松山の英雄、加藤喜明家老、足立重信

2009年10月04日 00:17

26 名前:人間七七四年[] 投稿日:2009/10/03(土) 01:13:14 ID:8uJTPDKN
皆さん、地元だけの英雄っていますか?
アイヌの話でふと思い出した地元、松山の英雄を。

伊予松山の初代藩主は『地味加藤』加藤喜明公、今回の主役はその家老足立重信、
彼は今も松山に残る素晴らしいものを幾つか残している。
その一つは日本三大平山城の一つ松山城、その普請奉行だったんですね。
だがこれよりも松山にとって大きいのは伊予川、湯山川の治水工事、伊予川は
当時は雨が降ればすぐ氾濫する暴れ河で、みんな苦労していたらしい、そこに
巨額を投じて堤防を作り川の氾濫を治めることに成功したのだ。

27 名前:人間七七四年[] 投稿日:2009/10/03(土) 01:14:33 ID:8uJTPDKN
もう一つの湯山川はもっとすごい、本来湯山川は松山の平野の端っこを地味に流れる川だったのを
流れを変えて前述の伊予川と合流させたのだ!
結果松山平野の中央近くを川が流れるようになり、農地開拓が進んだらしい、
因みに湯山川の元の流れの付近は今も大規模な地下水脈となって、松山の
水瓶の一つになっている。
さて、この二つの川わそれぞれ工事の後は重信川、石手川と名を変える事となる。
重信川そう足立重信にあやかった名前だ、日本で個人の名が河川につくのは極めて稀な例らしい、
それだけ感謝されたんだろう。

そんな、松山では昔は道徳の授業に出てきた有名人のお話。

28 名前:人間七七四年[] 投稿日:2009/10/03(土) 01:28:28 ID:8uJTPDKN
26-27
も少し続きを、この足立さん結局松山城の全域が完成する前に松山で亡くなっている。
そして地味加藤さん自身も会津に転封、治水工事に巨額を投じてその資金を回収しきる前に。
その後蒲生さんをはさんで松山には親藩松平家が入ったあたりに幕府の
『転封前に金使わせて弱らせとけ、その見入りは俺たちが貰うけどなー』的なものを感じてしまう。
そんな加藤にとっては悪い話かもしんない。






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