東来城の宋象賢・いい話?

2009年05月20日 00:13

宋象賢   
704 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/05/19(火) 15:03:50 ID:01mmRi2V
小西行長は釜山に上陸、明に行くから道を貸せと朝鮮側に伝えた
釜山城を守っていた武官鄭撥はこれを拒否、交渉は決裂した
これにより戦闘となり鄭撥は初め打って出て迎撃しようとしたが
銃声にビビって城に戻り守りを固めた
しかし兵力差はいかんともし難い上に日本軍は鉄砲を撃ってくるのに対して
朝鮮軍は弓で応戦するほど軍備に差があった
次第に劣勢となり部下が「一旦逃れて援軍がくるのを待ちましょう」と進言するも鄭撥はこれを拒否
南門の上で「最後まで闘え!」と鼓舞している最中に鉄砲に撃たれて戦死、釜山城は
半日で落城した

釜山城を落とした行長はそのまま進軍、もう一つの要所である東来城に進軍する
東来城を守るのは文官出身の宋象賢
彼は着任して1年にも満たなかった
近隣の蔚山の将が共に闘おうと駆けつけるも敵が大軍である事を聞くと逃走
慶尚道の巡察使も晋州から援軍に駆けつけようとするも
やはり大軍である事を聞くと到着する前に晋州に戻った
援軍の望めない絶望的な状況で東来城に日本軍が到着
行長は「戦則戦矣不戦則仮我道」(抵抗するか道を開けるか)と朝鮮側に伝えるが
宋象賢は「戦死易仮道難」(戦死は簡単だけど道を空けるのは難しい)と返答しこれを拒否
日本軍は戦いと進軍で疲労していたが行長は配下に
「お前らを休ませたいが敵の準備が出来ていない今の内に攻めれば勝てる
 逆に敵の準備が出来てしまってからでは援軍を呼ばないと無理だろうね
 援軍呼んだら俺たちの手柄が減っちゃうぜ」
と鼓舞して東莱城を攻め立てた
たちまち朝鮮側は劣勢となり日本軍に城壁を崩されて城内に侵入してきた
宋象賢はもはやこれまでと礼服に着替え漢城に向かって敬礼、辞世を残して討ち取られた
宋象賢の忠義に行長は感服し丁重に埋葬、既知であった宗氏の家臣が碑を建てた
後に宋象賢の棺は移され釜山城で戦死した鄭撥と共に祀られているという

情けない面が目立つ朝鮮軍だが気骨のある人物もいたのだ




705 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/05/19(火) 15:32:16 ID:z/jHTRo+
>>704
殆ど居なかったのがあの国の悲劇だな

707 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/05/19(火) 16:36:36 ID:8CQzy6d3
多少いても無理
カンコウが
「たとえ張、韓、劉、岳を再び蘇らせたとしても、この状態では逃げ出す以外ない」
と言ってる
日本と朝鮮じゃ地力が違いすぎたのと社会が纏まって無さ過ぎた
末端が気張っても上がグダグダだと勝ちようがない

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