見れば明日も生きていけるって思うCMです。

2016年10月30日 20:58

281 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2016/10/30(日) 16:10:43.00 ID:zMfwUGF6
ちょっといい話でも何でもないけど見れば明日も生きていけるって思うCMです。

https://www.youtube.com/watch?v=37Fy8w5aNpI
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織部事件

2016年05月16日 15:30

626 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2016/05/15(日) 23:38:21.49 ID:g0H9Yewj
大阪夏の陣が始まろうっとしていた慶長20年(1615)4月28日の昼、京都一条岩神に住む町人の
岡村喜左衛門という具足師が二条の京都所司代へと参り、

「神泉苑の傍に、怪しき者十余人が隠れています。」

との情報を板倉勝重に伝えた。これにより板倉は雑色を先に立て、与力10騎、同心20人を派遣し、
16人ほどを捕縛した。

板倉が彼らを糾明すると、その賊の中の一人で、年寄りの者が白状した。

「我々は、将軍が28日に御出陣と承りました。その時洛中に火を放つべきことを大野と約を定め、
私は十余人ほどを引き連れ京に潜伏しましたが、未だに御出陣の沙汰無く、このため仲間たちは皆々
落ち失せ、今はこの16人だけとなってしまいました。
ここ一両日は食に飢労し、体力も無くなっていたため、動くことも出来ずこのようにやみやみと
縄に懸かってしまったのです。
哀れと思し召され、御慈悲を以って、どうか生命をお助けください。」

これを聞いて板倉は
「下臈の事であるかあら、有体を申すにおいては上に伺い命を助けよう。
しかし、ここ一両日飢えていたというのはよく解らない。なにか買い求めて食おうとしなかったのか?」

「いかにも、代物があれば買い調えたでしょう。しかし一銭の貯えもなかったのです。」

「それは不審な事だ。このような大事を思い立つ者が、どうして用意をしていないのか?」

賊、重ねて言った
「我々も最初は、二十日あまりの計画を立て金銀を用意していましたが、
古田織部正の茶道である宗喜と友人でありますので、彼と合図を定め、城中に狼煙を上げるのを見れば
所々に火をかけると約束し、一両日分だけの糧を貯え置いたのです。
残りの者達は皆、古田織部正に従いました。」

この言葉に板倉は驚愕した
「お前は宗喜と何の由縁があるのか!?」

「博奕の友です。」

「博奕で、初めて出会ったのか?」

「いいえ、十年来の友人です。」

板倉は彼から篤と証言を聞いたうえで宗喜を捕え、双方を監禁し、この旨を言上した。
これによって古田織部正も、その後切腹を仰せ付けられたという。

(新東鑑)



「彼は必ず禍に巻き込まれて死ぬだろう」

2016年01月28日 12:51

46 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2016/01/28(木) 08:10:08.01 ID:mxjf220e
古田織部正は、古くから伝わる器などが完全に保存されているのを、「あまりに思うところがない」として
好まなかった。されば、書画のような物でも、かしこを切りここを裁ち、普通の茶道具も、多くは破損させ
或いは砕いて、それを再び補修し、継いで用いた。世の人々はこれを興あることと思い真似たため、
世の中から全き物は無くなってしまうようであった。

松平伊豆守信綱の実父である大河内金兵衛久綱は、古田織部について近くの人々に、
「彼は必ず禍に巻き込まれて死ぬだろう」と言っていた。
後年、織部は罪を蒙って誅せられた。
人々は大いに驚き、久綱に聞いた
「あなたはどうして、織部があのようになると知っていたのか?」

「古の宝器と聞こえた物も、世々の乱に多くは紛失し、現在まで残っている物は、皆神仏によって
護持されていたからこそ、このように世に残ったのです。それを、己一人の好みに合わせて破損させると
いうのは、必ず鬼神の憎むべき行為でしょう。ならば、それをしている人もまた、身を全うして終わることを
得られない。そう思って言ったのです。」

これは名言であると、古き人の物語を承った。この事は萬に渡り心得あるべきだろう。

(藩翰譜)



47 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2016/01/28(木) 13:10:40.58 ID:WL2rLY7i
言いがかりだなぁ…
たまたま当たったからこうやって記憶にも記録にも残されてるけど
外していたらあっという間に忘れ去られているだろうよ。

安藤さんが本多正純の失脚を言い当てたのも同じようなもんだな。

48 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2016/01/28(木) 13:15:29.13 ID:WL2rLY7i
織部のやつ怪しからんって思うのは個人の勝手だけど、織部には織部の思うところ(豊臣の存続?)があって

それの実現のために動いた結果、徳川政権と相容れなくなった。つまり結果論だろう。

49 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2016/01/28(木) 13:23:35.17 ID:my13jaj9
DQN眼竜「ほんま名物壊すとかロクでもないな」

50 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2016/01/28(木) 14:36:46.95 ID:jd9xfX/V
破袋みたいなゴミをありがたがってる織部の審美眼はかなり怪しいw

51 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2016/01/28(木) 14:59:43.17 ID:nTarwUBU
審美眼は人それぞれだから何とも言えないけどわざわざ壊してまで好みに合わせるってのは凡人にはよく分からんなあ
自然に壊れたものに金継ぎしたり鎹打ったりしたものが味が出て喜ばれるってのなら分かる気もするけど

古田織部が茶の湯の宗匠だった時

2014年04月25日 18:45

78 名前:人間七七四年[] 投稿日:2014/04/24(木) 20:57:18.18 ID:B5vX70uC
せっかくだから茶の湯の話をしようか。

古田織部が茶の湯の宗匠だった時のお話。

織部が気に入っていた大工に喜右衛門という者がいた。
そのころ茶の湯を嗜むものは織部を崇敬していたので、喜右衛門にも懇ろにしていた。

ある人が茶会を催し、谷衛友を上客にし、お相伴のニ三人のうちに喜右衛門を加えた。
その茶会の当日、やってきた谷衛友喜右衛門は露地で出迎えて
「今日はお相伴させて頂きますので、かなり早く来てしまいました。」
と言ったところ、谷衛友の機嫌はみるみる悪くなり
「客の選び方がおかしいだろ」
と帰りそうになったが、お相伴の人たちがいろいろ取りもって、何とか穏便に済ますことができた。

当時はこの出来事について、様々な批判がでたそうだ。





79 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2014/04/24(木) 21:06:09.90 ID:c8AoaX8x
そういえば今日へうげもの18巻発売日だったね(宣伝)
ついでにローゼンメイデン最終巻も買ってきたわ

茶入が高値になったのも

2014年04月23日 18:52

49 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2014/04/22(火) 19:47:01.19 ID:+iMs8WN/
茶入が高値になったのも、ここ近来の事である。この老人(著者)が少年のころは、
世上おしなべて名物というのは、玉堂という茶入と、利休の円座肩衝と言うものだけであった。
しかしこれらも、何程という物でもなかったのに、今では無類の名物のように言われている。

その後ある時、相国寺にあった、名を相国寺という唐焼きの肩衝を、古田織部が黄金1枚で求めた。
これが茶入が高値となった始まりである。しかし程なく加賀の前田家に千五百貫で売った。
これは当時、古田織部が間悪く金が無く、借金の返済をせつかれた為、その借金を支払うために
売ったのである。

道哲親円浄坊が取り次いで、前田家より代金を持ってきた時、この私も織部方に居合わせていた。
黄金60枚と、蓮華王の茶壺をひとつ持って来た。壺は織部の方から所望したものである。

円座肩衝は今は江戸にあるが、明暦の大火の時に消失したそうである。

(老人雑話)




50 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2014/04/22(火) 22:38:13.61 ID:oQ50ob0w
戦国期の茶器の名物って、ふ~ん、この程度のもんがね~
といいたくなるような代物ばっかりという印象。

