無用な御心づけであった

2017年04月03日 14:20

720 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2017/04/03(月) 00:00:53.97 ID:3cglSWb1
 紹巴の所へ、九州から連歌に執心の人が上洛した。
ある時紹巴へ

「国元への外聞もありますので、三条西殿へ御礼申し上げたいです。」

と言った。紹巴はお易い事だ、とすぐ彼に同道して行かれた。
その道中で紹巴は九州の者に忠告した。

「御公家衆は物事に御念が入り、根問いをなされるものだ。
貴所の宿は三条にあるので、左様の気遣いが肝要ですぞ。」

「まことに御心づけかたじけない。その事はまかせてください。」

さて二人は三条西殿と御対面した。
三条西殿は御杯を下されるたり、

「今後、上洛の折節には待っております。」

等と仰せられたりなどして、九州の者に様々に御懇ろにされた。

 さて、案の如く「ここでの宿は」と御尋ねられた。
かの人は何と心得たのか、

「二条のしも」

と申した。

「二条の下、とは」

と仰せられると、また

「四条のかみ」

と申す。

「四条のかみ、とは」

と仰せられると、その時かの人はうろたえて、

「三条の西のつらの、きたない家におりまする」

と申し上げてしまった。帰る途中で紹巴に叱られて、

「無用な御心づけであったな」

とかえって恨む結果となってしまった。

(昨日は今日の物語)



721 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2017/04/03(月) 01:35:46.26 ID:uQG10uOK
九州の御方とは何方の事で?

722 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2017/04/03(月) 07:42:49.52 ID:McgHQoUK
島津家久だろうな
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せめて連歌ならば

2017年03月02日 18:54

630 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2017/03/01(水) 23:11:11.96 ID:kLBlArxO
 ある人、紹巴の所へ行き

「我はあまりに無能でしたので、何か心掛けたいと存じています。
医者か連歌を望んでいます。
御相談の上、あなたの御意見次第にいたすつもりです。」

と言った。紹巴は聞き、

「それはよい心掛けでございます。二つの内では、連歌がましでありましょうか」

と言われた。それから、かの者は連歌を好むようになった。
 その後に、ある人が紹巴の所へ行き、

「さてさて、井原屋の無心は貴老と御相談して連歌をするようになったと申していましたが、
どういった理由からそうおっしゃられたのですか?」

と尋ねた。紹巴が言うに

「そのことでございますか。
あれほど出来が悪いのに医者になりましたら、
人の種がなくなってしまうでしょう。
せめて連歌ならば、人を殺すまいと思ったからです。」

(昨日は今日の物語)



631 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2017/03/01(水) 23:29:52.99 ID:ahPZfOIy
http://iiwarui.blog90.fc2.com/blog-entry-6056.html
曲直瀬道三を相手に紹巴で似たような話があったな

光秀愛宕山にて連歌の事

2015年12月20日 17:19

793 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2015/12/20(日) 01:23:27.55 ID:F6TkZ+8c
光秀愛宕山にて連歌の事

天正十年五月二十八日、光秀は愛宕山の西坊で百韻の連歌をした。

ときは今あめが下しる五月かな  光秀
水上まさる庭のなつ山      西坊
花おつるながれの末をせきとめて 紹巴

明智の本姓は土岐氏なので、時と土岐と読めて、天下を取るの意味を含んでいた。

 秀吉が光秀を討った後、連歌を聞き大いに怒って紹巴を呼び、
「『天が下しるといふ時』は天下を奪うの心が表れていた。お前は知らなかったのか。」
と責められた。
その発句は『天が下なる』でございます。」
と紹巴は申した。
それならば懐紙を見ましょう、と愛宕山より取りよせて見ると、『天が下しる』と書いてあった。
紹巴は涙を流して、
「これを見てください。懐紙を削って『天が下しる』と書き換えた跡が明らかであります。」
と申す。確かに書き換えてある、と秀吉は罪を許された。

