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山本神右衛門善忠は普段から

2014年12月12日 18:35

350 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2014/12/12(金) 13:28:45.59 ID:rJsgk9qO
山本神右衛門善忠は普段から、
「侍は人物を抱えるにかぎる。
どれほどお役に立つぞと心掛けていても、一人の武勇ではたかが知れている。
金は借りればどうにかなるが、人間はすぐには集まらない。
あらかじめ立派な人物を丁重に召し抱えておくほうがよい。
人を抱えるということは、自分だけが飯を食っていては出来ない。
同じ飯を分けて食べさせるなら、人もついてくる。」
と話していた。
それだから、
「神右衛門はその身の程にふさわしい家来を抱えている」
「神右衛門は己に過ぎた家来を多くもっている」
と、評判の高かったものだ。
神右衛門が取り立てた者には、直参になった侍、手明槍になった衆、など数多くいる。
組頭に任命されたときには、
「組の者については、神右衛門が気に入った者を新しく召し抱えよ」
とお言葉があり、別に扶持米までも下さった。
新しく取り立てられた者はみな、神右衛門の家来であった。
勝茂さまが十七夜・二十三夜・二十六夜の月を拝む行事をなされておられた頃には、
寺井の神水を使われておられたが、そのときは、
「神右衛門の組の者に申しつけるように。
あの者たちは海の深いところまで飛び込んで水を汲む者たちだ」
とのお言葉であった。
このようにお心をかけられていたので、神右衛門たちも常に精励したのだ 【葉隠】




計算高い者は卑怯である。

2014年10月03日 18:49

436 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2014/10/02(木) 18:27:40.49 ID:JULjGu6r
古老の話
「計算高い者は卑怯である。
その理由は計算高さは損得勘定であるから、いつも損得の心が絶えない。
死は損、生は得であるから、当然死を好まない。
だから卑怯なことをする。
また学問のある者は、才知と言葉で生まれつきの臆病と欲心をうまく隠している。
ここは人々がよく見誤るところだ」
とのこと 【葉隠】



437 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2014/10/02(木) 19:39:18.57 ID:GwUSVapQ
だから沖田畷で憤死するんだよバーカ

先祖が善かったか悪かったのかは

2014年09月28日 18:56

895 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2014/09/28(日) 08:19:17.43 ID:/FZtx0c9
直茂さまは、

「先祖が善かったか悪かったのかは子孫の行い如何で決まる」
(先祖の善悪は子孫の請取手次第)

と仰せになられた。
先祖の悪事は外に出さぬよう、善事を成した者の子孫のはずだと思われるようありたいものだ。
これが孝行である 【葉隠】



897 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2014/09/28(日) 20:19:39.51 ID:Yrm7osCw
>>895
簒奪者、後世の評判を気にするの巻

898 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2014/09/28(日) 21:35:54.60 ID:X+E/DPQ/
最近も祖先の悪評を薄めようと必死になってる人がおる

899 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2014/09/28(日) 22:44:51.19 ID:Yrm7osCw
本当に子孫なのか怪しいものだがな

908 名前:人間七七四年[] 投稿日:2014/09/29(月) 08:09:37.05 ID:ttFKPJD9
>>895
蜂須賀 茂韶「………」

明日もまた、今日一日

2014年08月23日 18:52

605 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2014/08/23(土) 12:00:58.34 ID:/gJNbv0q
『一日の事ならばどうもこらへらるべし、翌日も又一日也』

生野織部孝時はいつもこう言っていたそうだ。

「奉公というものは、今日一日限りだとさえ思えば、どんなことでも出来る。
一日のことならがまんも出来る。
明日もまた、今日一日と思えばよい」 【葉隠】





山本神右衛門重澄はいつも家来どもに

2014年08月14日 18:53

933 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2014/08/13(水) 21:29:23.86 ID:yuwboFv0
山本神右衛門重澄はいつも家来どもに、

「博打をうて、嘘をつけ、町を歩くあいだに七度ハッタリをかまさないでは男が立たないぞ」
(博打を打ち虚言をいへ 一町の内七度虚言いはねば 男は立たぬぞ)

と話した。
昔の侍どもは武勇だけを心がけたから、正直者では剛の者の働きが出来ぬと思い、このように言われた。
身持ちの悪い者でも知らぬふりで許しておいて、

「よいことをした」

と声を掛けた。
相良求馬及真なども、盗みや密通をした家来どもを許して、徐々に侍らしく育てていった。

「そのくらいの者でないと、役には立たない」

と言っていたとのことだ 【葉隠】

追記
中野神右衛門も同じことを言っていた



934 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2014/08/13(水) 21:33:33.14 ID:V/FngQ+K
侍ぐう畜

