あかほりかうつけのむすめのかたへ

2016年10月27日 17:59

250 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2016/10/26(水) 17:11:00.91 ID:zAjQwwv/
無能扱いされてる関東管領、上杉憲政の河越合戦後の書状
討ち死にした赤堀上野介の娘に対して「男児がいないため、女児であるお前に家督を継ぐことを許す」
とわざわざ仮名で書くという気遣いを見せているが、その文面

「あかほりかうつけのかみむすめ のり政
かたへ
返々みやうたい(名代)の事、まかせおき候、
こんとかわこえにおゐて、をやかうつけのかみうちしに、ちうしんのいたりニ候、
しからはおふなこの事に候とも、みやうたいしきの事、あいはかるへく候、
ここもととりしつめ、ちうしやうもあてをこなふへく候、あなかしく

四月廿七日 のり政
あかほりかうつけのむすめのかたへ」

上野守(かうつけのかみ)、と書いてるけど上野って親王任国では


252 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2016/10/26(水) 17:32:18.28 ID:zAjQwwv/
ttp://www.city.saitama.jp.cache.yimg.jp/004/005/006/001/017/012/002/p000183_d/img/001.jpg
001[1]

画像があった。
かうつけの、の下が「かみ」になってるか、読める方がいれば読んでほしい



253 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2016/10/26(水) 20:35:53.07 ID:biprH1Xg
赤堀か、うつけの神娘に見えた
スポンサーサイト

上杉憲政の事

2014年12月30日 18:34

118 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2014/12/29(月) 18:15:10.22 ID:bsB4V5dL
ある時、小山田弥三郎の所に振舞いとして、内藤修理、馬場美濃、山縣、小幡上総、浅利、高坂弾正
といった人々が参り雑談になった所で、馬場美濃が小幡上総に尋ねた
上杉憲政についてですが、この話は本当なのでしょうか?彼は弓を射る侍には、武辺の覚えがなくても
弓大将にさせるという事を聞き及んでいます。」

小幡上総は答えた
「彼の父が管領であった頃はそんな事はなかったのですが、憲政の代になってからは、
あなたの仰るとおりです。」

これを聞いた内藤修理
「それは散々の儀ですな。そのようでは、馬をよく乗るなら馬喰でも上杉家に留めて騎馬の五百騎も
千騎も預けかねませんな。そんな分別だからこそ、自分よりも少数の敵である北条氏康に度々
負けたのでしょう。つまり氏康の武辺が良かったというより、道理によってああなったのですね。」

次に小山田弥三郎が発言した
上杉憲政は人を見る目がありません。憲政が取り立てた者は10人中9人が微弱であり、憲政公の為も思わず、
口で管領をあがめるばかりで、内々には後ろ暗く、しかも武道は臆病第一と聞こえています。」

これに山縣三郎兵衛は
上杉憲政のこと、私が聞いた話では、高野聖が半弓で鍋釜の盗人を一人射殺したからといって、
足軽をあずけ弓大将にしたそうです。一事が万事にわたるのですから、どうして人を見知ろうとされないのか。」

ここで高坂弾正が言った
「人を褒めるのも誹るのも、自身が沙汰す場合、悪大将は例え自分の被官であっても、良き者の志が
及ばないため、当然目が届かないのです。

だいたい、良き大将というものは、3万4万の人数を連れても5千の敵に気遣います。少数の軍勢で
大軍を引き連れ、どこかと同盟して切り取ろうと考えた小身の昔より、いかに大きくなろうとも
後まで気遣いすること。私はそう理解しています。

ただし、それは主を持たぬ大名についての話です。一万の人数を引き回していても、後ろに大将があって
その先陣をする人は、敵に向かってあまり遠慮だてしてはいけません。何故ならば侍大将がそういう遠慮を
しているのを、至らぬ者達は『敵に怯えているのだ』と思ってしまうからです。そうして総軍が気遣いをして
敵に怯え、味方の威勢弱くなります。

