谷太郎左衛門、戦での心得

2017年05月26日 12:39

798 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2017/05/25(木) 19:49:49.60 ID:JlazAfFn
黒田長政の配下に、谷太郎左衛門という、度々武功を上げた者があった。
長政は彼を援助し、牢人分として養い置いた。

そんな太郎左衛門が語ったことに、

「近江においての有る合戦で、城に乗り込むという時、鉄砲によって至近距離から肩を撃ち抜かれた。
しかしそれにも構わず、その鉄砲の筒口を掴んで屏の上に乗り上げたが、城中は屏の内に
杭を打って、むしろ、こもなどを引きはり置いていたので、中に未だ兵が居ると思って引き返した。
後で城方の捕虜がいたので城内の様子を尋ねたところ、『そのあたりに人は一人もいなかったが、
ただ手立ちにああ致していた。』と語った。

このように、物事を雑に決めつけては落ち度の有るもので、詳細に考えなければいけないものだ。」

またこの人は

「合戦の時、敵よりも味方に目をつけるべきだ。
例えば一人が先に出て敵と戦い踏みこたえている所に、後より二人三人と向かっているようなら、
それは初めの者が強いのだと知るべきで、その所へ行くべきではない。別の所へ一人で出て、
そこで自分も敵と戦い踏みこたえているべきだ。少しばかり耐えていれば、すぐにそこへ人が
集まるものだ。

また、日頃より主人のお気に入りや家中で出頭している人物にも、戦場で側に寄るべきではない。
一人で手柄を立てる了見が有るべきだ。何故なら手柄が調査される時、側に居た場合は、出頭人の手柄と
されがちだからである。」

とも語った。
もう一つこの人の語ったことに

「全ての侍にとって、弓鉄砲の上手と言われるのは悪しきことだ。
そのような評判を持つと。敵城へ火矢を打ち込んで敵を城から引き出したいというような時、足軽などは
射程まで進もうとしないから、人から名指しされてその役目をやらされることが有る。

しかし、射込むことに失敗すれば不快になるし、射込んでも当然のこととされ人から賞賛もされず、
またそういう場所では敵も堅く警戒しているので、全く意味のない討ち死にをすることも有る。
その上最近は、侍の手柄は鑓によるものより上は無い。故に要らぬことを上手になっても益がないのだ。

(士談)

かなり現実的な武功ノウハウのお話


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谷太郎左衛門の失敗

2010年01月28日 00:01

53 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/01/27(水) 20:45:00 ID:IXa0lZM7
谷太郎左衛門と言えば度々に武功を成した勇者で、
老年になっても黒田長政が、牢人分として扶持を与えていた程の人なのだが、
この谷がある時語ったことに、

とある近江での城攻めの時のこと、谷は敵の鉄砲で肩を撃ちぬかれたが、
それでも鉄砲狭間の穴を手掛に、塀の上へと乗り上がった。
しかし城中には多くの人影が見えたため、攻め入ることを諦め引き返した。

ところが、である。後で捕虜になったものに聞けば、谷が入ろうとした場所に、その時兵は
いなかったと言うのだ。

「しかし多くの人影を見たぞ!一体どういう事だ!?」

「はい、あそこは守備兵を置かない代わりに、杭を打ってそれにむしろやこもなどを被せ、
人が立っているかのように見せていたのです。」

谷はこの事を話したあと

「もしあの時、人影が何かしっかりと観察していれば、私は大きな手柄を立てられただろう。
どんな物事もいいかげんにしてしまっては、このような失敗があるものだ。
いかなる状況でもしっかりと観察し考える事、これが大切である。」

そのように言ったそうである。




54 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/01/27(水) 21:13:40 ID:Pu4Xn8LC
>>53
黒田家が近江で城攻めというのは
賤ヶ岳合戦の前哨戦かな?

55 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/01/27(水) 21:32:05 ID:s1KASEOO
>>54
黒田家での事とは限らんと思う