内藤家の裏事情

2009年10月12日 00:05

367 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/10/11(日) 12:41:55 ID:xmq35EiA
内藤家の裏事情

15世紀半ば、丹波においては細川家の守護職として内藤家がその任を得ていたが、
戦国の世であった。
細川本家の分裂抗争と共に、この地の波多野、赤井氏らの国人、豪族らが所領をめぐって
抗争を繰り返す日々であった。様々な抗争をへたのちに内藤家の当主国貞は、
1553年波多野氏との抗争に敗れ敗死、名跡が途絶えることになってしまった。
そこで、国貞の娘婿であり丹波で三好長慶の下で勢力をのばしていた松永長頼が
内藤備前守宗勝と名を改め
内藤家の名跡を継ぐ経緯となった。

この松永長頼、内藤備前守が松永弾正久秀の弟であり、内藤如安の父でもある。
弟の権謀術数よりも、武骨で有能な武将であった。

しかしこの八木城を根拠地とする新たな内藤家の当主も、1565年豪勇で知られた
赤井直正との抗争であっさりと討ち死にしてしまった。

このため内藤如安は、寝耳に水の内に16歳で慌ただしく内藤家の当主とならねばならなくなった。
しかも内藤家親族の中には、この他家からの名跡の継承を面白からずと思う人々も多数おり、
このどさくさの最中血族の手によって母を謀殺され、如安自身も危うく殺されるところであった。
如安、その仕事はじめは血族への粛清、抹殺であった。

親族の間に伝わる内藤家文書の中にこの経緯があるが、その内容の真偽については不明とされ、
秘するように命じられていた。
その中には、親族の中の松永一族に対する怨念が縷々記されている。

戦国の世ではありがちな血なまぐさいキリシタン武将のデビュー話である.
その後の如安の波乱の人生を予感させる。

が、う~ん、あまり面白い逸話になりませぬなあ。




368 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/10/11(日) 12:45:03 ID:Tf2guOt4
>>367
> その中には、親族の中の松永一族に対する怨念が縷々記されている。

ここが物凄い気になる。


371 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/10/11(日) 14:35:42 ID:KqPrJMpR
>>368
爆弾正が如安を殺して自分の養子を送り込もうとしたとか
いかにもやりそうな

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