrnJ
元祖独眼竜、李克用の養子の李存孝も恐妻家の笑い話があったな
こっちは単なる恐妻家だけど

李存孝「妻が怖い」
同僚「お前は戦場に出れば右に出るものなしの猛者なのだから鎧を着てれば
奥方の前でも奮い立つだろう」
家にて
李存孝の妻「あらあんた、そんなかっこうしてどうしようっての?
戦場では最強とは聴いているけどさ」
李存孝「えーと、家では貴方様が李存孝です、はい」

566 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/05/07(火) 07:30:52.58 ID:AkZAPbFW
恐妻エピソードは戦国でもバラエティ番組のようだw

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原虎胤の帰還

2010年04月29日 00:06

原虎胤   
611 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/04/28(水) 02:01:50 ID:Q3kVXbvQ
1553年甲府において浄土宗と日蓮宗の間で宗論が行われた。
その際、武田晴信は日蓮宗徒の原美濃守虎胤を呼び
「日蓮宗では念仏を唱えると無限地獄におちるというが、今後は浄土宗を信仰し南無阿弥陀を
唱えろ」と改宗を迫った。

しかし虎胤は
「念仏を唱えれば地獄に落ちるなどということは信じていませんが、開祖の教えに背くことは
主命に背くことと同じなのです。ですから命を失っても念仏を唱えることは出来ません」
と断り退席した。

晴信はたいそう怒り改易としたので、虎胤はしかたなく甲斐を去りつてを頼って小田原へ向かった。
小田原の北条氏康は名将と名高い原美濃守が城下にいると聞くとすぐさま召し抱え厚遇した。


翌年、甲相駿三国同盟がなると晴信は氏康に対し
「今貴殿に仕えている原美濃守は父信虎の代より二代にわたり武田に仕えた忠臣です。
主命に背いたので懲らしめましたが、今では非常に残念な事と思っております。
同盟がなったあかつきに、是非ともお返ししていただくようお願いします」
と原の返還を願った。

氏康は承諾し原虎胤は武田家に再び仕える事になったという。


武田晴信の(調子の)いい話。




612 名前:人間七七四年[] 投稿日:2010/04/28(水) 07:39:38 ID:Qn3R4d6U
氏康いいひとだー

まあ、本人が武田に帰りたいなら、返した方がよかったのかもしれないが。

613 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/04/28(水) 07:48:15 ID:AFxO8mtZ
佐渡「主君と信仰なら普通信仰を選ぶよね」

右近「当然」

614 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/04/28(水) 08:30:38 ID:clqeCX9g
三好某「部下と信仰なら普通信仰を選ぶよね」

大友某「当然」

615 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/04/28(水) 08:41:08 ID:lSFRu++m
>>612
最悪のタイミングで寝返られるかもしれないし、素直に返した方がいいよな

616 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/04/28(水) 08:56:52 ID:gxptF6Ur
無くなってみると惜しくなるものってあるよね、別れた元カノとか・・・

617 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/04/28(水) 09:38:00 ID:saXm2ypu
某某某「元カレとか…」

618 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/04/28(水) 10:12:51 ID:0FNwBuG+
取られた槍じゃ!

619 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/04/28(水) 10:35:23 ID:hJpbisfZ
宗教を上手く扱う事に定評のある信玄にしては珍しいミス
こういうことから学習していったのかな

620 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/04/28(水) 10:50:02 ID:JSNxsQu8
甲斐は日蓮宗の総本山身延山久遠寺もあるし、初代鬼美濃以外にも信者は
いそうだが他は大丈夫だったのかな

戦国時代の宗教勢力というと本願寺が思い浮かぶが、教義の排他性とか考えると
危険度は日蓮宗の方がかなり高めだよね。

山科本願寺を焼き討ちして京都から本願寺勢力を駆逐したのも町衆の日蓮信者だし。

623 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/04/28(水) 11:13:33 ID:NT6E9+f5
>>620
法華宗の危険性は信長も感じていて、安土宗論ではわざと浄土宗側を勝たせて二度と他の宗派に
いちゃもんつけないように起請文書かせてる。

626 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/04/28(水) 15:26:16 ID:MzHpp9Ux
>>623
信長自身は法華宗徒だけど政治的な問題になれば別なんだろうね。

法華宗といえば三河一向一揆のときに家康についた大久保一族はガチガチの法華宗で
「妙法蓮華経」の旗を押し立てて戦ったとか。

628 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/04/28(水) 17:52:26 ID:yMaGi2ZF
>>623
安土宗論が八百長だってのは、日蓮宗側の史料にしか証拠のこってないけどね。
信長公記の安土宗論に関する記録には、正々堂々と議論して、日蓮宗が敗れた顛末が書いてある。
負けた日蓮宗が腹いせに記録を捏造した可能性が高い。

鬼美濃の眼にも涙

2009年12月01日 00:08

原虎胤   
767 名前:1/2[sage] 投稿日:2009/11/30(月) 10:54:43 ID:1FAFCs1K
少年が主君に従って戦い退こうとした時、敵の老武者が傷つき倒れているのを見つけた。
「陣屋までお送りしよう。お名前は?」
「・・・名乗るほどの者ではない。敵の情けは受けん、斬れ!」