私が考えるに、上杉憲政公の家臣たちもこの類ではないのでしょうか?それで氏康に度々
打ち負かされるのでしょう。」

これを聞いて浅利は
「そういうことを考えて、小幡上総殿などは上杉憲政公に余り奉公立てしなかったのですね。
それは尤もな道理です。」

そう言ってから、各々座敷を立った。

(甲陽軍鑑)

武田家家臣団による、上杉憲政に対する分析である。



123 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2014/12/30(火) 06:25:52.71 ID:D4stKxCF
>>118
高野聖が殺生をするのか
今さらなことかもしれんが

山内上杉憲房の死

2013年01月12日 19:54

128 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/01/11(金) 23:43:30.75 ID:KjivEowv
江戸合戦の折、北条氏綱は太田資高らの内応を得て扇谷上杉朝興を破り、
江戸城を手中に収めた。敗れた朝興は河越城に立て籠もった。

そこで、山内上杉憲房は鉢形城へ入って人数を遣わし、
河越衆と力を合わせて江戸城に夜討ちをかけ、氏綱より奪還せんとしたのだが、
運が尽きてしまったのだろう、高上庄平居の陣で重病に侵された。

色々な養生が尽くされ、宮々社々に限りなく願が立てられたのではあるが、
定められた業報が来たのであろう、平癒することなく大永五年四月十六日、
五十九歳で亡くなった。

誠にこの人は関東長者であり、諸軍もよく親しみ、政道に私は無かった。
憲房の死を敵に知られれば押し寄せられてかなわないとして、葬儀は密かに
執り行われ、人々は悲しみを隠して声を呑んだ。

その後、京都より御意を受け、古河公方高基に憲房の実子憲政はいまだ
幼年なので家督は務まらないからと頼み、養子をもらって憲広(憲寛)とし、

管領と定めて長尾・大石・小幡らの長者たちが名代として関東の成敗を司った。
これによって諸家の支配はもとのように、領国もまた平穏無事に治まった。

――『異本小田原記』




氏康内情を視察させ

2012年10月19日 20:04

909 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/10/19(金) 00:18:31.99 ID:kZa+IzlA

上杉憲政の老臣・長尾意玄北条氏康の勢力が日に日に強大になるのを
憂いて、本間近江井俣左近を氏康に仕えさせてその内情を視察させた。

やがて平井に戻って来た二人によると、
「氏康の人となりを熟視したところ、沈着剛毅にして測られず、剛にして
柔であり、書を読んだり刀槍の訓練をし、礼節は正しく、威厳があります。

また下賤であっても功を賞し、士を用いる時には老少問わずその器量に
適した用い方をしています。その子弟は嫡子でなくとも皆俸禄を与えて
仕事をさせ、功があればすぐに昇進しています。

そうした理由から配下は畏怖しつつも氏康を愛し、人々は奮い立って
死を致す覚悟です。しかも上杉の将士は皆密かによしみを通じています。
通じていない者はわずかに九人しかおりません」とのことであった。

意玄は二人の報告を引き合いにして憲政の非を諫言した。
これを聞いて憲政はようやくその非を改めた。ところが程なくすると、
菅野信方上原兵庫の言葉を用いて、また大いに政事を怠るようになった。

――『名将言行録』





上杉憲盛の意味不明な寝返り

2010年07月22日 00:01

4 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/07/20(火) 21:51:02 ID:qSMIiSfj
武蔵国深谷城主、上杉憲盛。
苗字から判る通り、関東管領上杉氏の庶流であり、領地の名を取って深谷上杉氏と呼ばれる。
かつては奥州管領に封じられるなど、話題には上がらないながらも上杉諸氏の中ではそれなり
に重きをなした家であった。

しかし川越夜戦で扇谷上杉が滅び、山内上杉も北条の圧迫に耐えかねて越後に逃げ去ってしま
うと、周囲の豪族同様、北条家に膝を屈して生き延びるコトを選ぶ。

本庄城の本庄氏が成田氏に従っていたコトから、忍と本庄の成田領に挟まれた小豪族に過ぎな
い深谷氏ではあったが、その血筋の良さから、北条氏からは「深谷殿」と呼ばれて尊重されて
来た。

