明智三羽烏再び・いい話

2009年01月31日 18:30

995 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/01/30(金) 09:45:24 ID:WPDx/WQO
埋めついでにコピペ

明智三羽烏再び

「本能寺の変」において織田信長に一番槍をつけたのは安田作兵衛だが、ともかく明智家中で最も功を立てたのは安田作兵衛、
古川九兵衛、箕浦大蔵丞の三人である。彼らは「 明智三羽烏 」の異名をとった。

数年後、天野源右衛門と改名して立花左近将監宗茂に奉公して京都の旅宿にいた安田を、紀伊の浅野幸長に召し出された古川が
訪ねて来た。そこへ偶然同じ浅野家臣の箕浦もやって来た。
本能寺以来、ひさびさの対面ということで安田がもてなし古話に花が咲いた。
そのうち話は「変」での働きぶりに及び、「 誰が一番よくやったか 」と我が俺がの争論になってきて、古川・箕浦が口論し始
め安田が仲裁しても収まりそうもなかった。

その時、突然外が騒がしくなった。三人が二階から見ると、血刀をさげた男が逃げて来るのを二、三十人が追い掛けているのが見えた。
「捕まえてやる」と、まず安田が二階から下りた。続いて古川。古い槍傷で少し足の不自由な箕浦は遅れた。ところが古川は今し方まで
箕浦と昔の手柄争いで熱くなっていたので、自分が下りると段梯子を取り外してしまった。箕浦が飛び降りようかどうしようかと躊躇って
いると、血刀をさげた男は逃げ場を失い屋根へ上がって三階の廂の所を走って来た。
待っていましたとばかり箕浦は組んて倒しその首を切り取った。そこへ駆け上がって来た古川にその首を示し、
「このとおり、手柄を立てるのは常に拙者が先だ。本能寺の夜討ちの時もいうまでもない」
と箕浦は誇らしげに言った。

武名にかけるこの執念、まさに戦国武士の意地であろう。


関連
いつも手柄は我先なり!
http://iiwarui.blog90.fc2.com/blog-entry-6769.html
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団右衛門の妖怪退治・いい話

2009年01月31日 18:29

994 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/01/30(金) 09:40:56 ID:WPDx/WQO
埋めついでにコピペ

団右衛門の妖怪退治

福島伊予守の書院の雪隠に化物が出るという噂が立った。夜に厠に行く者の尻を撫でる。
その手は毛が生えていて爪が長いということである。そのため日が暮れるとその厠に行く者がいなくなった。

或る夜、伊予守方に武藤修理・坂井主膳・大橋茂右衛門・牧主馬・村上彦右衛門・塙団右衛門らが夜話に集まった。
夜中に団右衛門が厠に行って用を足していると、厠の上の松の大木から何者かが伝ってくる物音がして梢より厠の屋根
に飛び降りた。その足音は大男のような足音であった。
団右衛門は驚いたが、

「これが世間で噂の化物というものであろうか」

と思い、厠の屋根よりそっと覗き込む。その顔は朱をぬったようであり目は光って鏡のようであった。牙を噛みだす様子は
鬼面に似ていた。
団右衛門は少しも騒がず、はったと睨み返す。化物は顔を引っ込めていなくなった。そのまま厠の下より毛の生えた手で団
右衛門の尻を撫でる。心得たりと捕らえようとすると手を引っ込めてまた屋根より覗きこんできた。
また睨み返すと、これまた顔を引っ込めて厠の下より尻を撫でる。その手をひしと捕らえて内に引きこむと、厠の戸は破れた
ものの内に引き込むことが出来た。
団右衛門は得たりやおうと組み打ちし上に下にと投げ倒す。その物音を聞いて人々が厠に走りより、一人の小姓が化物の足を捕
らえた。団右衛門は血に染まり、化物を脇差にて刺し通したところを見ると大きな猿であった。

「噂であった化物はこの猿に違いない」

と広島の者はみな団右衛門の勇気を称えた。
(武辺咄聞書)



毛利家雪合戦SP!・いい話

2009年01月31日 00:21

999 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/01/30(金) 10:15:42 ID:ffqXLDQI
こっち埋まってなかったのね

埋めついでにコピペ

西の仲良し家族毛利さん家のおはなし

隆元・元春・隆景がまだ幼かった頃、元就がある雪の日に雪打ちをするように言った。
そこで隆景と元春が雪合戦をして、隆元は縁先でそれを見ていた。
元春は初め雪をたくさん持って隆景を散々に打ち、隆景は袖をかざして退いた。
そして元春が少し油断した隙に隆景が進み出て散々に打ち返した。
これを見た元就は、「隆景は知謀有て、敵のきほひ(気負い)来る時は、
其来鋭をさけて扨打ちおほせ、懈る処の其惰気をうつ事神妙(感心なこ
と)の至り也。」と隆景を評したという。

元就パパのいい子育ての話
ていうか元春もほめてあげて



18 名前:856[sage] 投稿日:2009/01/30(金) 10:38:36 ID:vLSGTj+v
前スレ999へ
元春と隆景が幼い時、それぞれ4人ずつの仲間を率いて、雪合戦をしました。元就は、ひそかに物陰から見ていました。
子供たちは5人ずつ左右に別れ、戦います。
元春組ははまず、しきりに雪玉を投げ、打ちかかっていったので、隆景組は、負けてしまいました。
しばらくして隆景は、もう一度やろうと言って、再び戦いましたが、今度は、隆景組は、3人しか攻めて来ません。
元春組は、勢いに乗って5人で攻めかかり、隆景組は少しずつ後退していきます。
ところが、隆景は、あらかじめ2人を伏せて置いて、横合いから打ちかかりましたので、度は元春組の負けとなりました。
元就はこれを見て、「両方ともが勝ったのだ、これ以上の戦いは無用だ」と言ったといいます。
元就は、「この子たちが成人したら、嫡子の隆元を旗本として、元春・隆景を先鋒としよう。
聞くところによると、北国は、人気はあまりなく、ただ屈強であることのみをよしとして計略は少なく、
南国は、人や船の行き来が多く、うまく立ち回ることも必要だ。
雪合戦のことを考えると、北国は元春、南国は隆景に任せるのがよいだろう

19 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/01/30(金) 10:40:23 ID:vLSGTj+v
しかしながらこれは結果論らしい
◆◇◆幻の戦国大名 出雲尼子氏(其ノ五)◆◇◆
70 名前: 人間七七四年 [sage] 投稿日: 2007/08/11(土) 20:06:13 ID:hrWafg3T
>>67
結果論。
元々、吉川氏が芸北、小早川氏が備南を本拠とする豪族だから、
版図を拡大させるに当たって、地勢上山陰方面を元春、山陽方面を隆景が担当するのが自然。
猛将が多いとされる山陰だが、武田高信や南条・小鴨兄弟、山名四天王らは皆謀略大好きっ子だw



20 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/01/30(金) 10:43:00 ID:vLSGTj+v
さらに雪合戦ネタ

高齢になってからのこと、 ある年の冬、雪が降っているのを見て、毛利元就は
「雪だ、雪が降った。とても心地よい。わしは年老いて歩くのにも不自由だから、せめて座敷で雪合戦をしよう。急いでゆきをとってこい。」
といった。近臣の者は、さては殿が耄碌したかと思ったが、従わないわけにも行かず、
大きな容器に雪を盛ってくると、毛利元就自ら雪をとって、玩び、若い侍たちに「雪合戦せよ。」といった。
彼は雪合戦をすることによって、若い者に、寒さを身になれさせ、体を丈夫にすることを教えたかったらしい。
これこそ、この毛利元就の考えていた健康法で、戦国時代生まれにして、75歳の長寿をまっとうできたのも、このためであろう。




21 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/01/30(金) 10:44:49 ID:Y5ltAS3J
山陰なんてほんと山の合間合間にちょっぴり平地があるところばかりだから、
謀略と言うか、調略無しで攻略するなんてとても無理だからねw

22 名前:人間七七四年[] 投稿日:2009/01/30(金) 10:45:12 ID:W/WYX2wI
つか雪合戦の話は島津兄弟の逸話のパクり?

23 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/01/30(金) 10:48:16 ID:Y5ltAS3J
毛利3兄弟の方が生まれは先ですがな。

24 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/01/30(金) 10:59:08 ID:1WG9Enm1
>>22
その島津の話教えて

25 名前:人間七七四年[] 投稿日:2009/01/30(金) 11:06:43 ID:W/WYX2wI
いや以前、
島津義久のPHP小説に
年老いた島津日新斎を訪ねた孫の島津兄弟が雪合戦するシーンがあって、
まんまソックリな話があったもんで聞いてみた。
末っ子負けず嫌い家久が隆景ポジションだったような…
単に毛利兄弟ネタを作者が流用しただけかも知れんので…

27 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/01/30(金) 11:35:48 ID:1WG9Enm1
>>25
ああ、小説か

29 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/01/30(金) 11:53:55 ID:WNPffDGg
島津兄弟にも雪合戦の話は確かに伝わってるよ
でも毛利兄弟ほど詳細な話じゃなかったと思うし
貴 久 パ パ が 全 く 出 て こ な い w
(元就のポジションにいざってるのは日新斎爺)

30 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/01/30(金) 12:39:08 ID:XWEm/V8B
薩摩って、灰は降っても雪は降らないんじゃ……?