ビードロの屏風

2014年08月08日 19:12

469 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2014/08/08(金) 15:41:10.42 ID:jqaERPuC
勝茂さまが御参覲へ向かう少し前のこと、長崎にはじめてビードロの屏風がもたらされた。
勝茂さまは珍しい物だからと将軍さまに御献上なさろうとお買い求めになった。
壊れやすい物なので、家中の者どもには、よく注意するようにと、何度も仰せになられた。
さて、屏風を納めるための箱が出来上がったので、
御進物役の鍋島采女が屏風を箱に納めるため受け取り、家屋へと持ち帰った。
そこへ、友人の枝吉利左衛門が訪ねてきて、

「ビードロの屏風なる物を、話の種に是非見たい」

と言い出した。采女は、

「もう箱に納めたので、悪いが見せることは出来ない」

と断ったが、利左衛門は是非見たいと言い張って箱から取り出した。
と、そのとき、誤って取り落とし、ビードロの屏風を破いてしまった(おそらくは割れた)。」
利左衛門は屏風をそのままに、

「人の運命とは、さてさて分からぬものぞ」

と言い捨て立ち去った(1/2)

471 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2014/08/08(金) 15:56:36.78 ID:jqaERPuC
立ち去る様子が心配であったので、采女は利左衛門を呼び戻し、

「御心配されるな。わざとなされたことではないのだから、御前へは申し上げようがある。
なにも気にかけられることはない。
もっともこのことは他言無用ですぞ」

と慰めた。利左衛門は、

「殿の大切な道具を破ったことには変わりない。腹を切る覚悟です」

と言い出した。采女は、

「さてさて武士が気の小さいことを言われる。どんな宝でも、人の命に代えられるものか」

と言って、ひとり勝茂さまの御前へ出向き、

「御献上品のビードロの屏風、とりわけ大事の品と心得お預りしましたので、
家にて箱にしっかりと納まっているか調べていましたところ、取り落とし破ってしまいました。
このこと、わざわざ人を通して申し上げる必要もございませぬゆえ、
勝茂さまへ直に申し上げに参りました」

と言い捨て、御前を退った。
勝茂さまは采女の様子を見て御心配になられ、すぐにお呼び戻しになり、

「少しもかまわぬ。気にするな」

と仰せになり、それですんだ (2/2) 【葉隠】

472 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2014/08/08(金) 16:05:33.68 ID:jqaERPuC
追記

その後、利左衛門と采女はこのことをいっさい口外しなかった。
利左衛門はいつか恩返しをしようと思っていたところ、
勝茂さまがお亡くなりになり、采女は追腹を切ることを決めた。
そこで利左衛門は、浴衣一枚と大きな敷物一枚を采女に贈った。
采女はたいそう喜んで、その浴衣を着て追腹を切った。
介錯は三谷千左衛門。
この話につけても、大切な道具は軽々しく取り扱わないようすべきであろう




474 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2014/08/08(金) 21:43:44.64 ID:QNYEbE6G
いい話のようなそうでもないような…w

脱ぎ捨てた袴

2014年07月24日 18:50

758 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2014/07/24(木) 17:16:19.97 ID:IMc1f/4v
ある者が八戸の宿の通りで、腹の調子を崩した。
近くの町家に走り込み、便所を借りたいと頼むと、
その家に若い女が一人いて、奥にあると教えてくれた。
ある者は、その場で袴を脱ぎ捨て便所へと駆け込んだ。
そのあとに町家の亭主が帰宅し、脱ぎ捨てた袴を見つけ、
留守の間に密会をしていたのだと思い込んで口論となり、
それでも収まらず訴訟沙汰となった。
直茂さまは、この事件をお聞きになると、
「密通でないとしても、女一人の家で無遠慮に袴を脱いだことは油断である。
女も、夫の留守に見知らぬ男に袴を脱がせたことは油断である。
いずれも密通同然のふるまいだ」
と仰せになり、両人に死罪を命じられた 【葉隠】




759 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2014/07/24(木) 17:29:47.91 ID:DGyF2j2g
それはちょっと悪い所の話じゃないな

760 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2014/07/24(木) 17:31:16.54 ID:kRzG/Jok
女一人って確認する余裕もなかっただろうな…

