小判金事始め

2012年05月31日 21:05

485 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/31(木) 19:17:32.03 ID:HyzBlwqe
かつて金貨は大判金と砂金ばかりが通用し大変不便であった。豊臣家の治世では国々より
様々な雑金が京に集められ、銀と引き換えるに当たって兌換する者はこれを査検するために
暇がなかったが、関東では金見役が設けられ後世の一両判のような大きさの金貨が通行していた。

徳川家康が関八州の主となった後、京の彫工後藤一族の庄三郎光次という者が仕えた。
光次は聡明にして才幹のある人物で、家康の寵愛なみなみならず、側近くに召し使われた。

ある時、家康が「わしが天下を統一した暁には、お前の望みを何でもかなえてやるぞ」と
言うと、光次は「私に望みはありません。ただ、いま世に通行する黄金は重大にして不便
ですから、これを四分にして新鋳すればいささかばかりの国益となりましょう」と言った。

この提案が家康の意にかない、天下統一後は小判金が作り出され、慶長十年に光次の建議
により小判金を四分にして一分判を鋳造したところ、天下の流通は軽便となり二百年余り後の
世になっても通貨が滞ることはなかった。




489 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/06/01(金) 00:54:27.68 ID:O+KsRu1y
>>485
そういや小判てどれも金座当主として光次の花押が刻印してあるんだよな
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雑談・源氏と平氏のことなど

2012年05月31日 21:05

611 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/30(水) 09:05:56.67 ID:90ZGZe4K
坂東武者は俺の屍を超えていけ 
親兄弟が討ち死にしようとそれを乗り越えていくくらいだから源氏の身内争いもそこから来てるんだろう

612 名前:人間七七四年[] 投稿日:2012/05/30(水) 11:26:32.40 ID:GpfYLxZA
もののふですから~

613 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/30(水) 12:21:39.11 ID:B6AbKxC5
関東はもともと平氏の影響力の強い土地

614 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/30(水) 13:51:05.91 ID:GpfYLxZA
平将門さん依頼の土地だしねえ

615 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/30(水) 14:02:36.09 ID:udvbJRl2
その坂東武者に滅ぼされる平家さんw

616 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/30(水) 14:40:19.09 ID:X1C56O0Q
坂東平氏に滅ぼされた平家だね

617 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/30(水) 16:02:16.89 ID:YZI90gRc
つまり身内に殺される骨肉の争い平家さん 源氏を批判できない平家さん

618 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/30(水) 16:07:44.95 ID:HsvSAh/w
平氏も親兄弟殺してんだ

619 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/30(水) 16:38:02.63 ID:u4lbWzAX
平家≠平氏

620 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/30(水) 18:56:13.90 ID:GpfYLxZA
末裔は千葉さんあたり?

621 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/30(水) 20:45:04.57 ID:9oIrg1Nt
千葉・長尾・多賀谷・葛西・江戸・・・これくらいかな
東北まで行くと芦名とか岩城とかいるけど

622 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/30(水) 20:47:42.37 ID:z2NY+Nwy
相馬さんを忘れてるぞ!
馬追い無事に今年も開催できるといいな

623 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/30(水) 21:00:13.55 ID:Byyp4cvJ
畠山氏みたいに本来は坂東八平氏の1つだったのが、いつの間にか源氏に乗っ取られた家もある

624 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/30(水) 21:07:43.54 ID:IxCRiw0K
>>622
相馬の現当主の嫁は麻生太郎の妹なんだよな
馬追いの大将やったこともある若殿は北海道で農場経営してて震災後のボランティアで一部話題になったし
有名になった南相馬市長も相馬家臣の子孫だっけ?太郎君が現地で野菜食うパフォーマンスしに行ったのも
それと無関係ではないだろうし、旧家の繋がりって知らん人はさっぱりだろうけど知ってるとけっこう面白いよねw

625 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/30(水) 21:12:24.05 ID:B6AbKxC5
三浦氏とか三田氏も平氏
まあ同じ平氏の後北条氏に滅ぼされるんですが

626 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/30(水) 21:21:23.18 ID:YZI90gRc
そう考えると源氏がことさら骨肉の争いするとか平氏野郎のネガキャンだったんだな・・・

627 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/30(水) 21:24:55.44 ID:Byyp4cvJ
それをネガキャンと言うか・・・

628 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/30(水) 21:28:51.67 ID:WdHETq+R
【唯今源氏による平氏のネガキャンが行われています】

629 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/30(水) 21:35:10.25 ID:0GHywJYU
平氏は遡れば同族、とか本姓は平氏、て感じだしなあ
源氏は河内源氏が親兄弟のレベルで派手にやった印象が強いから

630 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/30(水) 21:53:39.32 ID:YZI90gRc
>>628
効いてる効いてる

631 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/30(水) 21:54:38.14 ID:4pMcy+Lb
源氏最後の将軍も甥っ子に暗殺されるという禍々しさだからなあ。

632 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/30(水) 21:57:28.35 ID:1A++Y/r2
源氏最後の将軍? 徳川慶喜さんでつか

633 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/30(水) 22:00:25.67 ID:4pMcy+Lb
鎌倉右大臣でござるよ

634 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/30(水) 22:08:09.92 ID:1A++Y/r2
禍々しいよね 平氏北条は

635 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/30(水) 22:25:35.29 ID:B6AbKxC5
>>634
執権北条も後北条も平氏なのでどっちかわかりません

636 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/30(水) 23:16:53.23 ID:/LShbl9X
???「今日から武士の氏は「豊臣」じゃ。一応、反対意見があれば申し付けるように」

637 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/31(木) 00:41:30.46 ID:7Y4wA2Ot
近衛前久「・・・・・。」

638 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/31(木) 03:03:12.56 ID:ZX+ojg3W
>>635
「伊勢のほうだよ」「え?伊勢平氏?」「執権北条氏は伊勢平氏じゃないだろ……」ですね?

639 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/31(木) 10:32:55.61 ID:Vp9FilaA
何だこの流れwwwwww

640 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/31(木) 11:48:52.44 ID:or9PiUQ0
でも北条政子の北条氏は平氏ではなくホントはどこぞの馬の骨説が有力なんだろ?

641 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/31(木) 12:36:12.02 ID:NXaSdKec
鎌倉北条はスレチですね

642 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/31(木) 12:49:59.94 ID:cHkhpCE+
末裔は戦国武将だしどうかな?

643 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/31(木) 13:33:02.29 ID:WusCzbs+
信長だって平氏だし(棒読み)

644 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/31(木) 14:26:37.79 ID:7Y4wA2Ot
へーし らんかったぁ(棒)

645 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/31(木) 14:54:11.03 ID:cHkhpCE+
>>644には相撲大会への参加を命じる

646 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/31(木) 14:56:41.82 ID:cHkhpCE+
または橋の門番を命じる

647 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/31(木) 16:17:30.33 ID:iem/raIB
>>644は捨て奸要員に決定!

648 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/31(木) 16:21:46.17 ID:CzyZDnzy
我が殿、宇喜多直家様が643殿の言をいたく関心なされた
ついては自ら歓待したいとの仰せなので、後刻城に来るように

649 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/31(木) 18:04:08.73 ID:1Hvl/GwM
ガラシャ「あなたー、今そこの男の人がすごく面白い事を」

天正2年上杉謙信、榊原康政宛書状

2012年05月31日 21:04

650 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/31(木) 18:14:11.40 ID:VuDhoVpx
天正2年(1574)1月、対武田で信長・家康と同盟する上杉謙信が、徳川家康家臣、榊原康政宛に出した書状


『越中に帰陣して以来家康に対して書状を出せませんでした。これは全く私の本意ではありません。

内々に、旧冬の間に信濃・甲斐に調略を入れたのですが、味方に成るものを作ることが出来ず、そうしているうちに
ついに越山となってしまいましたが、その間も家康への援助を休むことはありませんでした。
味方を作るためこの春まで調略を引き伸ばして行なっていましたが、そうしているうちに関東の諸将は
何れも当方に属したので、この18回目の越山は、西上野において放火をし、これを期に引き上げました。

ところで、甲信の武田勝頼との決戦が不可避だというのに、信長の態度について(おそらく勝頼と
和平をするというような)風聞があります。勝頼とは必ず決戦におよび、興亡を賭けねばなりません。
この事は家康に対してもしっかり念を押して下さい。
例によって武田四郎(勝頼)は計略を色々仕掛けてくるでしょうが、それらに振り回されすぎてはいけません。

なお、詳細は村源(村上源五郎国清)より話させます。恐々謹言。

(天正2年)正月九日                     謙信(花押)

  榊原小平太(康政)殿

(榊原文書)


謙信公、この頃は武田を、しかも織田徳川を主導する勢いで滅ぼす気満々だったらしい。
しかしそれでも、対関東の片手間感がぬぐえない書状であるw




652 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/31(木) 19:01:42.66 ID:qdlhlMAg
まさか…熱田神宮を焼いたのは上杉…?

週刊ブログ拍手ランキング05・23~・30

2012年05月30日 21:01

05・23~・30のブログ拍手ランキングです!



黒門の戦い~立花有情剣~ 72

忠臣の系譜 60

立花道雪「豊後もここまで…」 46
明智光秀と『汁事』と、その妻 45
戦国版「木を植えた男」 45

最上家臣・松根家に伝わる話。 43
雑談・仕えるなら… 36
筑紫広門娘、高橋統増に嫁ぐ 31

フロイスの秀吉評 30
ある時、曾根内匠が内藤昌豊に 27
虎月毛 26

大野治長と織田有楽斎が茶臼山にやってきて 25
元亀三年、織田信長、上杉謙信宛書状「そちらの御養子に我が愚息を」 25
雑談・戦国武将と宗教観、など 22

信玄の信長へのお手紙 20
牧野康成の下に刀を売ろうする商人がやって来た 20
荒木村重は幼名を十二郎といい 20
雑談・占いと武田信玄 18
信玄は家康を若輩者と侮って 18
合計 1085


今週の1位はこちら!黒門の戦い~立花有情剣~ です!
あえて『名誉の討ち死に』をさせるという、いかにも武張った、立花家らしいお話です。
言うまでもなく武士にとって最も名誉ある死に方は討ち死にです。そのため、大阪の陣では幕府にも豊臣方にも
多くの「死にたがり」が出たほどでした。
そしてここには、立花家自体もある意味命をかけた、秀吉への強い批判が含まれています。
秀吉からの命を受け入れつつも一本筋の通った対応。流石宗茂です。

2位は、今週も多くの得票を集めました!忠臣の系譜です!
片倉さんの一族がどうしてあんなに、伊達家への忠誠を貫いたのだろうか、と考えたことがあります。
やはり初代小十郎の人格的影響が、後世まで強く影響したためか、などとその時想像しました。
そう考えてみると、戦国武将の家臣たちも数多ありますが、その中であれだけ子孫に影響を与えた人は初代小十郎が
ピカイチではないでしょうか。政宗も特異なひとですが、小十郎も負けずに特異だ。そんな結論を出してみたりw

今週管理人が気になった逸話はこちら!虎月毛です!
500歳!!もはや妖怪ではないですか!
上杉謙信は平家物語などを聞いた後、現在(戦国時代)の武士の武勇の衰えに嘆息したそうですが、
さすが源平合戦時代は名馬も格が違いますwそりゃあもう感心するしか無いです。生きてたのならしかたがないものw

こういう話が残るなんてのもやはり、源平の時代が後世あらゆる武士の憧れだったからでしょうね。
そんな事を思いましたw



今週も各逸話に、たくさんの拍手を頂きました。いつも本当に有難うございます!
また気に入った逸話を見つけられましたらどうぞ、そこの拍手ボタンを押してやってくださいね!
(´・ω・`)

上杉謙信、三方ヶ原を評する

2012年05月30日 21:00

430 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/30(水) 06:37:31.70 ID:4pMcy+Lb
天正元年(1572)2月上旬、三河の徳川家康より上杉謙信に新年の祝儀が賀せたれた。
これは家康が最初に使節を送って以来、両家の友好的交流が続いていた故である。
進物は備前の良工の打った太刀であった。この太刀は代々徳川家に伝わる名剣にて、その名を「徳用」と号し、
別して珍蔵していたものであるから、どうか管領(上杉謙信)にも大切にしてやってほしいと、懇ろに申しきた。
徳川の使者の介添えは葉山の別棟権現堂であった。

家康よりの口上には、

『先の冬、遠州三方ヶ原の合戦で武田信玄は勝利を得ました。あの時、もし攻撃を収めず
そのまま浜松城を攻めたのなら落城は疑い無い所だったのに、どのように考えたのか、すぐに人数を
引き上げてしまいました。この事は皆、家康には意外な事でした。』

謙信はこれを聞くと

「信玄が直ぐに将兵を指揮して浜松を攻めなかったのは、いささかもその落ち度ではない。
信玄はただ、家康の数年来の戦ぶりの覚悟を察しており、そこを気遣った故に、その軍勢を引き上げたのだ。
誠に深い謀略である。
また、信玄にそうさせた家康の手柄も莫大であるぞ。」

と家康を褒めた。


その頃、諸国の武士はこの時の信玄の戦ぶりを評して曰く、『信玄が切取るべき所を怠り、軍利を得ることが
出来なかったのは、信玄にとって大変残念なことであった。浜松を攻め落とすことが出来れば、たとえ家康を
打ち取れず引き上げさせたとしても、遠州はその過半が信玄の手に入っただろう。
そうなれば信玄の権威は隣国に聞こえ、織田家にも大変な恐怖を与えたはずなのに。』
などと沙汰していた。

「これは皆、ただ家康・信長の家運が強かった故、それだけである。」
謙信も内々にはそう思っていたのだが、彼はあえて家康の積年の軍功を評価し、また信玄の軍配にも、
それを貶めるようなことは言わなかったのである。

(上杉年譜)

上杉謙信、三方ヶ原を評する、というお話。
あいかわらず信玄に対してはツンデレな謙信公であった。




431 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/30(水) 07:55:11.89 ID:qZktTfNb
>その名を「徳用」と号し

「業務用」に近しい意味に聞こえる

432 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/30(水) 09:01:25.88 ID:90ZGZe4K
で?俺に差し出す養子の件はどうなった家康?by謙信

433 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/30(水) 09:10:47.35 ID:ZS/nkMSh
悪い話539なら、信長の息子では

