三好実休、戦国ピタゴラスイッチ・いい話?

2009年03月31日 00:06

317 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/03/30(月) 16:04:33 ID:A3kgTjOg
三好長慶の弟、三好実休。

彼は和泉久米田の戦いで戦死した。が、そこは名将実休、この戦いの前、自分達が敗北した場合
敵兵が押し寄せてくるのを知らせる手を打っておいたのだ。

実休、自分の元に出入りしていた染物屋を、あらかじめ屋根の上に上げておいた。
この染物屋、実休軍が敵の勢いにかなわないのを見ると、絶望のあまり屋根の上で切腹してしまった。
すると染物屋の体が屋根から転げ落ちてきたので、それを見た下の者たちは実休の軍の敗北を知り、
撤退を開始したのだとか。

戦国の世には、こんなピタゴラスイッチが存在したのだ。




318 名前:人間七七四年[] 投稿日:2009/03/30(月) 18:19:15 ID:GM96QvhS
>>317
いい話? あ、準備のいい話か。

319 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/03/30(月) 18:57:10 ID:YyoT+UA8
負けを知らせるために、わざわざ関係ない人を切腹させたのか。
それとも、戦に直接関係ないのにこれだけ義理堅い者がいるよという話なの?
物見1人で十分だと思うが。

324 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/03/31(火) 01:32:02 ID:7WqgOoQD
>>319
変わり者かもしれんが、染め物屋の忠義な話だろう
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小栗又一vs大久保彦左衛門・悪い話

2009年03月31日 00:06

296 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/03/30(月) 01:14:48 ID:bHU9zXn9
終にキタ。小栗又一vs大久保彦左衛門

小栗又一と大久保彦左衛門の間に、人返し(逃亡した領民の返還)の事に付いて、
紛争が起こった事があった。

彦左衛門、「こんな事は使いを通して話し合いしても埒が明かぬ!小栗又一が
どれほどの武辺者だと言っても、あいつがかち割れない頭を持っている訳ではないだろう!」

と、殺る気満々で直接小栗に会いに行き、周りがドン引きするほど強硬で一方的な抗議をした。
これには流石の小栗又一も呆れ返り

「あんな理不尽な人間には合った事がない。」

と言ったそうだ。


さあ皆さんご一緒に。せーの、

 「 お 前 が ry 」




297 名前:人間七七四年[] 投稿日:2009/03/30(月) 01:24:36 ID:vMSzUZm8
>>295
どっちの領民にもなりたくないw

徳川秀忠の(かなり)悪い話

2009年03月31日 00:05

298 名前:人間七七四年[] 投稿日:2009/03/30(月) 01:48:17 ID:RoNR9puX
向こうで秀忠の話が出てたので、秀忠の(かなり)悪い話を。
忠興パパが(いつものように)忠利君にお手紙書いた。

「京で禁中のことを聞いたが、主上(後水尾天皇)や公家さん達も相当お困りみたいだな。
主上がお困りなのは、公家さん達の官位や、金銀などの財産が自由に出来ないことだそうだ。
更には(米や金銀の使い道がないから)人に利子をつけて貸し付けたりしているらしい
 (中略)
それからこれは裏事情だが、主上の側室方にお子がどれほど生まれても、
押し殺される、あるいは流産させられているということがある。
主上は酷くご無念に思われて、
「どれだけ子供が生まれても、秀忠の孫以外は帝の位にはつけないというのに
あまりに惨いことだ」と深くお嘆きになったそうだ。
これ以外にもまだあるのだが、口にするのを避けておられる・・・」

その後、主上は心痛のあまりか譲位なさったという陰惨な話。
秀忠、何やったんだ。




299 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/03/30(月) 02:29:19 ID:EBgu/PYQ
秀忠怖ええ!

でも秀忠パパが厄介なモンを根こそぎ葬ったお陰で家光以降の幕府黄金期があるんだよな…

300 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/03/30(月) 09:56:27 ID:Ey/6Um3V
>>298
そこで裏柳生ですよ

301 名前:人間七七四年[] 投稿日:2009/03/30(月) 11:05:16 ID:mDep4GZ6
柳生一族の陰謀

302 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/03/30(月) 12:08:30 ID:MmV9G53y
>>301
みだらな棒と書くのですね。

303 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/03/30(月) 12:13:20 ID:Ow2nInOc
wikiでは、後水尾天皇、随分とお盛んな主上だったらしいが。
上皇になって、延々院政引いたんでしょ。

何十人もいたら、お手当大変だったから口減らしでは。

304 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/03/30(月) 12:14:44 ID:iQLB173S
秀忠「おのれ、この俺が浮気もロクに出来ずに監視されて居るというのに…憎い!あの主上が憎い!!」

305 名前:人間七七四年[] 投稿日:2009/03/30(月) 12:32:30 ID:+blJwTYw
>>304
ワロタw

306 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/03/30(月) 12:55:50 ID:xAItUOLO
>>304
心の底から納得

307 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/03/30(月) 12:57:19 ID:cc0VCz2g
wiki見たが何人こさえてんだよw
これ以上まだ産ませてたのか。

しかし子供を実際殺していたのは事実らしいな。
和子入内前に子供が出来ていたお与津は宮中追放されるは
以後和子の子である明正天皇に後水尾天皇が譲位するまで
和子以外の女性に子供はおらず
譲位後からまた他の女達にパコパコ産ませている。

313 名前:人間七七四年[] 投稿日:2009/03/30(月) 19:32:30 ID:vMSzUZm8
>>304
妙に納得できる理由だなぁw

>>307
後水尾上皇は天皇家の徳川家斉というべき御仁
ただし、天皇家は財政援助してもらえたのに対して、将軍家は…w

森蘭丸、「モズ」?・悪い話

2009年03月31日 00:04

森蘭丸   
309 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/03/30(月) 16:17:15 ID:RloTKpAz
鬼武蔵は森蘭丸のことを「あいつはヘビでもカエルでも何でも食うから」という理由で「モズ」と呼んでいた
というのが昔読んだ本宮ひろしの「夢幻の如く」であったんだが、
作者のオリジナルにしては変な設定で、以降出なかった話だから
気になったのだが調べても出典がわからん…
果たして何らかの根拠がある話なのでしょうか

もしあるのなら蘭丸の(食い意地が)悪い話、という事で



310 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/03/30(月) 17:24:02 ID:FBTJNNTJ
蛇神を食べたのは何処のどいt・・・・グギャッ

311 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/03/30(月) 18:20:44 ID:ZTj98ARR
どう考えても食ってたのは兄のほうです。

312 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/03/30(月) 19:15:58 ID:sR2fP006
さては食べ残しをそこらへんに突き刺しておく癖でもあったか。

331 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/03/31(火) 13:26:42 ID:7WqgOoQD
>>309おちりに逸物を刺すから、では……汗アセ

336 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/03/31(火) 15:17:37 ID:0JmGKkBc
>>309
まとめにこんな回答がっ

人間七七四年
百枚舌っていう意味でかもー
2009/03/31 Tue 00:23 URL [ Edit ]

337 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/03/31(火) 15:20:07 ID:ZQNc0x+O
百枚の舌を持つ側近
神を食らう猛将
桃DQN

権力の中枢に置くにはなんという危険な一族だろうか

338 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/03/31(火) 17:25:17 ID:yQvQVYmo
でも室町幕府初期はこの手の危険人物が普通に権力中枢にいるから困る。

339 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/03/31(火) 18:56:20 ID:vYIgXPpS
同時に超優秀な武将だったり政治家だったり風流人だったりするからな>室町初期DQN三人衆

342 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/03/31(火) 19:36:32 ID:IaO81+FE
天子に矢ぶっ放すからな。室町DQNは

小平太は見た・悪い話

2009年03月31日 00:03

314 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/03/30(月) 22:32:59 ID:1kBkVmQw
小平太は見た

徳川家康と穴山梅雪が織田信長に、甲州平定のお礼として上京した折りの事。
もてなしを受ける家康は榊原康政を、信長へのご機嫌伺いに出した。

康政、邸内を移動しているとなにやら物騒な音。何事かと見れば、信長が頭をつかんで
ぶん殴っていた、接待役の光秀を。

どうやら信長、光秀の家老、斉藤利三を稲葉家に返せと言う命令を、光秀が聞かなかった事に
酷く腹を立てている模様。
しかし、その余りの振る舞いに光秀、涙を流して言う

「私をお取立てしていただいた、そのご恩は莫大でございますれば、どのような事をされても
逆心は抱きませぬ。しかし、これはあまりの事でございます。」

打ちひしがれた光秀に、近習の森蘭丸、この時十八歳は、いう

「日向守様?あなたは上様と君臣の間柄が非常に深く、上様もあなたには心安いから、
このような打擲もおやりになるのです。

ああ、何と羨ましいご奉公ぶりでしょう。」

こんな昼ドラも真っ青の修羅場を見てしまった小平太さん。本能寺まで、17日余り前の出来事であった。




315 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/03/30(月) 22:35:47 ID:V4tUgARL
森蘭○「俺はノンケだってかまわないで食っちまう人間なんだぜ」

316 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/03/30(月) 22:46:24 ID:OCdygckN
春日弾○「俺はノンケだってかまわないで食っちまう人間なんだぜ」

317 名前:人間七七四年[] 投稿日:2009/03/30(月) 22:51:25 ID:mDep4GZ6
アッー!