31 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/01/30(金) 12:40:16 ID:Y5ltAS3J
>>30
戦国期は小氷河期だから、沖縄にも雪が積もったらしいぞ。

32 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/01/30(金) 13:05:43 ID:qzOY+os9
北国はマジで豪雪地帯w
日本海側は特に涙目

33 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/01/30(金) 13:09:47 ID:yilZgL/1
島津は雪じゃなくて臓物(ry

34 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/01/30(金) 13:10:27 ID:kW5qY7Tn
佐々さん賛美の流れですね。

35 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/01/30(金) 13:37:35 ID:WNPffDGg
>>30
暖冬の今でも年に1回程度だが積もるよ。
このまま温暖化が進めば後30年程度で雪はおろか暑さのために桜も咲かなくなると予想されてはいるが。

>>32
鬼柴田さん登場の流れですね_

>>34
さあ、ここで誰か日本初の厳冬のアルプス登山を書いてk(ry
あ!アレは悪い話か・・・orz

40 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/01/30(金) 16:55:42 ID:KVF1Laj9
確か雪合戦の起源は謙信の親父だったような。

上条の乱で長尾為景軍と上条定憲軍(うろ覚えなので違う名前かも)が戦い
ついに両軍刀も折れ矢も打ち尽くしてもなお戦いを止めず
雪の固まりを投げ付けあったのが雪合戦の始まりだとか。

越後なら死ぬほど雪はあるわな。

41 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/01/30(金) 16:58:21 ID:A6/NZnGz
本当に雪の合戦だったのか

毛利隆元、弟との関係に悩む・いい話

2009年01月31日 00:20

13 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/01/30(金) 09:22:25 ID:ffqXLDQI
まとめになかったので…
毛利隆元は天文6年に大内さんところに人質に出されました
すっかり大内さん色に染まった長男が実家に帰ってきたのが
天文9年のこと
人質に行く前はまだ小さかった弟たちもすっかり大きくなっていました
久々の実家なのになぜかよそよそしく疎遠な雰囲気に隆元は

パパへ
    〃〃∩  _, ,_
     ⊂⌒( `Д´) < 弟たちにのけものにされるなんてヤダヤダ
       `ヽ_つ__つ
              ジタバタ
      _, ,_
     (`Д´ ∩ < 弟たちが懐かないなんてヤダヤダ
     ⊂   (
       ヽ∩ つ  ジタバタ
         〃〃

    〃〃∩  _, ,_
     ⊂⌒( つД´) < 長男なのに、総領息子なのに
       `ヽ_ ノ ⊂ノ
              ジタバタ

     ⊂⌒(  _, ,_) < 本当は仲良くしたいのに……
       `ヽ_つ ⊂ノ
              ヒック...ヒック...

     ⊂⌒(  _, ,_) 
       `ヽ_つ ⊂ノ  zzz……

何事も隆元を別にのけられ候て、両人ばかりちこちこと候こと
さやうに候時は、何と此方よりなつなつと仕度候、成らず候事


と送っている

それに対して元就
以前申し候ひつる元春隆景にたいして候ての事、
此のままにて置かれ候へば然るべからず候

とお返事を出し、元春と隆景が隆元と仲良くするように
話をする機会を何度も設けようとしたとか

ちょっとかわいい隆元のお話

既出ならごめんね




14 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/01/30(金) 09:30:29 ID:T5TcWlLs
でもあの時代の兄弟としちゃ結構うまくやってたほうだよね>毛利三兄弟

15 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/01/30(金) 09:30:58 ID:Y5ltAS3J
>>13
いや、この逸話は単体ではまだ出てなかったはず。
しかし隆元、書状だけ見ると一生、このてのネガティブシンキングで生きているんだよなー。

でも実際には、陶との決戦を危ぶむ元就に、「ここで戦わないでどうするんだ!」って
決戦を迫ったり、大友との九州での戦いで将軍が和平に介入してきたら
「毛利の得にならないのなら何言われたってそんなもの無視するべき」
なんて言ったり、えらい肝が据わってる。

えらく複雑な人物だった感じがする。


16 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/01/30(金) 10:00:19 ID:lMxlU/aA
なんか、家のためなら恐ろしいほど肝の据わったいい男なのに
ひとたび自分のことになると常に自身の価値に疑問を抱きながら気を遣って
生きている小物になるのな
難儀な性格だ

弟たちは弟たちで付き合いづらかったんじゃなかろうか

26 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/01/30(金) 11:29:00 ID:EML0uLfA
>>16
なんかマルクス・アウレリウスを連想させる人だな、隆元は。

28 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/01/30(金) 11:42:33 ID:VbwQ5yrx
日頃と違っていざ合戦はじまると隆景の方が元春より前へ前へ行っちゃうという話もあるから
あの兄弟皆一筋縄でいかないとこあんのかも

43 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/01/30(金) 17:20:54 ID:fmelAKnF
>13-16難儀な性格ではあったんだろうが、
それでも尼子攻めの頃に大友から防長を守りきってるし
厳島合戦の経緯は>15に限らず、えらくオットコマエだったりするんよね。

現場でも風雨の中、オラオラ言って船に乗り込んで、真っ先に厳島の決戦場へ向かったとか。


たぶん偉大すぎる親父殿へのコンプレックスで自己卑下が激しい、
ギャップもちの性格に成っちゃったんだろうけど
武将としての勇猛さと山口の大内文化で雅びたところもギャップなんだよなあ。
なんていうか、面白い


44 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/01/30(金) 19:45:19 ID:rIFT9jy1
隆元が当主時代の毛利は国人連合的な体質を色濃く残したままで急成長したから
いろいろ苦労も多かっただろうし弟や妹もいろいろ注文が多くてそっちにも気苦労が耐えなかった
りして親やなんかには愚痴りたくなったりするんじゃないのかなあ


45 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/01/30(金) 20:50:21 ID:uLVUDnxG
>44
大内の内藤さんトコから隆元に輿入れした尾崎局なんか、めっさ貴重な同志だったかもね。

…テる元は、ちとやんちゃに育ってしまったが

46 名前:人間七七四年[] 投稿日:2009/01/30(金) 21:41:48 ID:+T20rLri
むしろ爺さんや叔父のスパルタ教育を受けてよく真っ直ぐに育ったと感心する。
親父みたいに自分を無闇に卑下する性格にならなくてよかった。

47 名前:人間七七四年[] 投稿日:2009/01/30(金) 22:22:19 ID:W/WYX2wI
輝元は父と違い
難しい時代に生まれたけど
よくやったよな。
祖父や父と違い
愚痴る相手もいなくなったし。

48 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/01/30(金) 22:35:59 ID:BDekAYaA
相手がいないから家臣の妻を略奪したんだろ

49 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/01/30(金) 22:36:26 ID:nNCv4U1Q
はいはい

豊臣秀吉、千利休を紅梅にて試す・いい話

2009年01月31日 00:19

千利休   
42 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/01/30(金) 17:07:23 ID:Ww7mfOne
ではきれいな話を
某ゲヒヒ漫画に出てたらごめん

千利休と秀吉の朝顔問答は有名だが、他にも花に関するやりとりがある
早春で、まだ花が少ない季節のこと
秀吉はなんとか利休を困らせてみたくなった
そこで、床の間にどでかい鉢をしつらえ、水をそそぎ、紅梅を一枝だけ添えた
「おい利休、これで花をしつらえてみい」
どう活けても不恰好になるのが見えているお題だ
秀吉の近習達も「これ無茶すぎww」とニヤニヤして見ている
利休は「では…」と紅梅をとると、逆さに持って鉢の中をかき回した
鉢の水には、梅の花やつぼみがぱっと浮かび、爽やかな香りが匂いたってくる
この見事さには秀吉も
「こやつめハハハ」(こまらぬやつじゃ)と上機嫌となったいう




真田信繁と村松殿・いい話

2009年01月31日 00:18

53 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/01/30(金) 23:08:13 ID:FhQGK4bL
真田昌幸の長女に村松殿(小山田茂誠室)と言う人がいる
一回目の大阪の陣が終わって束の間の平和の中にあった信繁(幸村)は
信濃へ向かう小山田家への使者に姉宛てに手紙を渡す

「お伝えしたいことがあったのでお手紙を送りました、一筆申し上げます。
 
 さてさてこの度、思わぬことで合戦となり、私たち親子共々大阪城に入ることになりました
 
 おかしなことと思われたことでしょうが、とりあえず大事もなく私たちも生きております

 ぜひお会いしたいところですが、明日はどうなるか分からないものです。とりあえず
 
 今は何事もございません。之知君(茂誠の息子)とは度々顔を合わせますが、なにより

 こちらが忙しいのでゆっくり話すこともできませんでした。こちらは変わったこともありませんので

 ご安心ください。詳しく書きたいのですが、何よりも使者の奴が急いでおりますので

 あわてて書きました。またお手紙出したいと思っています。」

なおこの手紙の返事と一緒に村松殿は信繁を気遣い、鮭を二匹送ったりしています。
また信之にも慕われていたようで松代に移封した際に届いた手紙の返事に

「こちらから連絡をしようと思っていたところをお手紙いただき、誠に失礼しました。
 
 松代を拝領し、あたふたしながら移転してきた次第です。

 とてもいいところなので安心してください。またお会いしたいです。」

というものが残っています。
このように弟たちに非常に慕われ、敬愛されていたようです。
ヤマもオチも無いですがこんなやさしいお姉さまの話




55 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/01/30(金) 23:14:53 ID:AKR1feAS
>なおこの手紙の返事と一緒に村松殿は信繁を気遣い、鮭を二匹送ったりしています。

また鮭ですか・・・。

58 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/01/30(金) 23:30:32 ID:Y5ltAS3J
>>55
当時、なんか知らんが大阪城では鮭が大量に余ってたらしいから、
送られて信繁も困っちゃったかもねw

大内義隆、陶隆房より諫書を受ける・悪い話

2009年01月31日 00:15

22 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/01/30(金) 10:32:46 ID:Y5ltAS3J
では、最近人気上昇中、大内義隆公のお話


大内義隆は学問や詩歌の良く出来る者、行儀の良いもの、そして美形のものに多く知行を与えた。
逆に武勇の者には立身の機会がなく、それを恨みに思うものが多かった。

戦の役にも立たない連中ばかりが取り立てられることを苦々しく思っていた家老の陶隆房は、
書状をもって義隆をいさめた。その書状に言う、

『およそ、武士が主君に奉公する場合、八つの役があると言います。
一に使役、二に番役、三に供役、四に賄役、五に普請役、六に頭役、七に奉行役、
そして八に軍陣役。

この八つを良く勤め、そして優れた人間に、的確に恩賞を与える事こそ大将たる者の
器量というものです。

さて、この内七つの勤めの良し悪しを判断するのは、ごく簡単な事です。
八つ目の軍陣役は、本音では惜しいはずの命を捨て、敵を退け国を守る最も大切な役です。
それを良く成す者は、まさしく忠義の者であり、武家においては秘蔵すべきと言うほどの
大切な人材であるのに、そう言う人々を無視し、だた美しく風流な人々ばかりに大きな所領を
与えるのは、武勇、智謀ある家臣たちの恨みを買うばかりではありませんか?

