天正11年三河洪水

2012年01月09日 21:58

649 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/01/09(月) 18:41:58.28 ID:ASeFSQgs
松平家忠日記、天正11年(1583)の記述より

5月3日、雨降る

6日、雨降る
7日、雨降る

9日、雨降る
10日、雨降る
11日、雨降る
12日、雨降る
13日、酉の刻(午後5時頃)より雨降りだし候。大雨刀刻降り候
14日、雨降る。所々大水出候。田地損じ候。浜松へ人を遣わし候。


天正11年の、決壊までとめどなく雨が降っていたことのわかる、
三河洪水についての記事である。




650 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/01/09(月) 20:53:51.20 ID:PD/d/tHe
まめに書く人の日記は状況知るにはいいな

しかしまめに天気の事書くとか小学校の夏休みの日記みたいだな

651 名前:人間七七四年[] 投稿日:2012/01/09(月) 21:45:23.44 ID:LbLxcmJK
他に書くことないんかw

652 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/01/09(月) 22:06:27.85 ID:I7XMhpB7
雨降ったから仕方ないね
というかヤバいくらい雨降ってたから書いたんじゃないのか?

653 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/01/09(月) 22:44:41.24 ID:f4Pnk3Mx
でも五月雨の時期じゃん普通降るよな
大体洪水なんて時代的に珍しくもないだろ
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戦国武将の妄想イラスト

2010年01月23日 00:07

917 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/01/22(金) 20:23:14 ID:kFO6Yo2v
「戦国武将の妄想イラスト」

徳川家康の家臣、松平家忠。貴重な戦国史料である「家忠日記」の著者として有名だが、
その家忠日記に奇妙な事件が記述されている。

正月廿日二かんてんちへあかり候、安土ニ而食人をくい候、聲ハとのこほしと鳴候、せいハ六尺二分、
名ハ人魚云、

天正9年1月20日。「人魚が」(琵琶湖から)乾天地に上がって、安土で人間を食ったそうだ。
「とのこほし」(殿恋し?)と鳴いた。全長1.8m?

この人魚はなんだったのか?そしてどうなったのかは書いて無い。信長公記や他の記録にも無い。
(丹羽長秀の家来が人魚捕まえた話もあるが、それは別の人魚だし)
そして家忠さんはイラストが大好きな人で、この人魚のイラストも(想像で)書いちゃってる。
ttp://blog-imgs-18-origin.fc2.com/k/e/s/kesanji/k.jpg
k.jpg

まあ「萌え絵」とかそういうのじゃないが書いてるところ想像するとなんか笑える。
胸を隠す所が時代の限界か……と、どっちの話にすべきか判断つかんのでムリヤリ悪いオチを
つけてみた。




918 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/01/22(金) 20:25:18 ID:+QtxIcEW
武骨な三河武士がノリノリでお絵かきか……

戦国のイラストレーター、松平家忠、ってヤツか!

919 名前:人間七七四年[] 投稿日:2010/01/22(金) 20:30:43 ID:ubPsIaZH
なんか味のあるイラストですね。

920 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/01/22(金) 20:54:56 ID:/GdPmdrL
>>917
人魚っていうよりは人面魚に見える…

921 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/01/22(金) 20:57:41 ID:HQefB4kB
>>919
「神君伊賀越え」の顛末を記した天正10年6月の日記の余白には、棒を持ったマントヒヒみたいな
落書きが書いてある。
なぜ?


922 名前:人間七七四年[] 投稿日:2010/01/22(金) 21:02:11 ID:ubPsIaZH
>>921
そのイラストも見てみたいな。
ただのいたずら書きなのか、それとも・・・・・・

十中八九いたずらだろうな・・・・・

923 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/01/22(金) 21:02:52 ID:ZD6gLp+O
「道案内をする半蔵」

作:松平家忠

924 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/01/22(金) 21:04:55 ID:CnozXrCs
道案内してくれた伊賀者、甲賀者を書いたつもりなんじゃないか

925 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/01/22(金) 21:09:36 ID:SXgNEXyC
>>921
これかな?

ttp://blog-imgs-18-origin.fc2.com/k/e/s/kesanji/o.jpg
o.jpg

926 名前:人間七七四年[] 投稿日:2010/01/22(金) 21:09:54 ID:ubPsIaZH
>>923-924
そうかなるほど。
よく考えればそうですね。

927 名前:人間七七四年[] 投稿日:2010/01/22(金) 21:12:06 ID:ubPsIaZH
>>925
見ようによっちゃ鬼みたいだね。

928 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/01/22(金) 21:23:19 ID:bhC3IEZQ
こういう人物が彦左のように語り部的に生き残ってくれると面白いんだけど、
伏見城で死んじゃうんだよね家忠…
鳥居元忠は家康との絆とか老将の意地とかいい話になるけど、
徳川の天下を見れなかった他の3人は悲惨だよね

929 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/01/22(金) 21:24:14 ID:HQefB4kB
>>925
もっと毛むくじゃらだけどアングルは同じ。
この絵に似ている。
ttp://blog-imgs-18-origin.fc2.com/k/e/s/kesanji/p.jpg
p.jpg

930 名前:人間七七四年[] 投稿日:2010/01/22(金) 21:48:41 ID:XUcHJsy4
オレは家忠の菩提寺のすぐそばに住んでるんだけど
副葬品が見つかったって記事を見ていろいろ調べるまでは知らなかったよ、この人

何つったってわが町、幸田は彦左押し
でもよく考えたら彦左は三河物語の著者
戦国~江戸初期の文豪の産地なのか…

931 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/01/22(金) 21:54:39 ID:dMGX95Wj
家忠は築城で有名だけど、その技術が培われたのは領内に矢作川の支流、
広田川があってそこのよく氾濫するので、堤防をよく補修していたからとか

ちなみに伏見城の手伝普請にも駆り出されているので、彼が残された理由の
一つはそこにあったかも

932 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/01/22(金) 21:55:03 ID:SXgNEXyC
>>930
幸田といえば夏目吉信の出身地でもあるじゃないか!
江戸初期どころか明治の国民的文豪のご先祖様の産地。

933 名前:人間七七四年[] 投稿日:2010/01/22(金) 21:59:54 ID:XUcHJsy4
>>932
夏目吉信って三方ヶ原で家康の身代わりになった人だよね。
でも、明治の文豪って誰?

934 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/01/22(金) 22:01:34 ID:6h897GtR
>>933
え?

935 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/01/22(金) 22:01:55 ID:SXgNEXyC
>>933
夏目漱石は夏目吉信の子孫

936 名前:人間七七四年[] 投稿日:2010/01/22(金) 22:05:25 ID:XUcHJsy4
>>935
マジでか!!
ふわ~~~!俺全然地元の人たちを知らなかった・・・orz

937 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/01/22(金) 22:05:53 ID:kFO6Yo2v
>>919
ちなみに家忠さんのイラストで一番好きなのはこれだったりする。
ttp://blog-imgs-18-origin.fc2.com/k/e/s/kesanji/h.jpg
h.jpg

……誰か解説してくれ。これはなんだ?

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