豊臣秀吉と新国貞通の要領・悪い話

2008年10月16日 12:50

573 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2008/10/11(土) 14:44:01 ID:6p8Yn8FH
(要領が)悪い話

小田原征伐も一段落した奥州仕置のころ、会津は背炙山から会津盆地の絶景を
見下ろした秀吉は、案内役の旧蘆名家臣・新国貞通を呼んだ。

秀吉「お主のような名だたる老武者に案内役など無理をさせた。褒美をやろう。
    この山から目の届く限りの会津の地をやろう。」

貞通「ま…マジッスか?! ゆゆゆゆゆ夢じゃないッスよね!!」
   (是、あに実か、甚だ夢に似たり。)

秀吉「…関白たる俺の言葉を夢幻だって言うんかい。こんなダメダメなヤツだったとはな。
   (我が言を以って虚夢と為すは汝、尤も妄人なり。)

    今の話、ナシね。夢だったんだから問題ねーだろ?」

貞通「(´・ω・`)」

結局、会津には蒲生氏郷が入り、貞通はその一武将として生涯を終えた。

この新国貞通という男、他にも秀吉が好色と聞き、領内の女子総出で秀吉一行を
歓待するも、肝心の貞通が訛りがひどくて一行と話が通じず、秀吉の不興を買ったとか、

蘆名氏滅亡直後、伊達家に通じるために政宗の正月の宴席に行き、顔に白粉を
塗りたくって鼓を打って踊り、伊達家中の失笑を受けたとかそんな逸話ばっかの人であり、
空回りするために生まれた人間もいる、と言わざるを得ない。

574 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2008/10/11(土) 15:13:49 ID:JXw5C1/M
なんかちょっと可哀想だぁ、せつねぇぇ(・ω・)


でも仕方ないんだろうな…




576 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2008/10/11(土) 17:35:37 ID:j44DjfdL
>>573
全会津が泣いた

618 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2008/10/13(月) 13:01:38 ID:KhmpcYCQ
>>573
秀吉も元々あまり気に入ってなかったんだろうな。
でもまあ折角道案内してくれたし、馬鹿とハサミはなんとやらで、
ここは一つ奮発してやろうかと思ったが、こいつやっぱだめだと。

624 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2008/10/13(月) 15:42:08 ID:ujf8BjZM
>>618
空回り気味の田舎者をからかって遊んだだけ、って感じじゃないかなぁ。
あらかじめ政宗あたりから話聞いてて。
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