一大事が起こった時、後悔しないよう、どうかお考えください。』

これを読んだ義隆は大いに怒った。

「世が乱れた時には武を用い、世が治まる時は文を用いる。これが聖人の道ではないか!
それに武官を重用せよというのは、かえって乱を起こす元であり、こんな事を言い出す人間は
痴者と呼ぶべきだ!」

このように隆房を侮辱した。

やがてそれを聞いた隆房は激怒し、謀反を起こす。その時武勇のものたちの多くは、
かねてより義隆に恨みを持っていたので隆房の味方をし、義隆の周りにいた、詩文を作っていた
歌詠みたちは、一戦も交えることなく皆逃げつくした。

結局、義隆はまともな抵抗も出来ず、陶に国を取られてしまった。

平時に武を捨て驕れば、大事が起こった時防げなくなる。戦いを忘れた時は必ず危うい、と古人が
おっしゃったのは、まさにこの事であろう。




23 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/01/30(金) 11:28:38 ID:ffqXLDQI
義隆時代を読み誤りすぎw
世が乱れてる時に武官を重用しないなんて

滅ぼしてくれと言わんばかりだな

25 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/01/30(金) 11:40:00 ID:ZHmGe2QW
鬼武蔵「そこのあなた!いますぐお見積もりを。 お電話は百段百段」

28 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/01/30(金) 12:00:06 ID:ffqXLDQI
>>25
|
|   チラッ
|ヾ∧  
|・ \  
|丶._)
| /   
|/
|
|

大内義隆と溺愛した養子・悪い話

2009年01月31日 00:14

27 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/01/30(金) 11:54:25 ID:WPDx/WQO
養子を溺愛する


大内義隆は男子がいなかったため、一条房冬の息子で姉の子にあたる恒持を養子とした。
義隆はその養子のために、将軍・足利義晴から「晴」の偏諱を受け「大内晴持」に改名させた。
晴持は大内家跡継ぎとされていたが、初陣の月山富田城攻めで大内軍が大敗をしてしまった為、
晴持は海路から撤退をした。
しかし、晴持の乗っている小船に多数の兵が助けを求めて来た為に小船は沈み、甲冑を着ていた
晴持は溺死してしまった。一説には一旦は蘇生するも間もなく死んだとある。

義隆は初陣で死んだこの世継の死に悲嘆し、晴持を供養する時に足利義晴に頼み今度は「義」の字
を与え「大内義房」として供養した。
死んだ養子に将軍の偏諱を与えたのである。

そして、晴持の死に堪えた義隆は政治を評定衆と呼ばれる家臣団に委ね大内家は次第に衰退してしまう。
晴持の死は義隆の人間性を変えその後の大内家の命運を大きく変えてしまったのである。




29 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/01/30(金) 12:02:04 ID:ffqXLDQI
>>27
なんというタイタニック

30 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/01/30(金) 12:05:01 ID:CIIuermJ
義隆は守護大名からの体制転換に失敗した好例だろうなあ
権力強化には取り組んだが、側近政治に堕して家中の対立を激化させてしまったし…
本人のアイデンティティは「守護」だしなあ。在京守護の真似事始めちゃったりして

31 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/01/30(金) 12:06:02 ID:1WG9Enm1
月山富田城責めを失敗するまでは、北九州を制圧するなど中々いい大名っぷりだったんだけどな
期待をかけていた跡継ぎを亡くして親が腑抜けてしまうのはよくあることだが、
義隆はそれが半端ない

32 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/01/30(金) 12:08:20 ID:Y5ltAS3J
大内義隆の頃の大内氏勢力圏
http://bunkazai.ysn21.jp/images/image/omap8.gif

まさに西日本王

33 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/01/30(金) 12:23:15 ID:FhQGK4bL
長宗我部 島津 毛利 尼子 大内

西日本四天王だ!!

34 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/01/30(金) 12:27:34 ID:8L5qkfnR
山名 相良 一条 西園寺 河野

西日本四天王は俺たちだ!

35 名前:人間七七四年[] 投稿日:2009/01/30(金) 12:32:14 ID:IAYl7oaE
>>30
失敗したと言うよりも変える気があんま無いはず。復古主義だし

36 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/01/30(金) 12:32:40 ID:JmdK0XNg
>>33-34
五家もいたら四天王じゃないぞ。
とりあえずそれぞれ一家ずつ改易ね。

37 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/01/30(金) 12:39:30 ID:EML0uLfA
>>36
貴様、竜造寺四天王をバカにする気か!

38 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/01/30(金) 12:43:38 ID:BDekAYaA
一時旋風した大友は…

39 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/01/30(金) 12:46:43 ID:VbwQ5yrx
>>38
弟?イラネ家宝寄越せ家宝
家臣の嫁?とっとと寄越せ寄越せ
仏?焼いとけそんなもん
妻?俺は居ない!留守だと伝えろ!!

40 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/01/30(金) 13:40:17 ID:WNPffDGg
teru元とsourinは2大ヘタレということでこのスレ的にはファイナルアンサー?

偶然だけど博多を巡って争ってますねこの2人・・・
(teruの方は本人は御神輿で実質おじさん2人が主力だけど)

41 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/01/30(金) 14:19:05 ID:BdQsR4+d
>>40
福島正則「貴様“DQN四天王”に亜ぐといわれた俺様を怒らせたいようだな……」


でも最後にヘタレる市松さん

加藤清正と花押・いい話

2009年01月31日 00:12

42 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/01/30(金) 15:27:00 ID:WPDx/WQO
花押

秀吉の朝鮮出兵に際して、在韓の諸将が連署して秀吉に報告書を提出することに
なった。
福島正則はサラサラと花押をしたためたが、加藤清正は丁寧に花押をしたためた
ため時間がかかった。

正則はそんな清正を見て嘲笑った。
「虎之助は花押書くのがテラ遅いな!そんなんじゃ遺言状を書くのに時間がかか
りすぎて、書き終わるまえに死んじまうぞwww」

清正は正則にこう言い返した。
「わしは市松と違い、戦場で死ぬことを本望としている。太平楽に布団の上で死
にたいとは思わないな。戦場で屍を曝すのに遺言状など必要あろうか。」

「そ、そら、虎之助の言う通りだけどよう…」
(名将言行録)

またヘタれてしまいました。




44 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/01/30(金) 15:58:55 ID:fmelAKnF
>42

「・・・」
ショボーン(´・ω・`)(´・ω・`)(´・ω・`)(´・ω・`)(´・ω・`)←他の七本槍の方々

黒田長政、夢のお告げで・悪い話

2009年01月31日 00:11

45 名前:人間七七四年[] 投稿日:2009/01/30(金) 16:49:05 ID:pcAVUYEu
クロカンJrのお話でも

ある日、暇をもてあました長政たんが鷹狩に出かけると…
道端に百姓が刀を腰にさしてうずくまってるのを見かけた

百勝の分際で帯刀しているのを不審に思った長政たんが馬廻りの近習に理由を聞かせると、
その百姓は「この二、三夜続けて夢のお告げがありました。この先祖代々相伝の刀を殿様に献上するようお告げがありました。と、いうわけでよろしくお願いします。」
とかしこまって答えた。

近習が長政にこれを報告すると、長政たんは大いに喜んだ。

その百姓を召し出して、
「本当に不思議だにゃー。わしも昨夜に同じ夢を見たんだにゃ。献上された刀で、持ってきた奴の首を刎ねよ、とのお告げだったんだにゃ。
まさしく君の夢と合致しておるにゃ。天よりの指図つーことでそのとおりにするにゃ。恨むんじゃないにゃ。」

と、答えざま、近習達に捕らえさせて、その男から献上された刀で首をたたっ斬った。




49 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/01/30(金) 17:17:11 ID:Ww7mfOne
>>45
これは刀狩りの一環と読むべきなのか・・長政さんッパネェっす!って読むべきなのか

51 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/01/30(金) 18:18:25 ID:dAi7PLlt
>>45
理不尽すぎるwww

53 名前:人間七七四年[] 投稿日:2009/01/30(金) 19:21:48 ID:pcAVUYEu
>>49
>>51

すまん、もうちょっと調べてみたんだが…

この男は刺客だった…"らしい"

決して、刀の褒美を取らせるのが惜しかったわけではry

54 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/01/30(金) 19:30:45 ID:naGKHdbL
どうせ細川が放ったんだろう。

59 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/01/30(金) 19:46:39 ID:qzOY+os9
>>54
忠興 「わしがそんなことするわけ無かろう」
忠恒 「ですよねー」

60 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/01/30(金) 19:54:29 ID:C+qOQxgg
忠興、自分の息子には腹切らせたが。

陶晴賢に追いつめられた義隆公・悪い話

2009年01月31日 00:10

24 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/01/30(金) 11:33:17 ID:zfQEBMm5
陶さんの評価って難しいよな
個人的には好きだけど

26 名前:人間七七四年[] 投稿日:2009/01/30(金) 11:45:34 ID:Zau4AQ7q
>>24
主家を滅ぼした上に衰亡だから、良くは言われないわな。
内藤とかの宿老はなにやってたんだか。



46 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/01/30(金) 16:50:03 ID:bCutkXgV
>>26
さて、陶晴賢に追いつめられた義隆公。
そこで頼ろうとしたのが、長門守護代を務める家中の重鎮・内藤興盛。
内藤氏は義隆の母方にあたり、毛利隆元に嫁いだ義隆の養女・尾崎局は
この興盛の娘にあたる人。また、義隆と同じく、文人としても優れていた。

義隆は興盛に助けを求めますが、興盛曰く
「今更遅い。殿に置かれましては、そうそうに腹を召されるがよかろう!」
と拒否。結局義隆は自害に追い込まれてしまう。

ちなみに、この興盛だけでなく、普段陶晴賢と対立していた杉重矩ですら、
ここでは陶晴賢に合力しているので、この時の大内家中の雰囲気が
相当なものであったことが窺える。




47 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/01/30(金) 17:08:32 ID:j+9IESkl
占いに心酔して色々無茶してたのが
災いとなってしまったのねん

48 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/01/30(金) 17:12:01 ID:fmelAKnF
>47
   ・・衆道もね

50 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/01/30(金) 18:09:15 ID:j+9IESkl
>>48
衆道は奇人もとい貴人の嗜みキリッ!(`・ω・´)

52 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/01/30(金) 18:18:56 ID:7Lln83XV
>>50
ラスボス「ほほう…それはワシは貴い人間ではないという誹謗じゃな?」

58 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/01/30(金) 19:45:56 ID:+rjsi320
>>46
陶はクーデターは起したが、やったのは「押し込め」であって「下克上」ではないんだよなあ

文化財クラッシャー政宗、正宗編・悪い話

2009年01月31日 00:09

55 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/01/30(金) 19:32:58 ID:dquBRYne
王義之の書を切断し、天目茶碗をたたき割った
文化財クラッシャーとしても名高い政宗。今度のターゲットはあの名刀だ


ある日江戸城内で登城した大名たちが刀剣談義に花を咲かせていた
当然話題は腰の脇差の話になり、みなそれぞれに自分の差料を自慢し始めた

さて政宗の番になり、いざ口を開こうとした矢先
かねてから政宗と仲の悪かった加藤嘉明が横やりをいれた

「伊達殿の差料はさだめし正宗でござろうなwww」


オヤジギャグである。


この寒い冗談に政宗

( ●Д゚)ハァ?ナニイッテンダコイツ?

