宮部継潤家臣友田左近右衛門、豊臣秀吉の命令に

2009年10月27日 00:06

903 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/10/26(月) 16:08:00 ID:mpUr/cPi
文禄の頃の話である

豊臣秀吉が諸大名に命じ、伏見に築城をはじめたが、
宮部継潤もそのうちの一箇所を担当し、友田左近右衛門を奉行としてこれに当たらせた。

ある時、秀吉が工事状況を巡検した折、宮部の担当箇所の石垣が、事のほか
出っ張っている事を見つけると、甚だ機嫌を悪くし、奉行の友田を呼び出して

「あの石垣を直ぐに崩すように」

と命じた。
ところが、これに友田

「承りました。この事、善祥坊(継潤)に申し聞かせ、その上で改めて主君からの命令をいただき、
その後築き直しましょう。」

この返答に秀吉は激怒した

「わしが直々に下知した以上、継潤を憚る理由があるものか!いいから直ぐに打ち崩すのだ!」

それでも友田、この仰せに従わず、その場から大阪に飛脚を立て、宮部継潤に伺い、その上で
石垣を築きなおした。

さて、秀吉は大阪に帰り諸将に対面の時、宮部継潤に向って怒鳴った

「おぬしの所の奉行、友田左近右衛門は憎き奴なり!」

かくかくしかじか、伏見であった事への憤りを言い放つ。
宮部は真っ青になって驚き、『ああ、友田を切腹させよと言われるのであろうか、そうでなくとも
何か重い罪を命ぜられるのであろう。友田はわが家の大切な家臣だと言うのに、なんと言う事だ』と、
びくびくしながら畏まる。

秀吉、伏見での鬱憤を一通り言い終わると、

「…と、かように友田は憎き奴である。
友田は憎き奴だ。なれど、」

継潤のほうを向き

「おぬしは、まことに篤実なる家臣を持ったものだ。」

と、逆に友田を褒め、罪を言い渡す事はなかった。

その場にいた人々、なんと言う意外な事かと驚き、宮部は心底安堵し秀吉に感謝をしたそうである。





904 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/10/26(月) 16:25:48 ID:SWwUAniN
>>903
これは良い秀吉…と言いかけたけど
良く考えたらマッチポンプじゃねーかw

905 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/10/26(月) 16:35:53 ID:ColvTzyA
基本秀吉ってめんどくさい子嫌いじゃないんだよなw

むしろ功利で動く奴根っこでは信頼してない印象がある

906 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/10/26(月) 16:36:22 ID:XIrfYTgY
このころまでは秀吉もまだ耄碌してなかったのね
慶長のあたりから完全に自失したか

907 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/10/26(月) 17:40:48 ID:R6drDZ3I
>>905
若い頃三河辺りを放浪してたんだから
めんどくさい人達の気性や習性をよくわかってたんじゃないかなあ

めんどくさい人達って基本一本筋が通った法則があって、
それを譲らないとこ以外は、犬みたいに従順でしかも意外と規律正しいんだよなあ


908 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/10/26(月) 20:11:30 ID:vyxkG7Hz
めんどくさい人は今でも現存しているからな。

「10数年前に拾ってもらった恩義」とかで、地元の町工場で薄給で80近くまで働いても文句言わず、
逆に下から上から慕われてるってのがうちの親戚にいた(親戚は生まれも育ちも愛知東部)

ただ1つ「嫁さん(自分の他人の問わず)に関して文句言うやつは説教の末鉄拳制裁」ってのを除いて。

909 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/10/26(月) 21:31:31 ID:mBKn9o+W
めんどくせぇ親父だなwww

910 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/10/26(月) 21:55:04 ID:8/vX+IUd
工場で80までおいてくれる会社もすごいな。
体が動かないから役に立たないだろうに。

911 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/10/26(月) 22:21:18 ID:NIW0aA1B
チラ裏

