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今川の物見、首取て歌よむ事

2016年07月03日 13:06

901 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2016/07/03(日) 08:07:23.18 ID:mN7HvAUH
今川の物見、首取て歌よむ事

戦場見物の者は、途中に敵に逢っても打ち取らないのが軍法である。

だが今川義元の士〔名は忘れた〕が物見に行き、

敵に出会って戦い首を取った。

しかし軍令に背いたので、帰って一首の歌を首に添えて出した。

刈かやの 身にしむ色は なけれども 見てすみがたき 露の下帯

義元はこれを見て、違法の罪を許したという。

(甲子夜話)

しかし物見は首級を挙げてはならないという決まりなんてあったんですかね

http://iiwarui.blog90.fc2.com/blog-entry-1184.html

この逸話では、普通に褒められていますけどね



902 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2016/07/03(日) 11:08:13.53 ID:uDm6PxsQ
>>901
物見は偵察役だろ。

偵察役が戦闘に加入して必要な敵の情報を持ち帰れないのは
本末転倒だからな。

威力偵察ならば戦闘も有りだが、その場合は部隊編成が変わるだろ。
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コメント

  1. 人間七七四年 | URL | -

    斥候は臆病なやつの方がいいってよく言われるよね

  2. 人間七七四年 | URL | -

    関ヶ原のとき、島津家臣の押川強兵衛もそれやって石田三成から報奨金貰ってるから、武家全般の軍法ということではないんじゃなかろうか

  3. 人間七七四年 | URL | -

    関ヶ原のときでも、徳川家康のところでは米津清右衛門正勝が怒られてる話が出てるね
    軍法が正確に残ってさえいれば家とか地域ごとの違いを比較したらおもしろそうなのに

  4. 人間七七四年 | URL | -

    リンク先の逸話の状況と全く違うでしょう。向こうは伏兵に囲まれた困難な中で逃げ帰る途中
    での結果的な首取り。だから武勇とされたのであって、本人が積極的に組した訳ではない。
    でもこっちは戦場で出合った際に、撤退するでも無く首取り。

    でも軍令違反したけど粋な事をした相手を許す度量がある義元さんって逸話だね。

  5. 人間七七四年 | URL | -

    物見には失敗したけど首取ったから相殺、みたいなことが多かったのかもなぁ
    そのうち最初から首狙いに徹する奴なんかも出てもう一律に禁止にしたとか
    なんかネトゲの運営みたいな感じだがw

  6. 人間七七四年 | URL | -

    氏治「戦には負けたけど、生き残ったから相殺」
    菅谷「殿は城も取られてるでしょ」

  7. 人間七七四年 | URL | -

    (´・ω・`)「歌を詠めばいいんだね」
    光安さん「いけません!」

  8. 人間七七四年 | URL | -

    首級一つと歌一首かw
    戦国の風雅なんですかねえw

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