上和白の戦い

2014年09月11日 18:50

196 名前:人間七七四年[] 投稿日:2014/09/11(木) 15:56:00.86 ID:Fh9Jk2yU
上和白の戦い

1560年代の筑前国は毛利家と大友家の覇権を賭けた時期である。
筑前には博多という商業都市があり、毛利も大友も博多の富の利権を得るために争っていた。

1567年、毛利元就は岩屋・宝満山城督である高橋鑑種を調略により寝返らせた。
これに呼応としたのが宗像一帯に勢力圏を形成していた宗像氏貞であった。

彼は1度大友家を裏切っていたが、毛利家と大友家の講和をきっかけで大友家と講和した。

しかし今回も前回同様に秋月家(1回目・文種、2回目・種実)の離反に同調した形で大友家に牙を剥いた。

宗像氏貞は大友に味方する城主を攻撃することにした。
ターゲットになったのは立花山城主・立花鑑載である。

彼も過去に1度大友家に叛旗を翻していたが、今回は行動を起こさなかったために9月にこれを攻めた。


宗像方の作戦はこうだ。
陸と海からの挟み撃ちである。

陸からは宗像家の一門格の大将・許斐左馬大夫氏備(このみ・うじつら)を派遣、海からは宗像家自慢の海軍で立花山城を陥れようとした。

しかし、これを察知した立花方は立花山のすぐ近くにある白岳(糟屋郡新宮町)にいた怒留湯融泉直方(ぬるゆ・なおかた<号・ゆうせん>)に連絡をとった。
融泉は和白(福岡市東区)に宗像の軍勢が押し寄せていることを知ると手勢を率いてこれを襲った。

許斐氏備「この軍勢は、融泉か!!
あいつは代官とかばかりしていたから油断してしまった!」

海軍を待っていて不意を衝かれながらもこれに応戦していた氏備もこれに耐え切れずに50~100程度の死傷者を出して退却していった。

和白は立花山城の麓にある農村で、神功皇后の三韓征伐では日本最初の議会が開かれた場所と名を残している。

197 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2014/09/11(木) 15:56:28.80 ID:Fh9Jk2yU
一方、陸で氏備が敗れたことを知らない水軍が新宮に上陸した。
そのころになると立花方も陣容を整えており、宗像勢を撃退せんとしていた。

氏備が退却した今、不利を悟った水軍は村に火を放ち宗像へと退却していった。

立花勢は逃げる宗像勢を追い、体勢を立て直した宗像勢も飯盛山城(福津市)でこれを迎え撃ち今度は立花勢が撃退された。

なお、立花鑑載が大友宗麟に再び叛旗を翻すのはこれからわずか半年後のことである。
そして両者が大友家に屈するのもまもなくのことであった。

大友家を離反したことにより結果論では損をし、城を攻めたら落とせずに撃退された立花勢と宗像勢のちょっと悪い話。


※なお、出身小学校の120周年誌を参考に書きました。
誌では毛利方ではなく大内方と書かれていました。

出典元がわからないのですみません。




198 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2014/09/11(木) 16:07:55.01 ID:jEMdqkoa
>怒留湯融泉
なんだこの名前は

200 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2014/09/11(木) 16:19:10.25 ID:+1ZMa2Fb
怒留湯さんて今でもチラホラ見かけるんよね

201 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2014/09/11(木) 17:30:40.78 ID:DAvsj1i8
>怒留湯融泉
すげーなw新種の温泉かと思った。

202 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2014/09/11(木) 17:58:29.21 ID:rMq1L97L
男塾で雷電が解説してくれそうな名前だ怒留湯融泉w

203 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2014/09/11(木) 20:04:10.59 ID:a5hpG1ii
無さそうで実際にある名前として融泉さんはそこそこ知られているような気がした

206 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2014/09/11(木) 22:24:59.18 ID:y/aOHgB1
>>203
ぐぐったら「?沙融泉??ホテル」出てきたんだけど、
海の向こう側の中国かよ

