江戸期の長船

2009年09月21日 00:40

591 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/09/19(土) 22:49:58 ID:/9Iu9FQG
刀関連でなまくらな刀を指す言葉に「束刀」という言葉がありますが・・・

信長が長船から招いたのは祐定で、入念作には年記と俗名(この場合は藤四郎か?)が
銘に刻んであるのでこれは貴重。しかし天正18年8月の吉井川の大洪水で長船は
藤四郎祐定を除いて全滅。
息子七兵衛、源左衛門らはまだ子供だったが何とか長船復興のため尽力した。
小早川秀秋が備前に封じられるとお抱え鍛冶として禄二百石を給せられ、領主が
池田輝政に代わっても召抱えられた。

しかし寛永9年、池田家が因州鳥取に国替えとなり父祖の地を離れる事となる。
だが鳥取に移住してまもなく、岡山藩の光政が鳥取藩の光仲に「祐定を岡山に返せ」と
身柄の返還を要求。
岡山の光政は本家であり、鳥取の光仲は分家であることからこの要求は受け入れられ、
祐定は喜んで故郷に帰るのであった。が、しかし・・・光政からの俸禄はわずか五人扶持・・・

藤四郎祐定の子孫達は食うに食われず、鉄砲鍛冶や野良鍛冶に転向する者も出、
刀を作り続ける者も、井上真改、津田助広など人気の大阪鍛冶に圧されて、食うためにとにかく
量産を始める者もいた。作っては質屋に持ち込むのである。

質屋は幾らでも買い取ってくれるのでとにかく作る。それを奈良の商人が買い取り、
縄で数十本単位で束ね、馬に乗せて買っていく。買われた刀は奈良で新たな銘を入れられ、
土産物として門前町などで売られた。

これが束刀の由来である。

ここで何が悪い話かというと、長船鍛冶全滅の原因となった吉井川の洪水は、上流の山の木の
過剰な伐採により、土壌の保水力が失われ、がけ崩れによって川の流れが堰き止められた
あげくにこれが決壊したものだった。
なぜ伐採が行われたかといえば、鍛刀の際に必要な大量の炭を得るためであった。
刀剣王国備前の栄枯盛衰なお話。

ちなみに、長船祐定はとにかく数が多く残っているので、偽物を作るメリットなんてありませんよ。
俗名入りは別ですが。




593 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/09/19(土) 22:58:38 ID:9YHcOYaZ
>>591
加藤清正が、娘が嫁入りする時に持たせた大御槍もたしか長船祐定でしたな。

594 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/09/19(土) 23:36:34 ID:Xubbu+/r
吉井川の上流が津山な件

595 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/09/20(日) 00:05:24 ID:NEbJkyK0
むしろそんな過酷な状況に何度もあっても残るからこそ名刀なのでは

596 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/09/20(日) 00:14:48 ID:dvGV8UAO
>>591
名の無い刀でもたまーにすごいのがあるって言う理由は
生計を立てる為、一昔前の名工がまじってたって訳か


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