利休の才

2017年10月06日 17:25

千利休   
286 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2017/10/05(木) 19:34:10.18 ID:8zUhQpLS
千利休は茶について、武野紹鴎に学んだ。

紹鴎はある時、利休の才を試みようと、密かに人に命じてその庭を掃除させ、
その後、利休に「わが庭を掃除せよ」と命じた。

利休が紹鴎の茶亭の前に行くと、地面は拭うがごとく掃き清められ、わずかの塵すら留めず、
木々の緑を鮮やかに照らしていた。そこには利休が手を加える所はなかった。

しかし利休は木々の間に入り、一本の松を揺らすと、落ち葉が風に翻り、点々と地に落ちた。
これによって風情、一段と増した。

そして利休は紹鴎に伝えた
「謹んで命を完了しました。」

武野紹鴎はこれを見て、利休の奇才に感じ入り、茶における様々な秘訣を伝えた。
こうして利休は終には、茶博とまで呼ばれるに至った。

(今古雅談)



287 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2017/10/05(木) 19:45:40.11 ID:M/gUdZAy
いいね

288 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2017/10/05(木) 20:39:59.42 ID:W5QFadg9
むかし、掃除した浜辺にわざわざゴミを撒き散らしたテレビ局がありましてね
それを回収する様子を放映してましたな

趣向はまったく違うがそれを思い出したw

289 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2017/10/05(木) 20:41:45.09 ID:f5o6L3Z6
茶亭の前に行くとすでに掃き清められ手を加えるところがなかった利休は
松の木を揺らすなど激しい威嚇行動をとった

290 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2017/10/06(金) 15:47:25.82 ID:bAHcXAIl
ゴリラかよ
たしか六尺の大男だったよな
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「宗易の手前によく似ている」

2016年09月02日 19:57

千利休   
141 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2016/09/02(金) 03:03:00.96 ID:solwGPfs
千利休の生害後のある時、太閤は風炉の形を何かと御好みであったのだが、
「このような時は、利休めを殺して事を欠く」と、仰せになった。

これを権現様(徳川家康)と利家公は、以前から宗易のことを不憫に御思い
であったため、良い機会と思し召し、少庵と道安の御許しの御取り成しを
なされ給い、早速の御許しを蒙った。

その後、太閤は道安を御前へ御呼びになり、4畳半で茶をたてさせて上覧に
なり、「宗易の手前によく似ている」として、道安は御感心を受けた。

――『茶話指月集』



そのような嗜みで侘びがなろうか

2016年07月24日 16:30

千利休   
913 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2016/07/24(日) 04:12:28.94 ID:Ny5WpbVL
宗易(千利休)は花の頃(春)に、ある侘(茶人)を伴って東山へ参られ、
道中でその人に「その方は宿に釜を仕掛けて出なさったのか?」と問うた。

これにその人は、「今日は早朝から御供いたすので仕掛けておりません」
と、答えた。これに宗易は、

「いやはや、そのような嗜みで侘びがなろうか。これから帰って、仕掛けて
いらっしゃい。晩に誰が寄るかも分かりませんよ?」と、言った。

――『茶話指月集』




このような物数寄を

2016年07月16日 17:47

千利休   
868 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2016/07/16(土) 02:52:37.83 ID:+ouk6C8f
ある時、有楽公(織田長益)が千利休のところへお訪ねになった際、
折りしも茶入に古い蓋を取り合わせていたのだが、そのうちの

大ぶりな蓋がしっかりと合わなかったのを、「かえって趣がありますね」
と言って、利休は有楽へ見せ申した。

その後、有楽公が茶入に件の通り、古い蓋を取り合わせて利休へ
御見せになると、利休は、

「このような物数寄(趣向)を一概に良しとお思いになったのですか?
この茶入には、新しい蓋が良く合うものですよ」と、言った。

――『茶話指月集』




千利休はともすると

2016年07月07日 12:10

千利休   
906 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2016/07/04(月) 02:37:27.02 ID:pVjbXeGL
千利休はともすると、「今日の客は京衆じゃ、肩衝に茶をとれ。明日は
堺の人じゃ、棗に茶をはけ」と、言った。

