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上杉謙信の武勇

2016年06月01日 18:23

778 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2016/05/31(火) 20:44:57.83 ID:feHDenPf
伝わることによると、昔上杉謙信織田信長が、越前府中において合戦あるという時、越後の諸将は
謙信をこう諌めた

「信長は大身故に、軍勢は味方の5倍有ります(この時謙信は僅かに6千、信長は3万であった)、平場で
戦うのはいかがかと思います。殊に敵は鉄砲数千挺を装備し、味方は僅かです。
君は長篠の合戦の事をお聞きになっていないのでしょうか?織田家は鉄砲三千挺を以って武田の堅陣を破り、
勝頼は譜代の臣を失い、信玄以来経験したことのない敗北をいたしました。よくよくご思慮を巡らせるべきです。」

しかし謙信はカラカラと笑い
「長篠の合戦は徳川勢の働きが優れていたこその勝利であったのだ。信長は信玄の一代は武田家へ向かって
顔を出すことも出来なかった。勝頼の代に至って、織田徳川の両家を以って若き勝頼に、しかも鉄砲ずくめにて
勝ったからといって、それは実の勝利ではない。

あのような戦いで勝頼は利を失ったとしても、この謙信は巧者であるぞ。
見ておけ、一戦に織田勢を蹴散らし、上方において毛雪踏を履いている公家侍どもに、輝虎の武勇を
見せてやろう。」

謙信の陣に潜んでいた織田家の細作はこれを聞くや走り帰り、この事を報告した。
すると信長はどう思ったのか、その夜の内に府中の陣を引き払い十余里後退した。
謙信は翌日押し寄せて敵が引いたのを見るや、打ち笑って
「さてさて逃げ足の早い巧者である。その仕方はこれが織田軍法と言うべきか。」
そう大いに嘲笑した。

上杉謙信の武勇は天下の許す所であったが、この一言によって敵を退かせたというのも、また奇なる
事であろう。

(慶元記)
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コメント

  1. 人間七七四年 | URL | -

    「鉄砲三千挺」は北条氏長のころにはもう定着していたのか

  2. 人間七七四年 | URL | -

    こうやってイメージがどんどん作られていったのですね

  3. 人間七七四年 | URL | -

    「鉄砲三千挺」が自然な伝言ゲームで出来上がったのではなく、
    織田の宣伝工作で人為的に広まった可能性はないだろうか。

  4. 人間七七四年 | URL | -

    まあ長篠で奥平の籠城と酒井忠次が退路断ったのは大きいか
    酒井のは信憑性どうだっけ?

  5. 人間七七四年 | URL | -

    三千って八百万とかと一緒で沢山って意味かもね

  6. 人間七七四年 | URL | -

    確かに。年収三千万って、富裕層をイメージしやすい。

  7. 人間七七四年 | URL | -

    ※3
    >織田家の宣伝
    私個人は、それはないかな?と思っています。
    信長さんは勝った事自体は口にしても、手段は余り語ったことないので。

    三千丁と出始めたは、今では悪名高い信長記ごろからですか?
    池田本信長記の記載も信頼性が怪しいとされていますね。
    その数ですら、織田徳川連合での数と見られてますね。

    一応言うと「鉄砲三千丁」は現在かなりのあやふやさがありまして、最低で千丁から千五百丁、
    多くても三千丁と云う表現が多くなってきました。
    そもそも、当時三千丁用意したなんて資料何処にもありませんし、信頼性の高い信長公記にすら
    千丁と記載されています。されど、牛一さんが全部の鉄砲数を数えた訳でない以上、あくまでも
    最低千丁と云う認識で良いと思います。

    ただ、当時の織田家徳川家の経済力なら、集めることは可能だとは思います。
    他の大名達だってこの頃なら、鉄砲を一定の量を所有していた筈ですから。

  8. 人間七七四年 | URL | ixivxIWw

    たしか軍役の規定だと10人に1人は鉄砲持ちだったような(うろ覚え)

  9. 人間七七四年 | URL | -

    仲達「舌先三寸で大軍を返す…私の知略は謙信公に遠く及ばぬ」
    孔明「ふむ」

  10. 人間七七四年 | URL | -

    白髪三千丈とか、三千大千世界とかかな?

  11. 人間七七四年 | URL | -

    三段撃ちの方はともかく、三千丁の方は絶対にありえないと否定もし難い微妙な数字。

  12. 人間七七四年 | URL | -

    軍役でもだんだん槍が減って鉄炮が増えてるというし、あのまま戦争が続いてたら日本版テルシオが出たかなぁ。

  13. 人間七七四年 | URL | -

    ※12
    戦況と相談して1回こっきりの戦法として採用するのはありえる
    でも基本的には地形が複雑な日本には向かないと思う

    むしろオーストリア辺境兵のように必要に応じて散兵化する方向に進化しそう

  14. 人間七七四年 | URL | -

    ※12
    減ってるのは主に弓であとは馬上が少しじゃなかったっけ?
    槍はさほど変わってなかったように思うけど。

  15. 人間七七四年 | URL | -

    槍が極端に減ったと云うのは私は聞きませんね?
    減ったor全廃は弓兵だった筈です。
    石高に応じた軍役を課せられて居る以上、何かの兵科が減る代わりに
    他の兵科が増えるって具合だったと思いますよ?

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