片平助右衛門の母

2010年02月16日 00:41

569 名前:仙台藩百姓[] 投稿日:2010/02/15(月) 11:58:44 ID:GRlJ844G
>>565
既出のような気がするけど凄く似た話しがあるから挙げておくお( ^ω^)


南陸奥は仙道に片平助右衛門という葦名家旗下の国人がいた
伊達家の攻勢が日増しに強くなる中で助右衛門は伊達家に内通し葦名家に叛旗を翻した
助右衛門の所領は葦名家の最前線である高玉城・阿子島城と会津の中間に位置していたため
孤立した高玉城・阿子島城は瞬く間に攻め潰されてしまった
しかし何を思ったのか助右衛門は再び葦名家に帰参を申し出て生母を人質に二心無き事を誓った
が、その舌も渇かぬ内に生母の事など考えず再度伊達家に内通し叛旗を翻しす
これに怒った葦名義広はみせしめに助右衛門の母を磔にかけて殺害した
人々は
「片平の薄き情や替るらん一重につらき夏衣かな」
と詠んで助右衛門の薄情さを歎き
生母の哀れさに皆涙を流して助右衛門は人非人なりと憎む声が巷に満ちたという。

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