少年がこれを聞かず老武者を敵陣まで送り届けると、老武者の甥と名乗る者たちが現れて
丁重に礼を述べた。重ねて少年が名を聞くと、彼らは腰に帯びた瓢箪を外し、
「叔父の名誉のため、我らからは名乗れん。これを持って貴殿のご主君に見せれば良い。」
と言って少年を帰した。
主君に瓢箪を見せると、主君は「これは勇士、牛久隆直のものだ。大切にせよ。」
と少年に教え、瓢箪を渡してくれた。

少年は瓢箪を馬印にして奮戦するようになり、敵は瓢箪の馬印を避けるようになった。
ある日、馬印を失った少年は、敵の武者と渡り合い、組み伏された。
まさに敵の刃が振り下ろされるその時、少年の顔を見た敵は、みずから首を刎ねた。
不審に思った少年は、起き上がって敵の顔を見て驚いた。

かの老武者の甥、牛久隆直その人だった。

768 名前:2/2[sage] 投稿日:2009/11/30(月) 10:55:28 ID:1FAFCs1K
成長した少年は原美濃守虎胤と名乗り、甲斐の武田晴信に仕えた。
天文23年(1554)、駿河加島で武田と北条が対峙した時、虎胤は故あって北条軍にいた。

味方の苦境を見た虎胤は、太田氏資を連れて敵陣に駆けこみ、小畠虎盛と挨拶を交わし、
馬場民部の備えを素通りし、小山田弥三郎の備えに突っ込んだ。
氏資が例の棒で当たるを幸い、武田の騎馬武者を七、八騎もなぎ払っている間に、虎胤は
無事に傷ついた味方を救い出して退いた。

小山田はかつての同僚に敬意を表して、「美濃守が敵前での馬の乗りよう、しかと見よ。」
と部下に言って深追いしなかったが、近藤右馬丞という侍が名乗り出て虎胤に迫った。
虎胤は「殊勝な心掛けよ。」と言いながら太刀を抜くと、あっという間に近藤の首を二度三度と
みね打ちして落馬させた。

そこへ氏資が「さあ、見せしめにしてやる!」と叫んで近藤に棒を叩きこもうとしたが、虎胤が
これを止め、
「この者は、甲州でわしの所にも出入りしていた者だ。命だけは助けてやってくれ。」
と言うので、氏資もしぶしぶ引き上げた。

当時、『鬼美濃の眼にも涙』として、評判になったという。




769 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/11/30(月) 14:14:40 ID:E7Mcu0ml
戦場の混乱の中、甲冑つけて顔が血と埃で薄汚れていても
同じ釜の飯を食った同士は見分けられるものなんだなあ。

770 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/11/30(月) 14:27:28 ID:cMaf4noL
おお、舅殿ではござらんか!
挨拶代わりの鉄棒クラエ!!!な康資と氏資ほとんど思考回路一緒じゃんw
制止出来た原さんカコイイ!!!

771 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/11/30(月) 14:43:27 ID:5ektwmHw
太田ヒャッハーを止めるって初代鬼美濃どんだけ強いんだよw

772 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/11/30(月) 17:37:50 ID:1sj8AJ1X
>>770-771
鬼とも云え夜叉とも云え、豆撒くが本にて候

自分が鬼だからこそヒャッハー太田一族のあしらい方も身に付けていたんだろうか

初代「鬼美濃」原虎胤 『ノロケんな・・・』

2009年07月20日 00:19

原虎胤   
606 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/07/18(土) 22:15:32 ID:vVG6iday
初代「鬼美濃」原虎胤はあるものが苦手で、同僚から不思議がられていた。

ある人が、虎胤に問い質した。
「貴殿は他国までも聞こえる大武辺者。その貴殿が奥方をとにかく恐れておられる。
なんとも心得難いことです。」

虎胤は答えた。
「人を襲う恐ろしい蛇にも三すくみというものがあって、ナメクジに絡みつかれると
身動きも出来んそうな。」
「そのようで。」
「わしも、強敵に会えば例え鬼であろうとも組み合わんと勇んで立ち向かうが、女房に
あの弱々しい風情で組みつかれると・・・とても立ち向かうことなど出来ん。
蛇がナメクジに会ったのと同じじゃ。仕方あるまい?」



   ノロケんな・・・
    |                   \
    |  ('A`)           ギシギシ
   / ̄ノ( ヘヘ ̄ ̄        アンアン/




608 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/07/18(土) 23:11:40 ID:1Xq95odO
>>606
のろけ過ぎだろw

609 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/07/19(日) 01:44:53 ID:RVpmt5Yy
>>606
目から汗が止まらない!不思議!













('A`)ウツダシノウ

611 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/07/19(日) 11:59:51 ID:zhxrb6su
ナメクジどころか龍神だったって話もあったような

613 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/07/19(日) 12:56:58 ID:yXrGPurU
蛇がなめくじに絡み付かれると身動きできないってのはマジなの?

620 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/07/19(日) 20:09:33 ID:gPKhuEHj
>>613
中国の古典に「ナメクジは蛇を食う」という一文があってそれが孫引きされてるんだとか
科学的な根拠はなし

610 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/07/19(日) 01:49:58 ID:tazzcmtj
>>606
ツッコミに吹いたw