太平の世に所して勤を苦む誤りの事
日光山御修復につき予(根岸鎮衛)は三年に渡って山にいた。
御虫干のときに御宝蔵の品を拝見したなかに、東照宮が御陣場に召された御駕籠があった。
結構な品ではなく、前後は竹を打ち曲げて御簾は?輿(あんだ:板の床に竹を編んだ縁を巡らせた、屋根のない粗末な駕籠)
のような物である。
恐れ多くも戦の指揮の御手遊びとしたのだろうか、前の御簾竹にこよりをかけられており、
観世縒りのこよりがニ、三寸あった。
また?輿に鉄砲の弾跡はニ、三ヶ所あった。
神君の大徳は宇宙を灑掃(さいそう:水をかけたり、塵を払ったりして綺麗にすること)なされ、
千辛万苦なされてこのような危難に処されたのを見れば、かく太平の代に住んで、
飽きるまで食い、暖かい物を着て、なお遊楽を願う心は、慎むべきことだと
ここに記し置く。
(耳袋)
976 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2016/07/25(月) 00:42:47.42 ID:yFDPg3Ct
鉄砲の弾跡があると、名誉なことなんだね。
それが実話かどうかはともかく。
コメント
人間七七四年 | URL | -
宇宙大将軍とはスケールはんぱないわ
( 2016年07月26日 12:46 )
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