平松金次郎のスイッチ

2009年12月05日 00:07

814 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/12/04(金) 11:03:53 ID:nKlbEmfH
三河武士・平松金次郎は、同僚にケンカを仕掛けられると逃げ出すのが常だった。

ある日、渡し舟の中で口論になった金次郎は、自分の若党が殴られて引っ込んでしまった。
これを見た同僚たちは金次郎をいよいよ「腰抜け」と罵り、金次郎と刀掛けを一緒にするのも
いやがる程になった。
しかし家康だけは、「いや、金次郎は志ある剛の者だ。」と、彼をかばった。

天正12年(1584)4月、徳川軍は池田恒興・森長可率いる軍と戦った。この時、金次郎は
茜色の陣羽織に十文字の槍を携え、鬼武蔵と呼ばれる男の軍へ一直線に駆け入り、
見事に一番槍を果たした。戦後、金次郎は大声で言った。

「生れてより殿様の恩を受け、これを返すため軽々しく命は捨てられぬ、と思って今まで
ケンカを引き下がってきた。
ご恩を返した今、思い残す事もない。誰でも出て来い、一薙ぎで斬ってくれる!」
一人として言葉を返せる者はいなかった。

・・・と、ここまではいい話なのだが、忠義のために恥を捨てるこの男が、のちに加増のことで
不満を持ち、豊臣秀次に誘われて出奔してしまった。

激怒した家康は刺客を放った。小栗又市・渡辺半蔵・河村善七・坂部治兵衛(三十郎従弟)
と、そうそうたる面々が送り込まれたが、金次郎はよほどの手練れだったのか、坂部が
返り討ちにあった上で、ようやく遠江袋井の古寺に押し込め腹を切らせたという。


・・・いまいち、めんどくさい武士のスイッチがわからん




815 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/12/04(金) 14:22:45 ID:PR7Hnd6g
又市さんと槍の半蔵がいるチーム返り討ちにするとか相当強いんじゃ
もったいないなあ

ガマンから解放されて気が大きくなってたんだろうか

816 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/12/04(金) 15:31:10 ID:/+gjK+Xr
自分への公的な評価って、恩賞で測るしかないからね
忠義に見合う恩賞じゃない、と切れちゃったのか

817 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/12/04(金) 17:20:14 ID:QrB+TY86
鬼武蔵に向かっていくってだけでも貴重な人材なのに。

ところでふと思ったんだが、メメント・モリが「死を想え」って意味なら、
鬼武蔵はまさにその名に死を冠していると言えなくもない・・・・・・よね。

823 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/12/05(土) 08:18:13 ID:04lL+Csu
>>816
普通、一番槍は自分から攻めるというすごく勇気がいることから、報償されるものなのだが
三河武士にはそういうのはゴマンといるのであった
だから、大切なのはその逆の自己を抑制できる三河武士だったりする訳で

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