 江村鶴松が筆をとって『あめが下しる』と書いたけれども、光秀討たれて後
紹巴は密かに西坊に心を合わせて、削ってまた始めのごとく『あめが下しる』と書いたという。
(常山紀談)

紹巴もなかなかずるがしこいですね



“天下無上の大なる歌”

2015年11月11日 08:33

973 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2015/11/10(火) 21:24:19.14 ID:pcLi2wWH
ある時、豊臣秀吉里村紹巴を呼んで“天下無上の大なる歌”を詠吟した。
秀吉は「これより上の歌があるか?」と言って、

「須弥山に 腰打ちかけて 大空を ぐっと呑めども 喉に障らず」

と詠み、「どうだどうだ」と言った。その言下に、紹巴はこう詠んだ。

「須弥山に 腰打ちかけて 呑む人を 睫毛の先で 突き転かしけり」

――『半日閑話』



974 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2015/11/10(火) 21:29:51.65 ID:Rde+QCUb
http://iiwarui.blog90.fc2.com/blog-entry-588.html
http://iiwarui.blog90.fc2.com/blog-entry-4249.html
落語「狂歌合わせ」の原型かな

里村紹巴は奈良の住人であったが、

2012年12月02日 19:04

658 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/12/02(日) 15:41:22.50 ID:SgTb1Jl2
里村紹巴は奈良の住人であったが、

「人は三十歳までに名を起こせなければ立身できない。つくづくと
世の中の有様を見てみると、連歌師は易い道のようだ。職人も町人も
貴人の御座に連なるくらいだからな。もしそれが無理なら百万遍の長老より
推挙状をもらって関東へ下り、大岩寺で談義を説いて世を渡ろう」

と思い立って上洛し、里村昌休をたのんで連歌を稽古した。
しかし度々退屈しては袋をかたげて「関東へ下る」と言い出したが、
小川の連歌師たちに押し止められた。その内にしばしば人に知られ、

称名院殿(三条西公条)に源氏物語を聞き、三好殿(長慶)の仰せによって
宗養と両吟を仕った。辛労の功がつもり、冥加が有ったのであろうか。

やがて宗養が亡くなって紹巴は天下の上手と呼ばれるようになった。

――『日本史伝文選(戴恩記)』



里村紹巴の連歌論

2010年01月27日 00:04

312 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/01/26(火) 16:11:22 ID:y1i15NtW
里村紹巴と言えば、戦国後期を代表する連歌師である。
その紹巴には、心前兼裁などといった、優れた門人が多かった。
彼らは皆、それまでに無いような奇句や作意を行い、聞く人の耳を驚かせたが、
その師匠の紹巴と言えば、彼らの句に比べると、その中に子細を含めているわけでもなく、
作意と言うべき所も無い、ただ素直なばかりで、人が『面白い!』と思うような所も無かった。

ある人がこの事を、思い切って紹巴自身に聞いてみたことがあった。
紹巴はこれに

「どんな事でもそうなんだけどね、風景の内、面白く奇妙な部分をとりわけ強調して
人の耳を驚かすと言うこと。これはね、技術が未熟なのを取り繕ってごまかす行為なんだよ。

そういう段階を超えると、奇妙と言うような所も、無理矢理に風景を強調するところも無く、
ただ平素そのままの姿ばかりになるんだ。

古歌に『田子の浦に 打出てみれば白たへの 富士の高嶺に雪は降りつつ』と言うものがあるな。

これには、何か強調した風情も無く、作意と言うべき所も無く、珍しい句や故事を入れ込んだりも
していない。にもかかわらずこの歌は、幽玄だ。

ここぞと言うべき風情は無いのに、無限の道理がこの歌の中に存在している。
人が通りいっぺんに聞けば、別にどれほどのことも感じないだろう。
だが、歌の上手が聞くほど、嘆美せざるを得ない所が出てくる。
歌に対する研究の浅いものでは、これを良く称える事は出来ないものさ。

