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都への往復に危険

2019年06月13日 15:47

166 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2019/06/13(木) 01:18:22.30 ID:NpktaL/T
今、ビジタドール及び同行者が、都への往復に危険に瀕し、恐怖を抱いたことについて少しく述べるのは
不適当なことではあるまいと思う。第一の危険と恐怖の原因は、山口の王なる毛利 Mory が豊後より都に
赴く路に当たる領内の諸港、特に日本全国に於いて有名である塩飽 Xiuaqui の港に通知を発して、そこを
通過するパードレ達を捕らえるように命じたことが豊後に聞こえたことである。パードレはまた豊後滞在中に
我等の友人の一人から、決して塩飽の港に入らないよう注意を受けたが、都に赴くには毛利の両国に沿った
港湾を通過せざるを得ないので、その危険は甚大であった。

また一層恐怖を加えたのは、乗船の船頭が、我等の大敵である坊主が所領する、大坂と称する市の者で
あった事である。ただし船頭は豊後の王の家臣の如き者で、塩飽にも、その妻子のいる大坂にも、毛利の何れの
港にも決して寄港しないことを王(大友宗麟)と約束したので、恐怖は幾分除かれた。ただし彼は異教徒で
あったので、大いに信頼することは出来なかったが、これ以外に信用すべき船が他に無かったため、
ビジタドールはパードレ4人及びイルマン3人と一緒にこの船に乗り、船頭は常にいかなる事があっても、塩飽に
寄らないと言い、また毛利の領内の町を通る時は、パードレ達を隠していた。

遂に塩飽の前に着くと、船頭は「塩飽に入港せざるを得ないが、決して不幸の起こることはない故、安心する
ように」とパードレに伝えさせた。この伝言を聴いて、この船頭が約束を破り、また異教徒が己の利益の
ためなら容易に陰険なる処置に出ることを思って、諸人皆大いに恐れたが、我等は彼に対して反対する力が
無いために、様々に交渉した後、彼の望むように任せること止むなきに至り、パードレ達は一切をデウスの
御手に任せ、同所に滞在している一昼夜の間は絶えず恐怖を感じていた。しかるにデウスの摂理は、その地の
司令官が前日数レグワ離れた場所に毛利(毛利氏の拠点か)を訪問し、その帰任はパードレ達の出帆後となるよう
計らい給うた。

第二の危険は右に劣らず、パードレ達に対するデウスの摂理もまた少なからざるものであった。堺に近づいた時、
南蛮(日本においては我等をこう称した)のパードレの長が、沢山の宝を持って通過するという噂が立ち、
常にこの海を横行する海賊が多数集まり、堺より6,7レグワの一港に寄港することを聞いて、同港へ行き
安全に略奪を行おうと考えていた。ところが風が強くなり、パードレがこの日のうちに堺に着くことを希望した
ため、船頭にかの港に寄って順風の機を失う事の無いように頼んだ。船頭は同港において納税の必要(海賊への
通行料であろう)があると言って初め拒絶したが、パードレを満足せしむるため、日本の慣例に従い税を堺より
送る事として航海を続けた。
海賊たちが待ち受けていた港に寄らなかった所に、我等の主の摂理が認められた。

海賊たちは我々の船が通過するのを見て、多数の船に乗って出港したが、中にパードレの船よりも大きなものが
二艘あって、ほとんど追いつこうとしたが、風が止んで櫂を用いることが必要となった。兵士たちは敵が
近づくのを見て戦闘の準備を始め、船は急進して逃げた。敵もまた同じ速度で追撃して堺の港まで進み、
小舟は我等の船とともに港に入ったが、大船はパードレの船のようには海岸に近づくこと出来ず、小銃の
着弾距離の所に停まった。もし航路がさらに長いか、また右の船がもう少し小さければ、我々が海賊から
逃れることは出来なかったであろう。この時我々の恐怖がどれほどであったか、尊師も推察されるであろう。

