三成の機転が利きすぎる話

2009年04月30日 00:19

74 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/04/29(水) 10:44:55 ID:kXn74eZv
んじゃ、素直に三成の機転が利きすぎる話二連発。

◎ワーカホリック

京の町を台風が通り過ぎた翌朝、普請奉行は被害状況を調べ上げ、秀吉に報告した。
報告書を読み終わった秀吉は、不満そうな顔をして、言った。

「・・・治部少輔の報告の方がくわしいのう・・・・・・」

普請奉行でもなんでもない三成が、台風が吹き荒れる夜のうちに自分の足で被害を
確認して、秀吉の起床の直後に報告していたのだ。

三成はたびたびこうして職分を超えて専門職より先に動いたため、秀吉の奉行衆は
大いに迷惑したという。

75 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/04/29(水) 10:46:48 ID:kXn74eZv
◎徳川秀家

家康の三男・長丸が成長し、元服を迎えることになった。

秀吉「いや、めでたい!元服の後は、秀吉の『秀』と家康の『家』をとって、『 秀家 』と
名乗るがよかろう!」
家康(・・・『秀家』ってすでに有名人がいるのに、いいのか・・・?)

そう、関白殿下は我らが泳いで参った人の事を忘れていたのである。
そして、この話をどこからか聞きつけた石田三成が、家康に声をかけた。

「私に金二百枚預けていただければ、宇喜多中納言に交渉して、『秀家』の名乗りを
譲ってもらいましょう。」
「まあ、関白殿下と息子のためなら金の二百や三百、惜しくないけど・・・」
「じゃあ、吉日を選んで中納言の所へ行って来ますね。」

話を聞いた宇喜多秀家は言った。
「我が名を金子で売ったなどと言われるのは、武士の恥である。大恩ある関白殿下の
お頼みならば、つつしんで譲ったものを石田よ、余計なマネをしてくれる・・・!」

秀家は機嫌をそこね、三成と不和になった。
結局、長丸は『秀』の字と、家康の父の名であり、三河衆伝統の名である『忠』をとり、
『 秀忠 』と名乗ることになった。




76 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/04/29(水) 11:57:03 ID:8HRorRkz
>74-75アガトウ
後ろの逸話は漏れ知らんかっとんてんちんとんしゃん

ttp://iiwarui.blog90.fc2.com/blog-entry-419.html
前エピのダイジェスト、まとめにございましたぞー <石田治部的に

77 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/04/29(水) 11:59:21 ID:kXn74eZv
わぁ失礼いたした・・・

78 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/04/29(水) 12:11:13 ID:FHUrvknd
>>76
SET乙

79 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/04/29(水) 13:14:21 ID:YctET10G
>>74
普通の人なら思いきり死亡フラグ立ってるところじゃないかw

80 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/04/29(水) 13:24:00 ID:5gVIYWP6
結城秀康「やれやれ、秀家でよかった。」

スポンサーサイト

週間、ブログ拍手ランキングー!&GW特集

2009年04月30日 00:09

04/22~29の、ブログ拍手ランキングでございますよー。


上杉謙信の恩賞論・いい話 46

徳川家康、小田原陣と夜中の騒ぎ・いい話 32
大友宗麟の大猿と立花道雪・いい話 25
小幡信貞、妻を・いい話 25

天正5年(1577)10月、丹波亀山城にて明智光秀と若者・悪い話? 24
細川忠興、無駄になった仕事への評価・いい話 24

武士の心を知る豊臣秀吉・いい話 23
長年寺を守る・いい話 22
家来想いな殿様蜂須賀家政・いい話 22
利休を尋ねた加藤清正・悪い話? 22

東郷元帥と新納忠元・いい話 21
今川義元と家隆の歌・いい話 21

竹中半兵衛と織田家の歴々・いい話 20
黒田官兵衛と、井口家の四兄弟 20

本仁房と双桂、駿河の対局・いい話 19
垪和郷攻防戦、そして竹内氏のその後 19

伊達政宗三連発・いい話 18
忠利さんに厳しい忠興・いい話 18

富田重政「無刀取りとは」・いい話 16



今週の1位は上杉謙信の恩賞論・いい話
こういうお話は、ライバル武田信玄には多いですが、謙信には珍しいですね。
「士を尊重する」という、謙信らしい逸話でもあります。

2位は徳川家康、小田原陣と夜中の騒ぎ・いい話
ベテラン兵と新兵との会話として、現代の戦争映画にも出てきそうな話ですね。
これに限らず家康は、「軍人」を感じさせる逸話が多い感じがあります。

今回のランキングの中では、今川義元と家隆の歌・いい話
がけっこう好きですねー。
武田信玄あたりに言わせれば、こういうのも文弱になるのかもしれませんがw
こんな知性の表われを大切にするのも、今川家の家風かな?

あと今週は、伊達政宗三連発・いい話
今になって又ランクインしてて驚いたw
伊達政宗恐るべし。

今週もたくさんの拍手を頂きました。いつも、本当にありがとうございます。
また、気に入られた逸話を見つけられましたらどうぞ、そこの拍手ボタンを押してやってください。




さて、気がつけば世間はGWなのですね。
そうはいっても特に予定も無い寂しい管理人ですがw
それはそうと、世間には歴史博物館といったものがあります。個人的にも
こういうところに行くのが好きで、このGWの最中に、全国の博物館などで
戦国時代に関係のある催しをやっているところを、少し調べてみました。

以下、調べた結果


・山形県
米沢市上杉博物館
米沢 愛と義のまち  地人博2009
http://www.denkoku-no-mori.yonezawa.yamagata.jp/053tenchijin2009.htm

・福島県
福島県立博物館
春の特集展 直江兼続と会津の戦国武将
http://www.general-museum.fks.ed.jp/

・石川県
石川県立歴史博物館
肖像画にみる加賀藩の人々
http://www.pref.ishikawa.jp/muse/rekihaku/tokuten-an/haru-ten20.html

・栃木県
日光東照宮
「東照宮御神宝展」
http://www.toshogu.jp/shisetsu/houmotsu.html

・山梨県
山梨県立博物館
企画展「金GOLD 黄金の国ジパングと甲斐金山展」
http://www.museum.pref.yamanashi.jp/3nd_tenjiannai_09tokubetsu001.htm

・神奈川
横浜市歴史博物館
海賊-室町・戦国時代の東京湾と横浜-
http://www.rekihaku.city.yokohama.jp/special/special103.html

・愛知
徳川美術館
春季特別展 書の名品をたずねて
http://www.tokugawa-art-museum.jp/planning/h21/03/index.html

名古屋市博物館
本願寺展
http://www.museum.city.nagoya.jp/kaisaityu.html

・大阪府
大阪城天守閣
いくさ場の光景 -大阪城天守閣収蔵戦国合戦図屏風展-
http://www.osakacastle.net/exhibition/special.html

・山口県
毛利博物館
企画展「端午 -もののふの祝い-」
http://cs3.c-able.ne.jp/~mouri-m/cgi-bin/disp.cgi?code=10072&mode=one&page=0&bmode=top&no=1


・高知県
高知県立歴史資料館
兜―もののふの美意識―
http://www.kochi-bunkazaidan.or.jp/~rekimin/exhibit/project.html

・福岡県
福岡市博物館
戦国時代の博多展8 ~安楽平城をめぐる攻防~
http://museum.city.fukuoka.jp/je/jje_fr3.html

・佐賀県
名護屋城博物館
館蔵名品展3
http://www.pref.saga.lg.jp/web/_5560.html

・熊本県
熊本県立美術館
熊本城本丸御殿と御用絵師
http://www.museum.pref.kumamoto.jp/event/kikaku/20090404_honmaru/index.html

・鹿児島県
尚古集成館
薩摩七十二万石展
http://www.shuseikan.jp/shuseikan/shuInfo.htm

こんな感じ。見逃しているものがあれば、許してやってくださいw;

個人的には横浜市歴史博物館 海賊-室町・戦国時代の東京湾と横浜-
見に行こうかなーと思ってます。

このGWの最中に、これらの催しをやっている近くに行く予定の有る方、また
近くに住んでいる方など、これらを見に行かれるのもいかがでしょうか?

村の軍師と、名も無い合戦

2009年04月30日 00:07

109 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/04/29(水) 00:17:58 ID:KURZYAm1
近江でのこと

ある旱魃の年、隣り合う村同士で水論があり、ついに一方の村が、隣村への水を堰き止めるため
堤を作る。そこで双方、出入りとなった。

水を止められた隣村の方、大勢を出してこの堤を切りに来る。
堤を作った方の村は、人数では少なく甚だ不利であった。

その頃この、堤を作った方の村には、一人の牢人が住んでおり、村人は彼に相談した。
牢人、地下の者たちのうち、老人達を大勢集め一隊とし、少数だが壮健な若者達も又一隊とした。
そして老人の部隊には、堤の所に小石を多く集めさせ、若者の部隊には竹槍を持たせ、
川の下のほうにおいて合図を待たせた。

さて、隣村の勢が堤に近づく。
彼らは集まっているが老人達ばかりであるのを見て侮り、これを蹴散らさんと一気に近づいた。
矢ごろの距離まで来た、その時である。老人達は一斉に小石を取って投げつけた。
これに隣村の衆、辟易して足が止まる。ここに牢人の合図と共に隠しておいた若者の部隊が現れ
竹槍で散々に突く。

これには隣村の衆もたまらず、ほうほうの体で逃げ帰ったとのことである。

村の軍師と、名も無い合戦のお話。




110 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/04/29(水) 01:03:04 ID:jJ/wGlDg
                  _,-.,_  ,
               _,,..-‐',, ,,,,, ,,'" ',, ,
               -'";,;;;;;;;,.,;;;;;;;;;;;;;;;;;;;',,,,',,,,,
               ,,,,' ;;.....;;;;;;;;.........;;..;;;;;;;;....;;;;;';;,
              ,;;..;;..;;;...;;.......;;;;......;;;..;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;' ,
             , ' ......;;;;...;;......;;;;....;;;;;;,, - '" "';;;;;;;;',
            ,' ...;,'"'''''‐- ..,,,_,,..-‐'      ',;;;;;;;;',
            i .;;;;'        _,,    '‐- ',;;;;;;;;'_,'~"''-
            ', ..;;;',     '''''' "     '‐   ' ;;;;;;','',,,__
            i .;;;;',         , ,,,. -''';;;;;_  ',;;;;;i~'-,,_
            , ' ;;;;;i    _,,,,....,,_', ',;;;;,-_,,.~,,,,;,.  i;;;;;i
           , ''', ......, ..,;;;;,..''''_,,.,-''i,"' .'''~-‐ ''' _, '''';;;',        <いいか、いくさってぇのはな
          jl  ', .....',  .,,'"~ ''''; ".,    ー-‐    i;;;i
          '' l  ' , ..;;',  '  ,,_ ,.. ,' ;     ,     ';;'
           '   ', ..;;',      ,.'''   .,,  ' ,    i'''-,
               ' ,.;;',      '  ~'.,,,~,,,,,,,,,,,';;,  .::::l;;;,';;',
                .' ,'.,...    ,,,,;;;;;" '''''_,,,..';,_''..:::::l;,';;;;;;;;',,
                  ',:::::::... '''' ,‐‐-__‐."   ...:::::,i'';;;;;;;;;;;;;;',,
                  ,'' ,:::::.... '   ~~"   ....., ';;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;,~';;;;
                  ,'  ','.:::::::...   __,,,... ..,,, ';;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;, ';;;;;;;;;;;;,,,,,
            _ _,,,... ''','   '..::_, -‐''' ~   ,, '";;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;, ';;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;,,,,,,,,,
         ,  '.;;;;;    ,' ,, '' "~   _,,, - '',~ ';;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;, ';;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;,,,,,,,
       ,  ' ,;;;;;;;;;;, '" ,''",''   ‐' "   , ';;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;, ';;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;,;;;;;;;;;,,,,
      , ' ; ;;;;;;;;;;;;;;; ;'" ,;i   ,'     -‐, ';;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;, ';;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;,,,,,,,
    , '  ,,;;;;;;;;;;;;;;;,;'''  ,,;;;',  '  , '  ,. ';;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;,. ';;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;,,,,,,
   ,. '  ,,;;;;;;;;;;;;;;;;, ';;;,  ,;;;;;;;',     , ';;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;,, ';;;;;;;;;;;;;, -‐ - ,,_;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;
  ,'  ,,,;;;;;_;;;;;;;; ;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;',   , ';;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;, ';;;;;;;;;;;;, '"    '' ,;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;
  ,'  ,,,;, '" "', '';;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;', , ';;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;, ';;;;;;;;;;;;;;;;i       ,';;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;
 ,' ,,,,,, ;  , ';;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;,', ';;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;,. ';;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;'.,     , ';;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;
..,' ,,;;;;;;;;'',,, ';;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;~';;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;, ';;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;'‐- ‐ ';;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;

114 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/04/29(水) 08:59:25 ID:L05OLb4I
>>109
牢人って浪人のこと?

