名人久太郎

2017年01月17日 17:48

堀秀政   
516 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2017/01/16(月) 20:12:38.37 ID:7k/eFLeL
堀久太郎秀政、後に左衛門督という。武士から下僕に至るまでこれを扱うとき、下の者達に
情を尽くすことを第一に心がけていたため、配下に彼を恨むものは居なかった。

ある時、奉行の従者と、荷物持ちの者達が言い争っているのを聞いた。荷物持ちの者達が
このような荷は重すぎて持てないと抗議をしていたのだ。
秀政はその荷物を自分で持ち上げると、そのままあたりを往来してきた。そして
「私はあの荷物持ちの者達より力がある。なのに一里ばかりこれを背負って疲れ果てた。
彼らがこれを持つこと出来ないというのは当然である。」
そう結論した。

またある時の合戦の折、秀政自らの武者押しに旗指が遅れた事を周りは咎めたが、秀政は自らこの旗を負って
馬を駆けてみた。
「これは武者押しの時の私の乗馬が、肝が強い物だったために旗指が遅れたのであろう。」
そう考え、肝の弱い馬に乗ったところ、以後旗指が遅れることはなくなった。

彼は世に名人久太郎と呼ばれるが、このように配下の者達を使うに心を用いた故に、そう人は言ったのである。
小田原陣中に卒した。享年三十八であったとか。

(芳譚)



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堀秀政は牛数十頭を買っておいた

2016年07月17日 17:31

堀秀政   
934 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2016/07/17(日) 04:46:08.88 ID:E2S4ZJJR
相模の小田原の役の際、堀左衛門督秀政は、まず人を遣わして伊豆・相模・駿河・
遠江で、牛数十頭を買っておいた。

豊臣秀吉が箱根の険路に差し掛かった時、秀政は牛を使って兵糧を運んだ。他の
軍はこれに戸惑ったのだが、秀政1人はあらかじめ備えていたので憂いはなかった。

ある夜、風雨は甚だしく、天地は暗かった。秀政は曰く、「今夜は必ず盗人が現れる
だろう。我が士卒の馬鞍や兵糧などを盗人に取られるくらいなら、その怠りを窺って
私自らが取るとしよう」と、言った。

士卒はこの言葉を聞き、寝る者はいなかった。秀政はその夜、3度陣中を見回った。
他の陣は多くが盗みにあったのだが、秀政の陣は盗人が入ることはできなかった。

――『武将感状記』



935 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2016/07/17(日) 08:09:22.63 ID:nRkj98x7
風魔の仕業

936 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2016/07/17(日) 10:55:06.08 ID:7EQPQjUy
Q太郎は小田原で若くして死んでるけど、風魔の暗殺って線も無きにしもあらず

前代未聞の所業なり!

2015年07月17日 12:05

堀直寄   
408 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2015/07/16(木) 20:28:50.29 ID:TdQT5SGj
文禄の頃、伏見が栄えていた時分、豊臣秀吉の近習である早川源蔵というのは、早川主馬(長政)の息子で
勤仕していた。

ある日この源蔵が常番にて伏見城に出仕しているその留守に、彼の屋敷に武士が一人駆け込んできて
「何卒かくまってくだされ!」
と頼み込んだ。屋敷の者達、主人の留守ではあったが、武家屋敷を見込んで駆け込んだ者を
追い出すべきではないので、まず匿うと、この者は小出大和守の家来で、後から同家の者達
2,300人が、弓鉄砲を取り揃えて追ってきて、早川の屋敷を取り巻いた。

この屋敷は奥行き13間ばかりある、細長い屋敷で、留守居の者達14,5人はなんとか内を防いでいたが、
追手は大勢のため町並の表門がとうとう打ち破られそうに成った。内からは破られてはならぬと
双方打ち合いとなった。

この時、この屋敷の近所に堀丹後守直寄という人があった。これは堀久太郎家老の同名監物の子であり、
去る天正18年、小田原の陣の後に、丹後守が未だ若年であるのを、秀吉の眼力にて、兄弟3人の中から
この丹後を選び側にて召し使っていたのである。

そしてこの日の騒動、堀丹後にとって屋敷の近所のことであり、そのうえ早川源蔵は、同僚21人の中でも
常に心安い関係だったので、見捨てることは出来ぬと追取刀にて鑓を取って駆け行った。その時、
家来もたまたま居合わせなかったので、ただ一人が弓を持って従った。

堀が源蔵宅の裏の小門より入って13間の細小路を槍一本弓一張にて、主従二人が駆け出てみると、
もはや表門は打ち破られ、追手たち2,3百人がどっと入ってきた。
堀主従は表門と屋敷の間の4間ばかりの所で、これに出合い頭に対峙したのである。

「不慮なる所に入り込んでしまった。討ち死にするにはどういう時節だろうか」

そう思いながらも是非無く名乗った

「私は堀丹波守である!弓取りは我が家来なり。この家主は御城の御番にて留守である!
諸士の家に押し込み、そのうえ亭主の留守をかかる狼藉に及ぶこと前代未聞の所業なり!」

こう大音に叫ぶと「弓を引いたまま射つな!」と下知し、鑓を5つ6つ振り回すと地を叩いて
押しかかってきた。この時の様子は夢幻のように見えたという。

ここで、追手の中に年寄の者2名ほどいたのだが、この言葉を聞いて尤もだと思ったのか、
もしくは堀丹後の必死の有り様に恐れたのか、左右の者達を制して門外に引き退いた。
そこを堀が走りより門を閉め貫抜の木を挿して一息ついた所に、堀丹後の父監物を始め、
寺尾筑後、稲葉兵庫、山岡石見、早多帯刀、富田左近といった人々が追々に駆けつけてきて、
双方の間に入り、この衆の扱いによって漸く無事と成った。

この日の騒動は堀丹後守一人の働きによって、早川源蔵、父主馬をはじめ、一類に至るまで
外聞を失わなかったと、諸人賛美したとのことである。

(明良洪範)



447 名前:人間七七四年[] 投稿日:2015/07/26(日) 04:04:07.27 ID:b54Whb5k
>>408
早川源蔵・・・早川九右衛門、のち細川氏家臣
早川主馬・・・早川長政
堀丹後・・・堀直寄。直政次男。
父監物・・・奥田直政
寺尾筑後・・・?
稲葉兵庫・・・稲葉重通
山岡石見・・・?
早多帯刀・・・?
富田左近・・・富田一白

わからない人がいっぱいいる。

堀丹後守は今後

2013年09月19日 19:52

堀直寄   
150 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/09/19(木) 18:45:35.59 ID:uXBRmXpQ
大坂夏の陣五月六日の合戦で、堀丹後守直寄は粉骨を尽くし、大和口において
横槍を入れて大いに戦功をあげた。

同七日には水野日向守勝成と共に先駆けし、余すところなく相働いたので、
徳川家康は大いに感心し、

「藤堂和泉守と井伊掃部頭は天下の先手なり。堀丹後守は今後、横槍の備をすべし」
と、命じたのだという。

――『新東鑑』




151 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/09/19(木) 21:24:31.63 ID:21IkK7OE
時は流れて鳥羽伏見の戦いで彦根藩と津藩は薩長方に

152 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/09/19(木) 22:18:43.01 ID:aT20A93i
彦根藩に関しては
直弼横死後の処遇とか一橋派と政敵関係にあったこととか考えると
割と当然な流れという気も

