青山忠俊の諫言

2012年12月02日 19:03

593 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/12/02(日) 14:30:32.51 ID:DhGJv2v5
青山伯耆守忠俊は、三代将軍家光の老中であった。
ある時、将軍自ら美麗な印籠を求め、忠俊に「どうだ?中々見事なものだろう?」と、自慢げに見せた。

これを手にとった青山忠俊

「上様にはなんとなさる!!!」

激怒

「御祖父様(家康)は一生のうち、かような印籠を持たれたことはありませぬ!全て長門の黒塗りでありましたぞ!
そもそも印籠などというものは、薬が入れば用が足りるもの。上様のご治世未だ間もない折柄、かような華美なものを
ご自身が好まれれば、皆がこれに習いまする!!」

と、この印籠を庭石に向かって投げつけた!
それでも未だ怒りが収まらなかったか、そのまま庭に出てこれを足蹴にし踏み砕いた!
全て家光の目の前、他の家臣たちもいる前での出来事である。

当然ながら家光はこれに激怒し、即座に所領召し上げを命じたが、忠俊は「こんな事もあろうとは、かねてより覚悟!」
と、嫡男の宗俊を伴い、相模藤沢に蟄居した。

これに対し家光は
「罪をなしたのは忠俊であって、子息には何ら罪はない。従前通り出仕するよう」と、
宗俊に戻ってくるよう伝えたのだが、

「父が勘気を受けたのに、子供だけがどうして栄えられましょうか!」

そう言って出仕しようとはしなかった。

後に家光は大いに後悔し、忠俊に対して再三出仕するように命じたのだが、ついに出仕することはなく、
蟄居のまま一生を終えた。

青山忠俊、将軍の面目を丸つぶしにしてまでの諫言であった。
(駿江雑説弁)




594 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/12/02(日) 14:45:40.20 ID:u6VZGYqj
諫言はいいとして息子と家全体を巻き込むなよ・・・

597 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/12/02(日) 19:01:05.12 ID:VPBbHfJr
>>593
足蹴にして踏み砕くあたり単に蟄居する理由が欲しかっただけなんじゃ・・・
めんどくさいなあ
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「あぁ宗俊よ、今一つ命じる」

2011年09月27日 22:26

814 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/09/27(火) 21:11:04.01 ID:SfoeI6Uk
青山忠俊徳川家光の守役であったが、家光が成長してからも直言を繰り返し、ついに改易・配流となった。
のちに家光は己の行いを後悔し、忠俊を呼び戻したが、忠俊はこれを断った。
http://iiwarui.blog90.fc2.com/blog-entry-4666.html

それに代わって、忠俊に連座して蟄居した者たちが再出仕を許された。特に嫡男の宗俊は、父譲りの実直さを
認められ、書院番・大番頭と昇進を重ねていった。
青山家が再び家光の信頼を得たのを見届けた忠俊は、配所で66年の生涯を閉じた。



それから何年か後、青山因幡守宗俊は、将軍家光の呼び出しを受けた。
「お前の所領3千石に、信州小諸2万7千石を加えて、3万石とする。」
「ははーっ!有難き幸せにございまする!」

「お前の父は、わしの幼き時より犬馬の労をいとわず尽くしてくれた。しかし若き日のわしには、
その事が分からず、良き忠臣を配所で死なせてしまった。その事、未だに悔やまれてならぬ。
ここに青山家を大名に復す。宗俊よ、忠俊がわしに仕えたのと同様に、竹千代(家綱)に仕えよ。」

「ははっ!・・・亡き父も・・・さぞや・・・・・・」
眼からあふれるものを平伏して隠し、ようやく落ち着いて退出しようとする宗俊に、再び家光が声をかけた。

「あぁ宗俊よ、今一つ命じる!お前はこれより下城した後は、どこにも立ち寄ってはならぬ。
まっすぐに帰宅して忠俊の位牌に、この事を伝えるのだ。良いな、頼んだぞ。」

宗俊は、もはや涙を隠すこともなく退出した。(榊原日記他より)




