宮崎城返還の事

2016年07月01日 13:52

788 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2016/06/30(木) 19:08:58.40 ID:/HemqasI
高橋元種の宮崎城は慶長5年10月朔日に、伊東祐慶の兵によって攻め取り、翌年8月まで確保していたが、
徳川家康の上意として、高橋元種に返却すべきと片桐市正(且元)より伊東家に使者が送られた。
またその頃、大阪に在った伊東家家臣の松浦久兵衛尉も、奉行所に召され、その趣を申し渡された。
この時久兵衛尉は一言の弁明もせずおめおめと退いてきたので、同じく伊東家重臣の稲津掃部助は
大いに怒り、

「いかに内府公の命だからといって、侍の槍先にて攻め取った場所をおめおめと敵に返すなど
ありえようか!」
そうして自ら上洛し、

「宮崎城の事は、井伊兵部少輔(直政)殿の内意があり、また黒田如水老よりも検使宮川伴左衛門を
差し下され、内府様への忠節のために、幼年ながら左京亮(伊東祐慶:関ヶ原当時11歳)は、
父(祐兵)が病中なのも顧みず、日向に下り一命を捨てて太刀下に切り取った所なのです!そこを
今更返せと言われるのは迷惑でござる!」

そうしきりと訴えたが、奉行所は許容せず
「宮崎落城は10月朔日。ですが高橋が寝返ったのは9月15日ですから、前後決断の理においては、
例え忠節として攻め取った太刀下勲功の地であっても、帰さねばならない。」
そう重ねて言明が下ったため、是非無く慶長6年8月、高橋家に返還された。

伊東家では宮崎城を落とした後、諸軍の手柄を逐一吟味し、それを三巻に記して、
飫肥に一巻、大阪に一巻、清武に一巻を置き、占拠した宮崎四万石の地を割って、それぞれに
賞与あるべき旨を沙汰しており、これに諸士は言うに及ばず、百姓らに至るまで勇み喜んでいた。
そのような所に、返還を命ぜられ、一旦の勤労もたちまち水の泡となった。

こうして国中の上下は皆力を落とし、内府様の沙汰も当てにならず、黒田如水の取り持ちも頼みに成らぬと
恨みを含まぬものは居なかった。

その後、黒田如水父子の取り持ちによって、伊東家は井伊直政に様々に内訴したが、これに直政は言った

「石田ら逆徒は、或いは滅亡し或いは降参して、天下一統内府公に従い奉った。
だが、天下の諸侯のうち十に三つは、治部少輔の佞悪を疑い、一旦は内府公に随身したようにしているが、
それは誠の心服ではない。

である以上、今度内府公に降参した諸大名の領地を割って忠功の者達に恩賜あれば、それは再びの
逆乱への端緒となるだろう。
天下は一人の天下ではない。天下の天下なのだから、内府公と雖もその思し召し通りには成り難い。
先ず暫く、天下の安否を見定められる間は、穏便の沙汰を行うのだ。

左京亮殿が幼年の身でありながら、父が重病なのも顧みず大敵の中に下向あって、一命をかけ
類のないほど、御味方として無二の忠功を立てられたことに対して、内府公はたいへん御感悦されている。
なので、終には御報謝あるだろう。
伊東家においてはどうか、その意をくんで、これ以降も遺恨無く、専ら勇義を励まされる事が肝要です。」
そう懇々と示し諭したため、伊東家もその旨を受け、恨みを捨て奉公丹誠を成されたのである。

(日向纂記)



789 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2016/06/30(木) 19:13:21.97 ID:sv5Jc6ie
>>788
いい話じゃないかw
スポンサーサイト


コメント

  1. 人間七七四年 | URL | -

    井伊直政が言うからこその説得力

  2. 人間七七四年 | URL | -

    こう言う事の積み重ねがあって、パパにゃんが疲労困憊で傷悪化で
    亡くなってしまったんじゃないの?と思わないでもない

  3. 人間七七四年 | URL | -

    「内府様への忠節のために」
     と言いながら、

    「太刀下に切り取った所なのです!そこを今更返せと言われるのは迷惑でござる」
     として家康の命にはごねると――

  4. 人間七七四年 | URL | -

    ( ;∀;)井伊ハナシダナー

  5. 人間七七四年 | URL | -

    >>3

    ゴネルというか『井伊兵部からの内意も受けているし、黒田からも検使を受け入れているように、俺達は忠勤をはげんだのに、功績認めないとかふざけてんのか』というのは、別に問題でも何でもない。
    勿論、落城時期考えると『いやそこは分かるけど、時間切れでしてねえ』という奉行所の理論が正しいんだけど、だからといって杓子定規にそれしちまうと「どうせまたタダ働きさせるんだろ」と味方にならなくなる場合もある。

    もっとも・・・伊東氏は成り行き上西軍になっていた事もあるから、家康や直政にしてみれば「親父が病床で動けなかったということを割り引いても、戦功立ててようやく本領安堵だよなあ」という気分だったかもしれんけど。

  6. 人間七七四年 | URL | -

    これが原因で祐兵死後の稲津掃部が家中で孤立して「稲津の乱」へと繋がって行くんだよな

  7. 人間七七四年 | URL | -

    直政のいい話だな
    取次も大変だ

  8. 人間七七四年 | URL | -

    裁判所はいつだって聞きわけの良い方に不利な判決を下す。

  9. 人間七七四年 | URL | -

    ゴネ得というか既得権益として城を簡単に引き渡さないのはよくある話。
    九州征伐後の島津も飫肥をなかなか引き渡さなかったしな。

  10. 人間七七四年 | URL | -

    よく考えたら、「はいわかりました」とあっさり引き渡す方が珍しいんじゃないかと思う
    というより、「(あっさり引き渡すなんて)なんか裏があるんじゃ…」って逆に不安になりそう

    城に限った話じゃないけど

  11. 人間七七四年 | URL | -

    ※10
    城内にやばい量の爆薬が仕掛けられているとか。
    しかしそれは囮で、本命は矢文が射込まれた瞬間、
    城を守る全ての門が全開になり閉じられなくなるという仕掛けである。

    健康と美容のために、食後に一杯の紅茶。

  12. 人間七七四年 | URL | -

    ※11
    銀英伝ネタしたいだけだろ

  13. 人間七七四年 | URL | -

    ※11
    その爆薬で最初から戦えよw

  14. 人間七七四年 | URL | EybeWf1w

    イゼルローンってコンピューターもOSも敵のをそのまま使ってるってことなのかな
    言語の違いはあるけどさ

  15. 人間七七四年 | URL | 3aXRcdxk

    あれの本領は群像劇だから、軍事や科学関係の検証を気にしても無駄に禿げるだけだぞ

  16. 人間七七四年 | URL | -

    まあ、落としどころとしては“フェザーン製”でいいんじゃないかなと。

コメントの投稿

(コメント編集・削除に必要)
(管理者にだけ表示を許可する)

トラックバック

この記事のトラックバックURL
http://iiwarui.blog90.fc2.com/tb.php/10071-c2b0c93f
この記事へのトラックバック