朝鮮の儒者、姜の息子

2011年04月17日 00:10

姜   
687 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/04/16(土) 02:31:38.73 ID:QfRJhFm4
慶長の役で捕えられた朝鮮の儒者姜
彼には竜という幼い息子がいた。
その名は妻が妊娠した頃に姜が見た児竜が水中に浮かぶ夢に由来し
姜にとっては30歳にしてようやく得た跡取り息子であった。

慶長の役で姜は一族と共に日本軍から逃れるべく船で北に向かっていた。
が、その途中日本軍の軍船が姜達の船に襲いかかってきた。
姜たちは一斉に船から飛び降りて陸を目指したが結局ほとんどが捕まってしまい
日本軍の軍船に引き上げられて帆柱に縛り付けられた。

この時赤子の竜は軍船に回収されることなくみぎわに打ち捨てられ
やがて潮が満ちると共に浮き上がり、しばらく聞こえていた泣き声もやがて途絶えた。

水中に浮かぶ竜の名を持つ子が水中で死んだ話




688 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/04/16(土) 03:05:50.43 ID:gahcSTK3
ほんと、朝鮮の役は悪い話に事欠かないな…
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姜と日本軍の兵卒・悪い話

2009年02月11日 00:03

姜   
776 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/02/10(火) 17:40:08 ID:oVcwY7bC
姜という男がいた
彼は名門の生まれで朝鮮の科挙を受かった官僚だったが慶長の役で日本軍につかまり俘虜の身となっていた
連れてこられる途中二人の子を海に投げ捨てられ何度も逃亡しようとしたが全て失敗
学識豊かと言うことで生かされていた為、
せめて帰国したときに祖国への土産に敵国の内情を詳細にした内偵書を記すことにした
子を殺されれ生粋の儒学者でもあった為その文は悪意、蔑視に満ちているがそこにこんな問答がある

生を好み、死を憎むのは人も生き物も同じくするであろうに、
日本人だけが死を楽しみとし、生を憎むのは、一体どうしてなのか

するとその兵士は

日本の将官は民衆の利権を独占し、一毛一髪も民衆に属するものはない。
だから、将官に身を寄せなければ、衣食の出どころがない。
ひとたび将官の家に身を寄せてしまえば、この体も自分の体ではない。
少しでも胆力に欠けると見なされてしまったら、どこへ行っても容れられない。
佩刀が良くなければ、人間扱いされない。
刀傷が顔の面にあれば、勇気がある者と思い禄を得る。
耳の後ろにあれば、逃げ回るだけの者と見なされ排斥される。
それだから、食に欠いて死ぬよりは、敵に立ち向かって死力を尽くすほうがましである。
力戦するのは、実は自分自身のために計ってそうするのであって、何も主(公)のために計ってするのではない。

意外に忠誠心がない兵卒の悪い話

ちなみにこの内偵書、後年の江戸の本屋で普通に売られていた
朝鮮通信使はこれを見て

内偵書なのに敵国で売られてちゃ意味が無いじゃないか!

と嘆いたとさ




777 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/02/10(火) 17:51:06 ID:cJe/Qh87
>>776
武将風雲録で言うところの兵忠30ぐらいかな?

778 名前:人間七七四年[] 投稿日:2009/02/10(火) 17:56:14 ID:V11e2QC5
斑雪白骨城

779 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/02/10(火) 18:28:50 ID:xgm6/TP6
>>777
でも、こんなもんなんだろうなぁ。食うために戦争やっていたんだし。
あと、宣教師の発言でもことごとくやたらと人を殺すとか、人命が軽いとか
評されていたのだし。

780 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/02/10(火) 18:31:04 ID:vaveHD3L
>>776
>力戦するのは、実は自分自身のために計ってそうするのであって、何も主(公)のために計ってするのではない。
逸話だけど家康がこんなこと言ってたの思いだした。