153 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/09/20(金) 01:43:53.91 ID:aXfFsYKg
津藩も勅使きてからの流れだしなぁ
東照宮への攻撃命令は拒否したりと筋はそれなりに通してるわけだし

154 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/09/20(金) 10:31:33.60 ID:xtcm4lv7
天下の先手なんだから時代の趨勢に従って先手を務めました、でおk

155 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/09/20(金) 18:23:52.63 ID:Yx7K9cVm
御三家筆頭の尾張が裏切るんだから何でもありだ

堀直寄殿は人を遣う事が巧みで

2013年05月17日 19:51

堀直寄   
308 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/05/17(金) 18:20:42.76 ID:rAUJwgWy
堀直寄殿は人を遣う事が巧みで、人を取り立て慈しむことは世に超えていた。
このために好士が多く、この人に奉公した侍は諸大名が好んだので、大半は立身した。

ある老人が昔直寄に奉公していたので、さる者がその仕方を質問した。老人によれば、

「特別に人の遣い方が変わっていた覚えはない。ただし、直寄は万事につけて従者に
言い勝つことをよしとせず、下の言うことを立てる事をもっぱら好まれていた。
これが世上の人と違うところでありましょうか」とのことであった。

そのような心得なので、従う者も智を増して励んだというのは、もっともである。
主人が強いて位を増し恐れさせる時に、下々がどうして奉公を励むことだろうか。

――『責而者草』





309 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/05/17(金) 20:57:21.33 ID:Dj61ghSa
なんだか面倒くさい家臣を量産しそうでもあるが、そうはならなかったところが天下の名家老たる所以か

310 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/05/17(金) 20:59:28.32 ID:Dj61ghSa
いかん直寄は名家老の直政の息子の方か・・・

松明と堀直寄と水野勝成

2013年05月03日 19:50

堀直寄   
504 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/05/03(金) 12:59:12.21 ID:clAJYcFx
堀直寄は大坂夏の陣にて、水野勝成に大和口先陣の大将を命じられた。
直寄は松倉重政とともに大和口に向かった。

五月五日の夜更け、勝成は「敵が寄せて来るらしく、松明がたくさん見える。
警戒を怠らないように」と諸将に伝えた。

直寄はこれを聞いて「日向守は物馴れしていると聞いたが、功者とも思えないな。
寄せて来る敵がどうして松明を照らすだろうか。敵にあらず」と言った。

そこへ勝成が使いを遣して「松明がすべて消えた。敵ではない」と告げてきた。
これを聞いて直寄は「いいや、敵だ。何事もないので火を照らしていたが、
功者がいて消させたのだろう」と言ったが、確かに後藤又兵衛がいたという。

――『責而者草』




505 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/05/03(金) 14:24:10.84 ID:G7qRRhOZ
戦のお約束を知らない将は敵でも味方でも恐そうだな

506 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/05/03(金) 14:32:08.22 ID:EhqI/3Wk
結局どっちなんだ

507 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/05/03(金) 16:01:55.88 ID:OvJz/j0O
勝成は、たくさんの松明が消えたことをどう思ったんだろう

508 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/05/03(金) 16:39:16.62 ID:gebgZCnY
省エネとか

509 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/05/03(金) 17:00:12.19 ID:9qUZIJ0D
「堀直政の息子ってもこんなもんかーいw越後の田舎の戦は出来ても天下の戦はダメだなw」
とやろうとしたとか
まあ流石に無いな

510 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/05/03(金) 17:18:38.39 ID:AlDhoViu
いい話なのか悪い話なのか、微妙に分からんw
まあ、さすが直寄!そこにしびれる!あこがれるゥ!なんだろうけど

511 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/05/03(金) 18:04:24.42 ID:e5gA7wHn
話と全く関係ないけど日向守なんだね
謀反人の官位とか普通の人なら避けそうなのに

512 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/05/03(金) 18:14:41.16 ID:fR/sZd5t
普通の人じゃないし。

513 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/05/03(金) 18:16:09.94 ID:bzRKkpzn
むしろ光秀の官位とわかって、あえて日向守を望んだのが勝成だからなあ。

長久手合戦・堀秀政への批評

2011年11月25日 22:00

堀秀政   
160 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/11/25(金) 15:10:41.76 ID:fG26fPDD
天正12年(1584)小牧長久手、三河中入りを目指した羽柴秀次軍を徳川家康が破った長久手の戦い。
この時の堀秀政の働きに関する批評を見てみよう。

『堀久太郎(秀政)は三河衆の先手に打ち勝ち、そのまま討ち進むべき所を、その場を他の味方の部隊に任せ
自分たちは引き下がった。

もし、先手に勝利した勢いのまま、後続の徳川軍の旗本勢と一戦していれば、たとえ先の交戦で
疲弊した軍勢であるため、そこで自分たちの部隊は敗北したとしても、池田勝入、森長可の部隊は
無傷の新手として残っていたので、形勢としても最終的に秀吉軍が勝利する形に持っていけたはずである。

そうであるのに向かってくる敵を他の味方に譲って戦わずに引き下がったのだ。
これは自分の最初の勝利を無にする行為であった。

つまり堀秀政には、秀吉公への誠の忠誠心がなかったということであろうか、
それとも戦に不案内で、あの場に留まる戦術上の利点が解らなかったのだろうか?
(秀吉公へ誠の忠無御座候か、又不案内にて其利を不存候か)
(長久手合戦覚書)

名人堀秀政に対する、珍しく批判的な批評である。




161 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/11/25(金) 16:09:45.38 ID:IfoxjoTk
疲れた兵で戦えってのも無茶な気が

162 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/11/25(金) 16:18:02.10 ID:6NgHtMm6
勝入さんも鬼武蔵も死んだのは本人たちの責任であって
別にQ太郎さんのせいではないのでは…と思ったけど違うのか

163 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/11/25(金) 16:24:50.60 ID:jySik5yO
それぞれ勝手に戦ってる感じで全体としてのまとまりがないよね

164 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/11/25(金) 16:26:07.68 ID:EW/YV1tC
まあ小牧長久手の時点では、
秀吉とゆかいな仲間たちって感じだからね

明確な上下関係も絶対的な優越性もまだない

165 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/11/25(金) 18:12:14.91 ID:9Trhl71K
譜代の臣やよほど取り入りたい事情があれば別だが、この時点の関係でそんな捨石みたいな
真似する奴いたらその方がびっくりだわな。

ていうか、そもそもそんな本気で「決戦」までするつもりが秀吉にあったのか(or可能だったのか)?
家康のプライド潰さない程度にほど良く勝って和睦して政権に取り込むっていうのであれば
久太郎は過不足のないまさに名人級の進退を見せたともいえる。

166 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/11/25(金) 18:27:45.48 ID:hUDrpAZQ
いくら名人でも秀吉の心底をそこまで見抜いた上の撤退とは思えん
仮に秀吉の形勢が悪くなって場合に備えて家康にも目を残しておきたかったとかじゃないのか?