附:その時期、京では道具のみを興じ楽しみ、茶湯は堺に及ばなかった。
天正の末になり、茶湯は京で盛んになって、堺では衰えた。

――『茶話指月集』



その後は落ち葉が積もって

2016年07月03日 13:06

千利休   
903 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2016/07/03(日) 12:42:28.06 ID:9YVki1xp
さる方の朝茶湯に、千利休やその他の人がやって来た。その時、朝嵐に椋木
の落ち葉が散り積もって、露地の面影はさながら山林のような心地がした。

利休は後ろを顧みて、「どれも趣がある。さてしかし、亭主は無功であるから、
きっと掃き捨てることであろうな」と、言った。

案の定、後で露地に入ると一葉もなくなっていた。その時に利休は、「おおよそ
露地の掃除は朝の客であれば宵に掃かせ、昼ならば朝に、その後は落ち葉が
積もってもそのまま掃かないのが、功者である」と、言った。

――『茶話指月集』



904 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2016/07/03(日) 12:51:34.89 ID:lmBc4xDi
有名な禅僧か茶人の逸話で小僧がきれいに掃いたあとでわざと木を揺らせて落ち葉を落として
「こっちのほうが風情がある」って言った人がいたと思うが、利休だったかな

905 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2016/07/03(日) 17:07:10.78 ID:xmSFrZhE
ただの負けず嫌いやん

床の間の掛軸の歴史。および八重むぐらの色紙の事

2015年05月18日 18:22

千利休   
31 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2015/05/17(日) 19:52:46.25 ID:5mtJsH7g
近世では、僧俗ともに床の間と呼ぶ書院座敷には、必ず書画などの掛け物を掛けるが、これは古には、
押板といって禅室に始まった。
京鎌倉において、臨済宗を崇敬している人々が、和尚に頼み本則を書いてもらうことを乞い、和尚は
一千七百則の要文を二三五字で書いて出した。これを押板に貼り付けて壁に掛けたのを、掛け字と呼び、
その字の心より悟入の工夫をしたのである。

禅室に入るには、睡眠を第一に戒められたため、眠気をもたらさないため芳名香茶を飲んで参禅したため、
自然と茶の一道が起こった。その後、征夷大将軍であった足利尊氏が禅学を尊んだため、
茶のことも徐々に盛んとなり、佐々木道誉、高師泰などが茶に耽って、掛け字も異国に求めた。
虚道の墨跡はこの時から世の中で賞翫され、天下第一の墨跡と成った。
後醍醐帝も茶を翫び、吉野山にて茶器を作らせられたのが、金輪寺の茶入れである。
虚堂を掛ける時に、必ず金輪寺の茶入れを置くようにするのは、一伝のあることなのだとか。

また、床の間に絵を掛ける習慣は、将軍足利義政より始まったことである、
当時は皆、唐宋の名画を用いた。馬遠玉子昴舜挙東坡などの類である。
日本の書画を初めて用いたのは、三好左京大夫(義継)が将軍義輝の御成の時に、新たに
狩野元信に書かせたものだという。
その後、阿倍仲麻呂の、小倉百人一首にある天の原の歌を色紙にしたものを掛けたところ、
人々大いに賞賛した。これが本朝の墨跡を用いるものの始まりだという。
これ以後、好事家の人々は藤原定家の小倉百人一首の色紙を、千金に変えて賞翫するようになった。

松永久秀は八重むぐらの色紙を所持し、これを「茂るの宿」と号し秘蔵していた。
これを所望する人々は多かったが、誰にも与えなかった。
ところが、千利休の茶道に掛ける志を久秀が感じて、彼に与えた。
これは利休の秘蔵第一の品とされていた。