そして永禄十二年(1569年)、武田信玄の駿河攻撃によって甲相駿の三国同盟が破れ、北条氏
康は昨日までの天敵、上杉輝虎(謙信)と同盟を組むコトにした。

その同盟成立の矢先である七月、上杉憲盛は今までの主君、北条氏康に無断で輝虎に手紙を送
り、上杉氏への帰属を願い出る。
輝虎もそれを受け入れてしまったから北条側は激怒。
上野金山城主、由良成繁・国繁父子に宛てた手紙で、「輝虎は同盟を守るつもりがないのか!
ヤツがそのつもりなら上野国は上杉には渡さん!一国まとめて由良家に任せる!」とまで言っ
ている。

この同盟、憲盛の寝返りの後も氏康と輝虎の思惑は終始噛み合わず、早々に破綻を向かえるコ
トになる。

輝虎の去った武蔵はすぐに北条氏に再占領され、憲盛も再び北条家に膝を屈した。
やがてラスボスによる関東仕置きが行われると、深谷城は即開城したにも係わらず、改易とさ
れ、名門深谷上杉氏の名跡は途絶えることになった。


見る目がないとか、空気を読まないとか、そーゆーレベルじゃないよね、憲盛。
寝返りをするなら、何で北条の同盟相手に寝返るんだ? そこは武田信玄に寝返る所じゃない
のか?
んで、何で輝虎もそれを受け入れるんだ。ワケが判らん。

越相同盟破綻の一因にもなった、上杉憲盛の意味不明な寝返りのお話。





7 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/07/20(火) 22:27:06 ID:GOOAiIcs
>>4
一族的な感覚で宗家に従うつもりだった・・・にしては寝返りのタイミングが悪いわな
名門には微妙に甘めの秀吉も深谷上杉の名前には利用価値が無いと判断したのかねえ

8 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/07/20(火) 23:24:48 ID:hnbqTJj1
ラスボスは「娘を差し出す名門」に甘い印象が…

9 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/07/21(水) 00:33:35 ID:89wTiyyX
>>8
若い娘がいれば生き残れたかもしれんね

上杉憲実、その忠義と苦悩

2010年04月14日 01:13

104 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/04/13(火) 00:08:13 ID:sdcRd+tu
書いてみた

上杉憲実と言う人がいる。
鎌倉公方、足利持氏の下で、関東管領を勤めていた人だ。
憲実は非常に有能で、かつ人望も深く、当に関東の要というべき人物であった。

彼の主君持氏は京の将軍、義教と対立を深めたが、憲実は京と関東の融和を心がけ、
持氏が暴発しないように、身をもって防いでいた。
が、将軍の位を求めていた持氏には、彼の存在が目障りでしかなかった。

いたたまれなくなった憲実は関東管領を辞任したが、対立は解消されなかった。
そして持氏は嫡男、賢王丸の元服にあたり、それまでの、将軍の諱一字を受けるという
慣例を破り「義久」と名付けた。これは将軍家からの独立を宣言したに等しい。
憲実はこれを激しく諫め、両者の緊張はピークに達した。

永享十年(1438)八月、持氏は憲実討伐の兵を挙げた。永享の乱である。

憲実は主君に打たれることを恥じ自害しようとしたが、それに気づいた
近習達に止められ、鎌倉を離れ領国上野へと下った。

この挙兵に対して、かねてより持氏を警戒していた幕府の対応はすばやく、
九月初頭には駿河の今川などを中心とした討伐軍が関東に侵攻し、十月十九日、武蔵府中、
分倍河原において、持氏は完全に包囲された。
持氏の挙兵は、完敗に終わったのだ。

足利持氏は剃髪し、罪の許しを請うた。
この時憲実は、自分を殺そうとした持氏とその嫡子義久の助命を幕府に懸命に願い出た。
だがそれは許されず、持氏、義久、ともに自害。
憲実は補佐を果たせなかった責任を取り、出家、隠遁した。