815 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/09/27(火) 23:45:01.95 ID:syAC0ltj
君子豹変か
家光=DQNというイメージだったけど少し修正w

820 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/09/28(水) 00:46:22.43 ID:Ye6uONLy
>>814
いい話なんだけど、どうせなら元通りの五万石にしてやればいいのにと思ったw

821 名前:人間七七四年[] 投稿日:2011/09/28(水) 01:40:57.61 ID:BnJeMsMb
>>814
>「宗俊よ、忠俊がわしに仕えたのと同様に、竹千代(家綱)に仕えよ。」

「蟄居になって配所で死ね」って意味ですか?

827 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/09/28(水) 05:45:00.34 ID:zfcktFr6
>>814
改易の原因の半分は春日局の讒言を家光が真に受けたからなんだよな

828 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/09/28(水) 13:27:59.68 ID:pC8wEAvU
>>827
井上正就が殺された事件も春日が絡んでなかったっけ?

830 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/09/28(水) 19:06:35.42 ID:kWXCF/D3
春日局オソロシス

833 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/09/28(水) 22:18:37.48 ID:VoH0GepN
>>828
井上正就の子息と鳥居成次(徳川忠長の家老)の娘の縁談を春日局が持ってきたため、
もともとの縁談を正就が取り消したところ、仲介役だった豊島信満が面目を潰されたことを
怒り、正就は殺されてしまう。という流れだったはず。

青山忠俊の忠義

2010年09月24日 00:02

179 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/09/22(水) 21:58:41 ID:03Tc0mWd
青山忠俊は徳川家光の養育係として直言を繰り返してきた。
しかしあまりにも直言が過ぎたために、ついに家光の怒りを買った。
忠俊は家光が舞踊のために髪を結んでいるのを注意したことで
下総に流され、所領の岩槻五万石も召し上げられた。

「あまりのこと」と思う人々はいたが、忠俊は「いや、かえって安心だ。
上様はご器量がありながら、それをお示しになろうとされなかった。
今回の処置は見事と言うほかない。私は安心した」と恨み言ひとつ
こぼすことはなかったという。

その家光ものちに己の誤りに気づいて忠俊を戻そうとした。
しかし忠俊は「誤りを悔やまれたことはご立派です。上様がご自身の
誤りを悔いておられるなら、もはや私がお側におらずとも、私の言葉を
聞いていただいているのと同じことでありましょう」と申し出を断った。




182 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/09/22(水) 23:00:53 ID:yzaQ8lhU
>>179
いやー、忠臣すっなー
上に立つ者の養育係としては最適だろうなー
今の世の中でやったらただの親ばかだがw

183 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/09/22(水) 23:05:13 ID:nNwUCSLx
>>179
出来すぎだ、青山出来すぎだ

青山忠俊の特技

2009年10月15日 00:04

579 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/10/14(水) 20:37:40 ID:5NmAWCXB
青山忠俊は人の名前をすぐに憶えるという特技があった。
小身の者でさえ一度会えば憶えてしまい、ちょっと会ったときに名前を呼ぶので、
皆が忠俊に親しんだ。

*「どうしてそんなに名前を憶えられるのですか。なにか秘訣でも?」
忠俊「頑張って憶えるだけですよ」
*「しかし、いくらなんでもコツぐらいあるでしょう?」
忠俊「そうですね…あえて言えば底意地の問題でしょうか」
*「???」

忠俊「あなたは大名や大身の方々の名前ならすぐに憶えてしまうでしょう。
   なのに小身の名前が憶えられないのは彼らを歯牙にもかけていないからです。
   私はどんな身分でも同じ人間だと思うので、すぐに憶えられるのですよ」