その頃、大徳寺高月和尚の老父で、宗及という人が居て、この色紙をかねてから執心していたが、
利休はそのことを少しも知らず、ある時、かの茂の宿を掛けて宗及を招いて一服を進めた。
宗及が茶室に入ってこの掛け物を見ると大いに驚き、気鬱のあまり茶を飲むことも出来ず、
そのまま自分の家に帰って嘆き臥した。

その理由を利休は聞いて哀れに思い、翌日、色紙を手ずから持参し宗及に取り伝えたという。
やさしき心である。
(明良洪範)




千利休切腹について

2015年02月26日 18:44

千利休   
463 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2015/02/26(木) 03:42:39.11 ID:ZGauxPYE
その頃、太閤秀吉公は茶の湯の聖であった宗易(千利休)を殺害された。彼は堺の町人であったが、
秀吉公が茶の湯の道をお好きであったため、彼を師として待遇した。そのため上中下まで彼を持て囃すこと
一通りではなく、当時、茶の器物の良し悪しは、彼の言う基準に従い、それに合致すれば価値が上がるといった
状況であったため、この宗易は非常に富み、その富裕は太守にも劣らないほどであった。

そうしたうちに驕りを極め、彼は自分が心惹かれた器物であれば、悪しきものでも良いとし、
新しいものでも古いと言って価値を上げた。

秀吉公はこれを聞くと、宗易を「国の賊である」と堺の津に下し、頸を斬られた。
驕れる者は今も古もこういうものである。これを鑑み、今の人は戒めとするべきである。
後世の人もまた、戒めとしなければ、浅ましいことになるだろう。
まことに慎むべきことである。
(豊鑑)

豊鑑より、千利休切腹についての記事である。




464 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2015/02/26(木) 07:03:36.42 ID:NWmgorl/
>>463
この作者には数寄心がなかったんだろうな
利休が自分の好みのものを高く評価するのは当然じゃないか

465 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2015/02/26(木) 09:59:54.61 ID:AQQtQcWI
多聞院日記も同様の事を書いてるし当時の公表されていた罪状がそれなんだろ

466 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2015/02/26(木) 10:59:35.96 ID:v2t4tpHM
罪状の一つとされたのが僧籍にありながら商売で暴利を得た売僧の疑いですし

467 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2015/02/26(木) 13:19:40.63 ID:ex+zsSMP
茶器製作には何かと金がかかるのよ
よいものは一国の価値があるからの

468 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2015/02/26(木) 15:06:46.02 ID:xH4b2Rwf
忠勝「茶の湯を好むぬるい奴らは折を見て首を刎ねるべき」

469 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2015/02/26(木) 16:36:56.76 ID:JikVaSUY
政宗「ならぐつぐつの熱いのを立てようか?」

私は身体小兵ですから

2014年10月04日 18:51

千利休   
445 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2014/10/03(金) 19:37:06.50 ID:M8uTy27D
千利休は茶道の宗匠であり、その道に有る者で、彼を尊敬しないものはなかった。
太閤秀吉を始めとして、高貴の人も多く門人があった。中でも瀬田掃部(正忠)と言う人は
真の弟子の式を伝授された人であった。

ある時、この瀬田掃部が利休方に招かれ、茶の湯会席も過ぎ利休が棚に柄杓を置いているのを、
瀬田はしきりに感心していた。これが気になった利休は

「何をそんなに感心しているのですか?」

と尋ねると、瀬田
「今日の柄杓は、いつもの格好よりも勝れて見えます。」

「勝れている?それはどう言う所が勝れているのでしょうか?」

「今日の柄杓はいつもより5厘(約1.5ミリ)ほど短く見え、その格好は至極宜しく、
斯様にこそありたく思いました。」

その後、瀬田の茶会に利休が招かれた。茶の湯が済んだ後、利休はこのように問うた

「今日のあなたが用いた柄杓は、随分短かったようですが。」

「はい、先日宗匠の柄杓が短かったのが、随分格好宜しく見えましたので、私の柄杓も短くしたのです。」

これを聞くと利休はため息を付き、
「貴殿は茶道の本意を心得ていると思っていたのに、未だ心得はないようです。
私は身体小兵ですから、普通の柄杓では身に余る様に思って、それ故短くしたのです。
あなたは身体大兵ですから、長くしてこそ然るべきなのに、短くする道理があるものですか。
さてさて、貴殿は存外に茶道未熟です。」

