謎多き米田監物

2009年11月11日 00:18

301 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/11/10(火) 20:40:40 ID:ofGIUPuR

細川家といえば米田監物。

細川家藤考以来、というか辛酸を父子とともになめた中。
宮津城での一色義俊の謀殺の際、細川忠興に刀を蹴って渡したのも彼。
降伏した一色家中を皆殺しにして妹を連れ戻したのも彼。

なぜか後年、忠興と大喧嘩して辞し大阪に引きこもるが、
大阪の役の際は、忠興の二男興秋とともに入城して大坂方として戦う。

落城時には逃げ延びて、興秋切腹、が米田、この時は片岡と改名、
なぜか細川家に復帰、家老に戻ってしまう。
謎の多い人物です。
三歳公が隠居していたとはいえ、何か血生臭いですなあ。





304 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/11/10(火) 21:04:21 ID:qH8ZL9CX
>301


米田と言えば本能寺んときは明智の陣中にて話もありますなぁ・・。

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