少将殿の仕置

2015年04月21日 18:21

678 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2015/04/20(月) 19:44:21.09 ID:apEtfDEE
越前少将殿(松平忠直)の家臣に、小野某という者があった。
彼は越前家の江戸屋敷に老母を残していたので、江戸に参り老母に会いたいと思っていて、
主人の江戸参府の供に当たることを3,4年待っていたが、当たることがなかったので、耐え兼ね
今度は支配に願い出た。これによって支配より申し立てたものの、その時にはすでに供方帳も
決定していたため、この度は相成らぬという沙汰であった。

小野某は憂悶し、ついに主君の少将に願書を提出した。その文の中に『数年老母に対面仕りません。
この度は是非是非お供仕って江戸に参って、対面したいのです。』とあるのを、少将は見て
「是非是非という申し分、法外のことだ!」
と、大いに立腹し、「切腹を申し付ける!」と言ったのを、家老たちが諌め
「若輩者が不調法申し上げたことは恐れいったことですが、それは孝行の心より起こったことですから、
切腹のことは御免下さるべし」と、様々に説得したため、塩川七之丞の所にお預けという処分に成った。
そうして小野某は一間に入れ置き、足軽12人が呼ばれ、昼夜6人ずつで番をする事になった。

ところで、この塩川七之丞の妻は、同藩平塚左衛門の娘であったが、この平塚平左衛門の妻というのが
奸曲な女であって、塩川七之丞に嫁がせた娘にも、夫に対する様々な悪意を申し含めたため、
自然と塩川と妻の仲も悪化した。

ある日、平塚平左衛門夫婦が塩川の所に来て、ふとした事から塩川と口論に成り、追々言い募り、
ついには平塚平左衛門の妻が

「左様な者の方には大切な娘は置けない!たった今連れて帰る!」

そう言い出し、塩川の妻を引き立て連れて帰ろうとした、平塚平左衛門も止める様子もなく、塩川の妻も
拒む様子もなく、3人共に同意と見えたため、塩川七之丞は暫く黙然としていたが、
「今は免し難し」
そう言うと刀を抜き打ちに、平塚の妻を斬り殺し、次に平左衛門、並びにその娘の自分の妻の3人を
忽ち討ち果たした。

これを見て小野某の番人たちは大いに驚き、小野に向かって
「塩川七之丞殿、乱心と見え舅平左衛門殿夫婦並びに自分の妻3人を皆斬り殺した!きっとこちらにも
斬りこんで参るだろう。こちらに来ない内に早く立ち去れ!」
そう言ったが、小野は

「心配していただいたのは、忝く思います。ですが私は、主命によってこのように籠居している身です。
何事があっても、私は一歩たりともこの外に出ることは出来ません。」

自若としてその場を動かないでいると、そこに塩川七之丞がやって来て、3人を斬り殺した趣意を語り
「この事は家老衆に書き残して私は切腹いたす。さて、貴殿とは御亡父より懇意を申し上げる仲であったが。
対面も唯今限りです。」
そう暇乞いをし、それから届書を認め、元の座敷に戻りその封書を床の間に置くと、平塚平左衛門夫婦の
死骸の上に乗って切腹して果てた。

その後、小野某は山口太郎右衛門へお預かりと成ったが、塩川七之丞が3人を斬り殺した騒動の時、
番人の者達は皆逃げ退いた中、一人主命を守って動かずに居たのを感ぜられて、それから程なく暇を出された。
また、逃げた番人の足軽たちは、その時の当番6人全員が死罪となった。

少将殿は武辺者であるが、武辺者過ぎて仕置も厳しすぎた、と言われている。

(明良洪範)



679 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2015/04/20(月) 20:02:58.11 ID:lh78JhE4
この流れで暇を出されるのか…

680 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2015/04/21(火) 02:10:29.36 ID:sgD726Jq
江戸に行って親孝行してやれ…と言う意味かと思ってたが越前屋敷にいるんだな
この場合お母さんはどうなるんだろう

681 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2015/04/21(火) 02:13:59.64 ID:GmfWYMbu
暇を出されたって、禁固刑食らってたのを赦されたって事じゃないの?