115 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/04/29(水) 09:02:53 ID:7XZsnuGM
>>114そだよ。俗字かもしれんが牢人て書き方もある。

118 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/04/29(水) 11:58:22 ID:kXn74eZv
>>114
古代中国じゃ主家が潰れたり職を辞したら自宅でヒキッて晴耕雨読がフツー、
これを「牢籠(ろうろう)する」と言った。
「牢人」というのは、ここから転じて、宮仕えをやめて落ちぶれた人のこと。

対して「浪人」ってのは本来は戸籍を離れた「浮浪者」つまりホームレスのことだった。
江戸時代中期から「牢人」もフラフラするようになって、ゴッチャになったらしい。

121 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/04/29(水) 12:54:21 ID:+QXUItJN
>>118
>>114じゃないけど、トンクス。
知識が一つ増えたよ。こういうのを教養っていうんだな

122 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/04/29(水) 13:09:41 ID:L05OLb4I
>>115>>118
私が114でございます。
勉強になりました。
わからないことは質問してみるもんだね

123 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/04/29(水) 13:46:15 ID:68zAVEv8
おれも牢籠してー

124 名前:人間七七四年[] 投稿日:2009/04/29(水) 14:59:47 ID:xLxrkhBd
>>110なんと言う七人の侍w

125 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/04/29(水) 15:03:42 ID:T5Qybrp8
>>109
こういうのって各地でありそうだな
俺もちょっと郷土史漁ってみようかなぁ

坂崎処分と本多正純・いい話

2009年04月30日 00:06

111 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/04/29(水) 01:19:22 ID:oZurEIPs
姉妹スレで坂崎出羽守の話が出たので関連した話でも。

幕府の要人たちは坂崎事件の対応を協議していた。結論は早期鎮圧
ということになり、坂崎の家老に書面を送ることになった。内容は
「あなたの主君の罪は許されないが、あなたが主君に薦めて自害させた
ならば出羽守の嫡男が家督を継ぎ、坂崎家が存続することを約束する」
というようなものだった。

本多正純は協議していた人たちに「家老がその要求どうりにしたら本当に
坂崎家を存続させるのか」と聞いた。この問いに要人たちは「この書面は
鎮圧のための謀略です。謀反人の家を存続させるわけがない」と答えた。

正純は書面の内容が偽りと知ると「謀略なら書面を出すのはよくない。
出羽守の不忠を断罪するために、その家老に不忠な行為をさせるような
ことを天下の政道を守る幕府がやってはならない。天下の政道は信に
基づかなければならないのだ。この事件を鎮圧するためにはすぐに兵を
派遣して誅罰すべきだ。家老に不忠を行わせた上に、騙すようなことを
すれば天下の風儀は乱れるであろう」と言って要人たちの案に反対した。

要人たちは「ですが正純殿、既に議論の上、結論は出ております」と言った
のだが、正純は「そんな結論に賛成できるか。私は署名しないぞ」と言って
署名しなかったという。

その後、このやり取りを知った柳生宗矩は「正純は批判されることを
いろいろやったが、この一言だけは天下の名言である」と言って感心したという。

正純いいこと言ってるけど、孤立してる気がしなくもない・・・。




112 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/04/29(水) 01:30:12 ID:w6tya9yd
どっかの三成を思い出すな

113 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/04/29(水) 02:05:52 ID:4Hk4+/io
もし生きていたら三成が辿ったかもね
前も言われていたけれど

116 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/04/29(水) 09:28:38 ID:7XZsnuGM
>111正純さんらしいな。一理あんのにその言い方じゃあ同僚に嫌われるわなぁ。

>>112-113
ただ信義っつーよか謀略としての巧拙を評しただけのようにも読める。

「赦免や御家存続の許可を(後々残り得る)書面で渡すって馬鹿なの?死ぬの?」てニュアンス。
関ヶ原後の毛利との交渉みたいに徳川(幕府)から直の手紙は出さず
仲介役を挟んでそいつに交渉させ、後で反故にする方がいいじゃん、という……


大坂の陣では上野介正純さんも色々やってるワケだが、
アレは悪名被ってでも乱世を終わらせて天下泰平百年保たせるためだって
徳川幕府なりに民衆に強弁できる大義名分を押し立てたからでしょー。
マスタープランを描いたのは(正純じゃなくて)神君と本多サドの守だけど。

117 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/04/29(水) 10:36:32 ID:Y8vMbgNv
三斎殿を(頭が)三歳殿と書くのと同義。

120 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/04/29(水) 12:20:59 ID:6BvWbNve
正純は自分が反対したところで覆らないとわかった上での
ポーズ作りのような気がする。

朝鮮陣の島津軍と白狐、赤狐・いい話

2009年04月30日 00:05

126 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/04/29(水) 16:31:29 ID:VmuoeKUA

島津で狐ということでこんな逸話を。

義弘・忠恒親子が朝鮮の役で明の大軍を迎え撃ったときのこと。
いざ敵を迎え撃たんという時に、親子が篭る泗川の新塞から
白い狐が現れ、敵中に駆け入るや風を起こし雨を降らせ、様々な奇瑞を起こして敵を混乱に陥れた。

ありがたやありがたやと親子で拝んでいると、
今度は赤い狐が現れて敵方の城へ駆けていった。

実は敵方の火薬庫爆破の使命を帯びた決死隊の佐竹、瀬戸口、市来の3人が
城の付近に潜伏していたのだが、この狐に驚きつつも導かれるままに
着いていったところ無事に火薬庫にたどり着く事が出来た。

火薬庫の爆発によって生じた混乱を逃すことなく、
『朝鮮の方扉』と呼ばれる大勝利を得た義弘だが、後に戦場を見て回っていると
矢を射られて死んだ白狐と火傷を負って死んだ赤狐の遺体を見つけた。

義弘は
「この狐達こそ我が軍に勝利を導いた霊狐に相違ない」
と、先に戦死した決死隊の三名とともに
この狐達を帰国後に市来郷の稲荷神社に祀ることにした。

このことを伝え聞いた国元の義久も
「戦場へお稲荷様語出現の様子承り奇特神妙に候」と
書状を義弘親子に送り、京都と鹿児島のお稲荷様へお礼に詣でたという。

猫に時間を教えてもらった話は有名だけど
狐もいろいろ助けてくれたんだよ!というお話。

猫神神社もいいけど鹿児島にお越しの際は稲荷神社にもお越しください
(最後に宣伝)





128 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/04/29(水) 18:18:55 ID:T5Qybrp8
>>126
この手の話にはいい話でも悪い話でも大抵狐が出てくるな
しかし紅白とは縁起がいい

132 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/04/29(水) 19:36:03 ID:kI0qyD7s
>>126
二年前に知っていたら・・・
駆け足の鹿児島観光だったけど無理矢理にでもコースに入れたなあ

133 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/04/29(水) 22:16:06 ID:9VxVrzLe
>>126
赤い狐と聞いてつい緑の狸が出ないかと期待してしまったw
そういや日露戦争では赤いちゃんちゃんこ着た狸が203高地攻略に尽力した話があったような。

134 名前:人間七七四年[] 投稿日:2009/04/29(水) 23:13:44 ID:MGGrjqgg
>>133
遠野物語であったような

太平洋戦争ではカラスが僧に化けて戦地で死者を弔ったとか
んで今は犬が服着て人間より美味いもん喰って肥満気味だとか

三成と井戸の土砂・悪い話?

2009年04月30日 00:03

60 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/04/28(火) 23:35:49 ID:pO1AnOht
豊臣秀吉が伏見城にて、庭に井戸を掘らせたことがあった。
井戸を掘ると当然、多量の土砂が出る。秀吉はそれを見苦しく思い、
石田三成に命じた。

「急いでこの土を退かせよ。」

すると三成、たくさんの貫(銭を千枚でまとめ穴に紐を通し結わえたもの)をもってこさせ、
これを切りほどき、土に銭をばら撒き混ぜ入れた。そして伏見城の人々に向かって

「これを早くもっていくがいい。」

と言えば、瞬く間にその場の土は無くなった、ということである


いや、機転の利いたいい話、といえばそうなんだが、どうもその方向性が…、
と思ったのでこっちに。




62 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/04/28(火) 23:49:35 ID:i7AWNKbR
>>60
土を混ぜっ返すならそのままどっかに持ってけよ…

63 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/04/29(水) 02:26:39 ID:vvcPHngN
紀文こと紀ノ国屋文左衛門に似た話があるな
積もった雪に銭をばらまいてあっという間に雪かきをする話
スレ違いだから詳しく書かないが

64 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/04/29(水) 03:30:50 ID:U0mzXFr7
>>60
なんていうか、公園の掃除をしてるおばさんの前で
ごみを撒き散らして
「仕事が出来てよかったでしょ?」
という、病んだ感覚に通じているな。

人足の班をいくつか編成して、土を割り振って
「一番早く捨ててきた班には褒美をやる」
のが秀吉流だと思うんだが。

65 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/04/29(水) 04:41:39 ID:44uTTwbV
>>60
花の慶次の三成のビジュアルで鮮明に脳内再生された

69 名前:人間七七四年[] 投稿日:2009/04/29(水) 08:23:25 ID:9535xoJ1
>>60
井戸掘りの逸話といい、金で人間が動かせると信じきっとるな、コイツw
いや、俺は義理人情より金で動くけどw

って、これも伏見城の井戸の逸話だな
もしかして、井戸の中に銭を入れて早くほらせたという話とごっちゃになってない?