だが、関東はその後も結城合戦が発生するなど、極度に不安定化していた。
乱のたびに憲実はやむを得ず出陣し、それらを平定した。
幕府が関東の安定のために、彼の能力と人望を必要としていたのだ。
何度となく関東管領への復帰を打診されたが、彼はその度に拒絶、さらにその子供達も
皆出家させ、幕府の誘いにのり、還俗して管領職に就くことなど決して許さぬ、そう言い渡した。
後、長男憲忠が還俗し関東管領につくと、最初の言葉通り憲実は、この憲忠を義絶する。

憲実が懸念したように、憲忠は新たな鎌倉公方、足利成氏と対立、
ついに成氏の命を受けた結城氏家臣多賀谷高経によって謀殺され、これにより
享徳の乱が勃発。関東での戦国時代が始まる

憲実は世をはかなみ、持氏親子らの慰霊のため諸国行脚の旅に出る。
その最後は文正元年(1466)、関東から遠く離れた、長門国大寧寺においてであった。

当時、当代一と言われた画僧、宗湛は、憲実の死ををこう評した。

「人皆その風を望み、敬せざる無し。忽ち逝去を聞き、感すべき、慕うべきなり」




106 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/04/13(火) 00:16:28 ID:pKwKyMxN
>>104
関東の大学こと、足利学校を造ったことは試験にも出たりするんだぜ

107 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/04/13(火) 00:44:33 ID:sdcRd+tu
>>106
足利学校については諸説あるので書かなかったのだぜ。

110 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/04/13(火) 05:20:11 ID:8HwYodC/
関東管領の主って将軍ではないのん?

112 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/04/13(火) 07:40:17 ID:IJ/OC9Mt
>>110
形式上は

室町将軍→鎌倉公方(関東における将軍の代理人)→関東管領(鎌倉公方の補佐役)

って上下関係
しかし関東管領の任命権自体は将軍が握っていたという事なので、まさに板ばさみポジション

113 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/04/13(火) 08:50:52 ID:EkZ9hXs9
鎌倉公方は古河と堀越に別れたんだっけ?

114 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/04/13(火) 09:44:29 ID:0K0hm/D0
>>113
ついでに小弓

115 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/04/13(火) 10:03:28 ID:0K0hm/D0
ごめん
小弓は古河からだ

116 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/04/13(火) 10:31:38 ID:eGq4dtnt
どんなに有能でも持氏がああではうまく立ち回ることが不可能に近いポジションだなぁ。
忠義な人なら、ねw

陰謀が…で暗s…うっ…

119 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/04/13(火) 11:23:47 ID:4Z1zMjly
>>116
鎌倉公方足利氏満の「京に攻め上って義満倒しちゃる!」計画を諫死で断念させた上杉憲春の先例はあるけどなw

陰謀と言えば、憲実の永享のときの上野下向は、実は事前に幕府と示し合わせてのことだったらしく、
助命を懇願してるから殺すつもりはないんだろうが、どうも憲実は計画的に持氏を排除しようとしてたみたいね

恐るべき長尾一族

2010年01月26日 00:07

295 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/01/25(月) 09:27:30 ID:gT/FRt6x
長尾能景も結構な名将というか、かなり強かったっぽいのに、神保の裏切りであっけなく
一揆に討たれちゃうんだよな
神保も裏切って勝ったのは良いけど、後々の没落の遠因とも言えるよな

298 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/01/25(月) 19:34:24 ID:YAeASj/M
>>295
考えてみると長尾の家は三世代続けて歩く台風みたいなのが生まれてきてるんだよな
戦国とは全く恐ろしい時代だ

300 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/01/25(月) 20:05:33 ID:cs7DXMyq
女系ではあるけど景勝も大坂の役とかで連戦しながらも倍の敵破ったりしてるし
普通に強いわな
かなり血は濃いんじゃないだろうかw



301 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/01/25(月) 20:09:33 ID:bLnMorph
恐るべき長尾一族