その御利益で、清久さまのお家は

2014年06月22日 18:57

181 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2014/06/22(日) 11:50:09.60 ID:ETnj9PZ6
鍋島清久さまは本庄村にお住まいになられていた。
村の祭の季節が来ると、清久さま御夫婦は毎夜、家を脱け出し一晩中、堀の水面を棹でお叩きになった。
それは、人々が祭のためにと、堀を干し上げて鮒を根こそぎ捕るので、
少しでも魚たちが逃げてくれるようにとのお考えからそのようになされていたのである。
これはほんの一例で、御慈悲深い御善行は数えきれないほどであった。
清久さまは彦山権現を御信仰なされ、大晦日には御参詣して一夜を神前におこもりされるのが常であった。
ある年のこと、いつものように神社へお登りされる途中、大雪が降り、崖から落ちてしまわれた。
道を探して谷間を歩いておられると、そこに阿弥陀三尊の仏像を見つけた。
清久さまは持ち帰られ徳善に彦山権現を勧請するときにその御本尊となされた。
彦山権現の御本地は、阿弥陀様の三尊だということであるが、誠に不思議な出来事だ。
その御利益で、清久さまのお家はたいそうに御繁盛なさったように思う。
古老から聞いた話だ 【葉隠】

182 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2014/06/22(日) 12:05:36.34 ID:ETnj9PZ6
鍋島清久は鍋島直茂の祖父で、清久の代から龍造寺家に仕え始めました。
戦場では赤熊の面をつけ戦う剛の者であったとのこと




183 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2014/06/22(日) 13:11:14.41 ID:cF8mPCGL
>>181
農民「鮒が居ねえ」
農民「せっかくの祭りだってのに…」

太閤さまを討てないこともないだろう

2014年06月14日 19:09

508 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2014/06/14(土) 13:34:12.20 ID:wafyQHIz
太閤さまが名護屋へおいでになられたときのこと。
主水殿が御謀叛をオススメしたところ直茂さまは、
「太閤さまを討てないこともないだろう。しかし、後が続かぬ。
また三か国を領することも出来なくはないだろう。
しかし、十代と続くことは出来まい。
一国だけならば長続きするだろう」
と仰せになられた 【葉隠】




509 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2014/06/14(土) 13:43:21.02 ID:ZSzw+rZ5
>太閤さまを討てないこともないだろう

そもそも鍋島如きに討てないから
しかし、大恩あるラスボスを討つってどんだけアホなんだ

510 名前:人間七七四年[] 投稿日:2014/06/14(土) 16:38:43.83 ID:9TmYXH2d
退行検知

511 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2014/06/14(土) 23:11:47.68 ID:yWzYFqRz
鍋「敵は醍醐寺にあり!」

ある方の屋敷にて

2014年06月08日 18:50

474 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2014/06/08(日) 11:49:41.91 ID:f1SHY7Em
ある方の屋敷にて火事と報せが入り、山本五郎左衛門がお目付け役として現場にかけつけると、
屋敷は門をかたく閉めて中に入れようとしないばかりか、
「火事を出したのは当方ではないぞ」
と申した。
すると五郎左衛門は大きな声で、
「殿様の御命令を受けて駆けつけた者を入れないと言うならば、撫で斬りにいたす」
と刀を抜くと、門が開いた。
門内ではその方に属する者たちだけで火を消していたとのこと 【葉隠】




476 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2014/06/08(日) 12:02:17.51 ID:2hLo308+
山本五郎左衛門って妖怪の棟梁じゃん
佐賀藩士だったのかよ

477 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2014/06/08(日) 16:08:35.93 ID:GeghfVLY
節子、それ山ン本五郎左衛門や

478 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2014/06/08(日) 16:50:20.55 ID:ItCOKUhZ
下手すりゃ妖怪だって一発死亡しかねないのが戦国時代だろ。村正装備とかざらにある時代だもの

479 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2014/06/08(日) 18:16:16.23 ID:AbCkkhSo
天狗が太閤殿下にびびって引くくらいだもんな

兵法などは習っても無益だぞ

2014年06月01日 18:50

59 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2014/06/01(日) 13:45:12.03 ID:dqbyhizp
中野神右衛門は、
「兵法などは習っても無益だぞ。
戦場では、目を瞑ってでも、一足でも、敵方へ踏み込んで討つようでないと、役には立たない」
と言っていた。
弥永佐助も似たようなことを言っていた 【葉隠】




60 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2014/06/01(日) 17:47:27.52 ID:qH+TuziZ
戦場以外ではどうするんですかね

61 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2014/06/01(日) 20:43:32.56 ID:6mUbps39
その辺は葉隠に色々書いてあったと思うぞ
読んでみるとなかなか面白いぞ

62 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2014/06/01(日) 22:38:46.57 ID:60enAoMS
>>57
叔父さんでしょ。

63 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2014/06/02(月) 00:21:02.60 ID:puKI2+3V
日本は平野が少なく戦場が狭いからそうなのであって、中国みたいにだだっ広い地形だと兵法が重要なんじゃないかな

64 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2014/06/02(月) 00:27:39.64 ID:VCD0XFdH
兵法家の兵法で、基本個人戦目的のやつでは

65 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2014/06/02(月) 01:01:37.16 ID:qvJCAb4L
わかんないけどこれは剣術、槍術などの兵法じゃないかな
葉隠には降伏後の開城和睦破りの方法が書いてあるし、
新城主が入ってから旧主を国に戻す方法までもが書いてあるw
戦術と戦略は語ってるんだよね
和睦破りの方法とか書いてるから焼いて欲しかったんだろうな

66 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2014/06/02(月) 01:09:15.67 ID:5iWkicFr
広さで言ったら中国とヨーロッパで違いってあるの?