既に港に着いて、キリシタン及び多数の異教徒が小銃その他武器を持って駆けつけたが、海賊たちに
150クルサドを与えて協定を遂げた後、我等ははじめて安全と成るを得た。

堺より豊後へ渡る際の危険もまた右に劣らぬもので、海賊のことと、再び毛利の領内を通過しないことを考え、
路を島々の外(四国の太平洋側の航路を取った)に取り、この航路に1ヶ月を費やしたが、この間
日本の船の不自由の他に、数回非常なる暴風雨に遭い、デウスを想うのみであった。1回は非常に激しい
颱風に遭い、港に入ったが、風は24時間継続した。またある日海賊の船が1艘来た。それのみでは恐怖は
感じなかったが、合図をして他の船を招くのを見て恐れ驚き、この間に一昼夜を経過した。
暴風雨または海賊の危険は、この種の航海においてはパードレ達の常に遭遇するところであって、デウスの
御手に縋り摂理に頼って、常に種々の危険より免れるのである。

(1581年2月15日(天正十年一月二十三日)付、パードレ・ガスパル・クエリヨ書簡)



167 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2019/06/13(木) 22:17:55.95 ID:igVSyUJR
塩飽のアルファベットカッコ良すぎ
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何人たるを問わずこれに対して善をなせ

2019年05月18日 17:15

930 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2019/05/18(土) 10:44:19.20 ID:OD/uMuQG
当住院(豊後府内)の布教長であるパードレ・フィゲイロは、(豊後)国内擾乱し、略奪も頻りに行われ
危険多い頃、病人のキリシタンの告白を聴くため出張したが、途中に異教徒が多数出てきて、
槍を取り剣を抜いて彼を罵り、

「豊後の大身達は国内に会堂、またパードレが無からんことを望み、これを発見すれば悉く殺すことに
決したが、もし我等に金銭を渡せばお前を免すべし」

と言った。パードレは少しも聞こえない風をしたため、彼らはパードレを襲い、付近の山の後ろにある
林中に連行して殺そうとする様子を見せた。或いは直ぐに殺すつもりだったのかもしれないが、
パードレは、もし林中に連れて行かれてはこの事は人に知られず、救いを受けることも出来ないと考え、
歩行することを拒み、路上に留まって、

「私を殺そうと欲するならここで殺せ、私は銀を所有しない。また前進することも欲しない。」

と言った。ここに於いて彼らは再び協議し、一人は「殺すべし」と言い、もう一人は「この者を生存させる
べきではない。斬首すべき」と言った。しかし最後の一人は「たとえ犬であってもこれを殺す前には熟議を
要する」と言った。同地の領主が付近の城に在り、彼らの処置にこの領主が憤ることを懸念し、領主に
事の次第を告げ、然るべき処置を尋ねることとした。

我等の主の摂理により、この領主は25年前、豊後の王(大友宗麟)が己を殺そうとした謀反(天文22年(1553)の
一萬田鑑相、宗像鑑久兄弟、服部右京亮による叛乱)に於いて、これを鎮定した宗麟により彼の父並びに
大身二人、およびその子女、家族を悉く殺すことを命じた時、我が住院に逃れてきてその生命を全うした
人であった。

彼は、パードレが庇ってくれたおかげで命を救われ、また最近に成りパードレ・フランシスコ・カブラルの尽力に
よって国王が彼の罪を赦した事を考え、
「このパードレに少しも害を加えてはならない」
と命じ、既に晩になっていたため、その邸に宿泊させ危険より救った。

このようにして彼は安全に府内へ帰ったが、『何人たるを問わずこれに対して善をなせ』という諺が真である
事を見たのである。

(1580年10月20日(天正8年9月12日)付、パードレ・ロレンソ・メシヤ書簡)