167 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/11/25(金) 18:46:55.06 ID:jySik5yO
総大将の秀次さんがまっさきに逃げてるから組織的に戦えないのはしょうがないけど
けど、取り残された池田森の両隊がなんか気の毒

168 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/11/25(金) 18:56:57.49 ID:/O5RDxdR
そもそも隠密行動の別働隊なのに、敵の主力に遭遇して
戦えとか無茶言うな

169 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/11/25(金) 19:03:34.02 ID:Hn0shKtX
>>168
最近の研究だと、秀吉の小牧長久手の中入り部隊は隠密でも何でもなく、むしろ家康に脅威を与えるため
大いに宣伝していたらしいぞ。

170 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/11/25(金) 19:18:34.60 ID:1gtF8JjC
>>169
鬼武蔵が例によって放火しまくってたらしいしなw

171 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/11/25(金) 19:20:16.71 ID:6NgHtMm6
鬼武蔵の行動で、事態が良くなったことってあったっけ…

172 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/11/25(金) 19:26:49.31 ID:lSiYGdbZ
>>170
しかも白昼堂々とねw

173 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/11/25(金) 19:44:53.54 ID:T8U9BEr7
>>171
高遠城とか、美濃帰還のときとかあるじゃないか!あるじゃないか!多分!
[ 続きを読む ]

堀秀政、出奔した弟の多賀秀種に

2011年02月11日 00:01

堀秀政   
671 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/02/10(木) 11:53:44 ID:dQRhk+ML
堀秀政が北庄城を修築した時のことである。

秀政がその弟の多賀秀種の措置宜しきを得ぬとしてこれを詰責した。
これを口惜しきと考えた秀種は翌朝致仕して北庄を去ってしまった。。

秀政は弟の致仕を聞くと途中不便なこともあるだろうと餞に黄金十枚を送り、人をやって届けさせた。
その後秀政は黄金を包んでいた紙を一枚一枚のして箱に納めながらこう言った。
「およそ財というものは用いるべき時は黄金十枚でも惜しむべきでない。
 無用の時はこの紙十枚といえども無駄にしてはならない。私を鄙吝と思うな。」




672 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/02/10(木) 12:14:52 ID:OUukF1Mc
Q太郎は若死にし過ぎ
せめて関が原くらいまで生きてれば


673 名前:人間七七四年[] 投稿日:2011/02/10(木) 12:15:59 ID:ShdENNEz
さすが名人Q太郎

674 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/02/10(木) 12:17:54 ID:rp56qvlX
家康「その通り!」
爆弾正「その通り!」
岡左内「その通り!」

又左「その通り!」

677 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/02/10(木) 13:47:55 ID:U6fv33hH
>>674
又左は別だw

678 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/02/10(木) 14:02:26 ID:W3BhpBnV
>>674
>>677
殿!我が城が攻められています!援軍を!!

699 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/02/11(金) 13:13:19 ID:NABWCRk9
>>678
待ってろよ!今そっちに銭を投げたからな!

堀直政の心構え

2010年12月25日 00:02

堀直政   
951 名前:人間七七四年[] 投稿日:2010/12/24(金) 00:15:04 ID:Luv9nhQo
豊臣秀吉の時代のことか。

ある日の日暮れの頃、越後春日山30万石の領主堀秀治が、伏見の屋敷にて客を送り出すため、
家臣などを引き連れ門の外まで出た。
家老の堀監物直政は、一団の中で秀治から最も離れた位置にいたという。

と、秀治が外に出た瞬間、彼に恨みを持つ者であろうか、外に隠れていた者が突如、
秀治に駆け寄り斬りつけた。
秀治もとっさに刀を抜いて応戦しようとした。その時である

一番遠くにいたはずの堀直政が、気がつけば最初に秀治の元に駆け寄り
この狼藉者を一刀のもとに斬り倒した。
秀治の左右の者たちは、倒された狼藉者に止めを刺すのがやっとであった。

後日、秀治の近習の者たちは直政に面会を求め、このように聞いた

「あの時は日暮れで視界も悪くなっていた上、さらには突然の出来事でもありました。
そのようであったため我々も心ならずも秀治様のお側に行くのが遅れたのですが、
我々より遥か隔たった場所にいた直政様が一番に狼藉者を斬り捨てました。
どうしてそのようなことができたのか、我々にはさっぱりわからないのです。」

これに直政
「いやいや、お主達の武辺が私に劣るわけではない。ただ私は、かねてから一つの心構えを
決めていたのだ。お主達はその心構えを知らなかった。ゆえに私に先を越されたのだよ。
調度よい機会だ、今後もそなたたちは殿のお供を勤められるわけであるし、今後の心得にも
成ることだろうから、今までこれを人に話したことはなかったが、ここでお主達に
伝授いたそう。

総じて殿の御前に伺候し、御後に供奉する時は、仮初にもよそを見ること無く、
最初から最後まで殿から目を離さない。これが最も重要なことだ。
そうしていれば殿の動静において、たとえ針ほどの細かな異変でも気が付かないということはない。

そういう心構えを持っていれば、先日のような不慮の事があっても自分が考えるよりも早く
体が動くものなのさ。

お主達は今私の言ったこと、どうか忘れないようにしてくれ。」

堀直政の、主君を守る心構えについてのお話。




952 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/12/24(金) 10:05:08 ID:5/m2kIJt
周囲を警戒するんじゃなくて、主君に意識を集中しておく事でとっさの対応ができるようにしておくのか
なんという逆転の発想

953 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/12/24(金) 10:20:56 ID:q77dxGsP
宇喜多弟「兄上……じゃなくて主君に意識を集中しておかないととっさの対応ができません。鎖帷子を着ておくとモアベター」

954 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/12/24(金) 10:32:50 ID:XhJg9qTJ
>>953
「伯父上!鎖帷子を着ていたら泳げません!」

955 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/12/24(金) 10:33:55 ID:dcGceEBv
>>953
あなたのDQNな息子の方にも集中してあげて下さい。

956 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/12/24(金) 11:21:39 ID:An9Cz/Ar
>>954
八郎殿、伯叔の区別くらいつけなはれ。そんなんだから旧臣が離れんだよ。

957 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/12/24(金) 11:30:20 ID:XhJg9qTJ
>>956
すまんすまん、伯叔どっちが年上かつい失念していた

958 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/12/24(金) 11:51:45 ID:eEN0YUxV
ちょっと勉強になったw

959 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/12/24(金) 16:22:43 ID:JWamZpie
>>952
しかしこれは近接戦闘に特化した備えで
弓とか鉄砲を持ち出されたらどうしようも無いような・・・

堀秀政と湯漬けと小倉主膳

2010年01月07日 00:04

堀秀政   
758 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/01/06(水) 18:59:27 ID:Oe5gUBV5
堀秀政の家臣に、小倉主膳と言う者がいた。

秀政が居城にあったある時、次の間にいる者達の名を呼ばせた。
ところが小倉はその時次の間から少しばかり他所に出ていたので、この呼び上げから
外れてしまった。

秀政、「次の間にいる者たちに湯漬けを振る舞え」と命じ、膳を用意させたのだが、
その場には当然のように、名を呼び上げられなかった小倉も出てきて膳の前に座った。
秀政は驚いた。「なんでお前いるの!?」秀政、この事に妙に不愉快になった。

やがて給仕係がそれぞれの膳に、湯漬けを配膳して回るのだが、これが小倉の前に来たとき
秀政は給仕の者に向かい「たわけ者には食わせるな!」と言いつけた

そこで給仕の者、配膳を止め立ち上がろうとした。が、その瞬間小倉はその者の
手を抑えつけると

「そのままま湯漬けを置いていくのだ!置かぬというのならそなたと刺し違える!
だいたいあのような、武士に恥をかせるような仰せに唯々諾々と従うのは、
武士の道ではないだろう?」

