壬辰(1592)年四月、柳成龍『懲録』より

2009年08月21日 00:10

柳成龍   
564 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/08/19(水) 22:47:02 ID:CxFPk1fy
壬辰(1592)年四月
朝鮮に上陸した日本軍は各地で朝鮮軍を破り、進撃を続けていた。
この状況に宮廷では日夜守備防御の方策を論議した。

ある人が建議して
「賊は刀槍を巧みに用いるが、我々にはこれに対応できる堅甲がなく故に対抗できずにいます。
 分厚い鉄で満身甲の長い物を作って全身を見えなくし、それを纏って賊陣に入れば
 賊は隙間がなくて刺す事が出来ず、我々が勝つことが出来ましょう。」
多くの人がなるほどと頷いた。

そこで大勢の工匠を集め、昼夜をかけてこれを鍛造した。
私は一人これはだめだと思い
「賊と戦うには雲のごとく集まり鳥のごとく散り、敏捷なるを貴しとします。
 ところが全身に分厚い甲を纏っていては、その重さに耐え切れませんし身動きできません。
 どうして賊を殺す事などできましょうか。」と言った。
数日してその使用しがたい事が分かり、結局中止となった。

また台諫(国王の監察官)が大臣達に会見を求めて、計略について言上した。
そのうちの一人がえらい剣幕で大臣達になんの謀がないことを非難した。
座上の者が「ではどんな策がありますか?」と問うたところ
「漢江畔に数多くの高棚を設けて賊が上がれないようにし
 上からこれに射掛けるという策をなぜとらないのですか?」と答えた。
ある人が「賊の鉄砲玉もまた上がってこれぬのでしょう。」と言うと
その人は一言もなく退いた。
聞いていた人々がこれを伝えて大笑いした。

柳成龍『懲録』




565 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/08/19(水) 22:56:47 ID:mTr/j025
>>564
この頃の李氏朝鮮は戦争らしい戦争もしてなかったし、
「治にいて乱を忘れず」なんてこともなく、政争に明け暮れてたんだよな。
そりゃ、弱兵だと馬鹿にされた鍋島家でも「朝鮮での戦は相手が弱すぎて
手ごたえがない」といわれるわけだ。

566 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/08/19(水) 23:19:39 ID:yhZ7Kctd
>>564
「前線から離れるにつれて、現実は楽観主義に取って代わる。
そして最高意思決定の場においては、しばしば現実なるものは存在しない。
戦争に負けているときは特にそうだ……」

567 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/08/19(水) 23:26:04 ID:QFxzGWPv
>>565
なんか俺この国の将来が不安になった。
いや戦争より先に経済的に破綻するかもしれんが……。

568 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/08/19(水) 23:42:06 ID:yhZ7Kctd
何しろ、秀吉の「明に攻め込むから朝鮮は道案内をしろ」という事実上の宣戦布告を
派閥抗争の具にした挙句、
「日本が攻めてくるなんてありえない。ありえないから対策なんて必要ない。
明への報告?ありえないことを報告するなんて宗主国様に失礼だろう。
わが国は東方儀礼のうんたらかんたら」
でスルーしたくらいだから。

……自分で書いてて頭痛くなってきた。


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