大阪御帰陣のとき神尾局早く御熨斗鮑を奉りし事

2016年11月12日 15:58

阿茶局   
314 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2016/11/12(土) 00:00:23.39 ID:Azqxj2FA
大阪御帰陣のとき神尾局早く御熨斗鮑を奉りし事

 或る人が言った。
大坂夏御陣御凱旋のとき、御本陣茶臼山から二条の御城へ
遷られるのが神速であったので誰も来ると思っていなかったところ、
神尾の局は早くも御のしあわびを三方に載せて捧げていた。
これに神祖は殊に御感があったという。

 この局は後に東福門院の御母代となり、特別に一位の勅授があった。
雲光院殿と申すは彼女のことである。
(甲子夜話続編)


そんなに凱旋の行進が速かったのですかね




315 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2016/11/12(土) 00:30:57.26 ID:GlCndA1b
勝ったとはいえ付近に敗残兵が潜んでいるかもしれないし
万が一のために早急に安全な場所に避難したということだろう

316 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2016/11/12(土) 01:09:12.96 ID:nPnZFCQB
(ノ∀`)アチャー
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阿茶局

2015年05月27日 16:01

阿茶局   
83 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2015/05/26(火) 20:49:13.15 ID:FAT8l6IJ
阿茶局

阿茶局は、武田家の家臣であった飯田久右衛門の娘で、今川家の家臣、神尾孫兵衛久宗の妻と成った。

かつて、徳川家康が今川家で人質として生活を送っていた時、この神尾孫兵衛夫婦は家康に、
厚く礼を以って保護していた。
今川義元が桶狭間で戦死した時、神尾孫兵衛も同じく討ち死にした。
その妻はこの時妊娠していたが、実家の甲州に帰り、そこで男児を出産して猪之助と名づけた。

武田家滅亡の時、家康が甲州に入ると、この妻が息子を携えて道の傍で拝伏しているのに家康は気づいた。
家康は彼女が甲州に居る故を聞き、旧情を思い出し、彼女を召し出し、遠江にて奉公するようにと命じた。
すると、この妻が非常に明敏で、奉仕すること怠らず、家康はこれを高く評価し、後に奥の老女となり
阿茶局の名付けられた。

慶長19年大阪冬の陣の時、彼女は講和交渉の使者として大阪城中まで数度にわたって往復し、
大阪方の大蔵卿局、常光院(淀殿妹お初)などを説得した。
大阪冬の陣でついに講和が調ったのは、この局の功なのである。

この講和交渉の時、彼女が乗っていた肩輿は鉄で作られていて、矢石を防ぐようになっていた。
この肩輿は今、遠山七之助の家に伝わっているそうである。

後年、東福門院(秀忠娘)の入内の時に、御母代となり、従一位に叙任し慶賀を執行した。
没後、霊光院殿従一位尼公松誉周栄大姉と号す。

(明良洪範)




「鉄の女」阿茶局

2010年03月04日 00:09

阿茶局   
332 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/03/01(月) 11:21:14 ID:5mZsE8Fl
家康の側室である阿茶局は才知溢れる女性であった

陣中では家康に供奉し、小牧・長久手の戦いではそのため流産し、奥向きの采配だけでなく、
隠密の御用にも関わっていた
家康の死後もただ一人落飾を許され、和子入内時には母代わりとして従一位を賜っている

さて、彼女の活躍でも白眉とされるのは大阪冬の陣での使者役であろう、この時に銃火激しい
大坂城へ向かう彼女の駕籠は
                          鉄張り
であったという
正しく「鉄の女」と言えよう




334 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/03/01(月) 12:06:06 ID:uSiQZjPm
>>332
鉄張りの駕籠って、大事にされてたんだなとは思うが、
才知とか胆力みたいなものとは無関係な気がする。

335 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/03/01(月) 12:53:12 ID:F3Lf5iDy
駕籠かき「弾雨の中を駕籠で進むなんて、無茶ですよ!」
阿茶局「こんなこともあろうかと、駕籠を鉄張りしておいた」
才知あるよ!

336 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/03/01(月) 13:15:52 ID:wSAKTwBP
駕篭かきは通常装備なのかねw

338 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/03/01(月) 16:17:19 ID:SIySmtNS
でも鉄張りの駕籠って言っても気休めだよね?
そんな分厚い鉄板を使ったら、駕籠かきがとても担げないもんなぁ。
局が勇気あるのは確かだ。

339 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/03/03(水) 18:42:03 ID:rSh3AHBA
駕籠かき撃たれたらどうすんのよ…

340 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/03/03(水) 18:48:45 ID:0aPwZwf6
さすがに最前線まではいかないだろうから
流れ弾や流れ矢を防げれば十分なんだろうな。パフォーマンス的にも。

阿茶局、怒られた酒井家次をフォロー

2009年11月26日 00:06

阿茶局   
644 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/11/25(水) 00:14:12 ID:F5ev576K
ある日、酒井家次が年賀の使いとして駿府の徳川家康を訪ねた。
その時、家次は寒いので折烏帽子の下に綿帽子をかぶっていたのだが
ちょっとしたはずみで鳥帽子が脱げて綿帽子が見えてしまった。
家康はこれが気に入らず、家次を叱った。

「本多佐渡のような者は老体だし、おどけているから綿帽子をかぶるかもしれん。
だが、お前のような若者がそんなことをせんでもいい。わしだからよいものを、
諸大名列座の前でそれでは将軍家の恥ぞ」

ここですかさずフォローしたのが家康の側室阿茶であった。

「実は昨夜、家次殿は風邪をひかれまして、これでは今朝の拝謁ができない
と申しますので私が厚着をしてもよい、綿帽子をしてもよいから初春の挨拶
はなさいと申したのです。これは全て私の一存で家次殿のお考えではないのです」

阿茶にそう言われては何も言えないのか、家康は機嫌を直し、

「ふむ、まあそういうこともあるか」

と言ったので家次は家康の前から下がることができたという。




645 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/11/25(水) 00:35:01 ID:CzyptNcU
ここにも、めんどくさい対応係が

657 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/11/25(水) 19:40:00 ID:4v4PSgvW
>>644
年賀、つまり元旦に月代を剃った昔の人は
頭がすごく寒いわな。
無理もない話。