佐久山一族の末路

2010年11月18日 00:00

638 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/11/17(水) 06:26:47 ID:cz15z1MF
鬼畜三兄弟の策謀により討たれた佐久山義隆
http://iiwarui.blog90.fc2.com/blog-category-606.html 参考
しかし、これで佐久山氏が滅んだわけではなかった。
一族の佐久山泰秀が福原資孝に佐久山城を落とされる際に落ち延びることに成功し、
入江野に逃れ、その地に城を築きなんとか佐久山氏は存続することが出来た。
不思議なことに、その後も那須氏の配下に留まっていて、那須資晴にこの件での対応を求め続けていた。
ところが、三兄弟を恐れた那須資晴は具体的に対処することは無かった。
このことから、佐久山氏は那須氏と距離を置くこととなった。
結局、泰秀の子泰清の代になった1586年に具体的に敵対行為を取っているわけでもないのに
塩谷氏に接近しているらしいという理由で滅ぼされた。
なんとなくすっきりしない、不幸な一族の末路。




639 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/11/17(水) 19:03:57 ID:2cB7aYbu
どう考えても、大関さんの差し金です。
本当にありがとうございました。
スポンサーサイト

輪切り地蔵

2009年12月12日 00:07

968 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/12/10(木) 23:06:25 ID:l0o2jeaI
身の凍るような逸話・・・?ホラーをご所望か、分かった

「輪切り地蔵」

下野の戦国大名、那須家の家臣に佐久山義隆という武将がいた。
彼は武勇に優れ家中での評価も上々。更に妻に当時、那須家で発言力を誇った
大田原資清の娘を娶るなどまさに順風満帆であった。

しかしながら1563年に義隆はうずら狩りに出かけた所を境が峯で何者かに襲撃され討たれてしまう。
この暗殺事件を起こしたのは資清の息子である大関高増、福原資孝、大田原綱清の3兄弟で
義隆の才を警戒しての犯行であったともいわれる。
程なくして義隆の妹の半学姫も殺され、義隆の妻は兄弟の非情の行いに涙しつつ、
尼となり旦那と義妹を弔いながら一生を終えたという。
そして後年、義隆の遺臣の子孫達によって3つの地蔵が境が峯に置かれ、義隆、義隆の妻、
半学姫の無念を鎮めるべく作り置かれたのである。

この地蔵はしばらく所在が分からなかったが、現代になってある郷土史研究家が発見したところ
非常に薄気味悪い状態になっていた。
3つの地蔵はそれぞれがおおよそ自然に割れたとは思えぬ形で体が一部が輪切り」にされており、
まるで3人の無念が呪いとなって地蔵に現れたかのような状態だったのである。
見る人を不安にさせるこの地蔵を見て地元の人たちも「まだ供養が足りぬ」と思い、
3つの地蔵を更に手厚く供養すると新たに立派な供養塔を建てたのであった。




969 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/12/10(木) 23:12:30 ID:vj95kYP0
>>968
ゾクッとした。これは、怖いな…。

971 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/12/11(金) 00:19:06 ID:aQkSbS3E
>>968
地蔵が3人と聞いて一瞬3兄弟のことかと思ったけど、そっちでも怖いしw
でも殺された3人の地蔵を輪切りにしたのが3兄弟の仕業だったら、病気入ってるし

当時の人々が供養した後も恨みが残るのは珍しいですね
(普通は供養しておしまいな気がします)

974 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/12/11(金) 00:28:02 ID:DYlr/8te
大田原3兄弟自体は悪い事しまくってるがみんな天寿をまっとうしたがな

975 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/12/11(金) 08:20:29 ID:uVGTUt79
>おおよそ自然に割れたとは思えぬ形で体が一部が輪切りに

普通に考えれば、由来を知らない奴が面白半分でやったことだろうな

976 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/12/11(金) 09:54:08 ID:dJN8cUwg
でも石の地蔵を輪切りにするには、それなりの道具や技術がいるよね

977 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/12/11(金) 10:19:26 ID:Wvt44oqe
時代は下がるが江戸時代中期には被害者が卑劣な手段で殺された印として
墓標の一部を切り取る風習があったらしい。
国定忠治だか清水次郎長が殺害した人物の墓にそんなのがある。

986 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/12/11(金) 18:11:44 ID:9lsy11dp
>>968
将来、これも怖い系の昔話として地域で語られていくんだろうか