蜂の毒を感じることも在る

2019年04月27日 15:55

932 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2019/04/27(土) 09:57:15.83 ID:ATNQYvwU
立花家に仕える異教徒の一人が、我々が偶像に反対する説教を成しているのを聴いて、偶像の名誉のために
憤慨し、会堂に来たりて罵倒し、剣を抜いて会堂内に在る者たちを脅したが、我らの主は不幸から幸いを
生じ給い、キリシタンたちの忍耐により、悪罵が計画したような害を与えず、むしろ裨益を得た。

また我々に対して、我らが人肉を食うと言い、我らは説教によって国の良き習慣を破壊すると言い、
或いは我らが新しい偶像を作ってこれを説いているのだと言い、また外国の偶像に仕えるよりも
国の偶像に仕えるほうが勝っている、などと説いて我らの名誉を毀損しようとする者がある。
通行人は我らを妨害し、小児は市街に於いて我らの後を追って罵り、我々には剣による殺害と
拷問以外で欠けたものがないという状態である。

主が、この二つが我らに及ぶのを許されないのは、キリスト教の布教に携わる労役者が甚だ少数であり、
我らがもし殺されれば、この日本人を帰依させる事業について成すべきことが非常に多いさなか、
大いなる欠陥が生じてしまうためであろう。当地においては、蜜は多く集めることを得るべきであるが、
これと同時に、蜂の毒を感じることも在る。

私がこのようなことを述べるのは、主に仕える者に恐怖を抱かせるためではない。これを聴く者が
聖霊の感化を受ける者にとって甚だ甘い、帰依と忍耐の二つの大いなる収穫が在るのを見るためである。

(1576年9月28日(天正四年九月六日)パードレ・ベイシヨール・デ・フィゲイレド書簡)

九州においても、キリシタンがどんな批判を受けていたのかが見えてくる内容である。



933 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2019/04/27(土) 10:12:16.80 ID:YVf5kat/
書いた本人の考えはともかく、かなりリアルな描写だね

故に、もし彼を殺したいのであれば

2019年04月02日 18:09

824 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2019/04/02(火) 14:55:31.65 ID:IjxqhFJQ
イルマン・ダミヤンが私に語った所によると、彼が都に在った時。名をアルバロ Alvaroと言う一人の
キリシタンが、その主君の城より異教徒の兵百人を伴って都に赴いたが、途中アルバロの主君の敵である
一国の領主の家臣である兵に出会い、彼に気が付きこれを殺そうと決心し、また見つかった兵も死を覚悟した。
この時、この兵は一人であったのだが、剣を抜いた時、その首にかけたロザリオが現れた。また十字架と聖像は
背に懸けていた。

アルバロはこれにより、彼がキリシタンであることを知ると、切っ先を下げ尋ねた

「貴殿はキリシタンであるか、また名はなんと言うか。」

「然り。名はシモン Simaoである。」

これを聞いてアルバロは彼を抱きしめ、赦した。
アルバロの異教徒の兵たちは「彼は敵であるのに、どうして命を与えたのか」と問うた所

「彼は私と同じくキリシタンだ。ゼズス・キリストの教えは、いかなるキリシタンも他のキリシタンを
殺すことを禁じている。故に、もし彼を殺したいのであれば、先に私を殺すべし。」
と答えた。

かくの如くしてアルバロはデウスの愛のためシモンを死より救い、彼を十五レグワ先の都に伴い、
多くの他の不孝から安全たらしめた。何故ならばこの地方はシモンの主君の敵である領主に属し、
またシモンはこの地方で良く知られていたからである。

(一五六八年十月二十日(永禄十一年九月二十九日)付、イルマン・ルイス・ダルメイダ書簡)

そら主君側からしたら禁教もしたくなりますな


肥前五島の国に在った時見た怪物について

2019年03月31日 21:25

760 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2019/03/31(日) 09:21:36.46 ID:S5t0XkMU
デウスをその技に付き称賛する材料を与えんがために、私がこの冬に、肥前五島の国に在った時見た
怪物について述べたい。