70 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/04/29(水) 09:31:48 ID:7XZsnuGM
>>69
北楯大学さんのゴッドハンド(w埋蔵金話を思い出したわ。ありゃいい話だが

71 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/04/29(水) 10:27:39 ID:Lwia/1SR
やってることは大して変わらんし、むしろ人使いが上手いって見方も出来そうなもんだけど
三成はイメージが負の方向に大きく作用してるなあと思うわ

72 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/04/29(水) 10:31:16 ID:IeIAdGZA
>>64
そりゃさすがに違うだろ。
>>64の例えは「余計な仕事を増やしただけ」だ。

>>60のは、一応「成果給」を設定しているに過ぎないわけだが・・・

73 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/04/29(水) 10:34:51 ID:7XZsnuGM
>>65
つまりオチで(銭と土を持っていった)みんな治部のふんどしで手を拭くんですね

90 名前:60[sage] 投稿日:2009/04/29(水) 22:53:21 ID:KURZYAm1
>>69
ああ、記憶で書いちゃったからもしかしたらそうかもしれん(;´Д`)

信長だけ逸話が少ない理由は・雑談

2009年04月30日 00:01

81 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/04/29(水) 14:40:16 ID:yH9fF9XZ
まとめ見て思ったけど三傑の中で信長だけ逸話少ないな
まあ他に比べれば多いけど

82 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/04/29(水) 15:25:13 ID:e9wjnF50
三傑とは言っても天下取って無いしね

83 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/04/29(水) 15:27:17 ID:dvB/QrLR
>>82
三好長慶の正当後継者、と(歴史的な意味で)定義することも出来ないでは
ないからなあ。

84 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/04/29(水) 17:16:28 ID:zfY+GCW4
実際足利義昭を奉じて京に入ってしばらくは
細川・三好と同じような事をしてるしね

86 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/04/29(水) 17:44:30 ID:jJ/wGlDg
>>81
ロゴス=言葉で生きた人じゃなかったみたいですからね
上総介かく語りきとか右大臣のお言葉とか他の武将に比べて少ないですね

87 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/04/29(水) 17:47:28 ID:2RR18l3X
>>86
行動にしても逸話が有名過ぎるからかな?
金箔頭蓋骨とか焼き討ちジェノサイドとか。

88 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/04/29(水) 17:53:18 ID:MnG+G+jk
>>83
それは信長に失礼だろ。
三好は、形式的に将軍を推戴して中央を一時的に支配しただけ。

信長は、天皇、将軍家を凌駕して、天下を取るための体制作りをした、
結果的に本能寺で死んだけど、織田軍団はそのまま残り圧倒的な力で天下統一した。

内容から見れば、秀吉、家康の先輩になる。
存在価値、歴史的意義が違いすぎる。
(本願寺潰して、将来の宗教問題の芽を摘んだ)その他もろもろ
三好長慶?はぁ?でしかない

89 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/04/29(水) 18:08:01 ID:Gwz8TSdk
先発 信長
中継 秀吉
抑え 家康

91 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/04/29(水) 23:11:41 ID:KURZYAm1
いい悪いスレで信長の逸話が少ないのは、逸話が少ないと言うよりむしろ、
有名な逸話が多すぎて、投稿する人にいまさら感が強いのではないかとも思うw

律義者と二代目大御所の話

2009年04月29日 00:09

84 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/04/27(月) 23:17:00 ID:RP0YfCYp
律義者と二代目大御所の話

最初の養子を廃嫡してしまった佐竹義宣
すでに五十七歳、急ぎ甥の岩城義隆を新たな世継ぎに仕立てようとした
頼ったのは、当時大御所となっていた徳川秀忠である

義宣「かくかくしかじか、というわけなんですが」
秀忠「佐竹家は旧家だし、親戚とか家来筋に、義宣がこれはって思う人がいるんじゃないの?」
義宣「いえ、みな非才で…義隆は御前で挨拶してますし、大御所様がご存知なだけでもマシかと…」
秀忠「律儀だねー、まあその辺は義宣の好きにしていいよー」
義宣「ありがとうございます」
秀忠「義宣はまだ若いから、これから子供できちゃうかもしれないけどね(・∀・)ニヤニヤ
   そうなっても、義宣の選んだ人が世継ぎなのは変わらないから」

妙に義宣に優しい秀忠であった





85 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/04/27(月) 23:20:25 ID:cLzxjDfQ
ってか名門には甘い気がする徳川幕府

86 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/04/27(月) 23:25:07 ID:g1rIpQoV
「名門」って一朝一夕に作れないからね。
変に名門を潰すと、秩序体系そのものに影響を与えかねない。

87 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/04/27(月) 23:30:39 ID:cLzxjDfQ
当時の名門は佐竹、、伊達、上杉、細川、島津辺りかな?
家格は何処が上なんだろ?

88 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/04/27(月) 23:46:18 ID:NiqUqB5s
一番は佐竹では?
伊達、島津は家系が怪しいし

89 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/04/27(月) 23:50:35 ID:cLzxjDfQ
まぁ確かなのは佐竹だけど当時どの程度真偽を疑問視されてたのかによるよな
徳川が源氏と言ってる建前もあるし
新羅三郎義光も源氏ではあるけどどっちかっていうと平家よりだよな

101 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/04/28(火) 11:02:15 ID:Uuks431N
>>87河内源氏の出自なら小笠原、南部なんかもそうだっけ
大江広元の裔って毛利家に意外と甘いあたりも名門旧家マニアが故か?
なんだかんだ桓武平氏や田原藤太流もいたよな


あとは石高低くても高家の人とかね。小弓御所、陪臣だが平島公方あたりは
前の将軍・足利さんの親戚筋

吉良さんちは徳川に家系図を貸したんだっけ、よく覚えてないが新田義貞の末裔

逸話でなくてすまん

102 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/04/28(火) 11:33:13 ID:nqOR1X53
日本史上で一番新しく氏族として認められたのって豊臣氏で当ってるよね?
まさか秀吉も二代で豊臣氏の栄華が終わるとは思わなかっただろうな・・・・
と思ったが五大老への遺書を見ると、豊臣氏の先行きに関してはけして楽観視してはいないな。

103 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/04/28(火) 12:23:22 ID:ofVoG2N1
>>102
秀吉自身幼君を立てて権力を握っていったからな
この先どうなるか嫌っていうほどわかってるだろう

104 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/04/28(火) 20:34:37 ID:2kFRY5vE
そういえば、島津って頼朝の子孫って設定になってんのねw

106 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/04/28(火) 20:46:55 ID:u3/+4KUG
>>104
初代当主の忠久の生母は、頼朝の愛妾の丹後の局、
あの十字の紋も頼朝からもらったことになってる。
まあ、島津家の資料にしかない記載だからあくまで
そういう設定なだけかもしれないけど。

ちなみに丹後の局のお産を狐が助けたという言い伝えもあって
島津家では狐は大事にされたそうな。

119 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/04/29(水) 12:03:55 ID:9Wh5GN8d
>>106
そう言えば義久の兜の前立にちっちゃい狐ついてたっけな
島津家伝来の大鎧だったっけ?

狐の嫁入りとも言われる天気雨(狐雨)は島津家にとって吉兆の験だったらしーね
戦場では大いに士気があがったとか

126 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/04/29(水) 16:31:29 ID:VmuoeKUA
>>119
>狐の嫁入りとも言われる天気雨(狐雨)は島津家にとって吉兆の験だったらしーね
>戦場では大いに士気があがったとか
そうそう、島津雨って言うらしいです。

蜂須賀家政、孫を諭す・いい話

2009年04月29日 00:08

92 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/04/28(火) 01:34:15 ID:78epXXKV
蜂須賀家政の孫の忠英は幼年の頃やんちゃで、家来たちは非常に
手を焼いた。もうどうにもならんということで、家臣たちは家政に
忠英を戒めるよう頼んだ。しかし家政はすぐに忠政を戒めなかった。

しばらく経って、家政は忠英と食事しているところに、家臣に命じて
犬を連れてこさせたが、なぜかその犬は家政の顔を見ると怯えだし、
逃げ去ってしまった。犬が逃げると、家政は庭に粟をまいた。すると、
雀がまかれた粟に群がった。そして政はおもむろに忠英を抱えると

「いいかい忠英。さっきの犬はわしがいつも杖でひどく叩いたので、
わしを見て逃げ去ったのじゃ。対して雀はいつも可愛がっておるから
すぐに集まって逃げたりはしないのじゃ。主君と家臣の関係も同じで、
日頃愛をもって接していれば自然と家臣は主君を慕うのじゃ。だが、
権威で押さえつけるようなことをすれば、従わないだけでなく、犬の
ように逃げだすことじゃろう。今言ったことはよく心に留めるのじゃぞ。」

と諭したのだった。どうやらすぐに忠英を戒めなかったのは、犬の
仕込みと雀の飼い馴らしをしていたからのようだ。




97 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/04/28(火) 09:12:37 ID:i7AWNKbR
>>92
ずいぶんと回りくどいことをw
ってか結果息子はちゃんと心変わりしたんだろうか?

100 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/04/28(火) 10:48:36 ID:Uuks431N
>>97蜂須賀家政公て
なんか病で出仕を休んでて(なのに)往来で殿と出くわし、
錯乱した家臣の受け答えをサラッと流した寛容仁愛の人だね。<まとめスレにあったはず

きっと小六正勝さんも面白い人だったろうと期待してしまふ

越前松平家家臣、吉田修理「こんなこともあろうかと。」・いい話

2009年04月29日 00:06

94 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/04/28(火) 04:01:46 ID:pO1AnOht
『こんなこともあろうかと。』

吉田修理は元は関白秀次に仕え、後に結城秀康に仕えた人であった。

・修理が始めて結城秀康にお目見えしたときの事。
秀康は丁度その頃、北ノ荘の城を改修しており、修理に向かって

「これより二の丸の虎口縄張りの改めをせねばならぬ。おぬしも付いて参れ。」

と、その席より立ち、修理もそれに付き従った。
さて、工事現場に着くと、どういうことか長さを測る間竿をなくし、その場の者たちが困っていた。

「何をやっておるのか!早く見つけて縄張りの計測を再開せよ!」秀康公も不機嫌そう。
しかし間竿は見つからずみな慌てている。その時である

「お待ちください!」

秀康の傍にいた吉田修理が声をかけた

「こんなこともあろうかと、家臣にこれを持たせておりました。」

一同「ああーっ!それは間縄(一間ごとに結び目をつけた縄)!!これで長さが測れるー!」

流石は名臣吉田修理。


・結城秀康の嫡男松平忠直の下に、将軍秀忠の娘、勝姫のお輿入れがあったときの事。

吉田修理はお迎えのため、街道まで出ていた。その日は快晴であったのだが、どうしたわけであろう、
にわかに曇ったかと思えば、たちまち激しい雨となった。お輿入れのお供の者たち、突然の雨に打たれ
困惑した、その時である

修理「こんなこともあろうかと。これを用意しておりました。」

一同「ああーっ!それは大量の傘!お供の者全員にいきわたるように2,3百本はそろえてあるーっ!」

流石は名臣吉田修理。


・松平忠直が、その家臣久世但馬を成敗する、と言うときの事。

吉田修理の屋敷は、久世但馬の隣であった。
この久世成敗の時、その混乱の中で屋敷は出火し、大変な家事になったのだが、
不思議と隣の吉田修理邸に延焼することは無かった。

後で人々が、「あなたの屋敷は無事で本当によかった」と言えば、修理

「こんなこともあろうかと、あれを用意してました。」

一同「ああーっ!久世の屋敷に近い長屋には残らず濡れムシロがかけられているー!!
延焼対策は万全だーっ!!」

流石は名臣吉田修理。




95 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/04/28(火) 06:55:16 ID:jVetBLIH
そんな用意のいい吉田修理ですが、秀次、忠直と主君二人の暴走を止める事は出来ませんでしたとさ・・・

