藤生紀伊守善久と酒と門松

2010年01月05日 03:47

485 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/01/04(月) 00:25:29 ID:YG67U258
三が日も過ぎたけど、まだまだ小正月なので酒の上での悪い話をまたもや一つ。

上州の雄、由良氏の家老に藤生紀伊守善久という人がいた。
由良氏の家臣の中でも政戦両面に長けたひとかどの武将であった人で、
桐生氏の居城柄杓山城を攻めてこれを滅ぼすなど、由良国繁の勢力拡大に大きく貢献した人物だった。

さて、天正十八年。小田原征伐がはじまろうかという年の正月のことである。
この日、紀伊守は旧友の邸宅でつもる話を肴に飲み明かし、泥酔状態で自邸に帰る所であった。
正月のことである。水呑み百姓はいざ知らず、武家や商家の軒先には大小の門松が飾られている。
紀伊守の私邸にあっても、それは例外ではない。
ここは自領の奥深く、しかも自邸前、ましてや正月という目出度い時期のことである。
いかに良将とて、酔っ払った状況では何も不安など感じていなかったであろう。
紀伊守は、果たして身を貫く激痛に気づいたことだろうか。

なんと、紀伊守邸の玄関に飾られた門松の影に、誰の手のものとも知れぬ刺客が潜んでおり、
これが放った一矢が善久を狙いあまたず射殺してしまったのだ。

このため藤生氏一門(群馬県に多いらしい)では、
現代に至っても「門松立てるの禁止」という家訓が根付いているそうな。

門松より深酒を避けるべきだと思う、そんなちょっと格好悪いお話。




486 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/01/04(月) 00:46:13 ID:/+Cw0dOD
刺客がお年玉(新しい魂)をいただいた、ということで……
正月は宴に呼ばれてだまし討ちに遭ったりと、武将には大変厳しい時季だなあ

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