この五島には約6レグワの荒野があり、ここに多くの猟獣が在る。中に犬に似ているが手足短い
一種の動物(山椒魚?)が在る。その皮は光沢が有って絹のように柔らかであり、日本人はこれを最も
珍味とする。その皮は甚だ高価であり、饗宴を催す時は、これを盛んにするため、この皮を以て
煮炊きするのを例とする。

この動物は甚だ老いたる後、海に入り、徐々に大きさは鰹 Atunsほどの魚に変ずる。これを捕らえると、
元陸地の動物であったことが解る。私は陸上の動物が腐敗すること無く、他の動物に変ずることがあると
いうのは虚妄だと思っていたのだが、半ば魚に変じた、未だ動物であるものを捕えたと聞いて、これを
見たいと望んだところ、一匹の半魚半動物が国王の元に持ち来たり、王はこれを私の元に送った。

私がこれを見たところ、陸上の動物であることを否定出来ず、また完全に魚に変じようとしつつあることも
否定出来ず、大いに驚いた。このようなことは自然外の事であるので、その手足を切り、骨を抜き、乾燥して
ヨーロッパへ送り、今日までかつて書物に見たことも無いものであることを示す。

その手は既に鰭に変化しているが、先端には猶爪と毛がある。足は先端が半ば鰭と成っているが、なお指には
関節及び爪を備え、下の方は鰭となりつつあり、しかもその全体を見る時のイメージとは大いに異なっていた。

(一五六六年十月二十日(永禄九年九月八日)付、イルマン・ルイス・ダルメイダ書簡)

宣教師が五島で変な生き物を見たというお話。



761 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2019/03/31(日) 22:33:54.70 ID:+bVGBju1
          \       ヽ           |        /        /
          \      ヽ               /      /
‐、、   殺 伐 と し た 肥 前 五 島 に 山 椒 魚 が ! !   _,,-''

       ,-'"ヽ         ∩___∩
      /   i、  _,、    | ノ      ヽ
      { ノ    "'"  "'"'"/  ●   ● |
      /         |    ( _●_)  ミ
      /          彡、   |∪|   ミ  _/\/\/\/|_
     i    し ま う ま  \  ヽノ  /   \          /
    /              `ー-ー'" }   <  ニャーン! >
    i'    /、                 ,i   /          \
    い _/  `-、.,,     、_       i     ̄|/\/\/\/ ̄
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       ,/ /     \  ヽ、   i  |
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  _ノ / i  i__ . ノ /__,l ̄i   __/  (___   /__,--,  /    /____/
 /__,/  ゝ、__| /___,、__i  /___,.ノゝ_/    /___ノ

762 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2019/03/31(日) 22:44:39.11 ID:xKnrE8Th
なにこのAA

763 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2019/04/01(月) 00:24:20.23 ID:s3ZiAlra
ニホンアシカかな?

764 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2019/04/01(月) 07:16:30.93 ID:6CbXJ3lZ
(ニホンカワ)ウソです

765 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2019/04/01(月) 09:51:25.06 ID:ZC7wtgPd
このシリーズ昔VIPで流行ったよな

766 名前:人間七七四年[] 投稿日:2019/04/01(月) 11:50:02.25 ID:0IwgBSpL
俺はアザラシ
海のパンサー
俺は泣かない
何があっても
もしも俺が泣くならば
それは別れの時だろう。

767 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2019/04/01(月) 12:59:35.24 ID:Vasc+rhc
標本送るあたりが光栄の大航海時代そのもので好き
現地に残ってれば最高なんだけどなあ

768 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2019/04/01(月) 15:43:29.52 ID:oTun4hzp
ウチの生簀で泳いでいるわ