『この男の有る所に戦有り!動く戦争マシーンとは俺のこと!
出城捨て城戦術にかなうものはいない!太田道灌以外。
現在の歴史学者は口を揃えてこういう「何がしたかったのか良く分からん」
本当は山内家守護代になりたかっただけ!?長尾景春!』

『下克上の体現者とは彼のことだ!
越後守護?関東管領!?邪魔する奴はぶっ殺す!
戦いすぎてしまいにゃ国人に大反乱されて、葬式まで臨戦態勢でやったが
それもそれで彼らしい。世間的には「謙信の父親」、長尾為景だッ!」

『さあ真打の登場だ!並み居る戦国武将を抑え、軍神の名を恣にするのは伊達じゃない!
キチガイ行為ばかり喧伝されるけど、実は案外寝技の政治家だ!
趣味は梅干を肴に飲酒!体には実に悪いぞ!
毘沙門天の生まれ変わり、上杉謙信こと長尾景虎だーーーーーッ!』



302 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/01/25(月) 20:35:16 ID:cs7DXMyq
まぁ、長尾一族は割とウォーモンガーそのものだよなw

303 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/01/25(月) 21:56:29 ID:ljNhNnSX
謙信の前後なんかは特にエキセントリックだよなぁ。

親父は類稀なる戦馬鹿。
後継いだ甥っ子は笑わぬ喋らぬの無口っ子。
謙信自身にいたっては軍神とか言われながらちょくちょく母性本能炸裂させる始末。

これでみんな戦上手だから恐ろしいw

304 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/01/25(月) 21:57:20 ID:AYG+tIkB
>>301
その調子でバキっぽく他の武将も頼む

上杉龍若丸の処刑

2009年12月30日 01:15

406 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/12/29(火) 00:27:35 ID:DOj3UvUs
天文21年(1552)、関東管領・上杉憲政は、平井合戦で北条氏康に敗れ厩橋城に逃れたが、
手勢五百という凋落ぶりに厩橋からも逃走する。
紆余曲折の末、憲政は越後守護代・長尾景虎のもとに亡命、数年後に管領家の家督を
景虎に譲り、のちの「上杉謙信」が誕生する。

しかし、実は憲政には龍若丸というれっきとした嫡男がおり、憲政は家臣の菅野大膳と
上原兵庫に、この龍若丸を預け、厩橋城に置き去りにして逃げ出した。
すると、菅野・上原も逃げてしまい、あとには龍若丸と乳母の夫・目方(妻鹿田)新助の
一族だけが残された。

目方は、「憲政様が越後から戻られるまで、この城は支えきれん。天から見放された主君の
命を守って死ぬよりは、龍若丸を小田原に差し出し、知行の一つも頂戴しよう。」
と考え、主君の子を氏康に引き渡した。

縛り上げて馬に乗せられた龍若丸は、中間二人に馬の口を引かれて小田原に入った。
氏康は武士の習いに従い、翌日に宿敵の子の首をはねた。
目方一族は、幼君を売って手柄にせんとする二心ある態度を氏康に憎まれ、新助以下、
弟の長三郎や叔父の九里采女正など、八人が処刑された。

余談だが、大河ドラマ『風林火山』では、逸話と同じく処刑が決まる龍若丸だが、氏康は
その境遇への憐みから最後の抵抗を許し、少年に太刀を与える。
龍若丸は太刀を掴み、氏康に斬りかかるが、歴戦の将である氏康には通じず、一太刀で
返り討ちに会い、若い命を散らす。

しかし、その執念の一撃は氏康の額を傷つけ、「氏康傷」が出来る、というストーリーに
なっている。視聴率的には苦しんだ『風林火山』が、「近年の良作」として歴史ファンから
評価される所以である。




407 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/12/29(火) 00:31:07 ID:WBAQT8lB
>>406
古くは藤原泰衡を殺した河田次郎、これより後には小山田信茂なんかもそうだけど、
逃げ延びる途中の主を裏切る、土壇場で寝返る、というような寝返り方は忌避されるんだよね。
事前に内通していたとかなら別だけど、関ヶ原寝返り組で改易された連中も急遽現地で寝返った連中だし・・・

