そのような嗜みで侘びがなろうか

2016年07月24日 16:30

千利休   
913 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2016/07/24(日) 04:12:28.94 ID:Ny5WpbVL
宗易(千利休)は花の頃(春)に、ある侘(茶人)を伴って東山へ参られ、
道中でその人に「その方は宿に釜を仕掛けて出なさったのか?」と問うた。

これにその人は、「今日は早朝から御供いたすので仕掛けておりません」
と、答えた。これに宗易は、

「いやはや、そのような嗜みで侘びがなろうか。これから帰って、仕掛けて
いらっしゃい。晩に誰が寄るかも分かりませんよ?」と、言った。

――『茶話指月集』




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コメント

  1. 人間七七四年 | URL | -

    この人は何か恐いイメージあるなぁ。へうげものみたいな人だったんかなぁ。

  2. 人間七七四年 | URL | -

    「接待の鬼」だよなぁ。

  3. 人間七七四年 | URL | -

    なるほど、師匠が「接待の鬼」という怖い存在なら、弟子も怖い存在の方々がいるんでしょうね。
    おや、暑い中、お客さんかな。

  4. 人間七七四年 | URL | -

    茶道って、こういうとこ「お金の掛かった素朴さ」だなぁと思う。
    いや元々、金無い層とは無関係な文化だけどさ。茶葉だって高価だったろうし。

  5. 人間七七四年 | URL | -

    そうか・・・ざっくりとだけど茶事=接待と考えれば、色々腑に落ちる気がする。

  6. 人間七七四年 | URL | -

    不意の来客の為にポットのお湯は朝のうちにちゃんと代えておこうね!
    という主旨だと考えると割と現代でも役立つ心構えかも

  7. 人間七七四年 | URL | -

    今のポットはすぐ湧くよ~

  8. 人間七七四年 | URL | -

    古い武士が茶の湯を嫌ったのなんかわかる。
    ただの形式主義になると小うるさい文化人でしかなくなるわこれ

  9. 人間七七四年 | URL | -

    元々、村田珠光の頃は
    軽井沢や西伊豆のログハウスで高っい舶来ブランド物を見せ合おうぜ!ってノリだからね
    その後、茶会に禅が入り礼が入り…という多様化の流れを強引に一元化したのが利休
    茶を芸術に高めたって表現されるけど茶会の多様性を否定した傲慢な人だよね
    で、そのくせに本人は村田珠光の時代のノリで村田珠光とは違い、ゴミみたいな値段の茶器を無知な大名商家に高値で売りつけて荒稼ぎしているんだから、二重三重にあくどいよな

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