96 名前:人間七七四年[] 投稿日:2009/04/28(火) 09:10:22 ID:vfKB/cMf
秀次の暴走は嘘だらけだが

98 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/04/28(火) 10:10:38 ID:Hy9SfFOw
吉田修理の家臣、常に大荷物を持って付き従ってそうだな。

99 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/04/28(火) 10:41:41 ID:Uuks431N
>>94某宇宙戦艦の真田技師長かとおもたw

どこかで忠直卿を諌めることができたら名臣に「忠臣」の評も加わったんだろうがちと惜しい。

105 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/04/28(火) 20:37:41 ID:yx6NYlMK
>>94
吉田修理があのタヌキ型ロボットとしか思えなくなったじゃないかw

107 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/04/28(火) 20:47:36 ID:QfIzPQnM
戦国の世で、さすがに虎右衛門と名乗るのはいないだろうな。

蒲生氏郷「後ろが重要か、前が重要か」

2009年04月29日 00:05

30 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/04/27(月) 23:49:10 ID:g1rIpQoV
特に悪くも良くも無い話ですがw


蒲生氏郷が、その頃名伯楽として知られた”こつひら”と言う者に尋ねたことがあった。
「速い馬と言うのは、前足が強いから早いのであろうか、それとも後ろ足が強いためであろうか?」

こつひら、「後ろ足の強い馬が、速いと存じます」と答える。

しかし氏郷

「わしは幼い頃より、信長公の傍にて多くの事を見聞きしてきた。
信長公は常に『合戦は先手を取られれば、そこから二の手で持って盛り返すことは難しい。
とにかく先手を取る事を第一に考えるべきだ。』と、おっしゃっていた。
そこから考えるに、前足の強い馬こそが早いのではないか、そう思ったのだが。」

こつひら謹んで言うには
「私は卑しい身分の者であり、先ほどのお話のような、高等な事は解りませぬ。
ただ、私は元々西国の人間ですが、船の往来を見ると、前艪よりは供艪に上手な水手を立て、
押し出すような形にしたほうが早くなります。逆に前櫓が良くても供艪の押し手が駄目な船では、
その船の運行自体うまく行きません。
船も馬も、遅速の理は一緒であると考えます。」

これに氏郷も納得した、とのことである。

しかしまあ、「三つ子の魂百まで」と言いますが、
氏郷は少年のときから学んだ信長の教えは、何にでも応用できると考えていたのだな、と言うお話。




32 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/04/28(火) 00:06:16 ID:i7AWNKbR
>>30
まぁ歴史オタも初めにみた文献を盲目に信じてたりするし

45 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/04/28(火) 17:55:50 ID:47U7LjUP
>>30
車でいうところのFFとFR、どっちが早いかみたいな話になるのかな

それと照らし合わせて考えるとそのときの状況により違うし、
馬と船じゃ比較するところが違うから同じに考えたらイカンだろ

61 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/04/28(火) 23:36:51 ID:RsOXPSRD
>>45
スカイラインの生みの親といわれる櫻井真一郎氏談
「スカイラインはFR(後輪駆動)にこだわります。クルマは4輪です。
例えば4足歩行動物のライオンやチーター、トラなどは後ろ足で推進力を、
前足で方向をコントロールしています。その動きが一番自然なのです。
そこに我々のスカイラインがFRであるべき理由があるのです。」

66 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/04/29(水) 05:40:17 ID:JOrmjICJ
>>30
亀レスだけど、
現代の競走馬だと、前足の筋肉が発達してて、かき込む力が強い馬は先行力がありダートが強く、
後ろ足が発達してる馬は一瞬の切れ味に優れていて、芝向きの印象がありますね
当時の戦場や街道は力のいる馬場だったはずだし、実際は前脚の発達した馬の方が
早かったんじゃないかな
戦況によっては切れ味勝負タイプの方が活躍できたかもだけど

67 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/04/29(水) 06:15:35 ID:jJ/wGlDg
>>66
来月のみやこ競べ馬、帝杯の入れ札は決まりましたかな。

68 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/04/29(水) 06:16:01 ID:JZ1CZIc5
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1111312551

当時の馬に関してはこの質問と回答がなかなかいけているぜ
議論の参考にしてみてはどうかな

前田利常、気ままな悪い話

2009年04月29日 00:04

14 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/04/27(月) 19:09:38 ID:nsZKp1fD
戦国ちょっと暢気な話(ry



31 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/04/28(火) 00:04:14 ID:i7AWNKbR
>>14
暢気で悪い話って中々無い気が…

前田利常が登城すると城中に立て看板があった
見てみると

小便禁止、やったら金一枚の罰金

と書いてある
どうも度々ここで立小便をする者がいるようだ

これを見て利常、なんと看板の目の前で暢気に立小便をし出した

ふぅ…

事が終わると金一枚を出して一言
「大名が金一枚惜しんで漏れそうな小便を我慢するべきかよ」

後日、例の看板を見てみると罰金の項目は無くなっていた


そういうことじゃない
利常の気ままな悪い話




33 名前:人間七七四年[] 投稿日:2009/04/28(火) 01:59:20 ID:dLVvj9sF
>>31
よりにもよって江戸城でかよw

34 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/04/28(火) 04:06:18 ID:jVetBLIH
江戸城で金玉出したりもしてるよね>利常


35 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/04/28(火) 04:23:06 ID:URKOxunW
利常は大藩である加賀100万石を守るため、幕府にあえて暗愚の君とふるまって
改易や減封を逃れようとしただけだよ。

36 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/04/28(火) 04:58:37 ID:xaJxKf95
>>35
そういうふうに思ってた時期もありました………

37 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/04/28(火) 05:05:58 ID:pO1AnOht
露出癖や奇行=暗愚、と言う考えが間違っている。
有能でありなおかつ、体のうちから溢れてくる露出や奇行への欲求を我慢できなかっただけだと
考えれば何の問題もないw

39 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/04/28(火) 09:22:01 ID:52jZosr+
ちょっとノブヤボの利常のグラを草なぎに変えてくる。

40 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/04/28(火) 09:47:35 ID:0pFRij21
大名が城内で立ち小便するのはいいのかよw

41 名前:鼻毛[sage] 投稿日:2009/04/28(火) 10:27:22 ID:jVetBLIH
( ´π`)「タマタマや立ち小便ぐらいでガタガタいうなお」

42 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/04/28(火) 11:27:16 ID:q5PtPB/l
こまけえこたあいいんだよ

43 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/04/28(火) 11:39:20 ID:TPtUCIK5
>>40
家康は今川館で小便したそうだが

44 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/04/28(火) 14:57:08 ID:URKOxunW
あれは侮られた家康が、気概をみせんとあえて義元公の前でやってみせ、
これはと一目おかれた原因になってたような

46 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/04/28(火) 20:05:46 ID:i7AWNKbR
利常は後年”微妙公”と呼ばれたらしい
もっともこれは悪い意味で命名されたわけでは無いっぽいけど言いえて妙というか…

週刊文春はもうちょっと歴史に敬意を払え・悪い話

2009年04月29日 00:03

47 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/04/28(火) 21:11:49 ID:XU6myX0C
今日出ている週刊文春に戦国武将名参謀の条件というコーナーがあったので
いいネタがないかと思ったが

・竜造寺政家が死んだ後に高房が後を継いだという表記
・政家死後に秀吉が鍋島直茂に竜造寺家を簒奪させたという表記
・直茂が実権を握ったせいで高房が抗議の自害そして化け猫騒動へ

週刊誌じゃこんなものかと思いつつ、こうやって微妙に後に伝わる歴史が
変化して行きかねないのは悪い話ではある



48 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/04/28(火) 21:15:17 ID:pO1AnOht
>>47
週刊誌ならともかく、文庫とかで歴史物だと言っているような本でも、
こんな記述あるからなあ…

ちょっと調べれば間違っている事がわかるだろうに。
つーか、俗説ってそんなに面白いのかね?

49 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/04/28(火) 21:20:40 ID:5uOA3HiH
>>48
俗説を史実のように記載するのはまだ許せても明らかな嘘書いてる本もあるからな。
責任者調べようにも戦国○○委員会みたいな形で無責任に垂れ流してる。

坂崎出羽守直盛「坂崎事件」・悪い話

2009年04月29日 00:01

50 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/04/28(火) 21:28:22 ID:cUB9PbN5
 大坂城落城の際、豊臣秀頼の正室となった孫娘・千姫のことを想い、
家康は兜を脱いで頭をかきむしり、

 『千姫を助けた者には、姫を嫁に与える!
  大名にもしてやる!』

 と言ったため、
これを受けた石見津和野藩主・坂崎出羽守直盛が燃え盛る大坂城へ突入。
山姥の槍を振るって奮戦し、見事千姫を救い出したが、
その際、顔に火傷を負い、醜い面相になってしまった。

 さて、その後、約束通り千姫を嫁に貰おうと
徳川家に申し入れた坂崎であったが、
千姫は、醜い面相の坂崎を嫌ったため、
祖父・家康も言を左右し、なかなか話がまとまらなかった。

 そして、当の約束の本人である家康が死んでしまった後、
後を継いだ秀忠は、千姫を譜代の名門、本多家の嫡男・忠刻の元へ
嫁がせることに決めてしまった。
怒り狂った坂崎は約束を盾に猛抗議するも、
約束の当人である家康が亡くなったため、話は覆らなかった。

 結果、武士の面目も潰された坂崎は、
こうなったら嫁ぐ途中の千姫を強奪せんと、
一族を集め、江戸市中で兵を挙げた。

51 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/04/28(火) 21:31:13 ID:cUB9PbN5
 これに驚いた幕府は、坂崎邸を1万の軍勢で取り囲み、
如何にするべきか評定した結果、坂崎に切腹を命じることにし、
使者として、坂崎と親交のある将軍家剣術指南役・柳生宗矩を遣わした。

 宗矩は丸腰のまま坂崎邸へ赴き、坂崎と直談判した。
ここで宗矩は、坂崎に事の理非を諄々と説き、
自刃すれば家中から後継を立て、坂崎家は残そう、と約束したので
これに感銘を受けた坂崎は自刃、騒動は収まった。

 しかし、結局幕府はこれを反逆とし、津和野藩坂崎家を取り潰してしまった。
そのことを無念に思った宗矩は、せめてもの償いとして、
坂崎の息子平四郎と家臣二名を引き取り、
また、褒美として与えられた坂崎家の家紋「ニ蓋笠」を
江戸柳生の家紋として使い続けることにしたという。



 何気に坂崎直盛と宗矩のどちらにも載ってなかったので、
「坂崎事件」の逸話を挙げてみた。
まあ、後味の悪い話、ということで。




52 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/04/28(火) 21:34:03 ID:PqvwQ46t
何時の時代もイケメンじゃないと損するんだな。

53 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/04/28(火) 21:37:28 ID:JQIjeqiC
『卒業』とはならなんだわけですな。

54 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/04/28(火) 21:49:27 ID:1zOwe6Qj
       _
       /\ \
      / /li ̄/
      〃 '⌒´`ヽ
     Kiミ!|ノノ))))〉
    .ノ ヘ.|l ゚ ヮ゚ノ|!
    .((( と I!†iノ
   / )ノ fく/_/_|〉
   \/ し' ヽ_)

だっておっさん臭いもん

55 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/04/28(火) 22:19:27 ID:ykpsJ6wX
堀内氏久「送り届けただけで旗本になった勝ち組」

56 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/04/28(火) 22:23:12 ID:kFbYFXeG
千姫って行きずりの男を引きずり込んで散々楽しんだ挙句殺すとか
ビッチ扱いされてたらしいが本当なのか?