江戸時代とは工芸のレベルが違いすぎるんで、
どうしても稚拙に見えちゃう。

もちろん、戦国期でも明のものすごい陶器・磁器は入っていたんで、
あえてああいうものを名物扱いした面もあるんだろうけどさ…

51 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2014/04/22(火) 22:51:25.83 ID:lz5MHbul
おいおい、いくらなんでも知ったかぶり過ぎだろ

52 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2014/04/22(火) 23:18:01.33 ID:QApH+8kg
これは酷い

53 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2014/04/22(火) 23:35:46.65 ID:USbTqCmw
>>50
工芸品としては曜変天目(特に稲葉天目)が最高峰だろうけが
茶を飲むなら、工芸品としては大した事ない楽の黒茶碗の方が
濃茶の緑が映えておいしいはず

54 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2014/04/22(火) 23:46:28.39 ID:zVDrE6OV
確か利休の頃までの茶は黄褐色だった様な

55 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2014/04/23(水) 00:00:19.02 ID:uTXUlDps
日本では茶器の来歴が一番重要だからね。
大陸ではただの雑器でも、将軍や大名、大商人が
これは良いものだと言い、受け継がれていくと名器に化ける。

56 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2014/04/23(水) 00:16:38.86 ID:ruw1rFiG
茶器バブルは信長公の頃頂点に達し、焼き味噌殿が天下取って崩壊

57 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2014/04/23(水) 00:22:11.32 ID:dqLsp4XZ
この前の逸話であったように金銀の流通が多くなればそれだけ貴重品の物価も上がるのでは

58 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2014/04/23(水) 00:29:17.28 ID:mQzjKopQ
今日、有田の天目が\1000で無造作に積まれてた

59 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2014/04/23(水) 00:34:16.85 ID:rBfI8Yi+
気に入ったのを買ってらっしゃい

60 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2014/04/23(水) 11:47:08.23 ID:tlFClwQp
有田って磁器だよな?
天目って陶器だけど?
もうちょうましな嘘つこうぜ

61 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2014/04/23(水) 14:25:58.47 ID:3Ecy/FsP
有田陶器市来れば有田焼買い放題だぞ

62 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2014/04/23(水) 15:47:19.85 ID:eaAIOIIi
織部のほうがいいな。黒は重々しくなってしょうがない

71 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2014/04/24(木) 00:58:31.06 ID:KGiRFpVz
>>60
有田っていまも陶器だけなの?
じゃあ、有田と嘘ついて売ってるのかな

72 名前:人間七七四年[] 投稿日:2014/04/24(木) 17:39:05.58 ID:b6x5TlJJ
天目形ってかたちがあるから、
天目形してる茶碗なら磁器だろうがプラスチックだろうが天目茶碗と言っても間違いではない。
使う時は天目台っていう台にのせて、貴人にお茶を出すときや神仏へのお供えに使う。

実家は古い寺だったから色んな天目茶碗があった。
唐物もあったし、瀬戸物も染付のもあった。

[ 続きを読む ]

織部も泉下にて喜んでいることでしょう

2013年07月20日 19:57

732 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/07/19(金) 21:24:08.37 ID:ALqSd73d
前田利常の元に小堀遠州が御出でになり、四方山の話をしていた時に、利常がふと

古田織部の焼かれた茶入の中でも良い物で、なおかつ織部自身の茶の湯に出した
茶入というものは、あるのでしょうか?」

遠州は答えた
「ええ、御座います。その茶入は、餓鬼の腹によく似ているからと、『餓鬼はら』と名付けられた
茶入です。実に、一段見事な茶入です。」

これを聞いてその茶入を手に入れたく思った利常は、遠州の語った内容を書き付け、
京都でこれを尋ねよと高田弥右衛門らに命じた。

高田達が探し尋ねると、その茶入はとある町方のものが所有していることがわかった。
その町人に、譲ってもらうよう頼み、代金のことについて尋ねると、
高田が買取の値段を言い出す前に町人は

「何と言っても御大名様がお尋ねになった事ですから、金五百枚と申し上げてください。」

と、金五百枚を要求した。そこで高田弥右衛門もこれを利常に報告した。
そうした所で利常は小堀遠州に京へ言ってもらい、その茶入を確認してもらった所、
「成程なるほど、間違いなくこの茶入です。」
とお墨付きを得たため、利常は高田に金五百枚を遣わし、町人より茶入を買い取った。

その後、小堀遠州がまた利常の元に参った時、利常はこの『餓鬼はら』の茶入で茶の湯をされた。
茶の湯が終わると小堀遠州が尋ねた

「この茶入を買い入れるのに、代金はいかほど必要だったのでしょうか?」

「持ち主が金五百枚と申しましたので、その通りに遣わしました。」

これを聞くと小堀遠州、手を叩いて痛快そうに
「実にご尤もなことです!御大名がそのようにしていただいてこそ、織部の焼き物に
価値が付くというものです!織部も泉下にて喜んでいることでしょう!」

そう申し上げ、帰っていったそうである。
これは今枝伊兵衛の話に承った事である。
(微妙公夜話)




733 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/07/20(土) 00:06:01.37 ID:MNPFUEiv
糞ガキの元ネタか

734 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/07/20(土) 11:32:29.75 ID:S2B+QJIP
みんなで価値を釣り上げるのか

美濃の陶工の話

2012年07月04日 21:00

240 名前:美濃の陶工の話1[sage] 投稿日:2012/07/03(火) 22:06:03.32 ID:JXnmWD+J
 美濃の陶工、加藤景延は久尻村(現 土岐市)で窯を開き、古田織部の支援のもとで
多数の名品を生み出していた。
1600年、石田三成が決起して諸大名が東西に分かれた時、美濃でも岩村城主の田丸具忠が西軍につき、
東軍に味方している妻木城主の妻木家頼を攻めるために兵をあげた。

241 名前:美濃の陶工の話2[sage] 投稿日:2012/07/03(火) 22:10:01.96 ID:JXnmWD+J
 西軍の田丸具忠の軍勢が久尻村を通過して妻木城を攻めることを知った加藤景延は、職人や使用人など
一族のものたちに武器を持たせて、さえぎり戦った。一族の角左衛門景定は弓をもって
後陣の大将松原忠兵衛を射落とし、太郎衛門は鉄砲で敵の勇士である木原清八を撃ちとった。

242 名前:美濃の陶工の話3[sage] 投稿日:2012/07/03(火) 22:13:05.71 ID:JXnmWD+J
 怒った田丸勢は景延勢を追い払うと、久尻の窯屋を焼き払ってしまったが、これ以上の進軍をあきらめて、
右折して久々利に向かうことにした。久々利は東軍側の武将の千村良重がいるところである。山間の道を通って
五斗蒔、大平、大萱を経ると久々利に着くのだが、これらの地にはいずれも陶工の窯があった。

243 名前:美濃の陶工の話4[sage] 投稿日:2012/07/03(火) 22:17:00.12 ID:JXnmWD+J
 田丸勢が山道を通っていると、大平の陶工加藤景豊が一族を率いて、一枚岩の断崖の上に待ち構えていて、
弓矢、鉄砲を乱射し、なおかつ岩を投げつけて攻撃してきた。これにはたまらず、田丸勢はすごすごと
退却していった。
 小なりとはいえ、れっきとした大名の軍勢を相手に陶工の一族が戦って撃退したのは前代未聞の手柄であった。




244 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/07/03(火) 22:33:52.45 ID:ghqnfhMf
この田丸さんって、小山で西軍につくと言いに来た田丸さん?
まぁ、小山会議に参加してないって聞いたことあるんだがあの話は実に逸話っぽいから好きwww

