基広謀反と広継夫妻の自殺

2017年07月21日 10:24

11 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2017/07/21(金) 05:51:12.75 ID:kjoRx6NM
蠣崎季広の時代、一族の基広は謀叛を企てて家督を奪おうとし、季広が
帰依する賢蔵坊という者を誘って季広を呪詛させたが効果が無かった。

天文17年3月、季広が上国に行くのを機会とした基広は、賢蔵坊に季広
を討たせようとするも、彼は心を翻してその企てを季広に告げた。

季広はすぐに長門藤六広益を遣わし、基広を誅殺させ、南条越中広継に
上国を守らせた。広継の妻は季広の長女であった。

彼女は婦女の身ゆえに家督を継げないことを憤り、ついには謀叛を図り、
父・季広の近臣を誘い、弟の舜広と元広に毒を与えた。このために二弟
は病んで毒害され、陰謀は発覚して広継夫妻は自殺した。

――『北海道史』


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逆さ水松の伝説

2009年09月20日 00:09

629 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/09/19(土) 21:03:55 ID:bnVe2B4m
逆さ水松の伝説

天文17年(1548)勝山の城代だった南条広継の妻は、蠣崎季広の長女であった。
しかし女では家督をつげないのを無念に思っていた。

そこで、娘婿の基広(季広の従兄弟)に家を継がせようとし、
基広をそそのかして季広を殺害しようとした。
しかし基広は季広の命を受けた長門広益に討たれてしまった。

広継の妻は、今度は自分の夫に家督を継がせたいと考え、
実弟の舜広(季広の長男)と明石元広(季広の次男)を毒殺した。
たが、そのことが露顕して広継の妻は自害させられた。

夫の広継も当然追及を受けたが、広継は固く身の潔白を誓い、
礼服に身を固め棺に入り、自ら命を絶った。
その時、一本の水松を棺の上に逆さにいけさせ
「水松が根付いたら身に悪心ない証であり、
三年たっても遺骸が腐っていなかったら、
それこそ潔白のあかしである」と遺言し、
節を抜いた青竹で呼吸しながら鉦を鳴らし経文を読誦した。

鉦の音と読経の声は三週間も続いたという。
三年たってその水松が成長し、さかさオンコ(逆水松)になったという。

※オンコは常緑樹のイチイのアイヌ語






蠣崎季広、天下の将軍・いい話

2008年10月16日 11:25

770 名前:人間七七四年[] 投稿日:2008/08/28(木) 06:16:44 ID:w2vsN6NG
蠣崎あたりでイイ話しない?


771 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2008/08/28(木) 10:02:41 ID:8IRMi1FP
蠣崎季広が息子の天才丸(のちの松前慶広)が
豊臣の直大名になった時に
「わしは長年檜山館の家来だったがお前は晴れて天下の将軍(本当にこう表現してる)の
直臣になったんだな」と喜びながら天才丸(のちのry)に拝礼したことと
はるか未来で現当主が陸軍「上等兵」として人知れず戦死したぐらいしか逸話がない気がする・・・



772 名前:人間七七四年[] 投稿日:2008/08/28(木) 13:22:01 ID:uP49F0F9
蠣崎・・・・ちょっといい話・・・か?
●秀吉に謁見した際、徳川家康に褒められた綿入れをその場で家康に献上し、
 蝦夷支配のための強力なコネを作った。(太閤の後は徳川だという先見性)
●アイヌから「鮭」を詐欺まがいの交換レートで大量に搾取した。
●九戸征伐で、率いたアイヌ部隊の毒矢の威力が凄まじく、諸大名を震えあがらせた。

函館の役所とか図書館ならなにかありそうだが
地元の人、なんかある??