そう語ったという。
(明良洪範)

>私は身体小兵ですから → 千利休の推定身長180cm
瀬田掃部さんはどれだけでかかったのだろうか。



446 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2014/10/04(土) 06:55:28.48 ID:4MFqRPFY
身長高いだけで肉は付いてないのでは

447 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2014/10/04(土) 12:15:55.97 ID:KlJsq/ex
千利休はデブだったのか

『諸悪莫作 衆善奉行』

2014年02月09日 20:03

千利休   
330 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2014/02/09(日) 16:07:47.26 ID:ZIqDdczn
 ある人が夏と冬の茶の湯の心得を千利休に尋ねると、利休は「夏は涼しく、冬は暖かく風情を作り、
炭は湯が沸くように燃やし、茶はよく飲めるように点てるのがコツです」と答えた。問うた人は不機嫌に
なって「そんなことは誰でも承知していることです」と言うと、利休は「ならば、私が言った通りの茶を
点ててみてください。それが出来たら私はあなたの弟子になりましょう」と言い返した。
 すると、その場に同席していた笑嶺和尚が「今の話は唐の道林和尚の『諸悪莫作 衆善奉行』の教えと
同じですな」と言った。(南方録)

 唐の時代、仏僧の道林和尚は詩人の白楽天に『諸悪莫作 衆善奉行』(悪いことをせずに良いことをせよ)
と言うと白楽天は「そんなこと3歳の童子でも知っている」と答えた。すると道林和尚は
「3歳の童子が知っていることでも80歳の老人すら実践するのは難しい」と応じた。




331 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2014/02/09(日) 22:33:31.42 ID:gXyZEWaL
某「明日もう一度来てください、本当の茶を飲ませますよ」

332 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2014/02/09(日) 22:39:18.24 ID:lJkkkQqA
http://iiwarui.blog90.fc2.com/blog-entry-7078.html
こっちの話では笑嶺和尚は出てるが、『諸悪莫作 衆善奉行』だけ抜けてるな

337 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2014/02/10(月) 10:58:03.86 ID:7dgzboew
>>330
>夏は涼しく、冬は暖かく

っエアコン

監物は目が悪いので

2014年02月01日 19:00

千利休   
455 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2014/02/01(土) 13:18:40.83 ID:hkj9H/FP
 千利休の弟子の芝山監物は大坂座敷の床柱にふさわしいものを探していた。
大工の藤五郎と相談して、炭の担い棒を千利休に見せて、床柱にふさわしいか
どうか尋ねた。すると利休は「一段と数寄が上がりましたね。見事です」と褒めた。
その後、芝山監物が部屋から出て勝手の方へ行ってしまうと、同席していた
古田織部が「本当にそれでよろしいのですか」と利休に尋ねた。
 利休は「監物は目が悪いのでこのようなゆがんだ細い柱を床柱に選んでしまった
のでしょう」と答えた。
 床柱がゆがんでいると掛物もゆがんで見えてしまう。ただし、内側に少し
ゆがんでいるものは良いとのことである。(茶道長問織答集)




456 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2014/02/01(土) 13:33:10.67 ID:yppaf1PD
どうやら夕佳亭の床柱なんかもお気に召さない模様

茶の道では点前よりもこういう心配りが肝要なのである

2014年01月07日 19:03

千利休   
35 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2014/01/07(火) 11:09:21.63 ID:JlElPMt2
法華寺で千利休は喉が渇いたので茶を所望すると、小坊主が大服でぬるい茶を持ってきた。
その茶が大変うまかったので利休がもう一服 所望すると、小坊主は今度はもう少し熱くやや
少な目の茶を持ってきた。それを飲んだ利休がさらにもう一服 所望するとさらに少なくした
小服の熱い茶を持ってきた。それを飲み終えた利休は気が利く小坊主に「自分のもとで茶を
教えたいと思う」と言った。茶の道では点前よりもこういう心配りが肝要なのである。
ちなみに、この小坊主は京都の喜斎のことである。(茶道四祖伝書)