と、引き止めた。

秀政はこれを見て、「あいついい根性してるな」と却って感心し、その後小倉に加増をした
とのことである。


正直いい話なのかなあ?とも思うが、まあいい話として伝えられているのでこっちにw




759 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/01/06(水) 19:09:34 ID:OdORZ3B/
いい悪い以前に、現代人からするとわけわからんw

760 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/01/06(水) 19:35:46 ID:Oe5gUBV5
>>759
正直書いた自分も、現代語に訳しながら良くわからなかった。
非常に苦労したw

まあ基本的には、呼ばれもしないのに出てきた小倉に秀政がむかついた、ってだけの話で、
それに小倉が「殿の命令でも、人々の面前で武士に恥を懸かせるような事は
良くないから聞かなくていいよ」、って秀政の前で言い放ったのがいい話、だとは思うのだがw

761 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/01/06(水) 19:38:27 ID:a1cbga9K
食い意地張ってるようにしか見えんw

762 名前:人間七七四年[] 投稿日:2010/01/06(水) 19:58:00 ID:2xtqCF3f
>>760
最近の中間管理職は人前で
叱責するのが普通だから
サラリーマンには違和感ありまくりだろ。

763 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/01/06(水) 20:24:34 ID:CbqeHQK9
そりゃ人前で叱責しないと何もしてない無能にしか見えんもんな、今は

764 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/01/06(水) 21:05:44 ID:P9XYlbql
秀政も何かちっちゃいなw

765 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/01/06(水) 22:10:47 ID:I1dSw7ia
>>760
理不尽な叱責には上司といえども喧嘩するくらいの気概があれば、
パワハラや職場イジメやすぐ仕事止めてしまう若い奴らも少なくなるというところで、
逆に現代人が学べるところもあると思った。
仕事しないで怒られて逆ギレとかでは駄目だけど

766 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/01/06(水) 22:25:41 ID:OdORZ3B/
>>765
当時の武士は基本的に「自分の土地」を持っていました。
だから、何があっても究極的には生活に困ることは無いんで、主君に大きくでられた。

江戸時代や現代会社員の、サラリーを完全に抑えられている状況と一緒にするのはNG

767 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/01/06(水) 22:36:04 ID:I1dSw7ia
>>766
確かにそうだね。
まぁ、でも現代でも組合員になるとか、頭の良い奴は抵抗の手段を時代に合わせて考え出すわけで。
行き過ぎると権利だけ要求するタカリ屋になるんだけれど。
当時をそのままではなく温故知新として参考にするという観点のレスと思ってもらえれば

768 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/01/06(水) 23:24:29 ID:jcsXx5Hu
その辺、頭いい上司はパワハラとか退職勧奨ののやり方も考えるべなw

堀直寄と蝶を追いかけた小姓

2009年09月24日 00:09

堀直寄   
704 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/09/23(水) 12:19:39 ID:dBR9xyWK
後に堀氏村上藩10万石を興す、越後堀家家老堀直政の三男堀直寄。
この直寄の小姓に何某と言う者がいた。この小姓、かねてより元服を望んでいたのだが、
直寄は

「まだ幼い」

と、それを許さず、彼は仕方なく小姓を続けていた。

さてある時のこと、この小姓、終日の勤番を勤めていたが、それに飽き、番所を出て
書院のほうへ行ってみた。
すると、書院の障子に蝶が止まっているのを見つけ、それを捕まえようとしたが、蝶が飛んで
逃げたので、ついつい、それを追いかけた。

なるほど、子供である。

ところが蝶を追い掛け回していたこの小姓、上の座敷のところで、何と主君、堀直寄に
ばったりと出くわした。

これに、我に返った小姓は赤面し、慌てて直寄の前を退いたが、心中
「勤番の役儀を解かれるのはもちろん、あんな子供のような真似をしたのだから、
処罰されても仕方が無い」と、思いつめていた。

そんな所に小姓頭から、「直寄様から、参るようにとの事だ」と、早速の召し出しを受け、
覚悟を決めて御前へと向かった。

まかり出た小姓に、直寄は叱責をはじめた

「お前より齢若い者すら、法令を守って番所を去るようなことは無いのに、その法度を
破っただけではなく、障子にいた蝶を追いかけそれを捕らえようとするなどと、児戯を行うとは
これは沙汰の限りである!これは罪を与えるべきであろう!」

小姓、やはりそうかと身を堅くする。

「…が、

お前が蝶を捕ろうとした時、小声で何度も、このように言っていたな、
『丹後守(直寄)家中ほどの者が、お前を逃してすむべきか』と。

戯言というものも、普段の考えが現れる物だという。
わが家中を頼もしいものだと思い、武勇を励む心が無くては、このような戯言は
出てこないものだ。これは賞賛すべきことであろう。

よってその褒美として、お前がかねてから望んでいたよう元服させ、少知であるが、
二百石を与える。」

罰せられるとばかり考えていた小姓は、あまりに意外なことに、目に感涙を浮かべて、
御前を退いた。
これを聞いた直寄家中の者達もまた、直寄の、家臣へのやさしさと家中の武勇を思う心を知り、
深く感激した、とのことである。


そんな、堀直寄のちょっといい話。





705 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/09/23(水) 12:44:10 ID:hAwZJZFK
蝶を追いかけてただけで二百石とは羨ましい
十万石の家中で二百石と言ったら結構なもんですよ

706 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/09/23(水) 12:58:34 ID:yheDTVVP
元服させて責任感を持たせたほうが伸びる子、と見たのかもな
今の成人年齢引き下げ論のような

707 名前:人間七七四年[] 投稿日:2009/09/23(水) 13:22:55 ID:HbqaBFBE
堀直寄は渦中にはやさしかったかもしれんが、実兄と主君には厳しかったよなw
穏便に解決する様子を見せもせず、大御所に讒訴して改易に持ち込んだw

708 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/09/23(水) 18:00:29 ID:1q4BA16g
家康から100万石もらう予定だから、200石なんてたいしたことない。


堀秀政と直政、世に出るまでに

2009年09月22日 00:06

堀秀政   
663 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/09/21(月) 19:30:25 ID:5YuurYxb
信長、秀吉に仕え、名人久太郎と呼ばれた堀秀政と、その従兄弟で、秀政、および
その子の秀治を良く支え、天下三家老の一人とされた堀直政。
彼らが世に出るまでには、このような事があったそうだ。

ある時織田信長が狩りに出た先で喉の渇きを覚え、近くにあった民家に水を求めた。
その家から出てきた老女は、わざわざ真新しい茶碗に水を満たして信長に差し出した。

この心遣いに信長は感じ入り、「何か望む事は無いか?何であってもかなえて取らすぞ?」
と、声をかけた。

老女はこれに
「この婆には、二人の男子が降りましたが、先ごろ二人とも亡くなってしまいました。
その兄弟それぞれの子供が、今は形見としてここに居ります。
二人とも男子です。願わくば、彼らを召して下されませんでしょうか?」

信長はその願いを聞き入れ、二人の少年に扶持を与えた。
この二人の少年こそ、後の堀秀政、堀直政であった。


さて、このようにして織田家に仕えた秀政、直政であったが、その初陣を前にしてお互いに話し合った。

「おおよそ、小身の者が大身なるためには、自分を補佐する、信頼のおける家臣が必要なのだと思う。
どうだろう?明日の初陣で先に功を上げた方を主人としてこれに仕え、
協力して堀家を再興しようじゃないか?」