 (そんなモン普段差しにしてる訳ねーだろ!
  …しかし否定するのも正宗を持ってないと思われそうでシャクだし…)


( ●Д゚)「い、いかにも正宗だゴルァ!スゲェだろ!」

嘘をついてしまった


幸い嘉明が「ならば拝見…」と言ってくることは無かったが
内心ビクビクさせられた政宗、どうにも腹の虫がおさまらない
自邸に帰るとすぐさま側近の茂庭周防を呼びつけて命じた

( ●Д゚)「おい!正宗の脇差もってこい!」

茂庭「は、恐れながら脇差はございません…しかし正宗の太刀ならばございます」

( ●Д゚)「じゃそれでいい、ブッタ切って短くしろ」

茂庭「…は?」

( ●Д゚)「磨り上げて脇差に直せってんだよ、とっととやれゴルァ!」

茂庭「そんな無茶な…」

( ●Д゚)「うるせー!64万石の大大名がウソをつけるかー!」


このワガママによってついに正宗は磨り上げられてしまった
満足した政宗はこの脇差に『伊勢物語』の古歌

くらべし来し振分髪も肩すぎぬ君ならずして誰かあぐべき

から「振分髪正宗」と名づけ、長く愛蔵したということである。


( ●∀゚)「俺ならずして誰があぐべきwww
      正宗磨り上げるなら俺しかいないっしょ♪」




56 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/01/30(金) 19:39:11 ID:A53KyA+N
いくつになっても子供みたいなヤツだなぁw

57 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/01/30(金) 19:40:11 ID:jTq35hwd
現在に正宗の脇差しか残ってないのは
そう言う理由だったのか・・・

61 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/01/30(金) 20:11:13 ID:dquBRYne
>>55
ちなみにこの振分髪正宗、明治時代になってから鑑定したところ
正宗とは名ばかりの真っ赤な偽物だったということです
良いのか悪いのか分からない話ですね

62 名前:人間七七四年[] 投稿日:2009/01/30(金) 20:31:25 ID:0PFF+Y0y
>>61
wwwwww

63 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/01/30(金) 20:32:49 ID:Ww7mfOne
そういえば、伊達家家老の筋の人が、太刀を切り詰めた脇差を持ってるという話
殿様からの下されものを、GHQの没収を免れるために、泣く泣く切ったらしい・・

64 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/01/30(金) 20:45:34 ID:vwpiWKiw
茂庭さん、主君の気まぐれに振り回されて過労になりそうな
人生だったけど本人含めて長寿な家系なんだよね。
親父さんは73歳戦死で早死とか言われるほどに。

67 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/01/30(金) 21:15:04 ID:pn6mzPRa
>>61
そういえば正宗って不在論があったよね
恩賞に困った太閤が目利きの専門家である本阿弥家と組んで…という話

88 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/01/31(土) 11:42:14 ID:ZgYQGYq9
>>71
鬼義重「上杉謙信公より預かった武神の刀を、わざわさ擦りあげよって……っ!」

人気官位「左京大夫」・悪い話?

2009年01月31日 00:08

65 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/01/30(金) 21:01:53 ID:IL69i8mZ
戦国大名みんなが勝手に名乗ったり金で買ったりした「官位」
当然官位にも人気不人気がある訳で、みんなが欲しがる官位があった

その一つが「左京大夫」という官
本来は室町幕府の中でも四織家にしか与えられない格式の高い官位。そこら辺の田舎大名には手の届かない高嶺の花だったそうな

ところが・・・

金の力にモノを言わせ、大金積んで無理矢理ゲットしちゃったのがまず大内義興
それを聞いて各地の大名みなビックリ。あいつ四職家じゃないのにカネ払えば貰えるのかよ?と
そこで、アイツが貰えるならオレでもゲット出来るかな?と遠路はるばるやってきたのが伊達稙宗
守護ですら無いのにあっさりゲットだぜ! ・・・朝廷の財政状況がいかに逼迫してたのかが伺える

伊達なんかにくれるならオレにもくれよ!と北条氏綱と武田信虎にも催促されまたもやゲット
その後はどこの馬の骨かも分からん田舎大名にも乱発され、すっかり左京大夫の価値は下がってしまったとさ

■左京大夫に任じられた事のある人たち
大内義興・伊達稙宗・武田信虎・北条氏綱・大内義隆・六角義賢・赤松政村
岩城重隆・大宝寺晴時・結城晴広・大崎義直・大内義長・伊達晴宗・北条氏康
斎藤義竜・三好義継・徳川家康

大宝寺晴時なんて国人レベルなのに貰ってるし




66 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/01/30(金) 21:14:18 ID:sIP6jXrB
>>65
伊達稙宗は
「公家連中にもカネばらまかなきゃいけないし面倒くさいわ~
うちは京から遠いから、宅配で届けてくれるとかしてくれればいいのに」
って言ったんだっけ

68 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/01/30(金) 21:19:18 ID:+/vaX38H
>>66
ピザ頼むのとは訳が違うのにw

69 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/01/30(金) 21:20:00 ID:dAi7PLlt
>>65
義興様ならしょうがない

70 名前:人間七七四年[] 投稿日:2009/01/30(金) 21:33:12 ID:pcAVUYEu
>>68
30分以内に官位持ってこないと代金は払わないってかw

72 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/01/30(金) 22:54:36 ID:C+qOQxgg
琉球守はいいなあ

73 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/01/30(金) 23:18:01 ID:RGCbDxqv
もっと調子に乗って朝鮮守とか名乗る奴がい
荒山徹が大喜びでネタにしてくれただろうに



94 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/01/31(土) 17:32:42 ID:5Hyn5l+g
>>65
稙宗は陸奥守護職なんてものまでゲットしてるもんなぁ


徳川家康、大仏を作るより遥かに大切な事・いい話

2009年01月31日 00:04

983 名前:人間七七四年[] 投稿日:2009/01/30(金) 02:42:31 ID:Y5ltAS3J
埋め代わりに、こんな世の中だから、なんとなく身にしみる、家康の言葉

「俺が死んだ後でもな、二代三代たっても、国や社会が、平和で安定している。
そう言う仕組みを考え実施しておく事、これは何体も大仏を作る事なんかより、
遥かに大切な事なんだ。俺はそう思うよ。」

過度に家康を持ち上げる気はないけれど、戦国の悲哀も栄光も、すべて体験した人を、
晩年になっても突き動かしていたのは、こう言う理想の為だったんじゃないかな。




984 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/01/30(金) 02:44:44 ID:cslQ81Fs
>>983
さすが家康
ラスボスなんかとは大違いだな

987 名前:人間七七四年[] 投稿日:2009/01/30(金) 04:41:49 ID:MA0l72az
>>983
厭離穢土欣求浄土の旗は最高にカッコいい!

988 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/01/30(金) 05:18:00 ID:Dmsl5t0Y
>>983
豊臣家を滅ぼすにあたってかなり強引なこともしたから、その言い訳のようにも聞こえるが・・・
まあ戦乱に終止符を打った功績も事実だもんな。

989 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/01/30(金) 07:54:12 ID:rg4znBJ/
国家安康君臣豊楽だったか。ありゃ解釈がひどすぎるな。
まともな人間とは思えんよ。

990 名前:人間七七四年[] 投稿日:2009/01/30(金) 08:01:33 ID:Y5ltAS3J
>>989
あの解釈は至極まともと言うか、「家康」の名前も「豊臣」と言う文字も、
豊臣家の側で「隠し題」として、意図的に入れたものだぞ。
しかも「家康」という「諱」を、家康に無許可で使っている。しかも対になる豊臣家のほうは姓なのに。

これははっきりと、豊臣家が家康を低く見ているという意思表示。
もはや限りなく、豊臣家の側からの家康への、徴発に等しい。

今だって、社会的地位のある立場の人が公の場で呼び捨てされたら、それは善意のものとは
絶対に受け取らないだろ?そして当時は「諱」に関しては、ぞんざいな扱いはタブーそのものといっていい。

あの事件でまともじゃないのは、豊臣家のほうだよ。

996 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/01/30(金) 09:58:27 ID:zfQEBMm5
>>989
鐘楼事件にしても大阪埋め立てにしても、説得力ある新しい説出てる。
今時そんな事いってたら司馬厨とか言われるぞ

997 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/01/30(金) 09:59:59 ID:sXzaTzWV
>>990
それこそ無茶な解釈だ。
豊臣があえて判っていてわざと入れたという根拠は?ソースは?


