復活のどもり弾正

2009年11月22日 00:02

451 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/11/21(土) 18:24:06 ID:gxeVIk5p
復活のどもり弾正

例のどもり声のせいで、間違って家来に刺殺された木山どもり弾正惟久。
彼の戦死後も加藤勢・小西勢それに有馬や大村らの軍勢は進撃を続け、
一揆側の拠点である天草氏の本戸城を攻囲した。
清正や行長らが総戦力で本戸城を攻め立てること五日間――――。
よく粘ったが、本戸城は守備兵討たれ、門も突破され、落城は避けられない仕儀と相成った。

清正:我に続け。

とっさの機転で弾正惟久を死に追いやった稀代の策士・加藤清正も、門をくぐって城内へ突入する。
清正が入ったその時、城の奥から30人前後の武者達が現れ、清正を襲った。

惟久:加藤主計頭、見参!
清正:何者か。
惟久:我こそ仏木坂にて貴様に討たれた、木山弾正よ!
清正:なに?!

弾正が蘇ったと、清正は驚いた。

惟久:死ねやああああ!
清正:ム……。

そして清正は、さらに驚くべき事態に直面する。

惟久:い、いやぁっ! な、や、やめぇッ!

惟久、梅の木の枝に頭に被った兜を引っ掛けて、身動きが取れなくなってしまったのだ。

清正:…………。

どのような心境だったのだろうか、清正、とりあえずこの惟久を難なく討ち取ってみせた。

後になって分かった事だが、弾正を名乗って清正を襲ったのは、弾正の妻の京の方だったという。
そして、彼女と共に清正を襲撃した30人の兵士達も、皆武装(男装?)した女子だったという。




452 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/11/21(土) 18:49:51 ID:Bg7CUt/F
そのあとはおいしくいただかれました

453 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/11/21(土) 18:51:07 ID:RCW+cGrD
どもりの夫と、おっちょこちょいの妻……
木山弾正と妻の日常が気になって仕方ないw

454 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/11/21(土) 21:08:01 ID:rN/y1UD3
死んでも死にきれねええええええ

455 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/11/21(土) 21:10:34 ID:kgiw7Isc
木に引っ掛からなくても勝ち目ないだろうから、憎い加藤を脅したかっただけじゃね。
敵の手を借りた自害。自作自演。





参照
「どもり弾正」
http://iiwarui.blog90.fc2.com/blog-entry-2608.html
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「どもり弾正」

2009年08月11日 03:41

256 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/08/09(日) 22:01:59 ID:twWMiJYW
「どもり弾正」

ttp://iiwarui.blog90.fc2.com/blog-category-69.html

ここにもう出てるけどこの事は書いてなかったので。

この木山弾正剛勇の士として名を馳せていたが、
彼にはどもり癖(吃音症)があったので、「どもり弾正」とも呼ばれていた。

そして天正17年 まとめに載っているように加藤清正との一騎打ちになる。
弾正は最初清正を組み敷き、後一歩のところまで追い詰めたものの、主君に加勢しようと駆けつけた
自分の家臣に「殿は下か上か」と訪ねられ、先述した「どもり癖」のせいで、うまく言葉が出ず
清正が「下だ!」と先に叫んだ為に、誤った家臣の槍にかかり死亡してしまったという。






豪勇の木山弾正、外戚の天草伊豆守に恩返し・いい話?

2008年10月16日 10:41

606 名前:人間七七四年[] 投稿日:2008/07/30(水) 18:41:47 ID:COKc/+Xw
豪勇の木山弾正、外戚の天草伊豆守に恩返し     いい話だ!


肥後赤井の城主木山弾正は豪勇をもって聞こえた武将であったが、島津の北上によって城を失い、
外戚の故をもって天草伊豆守に迎えられ、客将として本戸城にこもった。

天正17年、たまたま宇土築城の加勢をめぐって、天草の諸将は小西行長と対立し、ついに行長の天草攻めとなった。
行長は豊臣秀吉に上訴し、加藤清正の応援を得て、まず志岐城を攻めた。弾正は兵500を率いて志岐へ向かい、仏木坂に清正を迎えた。
単騎敵将清正を求めて、敵中深く突入し一騎打ちをいどみ、清正を組み敷き、まさに首級を挙げんとした時、
主君危うしと駆けつけた自分の家来の誤った槍にかかり、豪勇並ぶ者もない弾正も遂に戦場の露と消えたのである。
http://www.geocities.jp/amakusa_tanken/kiyamadanzyou.htm