昔NHKの番組で生涯現役80歳のエンジニアって番組やってたが立派に役に立ってたぞ
流石に一戦は退いてよく判らん実験が主みたいだったが
ある時若手が何かの機材の試作品を作ってそのじいさんの所に持って行くもその爺さんは見ただけで問題点を看破、
若手は忠告をあまり気にしなかったが実際に看破された箇所が原因でその機材は使い物にならない
結局様々な枷があって若者だけでは解決出来ず爺さんの助言でなんとか製品化に漕ぎ着けるって内容だったと思う
今だって定年過ぎても働いてるのなんてかなり多いぞ
歳食ってるからって侮るもんじゃない
戦国武将だって死ぬまで働いてるのはかなりいるしな

912 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/10/26(月) 22:37:18 ID:1b/aL+m+
伝説のホンダの老メカニックみたいだな
引退したあとも何か重大な問題があるとその人に電話して
エンジン音聞いてもらってどこがまずいか教えてもらうってやつ

913 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/10/26(月) 23:08:08 ID:NIW0aA1B
調べたら80歳じゃなくて90歳だった…
しかも2006年に95歳で退職したらしい
よくそこまで働けるわ

914 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/10/26(月) 23:11:14 ID:MLW8gopB
S田N之「いい歳こいて働くなんてマジ勘弁だわw」

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宮部長煕の寝返り・悪い話

2008年10月16日 12:16

202 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2008/09/11(木) 00:08:31 ID:qwcl/Om8
有名な宮部継潤の息子、宮部長煕。

家康の上杉征伐参加し、三成挙兵の報により、またともに西上した。
尾張まで来た時、彼は三成方と接触し、西軍に参加することを約束。
そして夜、闇に乗じて彼は、陣を抜けた。なんと彼は、自分の率いてきた部隊を
置き去りにし、一人で西軍に合流しようとしたのだ。約束通り熱田まで向かう。
そこから船に乗り一気に大阪まで行く予定であった。だが、なにかの手違いがあったのか、
その船が着いていなかった。

長煕は焦った。
夜が明ければ自分のいないことは知れ渡り、探索され、捕縛されるに違いない。
どうするべきか…?そうだ!

       |
   \  __  /
   _ (m) _ピコーン
      |ミ|
   /  .`´  \
     ∧_∧  / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
    <`∀´∩< 何食わぬ顔をして東軍に戻ろう
    (つ  丿 \_________
    ⊂_ ノ
      (_)


と、長煕は、こっそりと自陣に戻ったのだ。

が、

宮部の陣では既に、長煕の逃亡は露見しており、彼に「見捨てられた」家臣たちは
彼を主君として「見限り」、新たに田中兵部大輔を大将としていた。
そこにのこのこ帰ってきた宮部長煕、あっという間に捕縛され、岡崎城に拘束された。

さらに「あんな馬鹿な男一人を味方にしてどうする気だったのだ?それほど西軍は
人材に困っているのか?」と、東軍内での西軍の評価まで、一気に落としたという。




203 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2008/09/11(木) 00:50:25 ID:dd4UaSLm
間の抜けた話だぜ!

204 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2008/09/11(木) 06:36:28 ID:m0Qrix34
ワロタ
西軍にしたって軍勢込みで勧誘したろうに、
それをおきざりってw

245 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2008/09/14(日) 09:01:33 ID:Xa3FHJ0M
>>202
これは宮部長煕を田中吉政が嵌めたという説もある
吉政にはこれ以外にも良くない噂がちらほら
小牧・長久手では羽柴秀次の側近として参戦、
秀次軍の旗色が悪くなると伝令と称して陣を離脱、
堀秀政の陣に状況報告に行くがその下心を秀政に見抜かれ、
「命が惜しくなったかw秀次殿の側近として死んで来い」と追い返される
秀次事件では主君を擁護せず、逆に秀吉に讒言して加増を受ける
関ヶ原では佐和山城の城兵の命を助けることを条件に開城させるが、
約束を守らず皆殺しにするなど悪名高かった吉政、
その非道を嫌った立花宗茂により、田中家が取り潰しになった後も
宗茂は旧田中家臣を召抱えなかったという