434 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/30(水) 09:27:33.92 ID:vGDfoemF
謙信は気遣いのできる男なんだな

435 名前:人間七七四年[] 投稿日:2012/05/30(水) 09:40:20.43 ID:70dAjU4q
違いのわかる男

436 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/30(水) 09:43:59.04 ID:mPOgrTS2
謙信は信玄が織田家を攻撃したことについて「蜂の巣の前に手を出すようなものだ」っつってたけど

437 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/30(水) 10:02:05.42 ID:FSQfMsv7
>>436
史実の謙信はね

438 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/30(水) 10:12:01.61 ID:QvtA9jo7
ハチミツ美味しいですね わかります

439 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/30(水) 10:23:11.67 ID:mSJk7u0D
肥前の熊さんが沖田畷に手を突っ込んだようです

440 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/30(水) 10:26:32.74 ID:lsl626Da
武田が蜂の巣になると言うのに

441 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/30(水) 10:37:38.99 ID:QvtA9jo7
織田がハチミツだろ? 蜂の巣をつついたように騒いでたし

442 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/30(水) 10:43:54.83 ID:+QINUviB
蜂の巣になった織田のハチミツに俺より先に手を出すなんてうらやましいby謙信

443 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/30(水) 10:46:09.10 ID:1ZkPe5Da
川中島あたりで両者とも蜂の子を

444 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/30(水) 10:48:27.21 ID:+QINUviB
おい信長 俺に献上するといってた養子の件はどうなった?by謙信

445 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/30(水) 10:54:14.73 ID:qZktTfNb
蜂の話題と聞いて、蜂須賀家がアップをはじめました

446 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/30(水) 11:08:50.77 ID:yIZDtls/
信玄はプークマか。

447 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/30(水) 11:12:10.00 ID:YRIj/+zL
信玄はどっちかというと熊先生

448 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/30(水) 11:27:13.76 ID:+QINUviB
謙信との約束やぶるから手取り川でハチミツにされた織田

449 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/30(水) 11:38:31.54 ID:ettDtYJt
養子の代わりに勝利をいただいていきますね

「某は決して命を惜しんでなどいない。だが…」

2012年05月30日 21:00

458 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/30(水) 17:38:43.77 ID:+9t1O/w2
織田軍が有岡城を攻めた時、四十歳ほどの武者が一番乗りと声を上げながら
堀を越えてきたものの、敵に取囲まれて万策尽きてしまった。

「某は先を争ってここに来たのだ。決して命を惜しんでなどいない。

だが某には七十歳の母がいる。明日も知れない身で某以外に養うことが
できる者もいない。この期に及んでもなお頭に掛かるのは母のことだけだ。

ここで某が討たれれば、老母は明日より飢えと寒さに苦しみ死んでしまう。
それはあまりにもうらめしいではありませんか。

どうか哀れとお思いなら私を逃がして下さい」

この時、荒木村重は武者の顔に溢れ出る孝心を感じ取った。

「なんと不憫なことであろうか。親を大切にする気持ちは誰でも同じだ。
早く帰って老母をいたわってやれ」

そう言うと村重は武者に金銭を与え、門外まで人を添えて送り返したという。




459 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/30(水) 17:57:44.94 ID:b+z6tHCD
なんだその気の弱いコンビニ強盗みたいな奴は

460 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/30(水) 18:03:38.76 ID:h3oCyGhs
これ全部言うまで手を出さなかった荒木の兵達も優しいな。

461 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/30(水) 18:05:59.20 ID:cxMB0KuZ
スパルタ先生で鍛えればいいんじゃね?
戦国の教師っていうと道雪、小十郎さん、工場長、あと誰がいる?

462 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/30(水) 18:40:55.42 ID:lnrPfrHR
>>458
生易しくてポロリとする話
略してナマポ

463 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/30(水) 19:06:53.24 ID:4wxySj+S
>>459と合わせて
いい話というより笑える話になってしまった

464 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/30(水) 19:36:13.01 ID:4pMcy+Lb
>>461
武田信玄が臆病な武士を合戦のど真ん中に縛り付けて放置して勇猛な武士にクラスチェンジさせた話がw

465 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/30(水) 19:42:16.00 ID:7ngvSc1X
>>458
もし見逃してもらえなかったら
「今になって考えてみると、むちゃくちゃ甘い考えだったと深く反省しています」
と言おう

466 名前:人間七七四年[] 投稿日:2012/05/30(水) 19:49:15.99 ID:ynBd7fdc
>>458
一番乗りっていうかもう完全に一人で突っ込みすぎて取り残されたんだろうな
荒木側ものんびりしてるしw

467 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/30(水) 20:37:31.50 ID:TTevQghn
>>466
敵味方両方とも、あーあー飛び込んじゃったよwみたいな空気になってる情景が頭に浮かんだw

468 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/30(水) 20:40:42.61 ID:IxCRiw0K
一番槍とか一番乗りが評価されるのは、その場に至れる勇敢さだけじゃなくて
その最も危険な状況から生きて帰って来れる戦術眼を含めてだもんね

森家のかがみんとか真田家の人々みたいな、やらかしたけど槍一本でナントカしてしまうような
一線を超越した人外もいるのはけどw

469 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/30(水) 20:57:04.85 ID:tMjjgKC4
荒木村重が家族思いだったとは
[ 続きを読む ]

江戸に住んでいた処士が路の傍らに進み出て

2012年05月29日 21:01

414 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/29(火) 12:47:43.52 ID:5BMCU1Bp
徳川家康が江戸に移った後、鷹狩をしていた時、後北条氏の頃より江戸に
住んでいた処士が路の傍らに進み出て、自分の意見を書いた申文を捧げた。

家康は申文を見ても何も言わず、処士は御前を憚らなかったために石出帯刀
屋敷に拘束された。

それから日数を経て、「あいつはどうした」と処士のことを尋ね、
まだ拘束していることが分かると家康は

「刑法を犯したわけでもないし長く投獄しておくのは不憫だ。早く出してやれ。
奴はわが治法の北条の時と違って良からぬところを数ヶ条書き連ねていたが、

ひとつとして使えるものがなかったゆえ、申文も捨て置いた。何ぞ一条でも
使えるものがあれば誉めてやろうと思ったのにな。たいしたことは書いてなかったわ」
と言って微笑んだという。




415 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/29(火) 14:01:18.14 ID:N7u2j2nL
家康「ただのクレーマーか」

416 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/29(火) 15:13:20.06 ID:xpbxDnR0
申文
・子がいても生活が困窮している父母を徳川が保護しろ
・仕えたくても仕えられない浪士に徳川が食い扶持を与えろ
・これらのものは税に限らず医療費諸々も免除しろ

417 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/29(火) 15:46:59.63 ID:6YXcWTD7
申文
・秀次殿とのは距離を取ること
・これからは信州の上田城に関わる事がなきようお願い申し上げる
・決して毛利殿と島津殿をお許し召されるな。後の禍根となりましょう
・鐘を良く見ると道が開けます
・天麩羅の食べすぎにはご注意を

418 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/29(火) 15:55:33.94 ID:vXd/ht5f
申文
・豊臣政権への上納金を廃止して民の税負担を軽減すること
・文句を言われたら秀吉に宣戦布告し江戸城に立て篭もること
・待ってれば今度こそ伊達が助けてくれるに違いない

419 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/29(火) 19:00:00.17 ID:ieg61BS4
>今度こそ伊達が

この時点でアウトー!w

421 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/29(火) 20:33:20.97 ID:5BMCU1Bp
>>414
虚名の士とか虚士とか書いたけど処士の間違いだったorz
ちょっと鬼武蔵に斬られてくる
※修正済み

422 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/29(火) 21:20:45.45 ID:BD8hvufd
>>421
処士ってアレか、自宅警備員の事か。

423 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/29(火) 22:28:46.31 ID:G4uMI+Gc
>>422
自宅守護

424 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/29(火) 22:40:08.47 ID:wUdHqU8s
ヤってない女は処女。つまり処士は…


426 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/30(水) 01:08:43.38 ID:Fa7YcEId
無礼な直訴をしても、笑って数日で許してやる、って武将少ないよなぁ。
その点家康さんはやっぱいい主君だったんだろうな。

427 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/30(水) 01:20:16.55 ID:B6AbKxC5
>>424
なんだ、俺のことか

428 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/30(水) 02:03:17.01 ID:lnrPfrHR
>>426
直江兼続が通りますよ、と。

牧野康成の下に刀を売ろうする商人がやって来た

2012年05月29日 21:00

590 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/29(火) 01:13:55.22 ID:7rmc/ymV
↑で牧野さんの話が出てたのでコッチに投下



ある日、牧野康成の下に刀を売ろうする商人がやって来た。

康成はじっくり観察すると
「素晴らしい。これは良く切れそうな刀だ」
どうやらその刀は業物であったため、これを購入した。

その後、家康が家中の名刀の切れ味を試すために試し切りを行った。
康成も件の刀で試し切りに参加することになった。

そして刀を購入した経緯を説明し、いよいよ試し切りを行うことになった。
自らの眼で業物と判断しただけに、もしここで切れなければ恥をかくことになる。

緊張の余り康成はしばし目を閉じた。

「私の目利きの通りに切れてくれよ」
と念じ、刀を下ろした。

果たして試し切りは成功した。土壇まで切入り、斜めの様子でもない。
康成の喜ぶ様子を見た家康は大いに笑い、その刀を「目眠刀」と名付けるよう命じた。
康成が目を閉じた姿が眠っているように見えたためであろう。
この刀は代々家宝とされた。

なお、この刀は保昌五郎貞吉の作である。





593 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/29(火) 06:37:17.17 ID:8MV6Ap8A
>>590
相変わらず権現様のネーミングセンスは(ry

594 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/29(火) 09:31:40.08 ID:5Kr5mr72
もうそれなら「目民 刀」でええですやん

595 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/29(火) 12:45:19.29 ID:v5zuIKCW
ニッカリ青江のネーミングセンスの良さに脱帽

596 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/29(火) 14:12:11.18 ID:5Kr5mr72
「歌仙とかどうよ、歌仙とか?」

597 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/29(火) 14:14:51.09 ID:xLzD3Eot
「人間無骨だろ、ヒャッハー」

598 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/29(火) 16:16:41.96 ID:PF9fZ59I
「(`●∀・)<燭台切忘れんな」

599 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/29(火) 19:29:20.15 ID:eUQVcFC6
人間無骨って鬼武蔵が命名したん?

600 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/29(火) 19:48:17.68 ID:alqFc2Lx
長宗我部って苗字もネーミングセンスがねーなー

601 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/29(火) 20:43:30.89 ID:rZk28FRG
>>594
「自民 刀」にみえた

602 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/29(火) 21:15:52.31 ID:njCxX0oL
どれも圧切よりはマシだと思う

603 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/29(火) 21:38:39.06 ID:PF9fZ59I
なんでどいつもこいつも家臣手打ちにした刀に銘付けたがるんだろう…

604 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/29(火) 22:26:49.75 ID:34eWGKwa
思い出作り・・・かな?

606 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/29(火) 22:37:15.77 ID:xLzD3Eot
>>604
クソッ、こんなんでwww
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立花道雪「豊後もここまで…」

2012年05月28日 21:00

567 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/28(月) 00:38:13.62 ID:p2y0Ubt2
耳川の戦いの後、筑後の国人たちは大友を見限り竜造寺・秋月勢に寝返るものが続出した。
そんな中、数少ない大友方に残っていた問註所統景より一族の問註所鑑景との戦いにさいし大友家に援軍要請が入る。

筑後回復の機は今とばかり宗麟次男・三男の田原親家・親盛を大将副将に約7千の軍勢で筑後になだれ込んだ。
が、初戦の猫尾城攻略から苦戦、黒木氏の猫尾城には竜造寺からの鉄砲隊が援軍として入場しており、城方の反撃悩まされていた。
豊後勢は耳川で歴戦の武将の多くが戦死しており、若い武将ばかりなのも苦戦に拍車をかけていたのだった。

城攻め1ヶ月で業を煮やした大友軍は立花道雪高橋紹運に出陣を要請、形勢は一気に逆転する。
両将は筑前より一直線に猫尾城へ進軍、立ちふさがる竜造寺・秋月連合軍を片っ端から蹴散らすのであった。
竜造寺からの増援軍も激戦の末に破り(この激戦で道雪の弟戸次次右衛門など戦死)、即猫尾城攻略に取りかかる。
そしてこの猫尾城もすぐに落城。城主黒木家永は13歳の娘に介錯され自害している。
その後も山下・谷川・辺春・兼松・鷹尾などいくつもの城を攻略。
そんな中、竜造寺もさらなる援軍を繰り出し柳川城で戦線は膠着するのだった。

そんな柳川での対陣中、いきなり田原親家・親盛兄弟が撤退してしまう。その理由は
「自分たちがどんだけ頑張っても手柄は道雪・紹運コンビのものになってしまうのでツマラナイ」
と言うものであった。そのまま豊後まで引き上げる田原勢。
さすがの道雪も
「豊後もここまで落ちぶれたか・・・」
と嘆くのであった。




568 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/28(月) 00:48:02.49 ID:Ll6xSbPx
加藤清正「大友のボンボンどもはわかっていない。戦で名を上げるには目立ってなんぼよ!」

569 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/28(月) 01:11:16.55 ID:Wd1uPV5f
>13歳の娘に介錯

これも凄いな。つか当時は山城ばっかで家族は城内に居ないと思ってたよ

570 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/28(月) 01:19:26.09 ID:4lp7fMbE
真面目な人って他人にも真面目を強いることが多いからね

571 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/28(月) 01:42:39.32 ID:aRqkqxJd
無理せず初めから立花さん呼び寄せとけよ

573 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/28(月) 04:41:16.04 ID:cvjlR2ei
宗麟は1人くらい息子を道雪に預けて鍛えて貰えば良かったのに。

多分遠慮なく鍛えてくれる気がする。

574 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/28(月) 12:11:14.36 ID:Nv1mXfCM
鬼のしごきに耐えられるならいいけど

575 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/28(月) 13:39:20.40 ID:qkqExfqv
>>574
なぜか完成したのは全部、量産型立花闇千代で温厚な宗茂がまさかのブチ切れ

576 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/28(月) 13:55:54.50 ID:wyP/LwPV
でなぜか女癖がそーりんと同じだったりw