ソース
撰文者の清韓が幕府に提出した弁明書より「摂津実録」
この辺については笠谷氏の「戦争の日本史17 関ヶ原合戦と大坂の陣」参照し
以後、http://gimpo.2ch.net/test/read.cgi/sengoku/1233143817/に議論の項を移して
終了と言う事で

我、鬼となるは戦場のみ・いい話

2009年01月31日 00:03

991 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/01/30(金) 08:16:45 ID:eDghR3pp
有名ネタで埋め

東北の地に戸沢盛安あり
戦場におきて‘鬼’と賞されし猛者なれど決して降りし者を殺める事なし
「我、鬼となるは戦場のみ」



大寧寺の変、ちょっと?いい話

2009年01月31日 00:02

998 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/01/30(金) 10:12:13 ID:1WG9Enm1
じゃあ俺も埋めついでに書いてみるか

陶隆房方の悪い逸話が山程ある大寧寺の変のちょっと?いい話
大内義隆を追う陶軍の攻撃は苛烈を極めたが、
義隆が足を止め後ろを振り向くと兵達は矢を射つのを止め平伏したという
そして義隆がまた逃げようとすると平伏を止め攻撃を仕掛けたという
…こう説明するとまるでドリフのコントのようだが、いくら謀叛を起こしても
主に面と向かって弓は引けなかったという話




岐阜城攻めの福島正則と細川忠興・いい話

2009年01月30日 00:14

962 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/01/28(水) 22:58:42 ID:+28/qSuO
悪い話にだいぶ差つけられたなーと思ってたらいつの間にか抜き返してるww

963 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/01/28(水) 23:04:56 ID:nhNST2f2
>>962
政宗「オレのおかげだろうな、人格者だからな」
忠興「いや、オレたち父子の料理のおかげだ」
鬼武蔵「なーに、オレあっての延びさ」
家久「盛り上げられて誇りに思う」
市松「オレ、大活躍!」



965 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/01/29(木) 00:16:43 ID:snAshfTS
>>963
では、そのうちお二方にご登場願おう

関ヶ原の前哨戦・岐阜城攻めは、福島正則と池田輝政の先陣争いの末、一時この城を
預かった経験から、縄張りを熟知した輝政が一番乗りを果たした。

正則「ギギギ、輝政め、清洲からここへ来る時も抜け駆けしやがって。絶対許さネエ!!」

そんな正則のもとに、輝政から使者がやって来た。
「本日の一戦、滞りなく城を取ったること、『ご同様に』めでたく候。

・・・と、申しておりますが、なんと返事しましょう?」使者の口上を、正則の近習が取り次いだ。

正則「そんなモン、『クソでも喰らえ!』とでも言っとけ!!」

近習が(い、いいのか?!)と思いつつ、返事を伝えるために立ち去ろうとした時、
たまたま福島隊の陣に来ていた細川忠興が、それを止めて正則に言った。

忠興「おい市松、その池田の使者、斬っちまイナー」
正則「おぉぉぉい!?使者はべつに悪くねぇって!なんで、罪もない人間を・・・」オマエガイウナ

忠興「だって、『クソ喰らえ』なんて返事、輝政に伝われば、お前らケンカすんじゃん?
   これからまだ大勝負も控えてるのに、味方の士気に影響すんだろが。
   それなら、使者を斬って『使者来てないよー』って言った方が、カドが立たねーだろ。」

正則「い、いや、もっともだが、しかしそれは・・・どどど、どうすれば・・・」
忠興「なら、ここはオレに任せときな。」 正則「・・・頼む・・・・・・」

近習に代わって輝政の使者と会った忠興は、言った。
「おっしゃる通り、本日の合戦、首尾よく落城させ、ご同様にめでたく候。今日に始まった
ことではないが、池田殿のお手柄には感じ入った。今後のことを委細面談の上、相談したい。

・・・と、正則が言っていたので伝えてくれ。」

こうして忠興の機転(?)により両家は事なく済み、関ヶ原本戦を存分に戦うことが出来た。




966 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/01/29(木) 00:28:36 ID:s1q0fWty
市松...w
可児の槍の話といい、こんなんだから四天王に入れないんだ。

967 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/01/29(木) 00:33:40 ID:xd3vh/0B
市松は短気で軽率で酒乱なのは悪いんだが、
冷静なときは案外良識的というか常識派というか、普通なんだよなw

968 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/01/29(木) 01:13:54 ID:QVYtgUYV
忠興かっけえなぁ。濡れたわ

970 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/01/29(木) 02:27:25 ID:st6Tcfm6
あえて毒吐いて場を自分が仕切った上で丸く収めたってことか
やるじゃん忠興

鬼武蔵と蒲生のケンカにwktkしてた頃からずいぶん成長してるな

http://iiwarui.blog90.fc2.com/blog-entry-293.html

981 名前:人間七七四年[] 投稿日:2009/01/29(木) 16:27:18 ID:AiUUxZJI
>正則「い、いや、もっともだが、しかしそれは・・・どどど、どうすれば・・・」
亀ギブスのリッキーホイで脳内変換されたw

982 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/01/29(木) 20:05:44 ID:r1cGgupl
>>965えもいわれぬ市松クオリティだなあ・・・
戦場往来バリバリの人が岐阜城攻め直後でもこんなんでっかw

985 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/01/30(金) 04:04:50 ID:fmelAKnF
>965これが鮭様なら
「策略でもみだりに“You,使者を斬っちまいなyo”とか、いうもんでないよ」とこっそり忠興を窘めたかもしれんね・・・

細川忠興はいっぱしの戦国武将の上にDQNノリと風流人要素がわしわし混ざってるから
いろんな引き出しがあってこまる。読んでておもしろいがw

986 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/01/30(金) 04:16:16 ID:BaFZL7Mn
政宗「いや~、そんなに褒められると照れちゃうな」

徳川家康「人を使うのに心がけねばならぬ事」・いい話

2009年01月30日 00:12

978 名前:人間七七四年[] 投稿日:2009/01/29(木) 07:39:52 ID:EW8g58Dn
徳川家康が世継である秀忠に言う。
「人を使うのに心得ねばならぬことがある。
たとえば一本の木を二つに切り分けて、
一つは仏像の形を作れば、
愚か者は何か利益があると思い、尊ぶだろう。
もう一つは面白く動くカラクリ人形を作れば、
遊びものにするだけで尊敬しないが、
実のところ仏の形よりは人の用をなすものである。
冠でも靴でも同じように作るのだが、物には貴賤の分別がある。
このことを見誤ってはいけない。
天下人たる者の目をつけるところはここである。
金銀は宝といえども、飢えを救うには雑穀の用もなさない。
人もまたこのようなものである。
返す返すも捨ててはいけないものは人々の才能である。」




979 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/01/29(木) 09:57:26 ID:kpgae7e1
>>978
つまり「いい話スレ」も「悪い話スレ」も依怙の沙汰にならぬよう、中庸に楽しめとおっしゃったのですね。権現様さすがでし…

980 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/01/29(木) 11:18:52 ID:fH9ZG9MV
家康の家臣の資質に対する慧眼を物語る伝説、
森鴎外の短編でよんだけど「佐橋甚五郎」は本当の話ですか?

妖刀村正と徳川家・悪い話

2009年01月30日 00:11

938 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/01/28(水) 23:56:10 ID:WAMGXFck
妖刀村正

徳川に仇をなす妖刀村正。その凶器にかかった徳川もの
数知れず。

祖父、清康、父、広忠は家臣によって斬殺。何れも
凶器は村正

家康の子、信康が切腹した時、介錯に用いた刀も村正

家康自身、関が原の陣中で槍を使用中、誤って槍先で
指を怪我をしたが、この槍も村正作

こんなんだから大名、家臣に至るまで、村正の所有を
はばかる様になった。
一部例外を除いて、毛利、島津などはコッソリと村正
を所持したと言う。




が…元々、刀工村正は伊勢桑名の人。しかも切れ味抜群
なれば、我先に三河武士が所持するのが当たり前である。
自然に村正が凶器になる確率が高かったに過ぎない。

それどころか、数々の戦功上げた本多忠勝の名槍“蜻蛉切”
も村正作だったりするので、全てが妖刀ではなさそうですよ
家康さん




942 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/01/29(木) 00:24:37 ID:6KkbQzdL
>>938
つーか、家康の所蔵している刀にも村正は普通にあるし。
家康のてんぷらの話と一緒でこれも、後世の人が面白おかしく作ったお話だよね。

畠山義続の好色・悪い話

2009年01月30日 00:10

939 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/01/29(木) 00:06:29 ID:DzlSjAzn
これまで肖像画が武田信玄の物と思われていたが実はこの人の絵ではないかと言われる畠山義続。

彼は大変な好色家であった。
彼は家臣の娘らを集め、「女もいざという時のため乗馬くらい出来ねばならん。」
と言ってお馬責めなる遊びを行っていた。
これは怖がる少女を無理矢理馬に乗せ、尻を叩いて走らせるというもので、
少女はたちまち落馬し、着物の裾がまくれ上がって陰部が丸見えになった。
義続はこの様子を眺めては悦に入っていた。
そんな中、まったく落馬せず見事に馬を乗りこなす女がいた。遊佐続光の娘である。
気になった義続は遊佐に娘を差し出すように要求したが拒否される。
そこで義続は遊佐に使いを命じ、留守の間に家へ立ち入って父の許可を取っていると偽って娘を手篭めにしてしまった。
しかもその娘は陰部に毛が生えておらず、桃のような性器で、すっかり気に入った義続は四六時中娘の性器を眺めていた。

これに激怒して謀反を起こした遊佐続光を撃退した温井景長が替わって重臣の座に就いた。
義続はある時、沐浴をしている女を目撃した。その余りに美しい裸体にすっかり惚れ込んだ。
その娘は誰かと訊ねると、弟の畠山義則の妻という。
義続は弟に妻を差し出せと命じた。一旦は了承するものの、すっかり主君に愛想を尽かせていた温井景長に、
承諾する必要は無いと言われ尤もだと思い拒否した。
激怒した義続が軍を派遣しようとすると、城門の外にいたのは温井景長の精強な軍勢であった。
たちまち義続軍は蹴散らされ、畠山義続はどこへともなく追放されてしまった。




940 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/01/29(木) 00:18:56 ID:s1q0fWty
嫌がる幼女に騎上位を強要とな!?

