〔壱岐〕朝鮮鴉之事

2017年02月05日 13:57

587 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2017/02/04(土) 23:59:21.99 ID:AaFg6Mnf
〔壱岐〕朝鮮鴉之事

 予の小臣に壱岐の人がいる。
話に、かの国には「朝鮮鴉」と呼ぶ、
大きさは鳩のようで黒色鴉に似て白毛の混じった鳥が、夥しく群飛して来て野菜に害をなし、
四、五日を経てまた群飛して去るという。
これは前に記した(http://iiwarui.blog90.fc2.com/blog-entry-10250.html
カササギである。

 ならば鍋島勝茂が韓征から持ち帰ってその里に繁盛しているという事とは別に、
この鳥が韓土からわが地に渡来する事は今に始まらぬのであろう。
しかし『本草綱目』にも『本草綱目啓蒙』にもこのような無数群行ことは書いてない。
ただ『本草綱目啓蒙』に、筑前筑後では朝鮮がらす、高麗がらすというと載っているので、
かの国などにも飛び渡ることは壱岐と同じであろうか。
ならばいずれにしても勝茂が持ち帰ったというのは珍しくはないことである。

(甲子夜話三篇)



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切腹を御許しください

2016年12月17日 21:19

422 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2016/12/17(土) 13:47:28.88 ID:RmYfwQ7x
勝茂さまの病気の回復の見込みがなくなったとき、
光茂さまへ、志波喜左衛門が、

「私は、以前から殿のお供をいたす約束をしております。
ご回復の見込みがないよう思いますゆえ、
殿のお命の代わりとして私が腹を切ったならば、
もしかすると御回復することがあるかもしれません。
いずれ冥途へお供する身体ですから、切腹を御許しください」

と申し上げた。
光茂さまが、増上寺の和尚に、

「命の代わりとして切腹をするということは許されますか」

とお尋ねしたところ、

「そのようなことは絶対に許されていない。
剛の者であるから、大切に召抱えておかれるように」

との答えであった。
光茂さまは腹を切ることは許さず、
しかし、その忠義の心にすっかりと感心され、
子孫を疎かにするようなことがあってはならぬと、
自ら筆をとり、そのことを記された。
いまだに子孫はその書付を持っているということだ 【葉隠】



(鍋島直茂は)また曰く、

2016年12月11日 12:25

398 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2016/12/11(日) 00:25:43.02 ID:J1pncLmF
鍋島直茂は)また曰く、

北条氏康は、『常に老若ともに武士道を立てる者は、もし途次などでも
気違い酒狂いの人に行き会った際、自分の勇気を表して睨み鎮めた時、

その人がそのまま正気に戻って平伏し、よく調べる者を側に置きたい』
と、言いなさった。まことに面白き分別である。

しかしながら私は、酔狂人などに行き会った時は少しも怒らず、平静に
打ち笑って見せて、その理性の無き者も、自然と威に恐れて痛み入る、
そのような徳の者が欲しい」

とのことであった。

――『名将言行録』



399 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2016/12/11(日) 09:47:37.55 ID:uHxpFn9d
市松の事か

昔の人の言葉を参考にし、他人にも相談をするならば

2016年11月12日 15:59

313 名前:人間七七四年[] 投稿日:2016/11/11(金) 17:47:37.99 ID:TF19QdX0
昔の人が残した名言や行動を聞き覚えておくのは、古人の知恵、経験にあやかるためである。
私心を働かせないためである。
我一個の感情、知識だけでなく、昔の人の言葉を参考にし、他人にも相談をするならば、
客観が加わり、間違いということもなく、悪事も起こらないものである。
勝茂さまはよく直茂さまに相談し、お知恵を借りておられた。
これは『御咄聞書』に書いてある。
とても立派なお心掛けであられた。
また、ある方は弟たちを家来として召しかかえ、
江戸や上方に行くとき、いつも彼らを連れていき、
日々起こる公私の出来事すべてを弟たちと相談して決めたので、
其の方の立ち振舞いには間違いの起こることがなかったとのことだ。 【葉隠】