605 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/29(火) 22:28:37.11 ID:TOr99TMh
>>588
周りに敵抱えまくってる時の武将って一体いつ寝てるんだろう・・・
仕事は戦闘だけじゃないはずなのに
[ 続きを読む ]

「科銭の壷」異説

2012年05月28日 20:59

577 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/28(月) 17:57:19.50 ID:ZwBFD524
ttp://iiwarui.blog90.fc2.com/blog-entry-138.html
↑と似てるんだけどちょっと違う話。

牧野康成がとある高価な茶壷を買ったという話が太閤秀吉の耳に入った。

「半右衛門の身分でこのような重器を欲しがる必要はない。罰金だせ、罰金」

こうして金一枚を上納したというので主君の家康は笑った。
後に牧野家ではその壷を『科銭の壷』と名付けて珍蔵したという。




578 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/28(月) 18:03:08.03 ID:ZZteM4Vd
>>577
前の話は「はてなの茶碗」みたいだと思ったけど、どっちが本当なんだろ。

579 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/28(月) 18:07:12.61 ID:hPwzDujF
どっちにしても秀吉の遊び心みたいなのがよく出てる逸話だなw

579 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/28(月) 18:07:12.61 ID:hPwzDujF
どっちにしても秀吉の遊び心みたいなのがよく出てる逸話だなw

580 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/28(月) 18:28:25.56 ID:a8BeXYQt
ほんとに皆で茶器を愛したんですね。今で言うとAKBグッズを
集める感覚なのかな

581 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/28(月) 18:43:18.61 ID:d92vQIDx
小学生の頃クラスで流行った牛乳瓶のフタ通貨みたいなもんだろ

582 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/28(月) 20:31:49.15 ID:aRqkqxJd
AKBグッズや牛乳ビンの蓋で生き死にの戦いはしないけどな

583 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/28(月) 20:33:20.20 ID:ZZteM4Vd
タイのスンコロク行ってきたよ。
本当にどってことない雑器なんだけど、あれが博物館のガラスケースに入っていると良く見える。

584 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/28(月) 21:44:48.02 ID:gIdwCbCa
趣味に生きるって大変なんだよ

585 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/28(月) 22:29:24.08 ID:guyIHvgq
茶湯御政道で名物所有がステータスになったから趣味とは些かかけ離れた物かもしれない。
政府公認AKBグッズが数十億とかで取引されるようになったら命も掛かるかもしれん

ところでAKBてAkimotoがKamoからBottakuruの略でいいのか?

586 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/28(月) 22:35:33.43 ID:lOowyNTa
名物はもってればステータスになるし、有事の際は売り払って資金に出来るから
余裕があったら1つくらいは……って気になるのかもな

587 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/28(月) 23:16:13.66 ID:fmCf3JMv
三斎さまがご親戚とともに名物を拝見したいと来意を告げられております、歓迎しますか?

ニアはい
  だい

虎月毛

2012年05月27日 21:10

366 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/26(土) 20:50:31.24 ID:45URy85P
昔、肥後の国の菊池氏は忠義に励んでいたので源範頼は虎月毛という馬を与えた。

時代が下り、大友義鎮が九州にその勢力を広げていた永禄の頃、
菊池氏は大友に服従することとなった。
その際、大友氏と婚姻を結び、代々の宝物と共にまだ存命していた虎月毛を贈った。
義鎮はこれを受け取り由来を聞くと、筑紫の国坂東寺村(福岡県八女郡)に田を与え、
人に飼育させることにした。馬は蒲殿(がまどの)の虎月毛と呼ばれた。

その村が秀吉の九州征伐の後に小早川秀包のものとなり、秀包も馬の由来を聞くと、
さらに田を増やして飼うことにした。
文禄の頃、この馬はとうとう、五百歳で死んでしまった。郡内の者たちは葬式の行列をし、
野に出て葬ったが、その葬儀には千人余りの人が出たという。
<南海治乱記より>

ちなみに、伊予市誌には、伊予の九門修理という人が、蒲冠者源範頼の家来で、
範頼の愛馬「虎月毛」を範頼の死後も大切に世話していたらしいという記述があるみたい。

これは源範頼が偽物を菊池氏贈ったのか、それとも菊池氏が由来を捏造して
大友氏に贈ったのか。或いは「虎月毛」が二頭いたのか・・・。

いずれにしても、千人も葬儀に参加したのは凄いよね、ということでいい話に。





367 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/26(土) 21:07:01.08 ID:aUsmUUsb
江戸初期まで生きた常陸坊海尊といい、源平の人馬は稀に長生きだな

368 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/26(土) 21:13:48.10 ID:qZsrnTT2
文禄で五百て事は範頼の元で既に…

369 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/26(土) 21:49:54.21 ID:VlAD26ut
百段「馬がそんな長生きするわけないじゃん(笑)」

566 名前:人間七七四年[] 投稿日:2012/05/27(日) 20:58:02.32 ID:FJUHhKB4
頼茂じゃなくて、頼重じゃないか?

黒門の戦い~立花有情剣~

2012年05月27日 21:10

370 名前:人間七七四年[] 投稿日:2012/05/27(日) 02:20:14.75 ID:0YaiAFBS
黒門の戦い~立花有情剣1~
肥後一揆の首謀者の一人、隈部親長、親泰親子を預っている立花宗茂のもとに関白秀吉より、
隈部一族処刑の上意を伝える使者が訪れた。
「なお、治部少様より、上様のご威光を満天下に知らしめるよう、黒田様のごとく抜かりなきよう
心がけられることが肝要との御言伝がございました」
 使者の言葉を聞いた由布雪下の顔色が暗くなった。豊前の城城井鎮房が中津城中で討ち取られ
族滅させられた顛末については、元大友家の家人たる城井一族に対する扱いが酷すぎると立花家中
でも密かに囁かれていたからである。
使者を下がらせた宗茂は、由布雪下に声をかけた。
「雪下、後で皆を呼べ」
 宗茂の顔を見返した由布雪下は、即座に答えた。
「十二人で宜しいかと」
「相応しきものは、それくらいか」
 しばらくして、十二人の侍が宗茂の前に集まった。
「隈部殿を討つことになった。皆には苦労をかけることになるが頼む」
 主君に大任を任されたことに感動した十時摂津が、思わず声を上げた。
「放し討ちですな」
「隈部殿は、節義の士である。摂津、念を押すまでもあるまい」
 宿老の小野和泉の一言で、十時摂津が黙りこむと由布雪下が一同に告げた。
「明日、二十七日に殿が隈部殿を城に招かれる。黒門の内にて討て」
 宗茂の「目通りしたいことがある」という呼び出しに応じ、柳川城下に蟄居していた隈部一族十二人が、
柳川城に入城し黒門を通って三の丸の広場に足を踏み入れると
十時摂津、十時伝右衛門、十時勘解由、池部龍右衛門、池部彦左衛門、新田掃部介、内田中兵衛、
安藤五郎右衛門、安東善右衛門、石松弥兵衛、森又右衛門そして原尻宮内の十二人の侍が待っていた。
「上様、御上意により、ご一同を討つことにあいなった。御覚悟召されよ」
「ありがたきこと、いざ参られよ!」
 十時摂津の口上に答えて、隈部親長が刀を抜いた瞬間、黒門の戦いが始まった。


371 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/27(日) 02:22:09.29 ID:0YaiAFBS
黒門の戦い~立花有情剣2~
隈部親長以下十二人が黒門内にて放し討ちにより討ち取られたとの報せが領内に広がると
同時に、新領主である立花宗茂に対する反感は一挙に下火になり、やがて賞賛に変わっていった。
漢にふさわしい死に場所と名誉を与え、天下の大罪人たる隈部一族十二人を懇ろに弔う宗茂の姿を
見た地侍や農民は、肥後一揆の際に和二一族の助命に宗茂が奔走したという噂が真実だったことに
ようやく気がついたのだ。以降、宗茂の熱心な領内巡視と地侍や百姓たちと直に話しあって実情に
沿った政治を行う姿勢が相まって、柳川領民の宗茂への信頼は不動のものになった。
しかし、奉行衆、ことに親切心からの忠告を無視された石田三成の怒りは大きく、秀吉に拝謁するため
上京してきた宗茂の宿舎を尋ねると詰問した。
「天下の大逆人を斬罪や磔に処さなかった訳や如何に?」
「我が立花家には、三箇条の掟がござる。それに照らしあわせて処断したまでのこと」
「して、その三箇条とは!」
「国法に背き、節義に欠け、表裏比興の振る舞いに及ぶものは斬、国法に背き、節義に欠けるものは切腹、
国法に背くものは放し討ちと決まっております。隈部殿は関白様の定めた掟に背き一揆を起こされたが、
その後は、柳川の城下にて蟄居され、武士として関白様の裁きを静かに待つ姿は、まさに節義の士そのもの
でござった。故に放し討ちにしたまでのこと。詳しき顛末は殿下に拝謁した折に申し上げまする」
「・・・・・・明日の拝謁は、空腹(からばら)で来られるが良い。それならば見苦しゅうなることもござるまい」
 そう、捨て台詞を発すると三成は席を立った。
 翌日、宗茂の口から隈部一族十二人を放し討ちにした顛末を聞いた秀吉は長嘆息した。
「あたら勇士を殺せと命じたのは余の不明であった。左近将監、そちの振る舞い見事であった」
「殿下の今のお言葉を聞けば隈部殿も成仏されるでしょう」
 そう答えると宗茂は秀吉の御前を下がって宿舎に帰っていった。






372 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/27(日) 02:27:10.88 ID:jgpHnDOa
独特の価値観だな

373 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/27(日) 02:41:41.94 ID:76NYTgGl
ちょっと詳しくなっている

374 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/27(日) 02:44:02.67 ID:DTMYFCO5
     ,、r'";;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;`';,、
    /;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;\
.   /;;/´         `' 、;;;;;;;ヽ
.  ,';/              ヽ;;;;;;;l
.  |;|┌--‐フ  ┌----、、   |;;;;;;;|
.  |l ~~__´ 、   ``'__''''┘  |;;;;;;;;|
  _|. <,,O,> 〉   <,,O,,>    |;;;;;⊥
  | '|.    /   、       |;/ ィ |
  | |    (    )       .ソ /ノj
  ヽ |    _,ニ ニ,,,,,_       ソ./
   `| ,、ィ-‐''__'''‐-`,、     '' /
.   ',   :i゙''''''''''`l'  `    ,‐'"
    ヽ.   L__」      /
     ヽ.  -、、、、 '    /|
.     ハ        /  |、
    /|ヽヽ、___,,,,、 '    l ',
   ノ. | ヽ          / |`ー-、



375 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/27(日) 02:57:35.24 ID:39odJBvd
>>374
あんたそう見えて一角の人物だったのか

376 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/27(日) 03:37:21.79 ID:Bd6NtJGF
宗茂は創作と疑いたくなるほどキレイな逸話ばかりだな

377 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/27(日) 07:25:45.47 ID:DPBGLc7h
俺も宗茂さんと同じの立花ら
こうも立っ花振る舞いが出来るかどうか…。

378 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/27(日) 07:32:30.38 ID:MX8f0TKF
しみじみと、立花さんななんで西軍についたんだろう

379 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/27(日) 08:10:38.14 ID:oWwOzHms
豊臣下では毛利軍に配属されてたからでは
小早川秀包とは義兄弟とかいうし

380 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/27(日) 08:57:57.95 ID:QIifo4x/
>>376
宗茂は貧乏時代の逸話が好き。

治部少さんは気の毒だなぁ、いい人なのに。
それなりに器もあっただろうし、決して文弱な人では無かっただろうに。

381 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/27(日) 10:33:57.08 ID:V2qK5kAH
まだ器の大きさを見せるころの秀吉だな

382 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/27(日) 10:36:05.44 ID:uBUKIfLC
シロイチンボウって凄い名前だな…

383 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/27(日) 11:46:17.95 ID:s1IJewuh
城井(きい)鎮房です

しかし、悪い話スレの
>486 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/25(金) 07:42:22.66 ID:srftelVj [1/2]
>>>481
>筑紫広門の自慢の娘で美人だったらしい
>ちなみに次女は黒田長政の側室になってて姉妹揃っての美人らしい

筑紫広門の娘は城井さんの娘のようにならなくてよかった

384 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/27(日) 12:27:23.95 ID:H35UQNKk
>>374

                      O
                      |
                   ,. - ―┴‐-,、
                /―――‐ '´  ヽ
               /,rニ二!    /O7 ヽ
               ,! ヽOヽ    ヽ ̄/ i
               ! ヽ ̄/         |_
            
             ``| ヽ  / ー'`J ヽ  / |´
                 !  | |      ヽ  | |
              |   | r'⌒ヽ_/⌒ヽi、 | |
                 l   | |  ,rー ‐''^ヽ | | |
               ヽ  | ,レ-‐--、」 ,!   !
               ヽ  ヽ _ ノ⌒ー-'/   /
                ヽ_         /
                 |[口]ヽー――i'´


385 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/27(日) 12:57:35.01 ID:0YaiAFBS
>>384
それ城井鎮房でしょうがw

386 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/27(日) 13:27:33.62 ID:Z8WOMCHW
「・・・・・・明日の拝謁は無用にございまする。某これより空腹(からばら)にて上様に報告してまいります。」
 そう、台詞を発すると三成は席を立った。
こうだと参加者全員良い話なのに・・・

387 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/27(日) 13:29:36.87 ID:ZRA3kXwr
まぁ逸話だから、史実的な正確さは……。
みっちーが割を食うのはもう定番というかw

388 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/27(日) 14:59:47.12 ID:tHHJrGA/
宗茂は同じく肥後一揆の後始末で、内古閑鎮房(隈部親永の子)も処刑してるんだけど
この時も何故か数百人同士の合戦やって殺してるんだよな

389 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/27(日) 18:34:43.98 ID:xV+PtFLq
城井「黒田様に城内に招かれたので参上したら一族みな討たれました」
隈部「立花様に城内に招かれたので参上したら一族みな討たれました」

390 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/27(日) 20:25:57.90 ID:X0iYLInr
空腹って?

391 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/27(日) 20:31:59.48 ID:vjPmjIAA
腹切ってもハラワタから糞漏れないようにしとけよって事

392 名前:人間七七四年[] 投稿日:2012/05/27(日) 20:36:53.92 ID:M4Zzh9/j
騙し討ちされたと同じ人数で合戦した結果の討ち死にの違いじゃないかな?