941 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/01/29(木) 00:23:48 ID:7c5bVNyC
宗麟、輝元に次ぐ3人目が出てきたか・・・
しかも失敗とはかっこ悪すぎる。

943 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/01/29(木) 00:25:59 ID:3aGIzaGQ
>>939
なんという変態

944 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/01/29(木) 00:28:24 ID:lZlgznEB
>>939
アソコを眺めて楽しむあたり変態すぐる…

945 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/01/29(木) 00:32:22 ID:EEhY3nkD
そんな事してるから追放されてんだよww
いや、でも名君でもどのみち追放された気がしないでもない。

947 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/01/29(木) 02:30:12 ID:utbV2Uzo
>>939
こ、これは…

948 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/01/29(木) 02:36:52 ID:tjOUou25
>>939
>>しかもその娘は陰部に毛が生えておらず、桃のような性器で、すっかり気に入った義続は四六時中娘の性器を眺めていた。

これ記録に残ってたのかよw

949 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/01/29(木) 02:37:42 ID:GLxhiL7z
そのくだりを読んでて、股間が少し硬くなった

950 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/01/29(木) 04:50:41 ID:jJzD/1Dg
輝『嫁を奪えなかった奴と一緒にしてほしくないんだお』
宗『全く嘆かわしいわい』

又の槍『ロリコンとはこうあるべき』

> 464 名無しさん@お腹いっぱい。 sage 2009/01/23(金) 19:41:43 ID:VSapdq2v
>  ルーデルの撃墜数とか、能力が読んでもイマイチ分からないんだが
>  他のものに例えるとどれくらいなんだ?
>
>
> 466 名無しさん@お腹いっぱい。 sage 2009/01/23(金) 19:43:20 ID:SnHtOYmE
>  >>464
>  セガール
>
>
> 468 名無しさん@お腹いっぱい。 sage 2009/01/23(金) 19:44:20 ID:PiKPu14B
>  >>464
>  全盛期のイチロー
>
>
> 471 名無しさん@お腹いっぱい。 sage 2009/01/23(金) 19:48:41 ID:Q1DMYefQ
>  >>464
>  戦車のウルトラエースのミハエル・ヴィットマンの戦車撃破数は138。
>
>  ルーデルの戦車撃破数が最低519。
>
>  ルーデルは他に飛行機9機(5機以上撃墜でエース)、
>  大砲150門以上、小型船舶70隻以上、戦艦、駆逐艦も撃破してる。
>  もちろんその他いろいろ。
>
>  あと20歳で5歳の女の子と結婚(入籍)してる。

472 名無しさん@お腹いっぱい。 sage 2009/01/23(金) 19:51:57 ID:0cE65wJY
 >>471
 最後の一行で偉大さがわかった


474 名無しさん@お腹いっぱい。 sage 2009/01/23(金) 19:52:01 ID:ie5/h1X1
 >>471
 ロリコンってれべるじゃねーぞ!


475 名無しさん@お腹いっぱい。 sage 2009/01/23(金) 19:54:20 ID:VSapdq2v
 >>471
 それは凄いな


478 名無しさん@お腹いっぱい。 sage 2009/01/23(金) 19:55:33 ID:Q1DMYefQ
 ハンス・ウルリッヒ・ルーデル『急降下爆撃』高木真太郎訳(学研M文庫、2002年)に
 「私が怪我をして入院したとき、妻がそばで看病してくれた。
 それを見た人々(特に女性)はとても複雑な目で私たちを見ていた」ってマジで書いてある。


481 名無しさん@お腹いっぱい。 sage 2009/01/23(金) 19:57:01 ID:ioga3lzb
 >>478
 周囲ドン引きですね

951 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/01/29(木) 07:06:42 ID:cE/hpeyA
>>939
パイパンに魅了されるとは畠山義続もなかなかいい趣味をしているな

147 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/02/01(日) 18:30:55 ID:/YjJ6Xst
前スレ>>994

畠山義続「ツルツル桃マムマム…」

149 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/02/01(日) 20:03:15 ID:/c50wawY
HENTAIは文化

ザビエル道中記、ゴアより・悪い話

2009年01月30日 00:08

946 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/01/29(木) 00:55:37 ID:7CN4MASk
宣教師としてインドのゴアに赴いていたザビエル。彼はマラッカやインドでの活動に辟易していた
ポルトガルの兵士達がひっきりなしに告解してくる上にインドとマラッカを頻繁に往復しなくてはならない
おまけにインド東部以外の地域の住民は西洋人には決定的に合わず
部下は布教をサボりインド総督は布教資金をピンはねしていた

(#・∀・)「まったく忙しすぎて布教なんてほとんど出来ないじゃないか!
      部下は働こうとしないし上司は横領してるし現地人は話を聞こうとしないしetc」

布教の情熱は失っていなかったが環境は劣悪すぎた
そんな日々を送っていたときマラッカで日本人のヤジロウという人間と出会う
キリスト教を欲しているらしく試しにゴアで学ばせてみるとみるみる頭角を現した

(*・∀・)「彼いいじゃないか!インド人より飲み込みいいよ!」

日本への興味が湧いたザビエル、日本の情報を集めてみると
友人のジョルジュが日本について調べた手紙をくれた

(*・∀・)「言葉は一つ、好奇心旺盛で理性的か…決めた!僕はこんなところとはおさらばして日本へ布教しにいくよ!」

逃げたくなるのも無理は無いが許可などもらっていない。
もちろん渡航は自分でなんとかしなければならなかったが中国人のアワンが日本への船を出すことになった
この船、実はマラッカ総督が半場強引に出させたようだ
何はともあれこのアワンと日本へ向かうこととなった一行、
ところが突然アワンが直行の航海を見合わせようといってきた

(#・∀・)「ちょっとちょっと、日本に直行するはずでしょ!どういうこと!」
( `ハ´) 「日本の方角は卦の組み合わせがよくないアル。一度中国へ寄航したほうがいいアル」

彼は熱心な道教の信者であった

(#・∀・)「そんなのまやかしだ!さっさと日本へ行ってくれ」

アワンは渋ったが結局日本に直行することになった

が、この占いは当たった
海が荒れ船は嵐に巻き込まれた。
ザビエル一行は無事だったがアワンの娘は海に投げ出されてしまったのである

(#`ハ´)「あんたらが身代わりになれば娘は助かったはずアル!」

娘が死んだ上に航海中に何度も占いや読経ザビエル達に文句を言われ腹が立ったのだろう
いずれにしても険悪な雰囲気の中航海を続けたが一行は日本にたどり着くことが出来た
ところがアワンの不幸はこれで終わらない
彼はそのまま異国の地日本で没してしまったのだ

( ・∀・)「まぁ僕達の言うこと聞かず異教徒のままだったから地獄行きだよね」
とザビエルが思ったかどうか定かではない…




952 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/01/29(木) 09:23:11 ID:6Fm8kaM0
加賀乙彦「ザビエルとその弟子」では、当時の鹿児島では、もう
ポルトガル人様御一行、いらっしゃいませ~は、慣れっこだったみたいね。

953 名前:人間七七四年[] 投稿日:2009/01/29(木) 10:01:27 ID:ZWQNEUgs
ザビエルの目的の一つに既にキリスト教が伝播してるか確認するってのがあったしな
島津の家紋見てちょっと期待したかもね

954 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/01/29(木) 10:30:37 ID:HYDYYRks
当時の島津貴久は、全然興味なかったみたい。
鉄砲も日常化してたし、持参したアンジロウの前でぶっ放して的に命中。
名人芸を披露しました。
近衛家や興福寺と縁戚だもんね。
wikiには一旦布教許可だしたけど、取り消したとか。アンジロウがの力で少数の信者を得た。
ザビエルは相当おっちょこちょいで、何も下調べ無し、語学全くダメで日本にやって来て
府内、、平戸、山口、京都ではあまりに身なりが汚いので、上手くいかない。
次いで、この多神教の国に布教するには宗教文化の影響の強い中国を先にせねば、と
中国に密入国しようとして海南島近くの島で、果たせず病死、というより餓死したそうな。

955 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/01/29(木) 10:34:05 ID:klIU0rtn
>>946
のちに中国上陸に失敗して病死したのはこの時の祟りかw

957 名前:955[sage] 投稿日:2009/01/29(木) 11:49:47 ID:klIU0rtn
リロードすべきだった orz

>島津
>興福寺と縁戚
http://gimpo.2ch.net/test/read.cgi/sengoku/1216059962/l50

http://gimpo.2ch.net/test/read.cgi/sengoku/1158488972/l50
あたりでkwsk

958 名前:人間七七四年[] 投稿日:2009/01/29(木) 12:46:39 ID:ZWQNEUgs
ザビエルが語学がまったく駄目って言うより日本語があまりにも難解過ぎた
後の宣教師は日本語があまりにも難解なため悪魔の言葉と言ってる

959 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/01/29(木) 13:03:48 ID:fH9ZG9MV
日本で最初に外科手術を行ったアルメイダ修道士、大分アルメイダ病院の由来、は
元貿易商人で日本語での会話は堪能でした。
初期上長のトレースは不明。カブラルは全くおぼえる気、やる気も無し。
古株のフロイス、オルガンテーノはかたことでも信長と直接話せたですし、
その後マカオで教育受けた若い連中は皆話せたようです。
ただ漢字を書けなかったでしょうね。

960 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/01/29(木) 13:39:16 ID:EAeCEx3y
そもそも慣れてない奴に毛筆で字を書けってのはかなり厳しいな

961 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/01/29(木) 13:54:51 ID:MClp2H+P
オルガンテノは最初から親日だったし、フロイスもなんだかんだで
後に肉が食えなくなったほど日本大好きだったからな。熱心さが違ったんだろ。
こいつらは九州や京、界の連中と懇意だったから方言とかまじって大変だったろうなw
九州弁覚えても上方じゃ通じなかったらしいし。さらに信長は尾張弁。
そういえばザビエルは最初、下ネタ系の間違った日本語を覚えさせられて布教さんざんだったとか。

962 名前:人間七七四年[] 投稿日:2009/01/29(木) 14:55:06 ID:ZWQNEUgs
>>955
その中国人の籤によると日本に着いてもマラッカには帰れないって出たらしいぜ
道教マジパネェ

964 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/01/29(木) 15:22:14 ID:AiUUxZJI
>後の宣教師は日本語があまりにも難解なため悪魔の言葉と言ってる
そういうザビエルもバスク(ナバラ)人だったわけで。

バスク語の難解さを示すジョークにはこんなのがある。(Wikiより)
1、神からどんな罰を与えられても全くひるまなかった悪魔でさえ、3年間岩牢にこもってバスク語を
  勉強する罰を課されると神に許しを乞うた。
2、英語のジョークとして、悪魔がバスク人を誘惑するためにバスク語を習ったが、7年かかって覚えた
  のは『はい』と『いいえ』だけだった。
3、バスク人は決して悪魔の誘惑を受けて地獄には落ちない。なぜなら、悪魔はバスク語を話せないからだ。