318 名前:人間七七四年[] 投稿日:2009/03/30(月) 22:57:34 ID:vMSzUZm8
直江兼○「俺も烏賊同文」

319 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/03/30(月) 22:58:38 ID:2OENoOOe
小平太って見て真っ先に服部さんかと思った
何か見ちゃいけないもの見て連座したのかとw

320 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/03/30(月) 23:27:22 ID:xCa3NKCN
なんて史料に記載されているのか、できれば教えてください

321 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/03/30(月) 23:39:56 ID:ZcT+2Ad+
ウホッ…いいキンカン頭…

322 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/03/31(火) 00:11:12 ID:22uZcYXF
>>320
314の元ネタは、「武功雑記」と言う本です。

田辺甚兵衛の初陣・いい話

2009年03月30日 00:07

274 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/03/28(土) 23:11:52 ID:gldBVRyV
関ヶ原の時の話である。

田中吉政の陣中に、田辺甚兵衛と言う者がいた。この時10歳。そう、子供である。
彼は父が早くに死んだため、田辺の惣領として、この幼さで合戦に出たのだ。
そして何と、田辺家の家来達と共に敵の首を獲り、褒美をいただいた。

後に黒田長政が田中吉政と四方山の話をしていた折、吉政からこの話が出て、
lこれにいたく感動した長政は、吉政に頼んで甚兵衛とその家来を呼び出してもらい、甚兵衛には
自ら杯を与え、また、家来たちにその時の状況を詳しく語らせた。

家来達が言うには、自分達が騎馬の敵を、馬より抱き落とした所を、甚兵衛が刀を抜いて
かかったのだと言う。
その時甚兵衛、わなわなと震えていたが、家来達がその姿を辱めたので、震えながらも
立ち寄りて、首を獲ったのだそうだ。

長政はこの話に、さらに大きく感じ入って、
「この子はますます勇士の兆しのある少年だ。震えずにかかるような者は、頭が空っぽなのだと
言っていい。また、辱められてかかるのは、義と言うものを知っているからだよ。」と、
そのように絶賛したそうである。

それにしてもこの時代、武士の家に生まれるとは、これほどまでに過酷で大変なのだ。そんなお話。




275 名前:人間七七四年[] 投稿日:2009/03/29(日) 00:33:03 ID:yCFGe5t1
>>274℡元「まったくもって。親族一同にどれだけ厳しく(ry」

276 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/03/29(日) 00:36:36 ID:1xXkyLcN
如水軒「震えずにかかるような者は、
    頭が空っぽなのだと言っていい。全くよのう長政」

280 名前:人間七七四年[] 投稿日:2009/03/29(日) 02:31:50 ID:pMYvY1AM
10才の初陣が関ヶ原って凄まじいな・・・

281 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/03/29(日) 03:26:43 ID:8fmZzRBz
>>280
で、いきなり首ちょんぱだもんなあ。
凄えわ。

282 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/03/29(日) 04:32:50 ID:+WIa1psr
鬼武蔵に次ぐ逸材だな

283 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/03/29(日) 08:09:19 ID:H7vKacCA
>>280
秀忠21歳「…」

284 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/03/29(日) 10:48:40 ID:X2mgIeGo
浅野長政「初陣は26歳はオールドルーキーですが何か?」

285 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/03/29(日) 11:11:45 ID:2tISk9Dl
>>283
あなた真田チート一族とバカップル走りしてたから、ちょいと武勲には足りないよね

「おのれー安房守め~!」
「ウフフ、捕まえてごらん?」


286 名前:人間七七四年[] 投稿日:2009/03/29(日) 12:22:03 ID:huzbjcmo
鬼武蔵にはかなわない
鬼武蔵にはかなわない

287 名前:人間七七四年[] 投稿日:2009/03/29(日) 12:55:08 ID:T4ChhoLG
なんか最近は新納さんが大人気だな。

288 名前:人間七七四年[] 投稿日:2009/03/29(日) 13:51:10 ID:kg5Ou1DT
ロバート・デ・新納ってくらいだからな

291 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/03/29(日) 13:59:08 ID:kR++HK9F
南国の四兄弟
義久「初陣は22歳です」
義弘「初陣は20歳です」
歳久「初陣は18歳です」
家久「初陣は15歳です」

ちなみに、上の3人は二歳づつ歳が離れてるので
同じ合戦で一緒に初陣を果たしたそうな。

292 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/03/29(日) 14:29:50 ID:BBH496WM
>>291
へぇ、そうなんだ

秀忠に仕えるには・いい話?

2009年03月30日 00:05

293 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/03/29(日) 21:11:52 ID:hV3sgwva
「小姓になった成瀬正武です。お仕えするにあたり、何に注意すれば良いでしょう?」
秀忠「マジメにやってくれればいいよ。」
正武「ははーっ!」 (よかった、優しそうな人だ!)
サドの神(勘違いするバカがまた一人・・・)


秀忠が13歳の時、学者を呼んで近習たちと講義を聴いていたが、なぜか殿中に
暴れ牛がなだれ込んできた。
衝立や障子が次々に倒され、大変な騒ぎとなり、近習たちも逃げ出した。
騒ぎが静まり、近習たちが広間に戻ると、秀忠が平然とした顔で、講義を聴いていた。
講義が終わると、立ち上がって近習たちをにらみつけ、自室へ去った。

江戸城で祝宴があった夜、泥酔して馬繋ぎの杭に斬りつけた侍がいた。
翌日、秀忠の決済により侍は罪状を公表された上で切腹となった。
「城中で刀を抜いたことを、罪とするのではない。
武士たる者が人と杭の区別もつかぬほど前後不覚になった事を、罪とするものである。」

池田光政が始めて秀忠と会見した時のこと。将軍は、初対面の少年に親しく声をかけた。
「うん、とりあえず座って座って!お国は雪国と聞くが、道中大丈夫だったかな?
まずは、用意があるゆえ、飯でも食って行きなされ。」
出されたのは一膳だけ、それもカブの汁に煮物、干し魚に大根おろしと膾だけだった。
のちに光政が倹約について語るとき、よくこの話を聞かせたという。

若侍A「こないだ神様がいるっていう池で鰻を取ったんだ。みんな『タタリがある』って
    怖がるんで俺だけ食ったけど、タタリどころか下半身がモリモリっスよ!」
若侍B「ハハッワロスw」

ガラッ 
「話は聞かせてもらった!」 翌日、若侍は磔にされた。

秀忠「民の手本たる侍が神を恐れぬようでは、『神に懸けて』誓う意味が無くなるわ!」




294 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/03/29(日) 21:23:25 ID:9NtLc5Q6
うへえ、これはやりにくい・・・

295 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/03/29(日) 21:36:50 ID:70UAn1eY
いちいち正論だから何もいえないしな。
秀忠は好きだけど、上司には持ちたくないぜ。

296 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/03/29(日) 23:52:12 ID:753EVpmV
>>293
>出されたのは一膳だけ、それもカブの汁に煮物、干し魚に大根おろしと膾だけ

俺の夕飯よりちゃんとした飯だとか思った俺は

297 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/03/29(日) 23:59:29 ID:REnuqVi7
>>296
足るを知る現代の侍か貧乏人のいずれかだろう

299 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/03/30(月) 00:42:02 ID:Ey/6Um3V
>>295
なまじっか頭いい人間は他人にも能力要求するしな…

300 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/03/30(月) 02:07:55 ID:EBgu/PYQ
>>293
しかし殿中に暴れ牛ってどういう状態だよ…

301 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/03/30(月) 02:24:47 ID:cVjViaCz
>>296
下手な一人暮らしの食卓よりかはずっとバラエティ豊かでしっかりしてるよな。
決して豪華ってわけじゃないが、一般家庭なら十分なもてなしだ。

302 名前:人間七七四年[] 投稿日:2009/03/30(月) 03:29:12 ID:RBeNNV9L
>>293
暴れ牛が来ても近習が逃げても、講義を続けた学者に拍手!

303 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/03/30(月) 03:35:28 ID:bNztWYmI
>>302
言われてみればそうだなw

304 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/03/30(月) 04:09:08 ID:BCLyVQrM
矜持をもって勤めればいいだけなんだからキチガイだらけの他所の殿様よりやりやすいと思うがな

305 名前:人間七七四年[] 投稿日:2009/03/30(月) 06:48:26 ID:ImIh41zb
ご飯にタデつけただけで、贅沢だって怒る人もいる時代だし、贅沢なメニューなんだろうけど、
将軍が出すにしては粗末ってことなんじゃない

306 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/03/30(月) 07:40:21 ID:vSIFTaK3
家光は家康を尊敬というか崇拝していたというけど、
秀忠のほうが家康をきっちりトレースしてるよな。
質実剛健を地で行っていて好感が持てる。

307 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/03/30(月) 10:38:38 ID:1LYZ3adL
スターリンの孫もスターリンを崇拝してるらしいけど
どこの世界でも孫は祖父を崇拝する傾向にあるんだろうか?

308 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/03/30(月) 11:00:43 ID:n1mGxI0F
>>307
それは、自分の子供を育てるなかで失敗したことを孫には繰り返さなくなるからじゃないか?
だから孫に対する態度に余裕も出るから、孫からも自然と好かれるみたいな

309 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/03/30(月) 11:02:22 ID:sjiwWzdv
武田信玄の家族割って有名武将何人いるんだろ

310 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/03/30(月) 11:23:33 ID:Np34m3AD
>>309
ケータイ代かと思った
鬼日向に斬られてくる

311 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/03/30(月) 12:14:40 ID:Ow2nInOc
信長だったら、一緒に釣りに行ったかも。

312 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/03/30(月) 12:58:36 ID:y3f406HS
親(石舟斎)の二の舞にはなるまいと政治に進んだ宗矩と
爺さんのようになろうと剣一筋に進んだ兵庫助もそうだな。
家の復興のために直接頑張ったかどうかで分かれた感じか。

313 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/03/30(月) 13:05:46 ID:YZ6uLYw2
>>309
ヤンマガ見た後だと余計ケータイ代に…w

314 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/03/30(月) 13:17:41 ID:F0JAohfO
>>307
単純なところ、生存中は色々な意味で困った人であっても、
半世紀も経って孫の代にもなれば、悪いところは歴史となって風化し、
なんとなくいい部分が注目されるようになるってだけだと思われ。

315 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/03/30(月) 15:14:13 ID:Ey/6Um3V
失敗には寛容だけど「絶対」ハメを外せない主君

失敗は三振で(命が)アウトだけどハメ外してもノリによっちゃOKな主君


キミならどっち?