騙し討ちに名誉もないが合戦の討ち死になら名誉があるって感じなのかな?昔の人間の考え方は
[ 続きを読む ]

元亀三年、織田信長、上杉謙信宛書状「そちらの御養子に我が愚息を」

2012年05月27日 21:10

539 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/27(日) 11:51:41.58 ID:k0X4fOoT
元亀三年(1572)、いわゆる信長包囲網の中、武田信玄の西上が始まり窮地に陥った頃の織田信長が、
上杉謙信に宛てた書状

『先に使者を遣わして申し上げた所、すぐに御入眼され、さまざまな御懇慮を頂いたこと、少なからず
我が本懐であります。そしてそちらから大鷹5羽を送っていただいたこと、私にこの様に御心をかけて頂いたのは、
まさに前代未聞、当方に過ぎること至極な御扱いであり、これらの鷹は、別して今までにないほど寵愛いたします。
(前代未聞過当至極候、別而寵愛無他候)

右の内容を(謙信に)お取りなしして下さい。恐々謹言


                       信長(花押)
(元亀三年)十一月七日
   直江大和守(景綱)殿


追って申し入れます。仰せくださった御誓談の数々、かたじけない次第であります。
特に、そちらの御養子に我が愚息を召しおきたいとのこと、これは私にとって面目の至りであります。
(殊為御養子愚息可被召置旨、是面目之至候)

これはいつ頃、そちらに送り出すべきでしょうか?今後我らに対しどうぞ御指南をしてやって下さい。

これらの趣旨を(謙信に)ご披露頂ければ本望です。恐々謹言


                       信長(花押)
(元亀三年)十一月七日
   直江大和守(景綱)殿


(上杉古文書)

一旦書状を書いておいて、同じ日にさらにもう一通追伸を書くなど、その内容とあわせて、当時の信長の危機感と緊迫感、
謙信を自分の味方にしておくことに細心の注意を払ったことがよく解る書状である。二通目のほうが一通目よりさらに
へりくだっているのも注目ですねw

ちなみに信長が、信玄の死去もあってこの時の危機を脱すると、養子の件はいつの間にやらウヤムヤと成った。




540 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/27(日) 12:39:19.33 ID:6vsswX3I
うわぁ 痛いな信長w

541 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/27(日) 12:47:24.06 ID:s4FgYe4a
謙信のことだから敵対後も追い出したりしないだろうし養子送り込んでたらどうなってたんだろうw

542 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/27(日) 12:53:02.88 ID:6vsswX3I
こういう奴は許しをこうて土下座しても気を許さず
上から頭を踏みつぶしてやらないとなw

543 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/27(日) 12:55:38.79 ID:dUx5F9zJ
上杉は敵に回すとめんどくさいが、味方にしても頼りにならないからなw
北条も徳川も困ったし、北条にいたってはまだ信玄のほうがマシ、となっている。
結局、上杉も織田を裏切るわけだし信長は本当に人を悪い意味で信じすぎて痛い目見るタイプ。

544 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/27(日) 13:04:10.98 ID:hgfqsN4k
ついでにいえば、北関東諸将も謙信には煮え湯を飲まされてる

545 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/27(日) 13:06:09.92 ID:ZRA3kXwr
と、いうか外交辞令で本音をいう武将っていたんだろうか……。
前の信玄のデタラメに腰が低い手紙もそうだけど、あの裏で反織田と通じてただろう。
「強みがある時は弱く自分を見せて、自分が弱い時は逆に虚勢を張る」っていう兵法の基本ぐらい武士なら心得てそうな。

546 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/27(日) 13:22:38.77 ID:6vsswX3I
誰から見ても弱みありまくりの現状ですがw その上書状でも弱み見せまくりですがwww

547 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/27(日) 13:30:37.39 ID:qCyQnlv9
せめて書状では強がるべきだよな北条みたく
勝った勝ったって

548 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/27(日) 13:34:50.39 ID:5TNBSvzC
このとき考えてた養子って4男で後の羽柴秀勝かな?
5男はちょうど同じ時期に岩村のおつやさんが武田に引き渡しちゃってるし
6男は生まれてたかかどうか、いずれにしろまだ乳児だからすぐにでも送るって感じではないだろう

549 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/27(日) 14:43:49.38 ID:arArXBcr
へりくだって上杉が寄ってこないなら、いくらでもへりくだろうだろ。関わりたくないし

572 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/28(月) 02:45:55.43 ID:27GWEG9m
>>543

>信長は本当に人を悪い意味で信じすぎて痛い目見るタイプ

というよりも自分が気に入った相手に対しては目が曇るタイプだったと思う。

ある時、曾根内匠が内藤昌豊に

2012年05月27日 21:10

551 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/27(日) 15:33:58.57 ID:jt+ED01X
ある時、曾根内匠内藤昌豊に武田家がいかにすごいかを語ったことがあった。

「村上義清は信濃五郡の主で、当家は甲斐四郡とまことに小郡でした。しかも村上は
当家より人数も多かった。にもかかわらず何度も戦に負けてついには国を捨てて越後に
逃げていきました。

諏訪頼茂、小笠原長時、木曾義昌、上杉憲政らと幾度も戦いましたがいつも当家の旗風に
靡きました。北条氏康、上杉謙信とも何度も戦いましたが、当家の戦いぶりは凄まじく、
今や関東で当家の太刀風に並ぶ者はいません。まさに日本無双というべきです」

これを聞いていた昌豊は呆れてこう言った。

「あなたは本当に幼いことを言う人だ。いま中国には毛利元就という大将がいる。
その人物ははじめ七百貫より起こり、八ヶ国持ちの大内義隆、七ヶ国持ちの尼子晴久、
五ヶ国の主である大友義鎮と何度も戦って打ち勝ったのだ。村上諏訪小笠原と戦って勝つ
よりも遥かに勝っているではないか。

しかし案ずることはない。世間では当家の武勇ほど毛利の武辺は話題になっていないぞ。

国がどれだけ広くとも、どれだけ多くとも、戦の勝敗は志ひとつで決まるものだ。
村上の五郡は大内の八ヶ国には及ばずとも、戦士の数は八ヶ国よりも多かった。

当家の四郡は毛利の十三ヶ国に比べれば大海の一滴にすぎないが、死を惜しまぬ士は
十三ヶ国よりも盛んだ。つまり、当家は毛利よりも上に立っているのだ」


曾根を戒めるかと思ったらもっと大きく出たでござる。




552 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/27(日) 15:40:03.13 ID:qCyQnlv9
内藤さんは控え目なのか剛毅なのか混在してるかなり複雑な人だよなw
もとは剛毅だと思うがそれを抑えるだけの思慮分別があった苦労人だとは思うが

553 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/27(日) 15:45:43.93 ID:KM0dIbUU

サンキュー内藤!武田軍なら1万5千で3万人に勝つくらい楽勝やな!!!

554 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/27(日) 15:46:24.91 ID:5TNBSvzC
一方その頃、信玄はその毛利とガンガンやり合ってた雷神さんに会いたがっていた

555 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/27(日) 15:51:22.92 ID:Dvvnf/Iq
甲斐は四郡しかないんだからしゃあない
たしか加賀も四郡だけだったはず

556 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/27(日) 17:38:58.67 ID:3zvPZDOm
内藤さん大ぼら吹きやな~

558 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/27(日) 17:41:36.93 ID:OVAcFybQ
安芸武田や大内が毛利に滅ぼされて甲斐に亡命した人がいたから西国のことに詳しかったんだろうね

そういや山本勘助なる人物も元就をかなり評価していたな

559 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/27(日) 17:47:07.25 ID:HEoJz3+o
勘助は元大内家臣って説があるくらいだから

560 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/27(日) 17:51:11.57 ID:F2p2qJNE
萩藩閥閲録だな。
山本勘助は讃岐出身で山口に来て大内に仕え、その後甲斐に行ったという。
三河出身と「勘違い」されたのは、「讃州」を「三州」と間違われたからだ、とかw

最上家臣・松根家に伝わる話。

2012年05月27日 21:09

557 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/27(日) 17:39:59.11 ID:I+TgMzPU
最上家臣・松根家に伝わる話。
あるとき、松根家の者が山形城下を歩いていた。するととある家の周りに幽霊がいる。
「うらめしやー…うらめしやー…」
そこで松根がこう訪ねた。
「おい、おめさ、何してんだか?」
「いやあ、この家の奴に仇討ちしたいのだけどお札を貼ってあるからできなくてな、成仏できんのだ」
「んだか(ピッ)」
親切な松根は札を剥がしてやった。
「かたじけない!」
幽霊は早速家に飛び込むと、家の中からすさまじい悲鳴が聞こえてくる。
しばらくすると幽霊は生首を持って出てきた。
「これでわしは成仏できる。ところでこの生首を葬っておいてくれんか?」
「んだか」
松根は幽霊から生首を受け取ると竹林に丁寧に葬った。これ以来、松根家は生首を旗印に描くようになり
「松根の生首」として有名になったという。
幽霊にとってはちょっといいが、お札を剥がされた家の者にとってはかなり悪い話である。





561 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/27(日) 18:00:16.76 ID:arArXBcr
>>557
その霊験あらたかな御札が欲しいな

562 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/27(日) 18:07:33.93 ID:IlGbXRq9
義光の謀略で敗死した霊か何かか

563 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/27(日) 18:21:10.19 ID:6JVkeerL
親……切……?

戦国版「木を植えた男」

2012年05月26日 21:02

344 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/26(土) 01:22:56.71 ID:cpQm8uh9
武州忍城にて、徳川家康伊奈忠次に栗の実を与えてまかせたことがあった。

「しかし、この栗の実が実を結ぶほどに成長して、
その実を召し上がれるようになる頃には、わが君はどれ程の御長寿であろうか」

それから年月を経て栗の木は実を結ぶようになり、遂には家康の供御となったので
忠次は家康の思慮深さと目先の利益に捉われない心に感銘を受けた。

「昔、八、九十ほどの老人が木を植えるのを見て、近くにいた者が
『いま木を植えたところで、いつあなたの役に立つのか』と嘲笑ったところ、

老人が『お前のようなたわけ者を父や祖父にもったゆえ、一生木に難儀しておる』
と言ったとかいう話があったな。

やはり、何であろうと良いと思ったことは老いたとしてもやっておくべきなのだ」
と、家康は人々に語ったという。




345 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/26(土) 01:47:01.33 ID:614OTgA2
秀吉「何であろうと良いと思ったことは老いたとしてもやっておくべきなのだ」
家康「何であろうと良いと思ったことは老いたとしてもやっておくべきなのだ」

同じ言葉でも言う人によって違う意味に見える

346 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/26(土) 01:51:36.23 ID:qZsrnTT2
久秀「何であろうと良いと思っt(ry」

347 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/26(土) 03:25:07.63 ID:UBUMVVuC
政宗「何であろうと良(ry」

348 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/26(土) 05:02:57.79 ID:Lxrx7D9T
桃栗三年なんだから栗なんてすぐ出来るだろ
そこまで気の長い話ではないと思うが

349 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/26(土) 05:15:14.17 ID:eh37+oC9
桃は知らんが栗は三年じゃ無理だった。
全然出来ないじゃんって実体験をしたw
まぁ実がつきだすとこれでもかってぐらい栗はできるが。

350 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/26(土) 07:22:09.49 ID:sKwIjOoI
>>344
最後は結局長生き合戦だったからなw

351 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/26(土) 07:59:34.70 ID:kx63QwwX
まぁそれも言葉遊びの一種だからな
鶴は千年亀は万年とか言うけどこれもね

352 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/26(土) 08:46:30.45 ID:ekbOfMA9
戦国版「木を植えた男」か

353 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/26(土) 11:20:10.03 ID:vIjjSfsx
そして、「鉢木」へと…

355 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/26(土) 12:58:48.28 ID:F3cA9hHc
泳ぐ人とおにいちゃんが柚子を植えたようです

雑談・仕えるなら…

2012年05月26日 21:01

354 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/26(土) 12:47:43.43 ID:3T6vzRtD
家康って身分の上下関わらず教訓を垂れたり教訓を聞いたり、
主従なのに三河武士と取っ組み合いしたり説教されたり、
そういう日々を送るのが疲れつつも楽しかったんだろうなあ

健康マニアであるだけでなくそういう性格も長寿の秘密というか

356 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/26(土) 14:15:34.97 ID:yQDuAKDJ
徳川って家来ばっかり面倒臭いシリーズになってるけど
家康だって十二分に面倒臭くて仕えづらい殿様じゃね?
俺はやだこんな説教くさいオヤジw

357 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/26(土) 15:02:19.65 ID:tRNa6csK
家康だって三河武士だぜ……!

358 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/26(土) 16:16:02.28 ID:vIjjSfsx
家康さんは、
説教好きと駄洒落さえ我慢できれば常識人だから、
仕える身としては判り易いと思うんだよね

信長さんは、
絶えず精一杯やってればそれ相応のことはしてくれると思うが、
きっとこっちがすぐパンクする

ラスボスさんは、
あれ昔はこれでokだったのに、なんで??って感じ
若い頃ってか信長さんに首根っこ掴まれてる頃なら一番仕えやすいと思う

359 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/26(土) 17:14:00.62 ID:ss5WYFTi
ラスボスさんは下から上まであらゆる経験と人並みはずれた洞察力のせいで
自分の前ではいつくばってる奴の、見なくてもいい腹の内まで見えて(→見えた気がして)
自家中毒起こしたのかなあ、とか

360 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/26(土) 18:22:48.79 ID:UKXWFESc
どこの大名家のお勤めも大変そうだな
よし、ちょっと天庵様に仕えてくる

361 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/26(土) 19:17:48.03 ID:vHtsye8Z
秀忠なんか行動理詰めなんだけど今の俺らから見てわかりやすい理屈であって
当時だと結構仕えにくかったんじゃないかと思う。

俺モヒカンにして森家に仕官してくるわ

362 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/26(土) 20:10:51.13 ID:sW3z7VWp
俺はもう武士はあきらめて庭師かな
でもどうせ仕えるなら名門で美人の多い所がいいよね。細川家とか

363 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/26(土) 20:20:53.24 ID:yukiQPwD
>>362
アイツの嫁はチラ見すんじゃねえぞ

364 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/26(土) 20:31:25.45 ID:qZsrnTT2
おk、ガン見する!