245 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/07/03(火) 22:36:32.19 ID:AqYG+ymV
ググったらその田丸直昌さんの父親らしい>田丸具忠
wikiでは隠居してすでに直昌に家督譲っていることになってるけど


246 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/07/03(火) 22:41:36.69 ID:Mo9SyXmX
土岐は陶工多いんだよな。
隣の多治見と同じく。
多治見には新羅神社あるし渡来系の土地柄なのかもね

細川家「古田織部は…」

2011年10月20日 22:00

178 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/10/20(木) 11:05:38.81 ID:59//tCDO
いい話か微妙だが

天正7年(1579)9月、雲林院式部大輔を主将とする三千が篭る丹波鬼ヶ嶽城を攻めていた明智光秀のもとに、
細川忠興が重臣・松井康之等の手勢を率いて駆けつけた。光秀は、婿の加勢を喜んだ。

「では忠興殿、大手門(表口)を攻め候え!」
「手柄の機会を回していただけるか、かたじけない。」

だが、光秀の命に従わない者もいた。

「ふっ、馬鹿正直に大手から攻めていては、いつ落とせるか分からぬわ。」
細川家臣の古田左助は、城の裏山から搦手門(裏口)を打ち破って攻める事を企て、山の間道へ押し入った。

左助は途中、城方の物見と遭遇し、一騎討ちの末これを下したり、木の根、岩の角に取り付いたりしながら
やっとの思いで城の裏山によじ登る事に成功すると、一息に坂を駆け下り、搦手をこじ開けて大音声を発した。

「古田左助、一番乗りして敵を討ち取ったるぞ!!」

「ちッ!左助に出し抜かれたか!」
これを見た忠興が発奮し、相手をしていた騎馬武者を突き伏せ首を取ってみせると、それが合図としたように
全軍一同に城へ攻めかかった結果、城主の雲林院こそ逃がしたものの、城を落として二百余を討ち取り、
城方の救援に駆けつけた、名だたる赤井悪右衛門直正を撃退する大戦果を上げた。


褒美として五百石を与えられた左助は、その後も戦功を重ねて信長の直参に取り立てられて織部正を名乗り、
千利休に弟子入りして茶道の達人となった。すなわち、古田織部である。

“(当家の記録はこうなので)信長公記等で織部を最初から信長直参とするのは疑問が残る”(綿考輯録)


工エエェェ(´д`)ェェエエ工




179 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/10/20(木) 12:28:15.04 ID:SntYkKwA
その記録の方がよほど疑問に残るw

180 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/10/20(木) 12:53:16.92 ID:RT4ksHeo
織部が細川家家臣だったなんて面白いw

181 名前:人間七七四年[] 投稿日:2011/10/20(木) 13:12:24.61 ID:wLqoC7B4
なんと言う猪武者…織部


だめだ、イメージがわかない

182 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/10/20(木) 14:26:34.54 ID:vAdDsRZl
ありえない

183 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/10/20(木) 14:31:55.87 ID:72Gec9Ki
これはあり得んだろうとは思うが
実際、古織さんはどれくらいの強さだったんだろう

184 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/10/20(木) 16:20:05.64 ID:cyAcRuAk
まあ一応信長直参の侍だしそれ相応の強さだったんじゃないか?

185 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/10/20(木) 17:05:50.41 ID:tLFlhn2W
確か、細川元首相がへうげ作者との対談で言ってたなあ、これ
ソースは綿考輯録だったのか

186 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/10/20(木) 17:29:00.88 ID:xy+6/ktN
細川元首相って今は茶人、陶芸家をしてるらしいが
作品が結構な値で取引されてるみたいだな
ネームバリューでの評価が高いんだとは思うが現代にも数奇者が多いのかね

187 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/10/20(木) 18:49:17.72 ID:AOq2ILgY
永青文庫ってお宝あったっけ

188 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/10/20(木) 19:42:47.05 ID:uWBq4EYU
永青文庫はお宝の山です。
仕事で関わる度にゲヒヒしたくてたまりませんよ!

189 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/10/20(木) 19:47:43.84 ID:3GhbbP3C
へうげもので細川ガラシャの死がむちゃくちゃに書かれていた、ときいて
細川元首相の心象を害さなかったんだろうか、と思ったが、細川ガラシャ系の子孫ではなかったんだな

190 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/10/20(木) 19:53:38.84 ID:Rj5aTVKA
>>187
金象嵌銘 光忠光徳っていう刀とか時雨螺鈿鞍、金銀錯狩猟文鏡は国宝だよ。
宮本武蔵が描いた掛け軸とかは重文だったかな。

191 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/10/20(木) 21:49:00.31 ID:Q1KysmMC
特別展覧会 「細川家の至宝―珠玉の永青文庫コレクション―」
ttp://www.kyohaku.go.jp/jp/tokubetsu/111008/index.html
 三斎様の偏屈そうな肖像画と忠利の人のよさそうな肖像画の対比が印象的でした。

192 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/10/21(金) 02:14:15.42 ID:nNPXazme
>>189
つか幽斎様だし>細川護煕(職業:陶芸家)

193 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/10/21(金) 03:06:35.09 ID:r7txd6tf
>>189
無茶苦茶といえば無茶苦茶だけど、
大変格好いい死に様でしたよ

12連斉射銃を持ちだして石田勢をなぎ倒すとか、
さすが鬼の嫁は蛇と自称するだけのことはある

194 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/10/21(金) 09:55:06.34 ID:Hb/COBz3
>>191
「美の世界では天下人」とかいうやつだなw

古田織部、微妙に(?)間違った教訓を得た後日談

2011年09月03日 22:03

670 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/09/03(土) 13:40:36.56 ID:zAQjJHSq
http://iiwarui.blog90.fc2.com/blog-entry-5420.html
このお話で佐竹陣でハゲ頭のおかげで負傷した古田織部さん。その後日談


慶長19年(1614)11月27日、古田織部は将軍徳川秀忠の元を訪れ

「いやはや!先日佐竹義宣の陣に訪れた時、堤の陰より放たれた銃弾が左の眼の辺りに当たりました!」

と語ったが、秀忠はそれに感心のない様子で、すぐに別の話題を始めた。
後で秀忠の近習たちがこの事について語ったことには

「自分の陣所で傷を負うなら忠節というものだろうが、軍令に背いて他人の陣所に行って流れ弾にあたって
負傷するなど、不覚なだけではないか。」
と笑いあったという。

しかし先の逸話で
> 「ああ、この初めての手傷を自分の担当する仕寄で負ったなら、少しは御感に入ることも出来ただろうに、
> よりにもよって他所の仕寄で負うとは、これでは丸損ではないか。」

って自分で言ってるのに、それでも一応、ものは試しに言いに行ってみたんですね、織部さんw
(難波戦記)





671 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/09/03(土) 14:57:44.79 ID:2qeS4u7Z
何となくなんだけど、権現様と織部の関係って太閤さんと利休の関係と被るんだよね。
茶の湯ってそこまで凄いものだったのかねぇ。

672 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/09/03(土) 15:07:20.62 ID:6RFc39b6
その織部も大坂の陣後秀忠に切腹させられてるからな
茶人の末路はせつない

673 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/09/03(土) 15:08:17.25 ID:IugRXrva
今の日本文化は茶の湯が作ったという人もいるからな

茶しばくだけじゃなくて、礼儀作法全般から、
書、絵、陶器などの美術品から、建築や作庭、装束まで網羅するとも言える
今みたいなただの趣味とは意味合いが異なる

674 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/09/03(土) 16:02:05.00 ID:akHi88yC
そういえば秀忠の茶の湯のブレーンは、山本道句といい金森可重といい、古田織部の弟子なんだなあ。
何故かその中に、あの佐久間信盛の嫡男で、信長から例の折檻状で「茶の湯やりすぎ!」って叱られた
佐久間信栄が、茶人として混じってたりするがw

675 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/09/03(土) 18:19:52.62 ID:vfoDCM4N
なんか古田織部は反抗のための反抗って感じで、利休と違ってあんまり同情できないんだよな
茶道のために筋を通したんならともかく他人の嫌がる様をみて喜んで、挙句の果てに大阪方に内通
いつか誰かに殺されてもしょうがない生き方だったと思うよ

まあ>>670の織部は、書き方もあってユーモラスに見えるけどw

676 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/09/03(土) 18:37:43.88 ID:ghZpOZWt
実際の古田織部がどうして内通したかは分からんが
へうげものの古田織部だと茶器を大阪城から盗む為に息子と共謀してたんじゃね?と思えてくる
不思議!