連歌の沙汰も、歌道と同じく、結局はそこに極まれるんだ。
私もね、昔修行していた頃は、今心前兼裁が詠んでいるような句を好んで、
人の耳を驚かすことばかりやっていたものさ。

だけどね、今はそういう所は通り過ぎた。

だから未熟な人からすれば今の私の句は、耳に入らない事が多いだろうね。」
と、答えた。

歴史にその名を残した連歌の宗匠の、連歌論、芸術論である。





319 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/01/26(火) 17:49:38 ID:BUAOL7Cz
>>312
それ、スポーツにも通じるよね。
派手なプレーは実はファインプレーじゃなくて、実力が足りないから派手に見えるだけ。
本当の名手はは実はものすごく難易度が高いはずのことをこともなげにこなすって話。
(三遊間を抜けそうな打球を横っ飛びでとめるショートより正面でキャッチするショートのほうが巧い。)

320 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/01/26(火) 18:05:35 ID:q7cYHkZu
>>319
家康にも同じような話があるよな。
騎乗のまま通るのは難しい難路があって、
馬の名手の家康がどうするかと思ったら馬を降りて通ったって奴。
それを見ていた雑兵たちは馬鹿にしたけど、武将連中は唸ったってのも同じだよなあ。

素人と玄人では見る視点が違うよね。

321 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/01/26(火) 18:38:50 ID:Q3k/ipMn
>>319
あたってるようで微妙に外れてるような…
例えばNBAとかで後向きでダンクしたりするのは実力が足りないからじゃなく
むしろ実力がある人がやるファンサービスの一種だし
一概に派手なプレーは~とか言えないだろ

322 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/01/26(火) 18:42:56 ID:yAJ05kA0
政宗「武将たるもの、パフォーマンスで点数稼ごうとしちゃいけないよな」

323 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/01/26(火) 19:22:24 ID:4BZ312JO
>>320
馬で通りにくい所は馬で通らない
本物の名人だけが見せるすごみ…という話らしいがやっぱ拍子抜けするよねw

329 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/01/26(火) 21:25:14 ID:DE/no4ts
>>319
小坂ZONEを思い出した

341 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/01/27(水) 02:34:02 ID:sWhYbGoQ
>>319
(・◎・)は打球反応が異常に早くて難しい打球でも淡々と普通に捕球するのであまり印象に残らないのに対して、
某外野手はスタートは遅いが球際に強いので派手なプレーが多く印象が残りやすい

そんなもんなんだよな

356 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/01/27(水) 16:04:52 ID:rtbXo4DU
>>341
新庄なんかは内外から日本一の外野手と評価されたのに、
一般的にはそれ以外の部分(奇行的な意味で)しか印象持たれてないからねぇ。

里村紹巴と烏丸卿・いい話

2008年10月16日 10:31

524 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2008/07/20(日) 12:17:23 ID:JYeJ6fnx
明智光秀の「愛宕百韻」でも有名な、連歌師の里村紹巴の屋敷に、烏丸卿をはじめ多くの公家が
連歌会をしに集まった。先に庭をぶらぶらしていると、桃や柿の木の下に、弓矢を持たせた人形が
いくつも置いてある。公家たちが「これは何ぞや?」と尋ねると、紹巴は「成った実を荒らす、トンビ除けでございます」
と言う。

それを聞いた、連歌の腕前では紹巴のライバルの烏丸卿

「いやいや、トンビではなく、カラス除けではないのかな?」

紹巴師匠、一本取られる。




525 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2008/07/20(日) 12:49:16 ID:E75Eeo1K
むう、どこがいいのか解らんのが
悔しいぜ

526 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2008/07/20(日) 12:56:18 ID:c7QmXgz3
>>525
からすま卿

527 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2008/07/20(日) 13:03:08 ID:E75Eeo1K
>>526
それだと嫌味か皮肉を言ったようにしか
見えんのだわ


528 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2008/07/20(日) 14:09:16 ID:f9+sE7vw
自虐ギャグの一種じゃね?
連歌会に顔出すぐらいだから決定的なほど仲が悪いわけでもなかろうし