207 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2014/09/12(金) 01:23:40.69 ID:LCoEhvFV
号の方の話ではないだろ

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宗像家処分顛末

2012年06月02日 21:01

680 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/06/01(金) 21:47:54.43 ID:BZtU1hCa
九州北部の「海の守り神」宗像大社の宮司などを務める戦国大名宗像家。
戦国末期の宗像家は転生天正14年に頭首氏貞が死去するがあえてその死を公表せず吉田重致占部賢安など
重臣による合議で領内経営にあたっていた。

そんな中での秀吉の九州征伐、元々毛利家(特に小早川家)との親交の深い宗像家は下関まで
関白歓迎の使者を出すなどぬかりなく行動していた。
特に吉田・占部の両重臣は下関で関白秀吉に目通りしており、また豊前方面での戦功により
本来ならば大名家として取り立てられても良いはずであった。

九州征伐から帰路につく関白秀吉は早くから秀吉方に味方した宗像家の赤間城に宿泊する。
そしてなぜか秀吉は翌日の赤間城からの出立にあたり
「明春早々にこの城を破却すべし」
と指示し出立するのであった。そして最終的には吉田・占部の功績に対し2千石の所領が宗像家に与えられ、
旧領(4~5万石ほど)のほとんどが小早川隆景に与えられたのである。

秀吉からすれば唐入りを控え頭首死去を隠すような宗像家に所領を残す必要を認めなかったのであろう。
氏貞の3人の娘に婿養子をとっていればと悔やまれる事件である。





681 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/06/01(金) 21:49:57.11 ID:HcCfmW67
>転生14年

伝奇物がはじまるのかとw

682 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/06/01(金) 21:56:52.47 ID:WTPpl2D2
>>680
赤間城に泊まった時に妙齢の美女を差し出さなかったのが敗因だな

683 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/06/01(金) 22:01:44.88 ID:yVJCW++W
弱小勢力は何してもバッドエンディングな気がする(´・ω・`)

684 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/06/01(金) 22:02:00.55 ID:ldqa7Dsw
宇喜多や喜連川を見ると冗談とも言い切れんw

685 名前:人間七七四年[] 投稿日:2012/06/01(金) 22:05:13.38 ID:51IrrW/B
確か阿蘇神社の宮司も2千石だっけ?
寺社には2千石与えるような空気でもあるんだろうか…

686 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/06/01(金) 22:36:09.15 ID:i4noITb2
大和あたりの寺社領はどうなのかしらん?

687 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/06/01(金) 22:39:23.73 ID:5MgfCBeG
二千石もありゃ十分じゃねえの?
様は戦国大名止めて宗教施設だけ運営してろと

688 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/06/01(金) 22:41:20.70 ID:6lmRnTgF
伊勢神宮「(おいらの百万石はまだかなぁ…)」

689 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/06/01(金) 22:53:37.95 ID:i4noITb2
九州あたりには教会領ってのはないのかしらん?

690 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/06/01(金) 23:05:30.17 ID:nsbiUcgi
長崎がまさにそれ

691 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/06/02(土) 00:05:57.48 ID:oWEfQEG1
>>680
宗像氏って山田事件やら色姫の事やらで悲劇のイメージが強いよね

確か改易後も中川家に仕え石垣原の戦いで討死だったっけ?

692 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/06/02(土) 00:28:22.33 ID:lOC5ivq3
>>685
たしか宇佐神社も同じような扱いだった気が
軒並み没落してますな

ていうか九州と東北のラスボス仕置きはそんなのばっか…

693 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/06/02(土) 00:36:53.36 ID:l7NsGopG
宇佐八幡の巫女「ラスボスこそが帝位につくべし」
とやってたら、ラスボスのおぼえめでたくなったんだろうか

694 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/06/02(土) 02:07:48.79 ID:+400689x
関白「誰が巨根だと!?」