316 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/03/30(月) 15:48:51 ID:sjiwWzdv
この時代家族割り凄いのかなってセンゴクみたら思った

幻の軍師、神子田正治・悪い話

2009年03月30日 00:03

273 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/03/29(日) 04:12:16 ID:UqcX7RMr
幻の軍師

神子田正治という人物がいる。秀吉に請われてその配下となり、あの竹中半兵衛がその才能を見込み、
自分の後継者として秀吉に推薦したと言うほどの男である。
そう、半兵衛亡き後の秀吉の「軍師」とは、黒田勘兵衛ではなく、本来この
神子田半左衛門正治であったのだ。

だが、小牧長久手の合戦の折、尾張二重堀城の守備をまかされたが、織田信雄軍の襲来に
これを放棄、秀吉を怒らせた。
さらに正治が撤退戦の折、敵の首を一つ取っていた事も、秀吉の怒りを倍増させた。
「誰がお前に、そんな匹夫の功を立てろと言ったのか!」

この時正治は、秀吉に臆することなく申し開きをした。竹中半兵衛に認められたほどの知性であり、
おそらくは理路整然とした申し開きだったのであろう。しかし秀吉はこれを認めず、口論となり、
正治は所領を没収され、高野山に追放された。しかもそれだけでは秀吉の怒りは収まらず、
天正十三年(1585)には、その高野山すら追放され、諸国を放浪する事になった。

天正十五年(1587)、正治は九州征伐のため豊後におもむいた秀吉の下に、
帰参を申し出に現れたが、秀吉は許すことなく、彼に切腹を申し付けた。

切腹の時正治は、「私がこのようになる上は、秀吉にはもう、心に引っかかる事はあるまいよ。」
と、言ったそうだ。

秀吉はこの正治の首を、京の一条戻橋に晒した。『この者天下の大臆病者なり』との札を立てて。


神子田正治は秀吉草々の頃からの配下であり、おそらくは最も優秀な家臣の一人であっただろう。
それを秀吉は、何故ここまで憎んだのか?

そんな、幻の軍師のお話。




274 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/03/29(日) 05:15:22 ID:EfFBvyzQ
臆病者ってのがわからないし何かあったんだろうね

275 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/03/29(日) 08:35:04 ID:5GuNLQ/C
神子神子田正治! 神子神子田正治!
生麦 生米 神子神子田正治!!

神子神子田正治! 神子神子田正治!
蛙ピョコピョコ 神子神子田正治!!

神子神子田正治! 神子神子田正治!
セクシャルバイオレット 神子神子田正治!!

276 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/03/29(日) 09:25:16 ID:70UAn1eY
この手にタイプにありがちなのは、
己の才気を鼻にかけて、傲慢になるパターンだよな。

277 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/03/29(日) 12:22:31 ID:SlhsV2Pa
まぁ厳罰主義者だったんだろうね。
同じ家臣時代からの四大重臣の一人尾藤さんも勝ち戦で改易で帰参を懇願して処刑だし

278 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/03/29(日) 14:44:31 ID:YCtA8wVP
半兵衛…策が成功すれば満足、武名が知られればラッキー

官兵衛…足萎えに大領あげたら天下取っちゃうんであげません

神子田…「こいつはくせぇー!!姦雄以下のニオイがプンプンするぜー!!」

とか

279 名前:人間七七四年[] 投稿日:2009/03/29(日) 14:57:32 ID:vrqnWvsX
>>276
曹操と楊修の関係みたいだな。

280 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/03/29(日) 16:16:07 ID:/jNiXJMz
単に兵に人気がなかったんだとおも>神子田
晩年はともかくとして、秀吉さんは兵とか民衆とかの人気をすげー気にする人だから。

282 名前:人間七七四年[] 投稿日:2009/03/29(日) 17:22:05 ID:ToBVpv96
>>273
口先だけのセコイ奴に思えたんじゃないの?

289 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/03/29(日) 20:47:32 ID:JP2YucsG
>>280
鈴なりのゴンベは大失態やらかしたのに助けてるもんな

290 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/03/29(日) 21:07:52 ID:b7MOuWon
>>273
小牧長久手の時ならラスボス化する前だからなんらかの理由がありそうだね

291 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/03/29(日) 21:27:58 ID:FgasRb11
尾藤知宣も小牧・長久手でミスをしているから、ラスボス化は既にこの頃から始まっている
つまり、ラスボス化の原因は家康にあり!

292 名前:人間七七四年[] 投稿日:2009/03/29(日) 21:47:46 ID:viJ9vOs3
ゴンちゃんの失敗は小牧長久手の後だよ

まぁ、ゴンちゃんは復帰のときに大活躍してるのが違うところか


293 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/03/29(日) 22:04:54 ID:gUlrx5kH
帰参しようとするのが死亡フラグなのだな

294 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/03/29(日) 22:07:08 ID:FgasRb11
>>292
彼の場合、家康を頼ったのが良かった

295 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/03/29(日) 22:37:02 ID:X2mgIeGo
>>293
稲富「オレは生き残りました!」

上杉謙信の下から脱出!・悪い話

2009年03月30日 00:03

281 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/03/29(日) 17:00:05 ID:aH77NoXq
上杉謙信の所にいたとある人質の者が、家来一人を密かに城外に出す企みをした。

この時、この者の別の家来二人が口論を装い、そして刺し違えて死んだ。
そして検使を乞うて死骸二つを見せ、「今夜、番所から出します」と決めた。

その上で死体の一つを密かに埋めて隠し、外に出す家来を死体のように包んで、
本物の死体と共に、その夜、番所から出した。

だが、この時番兵が、「今日の一件の事は見聞きしておりますので、疑う事はありませんが、
作法ですので、今一度死体を確認させてください。」と言う。

死体を出す者達は一瞬戸惑ったものの、遺品などを色々見せ、番兵を納得させた。
そうしていよいよ城外に出す事となった。

この時、番兵が一言、
「ではこれも城から出す前の作法ですので、死体を槍で上から二回づつ突きます。」


この後どうなったかは、記録に無い。




末森城攻防戦、後日談・悪い話

2009年03月30日 00:02

283 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/03/29(日) 17:36:34 ID:c616FHnA
前田家家臣奥村永福が末森城で妻共々奮戦した話は有名
が、実際の戦はこれで終わっていないのである

佐々成政軍は突出と後退を織り交ぜ前田軍に追撃の隙を与えなかった
前田軍は追撃に度々失敗し結局は佐々軍本隊を逃す大失態を演じている
逆に久世但馬守率いる一隊がかつての一向一揆の激戦地、鳥越城を奪取し前田軍の侵攻を阻んだのである
佐々成政は秀吉軍本隊接近であっさりと降伏したと思われがちだが実際は前田利家と泥沼の消耗戦を繰り広げていた
事実この鳥越城、数倍の前田軍相手に秀吉の富山仕置まで一年近く保ちこたえた
佐々成政降伏後、久世但馬守も開城して牢人となったが越前に入封した結城秀康の家臣となった
秀康死後に越前騒動(久世騒動)に名が残る事からも久世但馬守は有能であったようだ

前田家の文書では末森城以後富山仕置までの話はスルーされている
もちろん主な小説や大河ですらスルーされた
大藩加賀藩の藩祖が小勢に手こずった事実を隠すかの様に

勝者の歴史、その陰の話




284 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/03/29(日) 18:21:20 ID:Rkh/mFwB
佐々軍はさっさと進軍したんだな。

285 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/03/29(日) 18:26:31 ID:Su2M0lKK
前田に追撃されてりゃ当たり前だ

286 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/03/29(日) 18:34:56 ID:YCtA8wVP
2発続けてコメントしにくいレス書くなよw

287 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/03/29(日) 18:56:39 ID:kg5Ou1DT
川相さん帰りますよ(AAry

288 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/03/29(日) 19:35:01 ID:hV3sgwva
>>287
井端乙

秀康たん、義弟を庇ってみないでもなく・いい話?

2009年03月29日 00:07

267 名前:人間七七四年[] 投稿日:2009/03/28(土) 01:22:38 ID:wB9Fsvzx
秀頼話がでたので、だしておこう

秀康たん、義弟を庇ってみないでもなく

結城秀康は関ヶ原後に越前に加増されたが、内心は苦々しく思っていた
愚弟は危うく家を滅ぼしかける失態をしたが、徳川家後継者となれた。
が、自分は本家後継者となれなかったばかりか、加越能の前田対策で越前に追いやられたからだ

ある時、家康公にぶちまけてみる
秀康「パパー、どーして僕じゃなく徳川を愚弟(秀忠)へ譲っちゃったの?」
家康公「それはね、秀ちゃんを太閤殿下の養子にしちゃったから、徳川を譲ることはできないんだよ」
秀康「じゃー、なんで僕を養子にしたんだよー!僕だってパパの子だじょー!」
家康公「太閤殿下が秀ちゃんを欲しいといったからだよ」
秀康「太閤殿下の望みで出したということは秀頼たんとは兄弟ってこと?」
家康公「うん。そうだね。秀頼とは兄弟だよ」

と、いうようなことがあったらしい

で、越前に戻った秀康は
「私は秀頼と兄弟なので、秀頼に危害を加えよういう者があれば上坂し、秀頼と共に戦って死んでやる」
と放言しまくる。

ところが、1607年に秀康死去
死に臨んで
「私の命があるうちは秀頼を殺させるかと思っていたが…
私の命が終わるなら秀頼の滅亡も遠くはないだろう」
と言って亡くなってしまった。

越前松平には徳川本家からつけられた家臣が腐るほどいて、これらのことも家康公に知られていたと思われる。

そういう訳で、家康公は大坂の陣の時に越前家(松平忠直)を疑っていたが、
合戦では越前勢が真っ先に攻め込んだのを見て、疑いを解いたそうな。




268 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/03/28(土) 03:40:02 ID:k1deGArv
>>267
最近大河の葵 徳川三代の、秀康の死のシーンをみたばかりのなのでぐっときてしまった

270 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/03/28(土) 11:52:14 ID:ZyGK96QD
>>82この横田って戸石崩れで死んだあの横田備中の孫だよな?