677 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/09/03(土) 21:26:08.44 ID:2qeS4u7Z
動機って点じゃめちゃくちゃ不自然な事件だとは思う。
既に勝負が見えてからの、真田信繁、後藤基次、塙直之。
当時の武将が何考えていたのか、損得だけで動機考えるのって無理があるかな。
ただね、織部が切腹した後の家康の反応がこれまた不自然。
それこそ長安事件と同じ匂いがするんだよね。


678 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/09/03(土) 21:33:07.51 ID:XW0Eps16
師匠の利休とはまた違う意味で、謎の多い死を遂げたのか織部

679 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/09/03(土) 21:42:38.20 ID:akHi88yC
しかし織部は大坂の陣の段階でも大物ってほどでもなく、利休のように政権に深く食い込んでいたわけでもなく、
コネクションがあると言ってもそれが即幕府の脅威になるようなものではなく、
やっぱり単純に、息子が何らかの形で豊臣と通じていたのが発覚して、責任とって連座で切腹、
ってことだと思うよ?

680 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/09/03(土) 22:15:00.38 ID:uz/LElpf
茶道筆頭でしょ? 当時の茶の湯の政治的重要性から考えると十分に重要人物だと思うが。

681 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/09/03(土) 22:17:36.25 ID:81XZEsGI
まぁそう思うだけなら故人の自由ですから

682 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/09/03(土) 22:28:20.51 ID:1e7JzRzD
まあ、マジで内通してたなら切腹じゃなくて斬首ものだよな。

683 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/09/04(日) 00:16:22.80 ID:SGh8Mp4H
へうげものや、上のリンクの逸話を知る前の古田織部のイメージ
・千利休の追放の際、細川忠興と二人で堂々と見送った剛の者
・歪な道具を好んだ粋な茶人
・武士としても活躍

あれ


684 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/09/04(日) 06:22:18.12 ID:a7ThJi9u
茶の湯の文化だけじゃなく、安土桃山の政治史への重要な関わりを知れば知るほど
韓国茶道ってばかみたいと思うの

685 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/09/04(日) 07:55:39.83 ID:J40O4g6A
織部切腹は、徳川家以外に権威があっては好ましくないから始末されたのだと推測

686 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/09/04(日) 10:30:02.51 ID:BZvGkTZF
織部の権勢なんて徳川からみたら屁みたいなもんだろ

687 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/09/04(日) 10:43:33.72 ID:pMlIvP4l
邪魔だから排除した、じゃなくていらないから捨てたってイメージ

688 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/09/04(日) 12:50:33.00 ID:lgImhBFC
切腹まで含めて織部の芸術なんだという気もする

689 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/09/04(日) 12:53:54.74 ID:UuF0Kzeq
へうげなら、最後はさぞ凄い顔芸して終わってくれるだろう

ある時、浅野幸長が古田織部から

2011年07月27日 23:09

173 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/07/26(火) 18:15:12.99 ID:EeG8E2xt
古田織部「五金時殿くらいで」



175 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/07/26(火) 21:44:40.24 ID:/pLjZPZs
>>173
ある時、浅野幸長古田織部から、狭い茶室での道具の置き方・所作の仕方等の稽古を受けた。

「よいですかな浅野殿、客も炉も自分の右側にある時はこうする。客が右、炉が左の時はこう。」
「ふむふむ。」
「客も炉も左の時はこう、客が左、炉が右の時は…って、この辺は前の稽古の時どう教えましたかな?」
「………済まぬ、忘れたようです。」


そこで二人は、前回の稽古で同席した上田宗箇を呼んで、この件について問いただした。

「………申し訳ござらぬ、それがし、師の教えを失念いたし申した!!」
「(え~)………」
「………?」
「……………」

「…と、とにかく、こういうものはその場その場でやってみなけりゃワカランものにござるよ。」
(織部候云、兎角その座敷にて置合てみねば、たしかならず)

「なるほど、そういうものですか。」
「うむ、そういうものです。」


織部のおかげで一つ勉強になった
…わけもなく、こーゆーお人に「白黒つけろ」とか㍉にゴザルよ。




182 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/07/27(水) 09:56:45.63 ID:K5IF7UPx
>>175
みんな忘れたのかよwwww

183 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/07/27(水) 19:02:15.87 ID:IUg9pvcb
>>175
織部も忘れてる?www

184 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/07/27(水) 19:10:52.93 ID:O5JhFgs2
消防のころ先生が答え忘れてみんなに聞いてもわからなかったこと思い出した

185 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/07/27(水) 19:30:13.96 ID:WBUAFs8e
小学校の問題の解答くらいは、その場で考えられるだろ・・・と思うけど、焦るとそれすらも分からなくなるんだよね

186 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/07/27(水) 19:38:13.40 ID:Gb/IrSc2
これ、小学校の問題と解答とかそういう話じゃなかろ。
マニュアルも正答もない、どうやったら非礼にならずに人をもてなせるかという話なんだから。
当然正解なんてないよ

187 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/07/27(水) 19:46:37.99 ID:O5JhFgs2
前の稽古の時教えたことあるんだから正解はあるだろ

188 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/07/27(水) 19:57:05.26 ID:Gb/IrSc2
「教えたことある」なんて文中に書いてないけどねw

189 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/07/27(水) 20:03:41.54 ID:O5JhFgs2
読解力が乏しいのか、単に引っ込みがつかなくなっちゃったという
ちょっと悪い話

190 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/07/27(水) 20:43:32.16 ID:YemAPnjX
ひどいオチだw

191 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/07/27(水) 21:32:09.63 ID:r2+J8sfP
ひどいお茶でもある

織部盃

2011年07月03日 23:36

863 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/07/03(日) 20:31:27.78 ID:mheKI5DY
古田織部の作る品は、茶道の趣味がある無いにかかわらず世間がもてはやし、
食事の時酒を呑むため出す杯にも、織部盃と言うものが現れ、これが大流行した。

ところで京に三八という男があった。これが織部の流行があまりに著しいため、
盃の事を織部と言うのだと思い込んでしまった。ある時のこと、三八が赤い顔をして
良い機嫌でいるのをみて、知り合いのものが

「そちはひどく酔っているようだな?」

というと、三八

「当たり前だ!今朝の振舞に汁の椀の織部で続けざまに三杯飲んだからな!」

と答えたそうだ。

織部風の流行を垣間見せてくれるお話である。
(醒睡笑)




864 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/07/03(日) 23:23:33.10 ID:yVkKAlpu
醒酔笑はすっげえくだらない話ばかりなんだけど
読むと止まらなくなくなるくだらなさが好きだ

古田織部、微妙に(?)間違った教訓を得る

2011年05月18日 00:02

219 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/05/17(火) 01:05:58.20 ID:VuWajU97
もう一つ。大阪冬の陣の折のことである。

その頃、古田織部といえば天下の数奇者の宗匠と呼ばれていた。
大阪城攻めの合戦騒ぎの中でも、織部は「数寄の友だから」とわざわざ佐竹義宣の陣に
訪ねて行った。

が、その時佐竹義宣はちょうど城攻めのための仕寄に付いていたが、しばらくして矢弾避けの
竹束の内に入り、そこで織部と対面、義宣は兜を脱いで織部とつもる話をし、またそこで風呂を炊かせ
もてなし、その後茶を飲むなどしていたところ、織部は突然、竹束の方をキッと見て

「この竹束の中に、茶杓になるべき竹がある!!」

と、竹束の側まで寄って顔を打ち傾けながら熱心に見始めた

時にこの頃古田織部は僧形であり、頭は当然だが、見事にそり上げていた。
あまりに熱心に竹を見ていたため、ついうっかり頭を竹束の影から出してしまった。
その頭に日光が当たる。ピカーッ!彼の禿頭は日光を反射しキラキラと輝いた!