695 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/06/02(土) 04:52:22.37 ID:hOv13Rg4
>>691
石垣原で戦死した宗像鎮続は大友家の家臣だったらしいんだけど
この宗像氏と関わりがあるのかは謎なんだよな

宗像氏の金の猫の像

2010年03月13日 00:02

197 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/03/11(木) 23:58:10 ID:8JqC9HVJ
じゃあ俺は最近多い九州の話を。

対馬宗氏の来援を受け念願の大宰府回復に成功した少弐政資は宿敵大内氏を周防灘の向こうに追い落とすために、
周辺の豪族たちに過剰な軍役や貢納を課し始めた。

さてこのころ、宗像大宮司の宗像氏佐のもとには家宝として金の猫の像があった。
政資は親大内路線の宗像氏に含むものがあったのか、この家宝を強硬に所望し、氏佐はとうとう拒めず献上した。
ところが政資は、氏佐に感謝するどころか
「猫の金像は一対あると聞いた。物惜しみなどせず、いまひとつも献上せよ」と言いがかりをつけたのである。
これを聞いた氏佐は激怒し
「猫の像は1つしかない。あるものはもうすでに渡した。
ないものを請い、古代より続く宗像の名を辱めるとは無礼千万。
この恨みは、少弐を七代のうちに滅亡させることで必ず晴らして見せよう。」
と叫ぶと、小指を噛み切り、滴る血で壁に少弐への恨みを書き綴り切腹して果てた。

しかし話はここで終わらない。

氏佐の後を継いだ興氏は政資に逆らうこともならず日を送っていたが、
やがて政資が有智山城へ出陣する動きを察知した。
恨みを晴らすはこの時とばかりに興氏は山口の大内氏に通報、
大内氏は筑前の杉興政へ出陣指示を与えるとともに周防からも増援を派遣する。
一方、腹背に敵を受けることになった小弐資元はまず杉興政を撃破することで事態の打開を図る。
資元は杉軍が炊飯中に奇襲を敢行し、見事成功。少弐家は危機を乗り切るかに見えた。
しかし勝ち誇り杉軍を追撃する少弐軍は頑強に抵抗する一隊により足止めされ、
体勢を立て直した杉軍に反撃されついには打ち破られてしまう。
そして、この反撃のきっかけになった部隊こそ、猫の像を奪われたうえに当主まで殺された恨みに燃える宗像軍であった。

政資は肥前に逃げるも竜造寺など有力な豪族の離反を受けついには自刃。
少弐氏自体もこの痛手から立ち直れず政資の孫の少弐冬尚を最後に滅亡する。

こうして氏佐の恨みを晴らした宗像氏も、人を恨めば穴二つの言葉通り、やがて怨霊騒ぎの中で滅亡する。
この辺りは既出なのでまとめブログ(ttp://iiwarui.blog90.fc2.com/blog-entry-2383.html)でお楽しみください。

あと猫の像が宗像家に戻ったかどうかは記録にない。




198 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/03/12(金) 00:23:39 ID:Q6r3NCpv
怨霊話見たけど、なんだか血縁関係がわかりづらいなあ
正氏と氏続が兄弟で、
氏続の子が先代当主の氏男、
氏男の妻が菊姫(正氏の娘)、

んで正氏の正妻が山田の局で菊姫の母、
側室(氏貞の母・事件の犯人)の子が氏貞とお色

でいいんだよね?

199 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/03/12(金) 01:19:27 ID:3k0adpfb
九州わりと化物とか怨念話多いな。
あくまでイメージだけど、南国ってカラっとしてそうなんで意外。
逆にドロドロしてそうな東北なんかはせいぜい狐とか河童とか・・
自分は地元東北だが、怪奇好きなんでちょっと無念w

200 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/03/12(金) 01:20:38 ID:ZqQUBa0Y
まぁ別にそこまで気候とか劇的に変わるわけでもないしね

201 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/03/12(金) 01:33:16 ID:QUI2XwMv
九州も北の方は東海地方あたりとあまり変わらないし
大陸との関係で元になった話が入りやすいんじゃない?