682 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2015/04/21(火) 10:05:55.08 ID:UbkiBjMC
それなら赦免されたとか許されたとか記されてるんじゃね?

683 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2015/04/21(火) 19:22:45.07 ID:d9ATDP9Z
原文見ても「何共なく只暇を出されける」
としか書いてないか
「いとまごい」の暇で休暇ってことだとは思うが

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息子は走り寄って、遺体を肩にかついで

2012年07月03日 21:00

218 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/07/02(月) 22:37:19.22 ID:ahYKAU7E
松平忠直の家臣の馬場三郎兵衛は息子とともに大阪冬の陣に参加したが、
敵の陣に突撃して討ち死にしてしまった。すぐそばで父の戦死を目の当たりにした
息子は走り寄って、遺体を肩にかついで、戦場から撤退しようとした。

219 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/07/02(月) 22:40:21.13 ID:ahYKAU7E
>>218の続き
銃弾の飛び交う中を6~7間ほどさがった時、息子はふと「これでは父親を
盾にして引きあげるようではないか。心得のある武士のすることではない」と
考えて、自分の家来に遺体となった父を囲ませて、敵の銃弾が当たらぬように気を配った。




220 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/07/02(月) 23:10:10.08 ID:bO8stOcc
大阪冬の陣って事は下手すると初陣か・・・立派すぎる
しかし父としては自分を盾にしていいから生還してほしいと願いそうな気も

221 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/07/02(月) 23:30:17.93 ID:41/r/Fye
政宗「父を盾にする奴は父と一緒に撃ち殺してしまえ!」

222 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/07/02(月) 23:49:28.66 ID:pAZgF9/v
家来を遺体の盾にする分にはいいのね…

223 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/07/03(火) 00:03:30.79 ID:HU9wdxzM
言われてみればw
部隊を率いる者としては一人前とは言えないなw

224 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/07/03(火) 00:04:15.19 ID:IDaq8dwx
主君の遺骸を守るとか真の忠臣じゃないですか

225 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/07/03(火) 00:40:45.54 ID:wIlRQ0aT
>>222
人は城、人は石垣、人は濠
盾に使って何が悪い(´・ω・`)

226 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/07/03(火) 03:14:23.18 ID:8jTMfKbX
>>225
それはどこの人海戦術軍かと。
地雷原?そんなの兵士を散開させて進ませればいーじゃん、ていう考えは北の大国では今も健在なのだろうか…。

227 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/07/03(火) 03:42:12.05 ID:IUnFH5m1
>>225
「疾き事屁の如く 徐かなる事屁の如く 侵略する事屁の如く 動かざる事屁の如し」

旗印にどうぞ

228 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/07/03(火) 03:51:52.32 ID:Zxzeslwz
>>226
シベリアのスッカスカぶりに焦ってるらしいから、やんねーんじゃないな
その下の国(除くモンゴル)は、やりかねないけど

229 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/07/03(火) 12:57:51.83 ID:8jTMfKbX
>>228
下の国も一人っ子政策の影響で兵士が跡取りばっかでうっかり死なせられないって嘆いてるって聞いたな。
その割りにどっちの大国も人命軽視なエピに事欠かないような気もするが(汗

230 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/07/03(火) 13:28:04.70 ID:sEZ18WdI
共産主義っていうのはいろんなものを停滞させるのかな?
両国とも結局は資本主義、自由経済に飲み込まれたけど人の命の重さもふくめていろいろと
『オマエラもう中~近世じゃないんだからそろそろ慣れろよ・・・』って言いたくなる時代遅れっぷり
を感じることはよくある、地力はあるだけに隣人としては厄介この上ない

231 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/07/03(火) 13:40:15.97 ID:wiZ0Tdq2
共産主義以前から、専制国家だった歴史が長いからだろ

232 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/07/03(火) 14:15:16.27 ID:Mo9SyXmX
>>230
ああいうのは資本主義を利用しても、理念には馴染まないから強いんだよ
マフィアの強さと同類(笑)


233 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/07/03(火) 20:11:14.99 ID:IUnFH5m1
共産主義こそが堕落した資本主義の一歩先をゆくのだ

そして今や資本主義は崖っぷちに立っている!