365 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/26(土) 20:42:52.27 ID:xeHdIEAl
あいつらのせいで庭師と門番はもう死亡フラグの塊にしか見えなくなってしまった

フロイスの秀吉評

2012年05月26日 20:59

498 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/26(土) 00:21:15.69 ID:8stZ+CHY
ここらでフロイスの秀吉評を投下しておくのも悪くないと思う。
※読みやすくするため、句点の位置と助詞を若干変えてあります



彼は美濃国の出で、貧しい百姓のせがれとして生まれた。
若い頃には山で薪を刈り、それを売って生計を立てていた。
彼は今なお、その当時のことを秘密にしておくことができず、極貧の際には古い蓆(むしろ)以外に
身を覆うものはなかったと述懐しているほどである。
だが勇敢で策略に長けていた。

ついでそうした卑しい仕事をやめて、戦士として奉公し始め、徐々に出世して美濃国主から注目され、
戦争の際に挙用されるに至った。
信長は美濃国を征服し終えると、秀吉が優れた兵士であり騎士であることを認め、その俸禄を増し、
彼の政庁における評判も高まった。
しかし彼は元来、下賎の生まれであったから、主だった武将たちと騎行する際には馬から下り、
他の貴族たちは馬上に留まるを常とした。

彼は身長が低く、また醜悪な容貌の持ち主で、片手には六本の指があった。
目がとび出ており、シナ人のようにヒゲが少なかった。
男児にも女児にも恵まれず、抜け目なき策略家であった。

彼は自らの権力が順調に増していくにつれ、それとは比べ物にならぬほど多くの悪癖と意地悪さを加えていった。
家臣のみならず外部の者に対しても極度に傲慢で、嫌われ者でもあり、彼に対して
憎悪の念を抱かぬ者はいないほどであった。
彼はいかなる助言も道理も受け付けようとはせず、万事を自らの考えで決定し、誰一人、あえて
彼の意に逆らうが如き事を一言として
述べる者はいなかった。

彼はこの上もなく恩知らずであり、自分に対する人々のあらゆる奉仕に目をつぶり、このようなことで
最大の功績者を追放したり、恥辱をもって報いるのが常であった。

彼は尋常ならぬ野心家であり、その野望が諸悪の根源となって、彼を残酷で嫉妬深く不誠実な人物、欺瞞者、
虚言者、横着者たらしめたのである。
彼は日々、数々の不義、横暴をほしいままにし、万人を驚愕せしめた。

彼は本心を明かさず、偽るのが巧みで、悪知恵に長け、人を欺くことに長じているのを自慢としていた。

齢すでに五十を過ぎていながら、肉欲と不品行において極めて放縦に振る舞い、野望と肉欲が彼から
正常な判断力を奪い取ったかに見えた。
この極悪の欲情は彼においては止まることを知らず、その全身を支配していた。
彼は政庁内に大身たちの若い娘たちを三百名も留めているのみならず、訪れていく種々の城に
別の多数の娘たちを置いていた。
彼がそうしたすべての諸国を訪れる際に、主な目的のひとつとしていたのは、見目麗しい乙女を
探しだすことであった。
彼の権力は絶大であったから、その意に逆らう者はなく、彼は国主や君侯、貴族、平民の娘たちを、
なんら恥じることも恐れることもなく、
その親たちが流す多くの涙を完全に無視した上で、収奪した。
彼は尊大な性格であったから、自らのこれらの悪癖が度を過ぎることについても、全く盲目であった。
彼は自分の行為がいかに卑しく不正で卑劣であるかに全然気付かぬばかりか、これを自慢し、誇りとし、
その残忍きわまる悪癖が満悦し
命令するままに振舞って自ら楽しんでいた。



信長評がほぼ信頼され、光秀評も参考にするべきという意見が出ている中、この秀吉評は現在も「
キリスト教徒の偏見だ」で片付けられ、
一部を除いてほぼ省みられていないが、どうだろうか。




499 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/26(土) 00:33:44.13 ID:614OTgA2
「宣教師を追放し、日本の植民地化を回避した英雄」まで読んだ

500 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/26(土) 00:36:17.39 ID:yZw25Xzf
ここでもすでにラスボス扱いだし

501 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/26(土) 00:39:33.13 ID:usxJZcB8
一滴の血も残さず完滅したんだからいいじゃん

502 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/26(土) 01:12:09.60 ID:45URy85P
>>498
俺の秀吉のイメージもだいたいそんな感じだなー。別に品行方正じゃなきゃダメってことないわけだしさ

503 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/26(土) 01:18:21.77 ID:ZeO9PdwT
>>498
悪い所だけ並べたらこうだろうなと言う感じ以上ではないなあ

504 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/26(土) 01:29:27.18 ID:qZsrnTT2
秀吉直系ではないけども豊臣秀勝と崇源院の娘の完子の血筋なら貞明皇后から今の皇室に繋がってるわなぁ

505 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/26(土) 01:35:02.21 ID:usxJZcB8
完子は秀吉の姉の血統だからなあ

506 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/26(土) 05:38:20.81 ID:zvzMGUWj
俺の持っている秀吉のイメージを200%ほど悪くしたら>>498になるな

507 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/26(土) 05:45:21.65 ID:kx63QwwX
織田豊臣徳川の戦国三大大名の中で直系が残っていないの豊臣だけなんだよな
せめて家名が残るよう立ち回ればよかったのにね

508 名前:間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/26(土) 05:47:33.58 ID:Lxrx7D9T
秀吉はちゃんと道理を説明できる者の言うことは反論であろうと聞き入れますけどねえ・・・

509 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/26(土) 06:30:07.07 ID:UwxicXv+
織田、徳川と比べて誰が最も寛大だったかというと秀吉のような

美女好きで囲った人数は多かったとは思うが
現代の少しヤバイ連中と比べてどうなんだろう

510 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/26(土) 07:24:20.58 ID:vhCSaDWd
家康の直系は今の皇室に繋がってるんだよな

511 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/26(土) 07:51:23.69 ID:E0ugD7dS
秀吉にバテレン追放令を出された恨みを文章に叩きつけた感じ

512 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/26(土) 08:09:32.36 ID:sKwIjOoI
ま当然有るだろうね。
暴君って言われているローマ皇帝、ネロとかそのお友達。
色々悪口言われているけど、結局はキリスト教の弾圧がキモ。
ただね、初期のキリスト教徒は揃って貧乏人ばっかで、やっていることも強盗団との見分けが難しかったみたい。

513 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/26(土) 08:11:53.76 ID:K/7qASyT
>>498
所々に真実を入れるのが信憑性を高めるこつなんですね。

514 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/26(土) 09:35:21.79 ID:hO5jcY34
>>509
それぞれ立場が違うからアレだけど、秀吉は自己都合で
バッサリやるタイプ。

515 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/26(土) 09:47:34.43 ID:2Ic4j6UU
>>514
信長:いつくるかわからない
秀吉:くる意味が分からない
家康:きたときには後がない

こんな感じなんだろうか。
やられるほうからしてみたら大差ないんだろうけど、


516 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/26(土) 10:58:55.99 ID:h52oRqzo
忠興:くる きっと くる

517 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/26(土) 11:04:36.42 ID:W8ta6xBf
孕石元泰「あの家康って人はね、いつ来るか判らないんですよ
     幾ら敵方として捕らえられたからって武士を切腹させる理由が
     何年も後にいきなり思い出したかのように昔のことの御咎めで
     しかも御咎めがこちらに来る意味が判らない!
     我が家の庭に無断で入ってきたんですよ?
     自宅とは小さかろうと狭かろうと武士の一所懸命の地なんだから怒って当然
     でも高天神が落ちて捕らえられたものだから仕方が無いか・・・。」     

518 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/26(土) 11:27:54.50 ID:vHtsye8Z
>>516
あんたは明確な基準定めてるだろ
スリーアウトとお玉拝見

519 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/26(土) 11:36:25.84 ID:UrRLFdDG
キリスト教を排斥したのも家康も同じだが、彼に対する宣教師の評価は秀吉に比べると
どうも筆が乗っていないのは何故だろうか

520 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/26(土) 12:54:26.71 ID:h52oRqzo
>>518
微妙公「お呼びかな?」

521 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/26(土) 13:33:03.05 ID:biCxiQBS
>>519
よくも悪くも秀吉のが「すっげぇわかりやすかった」んだと思う。

洋の東西も宗派も文化も越えて、同じ人間として。

522 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/26(土) 13:45:48.06 ID:yrN/j7Mb
そりゃラスボスは宣教師追放の理由にした奴隷売買を、今度は自分が朝鮮出兵のために大々的にやっているぐらいだし。

523 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/26(土) 17:41:16.73 ID:sW3z7VWp
晩年の秀吉は残念な人だっただろうとは思うけど、
それ以上にフロイスは私情がっつり妄想全開である事ないこと書きまくってるイメージがあるな。
下手に信じると足をすくわれそう

524 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/26(土) 17:46:15.09 ID:/g5ZTx/X
そのフロイスに「あの人、異教徒だけど尊敬すべき人物だよね」といわせた方々はどんだけ人格者だったんだろうかw

525 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/26(土) 18:21:26.88 ID:E0ugD7dS
どんなに冷酷な人でもキリスト教布教を認可してくれればマンセーw
文章はかなりアレだが、フロイスという人間は理解しやすいから好きだよ

526 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/26(土) 18:26:16.84 ID:aUsmUUsb
村上水軍は通行の便宜を図ってくれたから良い海賊
仙石水軍はキリシタン特区豊後でヒャッハーしたからDQN

527 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/26(土) 20:30:48.39 ID:vIjjSfsx
ブレない価値観だなw

荒木村重は幼名を十二郎といい

2012年05月25日 22:51

333 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/25(金) 01:05:35.07 ID:sHh0Ay2n
荒木村重は幼名を十二郎といい、子供の時分より武芸全般にすぐれていた。
12才の時、十二郎は父の義村を碁盤の上に載せると、碁盤の小角を掴んで持ち上げ、

座敷の隅の柱を三度廻って元の位置に戻した。これを見た義村は喜んだが、十二郎は

「力だけで一体何の役に立つでしょうか。ですが乱世に生まれたのは幸いでした。
この時に乗じて暴徒を誅し、乱を平らげ、数国を領してこそ、この力も役に立つ
というものです」

と、大志を語ったので義村はますます喜んだという。


碁盤の上に親父を載せて歩き回る少年ってシュールな光景だなw




334 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/25(金) 05:26:11.34 ID:h9cMAIjR
暑くもないのに碁盤を軽々と左手で持って涼しい顔で扇ぎながら
『いや~羨ましい、うちわ、駄目ですよ、うちわ。
御家も安泰で左団扇でしょうなぁ』
とかいつもの調子で言ってそうな幽斉先生の姿が真っ先に頭に浮かんだ。

明智光秀と『汁事』と、その妻

2012年05月25日 21:00

329 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/24(木) 21:33:22.50 ID:Pp/t0YY9
明智惟任日向守光秀は元々は細川兵部大輔藤孝の足軽の者だった。
若いときは身分が低くまるで乞食のように貧しかったが
器量はまるで項羽のように強気で、いつも人にへつらうこともなく
ほんの少しの蓄えさえなくても「おれは大金持ちだ」などと胸を張るような男だった。

あるとき一組の足軽たちが集まり「これからは持ち回りで肴を振舞う『汁事』というのを始めてみよう。
食事を饗応できればいいのだが、肴を調達する銭さえ皆の収入ではどうにもならんのだから
食事は皆で持ち寄ればよい。汁は用意しよう。」と誰かが言い出すと、皆「それはいい。」と賛同した。
そして順番に、自分の生計で無理のない肴などを揃えて汁事を催していった。
光秀はそのときはまだ明智という名字も持っていなかったが
生まれつき活気が第一の者だったので、人より上座に座り魚の骨を噛み鳴らし
酒を大盃に何杯も飲んで、声高に話をし手や足まで動かして話し散らし
宴席のたびに自分一人だけあれこれと我儘に振舞った。
こうして人のところに行くのにも、米の一粒さえ持っていけなかった有様なので
ましてや人を招くことなどできるわけがない。

光秀は女房に向かって
「これこれこんなことがあって人のところに行ったときは酒や肴を好き勝手に飲み食いしているのに
自分のところに招くことができない、などと言えるわけがない。
だからといって、銭など一文も蓄えていないのだから饗応などできない。
こうなったら足に任せてどこかに行ってしまおうか、と思う。
どんなに貧しくとも人にもてなされておきながら自分は知らぬ顔をしていては、人に合わせる顔がない。
武器を取っても弓を引いても、仲間たちには勝るとも劣らないというのに
貧しさほどつらいものはない。」と、さも恐ろしげなその目から涙をはらはらとこぼした。
女房はこれを見て「ご安心なさいませ。私が何とかして饗膳を一通り出して見せましょう。」と言った。
光秀は「それではそなたに何もかも任せよう。万事よろしく頼んだぞ。」と言ったものの
女の身では饗応できるほどの手配などできるはずがないと思った。

さて、兼ねてから約束していた日になると光秀は仲間たちを連れてやってきた。
光秀の女房は酒を買い肴を揃えてもてなしたので、仲間たちは
「今日の会はこれほど酒の肴が十分あって、うまい酒や美味い料理が数々ある。
子供たちも出てきて一つ酒でも飲んでくれ。」などと言って、終夜代わる代わる酌をし
謡い舞って遊び戯れ、東方の空が白々と明けてゆくことにも気付かないほどだった。

光秀はこうしてもてなしを済ませたのだが、女房がどうやってこの肴を揃えてきたのかわからない。
世にも不思議に思っていたのだが、二、三日経って夫婦で共に浴室に入って女房の洗髪の様子を見ると
外側には髪があるとはいっても、内側はすべて切り落とされていた。
光秀は「これはどうしたことだ!」と尋ねると
女房は「あなたが『客を連れて来ても、もてなしようがない。
これからどこかへ行ってしまおうか。』などと仰るものですから
私はあなたの心中を察して、どうにかして饗応を成し遂げなければと思いました。
けれども困窮して鏡の一つも身の回りにありませんので、特別何かできるわけでもありません。
そこで思いついたのですが私の黒髪は人のよりも長いのです。
これを切ってかつらに仕立てて売り、この前の饗膳を取り揃えたのです。」と答えた。
光秀はこれを聞いて「なんと!そのようなことをしたのか!
晋の陶侃の母もそんなことをしたという。夫婦の仲とはいいながら
この思いやりにはどんなに報いても足りることがない!」と喜んだ。

その後、光秀は織田信長に見込まれ大出世して若いときとはうって変わって富栄えたので
女房に貧しかったときに髪を切って客をもてなしてくれた恩を返そうと思っていたが
その女房は間もなく亡くなってしまった。
その時、親族一同を呼び集めて
「女房が死んだときには夫は葬儀の行列に加わる風習はないとはいっても、私にはとある思いがある。
私が身分が低く貧しかったとき、こういうことがあったのだ。」と言って
あの時、女房が髪を切った話を語りだした。
「ここまで恩をこうむった妻なのだから、他の例に比べることなどできない。」と棺に手をかけ
涙を拭いながらその亡骸を送ったという。




330 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/24(木) 21:37:28.69 ID:Tcsniuyu
月さびよ 明智が妻の 咄せむ
まだ出てなかったとは意外

331 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/24(木) 23:21:18.55 ID:J9GtnOfy
芭蕉の俳諧て越前の称念寺で詠んだものだけど、それだと朝倉家に仕官してた訳だよなぁ。
多聞院日記とかだと細川家に仕えてた事になってるみたいだけど。

332 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/25(金) 00:09:19.02 ID:UxgSlNXy
>>329-330
一応ガイ出だが、↑の逸話の方が詳しいね
http://iiwarui.blog90.fc2.com/blog-entry-57.html
335 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/25(金) 06:34:18.48 ID:e1BEw7/v
>>331
フロイスの日本史でもそう書いてあるね
朝倉家仕官はどうも眉唾っぽい

それにしても明智という名字はどこから来たんだろう?
頭脳明晰な者だから明智としたのかな?

