怪談話、栄存法印伝説

2009年08月23日 00:20

627 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/08/22(土) 12:52:15 ID:fT9H820n
やや時期外れだが、怪談話。

栄存法印伝説

栄存法印。片桐且元の息子十郎左衛門の二男、つまり且元の孫に当たる。
彼は大坂城が落城したのち、諸国をめぐり仙台に落ち着いた。
寛永八年、湊村(現石巻市湊町)の領主笹町但馬は、当時荒廃していた牧山の
長禅寺の再興を願い出た。
そこで、栄存が別当として任命され、長禅寺の復興に努め壮大な寺院を修復した。
また、北上川の河口が泥でふさがれてたのを祈祷により大洪水を起こし、泥を押し流した。
これにより藩から表彰もされたうえ土地ももらい、彼の徳を慕う人々も増えていった。
しかし、湊村領主の但馬の死後、後を継いだ重頼と栄存の間に対立が出てきた。
重頼は長禅寺の土地を侵し、法印はこれを藩に訴えた。
しかし、役人はすでに重頼と手を結んでおり、
逆に栄存は江島(現女川町)に流罪となってしまう。
流された栄存は無実を訴えるため、さらに重頼に報いようと祈祷し続けたが、
島民から「笹町氏は何事もない」ことを知らされると、
「だったら、鬼になって祟ってやる!わしが死んだら逆さまに埋めてくれ。
もし背いたら、島民にも災いが及ぶぞ」
と言って、延暦九年に亡くなった。

628 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/08/22(土) 12:54:23 ID:fT9H820n
遺言とはいえ、逆さまに埋めるのはしのびないと島民は普通に葬ったのだが、
その日から島では変事が起きるようになった。
葬った島民が大熱を発して死に、その日から漁もとれなくなった。
恐れた島民は、遺体を掘り起こして逆さまに埋めなおした。すると、変事は収まった。
それから数日後、湊村の笹町の屋敷に光りものが現れるようになった。
ある夜、重頼が厠に行くと、やせた栄存逆さに吊るされた状態で現れた。
驚いた重頼は急いで部屋に戻ると、何とそこにも栄存が!
気も顛倒した重頼は刀を抜いて斬ろうとしたが、自分の太ももを斬ってしまう。
そこに重頼の妻や息子の安頼も駆け付けたが、狂った重頼は二人を斬殺。
その後、重頼も狂い死に、安頼の娘二人も変死し、笹町家は断絶した。

なお、栄存の死から五十年後、湊村の人々は藩に願い出て、牧山に
分骨をしてもらい栄存を祭神として栄存神社を立てた。
栄存は牧山中興の祖として現在も崇められている。



※補足:ソースは郷土の歴史探訪の本なんだが、地元の和尚さんの話だと
話の中身がちょっと変わる。




629 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/08/22(土) 21:33:21 ID:m12Z46Xo
おそろしや・・・

630 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/08/22(土) 21:37:26 ID:FfsfmqEd
地元の和尚さんの話は?



631 名前:627-628[sage] 投稿日:2009/08/22(土) 23:00:03 ID:bWmM99lc
>>630
違うところというより細かいところになるんだが、某新聞社の記事にあった和尚さんの講和によると、

・栄存は政宗の知遇を得ていた真言密教の高僧。
・栄存は島で死を遂げるまでの三年間、湊方面へ向かってのろいの修法を繰り返し、
 湊地区は原因不明の大火に見舞われた。ちなみに、幕末にかけて三度の大火があったが、
 栄存に尽くした高橋家だけは焼けなかった。
・重頼は妻を殺した後自害。安頼は舟で逃げようとしたら変死。安頼の娘も難病で死亡。

ってところが俺が持ってる本とは若干違う。
この孫がもっと早く生まれてたら豊臣家も…無理か




632 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/08/22(土) 23:19:50 ID:FfsfmqEd
>>631

根本は変わらないのか
しかし高僧なのに人を恨みまくりですなw
憎しみで人を殺せたら!!って心境だったんだろう


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