弓の名は・いい話

2009年04月02日 00:03

379 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/04/01(水) 19:35:10 ID:2VerzSoR
徳川の、諏訪の原城が武田軍の山県昌景の部隊に攻められ、合戦となった折のこと。
城主、松平康重は、山内冶太夫、進士清三郎、山崎惣左衛門の三人を、殿とした。

山内は矢の名人であり、その矢をもって敵を射払い退いた。が、終に矢種が切れ
そこに山県の軍勢が追い迫ってきた、その時、

進士清三郎、山内に自分の矢を投げ渡す。
山内、その矢を取って射放てば、武田方の志村金右衛門と言う者の胸板を貫き、
後ろの松の木まで貫通した。

結局、この日の合戦は物別れとなった。そして松平康重の元に、山県より使いが来た。
「敵ながらすばらしい弓矢の技であった。強弓精兵無双である。」との絶賛の言葉とともに、
志村を貫いた、あの矢を持ってきたのだ。

その矢には、進士清三郎の名が彫ってあった。そこで康重は進士を賞しようと呼べば、進士
「これは自分が渡した弓を山内が射た物でござる。」と答えた。
そこで山内を呼ぶと、山内も「これは進士の名が書いてある矢である以上、進士が射た物でござる。」
と言い出す。
双方譲らず、これに感じ入った康重は、双方に感状を与えたと言うことである。

そんな、罪の擦り付け合いならぬ、功を擦り付け合ったお話。




381 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/04/01(水) 19:43:43 ID:3Vt49FWF
良い話だな~(´∀`*)ホッコリ

383 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/04/01(水) 22:18:22 ID:ziYx9Ly1
>>379
めどい坂東武者や徳川家臣団なら納得のいいはなし

信長の前で同じことやったらみるみる機嫌が悪くなったりするんだよなw
御伽衆がオチつけてあげないとデンジャラース
>まとめスレにあったはず
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