二人は功約束し、翌日の合戦、秀政が高名を立て、信長から直々に、お褒めの声をかけられた。
この時秀政は前日の、二人の約束のことを信長に語った。これには信長、実に感心し

「お前達はまだ若年だと言うのに、その心がけは実に殊勝である。」

と、直政が秀政の臣となることを許したそうである。


そんな、堀家創生の頃のお話。




664 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/09/21(月) 19:44:34 ID:1wQiFs33
ああ……なんてピュアな、初陣のいい話

666 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/09/21(月) 20:23:05 ID:qEi+G157
堀さんのお二人若き日から只者じゃなさ過ぎるな…

667 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/09/21(月) 20:43:48 ID:DbEQ5oMp
>>663
堀直政の父、堀秀重は関が原後も生きているのに…

668 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/09/21(月) 21:16:52 ID:5YuurYxb
>>667
そこはまあ、逸話ですのでどうか。もしくは信長の同情を買うばあさんの巧みな策略。

669 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/09/21(月) 21:52:18 ID:9xS4Yoyk
ばあさんとしては孫の売込みに成功
孫としては立身出世の機会ゲット
信長としては有能な臣下ゲット

誰も損してないしな。
死んだことにされた親を除いて…w

670 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/09/21(月) 21:57:08 ID:F2kYX7cw
ほ、ほら現代だって親戚殺して忌引取るリーマンとかあるじゃんw

671 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/09/21(月) 22:03:12 ID:JIoRIkMC
>>668のレスで
いいおばあさんのイメージが強欲ばあさんのイメージになってしまったよw

672 名前:人間七七四年[] 投稿日:2009/09/21(月) 22:16:34 ID:AA8Nh8ei
>>670
8月と12月に急に増えるんだよなw


673 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/09/21(月) 22:27:47 ID:DbEQ5oMp
うげ、ミスった。堀秀重は堀秀政の父。堀直正の父は奥田直純。

>>668
ばあさんの策略のほうがいいですねいw


堀秀政「この城に不足の物」

2009年08月26日 00:03

堀秀政   
696 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/08/24(月) 23:43:08 ID:13FAkmRU
堀秀政が越前を賜り、北の庄の城の改修が終わった頃の事。
秀政は配下の諸侍を大手の橋の前に呼び出し、

「この城にはずいぶん精を出して、必要なものはことごとく準備し、城中に入れるべきものは
全て入れたと思う。
さりながら、ここにいるおぬし達は、異なる国からそれぞれ集まって来た者達である。それぞれの
見聞思案も有るであろう。もし不足の物が有れば、遠慮なく指摘してほしい。」

そのように言った所、末座より一人の侍が進み出て言う事には

「物も人も、確かに足らざるは無いと存じます。もし、この城に足りないものがあるとすれば、
隣の大国を領する方と疎遠にし、使節の往来もしていない、と言うことでしょうか。」

秀政これに

「ああ、前田利家のことか。これはよい諫言を頂いた。
しかし、今は公儀にこれと言った別条がない。このようなときにどれほど疎遠にしていようとも、
利家は何とも思うことは無いだろうさ。

だが、もし公儀に何かしら起こった時には、疑念を起こさせないように速やかに使いを立てて、
『百万石くれれば加賀の先手をしようぞ』
と言ってやろう。そうすれば利家も、わしを信用し百万石をくれて、先手をさせるであろう。
そうなったら天下を利家に持たせて、わしは百万石加増してもらって…、
さて、その後はどうなるか、運次第だな。」

そう言って笑った、と言う事だ。

まあ、ぶっちゃけると、「利家?何かあったら俺に頼るしかないんだから、ほっときゃいーのよ」
と言うことか。

そんな、名人久太郎さんが前田さんをガン無視していたらしい、と言うお話。


名人久太郎に油断は無いのだ・いい話

2009年06月06日 00:02

堀秀政   
267 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/06/05(金) 21:49:43 ID:BOmyUVMV
天正十五年、九州征伐の時の事である。

堀秀政の陣中において、秀政の近習山下甚五兵衛と言う者、にわかに乱心。
秀政を後ろより斬り付けんとした。

この時、重臣の堀監物は山下の後ろにいたが、これを見てすぐさま刀を抜き
山下を斬りつける。ところが監物の刃が届くその瞬間、

秀政振り向き、監物と同時に山下を切り払った!
そして監物の方を向き、一言。「わしの方が先であったな。」


名人久太郎に油断は無いのだ。





268 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/06/05(金) 22:14:05 ID:X8Glmb2k
漫画みたいな事するなぁw


名人久太郎と呼ばれた理由・いい話

2009年05月20日 00:20

堀秀政   
676 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/05/18(月) 22:52:35 ID:bssJ+kyH
ある時堀秀政の陣において、荷駄奉行と荷を運ぶ者達との間に、荷が重すぎる、いや
そうではないと、荷の重さに付いての論争が起こった。

これを聞いた秀政、考えた。
その荷を持つと、そのまま一里の道を往来してきた。解った。
帰って来て荷駄奉行を呼ぶと

「人夫の者たちが、この荷物は重くて運べないと言うのは当然だろう。
わしは人夫の者達よりも体格も良く体力もあるはずだが、この荷を持って一里を歩く事が
出来なかった。これを人夫の物たちに持てと言うのは無理がある。
荷を軽いものに作り直すように。」


またある時の事

堀秀政、軍勢の移動の時に、自分の馬の後ろに、旗差の者たちがついてこれず、いつも遅れる事を
不審に思っていた。

そこで秀政、考えた。
自分で旗をさして馬の後ろを歩いてみた。解った。

「わしは足の速い馬に乗っているのに、人の進むのが遅いと勘違いしていたのだ!」

そこで、家中でももっとも遅いと言われる馬に乗り換えた所、旗差の者たち、今度は
少しも遅れることなく着いてきたそうである。

このように秀政は、何事も自分で、納得するまで確かめる事を専らとしていたので、
名人久太郎と呼ばれたのだそうである。





678 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/05/18(月) 23:06:38 ID:cUpbYc2l
>>676
はじめのエピは既出だったおもうが後はよかったな

679 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/05/18(月) 23:23:36 ID:k6tmBpzD
集団行動は駄目な奴を基準に考えろって事ですな

680 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/05/18(月) 23:25:23 ID:9McaQG4J
>>678
うーん、はじめのエピも似て非なる物じゃないか?
いや、元の話は一緒なのかもしれないけど

681 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/05/18(月) 23:38:49 ID:2QZDq7Xl
同じ逸話でもいいとおもうが
別の視点、別の切り口ならおれは大歓迎だ

682 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/05/18(月) 23:42:09 ID:yhl/w5xc
蒲生さんとこといい堀さんとこといい長生きして欲しかった殿様だよなぁ

683 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/05/18(月) 23:55:14 ID:xjcOnvKy
やっぱり早死にはラスボスかその眷属の仕業なんかのう・・・

まさかの名人久太郎劇場・いい話

2009年03月22日 00:21

堀秀政   
59 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/03/20(金) 23:03:58 ID:sKRauZ33
まさかの名人久太郎劇場