273 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/03/28(土) 19:34:47 ID:DSunjfG4
>>267
そして忠直卿行状記

頑固な右近と秀吉・いい話

2009年03月29日 00:07

271 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/03/28(土) 13:51:44 ID:a3M7yU0B
頑固な右近と秀吉


秀吉の伴天連追放令後、相次いで棄教する大名、
黒田孝高、長政親子、蒲生氏郷、大友義統、小早川秀包らであった。
信仰を棄てずとも、表向きには露にしなくなった小西行長のように、
大名らは秀吉には絶対逆らえない状況の中、高山右近だけは頑固だった。
棄教はおろか、表立っての信仰も何ら変えるつもりも無い旨を公言する始末。
心配した使者の増田長森、小西行長、そして利休までが
「もっと大人になれよ、もう止めましたってポースだけで良いんだから。」
と口を酸っぱくして忠告するも、右近は頑として聞き入れない。
これまで信長の摂津攻め以来の仲であり武将、茶人、西洋通の彼を高く評価していた秀吉も、
一度公式発表した手前特別扱いは出来ないし、右近の頑な態度に腹もたった。
明石の封地は召し上げ、追放とした。

その後、極貧の時期紆余曲折あるも、加賀の前田利家に高山右近は仕える事となる。
最初は500石、最後には2万石の高禄となった。

前田家の家臣として参加した小田原攻めの際、右近は優秀な前線指揮官ぶりを発揮。
数は少なくとも右近の兵士は皆キリシタンであり、誰の目にも明らかなように
旗指物にはくっきりと十字架が描かれていた。
胸には十字架のペンダントを飾りながら、川越、松山、鉢形、八王子城攻めに参加。
皆、取り憑かれたような凄まじい奮戦ぶりであった。

その勇猛なキリスト教徒部隊の働きは、当然秀吉の目にも入った。

が、まこと見事じゃな、というだけで苦笑する大人の秀吉であった。

後に秀吉の朝鮮侵攻のために名護屋での滞陣の折、前田家の家老として参陣した右近。

機嫌良く茶席に招いた秀吉の眼前、右近は礼を尽くしつつも全く無言であったという。




272 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/03/28(土) 17:08:44 ID:Gyjyue58
まあどっちにしろ超潔癖症の右近さんじゃラスボスの部下は…

茶屋四郎次郎清延息子、長以の脇差の鞘・悪い話

2009年03月29日 00:06

246 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/03/27(金) 22:41:51 ID:uUHaXtgq
脇差で思い出した話

伊賀越えで活躍した茶屋四郎次郎清延には長以という息子が居ました

ある式日に登城し大廊下に出た時、老中酒井忠世が寄って来て言いました
「へぇ~なかなか良い脇差じゃん」
言われて長以大喜びなにせ式日だったから一番豪華な奴を持ってきたからだ
忠世はさらにつづけて言った
「道具といい、拵えといいスゲェ~良いじゃん。いかなる大名、旗本も持って無いんじゃね?」
「こんな良い物だし、ちょっと鞘だけでも良いから貸して?」
と言った。
長以は喜んで貸した。
しかし、直ぐに戻ってくると思った忠世は、なかなか戻らない。
長以は、焦りはじめた。というのも、式日の大廊下だから多くの大名、旗本達が通って行くからだ。
殿中で"抜き身"、一歩間違え無くても怪し過ぎる。
皆、いぶかしげな目で見て通り過ぎていくうえに、目付衆まで寄ってくる始末。
それでも戻らない忠世。

将軍出席しての儀式が始まって終わっても戻らない。

大名、旗本達が皆帰った後にやっと忠世の家臣が鞘を持って来た。
その頃には長以も慢心していた自分を戒めてくれたのだと気付いていた。


殿中での羞恥プレイ或いは新人潰しに見えるのはご愛嬌




247 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/03/27(金) 23:09:45 ID:Dl98P+lc
茶屋Jr「全部見られちゃうっ…くやしいっ…でも感じちゃう…」ビクッ ビクッ

毛利元就、明の使者朱良範に・悪い話

2009年03月29日 00:04

248 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/03/28(土) 00:01:59 ID:jlGP8A71
空気読まずに失礼を。

毛利元就がまだ元服したばかりのある日。元就は大内の命令で明の使者を接待することになった。
下関から陸路で京都へ上がる道筋、吉田を通る一行をもてなせとの、大内からの命令である。
毛利の当主は現在不在。
必然的に元就が供応役を仰せつかることになったのである。
そして元就が明の使者を接待している一行の中に朱良範と言う男が居た。
この男は元就の敬礼を見るや否や、いきなり席を立ち上がり別室へと消えてしまう。
そして戻ってきたかと思うと一通の文を元就に手渡したのだった。
朱良範は今すぐ手紙を読むよう、元就に催促する。
そして以下の内容が僧侶によって読み上げられた。

『元就の顔は中国の皇帝そっくりだね。
 目と声は秦の始皇帝。顔は漢の高祖帝。背格好は唐の太宗皇帝に激似だよ!
 つまり君は将来病気しないし長生きするし、十人くらいの子供に恵まれて
 家も長く続んじゃないかな。
 むしろ皇帝の先生になる勢いだし!』(注意※もちろん意訳です)

場が凍った。
(で、詰まるところ誰に似てるんだ?)とは聞かないでくれ。

元就も例外ではない。文の疎ましさに頭を抱えたくなった。
わざと相鑑定書を紛失せしめるほどに、それが疎ましかった。
なぜならこのときの毛利はまだ元就の兄興元が当主なのだ。
いくら興元が京で敵と鬱、この二つと戦っている最中であっても、
差し置いて分家を褒められては困る。
元就はこんな危険極まりない行為に頭を抱え文を紛失させたのだと言う。
ちなみにソースは陰陽太平記。ただし孫引き御免。

以上毛利元就の都合の悪い話でありました。




249 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/03/28(土) 00:05:53 ID:ldJNfAYw
褒めちぎる文を書くまではともかく、この場で読み上げろってのは
さすがに何か企んでいたとしか思えんなこの使者。

250 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/03/28(土) 00:06:09 ID:sAvVW1ox
聴いたことあるのか始皇帝の声ww

251 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/03/28(土) 00:12:50 ID:Z5Q15TAd
意訳の部分とその場で読ませるKYっぷりで昔のカート・アングルが思い浮かんだw

252 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/03/28(土) 00:41:27 ID:Dc9o3SGY
>>250
史記によれば
秦の始皇帝は「秦王為人,蜂準,長目,摯鳥膺,豺聲,少恩而虎狼心」で切れ長の目と豺(狼、山犬)のような声
漢高祖は「高祖為人、隆準而龍顔、美須髯、左股有七十二黒子」で龍顔=高い鼻で面長の顔立ち

なんとなく元就の顔が思い浮かぶような浮かばないような…

253 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/03/28(土) 01:04:55 ID:XPow1fnQ
つまり化け物だったんですね

254 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/03/28(土) 01:20:14 ID:uEAOMgql
しかし、実際その通りになったんだからすごいよな。
そのナンチャラカンチャラって人の予言(?)

259 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/03/28(土) 03:03:22 ID:sAvVW1ox
連投ごめん

>>252
サンクス。
豺(狼、山犬)のような声というのは良く通る声的な意味かな。

261 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/03/28(土) 13:28:49 ID:niWaemZg
>豺(狼、山犬)のような声

ワンワン、、、クゥ~ン

265 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/03/28(土) 19:29:58 ID:DSunjfG4
>>248
名古屋ならぬ広島の女子高生かよ朱良範w

「いつでも中華ルール発動するしィー」

加藤清正家臣、加藤善右衛門、知行地が・悪い話

2009年03月29日 00:03

255 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/03/28(土) 01:23:55 ID:0+yhaGkb
武功雑記に有る、非常によく分からん逸話なのだが…

加藤清正の家臣に、加藤善右衛門と言う者がいた。知行1万5千石を頂き、その知行所へ
受け取りに行った。
その頃清正は、堤権右衛門と言う者の屋敷に招待され、清正はその相伴として、
斉藤佐渡と共に、加藤善右衛門も呼んだ。

清正が風呂から上がったときに、丁度善右衛門が知行地から帰ってきた。
そこで善右衛門に「知行地の受け取りは無事済んだようだな」と言うと、善右衛門
「はい、受け取りました。ですが頂いた1万5千石のうち、500石はお蔵入り(加藤家の取り分)
なのですな。」と言い出した。

清正「何を言っておる?蔵入りなどわしは取っておらぬぞ。」と言うと、善右衛門
「いいや、あります。知行所のうち、500石ほど、まるで物なりのない場所がありまする。
そう言うことであれば、残りがより物成りがなければこれをカバーできませぬ。
ですから、500石はお蔵入りだと申し上げたのです。」

これに清正はもっての他と怒った。まあこんな事言われれば怒るのも当然であろう。
善右衛門がそれでも口答えするのを、斉藤佐渡が脇から抑え、立たせて御前を立ち去らせた。
が、清正の怒りは収まらず、「善右衛門を切腹させよ!」と言い出した。
そこで斉藤とあと2人の計3人がその場で、切腹の検使として任命された。

しかし斉藤、清正に「善右衛門、粗忽な事を申し上げ、ご不快にさせましたが、
もし、今後反省し、もう一度ご奉公したいと言うようであれば、切腹を許されてはいかがでしょうか?」
と、言上した。
これに清正も、斉藤がそこまで言うのなら、善右衛門が反省した場合、切腹を許さない事もない、
などと、はっきりしないがそんな風に言った。

そこで斉藤たちは善右衛門の所に飛んで行き、「我々は殿より、お主の切腹させるための検使として来た。
だが、後悔し反省するのであれば、それを許すとの御意であるぞ。」と言えば、善右衛門も

「過分なるお心遣い、ありがとうございます。私も慮外な事を言おうと思って、言ったのではないのです。」

それを聞いて斉藤、「ざっと済みたり。切腹いたすには及ばないぞ。」と言う。斉藤に付いてきた残り二人の
検使は「え?それでいいの!?」と不満顔だが、ここでも斉藤、「じゃあ待ってろ、殿の意見聞いてくる」と
清正の所に行き、うまく取り繕ったので、清正から直々に善右衛門の許しを得た。切腹は無くなったわけだ。

…と、ここまでなら、同僚が同僚を助けるいい話なのだろうが、その晩、加藤善右衛門、
肥後から退転。しかもそのついでに、自分の知行所の庄屋の所に行き、態度が
気に入らなかったからと磔にした。

 何 故 逃 げ た ?

つーか、  何  故  殺  た  し  !  ?