これを見た大阪方
「佐竹陣の竹束のところから、なにやら光り輝くものが現れました!」
「何だと怪しい、怪しすぎる!撃て、撃てー!!!」

大阪方の放った銃弾は、あやまたず織部のハゲ頭に命中した!
…が、運が良かったのか、頭から血は流れていたもののかすった程度で済んだらしい。
しかし織部はすっかり肝を潰し頭を抱え

「我、手負いたり!」

と叫び、その場に居た茶坊主が茶巾袱紗などでその血をぬぐった。
これをその場に居た人々「数奇者に似合いのぬぐい物である」と囁いたとか。

そして織部は
「ああ、この初めての手傷を自分の担当する仕寄で負ったなら、少しは御感に入ることも出来ただろうに、
よりにもよって他所の仕寄で負うとは、これでは丸損ではないか。」
と嘆いたという。

この後、自分の陣屋に帰ると家臣たちに
「武士が付けておくべきは兜である!今後わしは数寄屋においても兜をつけるぞ!」
と宣言したそうだ。

以上、古田織部が微妙に間違った教訓を得た話である(大阪物語)


関連
古田織部、微妙に(?)間違った教訓を得た後日談
http://iiwarui.blog90.fc2.com/blog-entry-5746.html
古田織部と上田宗箇IN大阪の陣「・・・・・・あ、アルェ━━━━━━??!」・悪い話
http://iiwarui.blog90.fc2.com/blog-entry-1297.html


220 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/05/17(火) 04:49:03.56 ID:sYhf+P8e
・・・いやいやいや
微妙にってか、豪快に間違ってないかな、その教訓・・・

221 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/05/17(火) 06:19:54.52 ID:0QcYz3Ew
手遅れにならんように鎧も着けとけ
結局切腹するわけで兜は役に立たないわけだが

222 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/05/17(火) 09:04:41.44 ID:/P7+tcMI
光った頭を見て発砲

なんだこのコント

223 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/05/17(火) 14:49:25.68 ID:ZBHgIIeB
茶杓→竹→光ると読み上げて、光る竹が出てきて竹取物語かよ、と思ったら、
禿げ頭が光ってうおまぶしっ!ってなんてコントだよ。
最初の茶杓がどうとかもう放り投げっぱなしだよ。

所でそのあと、ゲヒさんはお目当ての竹を見つけ出せたの?
それとも見つけられないままハラキリ直行?

224 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/05/17(火) 19:34:14.02 ID:pUod8rVZ
全部、漫画の絵で想像できる。リアルが漫画と変わらねえよ、古田織部

225 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/05/17(火) 21:09:44.12 ID:iHKEneIC
つくづくへうげものって凄い漫画だな。

226 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/05/17(火) 21:22:45.37 ID:rZMLgl78
完全にフィクションだけどな

227 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/05/17(火) 21:39:53.37 ID:SjxQU2JR
フィクションを楽しむのは全然アリだけどごっちゃにするのはダメ、絶対
と、バサラ見てるとつくづく思う

慶長12年(1607)4月、織田有楽、古田織部を招き

2010年06月14日 00:00

375 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/06/13(日) 16:16:50 ID:QCnJByLK
慶長12年(1607)4月、織田有楽は大坂天満の自邸に古田織部を招き、“台子点前”の茶会を開いた。

“台子点前”とは、飾り台に茶道具を置いて茶を点てる作法であり、貴人をもてなす作法とされるものである。
有楽が本日の客で当節、宗匠と呼ばれる織部を敬った形であり、さらに有楽は加藤清正が朝鮮から持ち帰り、
太閤秀吉に献上した「天下無双」と言われる“龍頭の水指”を用意した。

通常、台子点前においては、このような貴人ゆかりの道具は押しいただいて拝見するのが作法であったが、
肝心の客の方は台子の作法に詳しくなかったのか、織部はそれをしなかった。
これでは秀吉・その子秀頼、もしくは水指の発見者である肥後国主の清正を敬わない、という事になってしまう。
しかし有楽は、そんな織部を眺めて、ただニヤニヤしていた。

微妙な空気の中、茶会は進み、やがて有楽が炉の炭を起こし、茶釜を火にかけると織部は、ニヤニヤした有楽の
顔色から己の無作法を悟ったのか、「失礼だが、台を拝見したい。」と言い出した。
「・・・どうぞ。」有楽の許しを得た織部は、台子の作法をモノにせんと台の茶道具の並べ方など凝視して調べ、
それに飽き足らないのか、台の棚に顔を突っ込み、釜の炭の置きようまで、食い入るように見つめた。

そこへ炭の火の粉がはじけて、織部の頭にクリーンヒット!!

「 うぁ熱ちゃあああああああああああああああっ!!!!! 」
思わず飛び上がった織部は飾り台に頭をぶつけて破壊し、畳は一面抹茶の海と化した。動転した織部は、
茶入に抹茶をかき集めると、なぜか茶入を抱えて茶室を飛び出した。

「も・・・もういい、カンベンして織部・・・・・・」
イロイロ我慢できなくなった有楽は、「もういいや、今日はゆっくりしよう。」と、小姓に枕を二つ持ってこさせ、
織部と二人、寝転がってテキトーに茶を点て、その日は一日ダベって過ごしたということである。




376 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/06/13(日) 17:24:54 ID:DB6KDsWx
>>375
> 動転した織部は、
> 茶入に抹茶をかき集めると、なぜか茶入を抱えて茶室を飛び出した。

わらたw
人間慌てふためくと意味不明の行動するもんだが、織部でもこれかw

377 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/06/13(日) 18:10:25 ID:pYkQR/b2
へうげものの絵で再生されたw

378 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/06/13(日) 18:26:43 ID:/RsKGWLo
へうげ織部なら明らかに盗みにかかってるぞ、それw

379 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/06/13(日) 18:32:00 ID:EXcJ4jw9
有楽も人が悪いなw

380 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/06/13(日) 18:37:13 ID:JsLq+fXh
1607年か、へうげものでこのエピソードが語られるのはまだまだ先だねぇ