36 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2014/01/07(火) 11:53:55.17 ID:bQYuyJ42
三成の三献茶とどっちが先だろ

37 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2014/01/07(火) 11:57:29.25 ID:9SLxjOdp
三成の話は>35が元ネタだといわれてる

利休、終の茶碗

2013年11月24日 18:57

千利休   
872 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/11/23(土) 23:41:01.08 ID:8SOxTCzE
千利休は終に臨み、侍者に茶を点てさせた。利休はこれを飲み終えると、
「この碗はもはや世に用無しだ」と言って碗を握り、庭上に投げた。

門人の甫竹はこれを拾って修理した。碗は代々伝えられて、
後に大坂の豪商某の手に落ち、今なお珍蔵して千金に換えずという。

――『芸苑叢話』




873 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/11/24(日) 00:31:16.87 ID:uEB7qsnc
どうせ、利休もそこまで見抜いてやってんだろうな

874 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/11/24(日) 00:37:42.33 ID:8vfA90IR
これを聞いた如水は拾った粉々の土器を前にニッコリと笑った。

――『長政覚書』

875 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/11/24(日) 10:27:36.65 ID:qDlRq9cw
ゲヒ「割れた茶碗とて接げば使えるでござるよゲヒヒヒヒ」

牧村兵部「もう終わりだ」

2013年11月19日 19:01

千利休   
835 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/11/19(火) 13:54:00.80 ID:8sKJRftV
 牧村兵部千利休の門人で深く茶をたしなんでいた。ある時、千利休に茶をふるまう
約束をしたが、約束の日に朝寝坊をしてしまった。起きた牧村兵部は驚いて「もう終わりだ」
と言った。それを聞いた妻子を初めとする家中の者たちが太閤秀吉が亡くなったのかと
勘違いして大騒ぎとなった。そのようなわけで、その日の茶会は一段と出来が悪かった。
 それ以降、牧村兵部は茶の湯をしなくなってしまった。(喫茶指掌編)



格好いいものは日本物であっても

2013年11月10日 18:52

千利休   
684 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/11/09(土) 21:12:12.75 ID:0SycKMQg
ある日の日暮れ時、細川忠興が金属製の花入れを千利休に見せたところ、日本物である、と
利休は鑑定した。忠興が火をともしてよく調べてみると、立派な唐物のように見えたので
もう一度、鑑定をお願いすると、利休は「それには及ばぬ。そのような格好悪いものは
唐物であっても日本物と心得て、格好いいものは日本物であっても唐物と心得よ」と言った。
(三斎公御物語)




685 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/11/09(土) 23:14:28.75 ID:8ZaBR1SF
三才「今度のは良いものですか?」

利休「北宋だな」

686 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/11/09(土) 23:44:01.64 ID:sl1tvZz9
海外厨の鏡

687 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/11/10(日) 01:11:24.09 ID:saIZQQJh
やっぱり根は商売人だな

凍った井戸

2013年10月16日 19:04

千利休   
334 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/10/15(火) 19:52:31.13 ID:4ctRj7wC
 千利休は侘び茶人と約束して朝茶にでかけた。その家の表には井戸があり、利休は立ち寄って
釣瓶の縄を引いてみると、冬の寒さで凍りついて動かない。利休が思うに、この時刻になるまで
水を汲んでいなかったのであろう。そうなると、朝茶には昨晩に汲んできた水を使うのではないか、と
思い、不機嫌になった。茶の湯の水は朝会、昼会、夜会でもその日の明け方に汲んだ水を用いることに
なっており、汲んでから一晩置いた水は「陰」の気が含まれているため、忌避されているのである。
 利休が小座敷に入らず帰ろうとすると、その様子を隙間から覗いていたその家の亭主が笑いながら
顔を出し、「利休殿は朝茶の水は昨晩の水ではないかと思ってお帰りになるつもりでしょう。私は
いつも名水として知られる醒ヶ井の水を取り寄せて茶を点てています。ここの井戸の水は使わないから
縄が凍ったままなのです」と説明した。
 利休はそれならばということで機嫌を直し、気持ちよく茶を楽しんだ。