そんな肥後加藤家のよく分からない悪い話。




256 名前:人間七七四年[] 投稿日:2009/03/28(土) 01:30:36 ID:wB9Fsvzx
>>255
この逃げた加藤は主君と助けてくれた同僚に泥ぶっ掛けたわけだなw

この話で思い出すのは桶屋の家臣で数年連続で水害に悩まされても黙々と使え続けた武士
少しは見習えw

258 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/03/28(土) 02:54:31 ID:sAvVW1ox
>>255
知行地を見て、良くない土地があると言って土地の庄屋とまず一悶着

腹の虫が収まらないまま、知行くれた殿に会いいきなり嫌味

当然怒られるが、元よりおとなしく切腹する気などさらさらない

助け船が入ったのをいいことにその場は下手に出ておいて
隙を見て後脚で砂をかけるように逐電。
行き掛けの駄賃に庄屋に腹癒せ。

…という流れかね?
何というかリアルなdqn振りだなw
はりつけとかはないにしろ、こういう奴現代にも居そう

260 名前:人間七七四年[] 投稿日:2009/03/28(土) 09:50:20 ID:5UAWxxAf
>>255
一方、福島家に仕えた忠臣は酒に酔った市松に切腹を(ry

270 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/03/29(日) 01:13:36 ID:vFMwXI7+
>>260
市松は何もできないから家臣も立派なのが揃ったけど
加藤家は清正が何でもやっちゃうから家臣が頼りない奴ばっか、て逸話よく見るけど
加藤家の方が飯田覚兵衛と森本義太夫を筆頭に日本中に鳴り響いた家臣が多い気がするんだけど。
実際どうだったかはわからないけど、ちょっと疑問。

271 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/03/29(日) 01:43:06 ID:rejoZ3NT
何でも出来ちゃう人の下って一部の何でも出来ちゃう部下と言われたことこなすだけの部下になるんじゃね

こいつなら大丈夫!と思える一部には任せるだろし後は口出す、
で口出すからなかなか他の連中は成長しない、と

272 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/03/29(日) 01:49:40 ID:9gklsidR
森本...清正が死んだ翌年死亡

飯田...主君はアレだわ、家臣団はオロオロしてるわ…やってられっかよ!!

308 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/03/30(月) 14:23:03 ID:MmV9G53y
>>272
飯田かく兵衛さんて「あー(清正に)騙された騙された、戦場怖いし。
なぜか段々責任が重くなって辞めるに辞められんし。なんで俺ばっかり……ブツブツ……」
てツンデレの人だよね。めっちゃ加藤清正スキーだったんだろう   か?

加藤清正、自分の鎧を・悪い話?

2009年03月29日 00:01

262 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/03/28(土) 16:51:42 ID:/kZnzQSr
朝鮮陣の折、加藤清正は何故だか、自分の鎧を色々な人間に着せて、
その着こなしを批評するという、変な事をやっていたそうだ。

しかし着せる人間着せる人間、ろくに着こなしが出来ていない。
そりゃそうである。清正に合うよう作られた鎧が、そう簡単に他人に
着こなせるわけが無い。

ところが西郷壱岐と言う者が、かなり立派に着こなし、これを清正も大変に褒めたそうだ。
が、それでも

「やっぱり俺の着こなしの方が上だけどね」
と言うのを忘れなかったとか。




263 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/03/28(土) 17:03:44 ID:tlgrSxCI
>>262
清正「万が一の時にはアイツに俺の鎧着せて突撃させよう」

264 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/03/28(土) 17:57:13 ID:dorp/C+R
どう見ても影武者テストです。本当にありがとうございました

岡本清三郎と立て籠もった足軽・いい話

2009年03月28日 00:16

255 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/03/27(金) 02:25:52 ID:FUhUMvIX
有馬豊氏の家臣に、岡本清三郎という者がいた。
彼は常に神仏に「どうか悪事災難に合いますよう」などと、願を懸けていた。
そんな男だけに、何か事あったとき、先駆けしなかったと言う事は無かったそうだ。

この頃有馬家中では、近習の山崎半兵衛、津田主馬が、二つの派閥を作り、
何かにつけて武勇を争っていた。
しかし清三郎が山崎半兵衛の派閥に属していたため、いつも半兵衛方が勝っていた。

ある時のこと、とある足軽が人を殺して、城下の町屋に立てこもると言う事件があった。
有馬家中の者達がその町屋を取り囲んだが、事態はそのまま膠着し、埒が明かない状況になった。

さてこの時、最初に駆けつけ、取り囲んだのは津田主馬派の侍達であった。
そしてどういうことか、いつも真っ先に駆けつける清三郎が現れない。
主馬派の者達は
「おいおい、いつも俺たちに勝ってるって自慢している、山崎半兵衛派の衆は
何を油断していたんだい?あと、あの岡本清三郎は、どこに引っ込んじゃったのかなー?」
などと、半兵衛派の者達をここぞとばかりに馬鹿にした。
これに主馬派の者達の外から取り囲まざるを得ない半兵衛派の面々、屈辱に震える。

実は清兵衛、この日、自分の知行地を見に行っていたのだ。
その帰り、城下に人が群がっている所に出会った。そう、立て籠もりの現場である。
見物していた町人から話を聞いた清三郎、その立て籠もっている町屋の戸口に、
ツカツカと近づき、いきなり大声で

「おいお前!このように取り囲まれているのだ、いつまで立て籠もっているつもりだ!?
わしは岡本清三郎である!ここを開けよ!」

すると足軽「なんと?岡本清三郎か!それは良き相手だ高名の機会!こちらこそ願う所!」
と、戸を開け「さあかかってこい!」清三郎町屋の中に踏み入って、この足軽の攻撃を
避け、いなし、子供のようにあしらう、たまりかねた足軽が外に飛び出した所を踏み倒し、
腰の三尺手ぬぐい(これは清三郎のトレードマークである)で小手を縛り上げ、この足軽を
主馬派の侍どもの前に引渡し、一言、

「おいおい、あんたらは自分達で、この程度の者も取り押さえられなかったのかい?」

そんな事を言って、自宅へ帰っていったそうだ。




256 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/03/27(金) 03:10:14 ID:MUmR7Lu7
凄すぎわろた

257 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/03/27(金) 03:22:41 ID:UsvJz0gQ
清三郎無双ですな

258 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/03/27(金) 09:30:06 ID:FAM6w66J
つか、強い相手だからと戸を開けて挑む足軽もすげぇな・・・

259 名前:人間七七四年[] 投稿日:2009/03/27(金) 15:43:55 ID:+Qn4iZzg
手ぬぐいってこの頃からあったんだんねえ。

260 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/03/27(金) 15:50:47 ID:o4UCibJ8
下帯が進化して手ぬぐいになったとか

261 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/03/27(金) 16:21:02 ID:3EF5RWc0
戸を開けたら死亡フラグて、なんてホラーゲームだよw

262 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/03/27(金) 20:36:06 ID:iaf4mcQI
>>261
なんか手紙が届きそうだな。段階を踏んで……矢文?

秀頼生存説、後日談・いい話

2009年03月28日 00:14

263 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/03/27(金) 20:57:30 ID:WaKPzTmw
花の様な秀頼様は、鬼の様な真田に助け出されて、鹿児島に落ち延びたんだよ!

という伝承は有名ですがこれには後日談がありまして。

薩摩に落ち延びた秀頼は、薩摩の谷川という集落に従者ともども匿われていた。
だが潜伏先でおとなしくしているのが性に合わないのか、
それとも大阪での生活が忘れられないのか、ちょくちょく町に出掛けては飲み食いしていた。

普通に飲み食いするだけならいいのだが、何せお坊ちゃん育ち。
市井の常識など知るはずもなく、支払いも済ませずに店を出て行ってしまう始末。
お店の人が呆気にとられていると、後から別の侍がやってきて
「すみません、今のお侍に悪気はないのです」とペコペコ謝る。
武士に頭を下げられては、お店の人もそれ以上追求することも出来なかったが
他の店でも同じような事が相次ぎ、
「言葉遣いや身形からして明らかに地元の人間ではない。あの侍は何者なんだ?」
「迷惑だ、取り締まってくれ!」
等等、役所に訴えが届くようになる。

まさか「あのお侍は豊臣秀頼君です」と正体を明かして
納得してもらうわけにも行かないので、役人も対応に苦慮していたところ
忠恒がこれを聞きつけた。
「太閤殿下の御子ともあれば城の外に出たことなどあるまい。
 飲食には金銭が必要なのを知らぬのも無理からぬことだ」
と苦笑し、
「被害を受けた町の者には金を出してやれ。
 あとこの件も他言無用と言い聞かせておいてくれよ。」
と役人に指示し、秀頼の無銭飲食の御代を肩代わりしてやった。

このことを指して、谷山では今でも無銭飲食のことを「谷山犬の喰逃げ」と言うそうな。


秀頼生存説の後日談なので、このお話の信憑性も推して知るべしですが
宇喜多秀家を匿ってあげたり(庇いきれなくなったときも除名嘆願している)、
徳川家を憚らず「ヒャッハー!真田サイコー!こんな奴ら見たことねーぜ!」と激賞した
忠恒の性格を考えれば、薩摩に落ち延びた秀頼にこの位はしてあげたかもしれません。

世間知らずな秀頼を庇ってあげた島津忠恒のちょっといい話でした。




264 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/03/27(金) 21:09:15 ID:vkM6TvKh
    /: : /:: : : / : : : !:: : : : !: : !: : : ヽ:: : : : : ',
   /: : /: : : : |: : :|: : : : :|: : | ,: : : ',: : :ヽ : !
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   |: : |: : : : /!jニニコ| :/ |:./iニニV: |.: : : | V
  < : _: : : / 〈fエ:エi |/  レ fエエ) |:./ヽ: : |
  <:: |. 小{              レ{: :.|ヽ:| 
   厶ヘ ハ キラーン  >     {ハ/ V
      \_!   ☆          !       / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
        ヽ     !ー―‐r   /     <  やあ、ぼくはきれいな忠恒
      ___,r| \  `ー―'  /        \
    /:/::::| \  ヽ _ ̄ ィ ´                ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
  /::::::/::::::|  \   ´ ∧>、      
/:::::::::::/::::::::|    \  /  !\::`ー- 、 

265 名前:人間七七四年[] 投稿日:2009/03/27(金) 21:54:47 ID:YuTUowhq
なになに?