殿に媚びへつらう者のなかに

2016年04月17日 12:21

535 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2016/04/16(土) 22:32:07.65 ID:9mBkuUZ9
殿に媚びへつらう者のなかに、気力が強く悪賢い人間が現れたときは、
殿を騙し、己が出世することばかりに力を使うものだ。
なにをすれば殿が喜ぶかというツボを心得た者は、少々のことでは奸臣だと見破られないものである。
非常に見破りにくいものだからこそ、大賀弥四郎という奸臣は、あの家康公をさえも騙しぬいたのだ。
このような奸臣は新しく召抱えられた成り上がり者に多く出てくる傾向がある。
譜代や高禄の武士には稀であるということである 【葉隠】



536 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2016/04/16(土) 23:25:23.32 ID:8GBmpV1E
直茂「広橋とか勝屋とかね」

人相を見るということは

2016年03月21日 20:57

508 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2016/03/20(日) 21:05:57.65 ID:5XgJvU+M
老武士が言った。
「人相を見るということは大将たる者の重要な資質である。
楠木正成が湊川で正行に与えた一巻には眼のことばかりが書いてあったと伝わる。
人相にはなにか秘められた大事がある」
という証拠であろう【葉隠】




了意和尚の話されることには、

2016年01月25日 15:16

222 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2016/01/24(日) 17:02:55.34 ID:glXQjhzz
了意和尚の話されることには、

「最近の僧侶は消極的で自分の目先のことだけ守っている。
自分のことを守るのみがなすべき仕事だと思い込み、腐り果てている。
役に立たない。逃げ尻の腰抜けというしかない。
私はもう歳を取ったが、どこぞからお呼びがかかればすぐにでも駆け出す覚悟でいる。
金沢の大乗寺を隠居してから、関東にくだり三つの寺を駆け巡り、
性根を据えて、どうにか少しばかり落ち着きたいと思っていたけれども、
雑用ばかりで心のままにならず、残念なことではある。
昔の侍は、布団の上で死ぬことを無念に思い、戦いの場で死にたいとのみ願いを込めたものだ。
僧侶もこの心を持たなければ、道を成し遂げることは出来ぬ。
人の間を避けて引きこもりたがるのは腰抜けである。
引きこもってなにか善いことをするかと思えば欲心ばかりである。
仮に引きこもって善いことをしても、それでは世に影響を与えて、道なき道を拓くことなど出来はしない。」

とのことである 【葉隠】



226 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2016/01/24(日) 23:41:09.64 ID:1wGSzzmV
了意和尚(1612-1691)
島原の乱(1637年)までと長くみつもっても、戦国時代の人物とみなすのは無理がないか
葉隠の中でも戦国時代の人物についての話を選んだほうが反感を買わないと思う

中野神右衛門が子供たちに言っていたこと

2016年01月13日 22:38

188 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2016/01/13(水) 14:40:02.70 ID:HMNPAWK4
中野神右衛門が子供たちに言っていたこと。

「末代の子孫に至るまで、どんなに大勢の子供を持っても、決して見捨てることがあってはならぬ。
その者その者の器量によって、草履取りでも馬取りでも、奉公に差し出すとよい。
草履取りの役目には侍の末子を差し出したいものである」 【葉隠】



来るべき新年の瑞象である

2015年12月25日 09:18

114 名前:人間七七四年[] 投稿日:2015/12/24(木) 20:34:28.11 ID:Rzn6q80Y
新年の開運を願う佐嘉神社(佐賀市)の伝統行事「鰤祭(ぶりさい)」
毎年12月31日、神社本殿で開かれます。魚市場や鮮魚店から奉納されたブリを祭壇に供え、商売繁盛や五穀豊穣を願います。
祭典では、宮司が大きなブリの身に御神矢の矢尻で独特の切れ目を入れる「調理の儀」を行い、水産業者らも出席して豊漁を祈願します。 

この鰤祭は、佐賀藩祖鍋島直茂が文禄・慶長の役の朝鮮出兵から伊万里港に帰陣した際、
「ビターン!!」
直茂が乗っている船に大鰤が躍り上がって甲板に飛び込んできた。
佐賀では鰤のことを「ぶい」となまって呼ぶことから、直茂は鰤を武威にかけて
「武威が上がった、来るべき新年の瑞象である」とたいそう喜んだそうです。