202 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/03/12(金) 01:36:28 ID:Z1tQNtci
鹿児島までいくとはっきり南国テイストだけどね

203 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/03/12(金) 01:40:02 ID:Dkv8uoiT
東北は大飢饉による餓死で、村と一緒に滅んだ伝承も多いのではなかろうか。
合掌……

207 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/03/12(金) 09:14:15 ID:owgcJ/qP
>>199
確かに九州は怨念話が多いね。
ほかにも鍋島の猫騒動とかもあるし。

東国だと動物が出てくるいい話が多いのに。

208 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/03/12(金) 09:34:35 ID:nZh5x9ds
九州にはな…おんねん

209 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/03/12(金) 10:51:53 ID:aHf0lKSt
【審議中】
    |∧∧|       (( ) )   (( ) )  ((⌒ )
 __(;゚Д゚)___   (( ) )   (( ⌒ )  (( ) )
 | ⊂l     l⊃|    ノ火.,、   ノ人., 、  ノ人.,、
  ̄ ̄|.|.  .|| ̄ ̄   γノ)::)  γノ)::)   γノ)::) 
    |.|=.=.||       ゝ人ノ  ゝ火ノ   ゝ人ノ
    |∪∪|        ||∧,,∧ ||∧,,∧  ||  ボォオ
    |    |      ∧ (´・ω・) (・ω・`) ∧∧
    |    |      ( ´・ω) U) ( つと ノ(ω・` )
   ~~~~~~~~     | U (  ´・) (・`  ). .と ノ
              u-u (    ) (   ノ u-u
                  `u-u'. `u-u'

212 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/03/12(金) 13:44:27 ID:nTyYy7FT
しかし東北は怨念だの怪異だのではなく、リアルに人間同士のドロドロの暗殺合戦とかが超怖いイメージ
蠣崎さんちなんか兄弟はおろか姉妹までが入り乱れて殺しあってるし

宗像氏貞と六人女の怨霊

2009年07月07日 00:03

79 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/07/06(月) 17:48:14 ID:oaJDN6ZY
宗像氏貞と六人女の怨霊(1/2)
天文二十年のことである。
筑前の名門宗像氏の当主、宗像氏男が大寧寺の乱で大内義隆の自害に殉じ、
宗像氏は跡目相続問題で揉めに揉めていた。
家督を継いでからまだ四年しかたっていない若い当主は、
先先代当主で叔父の宗像正氏の娘、菊姫を正妻としていたが、二人の間にはまだ子がいない。
そんな中屋形の死に騒然とする宗像家中に一人の少年が陶晴賢より送り込まれてきた。
少年は亡き氏男の叔父で、正氏の側室(陶晴賢の妹)の息子であった。

そんな子どもが居るなど寝耳に水だった国許は憤懣やるかたない。
特に夫の隠し子の存在を知った正氏の正妻山田の局の怒りは生半可なものではなく、
どうにかしてこの少年を長州に追い返そうと、入国しようとする一行に武装した一団を差し向けた。
しかし陶晴賢の肝いりでやってくる一行はなかなかにやり手であり、
向かってくる刺客を迎え討ち、行きがけの駄賃で敵対勢力の城を落とし、
ついに国入りして白山城に入ってしまった。
そして反対勢力を力ずくでねじ伏せ、軒並み撫で斬りにすると、
少年は宗像氏貞として家督を継ぎ、大宮司の地位を得た。

しかし事態が収束してもまだ、懸念材料は領内にあった。
山田の局と、菊姫のことである。
この二人は主城である白山城から追われて後、そこからあまり遠くはない山田村というところで、数人の侍女と共に暮らしていた。
元々側室である氏貞の母はこの二人が憎らしく、