57 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/04/28(火) 22:33:40 ID:yx6NYlMK
明らかに中国の悪女テンプレのぱくりじゃん・・

58 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/04/28(火) 22:37:14 ID:eITAyp5i
あれ千姫の新しい嫁ぎ先の斡旋を幕府から頼まれた坂崎出羽の守が
公家との縁談をまとめる寸前でドタキャンされた為という話もあるよな。

59 名前:人間七七四年[] 投稿日:2009/04/28(火) 22:56:14 ID:URKOxunW
千姫「イケメンがいいにきまっているじゃんw」 「キモメンやだーブサイクしんじゃえwwwww」

伊達政宗「政の市」の一言で・悪い話

2009年04月28日 00:14

15 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/04/27(月) 19:12:16 ID:g1rIpQoV
天正17年(1589)5月の事

伊達政宗は会津の郡山一帯で、残る伊達反抗勢力、高玉太郎左衛門尉の籠る
高玉城の攻略に取り掛かった。

攻める伊達軍は大軍であった。が、高玉勢も本丸にこもり頑強に抵抗、死に物狂いの防戦をした。
このためどうにも攻めあぐね、朝の四時から攻撃をし続けた伊達軍も夕刻となり流石に疲れを見せ
「今日中に攻め落とす事は無理であろう。」
と、引き上げ始めた。その時である。

高玉城に籠城する者の一人が、櫓に登り、狭間から足を出して、引き上げる伊達軍にむかって
招くように動かし、

「政の市、政の市、今日が琵琶の弾き収めだぞ!」

と大声で呼びかけた。
これに、伊達政宗が顔色を変えた。

少し説明がいるだろう。「~市」というのは、当時、盲目の琵琶法師のうち下級の階層である、
座頭の名乗りに多い物であった。
すなわちこの男は、政宗が隻眼である事を揶揄したのだ。

こういうときの政宗は、怒りを我慢しない。激怒し、馬のきびすを返し叫んだ

「この程度の城が長く耐えられるものか!一気に攻め落としあの城の者ども全員の首を、
一人ひとり捻じ切って、政の市が弾く琵琶のバチ(罰)を当ててくれよう!」

引き上げかけた全軍を、一斉に攻め懸けさせた。
そのあまりの激しさに、城主、高玉左衛門尉ももはやこれまでと、妻子を刺殺した上で
出撃、討ち死にした。やがて午後八時過ぎには、城内の者は老若男女の区別無く、
斬り捨てられたとのことである。

唯一、高玉左衛門尉の、2,3歳ほどの末娘とその乳母だけが、命を救われた。

人々は、「一人の男が正宗の事を侮蔑し、『政の市』と悪口を言ったがためにこうなったのだ」
そう、恐れおののいたと言う。

一つの侮辱が招いた惨劇、のお話。




16 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/04/27(月) 19:16:02 ID:ew2uVG4P
>15
小出森城以外でもNADEGIRIしちゃってたんですね・・・

17 名前:人間七七四年[] 投稿日:2009/04/27(月) 20:23:01 ID:G4hmVgdM
>>16
政の市「二人残してるからNadegiriじゃないよ」

18 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/04/27(月) 20:33:00 ID:RP0YfCYp
しかし、すがめなりけりとか、政の市とか
そういう系の悪口に対してキレちゃうのは分かる

19 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/04/27(月) 21:02:12 ID:EFUtm9nR
政宗は大阪の陣での味方殺しとかこの手のエピソードみると
器量が狭いというか、もっとはやくうまれても天下とれんかっただろうなあと
つぐつぐ思うわ。

21 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/04/27(月) 21:07:42 ID:EFUtm9nR
>>15が参考にしたとおもぼしきサイトをみつけたが、もうちっと続きがあるようだ。
政宗もかなりアレだが、片平助右衛門もなかなかアレな人物だ

http://www17.ocn.ne.jp/~you/aeqiaaeccaoeeoet.html

28 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/04/27(月) 23:22:13 ID:azBMNe/c
悪口とか侮辱って単純なものほどイラッとしたりもするw

38 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/04/28(火) 08:24:18 ID:SFtNehWz
>>18
たしか仙台のダルマは政宗に遠慮?して両目が入ってるって聞いた事がある。

福島正則が子供のころ・悪い話

2009年04月28日 00:11

13 名前:人間七七四年[] 投稿日:2009/04/27(月) 19:06:06 ID:9Q34Xmtc
戦国ちょっと脳筋な話が聞きたい

20 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/04/27(月) 21:03:12 ID:cLzxjDfQ
>>13
脳筋な話しねぇ…


福島正則が子供のころの話
ある福島より年長の少年が主命で奉ぜられた仕事を正則にやらせようとした
しかし正則は「俺はお前の家来じゃねぇ!」と拒否
怒った少年は正則を叩いた

その刹那、正則はなんと刀を抜き少年を切りつけた!

肩からの鮮血に塗れる少年の衣服、たちまち少年は号泣し出した

が、正則はこれで済ますどころか
今度は泣き叫ぶ少年を拳でボコボコにしだした

正則は騒ぎを聞きつけた家人に止められる
何故こんな事をしたんだと問われたが正則はしれっと

「こいつもう16歳だぜ?こんな軽症で泣き叫んで人に助けを請うおうとするような臆病者、
 鉄拳加えて懲らしめないと駄目だろ?」


その後どうなったのかは判らない…






22 名前:人間七七四年[] 投稿日:2009/04/27(月) 21:21:52 ID:PSvVlAdV
市松ってガキの頃の方がヤバいんじゃ…

24 名前:人間七七四年[] 投稿日:2009/04/27(月) 21:41:04 ID:Cdej5ynw
>>22
厨房くらいで喧嘩で人斬ってるって読んだ
司馬遼に狂人って書かれてたね

25 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/04/27(月) 21:43:50 ID:zLG5+69h
鬼武蔵ならそこでちゃんととどめさすのに、これだから市松はw

26 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/04/27(月) 21:53:53 ID:+rH1QUGU
>>25
ジョジョのプロシュート兄貴思い出した

27 名前:人間七七四年[] 投稿日:2009/04/27(月) 22:04:00 ID:9Q34Xmtc
>>20
かたじけない!
今週は清々しい脳筋週間としてもっと脳筋話を!

29 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/04/27(月) 23:48:43 ID:j3pDo5AZ
>>20

気合を見せてみろと言われて交番だかを襲ったガキと同じ匂いがする市松w

細川忠興、無駄になった仕事への評価・いい話

2009年04月28日 00:10

68 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/04/27(月) 02:58:34 ID:g1rIpQoV
細川忠興が、公儀普請を仰せ付かった時のこと。

忠興は家臣の加賀山権左衛門に、その普請の見積り計画書を作らせた。
加賀山は仔細に検討した綿密な見積りを作るが、それを忠興に提出する前に、
この普請自体が中止になり、当然、加賀山の作っていた見積りも、
もはや不必要と言う事になってしまった。

しかし、忠興の近習の者達は、
「加賀山は実に見事な仕事をしていたのに、これをなかった事にするのは酷すぎる」と、
その見積書を忠興に見せた。

忠興はそれを見て大いに感じ入り、その夜、加賀山を招いて、
「無駄にはなってしまったが、見事な仕事をした。」
そう申し述べ、千石の加増を約束した。

ところが加賀山、翌日さらに忠興に呼び出された。
何事かと思って御膳に出れば


「加賀山、昨晩はお主に千石加増などと言ってしまったが、あれはわしの目利きが違っていた。

あれからお主の見積書を仔細に確認してみた所、そなたの作った見積りは、
そのすべてにおいて完璧であった。

普請がなくなったとはいえ、これだけ詳細なものを作り上げた事、これは普請を勤めたのと同じ事である。
またこれは、今後も普請の見積りを作る際の手本となるであろう。

これほどの仕事をしたお主の手柄は、千石では足らぬ。後日更なる加増を約束する。
今日はわしの不明を謝りたくて呼んだのだ。」

家臣の無駄になった仕事を評価し、さらに評価し足らなかった事も反省した、忠興公のお話。




69 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/04/27(月) 04:28:17 ID:Ia3zSJ6s
>>68
うちの社長がこんなだったらオレは今頃万石もらって専務だわ

70 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/04/27(月) 08:17:28 ID:aAmeUaoF
>>68
そこで三河武士なら「普請が沙汰止みになったのに恩賞など頂戴できませぬ」とか何とか
また面倒くさいこと言い出すのだろうな

71 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/04/27(月) 11:00:21 ID:ew2uVG4P
>>70
ツンデレは日本伝統の様式美だな。

精神年齢三斎のヤンデレも実は源氏物語の昔からあるわけだが('A`

72 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/04/27(月) 12:41:23 ID:ry4ZEnjz
六条御息所かぁ。精神年齢三斎さまも生霊とか出しそうな雰囲気だな、そういえば。

73 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/04/27(月) 18:07:35 ID:fccQsgrw
最古のツンデレは乙姫だろ
「べ、別にまた来て欲しいから玉手箱あげたわけじゃないのよ!//」

74 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/04/27(月) 20:37:04 ID:ew2uVG4P
>73単なる罠じゃ……

76 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/04/27(月) 21:09:13 ID:BtmGPM2Y
浦島って成立年代はいつごろだっけ?

77 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/04/27(月) 21:13:48 ID:iT3vudze
浦嶋子は風土記じゃなかったっけ?

90 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/04/28(火) 00:18:44 ID:evGzxcoB
>>74
玉手箱でジジイになった後、鶴にトランスフォームして
乙姫の元へ行き結ばれる、って話だったはず。

忠利さんに厳しい忠興・いい話

2009年04月28日 00:08

75 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/04/27(月) 20:50:48 ID:aQ6cQfyV
寛容な忠興に続き厳しい忠興。

三斎様から忠利さんへ(いつものように)お手紙ついた…が、時に毛色の違う手紙もあった。

「昨日の墨跡三百貫と申す由候、百五十貫になら、取り申すべき者に候。
たって聞き被るべく候。」
(昨日の掛け軸は金三百貫という話だが、百五十貫で良い。交渉し直してこい。)


「御かざり書立て越し被り候内、円座之御茶入は如何様に見て被り候哉。
ちと平き様に在り被るべきかと存じ候。昔は日本に四つの茶入に候えつる、
入らぬ義ながら様子承りたく候。」
(おまえが将軍の茶会に呼ばれた時の茶器一式を聞いたが、そのうち『円座茶入』を
どう見たか?書いてある様子だと少し平たいようだが、昔から日本四大茶入として
知られた道具のことだ。余計なようでも、感想を言ってほしい。)


「鮎持ち給いて候、此のあぶり様にては無き之候。からりと汁の無きほどに
あぶりたるが能く候。
(略)
利休の茶杓とて持ち給い候、利休の手にも取られざる茶杓にて候。
知らぬ者が似せたる物に候。」
(こないだの鮎、なんだ?焼き方が全然ダメ!鮎はカラッと汁気がないくらい焼くのが
いいんだよ!
あと、『利休作』とか言って送ってよこした茶杓だけどなぁ…こんなモン利休先生は
触ったこともないだろうよ!ニセモノじゃねーか!!)