鰤祭の後は、
祭にお供えした鰤を使い、「開運鰤雑煮」を接待する開運「鰤(武威)座」を斎行致します。
そして1月1日午前0時の一番祈願に参列いただき、お座に就いていただきます。
席上「鰤祭」で用いた神矢の鏃が当たる神くじが行われます。

ちなみに、直茂が乗っている船の甲板に飛び込んできた鰤は家臣たちに分け与えたそうです。
(佐賀城本丸歴史館で聞いた話)



115 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2015/12/24(木) 20:36:07.79 ID:pe6afaTz
平清盛「わしの逸話をパクるな」
周の武王「お前もな」

116 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2015/12/24(木) 21:39:45.25 ID:YyiCNFvr
鮭だけじゃないのね

徴古館 青漆塗萌黄糸威二枚胴具足

2015年09月04日 09:55

654 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2015/09/03(木) 20:53:18.32 ID:5AXdqxaN
徴古館 青漆塗萌黄糸威二枚胴具足
http://www.nabeshima.or.jp/collection/index.php?mode=display_itemdetail&id=6
青漆塗萌黄糸威二枚胴具足

鍋島勝茂が島原の乱で着用したこの甲冑、青漆とは漆に藍や石黄を混ぜて青く(実際は緑色)
した技法である。なお、この技法自体は江戸時代後期からのものとされる。

最近、この甲冑のレプリカが甲冑師の西岡文夫氏に発注され復元されたが、驚くべき事実が
明らかになった。

西岡氏は当初、レプリカにごく普通に青漆を塗ってみたが、経年劣化を考えても実物と色合いが
全く違う。そこで国立文化財機構 東京文化財研究所保存修復科学センターの北野信彦氏に
科学的調査を依頼し、徴古館の甲冑を調査したところ、青漆ではなく西洋絵画の油絵具に近い技法で
作製された塗料であることが明らかになった。

なお、日光東照宮の平成の大修理で、陽明門羽目板の下から松と鶴絵図が発見されたのはニュースで
報道されましたが、この絵にも同じ技法の塗料が使用されているとのこと。

陽明門壁画公開について
http://www.toshogu.jp/blog/2013/12/post-24.html

詳細は日本甲冑武具研究保存会の会報、甲冑武具研究191号を参照のこと


西岡氏は最初に塗った漆を全て剥がしてまた新塗料を塗りなおしたので、相当難儀されたそうです。




655 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2015/09/04(金) 02:53:48.83 ID:Nusp8EWX
甲冑は1家に一つは欲しいですな

659 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2015/09/04(金) 08:22:16.42 ID:yYyhqmta
甲冑のは鍋島家が勝茂の頃から新技術の取得に熱心だったという話か

城の明け渡しのとき、

2015年08月22日 17:36

185 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2015/08/21(金) 17:43:10.26 ID:oY9BYVsm
古老が言った。

「城の明け渡しのとき、籠城しようと思った者が二人ほどいても、
味方の気持ちがそろわないから、結局、籠城する者はいない。
徹底抗戦するには、城を受け取る敵勢が城の近くまで来たときに、
籠城の決心をした二人ほどが物陰から弓や鉄砲を少々射かければよい。
これだけで、敵勢が講和破りだと騒ぎ出し、合戦再開となる。
そうなれば嫌でも戦うことになるわけだ。
向こう様から籠城させてくれるというものである。」

と。 【葉隠】


現代でも、政党や国の争いでこれやってるようなw



186 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2015/08/21(金) 20:12:58.75 ID:y47pgkZr
>>185
人間だって所詮は動物。
科学技術や知識等の面では進化したと言えるかもしれないけど、
精神的な面では大して進化してない。

187 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2015/08/22(土) 11:01:31.94 ID:C2GGCCp3
>>185
その二人迷惑すぎて草

188 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2015/08/22(土) 12:22:33.13 ID:HqNHVSvA
>>187
それが侍魂!

