FC2ブログ

古兜に鉛痕ある事

2016年07月15日 15:43

860 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2016/07/14(木) 23:27:58.79 ID:MlRhcbH5
古兜に鉛痕ある事

前に赤穂侯の祖〔森三左衛門可成〕、仁正寺の祖〔市橋下総守長勝〕との兜に銃鉛の痕があることを言った。
後に聞くと津侯〔藤堂氏〕の祖高虎、大阪陣のとき着られていた兜をその家に伝わっている。
形は出っ張っていて、その高さは一尺を超えている。
目立つ兜であるが、鉢に鉛が二つ当たった痕がある。
一つは鉛弾がゆがんであるという。
かの侯の臣が正しく見た話である。

(甲子夜話)



864 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2016/07/15(金) 07:06:25.47 ID:wNqh77gK
出来上がった兜や鎧は、鉄砲で試しに撃って強度を確認することがあり、
その痕が残っているものが現存している。
でも実際の戦いで撃たれた痕だということにしといた方が、当時としても語られ易いだろうねえ。

遠距離からの弾なら跳ね返すこともあるので、しかし100m先から鎧兜に試し射ちしても
狙った真ん中に思うように当たらないので、わきっちょの不自然な場所に弾痕が残ったりする。
かといって近づいて撃つと容易に貫通してしまう。
スポンサーサイト





コメント

  1. 人間七七四年 | URL | -

    試し撃ちで貫通してしまったら、と想像するといろいろ怖い

  2. 人間七七四年 | URL | -

    甲冑なしで、弾が飛び交う中で、酒を飲んでた謙信さんは、超人か、凄い開運の持ち主か。

  3. 人間七七四年 | URL | -

    中には自分達が作った鎧兜を宣伝する為に、鉄砲側の威力をわざと
    少なくして撃ったと言う話もある模様。

  4. 人間七七四年 | URL | wo2RytNM

    鉄砲の耐久テストを行った甲冑の兜や胴は、試し兜・試し胴と呼ばれて江戸初期に大名の間で流行したが、火薬を減らして弾丸の貫通力を弱めた試射が大半で、甲冑師の宣伝的な要素が強い。
    しかも時代が下ると試射すらしなくなり、プレートの表面を槌やタガネでポンとへこませるだけ。

  5. 人間七七四年 | URL | -

    お隣の国の防弾チョッキがヤバいという話があったな。

  6. 人間七七四年 | URL | -

    ???「編笠か褌つけてりゃ鎧兜なんざ必要無いって」

  7. 人間七七四年 | URL | -

    高虎さんが出できたので、ちょっと家康と高虎と、ほっこりする話を。
    「ぶっちゃけ寺」という番組で、上野東照宮が紹介されてましたが、家康が死ぬ際、天海と高虎を呼んで
    「そなたたちと二人一緒に祀られたい。」
    と言ったらしいです。
    出てたお坊さんが
    「天下人は孤独。だから、家康は心が開ける二人と祀られる事を望んだんでしょうね。」と言ってました。
    なんか高虎さんが家康の親友扱いされてて、笑ってしまいました。
    吉宗、慶喜「祀られてるのは、わしらなんだけど。」

コメントの投稿

(コメント編集・削除に必要)
(管理者にだけ表示を許可する)

トラックバック

この記事のトラックバックURL
http://iiwarui.blog90.fc2.com/tb.php/10103-8fba3bf0
この記事へのトラックバック