336 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/25(金) 06:42:22.63 ID:zgq/h6m7
>>335
美濃国明智庄からだよ。土岐源氏の一派で明智庄を領した明智氏の一族。
光秀に関しては美濃出身という説と、室町幕府の奉公衆として美濃を離れ代々京都に在住していた
京都明智氏の一人、という説がある。

337 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/25(金) 12:13:32.82 ID:8SRSiLfy
土岐明智氏と縁も所縁もない説を云ってるのでは…      

338 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/25(金) 16:00:29.56 ID:p5D31Ev7
道三の正室のお見の方の甥で
道三と側室の子の義龍との戦いである長良川の戦いで
明智氏は道三方に付いた少数派で落城させられ流浪したんじゃなかったっけ

名字が無いってのは謎だね
その当時はまだ明智という名字ではなかったという事なのかな?

遠山氏説があるけどそっち?
本家からも見捨てられたから捨てたとか?

それで京都明智の縁を辿って藤孝に仕えたとか?

339 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/25(金) 16:11:40.90 ID:2ShhLbR3
出身地が明智だから、それを苗字にしたとか。
本来、苗字ももってない身分の出が出身地をもってくるのはあったようだし。

340 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/25(金) 18:28:30.03 ID:IWf1NzEd
この逸話の光秀だと「カッコイイから!」という理由だけで苗字選んだ気がしないでもない。

それにしても光秀ダメ亭主すぎるだろwよく出世できたな。
妻の献身ぶりに感動して心入れ替えたのか?

341 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/25(金) 19:52:34.24 ID:YzqO1Wj+
>>339
脇坂さんが代表格ですね。逆引きで脇坂が何処かは不明ですが。


342 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/25(金) 19:59:38.59 ID:brP096xH
常識的に考えると主君の細川藤孝が知り合いの明智さんに頼んで光秀を養子に取ってもらったんだと思う。

343 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/25(金) 20:03:53.23 ID:MU0CYmTt
えーと細川さんとこはたしか織部も自分とこの家臣だったって言って書いてるのなかったっけ

蒐集癖はガチ蒐集だけじゃなくこいつはうちの家臣だったんだ!というとこにまで及んでるのかもしれない

筑紫広門娘、高橋統増に嫁ぐ

2012年05月25日 21:00

477 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/24(木) 21:46:22.21 ID:bfmd+RLY
立花道雪の死後、長年対立関係のあった高橋紹運秋月種実との間に和平を望む機運が高まり、
種実の娘と紹運の二男(統増)を婚姻させようとの動きが出てきていた。
そしてその動きは秋月種実の盟友筑紫広門を驚愕させる。
筑紫広門は道雪の死後のどさくさにまぎれ、高橋家の宝満城を攻略していたのだった。
もし秋月と高橋・立花が結び筑紫に攻めてくれば当家の命運は尽きる・・・

居城勝尾城に重臣を集め方策を練ったが、これと言った意見が出てこない。
そんな中、一族の筑紫六左衛門より
「当家が高橋家と婚姻をむすぶしかありません。姫を私にお預けください。
姫とともに岩屋城に参り紹運公に姫と統増どのの縁組を直訴してまいります。
紹運公は情け深きお方とのこと、こちらが真心を持って誠心誠意懇願すればあるいは・・・
もし紹運公に承認いただけない時にはその場で姫を刺し、私も腹を切ります。」
広門もこの六左衛門の気迫を見て賛成するのだった。

478 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/24(木) 21:47:07.69 ID:bfmd+RLY

岩屋城の高橋紹運、敵対している筑紫広門の娘が訪ねてきたとの知らせに訝りながらも目通りする。
「筑紫上野介の娘かねでございます。不躾ながらお願いの儀があり参上いたしました。
女子の口からお恥ずかしいことですが・・・・・」
と言って目を伏せてうつむいてします。その後を六左衛門が続けた。
統増とかね姫の婚姻による和平の提案、突然の押しかけ女房の提案に困惑する紹運。
六左衛門は
「ご当惑はごもっともと思います。しかし我が筑紫も滅亡の危機にあるのです。
もしこの件どうしてもお許しいただけないようならば、庭先をお借りし切腹を致します。」

六左衛門の熱意に押されたか紹運も婚姻を承諾、15歳の統増もとに17歳のかね姫が輿入れしたのである。
その後の2人は九州征伐時に島津軍に夫婦そろって拉致られ薩摩祁答院での軟禁生活を夫婦で乗りきることになる。

で、なぜ悪い話かと言えばその後広門が島津軍に宝満城の秘密を洩らしたため離縁することになったから。




479 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/24(木) 21:55:35.31 ID:KJ+phi8a
うちにも17歳の美人女子高生が結婚してくれなきゃ死ぬって押しかけてこんだろうか

480 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/24(木) 21:57:48.44 ID:WpP6JSoO
>>478
戦国時代らしいオチだな

481 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/24(木) 22:02:08.38 ID:4+4hjbf4
美人とは限らんで

482 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/24(木) 22:03:39.48 ID:Tcsniuyu
秋月の娘は楢柴と一緒にラスボスに差し出された人か

483 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/24(木) 22:58:41.16 ID:J9GtnOfy
古田殿、出番ですぞ

484 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/25(金) 00:20:26.07 ID:SLb8P8dH
>>478
離縁したって話だけど、してないとか復縁したとも言われてるんだよな。
1604年生まれの統増の長男の種次は加袮姫の子らしくって、
朝鮮とかでも高橋家と筑紫家は一緒に行動してて縁戚関係が続いてた様だから。
母親が姉妹で従姉弟同士らしいから、離縁されそうになったけど結局許されたって
とこじゃないかな。

485 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/25(金) 06:58:10.47 ID:/00Z07jC
筑紫は関ヶ原で親戚の高橋・立花家と行動を共にして改易なんだよな

486 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/25(金) 07:42:22.66 ID:srftelVj
>>481
筑紫広門の自慢の娘で美人だったらしい
ちなみに次女は黒田長政の側室になってて姉妹揃っての美人らしい

488 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/25(金) 19:35:35.46 ID:pjV0/fy7
>>485子孫は旗本

489 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/25(金) 19:36:47.32 ID:bNEa8zYz
改易されたがお情けっぽく旗本で再興、という大名って結構いるような。

490 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/25(金) 19:38:06.62 ID:ytjZzz6i
筑紫みたいに変わり身が早すぎてもかえって立場が悪くなるし
高橋みたいに頑なでも城を枕に討ち死ぬ羽目になるし
立ち回りって大事

491 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/25(金) 19:55:00.19 ID:HS5j1PSZ
忠臣蔵みたいに変に意固地になって敵討ちだなんだやられるより、
捨扶持あげて体制内に組み込んで置く方が安心できるってのはないかね?

忠臣蔵が例として正しいか知らないけど

492 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/25(金) 20:10:26.18 ID:srftelVj
立花宗茂、高橋統増兄弟も旗本からの復活組だもんなあ

493 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/25(金) 20:30:16.74 ID:BLZx4OMx
真田パパンは敵にいたほうがマシじゃないのか?

494 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/25(金) 20:36:03.69 ID:HS5j1PSZ
真田パパンは、敵にも味方にもいて欲しくないかなぁ~

495 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/25(金) 20:37:12.60 ID:zBDwHfCp
家康「信之とかの願い聞いて助けたら、一緒に助けた次男が仇で返しにきた。訴訟」

496 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/25(金) 21:05:08.94 ID:HS5j1PSZ
高野山じゃなく、成田山あたりにしとけばなぁ~

497 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/25(金) 21:28:32.05 ID:X1t+JEUH
3000石くらいの旗本にしておけばよかったのに

大野治長と織田有楽斎が茶臼山にやってきて

2012年05月24日 21:00

314 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/24(木) 00:30:52.68 ID:3WQ2Cwt1
大坂冬の陣の和議がなった後、大野治長織田有楽斎が
茶臼山にやってきて祝賀を述べた折、徳川家康は本多正純を呼び、

「わしは修理のことを只の若造だと思っていたが、こたび
主将として諸軍を指揮する様は、武勇はもちろん、秀頼に対する
忠節も見事なものであった。正純よ、お前も修理にあやかるのだ」

と言って治長の肩衣を所望し、それを正純に着させた。
治長はこの時「冥加にかないました」と感じ入り、涙を流して退出した。

そして、有楽は御次の間にて衆人に向かい

「このたび御和議がととのったのは本当にめでたいことです。
これよりは入道も太平の恩化に浴し、生涯を楽しんで送りたいと
思います」と言って、茶を点てる真似をして帰っていった。




315 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/24(木) 00:43:15.24 ID:fsKXrfLp
深そうな逸話だな。
有楽が構われず世代交代を察して退いたのか、豊臣の明日はないと思って保身に走ったのか。


316 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/24(木) 00:53:33.47 ID:L1gtvlb6
茶を点てる……真似?

317 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/24(木) 01:05:59.39 ID:CgcdmOmV
織田有楽斎は信忠を見捨てて(彼が余計な進言しなければ信忠は死なず
に済んで織田家の没落もなかったかもしれんし)、その後は秀吉の家臣
として屈辱を受ける事もありつつも大阪の陣以降まで生きているけど
豊臣家の滅亡をどう思ったんだろう。
織田家を蔑ろにした報いで「ザマー」と思ったか、それとも諸行無常というか、
姪の茶々と秀頼を哀れに思ったか。。。。

318 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/24(木) 07:52:25.55 ID:Cr0urHIm
有楽だし、我が身の無事以外は何も考えてなさそう

319 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/24(木) 11:19:38.54 ID:/zOIRHeb
有楽「良かった、今回も生き残ったぞ」

320 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/24(木) 11:59:40.13 ID:SexZ0GL/
有楽みたいに実際の行動じゃなくていつの間にか立った無責任な噂で人間決められてたら、趣味の世界に
逃げたがるのもわかる。

321 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/24(木) 12:13:59.61 ID:MAQBFCeU
有楽殿は評判悪いなw
自分の能力をわきまえてうまく立ちまわってるだけなのに

322 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/24(木) 12:20:14.71 ID:CgcdmOmV
>>320
あの例の有名な歌は嘘なんだ。

323 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/24(木) 12:25:10.38 ID:J9GtnOfy
>>322
あー、フランク永井のやつね

324 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/24(木) 12:26:36.80 ID:CnsFi+EX
うらく町で逢いましょう

325 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/24(木) 12:45:34.52 ID:SexZ0GL/
>>322
後世の編纂物にしか存在しないし、他の脱出組は叩かれて無いからねえ。

326 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/24(木) 15:25:52.56 ID:CgcdmOmV
へえ~そうだったんだ。

327 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/24(木) 19:33:55.69 ID:0QPsSeJ7
すごいな、フランク永井

328 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/24(木) 21:09:27.81 ID:fPnXHy8x
有楽殿好きだけどな、俺
あの立ち回りはただの凡人に出来る芸ではないと思う

雑談・戦国武将と宗教観、など

2012年05月24日 21:00

446 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/23(水) 19:36:29.65 ID:llgepiM8
戦国時代の武将、まして信玄あたりは「勝ったら寺社新築してやるから、力かせや」みたいな願文を
平気で出すような価値観だぜ。
お前ら本当に信仰してるのかってレベルなのも珍しくない。

447 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/23(水) 19:40:05.15 ID:jsK6e/V9
神様との距離が近いって感じ

448 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/23(水) 19:52:56.70 ID:HcNJ6tF5
西洋でも聖遺物の使い方として
「罵倒する」「脅迫する」「そのものずばり、門の前に置いて盾にする」
があったそうで

http://twitpic.com/9klb6q

450 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/23(水) 20:47:38.13 ID:FvYx0BWg
>>448
神様の利用法ではそのものズバリ、免罪符って言うのがあったしね。

451 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/23(水) 20:57:52.25 ID:5VRpYLIq
さすがに軍記より信用できないレベル

452 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/23(水) 21:03:15.31 ID:llgepiM8
まあ仏教の戒律をガチ守ったら、武士は即廃業だ罠w

453 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/23(水) 21:10:30.88 ID:pY24kxa2
戦をすれば沢山の血が流れる・・・・・不殺とまではこの乱世では出来ぬが犠牲を少なくするにはどうすれば・・・・・・


そうだ、暗殺しよう

454 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/23(水) 21:12:17.99 ID:giDwwF/d
じゃぁ毘沙門天になっちゃおっと

455 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/23(水) 21:14:11.87 ID:P+pP9T4R
わたしがかみです

456 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/23(水) 21:17:27.06 ID:D0U2daIh
某M氏「めんどくせぇから行く手を阻む奴はみんなぶっ殺す
     敵兵も一向宗徒も門番もヘビもすっぽんも、みんなだ