また再び氏貞の地位をおびやかすのではないかと毎日気が気ではなかった。
そこである日、譜代の御家人衆に命じて、この母娘を殺害させた。
この時屋敷に居た侍女を含む六人の女を、御家人達は惨殺すると、
遺体を人の通る宇原の辻に運び出し、穴を掘って放り込み埋めて、その痕跡が残らないよう踏み固めた。
またこの時、氏男の父氏続とその妻と三歳の子も田楽刺しにして殺し、
見事に氏貞以外の宗像の血を絶やしたのであった。


80 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/07/06(月) 17:51:43 ID:oaJDN6ZY
そんな血なまぐさい事件から数年が経ち、氏貞が十五になった年のことである。
氏貞の母が自分の娘、つまり氏貞の妹のお色の方に喉を食い破られ重傷を負った。
楽しそうに双六をしていたお色の方が突然顔をひきつらせ、
奇声を発するや否や母に飛びつき喉を食い破ったのだという。
そして口から血をしたたらせ

「我は山田の局が怨霊なるぞ!われのみならず娘をも殺したる報い、思い知らせてくれようぞ!」

と叫んだというのだ。
家督相続時の血なまぐさい事件については家中でタブーとなっており、
当時まだ幼い氏貞やお色の方は、山田の局の無残な死のことを知らないはずであった。
荒れ狂うお色の方は、男たちが数人係で抑えつけることでようやく意識を失い大人しくなったが、
以降ずっと錯乱と鎮静を繰り返した。
娘に喉を食い破られた母もかろうじて一命を取り留めたものの寝たきりになった。

氏貞は家臣達から話を聞き、早速慰霊のため墓所を整備し法会を行ったが、
その途端に大友方の豪族の来週があり、領内の大部分が大友に占領されてしまった。
また疫病が流行し、井戸が枯れ、土砂崩れが頻発した。
領民は山田の局の怨霊の仕業だと口々に噂した。

氏貞は比叡山から日祐上人という高僧を招いて調伏を頼んだ。
日祐はあらましを聞くと

「それは尋常な祈祷では無理ですな。
大釜を三個作り、その釜に怨霊を封じ込めましょう」

と言った。
氏貞は言われた通り釜を三つ作らせ、日祐と共に調伏祈祷を催した。
ところが一刻ほど祈祷を続けると、徐々に天候が荒れ始め、豪雨が降り雷鳴が轟いた。
そして一瞬閃光がきらめいたかと思うと、凄まじい轟音と衝撃が氏貞たちを襲った。
雷が落ち、釜が木っ端微塵に吹き飛んだのである。
日祐は直撃を受けて死んだ。



81 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/07/06(月) 17:54:23 ID:oaJDN6ZY
続き(番号入れ間違えた)
以降氏貞は生涯慰霊に努めたが、宗像の家運は傾き続けた。
あるものは病で、あるものは討ち死にで、またあるものは発狂し、
宗像家譜代の重臣の家は全て氏貞の代のうちに絶えた。
妹のお色は大友の名将戸次道雪に嫁いだが、この縁組みも幸福なものとは言い難く、
色々な騒動の末に子もなく死んでいる。
氏貞には嫡男が無く彼の死後、秀吉の九州入りと同時に、
六百七十年七十九代続いた宗像氏は断絶した。
しかし以降も怨霊は氏貞の後家を悩ましたため、後家は増福院という寺に六体の地蔵を寄進した。
今もその地蔵は増福院の本尊として残っているが、これもあまり効果は無かったようだ。
後家が後に行った大法会の後、それに参加した山伏三十名が盗賊に惨殺されている。
これも宗像氏を恨む怨霊の仕業であると、人々はそう噂したのであった。





82 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/07/06(月) 18:21:27 ID:f64YCn8L
女の争いこわー(((゚Д゚;)))
しかし

> それに参加した山伏三十名が盗賊に惨殺されている。
何故かヨハネスのガイドラインを思い出したw

83 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/07/06(月) 19:59:32 ID:Y/FMZYfQ
>>81
> 続き(番号入れ間違えた)

それも怨霊のしわざか!!


宗像、山田事件・悪い話

2009年01月08日 00:05

64 名前:人間七七四年[] 投稿日:2009/01/07(水) 03:04:25 ID:SDTr4753
宗像地方に伝わる悪い話。

山田事件

