当代記より、歌舞伎の始まり

2014年01月21日 19:03

147 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2014/01/20(月) 19:38:58.55 ID:07eURHZG
慶長8年(1603)
この頃、かぶき踊りという物が現れた。

これは出雲国の巫女(名は国。ただし美人ではなかった)が始め、京都へ上がった。
タチは異風な姿をした男の真似をして、刀脇差し、衣装以下全て異相で、この姿をした男役が、
茶屋の女と戯れる様子を表現していた。

京中の上下は多くがこれを賞翫した。またこの国は伏見城にも参上し度々踊った。
その後、この国に学んだかぶきの座が多く出来て、諸国へと下って各地で公演をした。
ただし、江戸の右大将秀忠公は、生涯これを見なかった。

(当代記)

当代記より、歌舞伎の始まりについての記事である。




148 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2014/01/20(月) 20:32:24.80 ID:B6fvkGQ6
兄ちゃんは大ファンだったのに。

149 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2014/01/20(月) 20:49:56.65 ID:mmedVXuk
宝塚が思い浮かぶ

150 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2014/01/20(月) 21:40:58.46 ID:smXxv4Y4
弟子に安芸吉田の出身の人がいたから阿国は毛利のスパイ説ってのがあったな。
そういや吉川広家って元かぶき者だったっけ。

151 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2014/01/21(火) 00:44:54.25 ID:TQpS+d1D
歌舞伎者って転職できるようなもんなのか

152 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2014/01/21(火) 00:47:09.54 ID:p1jduoiW
ワルぶってた奴がカタギに戻るのはよくあること

153 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2014/01/21(火) 10:03:36.43 ID:n6PAoQW6
おお この世の すべての命を つかさどる神よ! 広家に 新たな人生を 歩ませたまえ!

154 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2014/01/21(火) 18:04:16.70 ID:UZE7uljm
神官は誰なんですかね……

166 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2014/01/22(水) 18:45:26.09 ID:/2pnHzIC
>タチは異風な姿をした男の真似をして、刀脇差し、衣装以下全て異相で、この姿をした男役が、
>茶屋の女と戯れる様子を表現していた

出雲の阿国をドラマ化するとしたら、阿国役は中谷美紀かな?

167 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2014/01/22(水) 21:48:51.96 ID:kRxYgF7X
美人やないと記録残した奴談だが
出会い茶屋を描いた風俗芝居と今で言うストリップみたいな踊りで
当時のオタ民衆に人気出たから文献者好みじゃなくても民衆受けする可愛さだったかもしれんな

169 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2014/01/22(水) 22:25:34.85 ID:DR1fBhki
歩き巫女だか女芸人は身体と芸を売って生計立ててた
当時では珍しい事でもないがえろいな

170 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2014/01/22(水) 23:07:01.84 ID:DEnjE4X/
数で言えば現代のほうがエロいぞ
AV女優って月に何人デビューしてるんだ?ってくらいいるだろ

171 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2014/01/22(水) 23:10:12.51 ID:vaJrDvNO
>>166
踊り上手くて妖艶色気ある女優が良い、まぁドラマ化なら数年前菊川怜がやってが。

172 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2014/01/22(水) 23:17:01.17 ID:30bh2vut
可愛かったら女役をするだろうし男装が似合うイケメン顔だったんでは?

173 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2014/01/22(水) 23:26:30.24 ID:rekQxYeZ
>>172
女が男装して着物肌蹴ながら性の倒錯的な色気のある踊りが狙い所でそれが大ヒット
可愛かったのか余程色気が凄かったのかは知らんが男受けは良かった訳だ

174 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2014/01/23(木) 00:34:14.86 ID:OTQikQou
信長は女装もしてたらしいな

175 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2014/01/23(木) 15:02:08.05 ID:y76YEOgF
今も昔も文化や文明を大きく発展させるのはエロの力だなw

176 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2014/01/23(木) 17:24:35.73 ID:A8OYVZHq
衆道ですなw

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雑談・歌舞伎、およびお国について

2009年08月30日 00:41

829 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/08/29(土) 08:30:49 ID:yFbPsXS6
>>805
男装の美女、今は野郎だけの歌舞伎も当時彼女から始まった頃は艶めかしいエロな寸劇らしいね

830 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/08/29(土) 08:54:03 ID:SYSPZvd7
エロというか、そういうのは遊女歌舞伎ではないかえ