266 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/03/28(土) 00:07:56 ID:LPZxY3PZ
厨恒氏ね

269 名前:人間七七四年[] 投稿日:2009/03/28(土) 04:58:21 ID:x/58NoJB
>>266
スクイズの誠みたいだな

戦国は遠くなりにけり in 島原 1638・悪い話

2009年03月28日 00:12

215 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/03/26(木) 23:03:47 ID:OaMhXqZH
戦国は遠くなりにけり in 島原 1638

黒田忠之「ふー遅刻チコク!でも、もう大丈夫!一揆なんてウチだけで充分スよ!」
松平信綱「・・・一人で突っ込んで死んだオレの前任者への皮肉か?」(#^ω^)ビキビキ

忠之、相当頭に血が上っていたらしく、上記のようなKY発言をしたり、
鎧もつけずに突撃しようとしたり。(http://iiwarui.blog90.fc2.com/blog-entry-1508.html
そのせいで幕府の心象を悪くしたのか、手柄の申告を却下されたりしてます。


知恵伊豆「明日総攻撃かけようって軍議で決めたのに、なんで抜け駆けすんの?!」
鍋島勝茂「え、だってウチのダディが『軍に法なし、敵に勝つを軍法とす』って・・・」
知恵伊豆「いつの時代の話だよ・・・・・・!」

結局、勝茂は乱の終結後に蟄居刑を食らいました。


立花忠茂「・・・てな感じで、どこも大変みたいですね。」
立花宗茂「ふーん、なんかウチも心配だなぁ。せっかくだから、オレも行くわ。」
立花忠茂「 ヲイ、70歳 」

鎮西無双・立花宗茂、島 原 に 降 臨
立花宗茂「よし、早めに来て一番城門に近い場所に陣取ったどー!これで勝つる!」
知恵伊豆「あ、動員数に応じて陣の配置変えるんで。そこは細川さんに譲って下さい。」
(´・ω・`)


細川忠利「( ´,_ゝ`)フフン こういう時、日頃の行いがモノを言うのデス。
      今は、一揆勢の投石がウザいんで、船の帆柱立てて帆を張って防いでます。
      ワリと余裕デスね。」
細川三歳「あっ、そう。んで、一揆勢が火矢打ってきて帆に引火して帆柱倒れたら、
      忠利クンはどうするのかな?」
(´・ω・`)

嗚呼、戦国は遠くなりにけり・・・




216 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/03/26(木) 23:56:05 ID:9dH0SqFf
知恵伊豆が到着するまでに一揆鎮圧できてない時点で…

217 名前:人間七七四年[] 投稿日:2009/03/26(木) 23:59:08 ID:x8V2ePTo
島原の乱の頃に戦争技術が低下してグダグダだったって話を聞いたんですが、大坂の陣の頃は
大丈夫だったんでしょうか?
関ヶ原から14年も経っていたけど、現役の戦国武将もいたから大丈夫だったとか?

219 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/03/27(金) 00:05:45 ID:ZkwMB+Gu
まとめスレにあると思うぜ。
大坂の陣の若武者達の残念物語。

ギンギラギンな井伊のルーキー達の赤備とさりげない井伊のロートル達の赤備とか、
矢部虎之助とか。

220 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/03/27(金) 00:18:23 ID:93TJwgab
行軍速度が双方かなり落ちてたってなんかで見たなあ
それで戦国真っ最中の感覚でたてた作戦がタイムスケジュールずれまくりで失敗したとかなんとか

221 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/03/27(金) 00:28:06 ID:zTxR0WSY
軍隊なんだから集団での軍事訓練をしないと
能力がすぐ錆びるのは当然だわな。
戦国時代は訓練など無くとも実戦で鍛え上げられたが。

てか、戦国の空気から一変。
日本人をみんなで一斉になまくら化させた江戸幕府の奴らがすごいよ。

222 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/03/27(金) 00:34:15 ID:KrWUnEKh
あの若かった宗茂が、生ける伝説となっていた頃だもんね
政宗は前年に死んでるし

223 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/03/27(金) 02:08:55 ID:vkM6TvKh
この頃火縄銃も地味に進歩していて
一揆勢のつかっていた有馬筒は元が厚く先が細い作りになっており
火薬を多く使用することができ、かつ先が軽く狙いをつけやすかった
二町離れて5発のうち2発は命中させたという
さらに威力が向上したことでそれまで仕寄せに使われてきた竹束が
容易に貫通され役に立たないことが分かり、旧来の方法では城に近づけない事が明らかになった
これに対し前線の将士は竹束に代わって俵に土を詰めたものを使って仕寄せ道を作ることを発案した
現代的に言えば土俵を使って塹壕戦のような事をやろうというのである
これをうけて細川忠利は1月5日の手紙で国元に至急空俵6万俵を送れ、足りなければ隣国からも
集めろと命じている
若い世代だって色々考えているのだ

224 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/03/27(金) 08:18:09 ID:36O7syMT
何気に要所要所の戦に出てる宗茂

225 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/03/27(金) 09:10:26 ID:o4UCibJ8
何気に参戦している水野勝成

226 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/03/27(金) 09:22:38 ID:44ycrmMJ
>>221
大阪の役のとき、寄せ集めの浪人衆に数千人単位での集団戦の軍事訓練を
叩き込んだのが後藤又兵衛とか。

秀頼も現場を見て結構いけるかも、と思ったらしい。

227 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/03/27(金) 09:56:15 ID:Dl98P+lc
>>225
一揆勢の夜襲を槍で防いだ人間へ「夜に槍振り回すとか味方も危なくね?」
という批判が出たのに対して「とっさの時にンな事言ってられっか!」
と実例いくつも上げて若造の机上の空論を鼻で笑っておられますな

228 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/03/27(金) 12:51:23 ID:0K1Rj+8v
このスレの人間の見識の深さ広さには恐れ入る

229 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/03/27(金) 16:21:13 ID:b9UvtVKe
夜に槍を振り回す・・・?

230 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/03/27(金) 16:29:37 ID:KrWUnEKh
秀吉「槍は振り回すのではなく、一点目がけて何度も突き刺すものじゃ」

266 名前:人間七七四年[] 投稿日:2009/03/28(土) 22:55:41 ID:eegw+1UD
>>230
寧々「なぜその一点が何箇所もあるんですか#(ビキビキ)」

267 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/03/28(土) 23:02:25 ID:Pnhovj4y
ラスボス百裂拳

268 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/03/28(土) 23:20:06 ID:La3KQz06
>>266
敵は一人じゃないからだね

269 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/03/29(日) 00:24:57 ID:fngjhogB
まったく槍○ンな話だ

地獄はヤバい・雑談

2009年03月28日 00:11

231 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/03/27(金) 17:56:15 ID:hPtRvqnX
地獄はヤバい、ヤバすぎる
おそらく、戦国時代までには閻魔の権威は失墜してアレクサンダー大王やチンギス・ハン、
カエサル…etcが幅を利かせてたかもしれないけど
「地獄上等!!」なリアル戦闘民族、リアル修羅がなだれ込んでさらなるカオスになる悪寒…
これじゃ、六道的に地獄界っていうより修羅界かもしれないけど

232 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/03/27(金) 18:02:26 ID:XUKiYhj/
今夜、某の脇差を振り回します







一人でだけど

233 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/03/27(金) 18:03:30 ID:13l9j85J
地獄って回転率悪くてやばそうだよな

234 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/03/27(金) 18:15:10 ID:/XyPDmcy
だから無限に地獄を建て増ししていっちゃったんだろ

235 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/03/27(金) 18:19:49 ID:hPtRvqnX
どうあっても戦国武将なんて浄土や極楽にはいかないだろうからなぁ…
戦国三傑が地獄で顔を合わせたらバツが悪そう
まあ、それ以外にもバツが悪いのはかなりいるけど

236 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/03/27(金) 18:38:27 ID:6P/2Bzhd
前田利家「ま、俺は地獄へなんか行くはずないけどね」

237 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/03/27(金) 19:03:13 ID:34SJBAE6
悟りたば 坊主になるな 魚食え 地獄に落ちて 鬼と戦え
なんて歌が出来るぐらいだからな…

238 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/03/27(金) 19:10:30 ID:FPsWXnO+
>>235
真田信之「これで地獄で父上や信繁と一杯飲めるか…」
閻魔大王「信之は天国じゃ」
真田信之「父上、信繁…(´:ω:`)」

239 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/03/27(金) 19:15:12 ID:7HbWbKBH
鬼と戦えとか、ちょっと聞くとかっこいいな。


まったく関係ないが
某所にデーモン小暮閣下が声を当てている閻魔様がいらっしゃる。

240 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/03/27(金) 19:16:58 ID:9oB7cwHA
なぁに、戦国時代には鬼が50人は居る。

241 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/03/27(金) 19:20:02 ID:9nhGm1GQ
そこでも鬼武蔵が登場するのですね、わかります

243 名前:人間七七四年[] 投稿日:2009/03/27(金) 21:56:04 ID:yL9vIKVY
>>231
>>235
さながら地獄絵図になってそうだなぁ…--;
って、地獄だからそれでいいのかもしれんw

山口重政、食事を振舞って・悪い話

2009年03月28日 00:10

242 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/03/27(金) 19:24:34 ID:MihQYKCz
山口重政が、大番頭を申し付かった時の事。配下の組衆を集め、食事を振る舞った。
組衆の者達は皆、「真に結構なご馳走です。痛み入ります」と言えば、重政

「いやいや、痛み入る事はありません。私はこの度、あなた達のご支配を仰せ付けられました。
何事かあったときは、私の命令であなた方を引き回す事になります。
ならば、静謐な時、せめてこのようにご馳走でも差し上げなければ、と考えたのです。」

ところがこれを聞いた大田善太夫と言う者、「そう言う事ならこの料理、食べられませぬ!」
などと言い出した。このご馳走を命令を聞く対価だと感じたのが嫌だったのか。
しかしこの言葉で、その座は興ざめしたのだとか。

まさか重政も、そんなつもりでご馳走したわけではないだろうに。
なかなか、空気を読まない人は、いつの時代にもいらっしゃるのだ。




244 名前:人間七七四年[] 投稿日:2009/03/27(金) 22:17:50 ID:K/Xi10h+
>ならば、静謐な時、せめてこのようにご馳走でも差し上げなければ、と考えたのです。
って気を遣ってくれてるのになあ。

245 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/03/27(金) 22:41:15 ID:m6ySFtBR
いい上司じゃないか

島津義弘 猛将の意外な一面・いい話

2009年03月27日 00:26

207 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/03/26(木) 00:01:04 ID:5/OOK28O
島津義弘 猛将の意外な一面