1551年、宗像氏貞は宗像正氏の正室の山田局と宗像氏男の正室菊姫を
家臣の石松氏に謀殺させる。
だかこれには黒幕がいた。
それは主君大内義隆に謀叛をおこした陶晴賢である。
彼は氏貞の親戚で、山田事件の背景は宗像地方に影響を持つため自身に邪魔な
正氏を消す為であった。
その後氏貞は山田局と菊姫の祟りを恐れ、地蔵尊を増福院に安置させた。




107 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/01/08(木) 12:16:21 ID:km9fRUdj
亀だけど。
>>64
黒幕が居なくて、1545年生まれの宗像氏貞の意思だったら
それはそれで、悪い(どころじゃない)幼児の話だわな。

宗像氏の色姫・悪い話

2009年01月06日 00:01

色姫   
986 名前:人間七七四年[] 投稿日:2009/01/05(月) 13:19:00 ID:UPlBf2CE
北九州はムゴイの多いなぁ。なので北九州の宗像氏に関する話を。

宗像氏80代宗像氏貞は1569年大友氏に降伏。
彼は宗麟の養女を妻にしたり家臣の殺害要求をのんだりしたりして大友氏と関係を深めていった。
立花道雪が立花山城の城主になった時氏貞は妹の色姫を道雪の側室にした。
ただしこれは人質的側面があった。
この時、氏貞が化粧料として、色姫につけた西郷庄300町の土地が思わぬ争いの火種となる。
それは大友氏が耳川の戦いに敗れた後の事、鷹鳥山城の飢饉を救う為米を輸送した時に起きた。
若宮郷士による戸次米輸送隊への襲撃に端を発する「小金原の戦い」である。
襲撃をしたメンバーは旧西郷庄の郷士であったが、色姫が道雪の側室になる時土地を追われた。
そのため道雪に深い恨みをもっていた。
この戦いは熾烈をきわめ秋月勢らも駆け付けた。
宗像氏の裏切りに怒りを覚えた道雪は宗像氏討伐を決行した。
この時道雪と宗像氏の対立に心を痛めた色姫は天正12年に自害した。



987 名前:人間七七四年[] 投稿日:2009/01/05(月) 16:16:22 ID:2yk0bT16

>>986
せっかく友好の為側室になったのに、切ない話やな~(ノД`)

989 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/01/05(月) 16:31:26 ID:IBQWrGTi
>>986
中東とか東欧あたりで今でも普通にありそうで切ねえ話だな…

990 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/01/05(月) 16:35:05 ID:9OcRZZf7
       ____
     / TERU \
   /  _ノ  ヽ、_  \    むごい話だお…
  /  o゚⌒   ⌒゚o  \  側室という体裁を整えて化粧料なんかださければ
  |     (__人__)    |  こんなことにならなかったはず…
  \     ` ⌒´     /  人質は人質としてあつかえばいいんだお…

       ____
     / TERU \
   /( ●)  (●)\
  /::::::⌒(__人__)⌒::::: \   だから側室は家臣の妻奪うのが正しいんだお!
  |     |r┬-|     |
  \      `ー'´     /


991 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/01/05(月) 16:38:31 ID:qxv4owyd
>>990
大友宗麟「だよな」

992 名前:人間七七四年[] 投稿日:2009/01/05(月) 16:51:48 ID:UPlBf2CE
>>990
>>991
おまいらwww

993 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/01/05(月) 16:56:03 ID:7gMoQ3Hz
>>990
お前の親父と叔父さん達、お祖父さんに会わせてやりたい

994 名前:人間七七四年[] 投稿日:2009/01/05(月) 17:06:10 ID:2yk0bT16
輝元にコレだけ明確なキャラ付けがされているのは、世間広しとはいえ
いい悪いスレだけだろうなw

しかしやる夫に置き換えてこれほど違和感のない戦国武将もちょっといないなw