67 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2014/06/02(月) 02:46:35.31 ID:puKI2+3V
そんなん地図見れば分かるだろw
メルカトル図法でも北のヨーロッパの方が小さいんだから、現実では中国>>>ヨーロッパだよ。
というか日本でさえイギリスの二倍くらいの面積あるんだから。

68 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2014/06/02(月) 09:01:40.62 ID:I1vq6IaV
始皇帝が居なければ、いまでも中国はヨーロッパのように幾つかの国に分裂したままだったかもしれないと、陳老人は言ってたなあ
でも始皇帝の前に商鞅が居なかったらもっと統一は遅れてるような気もするが

69 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2014/06/02(月) 09:42:39.86 ID:gxXuGcsJ
お隣の中露がでかすぎて感覚狂う

鍋島は、卑怯ものでござった

2014年05月30日 18:52

32 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2014/05/30(金) 03:33:59.36 ID:nOyEJ+RM
佐賀の戦国研究会アカウント(@sagasengoku)からの転載、転載なんで改行、段落割り以外は変えてないのでそこのところはご容赦を

関ヶ原も終わり徳川政権が確立した頃、江戸では鍋島家・桜田屋敷と、伊達家の屋敷が隣りだった。
佐賀から倉町宗伯という者、江戸へ医術修行に登っていたが、伊達政宗公と懇意になり、度々伊達屋敷を訪れていた。

ある時、伊達家へ、立花宗茂公がお出でになった。
話の始めに伊達政宗公が問われたのは、『関ヶ原後、立花殿と鍋島殿と合戦をしたというのは、我が屋敷の隣の鍋島殿であるか。』
立花宗茂公答えて曰く『いかにも。左様にございます。』
伊達政宗『その時は、勝利とはならなかったようだが、どの様な事だったのか。』
立花宗茂公答えて曰く『鍋島は、卑怯ものでござった。その為、あの一戦(江上八院の戦い)は我等勝利を得られぬ結果となりました』 
伊達政宗公『時に、宗伯よ。立花殿の話は、その通りであるか?』

たまたまこの様な場に居合わせてしまった倉町宗伯、答えて曰く
倉町『いや、左様にてはあらず。かねて立花様と、あるじ鍋島家はご昵懇であった為、前もって使者を立て申した。
今度思いがけなく討伐の命を受けた為、近日中に柳川を攻める事になる。武具その他籠城の御用意をなされよ、
よく準備が整ったと知らせを貰えれば軍勢を差し向ける、かねてご懇意の間柄、事前に申し通しておきまする、と直茂公の意思を申し上げた所、
立花様はご返答に(用意と言っても特に無い。いつでも攻めて来られるがよかろう。)とあられた。双方合戦の日時を決めて一戦をしたのでござる。
この時の鍋島家の使者は、それがしが親族、倉町出雲(備前左衛門信秀)でござる。ただ今の立花様が仰せのお話は、納得できかねまする。』
倉町は、苦々しい気持ちで申し上げた。

すると立花宗茂公は大変、御不快な様子になられた。
後日、伊達政宗公が鍋島勝茂公と面談した時、政宗公が「先だってこういう事があってな」と、この時の話をした。
勝茂公は大変お喜びになられ、倉町宗伯へ50石の御扶持を与えられたそうだ。

(焼残反故:勝茂公譜考補二より)

もめごとがあった話だけど、オチが倉町の忠義を褒める話なのでいい話スレに




33 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2014/05/30(金) 07:51:56.94 ID:HYw8PQtp
良い話なのか悪い話なのか良く分からないけど、立花宗茂が捏造するようなカス野郎だったってこと?
どっちかというと悪い話っぽい

というか形式的な質問なのか知らないけど、
伊達政宗「その鍋島とは隣家の鍋島か?」
というのに驚いた。当時はまだ情報社会じゃないからそんな事も認知してなかったのか。
いかに北と南とは言え。

34 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2014/05/30(金) 08:00:57.94 ID:86xlVFgA
いや
両家の返答はどちらも正しいでしょ

35 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2014/05/30(金) 10:23:42.23 ID:hDYmQrCK
倉町がこの場で立花をdisる発言はやりにくいけど、
主家の名誉のために意見をはっきり伝えて反論した忠義あふれる良い話だと思った