965 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/01/29(木) 15:34:44 ID:jwjz+Cl3
>>961
ミナサン、イチモツヲスクミアガラセテアリガタイカミのハナシヲキキヤガレ

966 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/01/29(木) 15:57:04 ID:utbV2Uzo
>>961
外人にとりあえず下ネタを教えるのは今も変わらないな
留学生とかなら大体このパターンだろうし

967 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/01/29(木) 16:02:51 ID:klIU0rtn
>>961
>>965
その正しくない下ネタな日本語を教えたというのはやはりアンジローなんだろうかw
ちなみに『フロイス日本史』じゃアンジローのことを「薩摩出身の八幡(「ばはん」海賊のこと)」といってるから
おそらく最初に覚えたのは鹿児島弁だったんだろう>ザビエル

・・・ますます持って布教の障g(ry

968 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/01/29(木) 16:18:09 ID:aMx16Zz1
>>967
しかしそんなザビエルに心酔しまくって、後に洗礼うけたとき
ザビエルの名前をつけてもらったフランシスコ宗麟

970 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/01/29(木) 17:03:34 ID:yDtO5OXI
下ねたかは知らないが、アンジロウの独断と偏見による日本語での説教文を、
ローマ字表記して辻辻でザビエルに棒読みさせたらしい。

上手くいくはずは無い。

怪刀痣丸・怖い話

2009年01月30日 00:06

956 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/01/29(木) 11:49:45 ID:AiUUxZJI

妖刀村正の逸話がでたので、「怪刀痣丸」の話

斎藤道三と織田信秀が美濃国大垣城をめぐり合戦に及んだ。この大規模な合戦の時に戦死した
千秋紀伊守は、悪七兵衛の異名で知られた平家侍大将の平景清が所持していた「あざ丸」を
帯びていた。
この刀「あざ丸」は千秋紀伊守の討死後に陰山掃部助が入手した。

その後、大垣城の攻撃の際に城内より放たれた木鋒が陣中にあった陰山掃部助の左眼に
当たった。陰山掃部助はその矢を抜いたけれども、今度は右眼に命中し失明してしまったという。

この後に「あざ丸」は丹羽長秀の所持するところとなったが、間もなく丹羽長秀は眼病を煩って
しまった。
この刀「あざ丸」を所持すれば「必ず目を煩ふ」という風聞が流布し、丹羽長秀は周囲の勧めもあって
尾張国熱田神宮に進納したところ、間もなく眼病は快復したという。
(信長公記)




963 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/01/29(木) 15:00:10 ID:N0xgg+E6
千秋紀伊守季光は熱田神宮大宮司家の当主なので、痣丸は
紆余曲折を経て本来あるべき場所に戻ったってことなんだな。

今も痣丸は熱田神宮に奉納されているとのこと。

伊賀、武家屋敷の怪異・怖い話

2009年01月30日 00:04

975 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/01/29(木) 18:40:01 ID:6KkbQzdL

埋め代わりにちょっと怖いお話


慶長年間の頃の話である。

伊賀の国の、とある侍の屋敷に、不思議なことが起こった。
暮れ方になるとその屋敷の玄関の前を、練絹の被衣をした美しい女が歩くようになった。

ある時はその女の首が無く、胴だけで歩いた。

またある時は昼時分の食事の用意の最中、台所の煙出しから、その女と大坊主が
覗き込んだ。

また、女の連れてきた、4,5人の白帷子のざんばら髪が踊りだすと言う事もあった。

このような怪事が続いたため、ついにこの屋敷に住む人はいなくなり、
今も直、空屋敷のままであると言う。




讃岐、天霧城物語

2009年01月30日 00:03

976 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/01/29(木) 20:18:57 ID:DHd/Vzmb
ではスレ埋めに、有名な悲話を…

尼斬城

四国讃岐に天霧城(あまぎりじょう)と言う城がある。南北朝の時代に
細川家の家臣、香川氏と言う豪族が西讃岐を支配し、戦国期には四十七
の櫓を持つ壮大な山城であった。三好氏、長曾我部氏の進攻にも耐え、
堅城として名高かった。

だがある時、長曾我部軍が天霧城を包囲し、水の手を断った。しばらく
包囲していたが、一向に香川軍は降伏しない。水の手が断たれたと言う
のに、これ見よがしに馬を水で洗うと言う余裕っぷりである。
「此度も天霧城は落とせなんだか…」
あきらめかけた長曾我部軍だったが、香川氏にゆかりのある地元の
尼僧を捕らえ、尋問した。
「なぜあの城には水があるのだ!どこから水を調達している!」
尋問に耐え切れず、尼僧は口を割った。
「あの馬を洗った水は、本当は白米です。遠目には水に見えますが、
あれはもはや城には水が無い証拠です…」
これを聞いた長曾我部軍は猛攻を仕掛け、ついに天霧城を落城させた。

戦後、長曾我部軍は「城の秘密を明かした不届き者」として、件の尼僧
を斬首してしまった。それからこの城は別名「尼斬城」と呼ばれる様に
なったと言う…


※この話は史実ではありません。あくまで伝承です。戦国期の悲話の
 ひとつとして書かせてもらいました。




977 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/01/29(木) 21:48:01 ID:xd3vh/0B
>>976
同様の話が、
松山城(埼玉)、大庭城(神奈川)、根古屋城(新潟)、久川城(福島)、大茂館(青森)、岸岳城(長崎)をはじめ全国にあるんだよね。
かの柳田國男が研究テーマにしてる。

・水の手を断たれる
・白米で馬を洗うのをみて、兵を引きかける
・老婆がアドバイス
って流れが共通。

978 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/01/29(木) 21:51:55 ID:L1AqXVMt
妊婦の腹裂きばりにテンプレ話になってるということか?

979 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/01/29(木) 21:53:28 ID:CMXWp/dB
貴重な米を使うなんてありえんし、そもそも見てわかると思うし、
あやしいんだよな。

980 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/01/29(木) 22:00:17 ID:xd3vh/0B
>そもそも見てわかる
どう考えても遠目だからw
アフリカ人じゃあるまいし、百メートル以上離れたら米と水の差なんてわからんだろ。

あと、水の手が断たれているというのがポイントなんだよ。
食べ物がなくても一週間くらいは何とかなるけど、
水がないと速効終る。

981 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/01/29(木) 22:01:26 ID:r1cGgupl
>976落城時にお約束のネタなんだよね。トン

準地元民なのに香川版のオチはしらんかった・・・

982 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/01/29(木) 22:06:31 ID:CMXWp/dB
>>980
いやだってさ、そうはいってもだな。昔の人は現代人よか目がいいと思うよ?
それに冷静に考えて、やはり米と水は違うと思うんだけどなあ…

994 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/01/30(金) 01:41:51 ID:21Rclp09
>>982
クイズ番組はやってるし、どっかの局に実験リクエストしてみないか
※除探偵ナイトスクープ

995 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/01/30(金) 02:06:07 ID:Y5ltAS3J
こういう戦国のクエスチョンを、実際に実験で解明していく番組が欲しいな。
「ためしてガッテン」の、戦国版みたいな。

996 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/01/30(金) 02:16:04 ID:89uC2znc
馬を洗うのが城の外から見える位置ってどの辺だ?
櫓や天守の上のほうか?そんなとこまでわざわざ馬を引っ張って行って洗って見せたのか?

997 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/01/30(金) 02:30:15 ID:2d+zB5jI
付け城とか、近くの山から偵察してたんじゃないかな

世田谷の鷺草・哀しい話

2009年01月30日 00:02

983 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/01/29(木) 22:14:50 ID:6KkbQzdL
もう一つ埋め代わりに、戦国の悲しい伝説

天正十八年(1590)、豊臣秀吉による小田原の役が起こる。
この時、武蔵の世田谷城も敵に取り囲まれ、落城寸前となった。

この世田谷城主の姫には、かねてより可愛がっていた白鷺があった。
姫は白鷺の足に文を結び、これを近くの奥沢城に向けて放ち、援軍を求めた。
だが、奥沢城も既に敵に包囲されており、姫の放った白鷺は、その包囲軍の者に
射落とされた。

世田谷城も奥沢城も、間もなく落城した。

白鷺が死んだ場所からは、一つの花が咲いた。
その花の名を、鷺草と言う。




984 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/01/29(木) 22:22:19 ID:Os6Hi6ni
>>983
姫は? どうなったんだ?

985 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/01/29(木) 22:27:44 ID:PTUjEHEz
城主はさっくり開城したそーな。
んで所領没収されて蟄居。

987 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/01/29(木) 22:33:09 ID:osXfBhaz
>>985
妾にされずに蟄居という事はその姫様のお顔は…

998 名前:人間七七四年[] 投稿日:2009/01/30(金) 07:07:52 ID:pcAVUYEu
>>987
きっと、こんな顔

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明智光秀と粽・悪い話

2009年01月30日 00:01

986 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/01/29(木) 22:31:15 ID:otSo/tdm
埋めついで支援

明智光秀が本能寺で信長を討った数日後、京の人々が光秀に粽(ちまき)を献上した時のお話

信長を討ったは良いがアテにしていた援軍が来ない事にイライラしていたのか、光秀は笹の葉の包みも取らずに粽を口に入れてしまった
人々はその姿を見て、なんだコイツめっちゃ動揺してんじゃん。結局この程度の男かよと光秀の器の小ささを見てさっさと見限ったそうな(閑際筆記)




988 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/01/29(木) 22:43:35 ID:pwfv4Mgl
粽っていうのも意味ありげだな
屈原の追悼のために川へ流したのが始まりってものなんだし

989 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/01/29(木) 22:50:12 ID:dUZ6dbY9
光秀は蜜柑を皮ごと食ったり変なやつだな

990 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/01/29(木) 23:01:17 ID:k61Td371
>>986
光秀ってこういうスケールの小さい話多くね?
こういう話しか残されなかったのかも知れないけど

991 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/01/29(木) 23:05:36 ID:3aGIzaGQ
本能寺後に細川親子に出した手紙がガチでヘタレてるから困る。