408 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/12/29(火) 10:42:56 ID:ZTHsLThX
脇坂さんが大谷陣の横でアップを始めたようです

409 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/12/29(火) 11:01:44 ID:y86l1xx6
朝倉景鏡「織田殿は寛容でしたよ?」

410 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/12/29(火) 11:42:12 ID:AeTiCGkS
朝倉さん所はあっという間に崩れちゃったからちょっと違うかもしれないね

411 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/12/29(火) 17:58:39 ID:Tn/va7Xj
大身の武家が人質見殺しにしてでも裏切る、とかいうと武略になるけど、
お付きの者が命惜しさにっていうと途端に見苦しくなるな

412 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/12/29(火) 18:44:34 ID:KMkZJKVO
>>406
これがその時のシーンか
ttp://www.youtube.com/watch?v=4z6C7Ts0-9U

413 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/12/29(火) 19:01:07 ID:rQtvZIdn
”脚色”ってのはこういうのを言うんだよなあ。
主人公だからエピソード捏造とか他人の業績適当にすげ替えるとか
道中飛ばしすぎて直線を待たずに一杯になるとかそういうんじゃなくて。

414 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/12/29(火) 21:06:39 ID:7XXMYVbI
>>413
他人の逸話をそのまんまいただきはほんとやめてほしいよなあ…よくあるけど…
元の話知ってると一気にさめるし主人公にも元の逸話の主にも失礼だと思う

415 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/12/29(火) 21:19:19 ID:O+quvlG0
書いた人にしてみれば、

あーこのメイド服可愛いなぁ。
俺のご贔屓の女の子が着たらもっと可愛いぞ!
→アイコラしてみた
やっぱ可愛いじゃん!やってみた俺Goodjob!

的な、極軽いノリなんじゃないのかな。
後世になってそんな迷惑になるとは思いもよらぬ・・・
いや、だからOKって話じゃないけど。

長尾景春の乱と有鹿姫

2009年11月01日 02:44

905 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/10/31(土) 17:34:01 ID:yJp3CyFa
長尾景春の乱が起きると関東の国人衆も多くが味方した
その中に現在の神奈川県愛川町にあった小沢城の金子掃部助もいた
小沢城は援軍もあって太田道灌をてこずらせたが、やがてはあえなく落城する
その落城にまつわる昔話

金子には美しい姫がいて、彼女は現在の神奈川県海老名市に住まう若者と婚約していた
戦のさなかにも姫は婚約者の元を訪ねて海老名館に滞在していたが、
いよいよ小沢城が危ないとの報に急いで城へと立ち戻る
しかし時既に遅く、彼女が見たのはまさに両親もろとも焼け落ちる城の光景だった
親を亡くし家も滅びては婚儀も叶わず、絶望した姫は眼下の相模川へと身を投げ自害した
すると不思議なことに美しい姫の体は恐ろしい大蛇へと変じ、水面を裂いて泳ぎ始めた
川岸に大きな水しぶきを浴びせながら下流へ、海老名へと泳ぐ大蛇はやがてそこにたどり着き、
息絶えた姫の姿に戻って神社の裏の川岸に打ち上げられた
海老名の地に嫁ぐ日を夢見ながら散った姫を土地の者は哀れみ、
打ち上げられた社の名を取って有鹿姫と呼び、境内の隅に葬ったという




906 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/10/31(土) 19:12:04 ID:CdmvK8Dm
…その姫妖怪かなんかだったんじゃねぇのw

しかしろくに歴史が無いと思っていた俺の地元にそんな話があったとはしらなんだ…
有鹿神社へさっき行ってきたものの暗くて碑は確認できなかったわ

907 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/10/31(土) 19:17:24 ID:c8cLJnQv
大蛇になった勢いで復讐しようとは思わなかったのかな?