牛肉の炊き込みご飯

2019年03月29日 17:54

755 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2019/03/28(木) 21:18:15.47 ID:ksNIBECk
当日は大いなる祝日(聖週)であったので、約四百人のキリシタン一同を食事に招いた。ただし多数の
キリシタンは既に去り、山口のキリシタンは来られない者も多かった。
この食事のため我々は牡牛一頭を買い、その肉とともに煮た米を彼らに饗したが、皆大いなる満足を以て
これを食した。また多数の貧民が来て、皆主を賛美した。かくのごとき遠隔の地方において
その名を崇められる主は賛美すべし。

(一五五七年十月二十八日(弘治三年十月七日)パードレ・ガスパル・ビレラ書簡)

もしかすると牛肉の炊き込みご飯の最古の記録かも。パエリアみたいな感じだったのだろうか?



756 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2019/03/29(金) 10:20:42.52 ID:jBVH+uiD
モツも食ってそう

新なる事物は新なる言葉を必要とするのみならず

2018年12月13日 18:27

521 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2018/12/13(木) 15:50:05.40 ID:HL/Fr2gq
我等は日本人がその宗旨(仏教)において用ふる言葉をもって、真理(キリスト教)を説くこと長期間にわたりしが、虚偽の言葉をもって
真理を説く時は誤解を生ずることに気づき、直に有害なりと認めらるる言葉に代へて、我等の言葉を教ふることに変更したり。
新なる事物は新なる言葉を必要とするのみならず、日本の言葉の真意は、我等が言はんと欲するものと甚だ相違せり。

たとえば彼等にクルス(十字架)の意味を説明するに当り、彼等の国語にて十文字Jumongiと称するは、クルスの形の文字にして
十の意なるがゆえに、単純なる者はクルスと彼等の文字と同一なりと考ふべし。よって一歩ごとに、また一語ごとに彼等に説明をなすか、
或はその語を変更する必要あり。

かくのごとく五十以上の有害なる語ありしが、今彼等の語の意味とその害ある点、ならびに我等の語の意味を説けば、彼等もその相違を認め、
彼等の言葉をもってデウスのことを説く時は誤解を生ずることを覚り、右のごとくして明に了解するにいたれり。
予がこのことを述ぶるは、異教徒の間にありてデウスのことを説くに当り、説明に注意し、その用語を考慮せんがためなり。

彼等の文字は不完全にして我等の言葉に対する文字なく、文字をもって発音を示すこと能はざるものあり。
彼等は二様の文字(漢字、仮名)を有し、我等は彼等の言葉を悉く発音し、またこれを書くことを得れども、彼等はこれをなすことを得ず。
日本の文字(漢字)は二つの意味を有し、また二つ以上を有するものあり。たとえば上に掲げたる第一の文字(漢字:画像参照)は霊魂といふ意なるが、
また悪魔といふ意あり。重立ちたる人々が知らんと欲するはこの文字なり。
下に掲ぐる他の文字(仮名)は普通に用ひらるるものにして、第一の意味のほかなく、我等の書物はこれをもって書けり。
https://i.imgur.com/CpK7Wzy.jpg
日本通信121304-01

(一五五五年九月二十三日[弘治元年九月八日]付、パードレ・バルテザル・ガゴが平戸よりインドおよびポルトガルの耶蘇会のイルマン等に贈りし書翰)

宣教師たちが日本への布教にあたって、翻訳の問題にぶち当たった事がよく解るお話



522 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2018/12/14(金) 13:35:01.25 ID:9PH3mguA
当て字は翻訳を諦めた結果なのだろうか…

イエズス会、駿府・江戸の旅

2012年08月29日 20:50

206 名前:1/2[sage] 投稿日:2012/08/28(火) 22:36:13.04 ID:P8mOuui5
慶長12年(1607)、秀忠に将軍職を譲り駿府に隠居した徳川家康は、長崎に居たイエズス会員に
謁見を許した。その時の模様をキリシタンの側の記録より見てみよう