457 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/23(水) 21:18:42.99 ID:f2pKqPBo
>>455
天草四郎さんちぃーす

458 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/23(水) 21:27:08.39 ID:ReTQYJs2
本来の仏教は、自分の中にある苦しみの原因を見抜きそれに対処する、極端にいえばひどく個人的内省的なもの。
でも当時の日本の仏教って坊主自身が世俗に塗れて税金取ったり戦争したりする状態だろう。
真面目に信仰しようって気になるのか……? という問題が。

459 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/23(水) 22:52:38.21 ID:lAid72+5
>>458
後から念仏唱えればおk

460 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/23(水) 23:45:04.55 ID:5G/CwKlx
>>458
そもそも我が国の仏教がそういう物だったことがあるだろうか?>個人的内省的なもの
渡来時から国家によって保護され、寺院には荘園などの財産が与えられた。
当時の人間に「本来の仏教は…」のような点に疑問を持つ人間なんていなかったんじゃないかな。

461 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/23(水) 23:58:17.02 ID:5VRpYLIq
国に保護されたんじゃなくて国の物にされた

462 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/24(木) 00:06:33.63 ID:DFC9At7p
>>460
そんな貴方に贈る、こんな言葉
「南無釈迦じゃ 娑婆じゃ地獄じゃ 苦じゃ楽じゃ どうじゃこうじゃと いうが愚かじゃ」
「釈迦といふ いたづらものが世にいでて おほくの人をまよはすかな」

463 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/24(木) 00:18:47.08 ID:8nIz8xfM
宗教と信仰と教団を分離して考えることができない純朴な人間は
いつの世もいるからなァ

464 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/24(木) 00:49:57.25 ID:eIQ4Udt6
シャカ族のシッダルタが教えを説いてから
その教えが日本に来るまで
ヒンズーと混ざって現世利益を約束したり
上座部と大乗に分かれたり
大陸の技術とセット売りになってたり
すでに十分世俗宗教だたわけだが


465 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/24(木) 01:31:04.00 ID:BhuIHGaG
釈迦と莫迦は紙一重

466 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/24(木) 02:09:13.27 ID:J9GtnOfy
>>462
俺の商売道具に何すんねん


468 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/24(木) 04:37:10.16 ID:btzajKqQ
>>446
鉄砲のためにキリシタンになる。

九州の大名は、若い娘を誘拐して弾薬と交換している。


469 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/24(木) 07:41:45.22 ID:xpk7cH29
大友はキリシタンのくせに一族を英彦山の座主にしようとして英彦山と戦争したりしてるけどな

470 名前:人間七七四年[] 投稿日:2012/05/24(木) 11:49:51.19 ID:CnsFi+EX
大名や豪商で心底一神教に傾倒した人っているんかね。
救いを求めた下々はしかたないし、
大金持ちの有閑奥方も、まあする事ないだろうしwわかるのだけど。

471 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/24(木) 11:57:02.90 ID:aHKkx+P2
右近さんあたりじゃ駄目かな?

472 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/24(木) 12:09:19.17 ID:SexZ0GL/
誰が言ったか忘れたが、「戦場みたいな場所だと誰でも神に縋る」みたいな話がある。
普段は無神論でも自分の力じゃどーしようもない危険が迫ると、みんな超越的な存在にすがっちゃう。
で、戦場から生きて出るとまた元に戻るとw

473 名前:人間七七四年[] 投稿日:2012/05/24(木) 12:10:26.32 ID:CnsFi+EX
右近って、茨木のあたりで
神社仏閣を根こそぎ破壊したやつだっけ?

474 名前:人間七七四年[] 投稿日:2012/05/24(木) 12:14:32.27 ID:CnsFi+EX
高槻か。まあ今の行政区分と当時の領地はだいぶちがうのだろうけど

475 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/24(木) 13:02:47.35 ID:fnTkPgBU
安心しろ、自称仏教徒で大僧正の信玄ですら、関東攻めた際には「信玄焼き」している。
戦国武将にとって、宗教とは利用するもの以上ではないのだぁー! ヒャッハー!!

476 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/24(木) 17:07:57.28 ID:XdozIMGI
まあ、そのくらいが一番いいんじゃないだろうかと。
姉が対馬の向こうにある邪教にハマって、父親以外がっちり家に嫁いだんだが、
別に何を信仰しようがどうでもいいけど、こっちには勧めてこないでね、という事にしていたのに
勧めて来やがった身としてはそう思う訳ですよ

週刊ブログ拍手ランキング05/16~/23

2012年05月23日 21:02

05/16~/23のブログ拍手ランキングです!



忠臣の系譜 177

毛利元就と木全知矩 78

毛利元就「和歌の道にまったく疎いのは」 62
伊勢神軍遷宮と織田信長 58

本多正重、蒲生氏郷に兜を見せられ 48

信州中塔城、馬売り問答 34
家康の懇意に高虎涙する 27
「上方ではかのような乗り物見たことが無いwww」 27

信玄の信長へのお手紙 26
「大野治長は首ひとつで」 25
天正3年5月20日付、武田勝頼書状 25

「やあやあ又一よ。俺はもう名を上げたぞ」と自慢した。 23
「小身にては家を立てること無用」 21
雑談・主君にあんまり諱以外伝わってないようなのは理由があるのかな? 19
原田嘉種は困り者だったのだ 19
忠次は豪気とか豪胆とかがお嫌い? 19

家康、正忠を憎む 18
雑談・秀吉の養子についてとか 18
武田信虎は平生より悪逆無道であった。そのため 18
合計 1038


今週の1位は、凄い得票でしたね、こちら!忠臣の系譜 です!
本当にいい話ですね。片倉家が現在も政宗に仕えておられたとは!こういう事に出会うと、歴史というものが、
ただ記録や遺跡ではなく、それがそこに実存していた、ということを実感させてくれます。
伊達政宗も片倉小十郎も400年以上前の人物ですが、記憶も存在も今に生きている。すごく素敵な事ですね。
こんな時、歴史を知る幸せを感じたりしますw

2位は、こちらもいい話!毛利元就と木全知矩です!
こういう、戦の最中の和歌の話は、毛利家に多いという印象を持っています。
毛利家特有、というわけでもありませんが、元就は特に、豊かな古典的教養を見せる場面が多い感じですね。
しかも息子の元春ともども、太平記の研究をしていたり。学問と教養の家であった大江家の血なのでしょうか?
3位の毛利元就「和歌の道にまったく疎いのは」ともども、
こういう話を見るにつけ、元就のキャラクターが出ているなあ、なんて思ったりしますw

さて、今週管理人が気になったお話はこちら!伊勢神軍遷宮と織田信長です!
最近はそういう声も流石に少なくなりましたが、信長が無神論だとか宗教に厳しいとか、そういうものは後世に
作られたものですね。あと意図的に信長をキリスト教の庇護者としてイメージさせようとした宣教師の宣伝w
そもそも織田氏は越前の剣神社の神主の家であり、その出自に対して信長自身も認識し一種の誇りも持って
いたようです。越前を領有するとすぐに剣神社の保護を命じたりしていますしね。
地元の尾張では熱田神宮の保護に非常に熱心で、殆ど武士化していた大宮司の千秋氏を、「戦で死に絶えたらどうする」
と大宮司の職に専念させたり。あとそう言えば熱田神宮には、信長が桶狭間の戦勝への御礼として、築地塀(信長塀)を
奉納していたりもしています。

そういえば安土城の天守に描かれた壁画、なるものも、何故か「日本を超えて世界を統べる絶対君主の世界観を
表したもの」なんて変な解釈をされたりしますが、あれは単純に禅宗の世界観ですね。
信長は絶対君主とか帝王とか気負った世界を作ったのではなく、ごく慣れ親しんだ、禅宗の世界観をあそこに
可視化しただけなんですね。
安土城天守というものが伝えられているとおりなら、むしろ濃厚に宗教的な空間だったりします。
信長はもしかしたら、近いうちに出家する計画があったんじゃないかと思うくらいw

そんな事までついつい考えてしまったお話でしたw



今週も各逸話に、たくさんの拍手を頂きました。いつも本当に有難うございます!
また気に入った逸話がありましたら、そこの拍手ボタンを、どうぞ押してやって下さい!

( ´ω` )

宗竜寺江南和尚が、学問の話をされたとき

2012年05月23日 21:02

301 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/23(水) 01:41:00.32 ID:/YN7Pdcz
 宗竜寺江南和尚が、多久美作守殿や石田一鼎などの学問好きとあって学問の話をされたとき、
「おのおの方は、物知りで結構なことですな。しかし道を知るということは、一般の人間に劣っていなさる」と、
言われたので、一鼎は、
「聖賢が示された道のほかにありますまい」と、反論した。そこで江南和尚は、
「物知りが道を知らないのは、東に行くつもりが西へ行っているというぐらいひどい。
物を知れば知るほど道から遠ざかっている。
そのわけは、むかしの聖賢の言行を書物によって覚えたり、話に聞き覚えて見識高くなり、
自分も聖賢と同等のように思って、
一般の人々を虫けらのように見下す。これでは道を知らないというほかない。
道というものは、自分の欠点を知るということだ。
つねに反省して悪いところをなおすために、一生、努力していこうというのが道である。
聖の字をヒジリと訓むのは、聖人は己れの非を知っているからである。
仏は、知非便捨(ちひべんしゃ、非を知ればただちにそれを捨てる)の四字をもって自分の道の完成を
説かれている。
自分の心に気をつけていれば、一日の間に悪心の起こることは数えきれない。
自分をよしと思うことはできないはずである」
と、申されたので、一座の人々は、それより江南和尚を深く尊敬されるようになったという。

しかしながら、武士の生き方は違う。武士は、大高慢で、自分こそ日本無双の勇士と思っていなければ、
武勇を天下にあらわすことはできない。
また武勇をあらわすのは、自慢高慢の気位である。

武士たるもの、このぐらいの矜持をもって事当たるべし。
という武士道とはなんぞや――という教え。

上に立つ人間がブレまくると、確かに下の人間はナニを信じて良いか、不安になって行動しなくなる。

広く情報を収集するときは江南和尚の意見に則り、最善は他にないかと自問自答し、
一度、判断を下したら、傲慢不遜なぐらい確固たる信念をもった方が良い。
毎回、毎回、意見がコロコロ変わると、何を信じて良いか分からなくなる。

良いにしろ悪いにしろ、こういった精神が日本を動かしてきたんだね。




302 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/23(水) 02:05:45.44 ID:8VPEF3GF
「しかしながら…」以下が誰の語りなのか分からん

303 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/23(水) 09:35:32.12 ID:Km8/nhFo
>>302
多久美作や石田一鼎が出てくるから、葉隠なんじゃない?
「しかしながら…」以降は山本常朝の意見かと。面倒だから確認してないけど。

304 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/23(水) 09:52:35.63 ID:9oEk+iiM
坊主ごときが偉そうに念仏でも唱えておれば良いものを

305 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/23(水) 10:04:41.66 ID:xKf8KqBx
>>304
一向宗門徒「やっぱ念仏ですよね^^」

306 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/23(水) 12:01:52.28 ID:ij4YOfRu
納豆とか?

307 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/23(水) 12:25:32.91 ID:wTb/UxoI
武士は坊主に形だけになっても戦争し、人を騙して奴隷売りさえするもの。
本願寺系の武士はもちろん、信玄、謙信あたりだってそうだし。
所詮は仏道から一番遠い生き物だし。


309 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/23(水) 17:05:21.06 ID:9oEk+iiM
>>305
                                   、_人_从_人__/
                                   _)
 ,..r;;:  (  人)  ) ,;`ー、          | ヽ丶       _) 消  門
 ヾゞ、  ゞ'´   '`´   `ヾ、     ─|─           _) 毒   徒
          -‐':、ゞ'``  ,l      / | ヽ            _) だ  は
ヾ、 ゞ;;.  ,r-、   `ヾ、    ヽ、                   _)  l
, rヾ    ,r!/r'ヽ    '`      \      _|_      _) っ
   _,,,.,ノ、_ ヽ,       `ゞ;;    ;:、    /|        `) !
,r‐'''" ,.r ,イ彡ミミヾ、      ``  ´;;i             V^V⌒W^Y⌒
__,.;;,ィ'´ ,:;;;;彳彡ミ;j`、        `i;:、      オ
;; ヾ、彡;;;ノリ;jjjjj;;;jr' i   . ノ;;:'' `゙`、 ``ー、                   ,ィ
彡冫;;il;;;ミ;;;;;y;レ  ,t'´           ,.、ー、  ゝ     ォ             i|l;
;'イ;;;'ヾ``ヽ、ィ;;i ,ri'´    ヽ ヾノ ,ry' il'Y゙r    ヽ、            ,j|l;;
j'´ '´ '´/ゞ';;::`´ヽ    ``´ー  ゙i ;;: ,r'      )  ,r、       ,rヾlir'ミ,
  / ,;:' '´/ ー≡;i{、      /ヾr'´  ,.   '`;;:、 〉ゝ  r-ー-、_ ,{i=i= }i、
ーr-、j ,! ,;',;'ィ;;:イ''``ゞ、_,、-‐'´ヽ:;/ 、 ``ヽ  ;:、 `' (´  `ゞ、;;;;'',,fi、,≡:;イ==、
,,:'  ``ゞ、,;;ゞ、 "´イ ,... `'彡 ,/´  `ヾ、ヾ   '    ー、  ii;j `i;;!'´ニil';;;;ゞr、_,r'ミ
'   ー‐─ ,rー'゙ー─-、_j;:r'´     ヾ,ゞ         、 ゞ,ミ;:l;;l  ,!  ,!,i;;'´¨/
;.   r-‐;;'"}            ``ヾ、  ノ       ,;;;: (i,;)))、,,:;!、__,:};!_,.、l
....   _,,,ィ、 i        'ヾ人  、}( /     ノ   ,r'i  r'"ヾ-‐i‐-:;イ, / ヾ

310 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/23(水) 19:17:02.70 ID:FvYx0BWg
すげーな、このAA。
>>309作なのか。
拾い物だとしたら、それはそれでまた凄いw

311 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/23(水) 19:37:49.00 ID:llgepiM8
信長「これこれ、門徒というだけで迫害してはいけないよ。焼き討ち・根切りにしていいのは敵対してきた坊主だけだ(キリッ」