335 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/10/15(火) 20:03:39.55 ID:pdYLBrpM
にやにやしながら勘違いするの待ってた亭主の姿が容易に想像できる

336 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/10/15(火) 20:21:10.55 ID:/e7FKxGO
結局前の日以前に汲んできたことには変わりないわけだが

337 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/10/15(火) 20:35:21.35 ID:bs3KsPvr
名水パワーは「陰」の気を打ち消して余りあるんだよきっと

338 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/10/15(火) 20:37:05.49 ID:4ctRj7wC
>>336
いつも醒ヶ井の取り寄せているそうだから、亭主は毎朝、わざわざ醒ヶ井まで
水を汲みに行かせているようだ

339 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/10/15(火) 21:02:53.90 ID:pdYLBrpM
下人「時間つぶしてる間にそこらの川で汲んできた水はうもうござるかな」

340 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/10/15(火) 21:14:03.98 ID:xxMymtFF
水戸黄門の妻が鴨川の水と関東の水を墨をすっただけで見分けるくらいだ
(戦国時代にも同じような話があったような)
利休でなくても気づくはず

341 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/10/15(火) 23:23:22.92 ID:bs3KsPvr
昔だから気づける人がいたんだろな
感覚が麻痺した現代人じゃ無理

342 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/10/15(火) 23:33:12.87 ID:uEvG6KXP
醒ヶ井駅で汲んだ水が特別美味かったという記憶はないんだが
駅以外でいい水が出てるとこあったのかな?

343 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/10/15(火) 23:48:51.52 ID:qPAwVE1p
>>341
料理人とかなら出来るでしょ
ラーメンマニアとかでも
マニア「○○が入ってますね?」
店長「はい」
みたいなやってるし



350 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/10/17(木) 08:09:20.66 ID:vIR3sgdN
>>340
戦国じゃないけど寛永の三筆、松花堂昭乗に水の話があるね


昭乗は能書の聞こえあり、関東へ下って将軍家の御前にて物を書いて
みたが「関東は水が悪くて筆の勢いが伸びがたいのです」と言った。

「都ではどのような水を使って書いておるのか」と問われ「京の柳の
水こそ軽くて良いです」と申しあげた。

将軍はあやしく思い、ひそかに都へ人を上らせ柳の水を瓶に入れて持ち
帰らせ、再び昭乗を召して試された。

筆をとって硯にひたし、いくらか文字を書き始めたが、やがて筆を止めて
かたわらへ向き「これは軽くて良い水です、京で使っていた柳の水と
変わりません」と申した。

人々は大いに驚いたと言う。

(落栗物語)



351 名前:人間七七四年[] 投稿日:2013/10/17(木) 12:05:39.90 ID:lL9FqfDN
水でも違いが出るのか。奥が深いな

352 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/10/17(木) 13:23:38.41 ID:IXSS6C8e
まあ、流れ的に水を変えてくることは読めなくは無いよね…

353 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/10/17(木) 13:55:14.82 ID:9Zk62yRA
こんなの信じる馬鹿はいろいろ簡単に騙せそう

354 名前:人間七七四年[] 投稿日:2013/10/17(木) 16:34:24.58 ID:fO8OLocz
これは…荒木さんがコメントしたそう
いい話なのか悪い話なのか

headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20131017-00000661-yom-soci

355 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/10/17(木) 16:55:45.78 ID:+Oqkn6X2
軟水か硬水かくらいは飲み慣れたら誰でもわかるぞw
書の人間なら筆の走りでわかってもおかしくはないと思うが
おれには騙されるとかのオカルトな逸話に思えないのだが

