九州のマイナー武将というリクエストなので、赤星さんのお話でも。
耳川の戦いの後、それまで大友に従っていた筑後の諸将は今後、龍造寺、島津、大友
のどこに従うべきか、二股、三股をかけて様子を見守っていた。
それが気に入らなかったのか、龍造寺隆信、蒲池鎮漣を誅し、田尻氏を攻撃した。
肥後の国人達も筑後同様、九州三強の間で揺れ動いていたのだが、この田尻攻めの際
には龍造寺軍として参加した国人が多かったようだ。
しかし、そんな中で一人、赤星統家のみが参陣しない。
一応、赤星家と龍造寺家は同盟関係(実質主従関係)にあり、息子が隆信の許へ人質
に出されている。
それにも係わらず、出陣命令を無視しているのだ。
隆信はしきりに参陣するよう、統家に催促するのだが、何度使者が訪れても、
「今出かけてま~す!」
という返事だけで、面会すら出来ない。
頭に来た隆信、もう一度だけ使者を出した。
が、やっぱり返ってくる返事は
「統家様は今、留守中でして。また今度ね!」
という人を馬鹿にしたようなモノ。
「ふむ、統家殿の都合が悪くて来られないというのであれば、代理の者でも構わない
ぞ。おぉ、そういえば赤星家には御息女がおられたな。それでは御息女に代理として
隆信公にお目通りいただこう!」
使者は隆信の命令通り、屋敷に踏み込んで八歳になる統家の娘を召し取って、佐賀に
連行した。
こうなればもう意地の張り合い。
統家は息子や娘の身を案じて隆信に従うどころか、積極的に島津に通じ、反龍造寺の
姿勢を鮮明にした。
激怒した隆信は人質の息子と連行した娘を肥後に連れ帰り、赤星領の目の前で磔にし
たという。
普通同盟結んだ時に子供を二人、人質として差し出した。と言われてるようですが、
この話に従うと、娘の方は後から拉致した、というコトのようです。
鬼武蔵と言い、軍神様と言い、クマーと言い、子供を拉致って人質にするの、皆好き
だねぇ。
でも、結局殺しちゃったの、クマーだけか?
ふむ、赤星さんの話と言いながらクマーの話になってしまった気がしないでもない。
484 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/08/16(月) 19:00:15 ID:b9cNFHD6
殺一警百だったか、蒲池氏に対する非道は衰退を早めただけのものとばかり思っていたけど、
実際肥後国人に影響あったのね、マイナスだけではなかったのか
ただの凄烈な熊じゃなかったんだ
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