尊敬する利休から継承した『道』については、たとえ跡取り息子でも容赦しない
三歳様でした。




78 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/04/27(月) 21:14:35 ID:MPu1wz+O
>>75
英才教育だね。

79 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/04/27(月) 21:36:02 ID:Cdej5ynw
>>75
やな父親だよったくw

80 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/04/27(月) 21:46:15 ID:nDjNxJm+
今度鮎焼くときは細川家風にしてみよう

81 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/04/27(月) 22:18:19 ID:wX9Wk8Pn
    _ □□    _      ___、、、
  //_   [][]//   ,,-―''':::::::::::::::ヽヾヽ':::::/、  誰  焼   こ
//  \\  //  /::::::::::::::::::::::::::::::i l | l i:::::::ミ  だ  い   の
 ̄      ̄   ̄/ /:::::::::,,,-‐,/i/`''' ̄ ̄ ̄ `i::;|  あ  た  
―`―--^--、__   /:::::::::=ソ   / ヽ、 /   ,,|/   っ  の   鮎
/f ),fヽ,-、     ノ  | 三 i <ニ`-, ノ /、-ニニ' 」') !! は  
  i'/ /^~i f-iノ   |三 彡 t ̄ 。` ソ ハ_゙'、 ̄。,フ | )         を
,,,     l'ノ j    ノ::i⌒ヽ;;|   ̄ ̄ / _ヽ、 ̄  ゙i )
  ` '' -  /    ノ::| ヽミ   `_,(_  i\_  `i ヽ、 ∧ ∧ ∧ ∧
     ///  |:::| ( ミ   / __ニ'__`i |  Y  Y Y Y Y
   ,-"        ,|:::ヽ  ミ   /-───―-`l  |  //     |
   |  //    l::::::::l\    ||||||||||||||||||||||/  |     // |
  /     ____.|:::::::|    、  `ー-―――┴ /    __,,..-'|
 /゙ー、,-―'''XXXX `''l::,/|    ー- 、__ ̄_,,-"、_,-''XXXXX |
/XX/ XXXXXXXXXX| |         _,  /ノXXXXXXXXXX|

82 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/04/27(月) 22:22:11 ID:NfgKVbmD
鮎をたらふく食って死にたい

83 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/04/27(月) 22:26:21 ID:KHFjlfRW
>>81
wwwww

おまえの息子だよw

91 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/04/28(火) 00:38:30 ID:nPOmxtln
細川は芸風から考えると細川の血よりも清原の血のほうが濃いのかしら
それとも生き様からするとまさに細川の血そのものな生き方なのかしら

93 名前:人間七七四年[] 投稿日:2009/04/28(火) 01:57:51 ID:dLVvj9sF
>>81
いつから雄山先生になったんだYOw

鬨の声と言えば

2009年04月28日 00:06

982 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/04/26(日) 22:37:47 ID:6xTTMmZ8
では新スレ立ててみるよ。

983 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/04/26(日) 22:39:42 ID:6xTTMmZ8
http://gimpo.2ch.net/test/read.cgi/sengoku/1240753114/
新スレたちました。

エイ エイ オ~

984 名前:980[sage] 投稿日:2009/04/26(日) 22:50:46 ID:/bDfLDJK
>>982さん乙です。
ありがとうございました!
次も頑張っていきましょう

えい えい お~

985 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/04/26(日) 23:26:50 ID:uNcdy9DF
かけ声ってやっぱ軍団ごとに違うんだろうか?

986 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/04/27(月) 01:22:59 ID:cDNZsLwg
勝鬨のエイエイオーは武田流じゃなかったっけ?

つまり日本のスタンダードになった

987 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/04/27(月) 01:41:49 ID:LhcYXg3S
>>986
徳川が採用したからなー



988 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/04/27(月) 02:17:38 ID:g1rIpQoV
鬨の声に関しては

「エイ エイ エイ!」←確か初期の三河流はこうだったとか
「エイ トウ エイ!」
「エイ エイ トウ!」←武田流

と、何種類かあったようね。勝ち鬨によってどこか勝ったかって言うのも
解る様になっていたんでしょうな。

鬨の声と言えばこんな話が


永禄十三年、武田信玄が駿河の花澤城を攻めたとき、信玄の旗本の
落合冶部と言う者が討ち死にした。

敵はこの冶部の首を取ろうとし、冶部の弟左平次をはじめとする武田軍の面々は、
屍骸を引き取ろうと駆けつけ、敵味方入り乱れる混戦となった。

この時、これを高台の本陣から見ていた武田信玄は、旗本の者たちに一斉に鬨の声を上げさせた。

敵、突然の鬨の声に驚き、城に引き返した。
このため武田方は無事、落合冶部の屍骸を回収したとのことである。


しかしこれは悪い話ではないなw




989 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/04/27(月) 02:29:12 ID:WWgVKOza
さすがだな

まあそれはどうと猪木の例のあれも勝鬨の一種だろ

123 ダー

990 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/04/27(月) 03:24:03 ID:j3pDo5AZ
それでは皆さん、ご唱和ください
3 2 1 ハッスルハッスル!

991 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/04/27(月) 07:44:21 ID:cLzxjDfQ
>>970
これ凝視してたからバレちゃったんじゃないか?w
>>988
とっさの機転が素晴らしい
悪い話じゃないけど

992 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/04/27(月) 11:48:22 ID:0tRj070S
勝ち鬨って、風水とか縁起とかが絡んでて、その場合に応じて
やり方も音頭取る人間も変えるんじゃなかったっけ?

ウロ覚えだが、そういうのを以前 本で読んだ気がする。

993 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/04/27(月) 12:45:46 ID:KdXQKSKT
一本締めといっているのにパパパンとかやる奴は戦国の世なら打ち首

994 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/04/27(月) 12:49:12 ID:Hr6pjrrp
一本締めなら「パパパン パパパン パパパンパン」だな。

995 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/04/27(月) 13:27:22 ID:KdXQKSKT
wikipedia読んできた
なるほど、一本締めと一丁締めがあるのか。勉強になったでござる

しかし拙者の周りもこの二つを混同しているものばかりなので
この知識はしまっておくでござる

996 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/04/27(月) 14:15:49 ID:+7ox6Tct
一本締めの派生として伊達政宗が三国一をめざすぜ!の意味を込めて3回と1回手をたたく(パパパン、パン)伊達一本締めなるものがあったそうな
ただ徳川の天下になるとヘタレて止めてしまったそうだが

「姉川合戦図屏風」の真柄十郎左衛門

2009年04月28日 00:02

997 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/04/27(月) 17:47:20 ID:g1rIpQoV
埋めがわりに、いい話のほうの前スレの最後の方に出てた、
大太刀「次郎太刀」を振るう「姉川合戦図屏風」の真柄十郎左衛門
http://www2u.biglobe.ne.jp/~yanop/retuden/magara.jpg
真柄十郎左衛門

998 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/04/27(月) 18:08:16 ID:cLzxjDfQ
…人間?

999 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/04/27(月) 18:20:07 ID:vZlNsp3V
漫画みたいだな、ここまで長いと

1000 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/04/27(月) 18:20:51 ID:oR3QUYm7
柄だけで脇差より長いなw

1001 名前:1001[] 投稿日:Over 1000 Thread
      /    `ヽ、
      ー┬――─‐ァ
      / ̄ ̄ ̄ ̄,l,
    _/     ,、r'" _」
.    | ̄ ̄ ̄ ̄ ,、r:''゙ヽ、
   /`'''''''''''''''''''" ヽ::::::::::ヽ
   /  秀家    ゙ヽ:::::::::',   ごくろう。このスレはみごと統一された。
  ゙|゙゙゙'''   ‐‐''""'  ';:::;r==,、  さすればおぬしらには次スレの攻略を命ずる。
.  |エi> ,'  イiエ>  レ'゙,r .,l }  
  i.  /         Y./ノ   さあ泳いでゆけ、現代のもののふたちよ!
  l  {  .、          /      
  ',  ` ''  '       rTヲ
   '、 `'ー‐''"    / lzュ、__
---‐ヽ  -'     /  〃ィ ヾ'‐,--        
 / | |iゝr;ァ--‐''"   〃/./  l  |         戦国時代(仮)@2ch掲示板
./  | | ',ヾ゙      / / /  /  l        http://hobby9.2ch.net/sengoku/




参考
朝倉家臣、真柄十郎左衛門の大太刀「太郎太刀」
http://iiwarui.blog90.fc2.com/blog-entry-1909.html

毛利輝元の撤退と神社の籤・いい話

2009年04月27日 00:11

41 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/04/26(日) 00:13:41 ID:gJ44A6sQ
毛利輝元が播州での戦に破れ、撤退していた時の事。

敵の追撃があって危険な状況の中、その先の道は二手に分かれていた。
この時、道脇に神社があるのを見つけた輝元、ここに立ち寄って社人に

「どちらの道を通ればよいか」

と聞けば社人、籤を引いて「そちらの道から落ちられると良いでしょう」

輝元、これをかしこまって申し受けたが、いわれた事をまるっとスルーして
逆の道を通って下った。

さて、間もなく敵の追撃部隊がやってきた。
彼らもこの神社を見つけ、社人に「どちらに逃げたか」と聞いた。
そこで社人は籤でこのように出ましたと経緯を説明。追っ手もその教えられた道を追撃。
おかげで輝元一行は無事、逃げおおせたとか。

輝元籤を逆手に取った気転のお話。




42 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/04/26(日) 00:38:57 ID:PDdcun8C
とっさの時に、良い判断ですな

53 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/04/26(日) 10:18:42 ID:ia0c2yit
>>41
これさらっとしてるけどいいな
社人が気を利かせて逆の道教えていたら大惨事だろうけど

63 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/04/26(日) 17:28:37 ID:YfWISDUb
>>53
TERU直卒の軍勢が播州で敗走ってそもそもあったっけ?