831 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/08/29(土) 09:14:13 ID:X0FVsxlE
歌舞伎は当初、女性のみが踊るもので男装美女と遊女役のからみ等、
いまでいうところの宝塚をエロくしたようなかんじだった。
次第に猥褻化がすすんでしていったため、
おかみがけしからんから女性禁止にしたところ、今度は美少年が踊るさらに
デカダンでいやらしいものになった。
その後、若衆歌舞伎も禁止。現在の野郎歌舞伎が定着し、江戸スイーツ格好の
ストレス発散レジャーになったといういきさつがある。

833 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/08/29(土) 12:46:49 ID:yFbPsXS6
>>830
元祖の阿国も胸元や着物の裾はだけたりとか
風俗的な芝居取り入れたりとか結構際どいものだったが
後に続いた遊女がこりゃまた過激で女だけの歌舞伎禁止になった

834 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/08/29(土) 13:14:31 ID:bGhrcSNs
芸と色は昔も今も表裏一体の様なもんだ

835 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/08/29(土) 13:21:20 ID:c+6h6gaS
パンチラ禁止の結果、穿いていないへと悪魔進化した様に
男歌舞伎も女形が芸術の域まで達した

844 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/08/29(土) 17:53:37 ID:/q2Waxgv
お国って1559年に京で舞った記録もあり活動期間長いから母子二代説もある

846 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/08/29(土) 18:30:43 ID:eeWbkL/o
>>844
記録上の年代だともの凄いサバをよんでた説と母子二代説があるよね
名古屋山三との俗説も初代が関係があって二代目は知らなかったorその逆の説があるし

細川幽斎が剃髪して出家してきた名古屋山三郎九右衛門には宗円と称させて
「かしこくな身をかへにけるうす衣 錦にまさるすみそめのそて」と美貌を
褒め称えた詩残してるし、九右衛門は坊主頭でもそんなに美形だったのか幽斎自身が
この寺にお前が居ると(性的な意味で)危ないから武士に復帰しろと助言したり
生前の約束守って玉甫紹和尚に九右衛門の供養塔を一番大事な場所に建たせてるし

幽斎か玉甫紹和尚が出雲阿国の供養塔を後々九右衛門の側に置いたと大徳寺に伝わるし
天才的な文化人であったにも関わらず他人の才能に嫉妬せず、むしろ気にいった文化人を
支援していた細川幽斎自体が二人を結び付けた犯人かもってのを何かで見たなw

848 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/08/29(土) 18:52:36 ID:+DFjjf37
>>846
母子説の方が有りだな、前者だと関が原頃には軽く見積もっても5、60歳はいくだろうし


名古屋山三の死と出雲阿国

2009年08月29日 00:30

805 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/08/28(金) 04:09:11 ID:VuCOZ/kT
森家で起こった「にらみあいの松の事件」の地元に伝わるその後のお話を一つ
http://iiwarui.blog90.fc2.com/blog-entry-1536.html(←にらみあいの松参照)

当代無双、絶世の美少年として名を馳せ齢十五にして「名古屋山三は一の槍」と
流行り謳として謳われた
名古屋山三が井戸宇右衛門と両者相討ち死にしたとの事は、瞬く間に全国に広がり
特に山三が浪人時代過ごした京の都ではその話で持ちきりであった。

京の都では名古屋山三と浮き名を馳せた出雲阿国とその一座も今では民衆から
「阿国一座はもうダメかもね・・・」 「そもそも次の公演自体があるのか・・・?」
と「やや子踊」や「念仏踊り」で一躍スターとなった阿国一座であったが名古屋山三が
惨死してから間もなく同年同月に念仏踊りの公演が行われる事が民衆の間で広まった

京の民衆たちも「演目も念仏踊りだし追悼公演だろうな」 「これが見納めになるだろうし
見に行くか!」
なかば同情的な意味合いで観衆は意外にも多く 阿国一座にとっては盛り返す為の
最後のチャンスでもあった…

演目が始まると念仏踊りしているのは出雲阿国本人ではなく一座の別の女性であり民衆たちも
「あぁ阿国ちゃんはやっぱり出て来れないか」 「巷の噂じゃ自害して
2代目が後を継いだとか言われてるぜ」と噂とブーイングが飛び交う
が、そこに客席から突然異国風のド派手な衣装と飾り物を身にまとった男装の女が現れた
客席からは「名古屋山三だっ!」「かぶいてるねぇぇぇ!」「槍の山三が生き返った!!」と
大歓声や屋号が巻き起こる 
この女こそ出雲阿国で有り名古屋山三の衣装と飾りを身に纏ったこの日の公演で
「阿国歌舞伎」は誕生した。