36 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2014/05/30(金) 11:11:01.17 ID:PbtyJr34
宗茂にとっちゃ浪人する羽目になった思い出したくもない敗戦だろうに
そういうの気にしないでズカズカ聞こうとする所が実に政宗

37 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2014/05/30(金) 11:25:28.65 ID:DAxvciZu
遺恨ある同士を煽ってニヤニヤしてるいつもの政宗としか。

38 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2014/05/30(金) 11:41:32.86 ID:nOyEJ+RM
>>33
それはさすがにうがち過ぎじゃあないかなあ
伊達が鍋島家を知らんってこともないだろう
肥前名護屋に赴いたこともあるわけだし、成富兵庫と陣張りでごちゃごちゃした話もあったし
ただ「あーお隣さんの鍋島さんね!」ぐらいの感覚じゃね

39 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2014/05/30(金) 16:00:26.29 ID:WSay/2xj
>>37
同感w

40 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2014/05/30(金) 19:44:46.75 ID:QA3YBDlj
江上八院の戦いの時、立花家は薦野半左衛門を使者に徳川と和睦交渉中
だったから、表立って宗茂が戦いに出るのはまずいって小野和泉が代わりに
戦ったんだよなあ

41 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2014/05/30(金) 19:53:42.42 ID:86xlVFgA
伊達さまと最上さまが揉めるのは良い
鍋島と立花は揉めたらダメ

なぜなら九州は修羅の国だから(笑)

陽泰院さまは、前髪を角が立つように

2014年04月18日 18:28

彦鶴姫   
821 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2014/04/18(金) 11:26:56.30 ID:W/4P81WZ
太閤さまが名護屋へ御出陣なされたときの話。
九州の大名たちの奥方をお集めになりお遊びなされたことがある。
陽泰院さま(直茂公室)にも、是非お出でなされますように、とお招きがあった。
陽泰院さまは、太閤さまの侍女、幸蔵主を通してお断りになられ、
そのときは、幸蔵主の取りはからいでお出かけにならずにすんだのである。
しかし、
「鍋島家のみが勝手な振る舞いをしてよいという前例を作っては後々よくないでしょう。
一度はお目見えになられたほうがよろしいかと思います」
と言ってきたので、陽泰院さまは、前髪を角が立つように剃り落とし、
顔に醜く化粧をして、太閤さまにお目にかかられた。
それから後はお出かけにならなかったということだ 【葉隠】





もしこの世に法力などというものがあるならば

2014年03月08日 18:57

557 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2014/03/07(金) 20:19:13.83 ID:CDHEUHJN
三州の大融和尚が病人を見舞いに訪れると、
「ただ今、亡くなりました」
と家の者が答えた。
和尚は、
「すぐに亡くなる状態ではなかったと思うが、養生に問題があったのではなかろうか。
残念なことです」
と言葉をかけた。
すると障子越しに会話を聞いていた医者が怒り心頭の様子で飛び出して、
「養生に問題があり亡くなったとの言葉確かに聞きましたぞ。
たしかにわたしなどは下手な医者ですからそうなのかもしれません。
ところで、出家には法力があると聞いておりますが、
ひとつ和尚の法力でこの死人を甦らせてみせてください。
法力の効果があらわれないのであれば、仏法などは役に立たぬものでしょう」
と仏法をあざけるように言った。
和尚は迷惑な言い分だと思ったが、仏法を謗られては我が身一人のことではすまぬと思い、
「それでは祈って生き返らせて御覧に入れよう。
準備をするので、しばらくお待ちを」
と言い残して寺へ帰り、また戻り来て、死人の横で坐禅を組んだ。
しばらくすると、死人が息を吹き返すようになり、生き返った。
その後、半年ほど生きたそうである。
この話は湛然和尚が直にお聞きになったことで、間違いない。
さて、その死人を生き返らせる法力について大融和尚は、
「死人を生き返らせるなどは我々の宗派では行わないことなので、
祈り方に儀式になにも知らなかったのだが、
ただ一心に仏法のためにと、寺へ帰り、供養として納められた短刀を研ぎ上げ、
それを懷に入れて、もしこの世に法力などというものがあるならば、
いまここで、ただちによみがえられよと、ひたすら念じたのだ。
もし生き返らなければ、腹をかき破って死人とともに旅立ってしまおうと覚悟を決めたまでよ」
と語ったそうである 【葉隠】

理不尽、非合理と評されることのある葉隠ですが、この話は本当に登場人物全員むちゃくちゃ(笑)




558 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2014/03/07(金) 21:06:06.30 ID:NR7+un7G
昔だと、死んだように見えた人が息を吹き返すってのは時々あったみたいだからな