64 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/04/26(日) 17:44:07 ID:ia0c2yit
>>63
お、俺に聞くなよ
逸話書いた人に言ってくれよ

65 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/04/26(日) 18:07:35 ID:B7ww1LE9
上月城の時は毛利の勝利だし
三木城の時はTERUは出陣してないもんなぁ

67 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/04/26(日) 18:31:40 ID:aHolapUk
どこかの奥方を攻めに行ったけどだめで敗走してたって事にしておくんだ

徳川家康と、安藤直次の「一万石」・いい話

2009年04月27日 00:10

43 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/04/26(日) 00:52:29 ID:/0ZTGJE0
ある時、徳川家康は側近たちにそれぞれ一万石を与えた。しかし、
安藤直次だけ横須賀五千石だった。じつは家康は横須賀が一万石だと
思いこんでいたのだ。

それから十年。家康とかつて加増された者たちが一同に会したことが
あったがそこには直次もいた。

「以前お前たちに一万石ずつ与えたが、その後どんな様子だね」

と家康は家臣たちに尋ねたが、直次だけは五千石しか貰っていない。
そこで家臣たちの一人がそのことに言及したのだった。

「あのー、畏れながら直次だけ五千石なのですが・・・」
「え?!マジで?」

家康は加増から十年目にしてやっと初めて自分の勘違いに気付いた。

「そうだったのか・・・。わしは決して直次だけ低い禄高にしようと
思ったわけではないのだ。それにしても、
直次はわしの間違いを顔に出さず、口にせず、怨みも怒りも抱かずに
今日まで耐えてよく頑張った!感動した!」

そう言うと家康は足りない五千石と十年分の差額の五万石を併せて
加増した。これは今まで勘違いしていたことを恥じたことと、直次が
決して家康の間違いを指摘しなかったことを賞してのことであった。




46 名前:人間七七四年[] 投稿日:2009/04/26(日) 01:41:30 ID:YnD78bO+
>>43
何処かの家臣には500石足りなかっただけで不満ぶちまけて、庇ってくれた同僚にも
泥をかける行為をした家臣がいたようなw


47 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/04/26(日) 02:36:44 ID:B7ww1LE9
加藤さん家の庄屋殺しのことかー

48 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/04/26(日) 02:37:53 ID:8545qA0V
>>43
これって山内一豊でも同じ話が伝わってるよね
家康うっかりしすぎだろw

49 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/04/26(日) 03:19:45 ID:3FVLr0/W
安藤直次さんはメンドクサイ三河武士の中でもメンドクサイ逸話が
豊富な人だけど、この場合はいい方に作用したんだな。

50 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/04/26(日) 07:57:17 ID:GKOsqRac
>>49
めんどくさいから意見具申しなかったってこと?
昔の人はすごいな。

54 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/04/26(日) 10:34:46 ID:cY7WK7BI
家康の場合、ケチで有名だからわざと間違えたフリしてる様な気がしなくもない。
「あー、こいつはどうせ文句言わない奴だから、余裕が出来るまで後回しでいいや」

55 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/04/26(日) 10:43:09 ID:jQ0lsR8U
批判がしたいためだけに思い込みで批判をする人間の小さきことよ

56 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/04/26(日) 10:44:53 ID:gJ44A6sQ
つーか一豊の場合、土佐は太閤検地の時は9万8千石だったのに、
実際に拝領してから検地したら20万2千6百石余だったらしいからね。
倍以上。

これについては家康の持った印象の方が正しかった。

57 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/04/26(日) 10:58:09 ID:+Juf3Ch9
>>56
一領具足を大粛清したからな。
みんな田んぼせいやー という

58 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/04/26(日) 12:37:28 ID:bbVM4j9U
>>50
意地にかけて恩賞ごときで主君に不満などいえるか、ってとこじゃね


垪和郷攻防戦、そして竹内氏のその後

2009年04月27日 00:08

962 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/04/26(日) 10:13:21 ID:y97dQQ3f

便乗して同じ時期、伊賀領と旭川を挟んで隣の地域の話。
美作高城主竹内善十郎為能は当時毛利に属しており、彼の治める垪和郷は毛利にとって
備中から美作東部、因幡方面へ向かう回廊の一つであった。
宇喜多にとっても竹内氏は美作西部への兵站に目障りな勢力であり、吉川元春による失地
回復の為出陣した宇喜多本隊により、竹内一族の一の瀬城も呆気無く攻略された。

そこで竹内氏は近隣の地侍に合力を求め、毛利にも援軍を要請し兵糧や鉄砲衆、備中勢の
加勢を得て守りを固めていた。また備中との境目にも改めて毛利の一所衆が配備されて、
その何割かが垪和郷に後詰として着陣していた。
さて、垪和郷攻防戦は天正八年二月に始まり緒戦は毛利方有利であったが
戸川、岡、長船らの部隊が到着すると逆転した。
諸城陥落し城兵は高城へと落ち延びていき、三月中旬ついに高城合戦が始まった。

前置きが長くなったが、ようやく本編。
宇喜多家臣馬場重介職家は谷の方面の討手であったが、数刻経っても敵が現れない。
退屈して嶺に上ると出会い頭に敵と遭遇してしまった。敵は五段に備えていたが、
鉄砲で備えを崩し自身も槍をふるって三段目まで打ち破ったところで
敵の鉄砲が重介の右の股に命中した。鉄砲が放たれる中、重介は心は猛く進むが、
出血多くもはや前進できなくなり、土手を楯にして討ち死にする覚悟で敵を待ちうけた。

その時向かいの谷の柴の陰から鉄砲が放たれ重介の右肩甲骨の内から肘までうち抜いた。
竹槍で布袋を突き通したような感じで、目もくらみ、心も動転し、
世界がまるで朝顔の花の色のようにみえたという。

気を取り直して眼を開くと、田中藤介が登って来て、重介を励まし退くように説得した。
重介が、「深手を負ってしまい敵の追手に討たれるに違いないから潔く自害したい、
藤介こそ早く退け」と言うと、藤介は「某、ここを一足も退いたりしない。この覚悟なら
堅固に防ぐことも難しくない」と言い、そこに重介の部下も来て重介を引きとった。
藤介は一斉に鉄砲を放たせ槍をふるって突入し、敵は引き揚げた。

この谷は激戦で多くの血が流されたので大血谷と呼ばれ、現在の地名大地谷の元になった
と伝えられている。鉄砲に討たれた瞬間のことを記述している珍しい話である。

963 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/04/26(日) 10:19:17 ID:y97dQQ3f
その後の話
竹内氏は高城合戦で数回大規模な攻勢を掛けられるが、その度防戦撃退し、ついに宇喜多
の将の一人平尾弾正を討ち取った。竹内方の勝利で宇喜多勢は陣を引くが、包囲は続く。
同月の辛川合戦、翌月の虎倉合戦では宇喜多方が大勝を収め、高城包囲網は崩れない。
竹内善十郎は弟を使者にして毛利にさらなる援軍を要請するが、包囲を突破して援兵する
のは難しいとの返事で、四月以降の毛利からの書状は現存していない。
毛利からも見捨てられた高城はその後も籠城を続けるが、
いつも通り宇喜多の調略により城将の一人が寝返り、八月落城した。

高城から谷を挟んで南側に鶴田城があり一族の杉山氏が守っていた。鶴田城主の姫は
麓で若い寺小姓と出会い、度々の逢瀬を楽しんでいたがいつの日か姿を見せなくなった。
その直後から宇喜多勢の攻勢が強まり高城陥落後、鶴田城も間もなく落城した。
落城後この男が宇喜多の間者と知った姫は、絶望のあまり旭川の渕に身を投げ、
それ以来「姫こ渕」と呼ぶようになったという。

竹内一族では竹内久盛が有名だろう。彼は一の瀬落城後、高城には入らず
播磨へ落ち延び後に宇喜多家臣新免氏を頼ったという。

馬場職家は間もなく復帰し、二年後の八浜合戦では殿をつとめ八浜七本槍に数えられる。
晩年には子供達に「侍たるもの決して臆病であってはならぬ。(中略)生きるも死ぬも
運次第で臆病になる必要がないのはこの自分の例からも明らかであろう」と語り、
七十七歳の天寿を全うしたという。







964 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/04/26(日) 10:40:51 ID:gJ44A6sQ
すごいな。このまま岡山県の新聞あたりに、歴史コラムとして載ってても
おかしく無いような話だわ。

しかしあのあたりは戦国後期まで中小勢力がせめぎあっていた中、そこに尼子、毛利、織田って
巨大勢力が介入してきてるから、一つ一つの合戦が、規模のわりに、異常に凄惨なものに
なっているって印象があるな。

966 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/04/26(日) 11:16:27 ID:+Juf3Ch9
>>964
派手な野戦をしなくても干 殺し 、水攻めとか飢餓必至だもんね

979 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/04/26(日) 22:15:56 ID:odJS4d7P
>>963
これって、あっち(いい話)でいいよ。
朝顔なんて、体験者しか語れない。

黒田長政、有馬豊氏の居城に・悪い話

2009年04月27日 00:06

969 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/04/26(日) 16:13:21 ID:gJ44A6sQ
元和6年(1620)有馬豊氏が田中忠政の病没、改易によって、筑後南部を拝領した時の事。
福岡の黒田長政が豊氏を見舞いに来て、ふと、
「そういえば有馬殿は、どこに居城になされるのですか?」
と、聞いてきた。

豊氏は
「田中家の時と同じく。久留米を居城にしたいと考えております。」と言う。

これに長政
「あなたの領地は九州の真ん中にある国であり、どの方向からも敵を受ける可能性があります。
で、あれば、居城も中心部におかず片方に寄せ、我が領地に近い場所に居城を
御作りになるべきではありませんか?
そのようにいたされれば、普請のために使う木材なども、手近ですから我が領地から
送って差し上げられますに。」

この助言に豊氏も
「いやいや、これは懇ろなるお言葉、痛み入ります。」
と、丁重に礼を申し述べた。


さて、その後豊氏、長政の助言を完全に無視して、やはり久留米を居城にした。
この件に関して豊氏は家臣たちにこう語ったそうだ。
「黒田のやつめ、あれは九州に動乱が起こったとき、速やかに筑後を手に入れるための策略だよ。」

元和偃武もかなりたったと言うのに、まだまだ野心満々(と周りから見られている)の、
黒田長政なのであった。





利休を尋ねた加藤清正・悪い話?

2009年04月27日 00:05

970 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/04/26(日) 19:01:58 ID:uNcdy9DF
加藤清正は主君豊臣秀吉が茶道に耽るのを憂慮していた
茶道は武士のやることではないと考えていたが秀吉に茶道を止めるように諫めても聞く耳を持たない

ある日清正は茶道を学びたいと千利休を訪ねた
利休はこれを大いに喜んで茶室に案内した
しかし清正、脇差を腰に差したまま茶室に入ろうとする
それを見て利休は脇差は茶室の外に置くように諭した
だが清正は刀は武士の魂故に一時も話すことは出来ないと拒否
利休は笑いながらこれを許した

実は清正、かくなる上は利休を暗殺して禍根を断とうと考えていた
これから暗殺するのに丸腰になるわけにはいかない

いざ茶室に入り脇差を側に置いて隙あらば利休を刺し殺そうを
利休から目を離さず一挙一動を凝視し続けた

が、隙がない

落ち着いて茶事をこなし釜を手にすれば釜が盾になり火鉢を手にすれば火鉢が盾になる
清正は何時までたっても寸分の隙のない利休にどうしたものかと悩み始めていた

すると突然利休が突然炉を手にとってぶちまけた
灰が室内に舞い上がり降りかかった灰が清正の目や鼻に入る
清正は堪らず庭に飛び出した

少しして利休が清正を呼んだ
行ってみると利休の手には清正が茶室に残した脇差がある

「あんたの武士の魂はどうしたんだよ。これでも俺を殺すのか?」

全部バレていた

清正は大いに恥じて、以後本当に利休から茶道を学んだという





971 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/04/26(日) 19:04:45 ID:mx+81YwH
ちょっちゅね

972 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/04/26(日) 19:29:26 ID:bpLNMAEH
一方秀吉は利休を殺した

973 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/04/26(日) 19:34:38 ID:9jfIDI/I
ダーメダメダメ!!普通に茶を点てちゃダメと申したでしょ!!?
相手に意表をつく茶会じゃないと!獲物を襲う虎の如くね!
これじゃあ宗匠の物まねで客にも飽きられるよ!!

