丹波左平太と野伏

2009年12月14日 00:07

33 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/12/13(日) 15:48:13 ID:DZP6wFwH
織田信雄の小姓に、丹波左平太という男がいた。
後、ゆえあってか豊臣秀頼とともに大坂城へ篭もることになる。

さて、大坂の陣が徳川軍の勝利に終わり、城が焼け落ちたあとのこと。
左平太は落ち延び、泉州貝塚のあたりを逃走していた。
そこで、武装した野伏達に取り囲まれてしまう。
しかし左平太、戦おうとはせず、彼らを説得にかかった。

「お前ら、おれを殺して、武具を剥ごうというのだろう。
武士として身ぐるみ剥がされたとあれば恥である。
だが、おれはすでに日本を敵として戦った身だ。この世に望みも無い。
そこでだ、この場で出家しようと思う。僧を連れてきてくれ」

大戦だけあって、戦死者の弔いをする僧が多くいたのだろうか。
野伏としても、武士相手に戦って武具を奪うより、穏当に脱いでもらったほうがいい。
そう判断し、僧を連れてきた。
左平太、「ああお坊様」などと言いながらにじり寄り、突然 刀 を 突 き つ け た。
「おい野伏ども、道を開けろ」
左平太は僧を人質にとり、しかも盾にしながらその場を脱出。
さしもの野伏も後生を恐れたか、追っては行かなかった。

左平太は知人を頼って紀州に隠れたが、後に赦免されたという。




34 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/12/13(日) 15:58:30 ID:fPh5uxVY
うまく生き延びたな

35 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/12/13(日) 16:35:53 ID:21l+RcZd
>>33
そこでお坊さんに、「野伏から逃れるためとは言え申し訳ない」と言って、
後日十分に礼をしたというエピソードがあれば、
いい話になりそうなのに…

36 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/12/13(日) 18:17:46 ID:AG65fBDZ
襲う方より襲われた方が凶悪とは

37 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/12/13(日) 18:21:43 ID:EKWyoRoF
落ち武者狩りの野伏たちも流石に坊主ごと掠奪の対象にするようなことはないんだね

38 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/12/13(日) 18:31:23 ID:rb4fKYrz
坊主なんか知るかよ!ヒャッハー! となるかと思ったけど
野伏意外と信心深いのね

39 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/12/13(日) 18:44:46 ID:o1Iyneh3
豪腕僧兵みたいなのが来なくてよかったというか
坊主災難すぎる

40 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/12/13(日) 19:18:24 ID:4hT+OGGk
野伏、落ち武者狩りってことは、地元の人間だったんじゃないか?
で、地元の寺の僧侶を連れてきたと。それなら人質にもなる。

41 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/12/13(日) 19:41:18 ID:jmDKjX/0
自分ちの墓のある寺でなくても、兄弟の嫁だとか母親の実家だとか
地縁血縁ネットワークはとんでもなく広いからなあ

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