563 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2014/03/08(土) 06:33:58.46 ID:HWfbcSpl
>>557
もうどうにでもなれーという気持ちが奇跡を産んだのか、
ただ医者がへっぽこすぎた結果なのかもうわけがわからん

564 名前:人間七七四年[] 投稿日:2014/03/08(土) 10:14:55.92 ID:VHgKencF
>昔だと、死んだように見えた人が息を吹き返すってのは時々あったみたいだからな
そのための通夜だとかって聞いたな

565 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2014/03/08(土) 10:18:59.46 ID:exdl8bBF
救急隊員が死亡確認して呼ばれた警察が再確認したら生きてたとか今でもあるし
最近は医師が最終確認するまでは心配停止と表現するようになったよね

566 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2014/03/08(土) 10:25:28.09 ID:Aq1T/Ovh
最終確認するまで心配はしてた方がいいと思います

567 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2014/03/08(土) 15:28:55.99 ID:vnHElv4O
王大人だとアテにはならん・・・まあ首を落としておけば確実に殺せるだろう

568 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2014/03/08(土) 16:12:26.40 ID:azbI1sEk
「三島由紀夫は割腹し、介錯を受け、首が千切れている。生死は不明、首と胴体の距離、約1メートル」

なんていう警察無線思い出した

569 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2014/03/08(土) 17:07:17.50 ID:K48X/a48
さすがに警察も動揺したんだろうな。
まさか現代人が腹切りして介錯成功したわけだから。
このスレでは切腹介錯の逸話は見慣れてるんだが、
う~ん、時代が近いからなのか生々しい

570 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2014/03/08(土) 17:23:10.50 ID:kNInOyCH
テンパってたというよりは医師しか死亡判断が出来ないって原則に従ったんじゃないかな?
だからたぶん死んでいる、って意味で「首と胴体の距離、約1メートル」って入れたんだと思う

571 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2014/03/08(土) 17:35:40.54 ID:vnHElv4O
首がぽぽぽぽーん!してりゃ死んでるって言ってよかったと記憶してる

572 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2014/03/08(土) 17:36:17.27 ID:K48X/a48
なるほどね
まあそれでも驚いただろうな
主張を聞いてる自衛隊員たちはその後、腹切るとは思ってなさそうな雰囲気
映像見る限りだと、聞いてる隊員、罵倒する隊員、止めろと制止する隊員がいる

573 名前:人間七七四年[] 投稿日:2014/03/08(土) 17:51:52.60 ID:VHgKencF
介錯、上手くいかなくてなかなか大変だったとも聞いたけど・・・
公儀介錯人なんて役職つくちゃった作品もありましたな

573 名前:人間七七四年[] 投稿日:2014/03/08(土) 17:51:52.60 ID:VHgKencF
介錯、上手くいかなくてなかなか大変だったとも聞いたけど・・・
公儀介錯人なんて役職つくちゃった作品もありましたな

574 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2014/03/08(土) 20:02:22.53 ID:Ev4rxz7M
最初の切る位置が上すぎて、顎に切り込んでしまったために
刃が奥歯に当たって止まってしまったそうですねガクブル

575 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2014/03/08(土) 20:47:23.95 ID:gFMN8LTe
なるほど、歯って固いもんね
想像したくないのにしてもうた・・・

576 名前:人間七七四年[] 投稿日:2014/03/08(土) 21:52:00.85 ID:waEV2N1M
>>573
新撰組でそんな話があったな
介錯に失敗した谷三十郎の逸話

577 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2014/03/08(土) 22:33:14.50 ID:epc325by
ギロチンは慈悲の顕現でござる

伝湖和尚の敵討

2014年02月22日 19:08

433 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2014/02/22(土) 12:52:47.65 ID:xGyPtrxp
多久生まれの伝湖和尚には、兄の次郎兵衛と弟の某と母がいた。
九月に、母が次郎兵衛の子を連れて寺の説法を聞きに行った。
その帰り際、子が草履を取ろうとしたとき誤って横にいた男の足を踏んだ。
男は母と次郎兵衛の子を咎め立て、因縁をつけた末に脇差を抜き、子を突き殺した。
母が次郎兵衛の子を守ろうと男にしがみつくと、男は母をも突き殺し、帰って行った。
この男は、中島茂庵という浪人者の子で五郎右衛門、その弟に山伏の中蔵坊という者がいた。
茂庵は美作殿と交流があったので、息子の五郎右衛門は美作殿から知行を与えられていた。
やがて事件が次郎兵衛の家に伝わると、次郎兵衛の弟某は五郎右衛門へ仕返しに向かった。
五郎右衛門は内から戸を閉め出てくる気配がないので、訪問客のふりで柔らかい声をかけた。
すると戸が開いたので、すかさず名乗りをあげ斬り合い、ごみために落ちながら、五郎右衛門を突き殺した。
すると中蔵坊が駆け出してきて、次郎兵衛の弟某を斬り殺してしまった。
事の次第を聞いた伝湖和尚は兄の次郎兵衛のところへ行き、
「中島方は一人死んだだけなのに、こちらは女子供含む三人も斬り殺された。
無念千万この上ない。兄上、どうか中蔵坊を討ち果たしてください」
と仕返しをすすめたが、兄の次郎兵衛が首を縦にふることはなかった。
伝湖和尚は口惜しく思い、出家の身ながら母、弟、甥の敵討ちを決心した。(1/2)