加治木で隠居生活を送っていた義弘。
悠々自適の生活を送ってはいたものの、
苦楽をともにした家臣の多くは世を去り、
また、残ったものも任地で多忙な日々を送っており
随分寂しい思いをしていた。

そんな折、鹿児島城下にこんな高札が立った。
「殿が御老年でお寂しいから、お茶を進上したい者はお願い申すように」
お殿様(義弘)が寂しがってるので茶飲み話の相手をしてあげてください、ということなのだが

城下町に高札を立てたことから瞬く間に薩摩大隅に話は広がり
各地から加治木の義弘を訪れるようになったという。

いい話かどうか微妙なのですが、勇猛果敢で知られた義弘が
寂しがっているというのは珍しい逸話だと思ったので書いてみました。




208 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/03/26(木) 00:09:37 ID:Wy8QePMJ
見かねた周りの誰かが高札立てたんだとするといい話だよな。
義弘が自分で立ててたらガチでさびしすぎるw

209 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/03/26(木) 00:17:39 ID:AAQIHcFf
後の泣いた赤鬼である

210 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/03/26(木) 00:19:44 ID:FeOcHaKd
政宗なんか江戸でやりたい放題だったのに

211 名前:人間七七四年[] 投稿日:2009/03/26(木) 00:29:12 ID:VauDdGM8
何処かの秋田のご隠居「木像つくって話しかけてれば解決だにゃん」

伊達政宗、相馬領を通過・いい話

2009年03月27日 00:26

213 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/03/26(木) 01:40:44 ID:0Z5Nrkpc
伊達と相馬は天文の大乱以降から険悪になり
江戸時代になってもあまり仲が宜しくなかったが
こんな逸話がある。


関ヶ原の戦いの直前に東軍に付いた伊達政宗
中立の相馬領を通過して帰国しようとした時の事

長年伊達氏と抗争を続けている相馬氏
評定では「ここで政宗を討って積年の恨みを晴らすべきだ」
という声が高まった。

その評定の中に”水谷胤重”なる家臣がいた。
胤重の父は伊達氏との戦いで戦死しており
この時、胤重の胸中も複雑なものであった。

主君・相馬義胤も政宗を討つ方向性で評定をまとめようとした。
その時、沈黙を守っていた胤重が口を開いた。


胤重「方々のご意見よく分かります。私も父を伊達氏との戦いで失いました」
  「しかし、相馬氏は代々騙し討ちのような事はしてまいりませんでした。
   ここで怒りに任せて政宗殿を討つは不義であり、相馬の名を汚すことに
   なります。ここは政宗殿を無事に通過させるべきではありませんか」
  「政宗殿とは戦場で相見えるが武人としての姿勢ではございませんか」


この発言を聞いた家中は静まり返る。
徐に口をあけた義胤は「胤重の案に任せる」と胤重の意見を採用する。


それから数刻後、胤重は伊達家臣・原田宗資と会談。
政宗の領内通過に便宜を図った。


関ヶ原の戦い後、中立(西軍よりの中立)だった相馬氏は改易の憂き目にあうが
その時、政宗は徳川家康に便宜を図ったと言われている。

後年、義胤は政宗に相馬氏改易の折に便宜を図った理由を聞いた。

その時の政宗はこう答えた。


政宗「貴殿の家臣・水谷胤重の恩義に報いただけでございます」




214 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/03/26(木) 01:53:36 ID:TsSiB3xA
>>213
恩義には恩義で応える・・・日本の良き伝統だね

215 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/03/26(木) 02:30:45 ID:T1rFjJas
珍しくジェントルマンな政宗w

この逸話、相馬領内で一泊したという話もどっかで見た気がする。
ほぼ敵と言っていい土地で泊まるほど困ってたのかどうか。
物凄い千載一遇のチャンスだったと思うが、よく捨てたよな。
その行為が後にちゃんと報われて良かった。




関連
伊達と相馬、累代の敵国
http://iiwarui.blog90.fc2.com/blog-entry-5237.html

福島正則「どうして利休を慕うのか?」・いい話

2009年03月27日 00:24

219 名前:人間七七四年[] 投稿日:2009/03/26(木) 03:21:05 ID:VauDdGM8
皆大好き桶屋の息子と精神年齢三斎のお話だよー♪
===

あるとき正則が細川忠興に尋ねた。

「おぬしが利休のことを慕っていると聞くが、彼は武勇もなく何とも知らざる者である。利休のどこをそんなに慕うのであろうか。」

忠興は笑って

「利休は名誉ある者である。まぁ一度その茶を見てごらんなされ。」

と正則を利休の茶会に連れて行った。茶会が終わったあと正則は

「なるほど、おぬしが利休のことを慕うことはもっともなことだ。わしは今までいかなる強敵(*)に向かっても、ちぢけたることはなかった。しかしながら本日利休と立ち向かっているとどうも臆したように覚えた。なんとも名誉なるものよ」

とすっかり利休の迫力に感服した体であった。

===
*)奥さんは"基本的には"敵ではないので敵に対して縮こまったわけではないらしいw




223 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/03/26(木) 08:20:46 ID:9dH0SqFf
やっぱり心変わりしちゃう所が市松だな
しかし客人をビビらせちゃっていいのか利休

224 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/03/26(木) 08:44:12 ID:0ToiNu4F
「利休が秀吉から拝領した」と伝えられる甲冑からの推定では身長180cmはあったらしいからな
狭い茶室内では物理的にもかなりの存在感があったことだろう

山田有栄についてのお話

2009年03月27日 00:22

226 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/03/26(木) 11:19:57 ID:C3A5c2Ta
>>162
山田有栄の話で付け加えて一つ

関ヶ原後に出水の三代目地頭として着任した彼は出水麓を整備し
トンネル掘削による灌漑用水で農業振興にも力を入れ産業開発に努めた。
出水は国境警備の為に精兵を揃える必要性があったため子弟の教育にも熱心であり
武人としても吏僚としても優秀で領民にも大変慕われたという。晩年は昌巌と号した。

少し話は逸れるが、1708年に薩摩藩第4代藩主の島津吉貴は薩州島津家の累代の墓を
全国各地から出水の地に集めた。1代から5代実久、6代義虎、7代忠辰と戦国の世を生きた
人物の墓もある。
薩州島津家は忠良・貴久・義久が薩摩を統一するまで分家の最大のライバルであった。
戦国島津氏の人物事典「本藩人物誌」の末尾に「国賊伝」という一風変わった巻が
収録されているが、
そこには薩州島津家の5代実久が国賊筆頭として名を連ねていたりする。

山田昌巌の墓はそんな薩州島津家の墓を見下ろすような形で少し高台にある。
島津氏のちょっと気を利かせたいい話?って自分で書いてても無理やりだなこれ

秀吉とフスタ船と・いい話?

2009年03月27日 00:20

227 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/03/26(木) 11:27:12 ID:oYCCnI4H
1586年5月のこと、秀吉は大阪城にイエズス会準管区長のコエリィオ、
書記のフロイスを招き、豪壮な城内の夥しい豪奢な部屋の数々、金箔の茶室を自ら案内し、
イエズス会士を驚嘆させている。が、その目的は信長と同じく己の威を彼らをして
西洋に伝えせしめること、及び銀の輸出、大砲、船舶の輸入、交易の仲介の依頼、
更には半島への侵攻も匂わせたのだった。
この時、コエリュオは十分な思慮も無く、唐入りの際には
ポルトガル所有の大型船の供与を約してしまった。
大いに気をよくした秀吉は、見返りに布教の許し、特許状をイエズス会に与えている。

その翌年の7月、九州征伐も事がなり秀吉は、ゆるゆる博多筥崎宮側の陣所に滞在し、
臣下となった諸将に各々知行の割り振りを行っていた。

そこに長崎よりイエズス会、コエリィオ、フロイスが乗るフスタ船がやって来た。
かねてより秀吉から大型のナウ船の来航を依頼されていたが、
博多湾が遠浅のために止む無く小型の快速船でやって来たのである。
みるみる近づいて来る南蛮の船に機嫌をよくした秀吉、早速自らこれに乗り込んだ。
小型であっても二本のマスト、船後方には人力による櫓でも漕ぐことの出来る実用的な船であり、
船首船尾には小型の大砲も備えていた。
穏やかな湾内をクルージングさせその快速ぶりに驚き、
また目を輝かせ隅から隅まで検分した秀吉にとっては、まさしく垂涎の西洋船であった。
ところが船尾にある櫓を漕ぐ人々を見て、秀吉は驚愕した。
鎖につながれ苦役に喘いでいるのは、紛れも無く日本人達である。
問いただせば「犯罪人でございます。」コエリィオは何くわぬ顔で応える。
不機嫌な顔を取り繕い、秀吉は船を後にした。

その模様を側でつぶさに見ていた、キリシタン大名小西行長、黒田孝高、高山右近、
秀吉の日頃の素振り、思念、行動を知っているだけに、各々不安でいっぱいになった。
必死でコエリィオに件の船を秀吉に譲渡するように説得した。
が、事の重大さを悟らぬ愚かなイエズス会士らは、
本国の許可無しでは出来ないの一点張りであった。
その9日後に、伴天連追放令が発せられた。
その中には、日本人奴隷売買に関する譴責が含まれていた。


ある意味、秀吉の選択は正しかったのである。




228 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/03/26(木) 12:49:37 ID:9dH0SqFf
たまに外国人で日本のキリスト教排斥を批難してくる奴がいるがこういう事情は知らないんだろうな
何も無いのにいきなり迫害されるわけないやん

229 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/03/26(木) 13:51:07 ID:WTyBMx+g
奴隷売り飛ばしたのは同じ日本人だろ

230 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/03/26(木) 14:13:55 ID:TsSiB3xA
増田長盛がサン・フェリペ号が浦戸に漂着した時、乗組員から聞き出したのが、
乗組員「我らは、まず土地を征服する前に、
その国に宣教師を派遣して、キリスト教をもって人心を懐柔し、
後に国人の大半が帰依して、キリスト教の君主を希望するようになったらば、
信徒を煽って、軍隊を送るから、戦えば必ず勝ち、その国を征服することが出来る。」
とこの内容。