356 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/10/17(木) 17:17:08.23 ID:fQgpfRuB
お茶を煮出すと
水の違いで味が変わります。

絵具の溶け具合も変わるので
その』道の達人なら
それほど凄いことでもないかと。

357 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/10/17(木) 17:20:12.63 ID:zhRHyi13
見てた人も書いた人も素人なら普通の反応なんじゃなかろうか

358 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/10/17(木) 17:31:33.13 ID:xP4nw0KD
同じ川の水でも浄水場によって味が変わるぞ

359 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/10/17(木) 18:09:01.74 ID:Bg6bzQzo
ざっとぐぐった感じだと東京が平均硬度65で京都が50か。
15違えば結構差を感じるかな。

360 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/10/17(木) 19:57:31.57 ID:BI8D72SV
ミネラルウォーターでも味の違い分かるだろ

361 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/10/17(木) 21:46:56.02 ID:v8HLZbWI
ブラインドでやったらほとんどの人間はわからないよ

362 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/10/17(木) 21:58:15.06 ID:NSCZAewc
ブラインドといえば最初のブラインドテスト
イギリスのおばさん「ミルクに紅茶を入れたほうが、紅茶にミルクを入れるより美味しいわ!」
科学者「んなアホな。なら数カップ用意するからどっちかあててくださいね」
おばさん「これとこれとこれとこれと・・・」
科学者「げ、全部当てやがった」
それはそうと闘茶で水の産地とかはなかったのだろうか

363 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/10/17(木) 22:59:16.93 ID:PPU5netG
神奈川と東京でも水違うように感じる。富士山水系と利根川水系で水がちがうとかなんとか。

364 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/10/17(木) 23:21:56.54 ID:nmcPgrEe
>>362
水とお茶の産地を両方当てるのは普通だと思うが

365 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/10/18(金) 08:31:36.80 ID:YFIdObWY
女ってケーキ食っても肉食っても柔らかーいしか言わないから、あいつらに水の味はわからない

あれこれ考えましたが、色々お望みされても

2013年07月08日 19:53

千利休   
631 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/07/08(月) 00:04:04.75 ID:GuwzKjER
  この暁に三人様がお越しくださってありがたく思います。
  あれこれ考えましたが、色々お望みされても、樂茶碗を皆様には準備できません。
  私の手元の「大黒(おおぐろ)」は紹安(利休実子の道安)へ譲りたいと思っています。
  「早舟」は松賀嶋殿(蒲生氏郷)にお届けしたく思います。
  茶碗を早く欲しがっている越中様(細川三斎)もその事はご了解頂けないと困ります。
  「大黒」を紹安に、「早舟」を松賀嶋殿に与えるという事を古織様(古田織部)とご相談頂き、今日中に済ませてください。
  明日には松殿(氏郷)は伊勢松ヶ嶋に戻られます。
 「早舟」については仕方ありませんし、お届けする事は難しいです。
  越中様もご理解くださいまして、
  右の通りに「早舟」は氏郷殿に、「大黒」は紹安に与える事に致します。
  申し訳ないですが、そのように致します。
 
天正十五年頃、利休が作らせた黒茶碗という名物に
利休の弟子の三人(三斎、織部、他一名不明)が強く魅入られ
唐物とは別の新しい茶の湯の形が出来上がっていく当時の事情が伺える書状である




632 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/07/08(月) 00:25:08.53 ID:dyP9ywVX
>>631
茶の湯批判した武士の言葉も残ってるがなんかわかるな
いらぬ争いや、いらぬ浪費になる部分が茶の湯にはあるかもね

「これで花を活けてみよ」

2013年03月17日 19:08

千利休   
755 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/03/17(日) 10:44:25.87 ID:d0ekXqQk
豊臣秀吉があるとき、巨大な黄金の鉢に水を沢山に入れて床に置き、側に
紅梅を一枝於いて、そこに利休を召して言った