382 名前:人間七七四年[] 投稿日:2010/06/13(日) 20:23:49 ID:VgHtQQJH
>>378

                      、_f^ヽ
                  ミ三ニ彡ゞ=ニ'、
                 / ̄ ,イリハi})ヾ丶、
                /   /ィノリ川l.i.l.i.l.i.ヽ、
                  /   く彡彡ノノノj⊥、l.i.l.ヽ_,ノ
              /     `ゞッ=ミソ(ィ'ぅ丶l.i.l.iV_,' _,_
              l  , '  ,、 '´  `ヾj,ニ、 )ヽミッゞくラ丶、
              '、/  ,イツ        、゙_,ノ  ,! l/:.:.:.:.丶、
ヾ 川川川川川川川,ノ  '、'、,li},イ   _、    ヽ'、 i,  /:.:.:.:.:.:.:./l
三           三.   ヾミ'゚'゙ー _,ィf トミ、   ヾ!l! /:.:.:.:.:.:.:.:/:.l
三 ゲ 良 こ 俺 三      ', ::... '゙//::::ヽ    lリ/:.:.:.:.:.:.:.:./:.:.l
三 ヒ  い の .の 三      l '´ /ノヘ::::::l   ,' /:.:.:.:.:.:.:.:./:.:.:.l
三 ヒ. 物 茶 盗. 三     `⌒ '゙´  `tヲノ  /, /:.:.:.:.:.:.:.:./:.:.:.:l
三 ヒ  で 入 っ 三          _,.ン介-イl'/:.:.:.:.:.:.:.:./:.:.:.:.,'
三 ヒ  ご と  た. 三         /:.:.:.:l:.:/l::ll/:.:.:.:.:.:.:.:./:.:.:.:.,':.
三    ざ て    三         l:.:.:.:.l:./ l::l':.:.:.:.:.:.:.:.:/:.:.:.:.,':.:
三    る      .三       (^ヾ:.:.:l:./ ,l:/:.:.:.:.:.:.:.:/:.:.:.:,:':.:':.
三    よ      .三       ,/`ト,∨:/ l/:.:.:.:.:.:.:.:/:.:.:.l⌒l:.:.:
三           三     /: : l{∧∨ ,/:.:.:.:.:.:.:.:/:.:.:.:.:l'^'l:.:.:
ノ 川川川川川川川ヾ    ,イ_ ,ィ'l:しヘ.∨:.:.:.:.:.:.:.:/:.:.:.:.:.:.'(ソ:.:.:
                /: : : : : lr‐-=.ヘУ:.:.:.:.:../:.:.:.:.:.:.:.:.:',:.:.:.
               r'ニ-‐: :/-、 、_,へ、(二,^ヾ、:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:
              //: :/, -、 、_,.ヘ、 `~`゙'ー- ヽ:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:
             /´: : ノ/_,_ 、__ 〉、 `ヽ丶、   'i,:.:.:.:.:.:.:.:.:.:




383 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/06/13(日) 21:01:47 ID:/Is8XE2s
>>382
作ってもないものでえらそうにすんなw

384 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/06/13(日) 21:07:07 ID:uyWYjjf0
>>375
ウマが合うってこんな感じを言うんだろうなあw
還暦すぎてもこんな友人関係でいられるのって、うらやましいと思う

385 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/06/13(日) 21:08:14 ID:TlJ8F6lq
有楽と織部、面白いコンビだったんだろうなあw


388 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/06/14(月) 01:43:40 ID:2GyftF75
>>375
事故に見せかけて茶入盗もうとしたんだと思った

389 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/06/14(月) 08:48:39 ID:3Zy+og1t
へうげものでは利休在世当時に有楽には台子手前を教え、
織部は教わってないという話があったが、
このエピソードへの伏線だったのか。

390 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/06/14(月) 09:31:23 ID:UoWPtULc
>>375
(荒)大名茶とは別の意味で抱腹絶倒の落ち話だな w w さすが有楽斎と古織

古田織部の罠

2010年02月23日 00:14

737 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/02/22(月) 05:05:31 ID:dWBE/XKT
古田織部の罠

古田織部といえば利休死後、天下の茶の湯を風靡した茶人であるが、
その好みは一種異様で、茶器の歪みやひび割れなどに美を見出す、、ある種の異端的なものでもあった。
織部好みは世間に強烈なインパクトを与え、長く一般の人々の茶の湯のイメージを形成したが、
それが、ちょっとした騒動を起こした。

徳川家光の時代である。
ある時家光が、堀田正盛の屋敷に御成をした。茶室へと渡ると、そこに巌子陵の壺と言う素晴らしい茶壺が
飾られているではないか。
聞けば最近輸入されたものを購入したのだと言う。

千利休の頃より、茶壷といえば茶人第一の道具であった。そのため輸入された茶壷は、陸揚げされる長崎で
先ず吟味され、上等の品は将軍家が先買いし、あのと残りが大名や商人の手に渡るのである。
なのに、将軍家に納められた茶壷より遥かに見事なものが堀田家にある。これはどういうことか?
みるみる機嫌を悪くした家光に、側近たちはすぐさま長崎へと調べを出した。

調査の結果、原因は極めてバカバカしいものであった。
その頃の長崎奉行は、茶の湯のことなどまるで知らぬ武骨者であり、耳学問で、茶器の名品と言うものは
とにかく歪んだり曲がったりした異様なものだと思い込んでおり、素直な美しい茶器を選ばず、形のおかしな
物ばかりを将軍家に送っていた、というのである。
そう、この奉行の茶器の名品のイメージとは、世間に流布した織部好みのものであったのだ。
今で言えばピカソの絵を見て、芸術絵画とはヘンテコな絵のことだと理解してしまうようなものであろう。

側近たちはこれに、家光の機嫌をさらに悪くするのではと恐れたが、とにかくありのままに報告した。
するとあにはからんや、家光は大爆笑し

「まことに茶の湯を知らぬ者ならありそうなこと、よいではないか。」

と、誰の罪も問うことは無かったと言うことである。


古田織部といえば大坂の陣の時、豊臣方との内通を疑われ切腹した。
しかし彼の強烈な美的感覚がめぐりめぐって、その切腹を命じた将軍家に茶器の美品を収蔵させることを
妨げたと考えると、これは古田織部の残した罠であり、復讐ではないだろうか?
そんな事を空想してしまうお話である。




738 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/02/22(月) 07:19:06 ID:Boz1Q4mH
織部は幕府に消された
だが織部の生んだモードは消されなかったといういい話でないかい?

752 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/02/22(月) 19:20:04 ID:t89uE0b4
>>737
ひび割れを金で補修してそれを愛でるなんて異様な感覚だよな・・

753 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/02/22(月) 19:46:05 ID:vT9ECwqU
>>737
それがし同様阿呆よナヒヒヒヒッ(^益^)

763 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/02/22(月) 23:29:10 ID:4G7/vQBK
>>737
静嘉堂で織部作の花入見てきた

茶杓でなく花入とて、良い物でござったよ、ゲヒヒヒヒ

古田織部と北山の茶会

2010年01月11日 00:05

884 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/01/10(日) 17:08:29 ID:yaiR1ZlM
宮家の窮乏は有名な話。

じゃ、それに関してイメージの話を。

古田織部と北山の茶会

豊臣の天下が決まり、北野の森で大名・武士・町民・農民・商人を交えた大茶会が開かれた。

古田織部監修により集められた武将は
伊達政宗、佐竹親子、最上義光、蒲生氏郷、上杉景勝、直江山城、浅野長政、
福島正則、加藤清正、細川三斎、宇喜多秀家、黒田長政等。
主賓が秀吉なだけに

政宗( ●ロ゚)「(山形の伯父貴?)」
義重(`Д´)「・・・(政宗が一緒だと?)」
義光(´・ω・`)「(・・・)」
氏郷《゚Д゚》「古織めぇ(怒)」
景勝( ・ω・)「・」
直江( ゚∀゚) 「殿は此度は御招き頂き恐悦至極とおっしゃられているようです」
浅野(´ヘ`;)「(なんだ?この人選は?)」
正則(  ´・ω)「(今度は最期になりませんように)」
清正(  ´・ω・)「(ヒゲがじゃまじゃ)」
三斎(゚∈゚*)「・・・」
秀家(  ̄ー ̄)「(名だたる諸将、これは凄い)」
黒田(´・д・`) 「(いわくありげな茶会じゃのう・・・)」

