栄姫の出産

2011年07月30日 23:05

栄姫   
927 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/07/30(土) 14:55:39.64 ID:fDjtHE7P
黒田長政の継室・栄姫徳川家康の妹の娘、
つまり、家康の実母伝通院は彼女にとって実の祖母にあたります。
慶長七年(1602年)、伝通院は北政所や後陽成天皇に拝謁するために上洛、
筑前で新婚生活を送っていた栄姫も祖母に会うために上洛します。
そして、上洛中に彼女の懐妊が発覚します。
この報を聞いた家康は栄姫に帯を贈り、伝通院からは
「せっかくなので京で出産してはどうか」と提案します。
これを受けて黒田如水
「長政にとっては初子となるので、筑前で産ませたいです」
(厳密には長政には前妻との間に娘がいるのですが、筑前の太守としては、という意味かと思います)
と帰国する旨を伝えれば、家康は彼女のために養安法印を付けさせます。
更に伝通院は自分が家康を出産する時に神社を参詣したら安産だったいう話を受けて、
栄姫は舅の如水と共に安産祈願のために清水に参詣したそうです。

そんなわけで、黒田如水、息子の嫁と仲がいい話。
出典は黒田家譜ですが、家譜には秀忠とその母とあるところを
これは家譜の間違いだろうと判断して(秀忠の母は関ヶ原以前に他界)、
家康とその母伝通院、とさせていただきました。

928 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/07/30(土) 15:07:52.23 ID:fDjtHE7P

ところで、伝通院はこの年の8月28日に亡くなっており、
懐妊の発覚した栄姫が帰国したのが9月になってからとあるのは、
おそらく祖母の葬儀のためであったと思われます。
しかし、彼女はその年の暮れ12月22日に福岡城にて万徳丸(後の忠之)を出産しています。
つまり、栄姫は大体妊娠7カ月の身で京都から福岡に戻ったということになるわけで……
結構な無茶ぶりですね、黒田家




929 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/07/30(土) 15:12:01.53 ID:xPnWy7Re
於大さん薄幸若死にのイメージあったけど長生きしたんだなあ

930 名前:人間七七四年[] 投稿日:2011/07/30(土) 16:39:38.66 ID:bDpcnlUl
徳川3代でも晩年に登場してたでしょ。

931 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/07/30(土) 17:47:54.61 ID:QhGr4zXH
江も千姫輿入れのときに身重の身でついてきたんじゃなかったか
そして京でそのまま出産

元気ですな

934 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/07/30(土) 20:45:05.20 ID:FvcDezSX
>>931

普通の下々に比べりゃ至れり尽くせりでの移動だからな
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黒田長政の後妻、栄姫

2010年03月19日 00:03

栄姫   
820 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/03/18(木) 00:33:55 ID:szcPMhGI
有名な割に出てなかったので、黒田家ネタを一つ

黒田長政が家康に接近するために15年連れ添った嫁(蜂須賀正勝の娘で秀吉の養女)と離縁して、
家康の養女と結婚したのは結構知られた話だと思います
長政の継室に当たる栄姫は保科正直の娘であり、つまり槍弾正の孫であり家康の実の姪にあたります
長政の死後は、例の鳳凰丸事件で弟の保科正貞を通じて幕府に働きかけたり、
郊外の別邸に母親ともども追いやられていた三代藩主黒田光之を将軍にお目見えさせたり、
側室であった光之の母親を正室にするように働きかけたりと
馬鹿息子のフォローに明け暮れていたあたり、長政も離縁までして徳川家から嫁貰ったのが功を奏したようです

この栄姫が常に不機嫌そうな突進系大名(33歳バツイチ子持ち)のもとに嫁いだのが数えで16歳の時、
慶長5年6月、つまり家康が上杉討伐のために大坂城を出陣した時期であり、
つまり、栄姫が嫁いで早々夫の長政は家を空けることになります
16歳の新妻は大坂天満の黒田屋敷で姑とともに夫の帰りを待つことになります
(ちなみにお舅さんは中津城で何かよからぬことを考えていたようです)

この戦がそのまま天下分け目の大戦になることを予見していた長政は大坂屋敷の留守居に
栗山利安・母里友信の黒田家最強コンビ(と宮崎助太夫)を配置しておりました
そして、同年7月ついに石田三成が挙兵、会津征伐軍の諸大名の妻子を人質に取る作戦に出ます
黒田家にも三成からの使者が訪れます
敵方に知られぬように二人の夫人を連れ出すために、栗山らがかなり大がかりな芝居を打ちます
一説には、夫人を1人ずつ俵に詰めて、商人に化けた母里がその俵を天秤棒で担いで屋敷を出たとか
また、一説には母里が病人のふりをして乗物に乗って番所で迫真の演技をしてみせる、
それを数日繰り返すうちに万人が気の毒がって乗物の中を確認しようとしない、
そうなったところで、毎晩一人ずつ夫人を外に連れ出したととか
どちらにしても、役者は母里と決まっているらしい(でも作戦を立案したのはなんとなく栗山のような気がする)
二人の奥方を連れ出した後、影武者を使って誤魔化したりするあたりかなりの手の込みようですが、
三成挙兵時の諸将の奥方大坂脱出作戦はどこも相当大がかりな方法をとっているようなので、
調べてみると面白いかもしれません

両夫人を屋敷から連れ出すまではうまくいきましたが、目指すは中津、まだまだ道のりは長いです
さしあたっての問題は木津川の舟番所をどうやってやり過ごすか
栗山らが考えあぐねているところに、玉造の方から火の手が上がります
そうです、細川越中守の愛妻・玉子夫人が自害の上、屋敷に火を放ったのです
大坂城内は大騒ぎになり、舟番たちも火の手の方に駆けつけます
舟番所の警備が手薄になった隙に、母里は奥方たちを船底に隠して川を下ります
皮肉なことに、栄姫は玉子夫人の自害によって大坂城から逃げ果せたのです

その後も、母里が顔見知りの舟番を言いくるめたりして、16歳の新妻は無事中津城に辿り着くことができました
栗山・母里の最強コンビはその後、妙にアグレッシブなご隠居に従って石垣原で大暴れするのは
皆さん御承知のことだと思います




824 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/03/18(木) 00:49:13 ID:F48qTaxm
長政の離縁再婚って、本人の独断?
それとも如水も一枚噛んでる?

825 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/03/18(木) 00:52:38 ID:Nh2xrp42
当時の長政に独断で離婚再婚を出来るほどの力はないと思う。
普通に考えて如水が推し進めたものだろうね。

828 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/03/18(木) 01:19:36 ID:OjKM/+Nl
黒田長政の後妻(16歳)、家康の姪で、長政死後もよく家を守ったできた嫁で、
これで「超美人スタイル抜群性格もいい」が黒田家譜の粉飾じゃなかったら
喪として黒田長政をただではおけない。


829 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/03/18(木) 01:30:16 ID:szcPMhGI
ちなみに栄姫の妹の旦那はあの次世代DQN筆頭の加藤明成だったりする
加藤家改易後、保科家が入るのはその繋がりだったりするのかな?