堀秀政は新参の家臣を抱える時、最初の三十日は朝夕の食事の相伴をさせて、
主従の親しみを作るようにし、その者がどんな言行をするかを見、
次の三十日ほどは他家への奏者をやらせ、家中の外の事を知らしめ、
それに付いての言行も見た。そうして初めて、知行を申し付けたそうだ。

残念ながら秀政の心にかなわず、仕官を果たせなかった者でも、金銀や衣服などを与え、
さらにその者が他家への出仕が決まれば、その主人にくれぐれもその者を頼むと
言ってよこした。こんな風だから多くの人が、秀政に心服していたと言う事である

流石は名人久太郎。


堀秀政は九州征伐の時、先陣をおおせつかった。そして緒戦にて、島津の兵
50人ほどを生け捕った。
秀政はその捕虜達に「助かりたいか?」と尋ねれば、助かりたいと言う。
「ならばわしの言う事をこの先の薩摩の衆に申し伝えてくれ。ならば召し放とう。」
島津の者達は、了解をした。

間もなく島津方の陣に、生け捕りにされていた者達全員が戻ってきた。
島津の陣のものは皆驚いたが、それ以上に驚いたのは彼らに託された、堀秀政からの伝言である。

「こんにちは!今回先鋒を勤めている久太郎です!ところで薩摩の皆さん?ボクははるばる
九州までやってきて、その旅でとても疲れているんだけど、来て早々あなたたちがあまりに簡単に
崩れるもんだから、その追撃のせいで、休んで疲れを取る暇が無いんだよね。
そこで悪いんだけど、この先の城では、せめて三日持ちこたえて!その間に人馬休めるからさ。
お願い!」

これには薩摩隼人たちも、肝を冷やしたとのことである。

流石は名人久太郎。


堀秀政はトイレを玄関に作ったそうだ。
何故なら、トイレには1日に必ず2,3回は行くものである。その度に自然と、
番所の者達の働き振りが見られるから、とのことである。

流石は名人久太郎。




61 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/03/21(土) 03:05:00 ID:l+ZSO388
>>59
「試用期間2ヶ月」のはしりだなw
玄関にトイレは何となくだが風水とか家相の人に怒られそう

堀秀政「泣き面の家来」&戦国仕えたい人ランキング・いい話

2009年03月19日 00:20

堀秀政   
895 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/03/18(水) 10:55:49 ID:YJRrX5d6
泣き面の家来

堀秀政の家臣に極めて泣き面の男がいた。
常日頃両目から涙を流し、眉をひそめていた。
そのため家中の者達から厭われていた。
秀政の近習達は
「あの男の顔色は不吉であり、千里離れて見るのも鬱陶しい。
早く暇を出すべきです」
と言った。
秀政答えて曰く、
「その事か、しかし法事か弔いの使者に遣わすには無類の者である。
大名の家には色々の者を扶持するものである」
近習たちは皆口をつぐんだという。
雨窓閑話




896 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/03/18(水) 10:59:23 ID:80v7INSj
さすが名人

戦国仕えたい人ランキングがあったら5本の指に入ること確実

897 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/03/18(水) 11:32:04 ID:D0IC9boG
>>896
政宗「残りの4人は」
家久「当然」
忠興「俺たち」
長可「だよな」

898 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/03/18(水) 11:33:12 ID:80v7INSj
いやまぁ一人除いてはある意味主として魅力的な部分あるけどな

899 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/03/18(水) 12:23:26 ID:IZ6qSXim
家久には仕えたいな









勿論貴久の息子の

900 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/03/18(水) 12:25:04 ID:cfVavczI
いや、四人全員に仕えたいな
ようは四人ともツボを抑えとけば怒らない訳だし、
色々とメリットがありそう。
死ぬけど

901 名前:人間七七四年[] 投稿日:2009/03/18(水) 12:55:52 ID:Kri4BSeS
細川は妻を見ただけで殺されるかもよ
政宗は酔った勢いで殺されるかもよ

長可は事件起こして長可には文句言えない代わりにお前が殺されるかもよ
やはり家久がいいな

902 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/03/18(水) 13:00:13 ID:NcLhatQ/
それでもtdokに仕えたい俺は単なるドMでいい
年を召されたtdokなら、そんなに家臣を手打ちにしないだろうと愚考してみる

903 名前:人間七七四年[] 投稿日:2009/03/18(水) 13:39:49 ID:kRbHzcQf
>>902
急に百人一首という名前の銘を刀に与えたくてDQN化する可能性があるぞw


904 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/03/18(水) 14:34:05 ID:93ONM213
>>895
それ、実際に葬式に代理で行かせたら「そんなに親しくなかったのにここまで悲しんでくれるなんて」と
相手側から感動されたバージョンもあるよな。

905 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/03/18(水) 14:56:15 ID:LQZ/J1eW
戦国上司にしたい武将四天王

掘秀政
黒田官兵衛

あとだれだろ


906 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/03/18(水) 15:04:26 ID:cfVavczI
>>905
蒲生氏郷

907 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/03/18(水) 15:04:56 ID:BBLfqQIu
徳川家康
小早川隆景
安藤帯刀
長曽我部元親(全盛期)
好みで候補を挙げてみた

908 名前:人間七七四年[] 投稿日:2009/03/18(水) 15:14:11 ID:FboKQV6t
>>905
羽柴秀長
・・・いや、こっちも過労死するかな・・・

909 名前:人間七七四年[] 投稿日:2009/03/18(水) 15:45:20 ID:eP6Pihl9
>>905
立花道雪、宗茂も良いな。

910 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/03/18(水) 15:54:34 ID:pCralLtM
藤堂高虎さんとこも

911 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/03/18(水) 15:57:30 ID:IZ6qSXim
大谷刑部

912 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/03/18(水) 16:01:08 ID:TYfAr4HN
明智光秀

913 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/03/18(水) 16:09:25 ID:WmNCTLyI
織田有楽斎

まずは確実に生き残ってくれて、
しかも楽そうなところがいいに決まってるだろ

914 名前:人間七七四年[] 投稿日:2009/03/18(水) 16:23:28 ID:c1P3TL0c
鍋島さんに一票

915 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/03/18(水) 16:46:22 ID:lgDo7PZ7
島津義弘はいい人なんだが毎回無謀なプロジェクトに参加させられそうで嫌

916 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/03/18(水) 17:21:51 ID:NcLhatQ/
・仕えたい
秀長さん 直家様 毛利隆元 小早川隆景 三斎様 官兵衛 後藤又兵衛 勝久様
かな

917 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/03/18(水) 17:34:38 ID:+H7QCfg8
織田信雄
なんだかんだで生き残りそうだ。

918 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/03/18(水) 17:37:27 ID:FguEhQ+C
山中鹿之助「尼子の血をひいてれば誰に支えてもいいです」

919 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/03/18(水) 17:59:10 ID:zs9dDJCg
家康、黒官あたりかなあ。

920 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/03/18(水) 18:05:07 ID:SNq62J+S
大学までサッカーで鳴らした俺は、氏真公の妙技を拝みたい

921 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/03/18(水) 18:13:16 ID:D0IC9boG
>>918
「尼子の家を復活させるという簡単な仕事です。経験者優遇」

922 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/03/18(水) 18:31:42 ID:qnZKKY5x
>>921
すいません、募集人の欄に小さく「毛利元就」って書いてあるんですけど、これってもしかして罠じゃ?