「戦で先駆けて功を立てる者は例え討たれたとしても後世に名を残し、
その死は名誉となり、子孫は繁栄する。だから先駆けは得はあっても
失うものない忠義だ。だが諫言は違う。非情な主君を諌めて妻子を
殺されることもあるだろう。わが身を思う者は諫言などできないものだ。
だから主君たる者は一番鑓の者よりも諫言する者を賞さねばならない。」


781 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/02/10(火) 18:32:13 ID:esH+wXpP
まあ、江戸中期くらいまでは、武士と言っても主君への忠誠義務があると
みなされていたのは、譜代までだし。

782 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/02/10(火) 18:48:15 ID:GqFcBTWV
意外とドライというかギブアンドテイクの世界

783 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/02/10(火) 18:53:03 ID:CtKCHO/H
浅井家も実際は朝倉家への義理よりもそっちので織田家を裏切ったみたいだしね

784 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/02/10(火) 19:01:40 ID:esH+wXpP
室町から戦国にかけての、処世術のハウツー本である「世鏡抄」には
こんな事が書いてある

「兼参の従者、外様の家来は、万一の時は主君のために命がけで奮戦せよ、
そして主君から賜る論功行賞を注視し、三年の間に賞を賜らなければ、別の主人をたのめ」

そして主君の側に対しても

「所領を持たない侍が二度、三度におよび身命を捨てるような働きがなかった場合は、
主君自身の非と心得よ。」

785 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/02/10(火) 19:06:51 ID:oVcwY7bC
>>781
姜が滞在中学識豊かということで藤原惺窩が教えを請いに言った
惺窩は朱子学を学ぶために明へ渡ろうとしたが果たせず
俘虜の中に儒学者がいると聞いてわざわざ訪ねて来たのだ
姜も惺窩の学ぶ姿勢を喜ばしく思い持てる知識は全て与えた
この教えは惺窩から家康に推挙された弟子へと引き継がれ
本来の儒教とはまったく違ったモノに魔改造されたとはいえ後の安定した政権作りに一役買うこととなった

ちなみに惺窩は姜に触発されたのか姜が祖国へ帰るときに

明と朝鮮が連合して日本攻め滅ぼしてくれ!

と嘆願している
日本の武家社会が本当に嫌いで攻め滅ぼされてでも社会を中華化したかったらしい


786 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/02/10(火) 19:11:46 ID:Go233VhT
最後の逸話、儒学者の悪い話としてよく挙げられるよな

井沢元彦あたりが儒学を害悪の塊として批判する時とか

787 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/02/10(火) 19:14:04 ID:esH+wXpP
惺窩の場合、滅ぼしてほしかったのは武家政権というよりも、豊臣政権だろうな。
彼は心底秀吉が大嫌いだった。

788 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/02/10(火) 19:20:36 ID:oVcwY7bC
惺窩は公家の出で戦国期に旧来の公家は没落し
武士の地位がどんどん上がっていったのを直に見てるから
儒学者としてより公家の出として武士が嫌いだっただけかもよ?
多分姜に会う前だと思うが明と朝鮮がどれだけ連合しても
日本を攻め滅ぼすのは無理だろうって言ってた逸話があった気がする

789 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/02/10(火) 20:38:40 ID:yAo5z1G7
家康は儒学を重視してるね
もっとも、その他多数の実学の一つとしてだけど

790 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/02/10(火) 20:57:56 ID:oVcwY7bC
そういや姜の内偵書に

賊魁(秀吉)は生まれたとき、右指が六本あったが
人はみんな五本指なんだから六本目なんて必要ないだろ
といって切り落とした

って話あった気がする
意外に秀吉六本指説って奇説じゃないのかもね

791 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/02/10(火) 20:59:05 ID:jw26k3ap
とっしーが死ぬ前にばらしちゃったんじゃなかったっけ?

806 名前:人間七七四年[] 投稿日:2009/02/10(火) 23:33:33 ID:E+jcsKNZ
>780
家康と本多佐渡守の対話なんかそうだね。

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あと、シグルイ理論の「葉隠」を諌言→切腹コンボこそ(平時の)武士の忠義って解釈も