「これで花を活けてみよ」

利休は畏まり、さっと立ち上がると紅梅の枝を取り、これを水の中に入れ枝を持ってかき混ぜ、
そして取り出した。

すると開いた花、蕾の花が水面に浮かび、それが黄金に照らされ、実に美しい風情となった。

秀吉は利休を困らせてやろうとこれを企んだのであるが、どんな状況でも利休は困ることはないのだと、
感じ入ったということである。
(軍人頓智叢談)




756 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/03/17(日) 11:18:56.29 ID:pWI0Ctis
>>755
これって三國連太郎の映画でやってたな。(秀吉は山崎努)

757 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/03/17(日) 16:34:42.20 ID:osQmJ4Ge
花がとれるほどかき混ぜるのは大変そうだな

758 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/03/17(日) 18:17:45.73 ID:Szic/Tyj
花粉とかも浮いてそうだな

759 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/03/17(日) 18:49:22.43 ID:6y7ZGbjH
http://iiwarui.blog90.fc2.com/blog-entry-5548.html
こっちだと枝をしごいて浮かばせたとあるな

760 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/03/17(日) 19:36:07.55 ID:9L1JuILg
殿下の小枝も・・・


ついには茶博士の名を得ることとなった

2012年12月10日 19:51

千利休   
735 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/12/10(月) 18:53:51.03 ID:MgMcFtCU
千利休武野紹鴎に茶を学んだ。紹鴎はその才を試してみようと思い、
僕に命じて庭を掃除させ、その後に利休にも庭の掃除を命じた。

利休が庭を見ると掃除が行き届いておりどこにも手を下すべき所がなかった。
すると利休は林の中に入った。利休が試しに一本の木を揺らすと、落ち葉が
風に舞って地に点じ、庭は一段と風情のある味わいになった。

そして利休は紹鴎に「命を終えました」と告げ、庭を見た紹鴎は利休の奇才を
感じた。このために利休は紹鴎からことごとく秘訣を授けられ、ついには
茶博士の名を得ることとなった。

――『日本史伝文選(芸苑叢話)』




737 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/12/10(月) 21:36:40.40 ID:C3FsAhZV
>>735
有名な話の気がしたから既出でないかみてみたが
http://iiwarui.blog90.fc2.com/blog-entry-1787.html
ちょっと似ている話しかなかったか
(高山右近、古田織部、利休の話)

茶道の極意

2012年12月01日 19:54

千利休   
631 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/12/01(土) 15:07:15.72 ID:YpmGoFtH
ある人が千利休に茶道の極意を問うたところ「茶は適量を、炭は湯が沸くように、
花は野にあるが如く、夏は涼しく、冬は暖かく…これを除きて秘法無し」と答えた。

その人が呆然として「…そのようなことは知っています」と言うと、
利休は「あなたがもしこれを知っているのならば、そのように実行してください。
私は礼物を奉ってあなたの弟子になりましょう」と言った。

側にいた笑嶺和尚はこれを「三歳の童でもこれをよく知っている。
しかし八十歳の翁であってもこれを行うことはできない」と評した。

――『日本史伝文選(芸苑叢話)』




632 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/12/01(土) 15:33:52.20 ID:669Qsn1+
3歳の子は知らないだろって突っ込んじゃダメかね?

633 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/12/01(土) 15:40:15.09 ID:3tkmdVk/
仮にも利休七哲なんだから、知らないことはないだろ

634 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/12/01(土) 16:01:22.48 ID:TvxLqYCi
要は言うは易く行うは難し、って事だろうから、そこに突っ込むのは野暮ってもんではなかろうか

635 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/12/01(土) 17:34:59.80 ID:a30u93NX
茶は適量だけでもいろいろ考えられるしな。同じ口一杯でも公家さんと清正さんじゃ大きさ違うだろうし。
鬼島津なら普通の温度でも津軽のヒゲさんとかには暑いだろうし冬なら逆だろうし

636 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/12/01(土) 17:56:47.70 ID:XRs2qPBY
>>635
この場合の適量は濃さの問題なんじゃ・・・