434 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2014/02/22(土) 12:57:31.30 ID:xGyPtrxp
しかし、相手の後ろ楯を考えれば、こちらが平僧の身の程では美作殿から酷い仕打ちを受けると思い、
それから一心に仏道修行に励み、やがて竜雲寺の住職にまで出世をした。
そして佐賀の境伊予掾という刀鍛治のところへ、手習の弟子に与えると言い大小を注文し、
差料としてのこしらえまでして準備をととのえた。
翌年九月二十三日、寺に客が来ていたので、馳走を出すよう言いつけると、自らは方丈から忍び出で、
俗人の身ごしらえをして、大小を差し多久へと出かけた。
中蔵坊のところへ着いてみると、月待ちの行事で大勢の人が集まっていた。
その人数では手に負えそうもなかったが、もう延引することも出来ないので、
中蔵坊の親、茂庵を討つことで本望を遂げようと思い、茂庵の家に討ち入り、
寝間へ駆け込み名乗りをあげ、相手が起き上がったところを突きに突いて突き殺した。
近所の者たちが何事かと駆けつけ囲んだので、和尚はわけを話し、大小をその場に投げ捨て帰った。
そして事が佐賀にまで伝わり、伝湖の寺の檀家どもはすぐに駆けつけ、伝湖を守り寺へと引き上げた。
事件を知った美作殿はとてもお怒りになられたが、殿が御建立なさった寺の住職にどうにも手が出せない。
そこで鍋島舎人普周を通じて、高伝寺の湛然和尚に、
「あの者は人を殺した出家だから死罪にしてほしい」
と申し入れられると、湛然和尚は、
「宗門内の処置は高伝寺のやり方で行うから、お口出しはしないでいただきたい」
と返事をした。美作殿はますますお怒りになられ、
「ならば、どんな処置をなさると言うのか、お聞かせ願いたい」
とお尋ねになると、湛然和尚は、
「お聞きになっても無益であるが、どうしてもとお尋ねになるならお聞かせします。
出家の破戒は法衣を奪い追放するのが宗門の定めである」
と返事をした。
そして、伝湖は高伝寺で法衣を脱ぎ、追放されることとなったが、
追放の日には弟子たちみなが大小を差し集まり、数十人の檀家たちも同じく集まった。
そして、みなで伝湖を守りながら、轟木まで送った。
途中、猟師風の男たちがあらわれ、
「多久から来たのか?」
と問いかけてきたが、なんの手出しも出来なかった。
伝湖はその後、筑前に住んだが、町人たちが世話をし、侍たちとも友好な関係だった。
それは敵討ちの次第が伝わっていたので、武家も町人もみな親切に伝湖を世話したのである 【葉隠】(2/2)




435 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2014/02/22(土) 14:46:46.21 ID:QbYwAeyQ
美作殿って誰だよw

436 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2014/02/22(土) 14:57:17.73 ID:46enqYsO
美作の殿・・・あとは分かるな?

437 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2014/02/22(土) 16:13:06.59 ID:FB03ychG
相手が大勢でなければ何人殺して釣り合いとるつもりだったんだろうか

438 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2014/02/22(土) 18:57:46.65 ID:9RK3raC2
ヒャッハー

439 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2014/02/22(土) 19:21:08.51 ID:pZr0eyF6
| ∧∧
|(´・ω・`) これでも飲んで落ち着かれよ
|o   ヾ
|―u' 旦 <コトッ

 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

家光公が剣法のお稽古を始めるということで

2014年02月15日 19:00

367 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2014/02/14(金) 23:00:20.60 ID:DrzEoWWR
家光公が剣法のお稽古を始めるということで、その師匠を誰にするか決めかねておられた。
ひとりは柳生流の高弟、紀伊家の木村助九郎、もうひとりは元茂さまであった。
どちらかに決めようとお考えになられ、
二人に剣法の極意を書いて差し出すようお命じになられた。
助九郎は奉書三枚に剣法の理を細かく説明書きしたものを差し出した。
元茂さまは、