923 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/03/18(水) 18:40:24 ID:D0IC9boG
>>922
そーいえば、同じ広告に「鳥取で米を売り買いするだけの簡単な仕事です」
って募集もやってたなぁ。

926 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/03/18(水) 18:55:44 ID:eFzW0nvj
>>897
まあ、このうち3人が死んだときには
殉死者が出てるんだよな。

殉死した人の数をとやかく言うわけじゃないけど
それなりに好居てくれてる人も居たんだねぇ。

928 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/03/18(水) 19:58:30 ID:Kri4BSeS
>>926
不安定な地位にいる者が子孫のために殉死したり、
当主に寵愛を受けた反面、家臣団から嫌われていたような者の殉死ばかりだよな政宗の殉死者って。

929 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/03/18(水) 20:41:16 ID:n5/G9mP9
藤堂高虎「次世代のために生き残るべきだろjk...」

堀直寄、迷信を解く・いい話

2009年02月20日 00:17

堀直寄   
23 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/02/19(木) 00:23:23 ID:hYoOSLg2
大坂夏の陣の最中、1615年5月5日。
徳川方の水野勝成は堀直寄(堀秀政の従兄弟違い)に

「大和の諸侯とともに河内に入りますので、
直寄殿も五月五日に大和から河内に入って頂きたい。」

と連絡した。

「急にそんなこと言われても…。
参ったな、これでは到底間に合わないぞ。」

焦った直寄は近道がしたかったので
地元の人間に近道できる場所がないかと尋ねると、
亀瀬峠が近道らしいのだが…。

「実は大昔にあそこを通った物部守屋は
河内で蘇我馬子に負けて死んだのです。
それ以来、戦であそこを通ることは禁忌なので
やめたほうがいいと思います。」

これを聞いた直寄は

「なるほど、ということは私が亀瀬峠を通って敵に勝てば
先駆けて千年の馬鹿げた迷信を解けるというわけだ。
守屋は死んだかもしれないが、私は生き残ってみせよう。
それで禁忌の真偽もわかる。もし、私が討ち死したら
後世の侍たちに禁忌は本当だったと伝えてくれたまえ。」

と言って臆せずに亀瀬峠を通っていった。
やがて合戦は幕府軍の勝利となったので
誰もが直寄のこの行動を賞賛したという。




24 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/02/19(木) 01:52:11 ID:zvBs3vTT
>>23これは豪胆だね。大将以下一兵卒まで、生死に関わる迷信をあえて破らず、むしろ避けて通る人間が少なくなかった

…駿府かどこか火事のときにえらく肝の座った態度で褒められたという堀家の家老さんかな?

名人久太郎!堀秀正3つの逸話・いい話

2008年11月20日 00:09

堀秀政   
611 名前:人間七七四年[] 投稿日:2008/11/19(水) 18:45:23 ID:7jr2svV7
堀秀政のちょっと良い話(戦場編其ノ一)

人使いが巧く、「名人久太郎」と呼ばれた秀政。
戦場でも彼はその才能を発揮していた。

合戦での陣中の夜間、特に風雨の強い時などは
「陣泥棒」と言う、武具や糧秣を盗む盗賊が
いて、当時の武将達は常に警戒していた。だが
秀政の陣では「陣泥棒」にやられる事が無かった。
秀政は見張りの兵達に、こう申し付けていた。
「今宵は風雨が強く、泥棒には絶好の機会だ。もし
『陣泥棒』が来なくても、わしがスキを見て泥棒に
入るので、気をつけておけよ。」
大将にこう言われては、厳しく警戒せざるを得ない。
秀政はこうして「陣泥棒」を防いだのである。



612 名前:人間七七四年[] 投稿日:2008/11/19(水) 19:19:38 ID:7jr2svV7
堀秀政のちょっと良い話(戦場編其ノ二)

秀政が秀吉の配下として九州平定戦に従軍
していた時の話である。

秀政は城を攻めていた。城方から勇敢にも
討って出てきた、敵兵五十人ほどを生け捕り
にした。秀政の前に引き出された敵兵達は、
見せしめの処刑を覚悟した。
秀政は敵兵達に言った「九州に来てから城攻め
ばかり。攻めた城はどこも一日で落城し、わし
は次々と行軍せねばならず、本当にきついのだ。
そこでお前達に頼みがある。このまま城に帰って、
せめて後三日は持ちこたえてくれないか?対陣して
いれば軍を動かさずに済むからな。」
と言って敵兵全員を解放した。すぐさま城に逃げ
帰った兵達は、とても敵う相手ではないと悟り、
城方は即座に降伏した。「名人久太郎」の面目躍如である。

もっとも、秀政は本当に休みたかったのかもしれないが…



615 名前:人間七七四年[] 投稿日:2008/11/19(水) 21:22:55 ID:7jr2svV7
堀秀政のちょっと良い話(政務編)

ある時、堀家では論争が起きた。それは
「荷駄を運ぶ際、荷駄の数を決める勘定役と、
荷駄を運ぶ担ぎ役とではどちらが偉いか?」
と言うものであった。現代風に言えば経理担当
と現場担当どちらが大変か?と言う感じである。
これを聞いた秀政は勘定役、担ぎ役の双方を集め
こう言った。
「わしはかつて、蔵入り奉行(経理担当)をして
いたので、勘定役の苦労はわかる。だが担ぎ役は
したことが無いゆえ、今からやってみる。荷駄を
用意してくれ。」と言って荷駄を用意させ、自ら
荷駄を担いで小高い山を乗り越えた。
そこで一緒に着いてきた勘定役と担ぎ役の双方に言った。
「わしも戦で鍛えたゆえ、荷駄ごときと思っていたが、
間違いだった。ここに運ぶまでにヘトヘトになってしまった。
担ぎ役達には、いつもこの様な苦労をさせていたのだな。
本当にありがたい。これで勘定役も荷駄を運ぶ苦労がわかったで
あろう。お互いが苦労をいたわれば良いのではないか。」
勘定役、担ぎ役の双方は秀政の体を張った説得に感動し、和解した。
以後論争は無くなり、家中の団結は一層強くなったのである。



613 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2008/11/19(水) 20:02:42 ID:pNmaPFda
秀政の器のデカさが窺い知れる逸話だな。
生きてれば、関東に入れられたというのも頷ける。

614 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2008/11/19(水) 20:14:41 ID:5SwTNtPs
久太郎さんはどの逸話も優等生過ぎるのが、良くも悪くも彼をマイナーにしちゃってる気がする。

616 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2008/11/19(水) 22:22:45 ID:SrADe6IH
>>614
確かに政宗さんも忠興さんも忠恒さんも森さんも一度聞いたら忘れられない話が多いね。

617 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2008/11/19(水) 22:25:07 ID:k/w0jHuB
なにこの今すぐに上司になってほしいタイプ

618 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2008/11/19(水) 22:56:55 ID:FbgSAwKY
堀が活躍する漫画誰か描いてやれよ

619 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2008/11/19(水) 23:05:39 ID:FPXSPF6b
漫画にするには華がないと駄目だろ

620 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2008/11/19(水) 23:12:31 ID:ARk9iP0d
>>616
「こいつやりやがったー(ガビーン)」って話が多いからなあ
Qさんは「出来たお人だねえ」で終わってしまうのが原因か?