919 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/11/01(日) 12:24:19 ID:C6YM1Xl4
>>905
撮ってきた
今は境内じゃなくて神社の隣の小学校の敷地にひっそりとあったから探すのに手間取ったぜ
ttp://up3.viploader.net/jiko/src/vljiko004804.jpg
1102有鹿姫

920 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/11/01(日) 12:56:25 ID:JvRUVmCA
小沢城の落城話をぐぐってみたら
・落ち延びて沼に身を投げた
・川に身を投げたら大蛇になって消えた(後に城坂の道を花嫁が通ると、必ず不縁になる呪い付き)
・蛇になって婚約者の土地まで流れついて葬られた
とかいろんなバージョンがあるらしいな
城一つ落ちるだけでもいろんな話ができるもんだ

長尾景春、戦国スーパースター列伝・悪い話

2009年01月01日 00:06

856 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2008/12/31(水) 04:06:58 ID:TofpZGwC
戦国初期の懲りない止めない諦めない、ミスター3無い運動こと長尾景春。
永正6年(1509)、上杉顕定が長尾為景に敗死し、上杉氏が混乱すると、景春さん、
またもや騒乱の虫が疼き出した!

「今こそ好機!山内も扇谷もぶっ潰すぜ!」

が、兵が足りない。今までの反乱のケチが重なって関東での協力者もいない。
さて、どうしよう?そういえば最近今川の勢力が伊豆まで進出して景気がいいな。
よし!あそこの守護代に一つ協力を頼もう!

景春 「ハロー宗瑞さん!
    で どんな顔ぶれの大物今川武将をよこしてくれますか?」

宗瑞 「それが………
    いいかカゲハル冷静にきけよ
    誰ひとりきみの反乱軍に参加するのをオーケーしない
    幕府の承認すらもない新団体では不安だ
    それに長尾景春の反乱に参加したら最後
    もう二度と鶴岡八幡宮に参拝する事を許さんという」

景春 「ウ~~~ヌ!!
    関東管領のワル幹部どもが
    今川の武将たちに手をまわし圧力をかけたな!」

宗瑞 「どうやらそのようだが
    感情的になったら負けだぞカゲハル
    長尾景春の反乱は立派にやれるッ!
    一人の超大物武将が相模へいき
    扇谷上杉と戦うからな!」

景春 「エッ……そ その超大物とは!?

宗瑞 「わたしだよ
    それとも伊勢宗瑞(北条早雲)は超大物ではないかな?」

景春 「そ……宗瑞さん!(感涙)」


まあ結果、宗瑞さんにおいしいところ全部取りされたんですけどねw



857 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2008/12/31(水) 04:22:36 ID:qkEJ3BVe
景春はこの時もう還暦とっくに過ぎてるのに…w

丸くなるという事が終生無かった

858 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2008/12/31(水) 04:25:12 ID:AIf2ccRG
プロレススーパースター列伝ネタかよw

859 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2008/12/31(水) 06:02:44 ID:U0osLOdS
>>856
越後守護代家の為景パパンもかなりイケイケドンドンな人だったなぁ。

息子のうち、お兄ちゃんは地味で病弱、坊主になりかけてた弟が跡目を継いで武装カルト「マル毘団」の親玉になってしまいますた

860 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2008/12/31(水) 07:45:34 ID:Emzv7ZTc
マル毘団w
謙信がいるせいで長尾上杉は清廉潔白な家のイメージだけど、
為景父ちゃんはかなりはっちゃけた人だよなあ。
他の一族から考えても、むしろ謙信が変わり者っぽい。
戦好きの血はしっかり受け継いでるけどw

861 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2008/12/31(水) 07:54:17 ID:4NSdVyME
謙信は潔白っていうか、自分が裏切る余裕も相手もいなかっただけって気はする
敵を叩きのめしてすぐ帰る→敵復活→叩きのめすの無限ループな人生だし

862 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2008/12/31(水) 08:16:19 ID:vP3UYMA8
謙信は戦後統治能力に欠けるから大きくなれなかったんだと思うけどな。
もうちょっと天下が纏まって秀吉、家康配下に生まれてたら良かったのに。

863 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2008/12/31(水) 11:36:22 ID:osVjMOKB
領土欲がなかったとよく言われるけど実際あんまり意識してなかったんだろうな
越後一国だけで分国持ちと互角だったし
その越後が強くなったのも為景の越後統一への執念の賜物だな