231 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/03/26(木) 14:25:50 ID:oYCCnI4H
日本国内でも奴隷売買はやってたし、合戦に負けた領民、飢餓にひんし
口減らしで親から売り飛ばされて奴隷に、というのは中世の常識。
またポルトガル人だけでなく、カンボジア、中国人も、日本人奴隷を輸出していた。

が、イエズス会は口では教会の愛を唱えながら、これら商人の行為を日本以外の世界各地で
黙認、更には加担していたことは、日本の為政者からみれば統治に取って害悪、敵対的と
映ったはずである。

また、大村純忠が部分的にではあれイエズス会に長崎の権益を認め、
そこにイエズス会が貪欲に食らいついていたことも、排除すべきに充分な
マイナスポイントだったろう。

フロイスの調子のいい話

2009年03月27日 00:16

232 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/03/26(木) 14:38:41 ID:56afP8sT
フロイスが九州で布教していたときの話。

仲間と連れ立って当地の領民の信仰になっているという洞窟を訪れた。

「ヒャッハッー! 邪教の神殿だーッ!」

「お、見ろよ。こんなところに仏像がありやがるぜー!」

「今じゃ薪の材料にしかならないってのによー!」

安置されていた仏像を叩き壊して薪にして燃やした。
このことは本国への報告書に誇らしく記載されている。

後年、秀吉に呼び出されてキリシタンが九州で神社仏閣を壊していることを咎められると

「わたしらは知らないっスよ信者の日本人が勝手にやっていることでしょー?」

としらばっくれた。




233 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/03/26(木) 14:45:16 ID:fm+Nu1kJ
もっと簡単に、奴隷売買禁止しない日本が悪いんだお!
って態度が気に入らなくて禁止したと聞いてた

234 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/03/26(木) 15:54:57 ID:wtkuWvAr
>>232
調子のいい話、かな

235 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/03/26(木) 16:07:52 ID:VQU2ADP1
珍しくラスボスのいい話しに いきそうになった

236 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/03/26(木) 16:08:25 ID:8g8GsA7f
仲間とはドン・フランシスコに違いない!

237 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/03/26(木) 16:31:05 ID:9dH0SqFf
2度も離婚してる宗麟が洗礼受けてる辺り政治的だよなぁ

238 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/03/26(木) 16:33:41 ID:qJuJ6KYy
みんなラスボス、ラスボスと言うけれど
うちの地元はラスボス万歳なんだぜ

火事で廃墟と化した有馬温泉の建て直しと
有馬温泉の宿坊の税を無税にしてくれたり
温泉施設を作ってくれたり(自分用だが)

奴隷連れ去りの件でもそうだけど
人たらしと言われるだけの天性の人徳は備わっているんだろうな

239 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/03/26(木) 16:43:22 ID:bIoBfkME
いい方に出たときのラスボスは偉人ですよ、実際。

スケールがでかい分悪い方に転がると洒落にならんけど

240 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/03/26(木) 17:14:14 ID:IdTaivhP
>>229
東洋の奴隷は階層
西洋の奴隷は消耗品


だから日本式の奴隷のつもりでヨーロッパに送り出されて悲惨な目にあうと

前にあった朝鮮の技術民が本国に帰りたくないのと逆のパターン

241 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/03/26(木) 17:31:52 ID:1nl4ZHwP
そいや有馬近辺の小浜御坊にも秀次の側室になった娘が居たな。

大村純忠、貧乏大名版七人の侍・いい話

2009年03月27日 00:15

242 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/03/26(木) 17:43:47 ID:oYCCnI4H

イエズス会とのからみで大村純忠。

大村家は肥前の貧乏な小大名だった。
当時の痩せた土地は、一族、眷属で細分化され、
彼の家臣に分け与える土地に絶えず窮していた。
また親戚筋でもあると同時に敵でもあった後藤家、有馬家、
更に松浦、西郷家とも抗争と和解を目まぐるしく繰り返す日々であった。

そういう彼を象徴するのが1572年の「三城七騎籠」である。
大村純忠とは縁戚にあたる後藤貴明は、かねがね純忠の領地を狙い侵してきた。
予てよりの申し合わせで松浦氏、西郷氏と共に、
大村純忠の居城の三城に1500の兵で攻め寄せた。
この時不意をつかれた純忠には、中間子者、女子まで含めても80数名しか人数はおらず、
武者は七名のみという有様であった。
家臣の多くは、主君の命運はこれまで、と自宅に籠り参ずる者もいなかった。

孤立した絶望的戦闘であったが、城壁をよじ登る敵には、
女子に砂や熱湯を浴びせさせ、男どもには石礫、木材を投げさせた。
更に怯む敵兵を七人の家臣が巧みに城壁から鉄砲で狙撃し防戦に勤めた。
城の掘り割りの巧みさもあり、松浦方、覇気無く攻めあぐねてしまった。
様子をうかがっていた家臣の中からも、敵の包囲を突破し馳せ参じる者が出始めた。
そして家臣が続々と城内に集まってきた。

ついには攻城を諦めた松浦勢は引き上げてしまった。

「七人の侍」のいわば貧乏大名版である。




248 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/03/26(木) 19:39:56 ID:eYCp60Zy
>>242
七人以外全員内応してたんじゃ…と思ってしまうんだがw

249 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/03/26(木) 19:52:29 ID:9dH0SqFf
たまにこういうことあるけどどういうことなの?
義弘の妻が守る加久藤城攻めた伊東も3000対60とかだったよな?
前線にそれしか詰めてないっておかしくね?

250 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/03/27(金) 00:24:29 ID:NJkhmyWB
>>249
ちょっと考えてみた。
このうちのどれかだと思う。

1.外交関係の問題で兵を張り付けるわけにはいかなかった。
2.城の規模の問題で多数の駐屯が難しく、あまり多くの駐屯は不必要な外交的緊張を招くので避けられた。
3.実はただの特別小さな支城の奮戦。
4.中立だったベネルクス三国を「舗装」して通り道にしてマジノ線を迂回したようなことが起こった。
5.敵の数が誇張されている。
6.昨今の不況のあおりで知行が払えなかった。
7.急に兵士が来たので。

多分7

251 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/03/27(金) 00:32:55 ID:34SJBAE6
加久藤城は義弘の釣り説があるらしい
にしたって援軍は300だが
勝ったけど

252 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/03/27(金) 00:50:46 ID:rBlbF0H9
兵農分離が進んでないところだと
収穫の時期に兵が田んぼに行っちゃうこともあるらしいしね。

253 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/03/27(金) 01:09:00 ID:jS6l8bKs
悪い話の方で行軍速度の話があったけど

かつての大名行列は宿場でも木賃に泊まり
戦での行軍と同じように各自が自炊して腰兵糧を作っていました。
ですが近頃では旅籠に泊まって飯を買うようになったいます。

という話を聞いた前田利常が「戦乱の世に旅籠はあるまいに」と言ったという話がある。
前田家ではその後も木賃に泊まり続けたので「前田家は武士の心がけを失っていない」と評判になった。

伊達政宗と神田川・いい話

2009年03月27日 00:14

243 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/03/26(木) 17:51:48 ID:R2UAZ0Xu
政宗と神田川

二代将軍秀忠の時代のある日、秀忠と政宗は囲碁をやっていた
秀忠は調子が良かったらしく、「ほれ、政宗にしてやろう(一眼にする、相手の石を殺すという意味)」
と浮かれ気味であった

政宗はハイハイと受け流してただ一言「いざ本郷より参ろうか」と呟いた
それを聞いた秀忠、先ほどの浮かれ気分も消えて一気に肝を冷やした
当時、本郷台地は江戸城付近まで目と鼻の先であり、それをさえぎる堀もなかった
本郷台地を駆け下りるだけで江戸城に攻めかかることができたのである

秀忠が「本郷は危険か」と聞くと政宗「いかにも危険でござる。それがしに普請をお命じください」
と自ら普請工事を買って出た
かくして政宗によるプロジェクトXが始まったのである

まず本郷台を分断するため、当時は神田台(神田山)と呼ばれた部分を川にまで掘り下げた
その時に大量に出た土砂は日比谷入江を埋め立てるために使われた
この日比谷入江を埋め立てたことで、江戸城近辺まで氾濫することもあった洪水を防ぐことに成功した
また人口増加の一途をたどっていた江戸の用地確保にもなった

かくして1625年、仙台藩の威信をかけた大工事は完了した
2つに分断された本郷台地の江戸城側は、家康付きの旗本(駿河衆)が家康没後に多くの屋敷を
かまえたため「駿河台」と言われるようになった
神田川は仙台藩が普請したため、江戸時代を通じて「仙台堀」と言われることになった

この工事により仙台藩の財政は疲弊したが、政宗の幕府に対する発言力は増し、
秀忠・家光の後見人として、また副将軍として扱われた

しかし政宗没後、今度は孫の綱宗に堀の拡張工事が命じられ、藩財政に大きなダメージを与えた
これが有名な伊達騒動のきっかけになったとも言われる




秀吉と尾張小松原の寺の僧侶・いい話

2009年03月27日 00:13

244 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/03/26(木) 18:21:23 ID:SREcSBv2
秀吉が未だ匹夫であった頃の事。

尾張小松原の寺の僧侶に、一人の友がいた。
ある時馬鹿話をしている最中、秀吉はこの僧侶に、こんな事を言った

「将来俺が天下を取ったら、あんたを望みの地位につけてやるぞ!何がいい?」

「私は京の所司代になりたいね。何故かって?京の連中がそろいもそろって
横柄な奴らばかりで、気に入らないからさ!」
そう、笑ったそうだ。

後にこの僧、前田玄以と名乗り、その通り秀吉の下、京都所司代となる。


地味な印象の前田玄以にも、こんな伝説があったのだ、と言うお話。




245 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/03/26(木) 18:30:48 ID:l2bwmiDQ
地味・・・?

女装という特技があるじゃないですか!

246 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/03/26(木) 18:58:36 ID:Vy4vjxOf
>>245
上司はラスボス化、同僚はKYな干し柿ディスり野郎、倅はキリシタン……

波乱万丈すぎやせんかw

247 名前:人間七七四年[] 投稿日:2009/03/26(木) 19:33:50 ID:VauDdGM8
せがれは女装した父親を見てキリシタンに救いを求めたくなったんだろw