波多三河守親の悲劇

2009年10月13日 00:07

波多親   
404 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/10/12(月) 12:00:39 ID:Eso3Tdak
波多三河守親の悲劇

肥前松浦半島には、平安の昔から松浦党と呼ばれる武装集団があり、
嵯峨源氏、あるいは平氏、中には奥州の安倍氏を祖とするとされる
家々であった。

元寇の時には勇敢に戦い、大いにその名を広め、下っては倭寇の頭目、
あるいは海外との交易にも意を注いだ。

戦国時代も数十家の国人らが協力、あるいは鎬を削っていたが、
その中に今の唐津周辺を根拠地にする波多氏が有力であった。
当主、波多三河守親は、南からの龍造寺隆信の侵攻に対抗し、
ある時は降り、更に島津家に鞍替えし、難攻不落の巨大な城、
岸岳城を整備し、これを根拠地として北松浦半島を支配下にした。
彼は、早くから兵農分離をなし、また朝鮮半島、遠くは中国からも
招いた陶工らに窯を作らせ、盛んに作陶をさせ、その領地の経営、整備に
励んだのであった。

ところがそこに独裁者、秀吉がやってきた。九州征伐である。
機を見るに敏な松浦法院、有馬、大村、龍造寺、鍋島氏らはすぐに
博多に参陣、秀吉に恭順し、島津征伐に参加の旨を表するも、
波多三河守親は遅参してしまった。島津には庇護を受けた経緯があった。
今一つの機敏さ、決断力に欠ける男だったようである。

秀吉、へそを曲げ会ってくれない。
困り果てた波多三河守親、石田治部、浅野弾正にとりなしを頼みこみ、
何とか本領八万石を安堵してもらった。また、彼の所領でなした美麗な茶器を多数献上し、
秀吉のご機嫌をとることができた。当時の名品は、後に利休の銘が入り、
三斎公、鴻池家の手を経て今日に伝わっている。

ところが次にやってきたのが文禄の役である。秀吉の命の下、鍋島勢らと共に
千人の兵と共に渡海した。散々泥沼の戦ののち、1593年、波多三河守親を
待ち受けていたのは、改易であった。朝鮮での戦いぶり、卑怯、あるいは勝手な振る舞い、
まことにけしからぬ、という理由。
誰やら不明の三人の奉行の讒言があったとか。

実際の彼は、卑怯どころか、兵を三百までに減らしつつ鍋島勢と共に敵兵二万を
撃退した奮戦ぶりであったのだが。

秀吉としては、根拠地名護屋を古来領する波多氏が邪魔、目障りであった、
真の理由はそれにつきるのである。代わりにこの地を拝領したのは
秀吉お気に入りの寺沢志摩守でしたから。
兵農分離し、行き場を失った家臣百名が腹を切ったとか。

今一つ、時勢を見る目のなかった武将の悲劇。




405 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/10/12(月) 12:27:42 ID:GfkRXIQM
>>404
人質に出された奥方が、秀吉の前で不注意から懐剣を取り落としてしまったのが
不興を買った原因だとか。殺す気か、というわけ。

406 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/10/12(月) 12:37:14 ID:Eso3Tdak
奥方、美人だったとかの言い伝えが。

407 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/10/12(月) 12:56:15 ID:/n2v2wD2
>>405
甲冑姿で秀吉に拝謁した大名夫人もいたってホント?
それって、人質である夫人たちの貞操が危なかったの?

408 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/10/12(月) 13:42:48 ID:Y4JiRFqP
諸侯の奥方に手を出そうとする→失敗(´・ω・`)
はテンプレみたいなものだから

409 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/10/12(月) 13:45:40 ID:5Foi65W3
立花千代
甲冑姿に槍、侍女に鉄砲を持たせて拝謁。
秀吉もさすがに手を出すのをあきらめたが、宗茂は手を付けられたと信じ、
以降夫婦仲は冷えて行ったという・・・・・が
もともと千代が城主で、宗茂は入り婿のため、
勝気な千代が事々に口を出していたので、疎ましく思っていたということらしい。


410 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/10/12(月) 15:39:20 ID:Eso3Tdak
闇千代の場合、日常甲冑を着用して常に臨戦態勢だったのでは?

411 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/10/12(月) 17:14:03 ID:0jPEBcRo
S田N之「ウチの嫁は甲冑着ていなくても常に臨戦態勢です…」

412 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/10/12(月) 18:18:05 ID:BOLcWOUB
浮気する方が悪い

413 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/10/12(月) 18:51:59 ID:dNyosvY3
>ウチの嫁は~常に臨戦態勢
常時濡れてて合体準備おkって事かと思った

414 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/10/12(月) 19:00:06 ID:dmvYI8E2
そっち方向に解釈したのが俺だけじゃなくて安心した

415 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/10/12(月) 19:49:41 ID:cYAKpOhS
利家殿の奥さんとか
利常殿の奥さんとか
子だくさん故に常に臨戦態勢のイメージがある

419 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/10/12(月) 22:17:45 ID:GiOvYxKc
>>404
波多氏って名前が一文字だった気がするけど
波多三河守親って「はた みかわのかみ ちか?」って読むのか
「はた みかわ もりちか」って読むのかな?

波多 三河守 守親だったら語呂がいい気がする

420 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/10/12(月) 22:24:19 ID:UTgLdO1o
>>419
波多 親であってる。読みは「はた ちかし」
だから波多三河守親は「はた みかわのかみ ちかし」ですな。

あの渡辺綱以来の、由緒ある一文字名前。

421 名前:人間七七四年[] 投稿日:2009/10/12(月) 22:42:34 ID:tvP9wbyU
>>411
T川秀T「うちの嫁さんもですよ。出し抜いてよそで作ったときは殺されないかとびくびくしてました」

422 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/10/12(月) 23:19:27 ID:amZ2/2Ih
>>404
まとめスレに波多三河守親の奥さんは竜造寺から後家を押し付けられたってなかったっけ?

423 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/10/12(月) 23:22:46 ID:amZ2/2Ih
事故解決
http://iiwarui.blog90.fc2.com/blog-entry-1008.html

424 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/10/12(月) 23:41:26 ID:AUpOWyN2
>409
千代は領国から出たことが無く名護屋にいってないから
秀吉に会ったことがないんじゃなかったっけ。


425 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/10/12(月) 23:45:02 ID:GiOvYxKc
家康が恐れた男みたいに秀吉が人妻にコナかけられたって逸話は
テンプレみたくなってる気がする

428 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/10/12(月) 23:53:29 ID:GiOvYxKc
>>420
「ちかし」って読むのか、勉強になりました
「親」って字を見るとなんか長宗我部のイメージが強い

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