『…京都の知事(板倉勝重か)は京都より駿河に至る沿道の、公方(家康)の諸役人をして
師父に便宜を与えるため、彼らに宛てた回状をパエス師に授けました。プロバンシャルは京都の学院長
モレジョン師と、彼に常に従う師父一人と、日本人の法兄弟3人を伴い、8日後、駿府から5里ほど
離れた場所に到着し、そこで幕府よりの沙汰を待ちました。そして3日後、招きを受け駿府に入りました。

上野殿(本多正純)は人を遣わして我々が無事に到着したことを喜び、将軍の寵厚きソトサブロー殿
(後藤庄三郎か)は自ら我等のところに来て、我々のために周旋する旨を申し出されました。

翌日、謁見の儀式がありました。長崎の街に関係ある、とある大事件の為数日前に到着された
ジャン・ロドリゲス師もこの式に列席されました。上野殿は取次の役を勤められ、公方(家康)は
親切なる数語を述べられました。これは正式の謁見においては著しい名誉です。
かの国君はその謁見室から退かれたあと、近臣に向かい、謁見者の日本・支那に在る、同宗の人々に対する
権威が大なる事と、年々彼が命じた事について、そのまま従っていることに付いて長く語っておられたとのことです。

ここに摂理が密かに我等に幸いした一例として、特に語るべきことがあります。
それは謁見式の当日、公方の長子にも関わらず、正妻の子でなかったために位を継ぐことの出来なかった
越前公(結城秀康)薨去という凶報が駿府まで達したのですが、上野殿は、公方が若しこのことを知れば
謁見の式は延期され接待も厚く出来ないことを察知し、国君が謁見の前にこの報に接しないよう
全力をなし、越前より来る書状は全てこれを押さえ、その上謁見の時刻を早めにされました。
これは非常なる親切であり、大いに、我ら宣教師の利益となりました。

世の人々はこれにより、君主の意志の発表を待たずして我々が再びこの国内に滞在することを
許されたと考えて良い、と言います。日本の法によれば、追放令を発した人が、追放令を受けたものを
面前に出ることを許せば、この者は再び君寵を得たと理解されるためだからです。

我々は公方の子にて後継者たる人(秀忠)に敬意を表するため、江戸に向かいました。これにも上野殿は、
その父であり将軍の最も信頼されている顧問である本多佐渡殿(正信)宛の書状をプロバンシャルに与えました。


207 名前:2/2[sage] 投稿日:2012/08/28(火) 22:37:19.82 ID:P8mOuui5
江戸は駿府より東方へ4日ほどの所にあり、途中には有名な山があります(富士山)。
この山は高く美しいため、日本の文士、美術家によって常に賞賛されています。
道は駿河より伊豆を経て相模に入ると、ここに日本の旧都にして、公方又は将軍の居所である
鎌倉があります。元は人家の数20万に上ったそうですが、この時は減じて、5千に満たないほどでした。
師父は2日間この地に滞在し古跡を見て回りましたが、中でも特に注意を引いたのは、
青銅の巨大な偶像が、田園の中に捨て置かれ、野鳥の休憩所となっていたと言うものでした。(鎌倉の大仏)

江戸に到着する2里前で、師父は江戸の信徒たちの出迎えを受けました。彼らは果物や食品などの
贈り物を携え我等を歓迎しました。

若き将軍(秀忠)は元来とても親切な方で、特に師父を厚遇されました。
城の最も奥の溜りの間には、帝国内で最も名高い僧が二人居ました。
一人はタイチャウラウ(大長老)、もう一人はガチャウ(学校か)と称され、彼らも将軍に
謁見するためここに訪れていたのです。京都の寺院の長老である僧侶数名もまた同室にありました。
ところがこの君(秀忠)は先に来た僧侶たちとの面会を後にし、先ずパエス師を召されたのです。