247 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/07/03(火) 23:00:44.07 ID:Rvoq3Uov
>>226


人間なんて10何億のトコは密集突撃で地雷原啓開だお。

249 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/07/03(火) 23:39:13.42 ID:y0G7Djti
>>233
一歩先に崖から落っこちたのはどこのどいつだい?

松平忠直とおむに

2010年07月29日 00:00

229 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/07/28(水) 19:21:51 ID:nApKwByj
それは一枚の絵から始まった。

越前中将、松平忠直がある夏の日の夕涼みのおりに、一枚の美人画が落ちているのを見つけた。
その絵の女の美しさに心奪われた忠直は、家臣たちに「この絵にそっくりな女を探してくるように!」と命ずる。
家臣たちは大いに苦労した挙句、ついに関ヶ原で絵にそっくりな女を見つけた。
これを連れ帰ると忠直は大いに喜び、彼女が「一国と変えても惜しくない美貌だ」として、『一国』と名づけ
寵愛した。ところがこのおむに、その美貌と共に、大変に残酷な女でもあった。

ある時、おむにが言った。
「私は今まで人が殺されるところを見たことがありません。一度くらいは見ておきたいのです。」

「そんなものは簡単なこと」
忠直は直ぐに、既に死罪と決まった罪人を連れてこさせ。おむにの前で斬り殺した。
おむにはこれを見ると、かわいらしい声を上げて大いに喜んだ。

それからは忠直は、おむにを喜ばせたいと思う毎に、罪人を連れてこさせ斬り殺した。
しかし死罪の確定した罪人もそうそういるわけでもなく、ついにはごく軽い罪で捕まった罪人まで、
斬り殺されるようになった。

さらに忠直は罪人だけでは飽きたらなくなり、自分の小姓であっても少しのミスで
斬り殺すようになった。

忠直が人を殺すたびに、おむにはコロコロと喜んだ。
おむにの喜ぶ顔を見たさに、忠直もますます人を殺した。

これをみて、おむにに取り入る奸臣も現れた。名を小山田多聞と言う。
彼はあるときなど、自分の領内の百姓の家に押し入り数十人を生けどり、それを忠直の
試し切りの生贄として捧げ渡した。

こうして松平忠直は、徳川秀忠によって改易されるまで、1万人以上を惨殺した、とも言われる。


陰惨な血の彩りに覆われた、松平忠直とおむにの逸話である。




230 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/07/28(水) 19:38:31 ID:PrpAjCjM
これまたテンプレ通りな暴君と毒婦だな

231 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/07/28(水) 20:07:09 ID:FWI3mkJw
これは酷い
もしかして>>197の側室がおむに?
つうか一国って書いておむにって読むのか

松平忠直の残虐な趣向

2010年07月28日 00:00

197 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/07/27(火) 18:26:37 ID:k2yq5SnQ
暑い夏にこんな話を。

越前の大名、松平忠直は残虐な趣向が好きであった。
彼には妊婦を臼の中に放り込み、杵でついて殺した、などという不気味な逸話もある。

そんな忠直がある時、寵愛する側室と共に家臣の屋敷に御成をすることとなった。
これに側室が甘えた声で言う

「ただ普通に御成りをするのはつまりませぬ。」

「ほう?お前に何か考えでもあるのか?」

「ええ一つとびきり面白い事を思いつきました。殿様もお喜びになると思います。
どうぞ今回の御成の趣向、私にお任せください。」


御成の日

その家臣の屋敷には、入り口から屋内までぎっちりと、無数の罪人の首が並べられていた。
そのあまりの不気味な光景に、屋敷の者たちも付き従った家臣たちも皆、恐れ怯え、
蒼白な顔をしていたが、忠直とこの側室だけは大変面白がり、終始上機嫌で愉快にこの御成を
過ごしたのだという。

松平忠直の残酷な趣味に関する、逸話の一つである。




198 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/07/27(火) 18:33:26 ID:uKg5gCfr
桜の森の満開の下ですか

199 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/07/27(火) 19:13:18 ID:ovhYHduN
暴君伝説としてありがちなとかうんぬん

209 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/07/27(火) 23:23:09 ID:a6YPF0Lp
>>197
ヨーロッパや中東あたりでは珍しくもない話だが
日本ではこういう人あまりいないね・・・