864 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2008/12/31(水) 11:58:57 ID:U0osLOdS
>>860
なんか斎藤道三や松永弾正が下克上の典型ていわれるけど、長尾為景もね。

為景パパン=越後守護代
→一向一揆や国人反乱の度に合戦して合戦して合戦しt(×延々繰り返し)、越後国外へも遠征しまくり
→「なあ、越後守護の上杉って役に立ってなくね?」キュピーン!
→怒って為景を成敗すべく下向してきた守護を爽やかに返り討ち、下克上完了


織田信貞(信定)・信秀の弾正忠家も二代でかなり力を蓄えて信長に引き継がせてるっしょ。
守護代の奉行とはいえ陪臣あがりから、守護や守護代抜きに活動できる経済力と、
弾正忠家譜代の直臣が代を重ねてそっちも力をつけてるし。


865 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2008/12/31(水) 17:27:55 ID:eNiVK7/0
越後守護をぶっ殺す→弟を殺され怒った関東管領の大軍に佐渡に追われる→
越後に舞い戻ってきて関東管領を打ち破る。も追加で。

そんな男の末息子が関東管領に頼られ関東管領そのものまで貰っちゃった世の不思議。

長尾顕方のSOS・悪い話

2008年10月16日 12:48

549 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2008/10/08(水) 11:32:45 ID:/o7fKIwi
たすけてー!


惣社(群馬県前橋市)の長尾顕方が、かねてから仕えてきた関東管領上杉憲寛を裏切り北条側についた。
それに対して関東管領重臣の長野方業は、惣社長尾を攻め滅ぼそうと行動を開始。

進退窮まった惣社長尾顕方は、一族である越後長尾為景への救援要請を出した。

「万一あなたに助けていただけなければ、天地に見放されたも同然です。あなたは三国一の名湯である草津で、
会下僧を前に長尾一族の結束を話したくれたではありませんか。

どうかこの願いを聞き届けて。調停の為とか適当に名分を作って、足軽を200人ばかり当地警護のため
お預けください。そうすれば自他の国において評判も上がり、長尾一族の誼の強化にもつながります。
特に我々惣社長尾は、代々特別に懇意にしているではありませんか。

敵は、もう当城を攻撃するための、要害を構える工事が進められいるようです。厩橋宮内大輔が
日夜準備をしています。この前、厩橋で出されていた制札を、証拠としてお届けしましが、とんでもない事です。

とにかく足軽200人ほど派遣していただければ、当方は持ちこたえられるかと思います。
まず100人だけでも構いません。この願いが聞き届けられたら、明日滅亡しても構いません。
こんな風に書きくどいてお願いしていますが、聞き届けられなければ、滅亡するか、命が惜しければ
上方に亡命するしかありません。よくよくお考えになって、もし不憫と思われましたら、とにかくお助けください。
その上は、今生も後生も感謝いたします。」


結局援軍は無く、長尾顕方は降伏。以後、消息不明。




550 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2008/10/08(水) 13:29:15 ID:dBh7HPgj
>>549
この調子で越中進攻の文書も訳してくださいw

551 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2008/10/08(水) 17:01:41 ID:gtzIri+A
相手が為景じゃーなあ。
総社長尾って結局謙信時代に越後に逃げてきてなかったっけ?


553 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2008/10/09(木) 01:29:31 ID:Tfg1eT2E
>>549
まあしかしこんなネガティブ丸出しの奴はかえって助けたくなくなるのも分かる。

だって助けたって得することまるでなさそうじゃん。見るからに落ち目そのもの。
もっと余裕を吹かせて助けるとこーんなにお得なことがありますよ感を出さなきゃな。

554 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2008/10/09(木) 19:50:10 ID:Mgqr2Oqo
ちゅうか援兵くれたら明日滅亡しても構わない、って交渉下手
すぎだろw熱意が伝わるどころか錯乱振りしか伝わってこねえ。

「とにかくヤらせて!」って迫る童貞の如し。