189 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2015/08/22(土) 20:57:38.65 ID:3qO6IhBf
>>185
会津が長岡の旗をかざして官軍を攻撃、長岡の中立交渉を破たんさせたやり口ですね

190 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2015/08/22(土) 21:25:23.89 ID:Zwv8Xwo6
宮城事件ですねわかります

悪事の取り調べに、落度なく申しひらきした者を、

2015年03月28日 17:37

794 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2015/03/28(土) 10:23:25.67 ID:OsNUgCTi
志波甚兵衛は、
「悪事の取り調べに、落度なく申しひらきした者を、ただ無罪にするだけでは残念と言わざるをえない。
悪事の真っ只中にいながら、ひとり落度なく過ごすという事は、
十年二十年ひとつの役目を勤めるより遥かな手柄だろう。
加増して取り立てたいものだ」
と言っていた【葉隠】

最初は?だけどよくよく考えたらその通りな話




竜泰寺で聞いた話

2015年03月08日 16:08

699 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2015/03/08(日) 14:21:23.94 ID:xyJztSdd
竜泰寺で聞いた話
上方の易者が、
「僧侶でも四十にもならぬ若いうちから名が上がるのは良くないことだ。
身を誤るもとである。
四十にして惑わずとは、孔子に限ったことではない。
賢者であれ、愚か者であれ、能力の優劣を問わず、
四十になれば、各自相応の経験を積んで、心が迷わぬようになる」
と言っていた 【葉隠】

いわゆるはやくに比類なく名をあげると余生が大変ってやつですね
人間てのは堕ちるときもあるものだから




相良求馬が家老に抜擢されたとき

2015年01月15日 18:51

558 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2015/01/15(木) 17:02:59.96 ID:uy4fLylJ
相良求馬が家老に抜擢されたとき、求馬は鍋島平左衛門の家を訪ね、
「この度、殿よりお目をおかけいただき、大身の身分となったが、
あいにく私には役に立つ家来がなく、奉公するにも不自由でならない。
それで、あなたの御家中の高瀬治部左衛門を、家来に迎えたく思い、訪ねたのだ」
平左衛門は、
「わたしの家来がお目に止まったとは光栄だ。さっそくお譲りいたそう」
と承知し、求馬が帰った後、治部左衛門を呼び、このことを話した。
すると、治部左衛門は、
「返答はわたしが直接、求馬殿に申し上げましょう」
と言い、求馬のところへ行き、
「わたしをひとかどの者とお認めいただき、とてもありがたく思います。
しかしながら、奉公人は主人を持ち変えぬもの。
相良さまの家来ともなれば、一生を贅沢して暮らしてゆけますが、
その贅沢は心苦しいものとなるでしょう。
主人の平左衛門は小身でかつ裕福でなく、
わたしどもは雑炊などを食べ、暮らしていますが、この貧乏は楽しいものです。
どうかここのところをお察しくださいますように」
と申し述べ、
それを聞いた求馬はいっそう感心し、自分の目は正しかったと喜んだ 【葉隠】




元旦の参詣

2015年01月01日 17:18

477 名前:人間七七四年[] 投稿日:2015/01/01(木) 13:44:21.24 ID:SOQqwQep
元旦に勝茂さまは与賀、本庄、白山八幡の三社へ御参詣になった。
ある年の元旦、五男の直澄さまが正月の挨拶に遅れてこられた。
勝茂さまが、
「おまえはどうして遅れてきたのか」
と御注意なさると直澄さまは、
「父上がいつも三社参りをされているので、わたしも後に習い参詣するようにしたのです。」
と申し上げた。
それを聞き、勝茂さまは、
「おまえまでが元旦の参詣をしなくともよい。
わたしはすでに両親もおらず、かと言って在国中であるがゆえ、
江戸の将軍さまへの御挨拶にも上がれない。
要するに、自分より上の者に対する礼が欠けることないよう、参詣しているのだ。
おまえなどは、わたしに元旦の挨拶にくればそれですむことだ。」
とお諭しなされたとのこと。
次代の光茂さまは、元旦に向陽軒のお宮へ御参詣になられたということである 【葉隠】



478 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2015/01/01(木) 14:11:56.74 ID:HE/RFR7h
>>477
なんか勝手な理屈だな