312 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/23(水) 22:22:44.22 ID:sHszg7bl
高野山の高野聖(半僧半俗で正式な坊さんじゃない人達)をぶっ殺しまくった癖に
高野山の正式な僧侶には手出ししてないのぶのぶさんチィーッス

まぁ出稼ぎ要員でもある高野聖がいなくなったから実質兵糧攻めしてるようなもんだけどね

313 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/23(水) 23:26:48.97 ID:5VRpYLIq
手出ししようとする直前あたりで死んだからだそりゃ

雑談・占いと武田信玄

2012年05月23日 21:02

401 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/22(火) 20:37:35.53 ID:nupIZcJH
意外と信玄は本音を書いていたのかもね。何しろ武田は国人に当主が推戴されたような連合体色が強かったし。
信玄が戸隠神社に出した願文にも、

「越後(謙信)との和睦破って攻め込んだらどうなるかって占ったら、行けば得るって卦が出たから必ず勝つよね!」とか書いているし。

占い>約束、なのはガチだったらしい。

402 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/22(火) 20:42:08.04 ID:nuw9LNVV
まあ信玄はその占いも、思い通りの結果が出ないと神官を恫喝したりしているがw

403 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/22(火) 20:58:53.05 ID:yw5r0qvc
>>399
講談の世界は何の手柄も立ててない真田の次男坊が持て囃されてる時点で察してあげて下さい。

406 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/22(火) 22:14:26.09 ID:3eJNYxup
>>401

戦国時代の稀代の名将武田信玄が
中国の霊占をヒントに考え出した「戦吉兆占針盤」と言うのがあってだな
詳しくは民明書房刊「戦国武将考察」を全国書店にてお求めいただきたい

407 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/22(火) 22:55:39.52 ID:GbQ3Luqj
フロイスいわく「戦争においてはユグルタに似たる人」>信玄
ユグルタのやり方は「相手に講和をちらつかせて勢いをそぎつつ、自分の知り尽くした地勢で
ゲリラ戦を展開」(byローマ人の物語)
なるほどと思ったわ

444 名前:人間七七四年[] 投稿日:2012/05/23(水) 18:04:25.52 ID:h22kILq3
>>406

あれだろ、ゲン担ぎに使ってたってやつ。
確か、ほとんど吉しか出ないんだよな。
それで士気を上げる。
有名な話だよな。

445 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/23(水) 18:18:21.39 ID:UrHfjUGn
天武天皇が式盤を使って戦さの吉兆を占っていた、て話があるから
信玄がそういうの使ってても不思議ではないな
民明書房刊じゃなきゃ信じてしまいそうだ

446 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/23(水) 19:36:29.65 ID:llgepiM8
戦国時代の武将、まして信玄あたりは「勝ったら寺社新築してやるから、力かせや」みたいな願文を平気で出すような価値観だぜ。
お前ら本当に信仰してるのかってレベルなのも珍しくない。

447 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/23(水) 19:40:05.15 ID:jsK6e/V9
神様との距離が近いって感じ

448 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/23(水) 19:52:56.70 ID:HcNJ6tF5
西洋でも聖遺物の使い方として
「罵倒する」「脅迫する」「そのものずばり、門の前に置いて盾にする」
があったそうで

http://twitpic.com/9klb6q

信玄は家康を若輩者と侮って

2012年05月23日 21:01

408 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/23(水) 00:22:24.54 ID:UoYU7SLw
流れに便乗して信玄絡みの逸話を。


徳川家を攻めようとした今川氏真武田信玄
「このようにして徳川を攻めます」と伝えてきた。その計略の稚拙さに信玄は

内心「馬鹿な奴だ」と思いながらも「心配なさるな」などと調子を合わせていた。
その一方で徳川家には下條弾正をして氏真とのやりとりをつぶさに伝え、

「何も心配することはありません。もし氏真が出馬したならば、一緒になって
滅ぼしてやりましょう」と言った。この時、家康は「信玄は残酷な人物だな。
しかし今川を倒すためならば是非も無い」と言ったという。

氏真の逃亡後、徳川と武田の間に和議があり、誓紙の文に「川を両国の境界とする」
と書き定められた。これは大井川のことであったが、信玄は家康を若輩者と侮って
今川義元が扱ったごとく家康を扱ってやろうと思っていた。

ある時、突然武田家が徳川側の里民の人質を取ったので
徳川家が抗議すると、武田家は「誓紙の川切とは天竜川切という意味だ」と答えた。

これを聞いた家康は「天竜川は我々にとって城溝のようなものではないか!
何が天竜切だ。こんな嘘偽りばかりの輩に我らの行末を頼むわけにはいかん!」
と激怒し、遂には武田家との隣好を絶つことになった。




409 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/23(水) 00:26:13.20 ID:D0U2daIh
この時期は信長もまだ成長し切る前なのに、
圧倒的格上に喧嘩を売る辺り、家康は待ちの人じゃないよなーと

410 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/23(水) 00:48:14.85 ID:6qADo6+S
>>408
家康は自分が信玄にされたことを秀頼にやったわけだ

411 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/23(水) 01:47:38.70 ID:BwbsT0oq
ん?家康なんかやったっけ?

412 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/23(水) 02:01:18.18 ID:8VPEF3GF
家康の良い話は江戸時代の創作な気がして素直に読めないんだよなぁ…

413 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/23(水) 02:06:30.14 ID:UrBtEbqn
でも家康は信玄フリークなんだよね。。。
家康がどんな時も清洲同盟を遵守したのが不思議だったけどお隣の信玄
さんがそういう人だったからか。


414 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/23(水) 05:55:52.88 ID:L4BjVZwm
この時の家康はかなりの間抜けだったんだな
信玄に騙されて成長していきましたと

415 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/23(水) 06:09:40.23 ID:H4NPZrS+
>>414
マヌケどころか、武田への不信感から北条に接触して、結果外交で信玄を遠江駿河から
撤退させたんだが>家康
>>367の、信玄が信長に泣きついた書状はその時のもの。
ちなみに当時家康25歳。

>>410
大阪の陣の大阪城の堀埋め立ては騙し討ちではなく、講和条約で最初から内堀まで含んでいた、というのが
今はほぼ定説だよ。
騙し討ちは後世の創作。

416 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/23(水) 07:05:53.84 ID:B/AnKIQX
あと方広寺鐘銘事件も本当は豊臣の挑発であったらしいな
家康像も幕末~明治に掛けてだいぶ歪められてしまったね

417 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/23(水) 07:56:34.34 ID:AouIshe9
>>408
老獪だね信玄

418 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/23(水) 07:59:28.54 ID:pEaaSwkX
>>408
せこいw

419 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/23(水) 08:00:19.20 ID:HJHwFkeG
>>416
あの鐘今もあるんだよね
呪いのアイテムは壊さないものなのかな

420 名前:人間七七四年[] 投稿日:2012/05/23(水) 08:11:01.91 ID:kbqzfZcb
鐘なぞ鳴ればそれでよいものを・・・

421 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/23(水) 08:38:34.75 ID:XjCJ/PlM
>>415
その結果三方原でうんこ漏らすはめになったわけか

422 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/23(水) 08:39:45.36 ID:vyJyYriG
>>416
今までの思想を180度変えさせるのだから大変
真田幸村なんて居もしない人物を講談のヒーローにしたり

>>419
幕府の方が証拠として保管させといたかもよ

423 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/23(水) 08:44:34.39 ID:VcWXnFoP
おれの歴史観が正しいとはじめると不毛

424 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/23(水) 09:46:55.70 ID:UrBtEbqn
>>415、416
つくづく豊臣バカだよね。。。。

425 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/23(水) 09:57:40.19 ID:/OV/YJ7F
常真殿総大将にしようとする陣営が馬鹿じゃないわけないじゃない

426 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/23(水) 10:27:24.08 ID:8VPEF3GF
糞婆が勝手に講和しなければ勝ってたという説が有力になっただろ。
実は外堀は一度も破られてないし

427 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/23(水) 10:35:44.33 ID:HcNJ6tF5
方広寺は大仏の開眼供養が行われた時期が不明とか、秀吉の墓が大仏殿の裏に遷されたりとか
知られていないことが多い

ちなみに幕府の命で遷した秀吉の墓は、いつの間にか馬塚の名になり、庶民が秀吉を追慕して
建てたとかになっていたりする

428 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/23(水) 11:05:50.55 ID:Ofx9+ZBB
>>426
どこで有力になっているのやら

429 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/23(水) 12:39:45.43 ID:wTb/UxoI
弱者には弱者なりの生き残りのやり方があり、それで戦国泳ぎきった所もあるけど。
豊臣家は見事に自爆したからな。
秀吉の晩年の乱行→意地と大阪城にこだわっての現実との妥協拒絶、で。
個々の問題の正当不当より、そういう大筋を多くの大名は見たんじゃないだろうか。

437 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/23(水) 15:26:57.83 ID:UrBtEbqn
>>425
納得、物凄い説得力だ。
豊臣側には彼を総大将にする何かの奇策があったのか?
でないと現代人には到底理解出来ない思考だけど。

438 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/23(水) 16:00:05.37 ID:j/22FOCs
他に人が居ないし
浪人に軍団長やらせなければならないほどの究極の人材不足

439 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/23(水) 16:15:21.22 ID:UrBtEbqn
泣ける話だ。。。

最近は関が原以降に豊臣が一大名に落ちたわけではない、大阪の陣寸前
まで権勢はあったと言われるけど、これ程の人材不足ではその説は眉唾
だよな。

440 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/23(水) 16:16:34.14 ID:lAid72+5
まあ、女が仕切ると碌な事が無いって事だ。

441 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/23(水) 16:51:22.09 ID:YheooyQ5
格と縁戚関係でみれば悪い人材じゃないし
誰にでも欠点の一つや二つはあるもんだ

442 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/23(水) 17:32:49.86 ID:UrBtEbqn
一つ二つなのかな。。。。


443 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/23(水) 17:33:59.01 ID:SjA6Joba
ひとつの欠点がすべての美点をぶち壊すような奴もいるし

稗貫広忠の末期

2012年05月23日 21:01

432 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/23(水) 13:56:23.48 ID:QjnWTmMl
稗貫広忠の末期
陸奥国稗貫郡の領主稗貫広忠は、奥羽仕置によりその領地を没収され、その後の再興運動も実を結ばず、
没落して稗貫郡矢沢村に潜居していた。
ある時、近所の高松寺の法印と四方山話をするついでに、広忠は法印に語った。

「実はこの頃、良い夢を見るのだ。ひょっとしたら本領に帰参できるかもしれない」
「それはよかったですね、どんな夢をご覧になったので?」
その問いに、広忠は歌を詠んだ。

ただ頼め 真如の道ぞ ありがたき 立ち帰るべき 道ぞ来にける

法印はその時は祝福した。だが広忠が帰った後、
「広忠様は悪い夢を見ておられる。遠からずお亡くなりになるだろう」
その言葉通り、その日からまもなく稗貫広忠は亡くなった。
文禄3年3月2日の事だという。




433 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/23(水) 13:58:21.31 ID:j/22FOCs
教えてやれよw

434 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/23(水) 14:31:06.34 ID:BwbsT0oq
>>433
「お前もう死ぬんだよ」とか言うのか


435 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/23(水) 14:32:46.68 ID:iW6HfhIJ
ただでさえ浮かれてるとこに水差すようなことは言いにくいのに、
本領帰参かなわないで死ぬよなんて言えないだろw

436 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/23(水) 14:54:02.81 ID:qKvhe/8Q
魏延の夢占い思い出した

『卒啄』

2012年05月22日 21:01

292 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/22(火) 12:29:39.61 ID:6KNQfxU4
永禄11年、武田信玄は下條弾正に命じて酒井忠次に書簡を送り、
「これからは両家ともに仲良くしていきましょう」と伝えてきた。

その書には『卒啄』の2字が書かれていたのだが、誰一人として
その意味が分からなかった。

ちょうどその頃、伊勢の江南和尚が東国に向かう途中で岡崎にいたので
石川家成が字の意味を尋ねたところ江南

「鳥の卵殻を破るにその時節あり。早ければ水になり。遅ければ腐る」
と答えた。この事を耳にした家康は

「すべて万事に時を失わざるをもって肝要とす。主将ならばこのことを
忘れてはいけない」と言った。




293 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/22(火) 12:31:27.40 ID:AH8VRl2d
名探偵だな、その江南って和尚

294 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/22(火) 12:43:34.04 ID:XfqFYeXL
禅語の教養があっただけだろ

295 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/22(火) 12:45:38.46 ID:AH8VRl2d
今ググって禅の用語だと知った

296 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/22(火) 13:37:58.32 ID:Sso/Rx7Y
三河者は一向宗ばっかだから仕方ないね(諦め)

297 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/22(火) 13:43:39.80 ID:5gWc94pq
本多忠勝「三河者に文弱は不要! 政治なんぞ殿のやることを見ておれば自ずと分かるわ!」

298 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/22(火) 13:49:23.19 ID:WA0wg0Ny
永禄11年っていつかと思えば武田が駿河に侵攻するあたりか。

299 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/22(火) 16:08:44.14 ID:H/mT/ZGw
『卒啄』…? 寝起きの頭だと、豚キムチが何?って勝手に脳内変換した

300 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/22(火) 20:48:26.14 ID:Tfjf9koH
松平家忠は禅宗だよ

雑談・秀吉の養子についてとか

2012年05月22日 21:01

324 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/21(月) 19:45:10.08 ID:R+0xr0LM
秀吉は養子の教育も駄目過ぎるんだよな
泳いでまいった以外はカスばかり

327 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/21(月) 20:04:32.09 ID:x+rWaOjr
泳いで参ったさんは叔父さんの賜物では?おかげで従兄弟殿がエロイ事になってはいるけど…

328 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/21(月) 20:05:06.41 ID:TE8Yu5kp
結城さんェ…

329 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/21(月) 20:20:27.92 ID:3OopP/r0
宗氏は朝鮮のスパイ

330 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/21(月) 20:33:33.90 ID:B1JCzCry
>>327
坂崎さんのことかー!!!

332 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/21(月) 21:31:23.73 ID:DINpJWY/
>>324
養子で一番優秀なのは結城秀康だと思うわ

335 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/21(月) 22:24:27.61 ID:TN99aMdj
>>324
智仁親王は歌人としては良かったじゃないか