992 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/01/29(木) 23:13:44 ID:kpgae7e1
>>986
細川幽斎・三斎父子のもっこ褌「ちまき」に成敗される三日天下の人を幻視した……>991

993 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/01/30(金) 00:45:01 ID:G+Iv6dNB
「ちょっと怒っちゃったけど、でもあなたたちの気持ちも仕方ないよね
摂津をあげるって言ったけど、若狭と但馬も望むままにしていいんだよ
それから、わしは天下なんていらないんだ
落ち着いたら、忠興に全部任せるつもりでいるからね
とにかく、すぐお味方お願いします、待ってます」
光秀より

週間、拍手ランキング☆

2009年01月29日 00:18

01/21~28までの、拍手ランキングです。




山科言継の略歴・いい話

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於梶の方の機転・いい話

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前田利家、晩年の槍の又左・いい話
大内義隆、周易に凝る・悪い話




今週のトップは山科言継の略歴・いい話
おそらく公家の中では初のトップではないでしょうか!(笑)
戦国の公家にも意外な人気があるようですね。実は管理人も、戦国の公家に興味があったりします。
コレが非常に欲しかったり。案の定発売延びたけどw

今週のランキングの中では佐竹義宣と秋田・いい話なんて好きな話ですね。
鎌倉以来の名門である佐竹家が秋田に転封となり、そこに見事に定着した事が
非常に良く分かる逸話ですね。こういう歴史を持つ地域って、とても幸福だと思います。


どうぞ、このブログの中で気に入った逸話を発見されましたら、そこの拍手ボタンを
押してやってください。( ´ω` )

前田慶次郎と織田家の妙法の旗・いい話

2009年01月29日 00:17

900 名前:人間七七四年[] 投稿日:2009/01/27(火) 23:43:53 ID:zbE9+j+v
日蓮宗でてきたので前田慶次郎と織田家の妙法の旗のお話。

信長は無信仰者だったが、織田家は日蓮宗の信仰の篤い家だった。
織田家では先祖が「南無妙法蓮華経」と書いた旗を作くり軍旗とした。

信長が一向宗の本山である大阪石山城を攻めた際に、
この旗を押し立てて陣を張っていたが、ある日奇襲をうけ旗を奪われてしまった。

これを見ていたのが、当時浪人していた前田慶次郎。
戦見物をしていたものの、血が騒いだのか、旗が奪われたのを見るや奮戦し見事奪い返した。
普通ならこれを功とするのだろうが、慶次郎はなぜか旗を織田家の武将に渡しどこかに行ってしまった。

漫画の主人公っぽい前田慶次郎の良い話。



901 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/01/28(水) 00:03:02 ID:nkJaaqi/
先輩すげぇ

ザビエル、寺で冗談を真に受ける

2009年01月29日 00:16

902 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/01/28(水) 00:22:54 ID:4HW1TxQL
まるっきり信用しないってのもどうかと思うけどキリスト教的視点で見られる事が多いよね

ザビエルが日本に渡来して島津領に居たときは忍室って坊さんの厄介になってた
ある日ザビエルがふと堂内を歩いていると座禅を組む若い僧達が修行に励んでいる
親しい間柄になっていた忍室がちょうどそばに居たので
( ・∀・)「彼らは何をしているのですか?」
と質問した。すると忍室は
( ´∀`)「あいつは寺にどれだけ寄付がなされたか考え、あいつは出世を考え
     あいつはあまりに退屈だからどうやって暇つぶしをするのか考えている。
     要するにあいつら全員碌な事考えてないよ 。」
( ゚д゚ )「」

忍室にしてみればちょっとした冗談のつもり、
もしくは過去の逸話を引用して本当に禅と言うものを示したのかもしれないが
ザビエルには意図がまったくわからず坊主というものは
必死の行為をあざ笑う低俗な輩という印象が植え付けられたとか

異文化を理解するというものは難しく誤解を生むという悪い話




903 名前:人間七七四年[] 投稿日:2009/01/28(水) 01:17:28 ID:pvhpUaWj
           ∩___∩
            /  ノ   \  ヽ
            | ●    ● |   なにマジになってんの?
          彡   (_●_)    ミ
           /、   |∪|    ,\   この鮭の切り身やるから帰れよ
          /.|     ヽノ    | ヽ
       ,,/-―ー-、, --、   .|_,|
    r-、,'''";;:;;:;::;;;;:;;::;:;:;;::;:;`'- /_,l,,__ )
   |,,ノ;;:;r'" ̄ ゙̄^"`Y'-、;;;::;:;::;:;:;:;::;:|
    .ヽ,′       ;   `"";;;;;⌒゙')
     ´`゙'''''''''''‐-‐'"`‐-‐'"゛  `゙´
              |  .∥ /
            ("___|_`つ

904 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/01/28(水) 01:21:22 ID:glXRoUgG
>>903
鮭ウマー!

905 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/01/28(水) 01:36:51 ID:b/9H4QuK
>>903肥前の熊様乙
>>904出羽の鮭様乙

909 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/01/28(水) 09:32:07 ID:0gFDBy0Y
>902身も蓋もない坊さん...('A`)

「若い僧はまだ煩悩を捨てられず、未熟だから修行に励んでいるのですよ」という婉曲な表現だったのか…

実は後に還俗して武士として名を残したヤツがいたりしねえッスか? <碌なこと考えてなかった小坊主の中に

923 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/01/28(水) 17:50:43 ID:/o4FV7x7
>>909

禅の語録を読んでるとそういう言い回しはよく見るよ。

日本人の俺にも大概わけがわからんのに、
外国人には余計わからんわな。

馬場信春、合戦を語る・いい話

2009年01月29日 00:15

906 名前:人間七七四年[] 投稿日:2009/01/28(水) 03:47:16 ID:MihyWage
馬場信春、合戦を語る

馬場 美濃守 信春。
十八歳で初陣を果たし、数々の合戦で活躍、62歳の時長篠の合戦で討ち死にするまで、
その身に薄手の傷すら負わなかったという、戦国最強を謳われた甲斐武田軍団を象徴する
武将である。

ある時、小山田弥三郎という者が、信春にこう聞いてきた

「あなたは若年より何度も合戦で手柄を立て、弓矢の冥加もきわまるような活躍を
していますね。
特にその戦いの中でかすり傷一つ負わなかったと言うのは、軍神、摩利支天のご加護でしょうか?
そのような手立てがもし、学べるものであれば、是非教えていただけないでしょうか?」

それに対して信春は

「怪我をしないようにする方法…って言っても、教えるような事はないなあ。
戦場は千変万化し、臨機応変が求められるだろ?それで戦って物は、最初の取り決めとは
違ってくる部分が出てくるわけだ。そうなったら取り決めにこだわらず、手筈の違う部分は無理に
修正しようとせず、その流れの中で勝利するよう奮戦する、これが肝要だな。

最初の取り決めのままに戦しようとすれば必ず、その違いに当惑してうろたえ、かえって傷が広がり
大敗北する事にもなり、酷い首尾に終わるものさ。
戦の間中、小賢しく目を見開いて全体の流れを把握するのが重要だな。
良くいくさする者は戦わない、良く戦う者は死なない、って言うだろ?

臆病心が起こると尻込みをし、視野狭窄に陥って間違いを起こす、そう俺は見ている。
まあ、こんな事言うと、『勇猛な奴でも怪我する事あるだろ』なんて言われちゃうな。
俺はそう言う人たちに勝っているわけじゃない。こんな事言うのもおこがましいんだぜ?
まあ、ただ運が良かったんだよ。


昔、小幡虎盛殿と話をした時、こう言われた事がある。
『競り合いの時は敵よりもまず、味方のほうをしっかり見ろ。その上で命を捨てるつもりで
かかっていけば、犬死にする事はない。見殺しになる事はないと信じられれば、手柄も
立てられるものさ。』
俺はこの言葉を一生懸命覚えたなあ。今でもこれは真実だと思ってる。


戦ってものにもな、”色”があるんだ。
例えば、味方が敵国奥深くに入ったときは、無理に手柄を立てようなんて考えるな。
敵の動性を知る事を心がけろ。そうすれば陣を引く時に、しんがりを担当できるし、
それが手柄になる。
逆に敵が国境を侵して領内深くに攻め入ってきた時には、敵の兜の吹き返しか、
敵の指物のゆるぎ様をよーく観察しろ。そこに敵の勢いが見えてくる。
そうして、敵の勢いが盛んな時は手を出さず、勢いが衰えたと見たら、すぐさま打ちかかれ。

でもまあ、これはあくまで一騎がけのときの話だぞ。大軍を任されたときは別の話だ。
え?大軍を任されたときはどうするか、だって?
そりゃ当然、『戦わずして敵に勝つにはどうするか』を、一生懸命考えるのさ。」




907 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/01/28(水) 09:15:35 ID:WVgclX9Y
馬場さん「不死身の馬場美濃」「不死身の鬼美濃」
原虎胤さん「鬼美濃」

初心者にはこんがらがるんですが…

908 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/01/28(水) 09:24:39 ID:opnvpq8i
鬼といえば鬼玄蕃

910 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/01/28(水) 09:38:49 ID:0gFDBy0Y
>>906
対決!剣豪・塚原卜伝VS鬼の馬場美濃


「どうやって相手を川の中洲に置き去りにできるか考えています」

「そりゃ、戦わずして勝てるのがいっちゃんイイよな!」

~二人は意気投合しますた~

920 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/01/28(水) 17:10:19 ID:oE7+V2nJ
>>906
長いけど真剣に読んじゃったわ。
当然のことばかりのようで、妙な説得力があるな。

921 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/01/28(水) 17:12:46 ID:ANw/nlpy
>>906
小山田弥三郎って小山田信茂の兄ちゃんだな。

939 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/01/28(水) 19:48:10 ID:5Xj7SCh8
>>907
虎胤さんが最初の「鬼美濃」。
虎胤さん死後に信玄が「鬼美濃の武名にあやかれ」と言って、馬場に美濃守を名乗らせた。


940 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/01/28(水) 20:30:28 ID:SB0kzU+z
俺、息子が生まれたら鬼武蔵って名前にするんだ

941 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/01/28(水) 20:37:37 ID:I4jJwALA
生まれる前に死ぬのか生まれてから死ぬのか