580 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/10/14(水) 20:44:02 ID:Ot5pQfDu
>>579
いい話だなーw
俺も人の名前はしっかり覚えよっと

581 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/10/14(水) 20:49:09 ID:3nvaIbNO
>>578
何故頑張って駄目な部分を無くすと読めないのか…お前の心は曇っている(キリッ

582 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/10/14(水) 20:52:11 ID:MXrHA4QP
>>579
医龍って漫画であったな。

583 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/10/14(水) 20:53:27 ID:+xPCAZRY
>>579
木沢長政
浅井長政
浅野長政
黒田長政
池田長政
山田長政
織田長政
早川長政
木造長政
丹羽長政
…あたりを順に紹介して、次の日
「さぁこの長政さんは何長政でしょうか?」って聞いたら
答えられるかな?

584 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/10/14(水) 21:03:18 ID:GdOiooOk
>>583
青山「では…」

> 木沢長政
「左京亮殿!」
> 浅井長政
「備前守殿!」
> 浅野長政
「弾正少弼殿!」
> 黒田長政
甲斐守殿!」
> 池田長政
「河内守殿!」
> 山田長政
「仁左衛門殿!」
> 織田長政
「丹後守殿!」
> 早川長政
「主馬頭殿!」
> 木造長政
「左衛門佐殿!」
> 丹羽長政
「か、官位不明!?…丹羽殿」


585 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/10/14(水) 21:05:20 ID:Ot5pQfDu
>>583
ちょw長政多いとは思ってたけど、こんなに居るのかよwww

589 名前:人間七七四年[] 投稿日:2009/10/14(水) 22:04:53 ID:EFwQPQ7W
>>579
>>583-584
こっちは、名字と顔で区別つくだろ
むしろ
清盛時代の平○盛シリーズとかの方が大変だぞw

あと時代は下がるが家斉時代の斉○とか--;
腐るほどいやがる
成人する前に腐ってしまった連中も数多いがw

591 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/10/14(水) 22:30:22 ID:6MCNhAyY
>>583
田中長政(吉政)

大阪夏の陣、青山伯耆守家臣、野一色助重の覚悟

2009年08月09日 00:24

178 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/08/08(土) 08:24:44 ID:u+H7oBi0
大阪夏の陣での事

その日、青山伯耆守の陣地は、真向いから激しい敵の攻撃を受けた。
世に言う、道明寺の戦いである。

あまりの猛攻に、ひるむ体の者も現れ、それをみた青山伯耆は、部隊の者たちに向かって
こう言い放った

「これこそ願う所の幸いと言うもの!皆の者も恐れる事は無い!
それぞれ今日を討ち死にと思い定めよ!」

ところがこの時

「それはなんとも不覚でござる!」

と、野一色助重が反論した。皆が不可解な顔をする。が、助重

「他の方々は知らぬが、私は江戸を出るときから既に、討ち死にと思い定めて来た。
『今日を討ち死に』などと、いまさら覚悟するまでも無い。」

この一言に、「そうだ!助重の言うとおりだ!」と皆は威勢を取り戻し、勇んで戦に望んだ。
そしてこの言葉を放った助重は、その日、見事に討ち死にしたと言う。

戦もほぼ無くなったこの頃になると、華々しい討ち死にこそが本望、と言う考えも多かったのであろう。
そんな時代の、「覚悟」のお話。





179 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/08/08(土) 10:33:10 ID:3XpSAeB6
http://iiwarui.blog90.fc2.com/blog-entry-979.html
ルックスに気合入れ過ぎて恥かいたり

http://iiwarui.blog90.fc2.com/blog-entry-684.html
親泣かせたり

大阪の陣の若い衆ってなんかこう関ヶ原までの武士と比べて
空回りというかわかってないというか・・・

180 名前:一条教房の下向(1/3)[sage] 投稿日:2009/08/08(土) 11:17:20 ID:V/SJBskU
>>178
平和になったってことさ