974 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/04/26(日) 19:42:04 ID:9QGzGDJT
このへうげものどもめ

976 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/04/26(日) 19:58:36 ID:Dziv7p1l
>>970
おもしろい
やっぱり秀吉のまわりには一癖あるのが多いんだな

978 名前:人間七七四年[] 投稿日:2009/04/26(日) 21:34:14 ID:SQtq/iIq
>>970
清正は武士道をどうゆう風に考えているかよくわかった

980 名前:人間七七四年[] 投稿日:2009/04/26(日) 22:17:04 ID:/bDfLDJK
>>970
なるほどこれが落語の髭茶につながるのね



関連
千利休が五人の武将を茶事に招いた。
http://iiwarui.blog90.fc2.com/blog-entry-3585.html

今川義元と家隆の歌・いい話

2009年04月26日 00:06

23 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/04/24(金) 22:23:54 ID:Wu3b2GB1
あまり話題にならない今川義元公の逸話。

ある戦で義元は家臣に偵察を命じた。しかし家臣は戦いに巻き込まれて
やむなく敵兵と戦い、その首を持って帰って来た。義元は家臣が
任務を全うしなかったことを怒った。

「偵察したらすぐ戻れと命じたはずだ。それが功名を求めて戦うなど
言語道断、忠義を欠いておる!軍法に従って裁かれるものと思え!」

叱られた家臣はガックリと肩を落としながら、こう言った。

「苅萱に身にしむ色はなけれども見て捨て難き露の下折れ。」

これは歌人の家隆(藤原家隆?)の歌であった。その様子を見て
何か文句を言っていると思い、さらに怒った義元は側近に家臣が何を
言ったのか尋ね、その内容を知った。すると義元はしばらく
家臣の言った歌を口ずさんでからこう言った。

「当意即妙に家隆の歌を連想するとはたいしたものだ。」

義元は家臣の機転のよさに感心して怒りを解いたようであった。
こうして機嫌をよくした義元はこの家臣の罪を許したと伝える。




27 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/04/24(金) 23:02:16 ID:VA1h2ZHe

>>23
そういう逸話、いい意味で似合うな、義元

31 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/04/25(土) 13:52:36 ID:gjOBlMEZ
無学で申し訳ないが、>>23の歌の意味を教えてもらえないだろうか。
検索してみたけどわからんかった。

32 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/04/25(土) 14:08:06 ID:paH/tCa+
「秋の刈萱には、この身に染み込むような趣があるわけではない
しかし、露に濡れてしっとりと垂れる様を捨て置くには、あまりに惜しいではないか」
みたいな感じなのかな

33 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/04/25(土) 14:30:30 ID:Uk5Qv9Kx
まあつまり「確かに不必要な事だったかもしれませんが、敵を前にしてそのままスルーするのは
余りに惜しかったのです。」って事を歌に託して言ったわけですな。

40 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/04/25(土) 23:27:19 ID:14Tnsblf
>>33
オレは主君から見限られそうな自分の身を秋の刈萱にみたてたのだと思った。
感じ方も人それぞれだな

51 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/04/26(日) 08:49:30 ID:q3FoUt/T
>>34

襲撃してそいつから剣を奪っただけにしかw

52 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/04/26(日) 08:54:17 ID:Qlq8UZoS
お救いした と言うべきだな

59 名前:31[sage] 投稿日:2009/04/26(日) 13:58:35 ID:RBBtWKMn
>>32
>>33
レスサンクス。勉強になりました。

咄嗟にこういう返句ができる人になりたい……

「将軍の剣」を救う・いい話

2009年04月26日 00:05

34 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/04/25(土) 18:43:50 ID:Uk5Qv9Kx
永禄8年5月19日(1565年6月17日)、松永久秀と三好三人衆によって、将軍、足利義輝が
殺された永禄の変。
このとき義輝が、足利家稀代の名刀・名物を並べて、次々と取り替えながら奮戦したと言う話は
大変有名です。
ですが、このとき義輝の使った名刀・名物は、今もほとんど残っており、国宝や重要文化財として
大切にされていると言う事は、ご存知でしょうか?

この名刀たちを保護したのは、襲撃した三好三人衆の一人、三好政康であったと言われています。

彼は当時一流の、刀剣の目利きであり、「三好下野入道聞書」という、目利き論の著書もあり、
その鑑定術において、細川幽斎の師でもありました。
そんな、剣の価値を知る彼がいたからこそ、義輝としては皮肉な事でしょうが、
将軍邸の消失の中、この文化財は保護されたのでしょう。

三好政康は長く生き、老齢ながら大阪夏の陣に、大阪方として参戦し、討ち死に。
後に真田十勇士の一人、三好青海入道のモデルになったとも言われます。

「将軍の剣」を、救ったお話。




35 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/04/25(土) 18:54:20 ID:TJXlDhrQ
そのとき童子切安綱が失われていたら
おまもりひまりや11eyesも無かったと思うと感慨深いな。

37 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/04/25(土) 20:54:38 ID:3KJg7jmq
>>35
どらららぁぁぁああ

信長と蘭丸と地震・いい話

2009年04月26日 00:04

森蘭丸   
36 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/04/25(土) 20:08:27 ID:keYTjb6I
織田信長が鷹狩に出た時に森蘭丸らと民家に立ち寄ったところ、突然
地震が起きた。大きな地震だったのだろうか、お供の連中はこぞって
外に飛び出してしまう。しかし、信長と蘭丸は顔色を変えずに家に
留まった。やがて揺れが収まると二人は外に出て来て、蘭丸が

「どうか危険なことはなさらないで下さいませ!天下を統一なさる
お方がくだらないことで大事な御身を危険にさらすようなことはやめて
ください。揺れてる最中に申し上げようと思いましたが地震を恐れたから
言っていると思われたくなかったので今申し上げるのです。なにとぞ
お願い申し上げます。」

と述べて信長を諌めた。信長は蘭丸の切実な思いに感じたという。




38 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/04/25(土) 20:57:35 ID:5dohJfk6
>>36
その晩、信長と蘭丸は寝所で再び地震を起こした。

39 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/04/25(土) 21:03:25 ID:TSFsl2HA
誰がうまいこと言えと

竜造寺四天王の思い出

2009年04月26日 00:03

950 名前:竜造寺四天王の思い出[sage] 投稿日:2009/04/25(土) 02:35:36 ID:RnbeueR/
             ヽ 丶  \
    隆信様    \ ヽ  ヽ     ヽ
/  /    ヽ    \ ヽ   ヽ
 /   |  ヽ \     \  ヽ  ゝ           (宗麟)
ノ 丿       \   鮭 \   ヾ
 ノ  |   |  丶  \     \          (宗麟) 
   /          \     \/|               (宗麟)
 ノ   |   |      \       |         ↑
     /\        \      |         (  ↑
   /   \       /      |          )  (
  /      \      ̄ ̄ ̄ ̄ ̄         (   )
/_        \                    ) (           猫
 ̄  | な  四   | ̄         ノ⌒ ̄⌒γ⌒ ̄⌒ゝ           / /
   | い  天 4|         ノ     有馬   .  ゝ          / /
   | で 王 人|        丿              ゞ      _/ ∠
   | ね の に|       丿/|/|/|/|\|\|\|\|\ゝ     .\  /
   | ! 事 な|               │                V
――| と  忘 っ|――――――――――┼―――――――――――――――――
   / い れ てヽ  巛巛巛巛巛巛巛巛 人巛巛巛巛巛巛巛巛巛巛鍋島
    う    .も
    気
    持
    ち 



951 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/04/25(土) 02:50:52 ID:Uk5Qv9Kx
うかつにも「猫」でこんな夜中に爆笑してしまったw

952 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/04/25(土) 03:24:43 ID:tmmFTiek
コピペくせに的確すぎるぜw

953 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/04/25(土) 13:51:55 ID:72m+wc6p
五大老だって徳川家康・前田利家・毛利輝元・上杉景勝・小早川隆景の5にn・・・
あれ?合ってる・・・

954 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/04/25(土) 13:54:58 ID:wwtUAtpk
宇喜多秀家、前田年長

955 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/04/25(土) 14:52:17 ID:pcAba+0+
小早川→上杉
前田→前田
こちらは死んだら

959 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/04/25(土) 23:57:01 ID:SQVIpaHf
>>955
隆景生前に既に景勝の大老活動は始まってるから実際は六大老です。

960 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/04/26(日) 00:13:57 ID:izwvY4aM
>>959
隆景は死去ではなく引退による交代だろ。

宇喜多直家の伊賀久隆暗殺・悪い話

2009年04月26日 00:01

956 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/04/25(土) 15:40:15 ID:Uk5Qv9Kx
宇喜多直家が毛利から離れ、羽柴秀吉を通して、織田信長に付いた頃のことである。

宇喜多方の国人に、備前国津高郡虎倉城主、伊賀久隆と言う者がいた。
彼は無二の宇喜多方とされ、また毛利に「加茂崩れ」と呼ばれるほどの大敗の屈辱をなめさせた
武将であった。
が、その高名をわずらわしく思ったのであろうか、それとも何か疑念を抱いたのであろうか

宇喜多直家は、これを殺すことにした。

その頃伊賀家は岡山城下に屋敷を持ち、久隆とその嫡子興次郎が、そこと虎倉の城を
交代で在住していた。
岡山に久隆が在る時、直家は饗応を開き、城下にいた家臣国人たちに食事を振舞った。

さて、久隆は下城の途中、久隆の家臣と知り合いであった宇喜多家の料理人から、密かに
こう告げられた
「今日の料理には毒が入っていました。急いで解毒剤を用いてください!」

久隆これを聞き、「今解毒をして生き延びても、直家はとてもわしを生かしてはおくまい。
必ず殺される。同じ死ぬのなら、城に籠って討ち死にすることこそ本望だ。」
と、岡山を脱出し、馬を飛ばして深夜に虎倉の城に帰り、家人を集め篭城の支度をさせた。
子の興次郎は急いで解毒薬を作り久隆に与えたが、既に手遅れだったのであろう、
夜のあける頃に、死んだ。

それから虎倉城は半年以上篭城をし、宇喜多勢もそれを攻略できなかったが、
毛利勢が備中に攻め込んだときそれと合流し、城を放棄し共に引き上げていった、とのことである。

数ある直家の暗殺の中でも、いまひとつ目的のはっきりしないお話。





957 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/04/25(土) 19:51:39 ID:InDbnMlF
家中でもかなりの高禄を食んでたらしいし直家も死期が迫っていたから
焦りが出たんじゃないかと俺は思う。

958 名前:人間七七四年[] 投稿日:2009/04/25(土) 22:04:51 ID:1UTGwk5+
何故暗殺したのかって?
そこに人がいるからに決まってるじゃないか。

と言う冗談は置いておいて、毛利方の調略って線はないの?

961 名前:正純[sage] 投稿日:2009/04/26(日) 01:09:24 ID:24/jJNWN
>>956
で、毒が効いていないように見えるのですが

965 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/04/26(日) 11:12:15 ID:+Juf3Ch9
>>956
松田元輝を抹 殺 するときに伊賀さん一役かってるんだよな


……用済みでしか

967 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/04/26(日) 13:14:26 ID:AV6viTFi
>>961
ただ単に、宇喜多から出されたご馳走のなかに毒は入ってなくて、
「毒入ってたから毒消し飲めや つ【解毒薬】」って言って解毒薬(実はこれが毒)を
飲ませようとしたんじゃないのか……

968 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/04/26(日) 14:03:04 ID:9weSNB3d
>>967
推理小説の殺人事件とかでよく見かける方法だな