621 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2008/11/19(水) 23:39:22 ID:SrADe6IH
Qさんは漫画の主人公よりも、コンビニで売ってるサラリーマン向けの「良い上司悪い上司」みたいな本の「良い上司・中間管理職」の例として出てくるのが似合うタイプ

622 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2008/11/20(木) 00:06:51 ID:sSGXzlXf
>>621
なんか核心突いてるな。
良い人であることは間違いないけど、トップに立つ人でもない、と。

623 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2008/11/20(木) 00:11:41 ID:+orAGmcq
>>620
ガビーンってww
それ使う人久しぶりに見たわ

624 名前:人間七七四年[] 投稿日:2008/11/20(木) 00:23:22 ID:QPbv1FTA
まあ、三十八歳で夭折したのが痛いな。
長生きしてれば、石田三成以上にメジャーな武将になれただろうに。

625 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2008/11/20(木) 00:37:35 ID:uUJ+sXDV
長生きも武将の器量だからねえ。

たとえば塙直政が戦死せず長生きしたら、堀どころか、秀吉も光秀も出番がなくなるような
武将になっていただろうし。

626 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2008/11/20(木) 00:48:18 ID:2tX6gb2m
原田さんってそんなに有能だったの?

627 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2008/11/20(木) 00:57:32 ID:vSLFEFr+
HORI → 理想の上司タイプ
MORI → 一生関わりたくないタイプ

628 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2008/11/20(木) 01:00:58 ID:Speu4obo
>>615
勘定役と比べる対象って担ぎ役なのかな?
担ぎ役って人夫でしょ
荷駄の数を決めるような上級な地位にない筈
道中、荷駄隊を差配する者こそ勘定役と比肩する役職なのでは
山賊や敵から荷駄を守らないといけないし
荷を奪われたらその責任を問われる

勘定役も荷の数が余計だったり、少なかったら無能呼ばわりされる

629 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2008/11/20(木) 01:20:20 ID:q8UwFB10
>>627
一字違いでなんという違いww

630 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2008/11/20(木) 01:22:03 ID:uUJ+sXDV
>>626
有能だったし、何より秀吉や光秀なんかに比べても、信長の信任が段違いだったと思われる。

628 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2008/11/20(木) 01:00:58 ID:Speu4obo
>>615
勘定役と比べる対象って担ぎ役なのかな?
担ぎ役って人夫でしょ
荷駄の数を決めるような上級な地位にない筈
道中、荷駄隊を差配する者こそ勘定役と比肩する役職なのでは
山賊や敵から荷駄を守らないといけないし
荷を奪われたらその責任を問われる

勘定役も荷の数が余計だったり、少なかったら無能呼ばわりされる

629 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2008/11/20(木) 01:20:20 ID:q8UwFB10
>>627
一字違いでなんという違いww

630 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2008/11/20(木) 01:22:03 ID:uUJ+sXDV
>>626
有能だったし、何より秀吉や光秀なんかに比べても、信長の信任が段違いだったと思われる。

631 名前:人間七七四年[] 投稿日:2008/11/20(木) 07:25:04 ID:QPbv1FTA
>>628
戦国期の話だからね。たとえ末端の人夫(農民)とは言え、それなりの権利は有る。
現代みたいに派遣とか下請けとか、そんな感じで人夫を使えば、労使交渉とか
穏便な事では済まない。荷駄隊を会社としたら、勘定役=総務部、担ぎ役=営業部、みたいなものか。
当時の農民は江戸期みたいに、武士階級に支配されてる様な、おとなしい連中じゃあ無いよ。

632 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2008/11/20(木) 08:26:44 ID:uUJ+sXDV
>>631
いや、権利と言う意味で言えば、やはり江戸期の農民の方がずっと持ってる。
戦国期の農民には、一部の天皇や公家、寺社領などを除けば、生命財産の保障すらなかった
(だから惣村を作り自力救済に及ぶのだが)

つーか、この場合の「人夫」は、徴発された農民ではなく、武家被官、もしくは軍の臨時雇いとしての
「小物」なんじゃないか?非戦闘員ではあるが軍役に当たる人たち。

636 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2008/11/20(木) 17:18:34 ID:fdP2YqnK
ただ当時は農民も武装してたからな・・・
他に寺や神社もでかいと自治武装勢力だし、
地侍や一向宗と組んで国一揆なんかか起こされたらたまらん

638 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2008/11/20(木) 19:07:22 ID:fWk751jb
>>627
「H&M」とかいうタイトルで森と堀ダブル主人公の戦国漫画を誰か書けばいいと思う

639 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2008/11/20(木) 19:20:18 ID:7fqaC7wj
夢がMORIHORI

641 名前:人間七七四年[] 投稿日:2008/11/20(木) 19:50:13 ID:GyS5y5tz
>>639
そんな山田雅人の相方なんて誰も知らねーよ。

643 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2008/11/20(木) 20:34:44 ID:b+c3bB9o
>>638
「へぇ、あんたも“ORI”っていうんだ」
理想の上司になるために仕官したHORIと、人を斬るために生まれてきたMORI。
ひょんなことから二人の“ORI”は同居することになる。
さらに、HORIの所属するいい話スレと、MORIが所属する悪い話スレ、
2つのスレのメンバーたちを交え物語は進んでいく。原作:矢沢あい

644 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2008/11/20(木) 20:44:44 ID:ZclFbCvS
森と堀が二人で階段から転げ落ちて精神が入れ替わる話でもいいね

いつもの優しい堀Qだと思って家臣が近づくといきなり斬られて・・・!?

溝口秀勝の関ヶ原・いい話

2008年11月16日 00:09

堀秀治   
417 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2008/11/15(土) 01:09:00 ID:cKjR9E3+
慶長3年(1592)、大聖寺城主・溝口秀勝は堀秀治の与力大名として新発田6万石に栄転になり
新たな領土に向かった。
途中、寺泊まで来ると、上杉家が去ったスキを狙って暴れていた野武士団200人ほどに
不意を突かれ襲われた。引越し中の秀勝一行はロクな装備も無く、窮地に陥った。

その時、野武士に背後から別の集団が襲い掛かった。秀勝一行は、この謎の一団と組んで
野武士を挟み撃ちにすることで撃退することが出来た。
事が決すると、一団の頭が名乗り出た。「手前は寺泊の商人、菊屋新五郎と申します。」
治安悪化の時節、傭兵を雇って巡回していたこの男に秀勝は救われた。

関ヶ原の戦の際、堀久太郎は上杉の扇動による一揆に悩まされた。私兵すら持つ菊屋も
上杉との関係を疑われ、春日山に連行された上、牢に囚われ、死罪と決まった。
ひそかに面会に来た手代・新吉に新五郎は伝えた。
「かくなる上は貸しのある溝口様を頼る他ない。済まぬが、新発田へ走ってくれ。」

新吉の訴えを聞いた秀勝は驚き、すぐに春日山へ行き、久太郎に新五郎の解放を頼んだ。
しかし、一揆に苦しめられ、疑心暗鬼の久太郎は菊屋を許そうとしなかった。
「ええい!この上は是非もないわ!」そう言い捨て、秀勝は去った

と見せかけ、手勢を率い押しかけ、牢を囲んだ。これ以上の騒動を避けた久太郎側が折れ、
菊屋新五郎は秀勝によって新発田に連れ出された。(菊屋五十嵐家家系由緒書)

Q太郎と貸し借りの話が出たので。で、この恩を感謝して、新発田じゃ秀勝の官名(伯耆守)に
遠慮して「ホウキ」(掃除道具)のこと「ナデ」って呼ぶって本当でつか?>新発田の方