どの部将も辞退など出来るハズもなく
重苦しいギクシャクした雰囲気の中で茶会が行われた。

秀吉「織部、この人選に意味はあるのか?」
織部「名前を見て面白そうな組み合わせにしてみたのでござるよ、ゲヒヒヒヒ」

人より優れたモノを持つ者は異才といわれる、
呉越同舟を纏めた茶会のお話。




885 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/01/10(日) 17:28:22 ID:L6btYsgC
>>884
「へうげもの」でもぜひ見てみたいシーンだなw

886 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/01/10(日) 17:47:26 ID:knzCwWjb
東国諸大名のギクシャクっぷりは異常

887 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/01/10(日) 17:47:38 ID:BkWYW9uQ
>>884
九州大名でやるなら
島津義弘、伊東祐兵、鍋島直茂、立花宗茂、大友義統で茶会をするようなものか。
この組み合わせほどにはギクシャクはしない感じ。

888 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/01/10(日) 17:55:20 ID:BkWYW9uQ
>>884になにか足りないと思ったら、南部と津軽が入っていないな。
そしたらもっと殺伐とした茶会になっただろうw

889 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/01/10(日) 18:30:42 ID:yaiR1ZlM
これに相馬が加わったら
政宗の仲直り熱湯茶会の面子が揃ってたんだがな。

890 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/01/10(日) 18:42:10 ID:PjR3kSSN
>>888
南部と津軽は混ぜるな危険

892 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/01/10(日) 19:03:54 ID:93EnXJVh
以前、南部と津軽は同席させないとか、毛利と吉川は同席させないとか
諸藩の取説表にしたサイト見たことあるけど興味深かったな


893 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/01/10(日) 19:16:06 ID:4rmhpWaC

>>884
大名衆にとっては、秀吉時代が一番他の大名とも交遊できて楽しそうだね
江戸時代なんて儀礼至上主義すぎて泣けるw

894 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/01/10(日) 19:34:03 ID:zS8fvCJ9
>>884
えーと、この頃仲が悪いのは…
政宗と氏郷、佐竹親子、義光、直江…?あれ?分からん
忠興さんと黒田の長政さんって、この頃はまだ仲悪くないよな?

895 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/01/10(日) 19:57:20 ID:SU6/GC7S
>>884
大和大納言といわれ豊臣政権の温厚な重鎮である秀長は
この直後から体調を崩し復調する事がなく死去するのである

896 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/01/10(日) 20:13:10 ID:v9wwhwDH
兄ちゃん、勘弁してよ。
みたいな心労がたたってか?

909 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/01/10(日) 23:00:46 ID:XB9JXMn0
>>884
豪華と言うか、凄絶と言うか…w
家康の時代になったら絶対実行できないな

914 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/01/10(日) 23:41:31 ID:BkWYW9uQ
>>884 落語で似たような話をしている。今聴いている最中だ。
http://iiwarui.blog90.fc2.com/blog-category-238.html

古田織部「クックックック……」

2009年11月16日 00:06

361 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/11/15(日) 20:48:26 ID:qDkhbvj/
茶人大名・桑山左近貞晴(宗仙)は同じ茶人の古田織部と仲が悪かった。
二人の共通の友人である細川忠興はこれを憂い、自分が織部の茶会に呼ばれたのを
幸いと、貞晴を相伴に連れ出した。
「いや、オレが行って良いか織部殿に聞いてから…」「いいからいいから!」

織部邸では、主人みずから出迎えに現れた。「やあ、これはこれは………桑山殿…」
「…本日は、かたじけなく……」(き、気まずい…失敗したか?)

表情も身動きもすっかり固くなった織部は、茶室に入った後も炉を整えるのに手間取り、
見かねた忠興は声をかけた。「えーと、お、織部殿…炉は適当でいいから…」
「いや、お構い無く。」
忠興の言葉に織部はかえって落ち着きを取り戻し、心静かに炉を整えて席を立った。
炉を覗き込んだ忠興は驚嘆した。
「桑山殿、これを…!見事に仕上がっている、何も言う事は無いな!?」
「いや、ごもっとも。驚いた、織部殿はまた数寄の腕を上げたわ。事の外、見事なり…」

「クックックック……(いかがかな?それがしの腕前は……)」
(原文:織部クツ々々トフキ出シ笑候也)
「………」
「…………」
「……………」
プッ  ;`;:゛;`(;゚;ж;゚; )ブフォオオオ
( ゚∀゚)アハハ八八ノヽノヽノヽノ \ / \/ \
(*´д`*)「ちょ、別に笑うトコじゃないじゃん!忠興殿まで!!」
「だ、だって……オッサンなに突然、カッコつけて自慢げに笑ってんのよ……!」

一同爆笑して、和やかに茶会を終えたという。




362 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/11/15(日) 22:15:36 ID:tYUz3efD
>361
とってもへうげてるオッサン3人カワユス

364 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/11/15(日) 23:33:51 ID:iK1wvvWS
>>361
笑いの力は強きもの。w
本人はキメているつもりでも、まわりが笑っちゃうことあるよな。

古田織部、利休の疵ものの蓋の茶入を

2009年08月13日 00:08

300 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/08/12(水) 10:47:42 ID:BU6wJ/+b

千利休が職人に茶入の蓋を作らせたが、出来たものはヒビの入ったような疵ものに
仕上がってしまった。職人は急いで作り直そうとしたが、利休はそれを止めた。
「いや、これはこれで面白い。このままで良い。」

ある日利休は古田織部を招いて茶会を開いたが、その時に例の疵ものの蓋の茶入を
使い、疵の上に茶杓を置いて隠し、点前を進めた。
茶会が終わると織部は利休に申し出て、その茶入をもらい受けた。

何日かのち、今度は織部から利休に茶会の誘いが来た。
利休が茶室に入ると、織部は例の茶入を使い、しかも疵の部分を客である利休に向け、
茶杓で隠そうともしなかった。

つまり、利休は蓋の疵の風情を面白いと思いつつも卑下して隠したが、織部はその疵をも
客に見て楽しんでもらおうと、あえて見せるように置いたのだ。
「さても良く思いつかれた。古織様ほどの茶人は、またとおられますまい。」
と、利休は弟子の茶人としての境地を認めたという。(松風雑話より)


弟子の「作意」が、師匠を超えた話。これで調子に乗ってわざと疵を作るようになった
・・・ワケではない、と思う。




301 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/08/12(水) 12:02:04 ID:yEyGgfZ+
へうげものって面白いよね
織部ってほんとにあんな愉快な人だったのかしら?