「善いと思うのは悪い、悪いと思うのも悪い。
善悪ともに悪い。
無心となり雑念ないのが善い」

とだけ書いて差し出した。
それを家光公はたいそう感心なさり、元茂さまを師匠としてお稽古を始める予定であったが、
元茂さまが亡くなられたので、残念ながら実現することはなかった【葉隠】




368 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2014/02/15(土) 02:06:55.83 ID:cqitO867
確かにこれから学ぼうってときにその道の極意を事細かに説明されてもねえ

369 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2014/02/15(土) 06:22:10.22 ID:DuOpY85Q
性格か、あるいは相手が相手なので張り切りすぎたか

371 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2014/02/15(土) 12:10:02.55 ID:sTbst9ol
いや、最初は理論的に教えてもらいたいけど。
いきなり「考えるな 感じろ」とかだけ教えられても困るじゃん?

372 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2014/02/15(土) 13:49:29.69 ID:1/VgzNA7
極意に至るまでが剣の道って事よ
順路は自ら捜し給へ

373 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2014/02/15(土) 13:59:08.21 ID:1F9qayWv
>>371
極めたらどういう考えに至るの?と聞いてるだけだから
剣の基本や教え方は関係ないですよ

374 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2014/02/15(土) 14:50:06.63 ID:+Rpl3N9D
つか「天下人の剣法」なんだから、技術的なことより精神的な面を重視する事こそ実用的、じゃないの?

その後、直茂さまはお側の人々に

2014年02月02日 19:05

459 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2014/02/02(日) 10:52:56.47 ID:kDIVB2yG
佐賀城の普請ができたので、父上さまにも御覧いだだこうということになり、勝茂さまが直茂さまを御迎えした。
そして勝茂さまが立付袴の姿で、城の各所ひとつひとつを細かく御説明されながら案内をされた。
その後、直茂さまはお側の人々に、
「勝茂は敵が攻めてきた時のことを熱心に説明していたが、腹を切る場所を忘れているのではないだろうか」
と洩らされたとのことだ 【葉隠】




460 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2014/02/02(日) 11:01:54.36 ID:/hb/3e18
不謹慎やな

一家の滅びる時節が来たならば

2014年01月18日 18:33

122 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2014/01/18(土) 16:44:21.09 ID:ZP9mQt3Q
あるとき直茂さまが、御孫の元茂さまに、
「身分の上下関係なく、時節が来れば一家の滅びることもあるだろう。
その時、無理に取り繕うならいかにも未練がましく、恥をさらすような滅び方をする。
いよいよ無常の風が吹き荒れるような時節が来たならば、きっぱりと滅びる覚悟を決めるのだ。
そうするとまた、滅亡をくい止め、一家が立ち直る方法も見つかるものである」
と話されたとのことだ。
この話は、元茂さまがいつものように話されていたから、直朗殿がよく覚えていたのである 【葉隠】





鍋島茂賢「あいつ、人の食ふものを食ふて」

2013年12月14日 19:00

876 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/12/14(土) 09:18:29.46 ID:rYHd2BrE
鍋島茂賢が、有るとき食事中に来客があり席を外した。
それをいいことに、茂賢の家臣の何某が、茂賢の膳に座り、焼き魚をつまみ食いしていた。
そこに、にわかに茂賢が戻ってきた。

何某はうろたえて、その場から走って逃げ去った。

茂賢は
「あいつ、人の食ふものを食ふて、にくい奴」
と言っただけで、そのままその膳に座り、家臣の食べかけの焼き魚をそのまま食べた。

この何某はのち、茂賢に殉死した。

(葉隠)




877 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/12/14(土) 09:41:50.79 ID:+Be+fVmw
お毒味役だな

879 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/12/14(土) 17:06:43.77 ID:NdzNtOkV
まーくんだと刀抜いて冗談半分で追い回しそう

あとでわかったのだが、久太夫殿は

2013年11月17日 19:12

641 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/11/17(日) 14:52:01.50 ID:9+cZXGvS
松平大和守殿が夜会を開かれそこに綱茂さまも招かれた。
旗本の老武士、北見久太夫殿もお見えになり昔の戦話などをした。
場も盛り上がり夜のふけたころ、
給仕役の小姓が銚子を持ちながらつまずいてしまい、
久太夫殿の膝に酒を浴びせたので、
その小姓は失態を恥じその場に赤面し固まってしまった。
すると他の小姓がやってきて、久太夫殿を次の間に案内し、
衣装の着替えを用意して、酒の場も後始末をした。
あとでわかったのだが、久太夫殿は高齢のうえ長座されたので、座ったまま小水を漏し、
それが座から流れ出したのを見つけた小姓が、
わざと酒をこぼして誤魔化したということがわかった。
その小姓へは褒美があったとのことだ 【葉隠】