謁見式の後、本多佐渡殿、および相模殿(大久保忠隣)は師父を送って最後から一つ前の部屋に至ると、
宮中を案内するようにと命じました。この宮殿(江戸城)は壮麗であること公方の宮殿に劣らず、
装飾は黄金と最も名高い画家の手による絵画を以ってなされています。

師父が主な保護者である相模殿及び本多佐渡殿に暇乞いに行き、親切にて寛大である佐渡殿に、
日本の教会の利益を保護することを依頼し、布教の自由を求め、宣教師の説く聖法は日本の施政にも、
臣下の君主に対する服従にも、反対するところは些かも無く、全く道理に合い君主及び人民に、
むしろその義務を教えるものであることを言い添え、またこの教えは現世のために大いなる効用があり
来世のためにも更に必要なものであることを説き、佐渡殿より将軍に請うて、将軍の父君のごとく
庶民のみならず、諸侯及び貴族にも教会に入る自由を与えられることを懇請しました。

師父はこの様に好成績を得て駿河に向かって帰路につき、5ヶ月の愉快なる旅行の後、再び長崎に帰られました。』
(パジェー日本耶蘇教史)





208 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/08/28(火) 23:06:56.77 ID:I+akEOZd
悪い話なのか
読解力ないからどのあたりがどう悪いのか頼むわ

209 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/08/28(火) 23:12:55.70 ID:P8mOuui5
簡単に言うと、5年後にこの宣教師たちが信頼した本多親子がらみで岡本大八事件がおきてキリスト教禁教に。

210 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/08/28(火) 23:32:40.11 ID:tbpJN4Bp
オチを書かないのはどうなんだろう

211 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/08/28(火) 23:43:57.43 ID:I+akEOZd
わかった
結局は禁教になるからキリスト教の伝来も悪い話な

212 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/08/29(水) 13:23:10.05 ID:3kFQk1eY
努力が必ず報われるとは限らないって話しだな

イエズス会と日本人奴隷貿易・悪い話

2009年02月09日 04:43

680 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/02/08(日) 18:50:31 ID:FEWbUksu
1598年、イエズス会が奴隷貿易者を破門する議決所を作った。
その中にはこうある

「…ただし、日本で少年少女を購入し、日本国外に輸出する者に対し、イエズス会は
その輸出業者のための労務契約に相互に署名し、認可を与える。」

日本人奴隷の貿易が、イエズス会公認のものだったと言う証拠だったりする。




683 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/02/08(日) 19:18:49 ID:SJ5DmSJu
>>680
イエズス会が直接破門する権限を持っているわけではなく、
あくまで該当管轄下の司教の権限、ローマカトリックのそれによる破門、という
文脈じゃまいか。
東洋の場合は、インドのゴアの大司教か誰かだろうから、結局
フランシスコ、ベネデイクト会なんかが割り込んでくるまでは
イエズス会の独占状況ではあったが。

イエズス会がポルトガル商人の日本人奴隷売買を黙認していたことは事実だが、
徳富蘇峰が描いたような10万人なんてのは、物理的には無理っぽい。

イエズス会とスペインの本音・悪い話

2008年10月16日 12:30

378 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2008/09/26(金) 16:43:20 ID:tfyYMlnq
イエズス会日本管区、準管区長ガスパル・コエリョからフェリペ二世への手紙


「日本を植民地化しカトリックに改宗させてしまえば、我々は大量の、好戦的で怜悧な兵を
得る事ができ、これによって、中国征服も可能になるでしょう。」


スペインの本音。




380 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2008/09/26(金) 17:23:09 ID:tfyYMlnq
もう一個スペイン話

秀吉のキリスト教禁教政策への転換に、決定的な影響を与えたサン・フェリーペ号事件。
この時秀吉は、サン・フェリーペ号の乗員および宣教師を処刑し、積荷を没収した。
この事件に対しての、スペインのフィリピン総督からの抗議書


「船の乗組員や宣教師は皆処刑されたそうですが、考えてみれば、これで彼らは神のいる天国に
召されたわけだから、まあそれはいい。

そんな事よりも、ともかく積荷を返してください。」



381 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2008/09/26(金) 18:07:46 ID:mrnvUjWj
総督ナイス!