人気者ゆえに亡き恋人(もしくは夫)を舞台の上で蘇らせた芯の強い女性であったとも
言われる一方で
面識もない癖のに勝手に山三の名を語り売名した悪女とも言われる彼女だが、
にらみあいの松付近の言い伝えや
作楽神社の伝承では出雲阿国が郷里する為に、このにらみあいの松に訪れ
山三の遺体が埋められた北側の松の木の下で一人泣き崩れ 深夜になっても
泣き崩れている女を心配して村人達が訪れると先刻とはまるで別人のように
北側の松の木の下で踊り始めそのあまりに美しい舞姿に村人たちは驚いたと言われている

松事件以降の森忠政のその後のトラぶった逸話を書こうかと思ったらいつの間にか
戦国ロマンスになってしもうた・・・





807 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/08/28(金) 09:34:24 ID:toMEKD2K
>>805
かっこいいね

810 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/08/28(金) 10:39:33 ID:Bhz8YfPX
>>805
阿国さんって一座で一番べっぴんな女の子に自分の名を口上させて自分は名古屋になりきって
イチャイチャ歌舞伎したり、その後も名古屋さんの霊と会話したり周りからは美談に
仕立て上げられてるけど


俺は精神的に病んで別の世界に逝ってたんじゃねーかと思うんだ

811 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/08/28(金) 11:08:47 ID:KJJl7dGV
太古の昔から舞踏ってそういうもんでない?

812 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/08/28(金) 12:17:16 ID:o3SYp6G+
てか阿国と山三って面識もないんじゃないかっていわれてるよね
どうして結び付けられるようになったんかな

ああ、こういうこと書くと叱られるんかな

813 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/08/28(金) 12:23:37 ID:SJ9Ia2Y3
そういう歌舞伎の出し物があったからじゃねぇの?
まぁ比較的野暮の部類の話ですな

815 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/08/28(金) 17:29:46 ID:VuCOZ/kT
>>812
逸話を楽しむスレでマジレスしても良いのか判らないが一応補足しとくと
乱世で民衆に娯楽が少ない中、当時流行り詩になる程のイケメンと
当時、都で人気街道絶頂の男装の女芸人をくっ付けたがるのは今のワイドショーと変らない
と言ってしまえばそれまでなんだが、一応そこに至るまでの関連性はちゃんとあって

京の都で”クニ”と”菊”と言う少女がややこ踊りを披露していた時期に名古屋山三も
京の都でたまたま浪人していて色恋沙汰の噂が絶えなかったこと

京の大徳寺に名古屋山三郎が出家中に逆修塔(生前に作っておくお墓)を立てて居て
偶然にも大徳寺・高桐院の中の更に奥の敷地内に山三と並ぶように出雲阿国の墓がある
(ちなみに名古屋山三郎は出家中あまりにも美し過ぎて風紀が乱れてカオスったとの逸話もある)

名古屋山三郎が亡くなった1603年に名古屋山三を思わせる出で立ちで
偶然にもかぶき踊りが演じられたこと

阿国一座を真似ろ超えろと遊女達が真似た芝居で”国”と名乗る踊り子が大量に溢れて
その中の数人が名古屋山三が囲った本当の”女”だったかも知れないので色々噂が残ってる

父は名古屋因幡守(信長の従兄弟)母は養雲院(信長の姪)で山三の息子
名古屋隼人(幼名:山三郎)は森忠政の下で育てられ高山南坊の推挙で加賀前田家に仕えたと
最低限の出自がはっきりしてる名古屋山三郎に対して
出自が「出雲の国の女」とも「大和の歩き巫女」とも「京出身の女芸人」とも言われている
出雲阿国は一人の人物(本物)を中心に京の都で”クニ”と名乗った複数の女性の逸話の
集合体が歌舞伎・浄瑠璃の世界で後世に伝わって二人が恋人や夫婦であったという俗説が
大衆の間でとても根強く残る事になった。

一座を守る商根魂の強い人だったとも、色恋沙汰とは無縁の踊り一筋の女芸人だったとも、
春を売る仕事もしてたとも凄い曖昧な人物像に描かれてるのはその為とも言われてる。

818 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/08/28(金) 17:48:48 ID:wBm7/MMi
戦国三大美男子の名古屋山三郎(喧嘩沙汰で死亡)、不破万作(秀次の後を追って切腹)は
太平の世まで生きられなかったけど、
浅香左馬之助は生きたんだよね。石田三成の家臣だったのにどうして生き残ったんだろうか。