普段、兜をつけると

2014年12月31日 17:46

464 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2014/12/30(火) 20:13:26.26 ID:lkbT6uK0
普段、兜をつけるとさぞ重いのだろうと思うのだが、
城攻めのとき、敵方が、弓、鉄砲を打ち、大石、大木を落としかけてきたときには、
少しも重くは感じないのだとか 【葉隠】

もう、山本常朝の世代だと兜をつけたことがないようだ




山本神右衛門善忠は普段から

2014年12月12日 18:35

350 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2014/12/12(金) 13:28:45.59 ID:rJsgk9qO
山本神右衛門善忠は普段から、
「侍は人物を抱えるにかぎる。
どれほどお役に立つぞと心掛けていても、一人の武勇ではたかが知れている。
金は借りればどうにかなるが、人間はすぐには集まらない。
あらかじめ立派な人物を丁重に召し抱えておくほうがよい。
人を抱えるということは、自分だけが飯を食っていては出来ない。
同じ飯を分けて食べさせるなら、人もついてくる。」
と話していた。
それだから、
「神右衛門はその身の程にふさわしい家来を抱えている」
「神右衛門は己に過ぎた家来を多くもっている」
と、評判の高かったものだ。
神右衛門が取り立てた者には、直参になった侍、手明槍になった衆、など数多くいる。
組頭に任命されたときには、
「組の者については、神右衛門が気に入った者を新しく召し抱えよ」
とお言葉があり、別に扶持米までも下さった。
新しく取り立てられた者はみな、神右衛門の家来であった。
勝茂さまが十七夜・二十三夜・二十六夜の月を拝む行事をなされておられた頃には、
寺井の神水を使われておられたが、そのときは、
「神右衛門の組の者に申しつけるように。
あの者たちは海の深いところまで飛び込んで水を汲む者たちだ」
とのお言葉であった。
このようにお心をかけられていたので、神右衛門たちも常に精励したのだ 【葉隠】




計算高い者は卑怯である。

2014年10月03日 18:49

436 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2014/10/02(木) 18:27:40.49 ID:JULjGu6r
古老の話
「計算高い者は卑怯である。
その理由は計算高さは損得勘定であるから、いつも損得の心が絶えない。
死は損、生は得であるから、当然死を好まない。
だから卑怯なことをする。
また学問のある者は、才知と言葉で生まれつきの臆病と欲心をうまく隠している。
ここは人々がよく見誤るところだ」
とのこと 【葉隠】



437 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2014/10/02(木) 19:39:18.57 ID:GwUSVapQ
だから沖田畷で憤死するんだよバーカ

先祖が善かったか悪かったのかは

2014年09月28日 18:56

895 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2014/09/28(日) 08:19:17.43 ID:/FZtx0c9
直茂さまは、

「先祖が善かったか悪かったのかは子孫の行い如何で決まる」
(先祖の善悪は子孫の請取手次第)

と仰せになられた。
先祖の悪事は外に出さぬよう、善事を成した者の子孫のはずだと思われるようありたいものだ。
これが孝行である 【葉隠】



897 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2014/09/28(日) 20:19:39.51 ID:Yrm7osCw
>>895
簒奪者、後世の評判を気にするの巻

898 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2014/09/28(日) 21:35:54.60 ID:X+E/DPQ/
最近も祖先の悪評を薄めようと必死になってる人がおる

899 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2014/09/28(日) 22:44:51.19 ID:Yrm7osCw
本当に子孫なのか怪しいものだがな

908 名前:人間七七四年[] 投稿日:2014/09/29(月) 08:09:37.05 ID:ttFKPJD9
>>895
蜂須賀 茂韶「………」

明日もまた、今日一日

2014年08月23日 18:52

605 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2014/08/23(土) 12:00:58.34 ID:/gJNbv0q
『一日の事ならばどうもこらへらるべし、翌日も又一日也』

生野織部孝時はいつもこう言っていたそうだ。

「奉公というものは、今日一日限りだとさえ思えば、どんなことでも出来る。
一日のことならがまんも出来る。
明日もまた、今日一日と思えばよい」 【葉隠】