イエズス会の医療行為とは・悪い話

2008年10月16日 12:26

288 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2008/09/18(木) 22:51:59 ID:c1LMZO2f
日本にキリスト教が広まった時、その原因の一つとされた、宣教師による医療行為。

実はその医療行為の内容のほとんどは、聖水をのませたり祈祷をしたり、といったもの。
「西洋医学で患者を治し信頼を得た」というのは、嘘。



293 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2008/09/19(金) 12:18:05 ID:0bCN2BLk
>>288
イタリア人に「おまえはイエズス会だね」
というと殺されるよ。
イエズス会=イタリア語で詐欺師。



294 名前:人間七七四年[] 投稿日:2008/09/19(金) 12:36:49 ID:0bCN2BLk
ついでにこれも。
金儲けのためにキリスト教信者になった有馬晴信の非道。

有馬晴信は布教よりも、イエズス会を通して得られる海外交易の利益のほうが重要であった。
交易を維持するためイエズス会の申し出により、少年少女を進物として提供し、
家臣もこれに従い、家来のみならず、庶民の子供をさらい売ったり贈与したりしていた。
人々はこの難から逃れるため、子供を隠したり、他の家に預けたりした。

宣教師の書簡に書かれた「有馬の全土が苦悩に覆われた」というのはこのこと。



295 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2008/09/19(金) 12:47:12 ID:wWPP4gHi
てめえでガキを貢げといっておいて何言ってんだ

296 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2008/09/19(金) 13:02:11 ID:0bCN2BLk
アジア植民地化の先鋒部隊として位置づけられたイエズス会にも、
布教第一の真面目な人もいた、ということか。


297 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2008/09/19(金) 13:33:26 ID:e55tlg1l
トーレスさんとかな

298 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2008/09/19(金) 14:36:33 ID:WaljNpTb
九州の切支丹大名は貿易の実利が関わってるから生臭い大名が多い

299 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2008/09/19(金) 14:51:51 ID:tknkDcpp
戦国~江戸初期の肥前っていいイメージが無いなあ

300 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2008/09/19(金) 18:45:04 ID:swyDt6+r
カエサルがいたらしいじゃん
純粋に信仰第一にしてたのって高山と大友ぐらいか?

301 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2008/09/19(金) 23:55:38 ID:Vc9StHnT
内藤如安を忘れちゃいかんぜ。

何だかんだで追放後に日本人街とか作ったりしながら
マニラで12年生活した後に天寿を全うして逝った。

イエズス会の罪の償い・悪い話

2008年10月16日 12:04

92 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2008/09/05(金) 00:08:37 ID:pkMeJIpz
イエズス会の宣教師が、信者に向かって言った、とある説教。

「我々は、罪深き仔羊です。四旬節ごとに、罪の償いをしましょう。
一番良い罪の償いは、通りすがりに寺院を見かけたら、それに放火することです。
神もお喜びになるでしょう。」


キリスト教徒が、未だに殉教などと言って被害者面しているのが不思議でしょうがない逸話。




93 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2008/09/05(金) 00:34:49 ID:zSM7KckT
>>92
被害者面するあるいは被害妄想的な発想をするのは開祖のジーザス・クライスト以来の伝統かもね。
あと、キリシタン大名の大友宗麟が、日向遠征の際、寺院仏閣に放火してまわったという伝承もあるよ。

96 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2008/09/05(金) 02:16:06 ID:xqPbWGcD
イエズス会は当時からヨーロッパでもキチガイ集団視する人多くなかったっけ

97 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2008/09/05(金) 02:24:42 ID:pkMeJIpz
>>96
あまりにキチガイなので、ヨーロッパでもイエズス会を領地から追い出した国も多かった