303 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/08/12(水) 13:20:46 ID:1G+umHwJ
>>300
織部って、わざと壊し割れ目を金で継いだ茶器を楽しんだらしいね。
司馬遼の小説でそのくだりを読んだときは気分が悪くなったよ。

304 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/08/12(水) 13:21:50 ID:/iPMQklQ
>>303
それは史実ではなく司馬のキャラクター造詣なので…。

305 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/08/12(水) 13:24:31 ID:9a4Gjgkr
金で継ぐかはともかくわざと壊すのはやりそう

306 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/08/12(水) 13:36:14 ID:1G+umHwJ
>>304
史実か否かはともかく逸話をベースにしていると思ってた。


310 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/08/12(水) 17:25:38 ID:xCDGBFOy
>>305
修復に金を使うってのは通常の技法ですよ

311 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/08/12(水) 17:46:03 ID:8XbU+aEs
陶器や漆器なんかだとよくあるわな

312 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/08/12(水) 19:37:14 ID:0lglvyK6
>>300
中馬「焼き物の傷が気になるのでしたら某が!(うずうず)」
忠恒「お前は黙ってろ」

http://iiwarui.blog90.fc2.com/blog-entry-2471.html


古田織部「自分の爪を剥がすような思いで」

2009年08月07日 12:55

127 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/08/06(木) 00:06:07 ID:U5Ti/KB5
ある日のこと、上田宗箇は師匠・古田織部に茶会に誘われた。
「おっ!師匠、陶器の花入を柱に掛けて飾るとか、珍しいですね。しかもその花入、
師匠好みのなかなか瓢げた花入じゃないですか。」

「あ、気づいちゃった?うん、普通は柱には竹の花入を飾るんだけどね。
伊賀焼の職人に作らせた花入が、あんまり気に入っちゃったモンだから、何か変わった
使い方はないかと思って。
見てみて、この人口とは思えない釉薬の肌合い 「それ、ください。」
「やだよ!話聞いてたのかよ!東北のアレと言い、オレの弟子はこんなのばっかりだよ!」

その後も宗箇は花入をねだり続けたが願いは果たせないまま、その年の大晦日。
宗箇のもとに織部からの使者が、届け物を持ってやって来た。
「これは…例の花入!さすが師匠、話がわかるッッ!」
「それについて、織部様から書状を預かっております。」
「どれどれ…」

『……以上、自分の爪を剥がすような思いで、君に花入を譲ります。
あ、気に入らなきゃスグに使いの者に言付けて返してね。……』
(花筒つめをはがし候やうに存じ候…)

「……未練にも程がある、というか…例えが痛すぎるわ!!」

ともかく、もらえる物はもらっておいた宗箇、師匠の妄執が怖くなったか
この花入を『生爪』と名づけ、今に至るまで伊賀焼の最高峰として伝えております。
ttp://www.dotup.org/uploda/www.dotup.org8638.jpg


「生爪」
0807生爪






128 名前:人間七七四年[] 投稿日:2009/08/06(木) 00:08:41 ID:n0eLhysS
>ともかく、もらえる物はもらっておいた宗箇、師匠の妄執が怖くなったか
この辺、師匠も師匠なら弟子も弟子
薫陶行き届いているじゃないかw


129 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/08/06(木) 00:17:13 ID:cICPIonq
千利休「完璧超人の息子と言い、オレの弟子はこんなのばっかりだよ!」

131 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/08/06(木) 00:40:33 ID:PbiD7GkN
>>127
ダンスしてるキノコみたいだな>生爪

132 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/08/06(木) 00:46:35 ID:PtU/t1cE
利休7哲の皆様が(3歳様が特に)哀れみの目でお師匠様をご覧のようです。

134 名前:人間七七四年[age] 投稿日:2009/08/06(木) 01:27:36 ID:O3B5URdS
>>129
山上宗二「それはみ~んな師匠の弟子ですから。私を含めて物欲だけは強い事強い事。」


古田織部とサイン入り茶器

2009年07月24日 00:04

738 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/07/23(木) 11:05:08 ID:lAYjRWTh
慶長11年(1606)12月、古田織部は出入りの塗師・松屋久好や親しい武士らを連れて
奈良興福寺の塔頭・最福院を訪ねた。

最福院の住職は一行を心良く出迎え、さっそく茶会を開き、四畳の席には
信楽焼の花入に白椿が生けられ、備前焼の水指に茶碗、薩摩焼の茶入が並んだ。
松屋が茶入を拝見すると、底に「古織部」と落款が入っている。

松屋「なるほど、尊敬する織部どのを、当人のサイン入り茶器で迎えられたわけですな。
かんしん、かんしん。」
織部「私の判なんて押した覚え無いよ。」
松屋「!?」
織部「その茶入、薩摩の御館からもらった物だけど最初っからサイン入ってたんだよね。」
松屋「?????」

要するに、新興ホヤホヤの薩摩焼をアピールするべく、薩摩の御館(四天王のあの人)
みずからの指示でご丁寧に織部の名まで入れて、ワイロがてら贈ったものだが
肝心の織部は気に入らなかったのか、友人の最福院住職にあげてしまったのである。

以上、なかなか抜け目ない家久(悪)さんと、その上を行く織部さんでした。





739 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/07/23(木) 12:17:26 ID:CLlBDRBq
茶人としての名声で三歳様を上回り
DQN眼龍に文化財クラッシュをレクチャーし
厨恒さんを華麗にスルー


ホンマ織部さんはパラメータ特化のモンスターや…

740 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/07/23(木) 15:39:28 ID:stx5VR8I
>>738
松屋久好が松永久秀にみえた…

741 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/07/23(木) 21:34:05 ID:i8mlnd/W
ここまでくると、鬼武蔵とも絡んで欲しかったな古織w

742 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/07/23(木) 22:03:13 ID:xSY5BUNx
鬼武蔵は知らんが織部は森忠政の茶の指導をしてやってた人物。


古田織部と紹智の花入・悪い話

2009年04月24日 00:19

880 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/04/23(木) 01:37:46 ID:BVoEgmzx
ある日、茶道薮内流の開祖・薮内紹智(剣仲)は義兄の古田織部らを招き、茶会を開いた。

天下の宗匠でもある織部を客に迎えての重要な茶会に望んで、紹智は秘蔵の名道具
『 鉈鞘籠花入 』 を床に飾った。
この道具は、千利休が、木こりが鉈の鞘に使っていた竹籠に目をつけ、買い取って
花入としたものを、利休の弟弟子にあたる紹智が譲り受けた逸品である。

茶会は、客の誰もが茶席の見事さ、紹智の点前、そして利休が見出した花入の風情を
褒め称え、なごやかな空気のうちに進んだ。
所用で席を外した紹智が茶席に戻ると、織部の姿は消えていた。

自慢の花入も消えていた。

紹智は織部に、花入を返却するよう、抗議した。抗議した。
さんざん抗議した末、織部は息子の小平次に花入を持たせ、書状を添えて返して来た。
書状にはこう書いてあった。

「これといった用はないけど、息子の小平次がお邪魔するので、お手紙します。
息子にいろいろ教えてやってもらえれば、有難いんですけど。
(略)
最近は筋肉痛があったぐらいで、あとは差し支えありません。
(以下略) 」


たぶん、某マンガの有名なシーンの元ネタの一つ。以下、例のAA禁止。





885 名前:人間七七四年[] 投稿日:2009/04/23(木) 03:01:04 ID:hEaGqFq1
>>880
織部の意図がわからん。
どういう逸話なんだ?

888 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/04/23(木) 09:20:06 ID:Lj2ji6G+
>>880
話のオチもよくわからないし、
某マンガの有名なシーンも、
例のAAもわかりません。
マンガがわかればわかる話なのか?

戦国(書き方が)ちょっと悪い話になってますよ…。

890 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/04/23(木) 09:43:40 ID:NoUtlQnR
>>888
あんまりしつこいんで返したけど、盗んだことに関してはすっとぼけて認めようとしなかったという
織部の往生際の悪い話だろ?
マンガとAAは良くわからんが。

893 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/04/23(木) 11:06:03 ID:k5lU8kNe
>>888
モーニングで連載中の「へうげもの」

896 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/04/23(木) 11:57:22 ID:GOateFOI
>>885
物欲にまみれた話、かな。芸術的意図もなんもなく、ただ欲しくてパチったんじゃね?

897 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/04/23(木) 12:16:04 ID:lKsXYqgq
しかし、そんなバレ易い状況の物よく盗んだよなぁ。

898 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/04/23(木) 12:51:37 ID:/xQzb5Lc
>>896
漫画のそのシーン知らないけど
多分、同じもの作って、作った偽物のほう返したんだろう。
漫画だと織部はそういう奴。